2016_01
05
(Tue)09:02

シューベルト ピアノ五重奏曲 イ長調 作品114 D.667 「ます」

シューベルト(1797~1828)はオーストリアの作曲家でドイツ歌曲に功績が大きく「歌曲の王」と呼ばれる事もある作曲家です。 ピアノ五重奏曲「ます」は1819年シューベルトがまだ22歳の時作曲された作品ですが、出版はシューベルトの死の翌年の1829年に行われております。

このピアノ五重奏曲を作曲した1819年頃までには、「魔王」、「野ばら」などのドイツ・リートが生まれておりとっくに100曲を超す歌曲を作曲しておりました。 ピアノ五重奏曲を作曲する2年前の1817年春に作曲した歌曲にD.550に当たる「ます」という歌があります。 ロマン派抒情詩人シューバートの詩に作曲したもので、清流に遊ぶ魚とこれを釣り上げようとする釣り人とのドラマティックな歌ですが、旋律の良さはもちろん、魚と人間とが見事に生き生きと描かれております。

この「ます」の旋律を第4楽章の主題にして作曲したものがピアノ五重奏曲「ます」です。 サブ・タイトルはここから来ております。 

シューベルト 「ます」 D.550♫~フィッシャー=デイスカウ(独唱)
シューベルト 「ます」 D.550♫~ヘルマン・プライ(独唱)
シューベルト 「ます」 D.550♫~シュワルツコプフ(独唱)

ピアノ五重奏曲では水の中に現れては消えるますのモチーフを変奏曲でうまく表しており、編成はピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、コントラバスとなっております。

作曲を依頼したのは木管楽器とチェロの愛好家であった裕福な鉱山技師のパウムガルトナーで「冬の旅」を初演した名歌手のフォーグルと北オーストリアのシュタイアー地方を旅行で訪れた際の事でした。 パウムガルトナーはコントラバスを加えた編成にする事と歌曲「ます」の旋律に基ずく変奏曲を加える事を依頼いたしました。

作品は5つの楽章から構成されており、第4楽章は歌曲「ます」による変奏曲で、弦楽器のみにより主題が提示された後5つの変奏が続きます。

シューベルト ピアノ五重奏曲 「ます」 第4楽章♫~リヒテル(ピアノ)、ボロディン弦楽四重奏団

シューベルトの曲は根底に「歌の心」を持ち合わせておりますが、さわやかで清々しいムードがすみずみまでにじむこのピアノ五重奏曲「ます」は22歳という若さだから書けたのかとも思います。

第1楽章
古典的な様式でありながら淡い中間調の色合いが好ましい柔軟な豊かな歌心に溢れた曲です。
第2楽章
シンプルな楽章ですが、大変美しい音楽です。
第3楽章
しなやかなスケルツォ楽章で弦とピアノの対話が面白いです。
第4楽章
歌曲「ます」の旋律が表れます。
第5楽章
非常に生き生きとした活発な音楽が展開されます。

シューベルト ピアノ五重奏曲 「ます」 全曲♫~アラウ(ピアノ)、ジュリアード弦楽四重奏団
シューベルト ピアノ五重奏曲 「ます」 全曲♫~ギレリス(ピアノ)、アマデウス弦楽四重奏団

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パウル・バドゥーラ=スコダ(ピアノ)、バリリ四重奏団員、オットー・リューム(コントラバス)

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ピーター・ゼルキン(ピアノ)


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2016_01
04
(Mon)08:23

グリーグ  ホルベアの時代から(ホルベルク組曲) 作品40

1885年グリーグ(1843~1907)が作曲した弦楽合奏曲ですが、原曲は1884年ピアノ独奏曲として作曲された作品です。 ドイツ語の省略された題名から「ホルベルク組曲」とも呼ばれますが、弦楽合奏曲の方が有名になり現在ではそちらの方がよく演奏されます。

グリーグ ホルベアの時代から♫~マリア・グリンベルク(ピアノ独奏)

ホルベアというのはグリーグと同郷のベルゲン生まれの18世紀の劇作家(1684~1754)で当時のノルウエーはデンマークと同じ王が統治する連合国であったことから、ホルベアは主にコペンハーゲンで活躍し、大学教授として、また数多くの喜劇の創作と上演によってならぶもののない名声を築いたルズヴィ・ホルベア男爵の事です。

晩年にはその全財産を祖国の文芸復興のために提供するなど、「デンマーク文学の父」とも「北欧のモリエール」ともいわれてノルウエーでも多大な尊敬をあつめた文学者です。

1884年にそのホルベアの生誕200周年を記念する行事がベルゲン市で行われることになり、依頼をうけてグリーグが作曲したのがピアノ独奏曲の「ホルベアの時代から 作品40」で、グリーグによって初演されました。

ホルベアが生きた時代の趣味を反映するように優雅で軽快なバロック風の組曲で、現在では翌年グリーグ自身によって編曲された弦楽合奏版の方がもっぱら愛好されております。

副題に「古い様式による組曲」とあるようにホルベアが生まれた時代のバロック音楽の様式を借りて書かれており、グリーグはホルベアの同時代人のフランスのクラブサン奏者達の組曲をモデルにしたとコメントしております。

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第1曲 前奏曲
バロックの組曲のスタイルに倣って前奏曲がおかれていますが、ピアノ版はトッカータや無窮動のように疾走しますが、弦楽版はリズミカルな印象を与える編曲が行われております。
1

第2曲 サラバンド
アンダンテの優雅な舞曲です。 いかにも北欧風の美しい情緒で弦楽版では中間部にチェロのソロが入ります。
2

第3曲 ガヴォットとミュゼット
フランスの2つの舞曲が組み合わされて作られております。
3

第4曲 アリア
この組曲の中で唯一の短調による楽章でバロック時代の先人達に倣ってはいるものの暗い曲調にはグリーグの個性が強く発揮されております。
4

第5曲 リゴードン
南フランスのプロヴァンス地方に起源を持つ宮廷舞曲リゴードンによる軽快な終曲です。
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グリーグ ホルベアの時代から♫~カラヤン指揮、ベルリンフィルハーモニー
グリーグ ホルベアの時代から♫~マルケヴィッチ指揮、フランス国立管弦楽団

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カラヤン指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団


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2015_12
19
(Sat)07:10

ヴィヴァルディ 調和の霊感 作品3

アントニオ・ヴィヴァルディ(1678~1741)はヴェネツィアでヴァイオリン奏者の息子として生まれ1703年に司祭になりますが、病気の為祭壇に立つのは免除され指揮者として活躍いたします。 欧州各地にも頻繁に旅して華やかな活躍をしますが、奇矯な行動のため人気が落ち失意の中でウイーンで亡くなります。

膨大な作品は忘れられ、バッハが編曲した作品のみで名前が知られる存在となってしまっておりましたが、20世紀になって楽譜が次々に発見され真価が再認識されるようになり、バロック音楽の再評価のきっかけともなりました。 

ヴィヴァルディの功績は協奏曲形式を確立した事で3楽章制を明確な形にいたしました。

協奏曲集「調和の霊感」作品3は1711年アムステルダムで出版されたヴィヴァルディの最初の協奏曲集です。 ヴィヴァルディが務めていた養護施設ピエタの女生徒オーケストラのために作曲した協奏曲の中から12曲を選び出版し、多くの作曲家の規範の曲集となったものです。

ヨハン・セバスティアン・バッハはワイマール時代に8番をオルガンのための協奏曲BWV.593に、ライプツィッヒ時代に10番を4つのチェンバロのための協奏曲BWV.1065に編曲しております。

調和の霊感
1. 協奏曲第1番ニ長調RV.549(4つのヴァイオリンとチェロのための)
2 . 協奏曲第2番ト短調RV.578(2つのヴァイオリンとチェロのための)
3 . 協奏曲第3番ト長調RV.310(独奏ヴァイオリンのための)
4 . 協奏曲第4番ホ短調RV.550(4つのヴァイオリンのための)
5 . 協奏曲第5番イ長調RV.519(2つのヴァイオリンのための)
6 . 協奏曲第6番イ短調RV.356(独奏ヴァイオリンのための)
7 . 協奏曲第7番ヘ長調RV.567(4つのヴァイオリンとチェロのための)
8 . 協奏曲第8番イ短調RV.522(2つのヴァイオリンのための)
9 . 協奏曲第9番ニ長調RV.230(独奏ヴァイオリンのための)
10. 協奏曲第10番ロ短調RV.580(4つのヴァイオリンとチェロのための)
11. 協奏曲第11番ニ短調RV.565(2つのヴァイオリンとチェロのための)
12. 協奏曲第12番ホ長調RV.265(独奏ヴァイオリンのための)

調和の霊感 作品3♫~「もっと見る」をクリックされると各楽章ごとに聴けるようになっております。

バッハ/ヴィヴァルディ オルガンのための協奏曲BWV.593

バッハ/ヴィヴァルディ 4つのチェンバロのための協奏曲BWV.1065♫~アルゲリッチ、キーシン、レヴァイン、プレトニョフ(4台ピアノ)

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インテルプレティ・ヴェネツィアーニ


明日はドビュッシー 前奏曲集について書きます。

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2015_10
28
(Wed)06:33

フランク「ピアノとヴァイオリンのためのソナタ イ長調」、ラヴェル「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

<フランク「ピアノとヴァイオリンのためのソナタ イ長調」>

この曲は私が師事するピアニストの♪阿部裕之先生♪がヴァイオリニストの豊嶋泰嗣さんと2015年6月9日に大阪倶楽部で演奏された曲ですが、おふた方のビッグな演奏家の見事に息の合った圧巻の素晴らしい演奏でした。

さてセザール・フランク(1822~1890)はベルギー出身の作曲家・オルガニストですが、近代フランス音楽の語法を確立した大作曲家です。  しかしその才能にもかかわらず36歳から亡くなるまでパリのサント・クロティルド教会のオルガン奏者を務め慕って集まる人々に作曲を教え続け、その生涯は他の有名な音楽家たちに比べると地味で慎ましやかなものでした。

晩年になるとその作風は内面から輝きを増し、傑作はいずれも60歳を過ぎて書かれております。この「ピアノとヴァイオリンのためのソナタ イ長調」も1886年に作曲されております。 

この曲は同郷の後輩のヴァイオリニスト・ウジェーヌ・イザイ(1851~1931)に献呈されておりイザイとその妻のボル・デ・ペーヌ夫人(ピアノ)によって作曲と同じ年の1886年に初演されております。 青年ヴァイオリニスト・イザイへの結婚のお祝いとして書かれたもので、フランクらしい「ささやかな手書き譜一束、わたしはここに心のすべてを込めました。」という献辞が添えられております。

4つの楽章を持つこのソナタは、ピアノはヴァイオリンの伴奏ではなく、またヴァイオリンも単なる独奏楽器として扱われておらず、ピアノとヴァイオリンの二重奏の大曲で、全曲を第1楽章の冒頭のヴァイオリンのメロディ<ニ~嬰へ~ニ>という3つの音符が基本的な役割を果たす循環形式をとっております。

心を打たれるこの名作は様々な演奏家からの要請で種々の編曲版が書かれております。 コルトーはピアノ独奏用に編曲しており、また「フルート・ソナタ」や「チェロ・ソナタ」もあり良く演奏されます。 またピアノ・パートがオーケストラに編曲されたコンチェルト版もありフランクの世界が更に壮大に展開されております。

名盤として知られているレコーディングにティボー(ヴァイオリン)、コルトー(ピアノ)があります。
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では私の好きなヴァイオリニストですがベルギーのヴァイオリニスト・グリュミュオーの演奏にリンクしたいと思います。 まだ聴かれた事のない方は是非この名曲を味わって頂きたいと思います。

フランク「ピアノとヴァイオリンのためのソナタ イ長調」♫~Arthur Grumiaux(ヴァイオリン),Istvan Hajdu(ピアノ)(No.1)
フランク「ピアノとヴァイオリンのためのソナタ イ長調」♫~同上(No.2)



<ラヴェル「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」>

この曲も同じく2015年6月9日阿部裕之先生と豊嶋泰嗣さんが演奏された曲ですが、第3楽章ではヴァイオリンの名人芸も聴く事ができ非常に楽しい曲です。

さてこの曲はラヴェルが1923年から1927年という年月をかけて作曲しておりラヴェル最後の室内楽曲でもあります。 ラヴェルは彼自身の言葉によると、「ヴァイオリンとピアノは本質的に相容れない楽器と考えており、無駄な音符を削るのにこれだけの年数がかかった」と断言しております。 ロマン派的な厚い和声の響きではなく、線的な透明な書法が基になっており、その線のデザインや音の色彩感が効いている曲です。

ラヴェルはこの曲を女流ヴァイオリニストのエレーヌ・ジュルダン・モランジュのために献呈しましたが、彼女は病気のため初演が叶わず、ラヴェルのピアノとエネスコのヴァイオリンで1927年パリで初演されました。

全3楽章から成り立っておりますが、1楽章はアレグレット、2楽章は「ブルース」、3楽章は「無窮動」となっており2楽章はラヴェルがしばしば訪れていたアメリカのニューヨークのナイトクラブのジャズの雰囲気が加味されており、3楽章はヴァイオリニストの超絶技巧が要求されるものとなっております。

では同じくグリュミュオーのヴァイオリン演奏にリンク致しますのでどうぞお楽しみ下さい。

ラヴェル「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」♫~Arthur Grumiaux(ヴァイオリン)、Istvan Hajdu(ピアノ)(No.1)
ラヴェル「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」♫~同上(No.2)





2015_09
14
(Mon)07:56

ブラームス チェロ・ソナタ 第1番、第2番

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

ブラームス(1833~1897)は2曲のチェロ・ソナタを残していますが、第1番は1865年に作曲されたものです。 ブラームスの音楽の持つ重厚な響きがチェロの音色と合っていて、ベートーヴェンのチェロ・ソナタと並んで愛好する人も多く演奏される機会も大変多い作品です。

ブラームスはハンブルク出身ですが、各地を旅行した後で1862年からはウイーンを拠点として創作活動を続けます。 このチェロ・ソナタ第1番を作曲した直後の1868年には「ドイツ・レクイエム」を作曲しておりますが、チェロ・ソナタ第2番は交響曲第4番を作曲した翌年の1886年に作曲されています。 つまり第1番と第2番には20年の時の経過があるわけですが、それにも拘わらずどちらにも同じブラームスの情熱と憂愁が流れていてチェロの名曲だと思います。

チェロ・ソナタ第1番は友人のチェロ奏者のゲンスバッハーに献呈されたものですが、曲の完成直後に行われた私的な初演ではゲンスバッハーがチェロを、ブラームスがピアノを弾いています。

各楽章全て短調で書かれているため、北国の暗い厳しい雰囲気が漂い、ブラームス特有の暗い内に秘めた情熱に溢れています。
ブラームス チェロ・ソナタ 第1番、第2番
(Antonio Janigro, cello/Paul Badura-Skoda,piano)

ブラームス チェロ・ソナタ 第1番 ホ短調 作品38~ヨー・ヨー・マ(チェロ)、エマニュエル・アックス(ピアノ)
https://www.youtube.com/watch?v=6oyLJHpe8Z8

3楽章の冒頭のピアノによるフーガ主題は、バッハの「フーガの技法」の中のコントラプンクトゥスXIIIをバッハが「二台クラヴィーアによるフーガ」に編曲したフーガによるものです。(contrapunctus=counterpoint~対位法) 

バッハ 二台クラヴィーアによるフーガ "Fuga a 2(rectus)"(正立形)
https://www.youtube.com/watch?v=4bCVQ1KAAeQ
バッハ 二台クラヴィーアによるフーガ"Alio modo Fuga 2(inversus)"(倒立形)
https://www.youtube.com/watch?v=YZPywDn84Ys
(この曲はContrapunctus inversus"鏡像フーガ"と呼ばれ音符の上下をひっくり返しても演奏できます。)



<ブラームス チェロ・ソナタ第2番>
1862年ウイーンへ出たブラームスはウイーンを本拠地として活動を続けていましたが、夏の間は避暑地で作曲をするのを常としていました。 1877年に作られた交響曲第2番は南オーストリアのペルチャッハでの生活に刺激されて一気に書かれた事は有名ですが、このチェロ・ソナタ第2番も1886年スイスのトゥーン湖畔での快適な生活から刺激を受け「ヴァイオリン・ソナタ第2番」と共に作曲されました。

4楽章からなる作品ですが、ブラームスの魅力の「情熱的でかつその中に憂いを秘めている」という美点がチェロの音色と相乗して発揮されている曲だと思います。

ブラ―ムス チェロ・ソナタ 第2番 ヘ長調 作品99~リヒテル(ピアノ)、ロストロポーヴィッチ(チェロ)
https://www.youtube.com/watch?v=RxnnRXDc-Jc

明日はピアノを学ぶ人には新約聖書と言われているベートーヴェンのピアノ・ソナタの中から「熱情」、「告別」、「ワルトシュタイン」、「テンペスト」、「悲愴」について書きます。(ちなみに先日書きましたバッハの平均律はピアノを学ぶ人には旧約聖書と言われています。) 

以前も書きましたが、バッハの平均律とベートーヴェンのピアノ・ソナタとショパンのエチュードはピアニストにとっては全曲学ばなければならないタスクです。 他にもピアノ作品は(他の楽器と比べると)数が多く、一生弾き続けても全てを弾き尽くす事は不可能かと思いますが、クラシック音楽は時空を超えて夢の広がる世界ですので是非多くの方にその魅力を知って頂けたらと思います。

今のお子さんは小学校高学年になると習いごとを止めて、次は塾と受験勉強に全エネルギーを注ぐという方が多いですが、音楽だけではなく文学、美術というような日常生活には一見不必要なものに思われる世界が、どれだけ人間の精神の浄化の助けになっているかを少しでも理解して頂けたらと願いながら日々ピアノと関わっております。

               









 




2015_09
05
(Sat)18:12

モーツァルト/ピアノとヴァイオリンのためのソナタ 第28番 ホ短調 K.304

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

今日はモーツァルトのヴァイオリン・ソナタ第28番ホ短調K.304について書きます。

モーツァルト ヴァイオリン・ソナタ第25,28,33,29,20番
スコダとバリリ
ワルター・バリリ(ヴァイオリン)、パウル・バドゥーラ=スコダ(ピアノ)

実はもともとはこのCDは母が好きで毎日のように良くかけていたCDです。 

私が高2の夏休みの事ですが、韓国で行われた「ユーロ国際音楽セミナー」という音楽祭に参加した事があります。 (この音楽祭の事は昨日公開した新ホームページのMy Historyの項目の高2の欄に、招聘された教授のコンサートのチラシやスタッフの方との写真などを載せておりますが、)韓国の方が「ヨーロッパから教授をお呼びし音楽祭を開く」という企画を計画され、日本の学生にも参加を呼びかけられたものです。
’98 EURO INTERNATIONAL MUSIC FESTIVAL
研修場所はソウルから3時間離れたピョンチャンにある景色の綺麗なリゾート地のPHOENIX PARKでした。

その終了コンサートで、ドイツのオーケストラでプロでお仕事をされている日本人の女性ヴァイオリニストの方(研修者)とモーツァルトのヴァイオリン・ソナタを共演する事になり、頂いた楽譜を見たら何と聴き覚えのあるモーツァルトのヴァイオリン・ソナタホ短調だったのです。


それ以来、私にとっても愛聴盤のCDとなりました。 子供が連弾で楽しめるように簡単に編曲された楽譜もありますので、発表会の時に生徒と連弾をしたりして楽しんだりもしている曲です。 聴かれたら殆んどの方がご存じだとは思いますがyou tubeとリンク致します。

Shoji Sayaka(ヴァイオリン)、イタマール・ゴラン(ピアノ)
https://www.youtube.com/watch?v=t6-TwHRcvrI

Kagan(ヴァイオリン)、リヒテル(ピアノ)
https://www.youtube.com/watch?v=PbvuSZBiBqE 

グリュミオー(ヴァイオリン)、ハスキル(ピアノ)
https://www.youtube.com/watch?v=GNuqN65L99Q

モーツァルト ヴァイオリン・ソナタ第28番 ホ短調 K.304
グリュミオーとハスキル
クララ・ハスキル(ピアノ)、アルテュール・グリュミオー(ヴァイオリン)
グリュミオーのビロードのようなヴァイオリンの音色が耳に残ります。

ところで良くモーツァルトヴァイオリン・ソナタと言iいますが、正しくは「Sonata in E minor, K.304 for piano and violin」です。 モーツァルト自身は「Six Sonates pour Clavecin ou Forte Piano avec accompagnement d'un Violin」とタイトルを付けています。 つまり「ヴァイオリンの伴奏を伴ったKlavierのためのソナタ」です。 モーツァルトの時代はヴァイオリンは伴奏でピアノ(モーツァルトはKlavierと呼んでいます)のためのソナタですが、ピアノと言っても現在のモダンピアノとは違います。

MESSAGEの写真に私が使っている写真が、モーツァルトの使用していたKlavierです。 左がクラヴィコードで右がフォルテピアノです。 現代のモダンピアノに比べたら簡素に聴こえる響きのKlavierにヴァイオリンの伴奏が伴うというのが当時を再現したイメージかもしれません。

28番ホ短調は1778年頃に作曲されたもので「マンハイム=パリ・ソナタ」と呼ばれる6曲のソナタの中の1曲ですが、 同時期に作曲されたピアノ曲ではピアノ・ソナタ8番イ短調があります。

1778年はモーツァルトが母を亡くした年ですのでどちらもモーツァルトには珍しい短調を使っているのは関係があるのではと言われています。

モーツァルト ピアノ・ソナタ8番イ短調 K.310 1楽章~イングリッド・ヘブラー 
https://www.youtube.com/watch?v=fNtKcQV1DYY

モーツァルト ピアノ・ソナタ8番イ短調 K.310 2楽章~イングリッド・ヘブラー
https://www.youtube.com/watch?v=WDeDUPBHH9w

モーツァルト ピアノ・ソナタ8番イ短調 K.310 3楽章~イングリッド・ヘブラー
https://www.youtube.com/watch?v=yDUiSvW1J04

明日はモーツアルトの交響曲第41番「ジュピター」を中心に書こうと思います。

   



2015_09
04
(Fri)06:38

続室内楽を聴く楽しさ(モーツァルト弦楽五重奏曲)

<続室内楽を聴く楽しさ>~モーツァルト弦楽五重奏曲

今日はモーツァルト(1756~1791)の弦楽五重奏曲について書いてみようと思います。 

弦楽五重奏というのは通常は弦楽四重奏に中音部のヴィオラか低音部のチェロが追加されて演奏されるものをいいます。 弦楽四重奏の響きの純度に比べると、弦楽五重奏は中音部が分厚くなったり低音部が分厚くなったりしますので、音の絡み合いが複雑になり作曲される方には苦労が多いようです。

モーツァルトも弦楽四重奏曲は23曲作っていますが、弦楽五重奏曲は6曲しか作っておりません。 

今日は弦楽五重奏曲第3番ハ長調と第4番ト短調をまずご紹介しようと思います。
ヨゼフ・スークとスメタナ四重奏団
スメタナ四重奏団とヨゼフ・スーク

このCDにはモーツァルトの弦楽五重奏曲第3番ハ長調(1787年4月)と第4番ト短調(1787年5月)が入っております。  モーツァルトが31歳の頃の作品です。

モーツァルトは前年の1786年には「フィガロの結婚」がプラハで熱狂的に受け入れられており、弦楽五重奏曲第3番と第4番が作曲された1787年の10月にはプラハで「ドン・ジョヴァン二」を初演しています。
フィガロの結婚
フィガロの結婚全曲CD
ドン・ジョヴァン二
ドン・ジョヴァン二全曲CD

また翌年の1788年には7月に交響曲第40番ト短調、8月には第41番ハ長調「ジュピター」と傑作を作っています。
モーツァルト交響曲第40,41番
モーツァルト交響曲第40番、第41番~クーべリック指揮、バイエルン放送交響楽団

さて話を弦楽五重奏曲第3番、第4番に戻しますが、第4番ト短調は終始悲しく美しいメロデイが流れ完成直後亡くなる病気の父への気持ちを歌ったのではないかと思います。 次に第3番ハ長調ですが、モーツァルト弦楽五重奏曲の中ではこの曲を私は一番好んでいます。 モーツァルトの弦楽五重奏曲の中では一番壮大な世界なのではないかと思います。

モーツァルト弦楽五重奏曲第3番ハ長調、第4番ト短調~スメタナ四重奏団、ヨゼフ・スーク(第1ヴィオラ)
https://www.youtube.com/watch?v=FMRiMUYgzIw

演奏者のスメタナ四重奏団は1945年結成されたチェコの20世紀を代表する弦楽四重奏団です。 またヨゼフ・スーク(1929~2011)はドヴォルザークのひ孫にあたりプラハ音楽院出身のチェコのヴァイオリ二スト・ヴィオリストです。 正統派の気品のある演奏をされるヴァイオリ二スト・ヴィオリストの方です。

次はモーツァルトの弦楽五重奏曲第1番と第2番をご紹介します。
モーツァルト弦楽五重奏曲第1,2番

第1番は1773年17歳のまだザルツブルクにいる時に作曲された作品です。 イタリア的な明るい若々しい曲です。

第2番は1782年に作曲した「管楽せレナード12番ハ短調K.388」(管楽器による八重奏曲)を、弦楽五重奏曲第3番と第4番を作曲した後の10月に編曲したものです。

モーツァルト弦楽五重奏曲第2番(1787)
https://www.youtube.com/watch?v=V9SoZmUc6jU&list=PLs66GYnrLDSTa2qVRRwJeDarAN03gkYig

モーツアルト「管楽セレナード12番K.388」(1782)
https://www.youtube.com/watch?v=CWbWHUTBM9I

モーツァルト弦楽五重奏曲第1番(1773)
https://www.youtube.com/watch?v=0pv57oIQXxw&list=PLs66GYnrLDSS8_ZD2XBa7ssE6KIVucTyZ 

次は晩年の1791年に作曲された第6番をご紹介します。  モーツァルトはこの後クラリネット協奏曲K.622そして未完のレクイエムを作曲し同年35歳で亡くなります。 この曲には慕っていたハイドンの弦楽四重奏曲第39番「鳥」(1781)からの引用が多く、死を目前にしてハイドンに捧げたのではないかと言われています。 神童と言われたモーツァルトですが、晩年の作品にはその人生の音楽への研鑽の深淵さが滲み出ており人間がなぜこんなピュアで邪心のない曲を作れたのかとモーツァルトの難しさを改めて感じます。 

モーツァルト弦楽五重奏曲第6番(1791)
https://www.youtube.com/watch?v=x9m5TWfosyo&list=PLs66GYnrLDSRgyIEC1s4UCks1gkcbmwvN

ハイドン弦楽四重奏曲第39番ハ長調「鳥」(1781)
https://www.youtube.com/watch?v=O83w6rfdNTw

このハイドンの弦楽四重奏曲第39番「鳥」は、ハイドンの「ロシア四重奏曲Op,33」と呼ばれる6曲の弦楽四重奏曲の第3曲になります(1781)。 モーツァルトはハイドンの「ロシア四重奏曲」を聴いて刺激を受け「ハイドン四重奏曲」(ハイドン・セット)と呼ばれる6曲の弦楽四重奏曲をハイドンに捧げたと言われています(1782~1785)。 ハイドンはこの曲を聴いてモーツァルトの才能を高く評価しモーツァルトが亡くなった時イギリスにいたハイドンは大変嘆いたと言われています。 ハイドンのお葬式ではモーツァルトの「レクイエム」が流されたそうです。

モーツァルト「クラリネット協奏曲 イ長調 K.622」~カール・ライスター(クラリネット)
https://www.youtube.com/watch?v=8g7J9-VYgIs


明日は私の好きなモーツアルトのヴァイオリン・ソナタ第28番 ホ短調 K.304について書きます。 名曲ですので愛聴されている方も多いかと思います。
(門下のご家族の方で記事の中に出てきましたCDをお聴きになりたい方は生徒さんを通して受付までお尋ね下さい。)










 







 
2015_09
03
(Thu)07:25

続室内楽を聴く楽しさ(シューベルト、ドヴォジャーク、スメタナ弦楽四重奏曲)

<続室内楽を聴く楽しさ>~シューベルト、ドヴォジャーク、スメタナ弦楽四重奏曲

シューベルト(1797~1828)の室内楽といえばピアノ五重奏曲「ます」がポピュラーですが、1820年作曲されたものに「弦楽四重奏曲 第12番 ハ短調<四重奏断章>D.703 遺作」という未完の作品があります。

ロマン派音楽の先駆者として古典派音楽からの解放を模索していたシューベルトは、この曲で大きく変わり以降第13番「ロザムンデ」、第14番「死と乙女」、第15番と傑作を作っていきます。
ドロルツ弦楽四重奏団

上のCDの中の「弦楽四重奏曲第12番ハ短調<四重奏断章>」を演奏しているドロルツ四重奏団は、ベルリンフィルの第1ヴァイオリン奏者のエドゥアルト・ドロルツによって1950年結成されたドイツの弦楽四重奏団です。  歴史的名演も多く今も多くのCDのファンの方がいるようです。

シューベルト「弦楽四重奏曲 四重奏断章 D.703」~ボロディン四重奏団

シューベルト弦楽四重奏曲楽譜
シューベルト弦楽四重奏曲12番



次はドヴォジャーク(1841~1904)の弦楽四重奏曲について書きます。(ドヴォジャークはチェコでの発音です。)

ドヴォジャークはチェコの誇る大作曲家ですが後期ロマン派に属しボヘミア楽派の作曲家です。 1891年プラハ音楽院の教授に就任しますがその後1892年ニューヨークの音楽院の院長として招かれアメリカに渡ります。 そのアメリカ滞在中の1893年に作曲されたのが弦楽四重奏曲第12番へ長調「アメリカ」です。
ドヴォジャーク「アメリカ」

ドヴォジャーク「弦楽四重奏曲第12番ヘ長調アメリカ」♫

そして1895年アメリカを去りますがチェコに戻って作曲したのが「弦楽四重奏曲第13番ト長調」です。
ヴラフ四重奏団

上のCDを演奏しているのはヴラフ四重奏団ですが、全員がプラハ音楽院出身のチェコの弦楽四重奏団です。 you tubeにヴラフ四重奏団の演奏がアップされていましたのでリンクします。

ドヴォジャーク「弦楽四重奏曲第13番ト長調第1楽章」~ヴラフ四重奏団


第13番はドヴォジャークが苦難やまた栄光の後、故郷チェコに戻り自然の中に生きる喜びを描写していて活気に満ちた音楽だと思います。

1901年ドヴォジャークはプラハ音楽院の院長に就任します。

7月26日の記事「中3の時私が初めて訪れたプラハ音楽院とプラハの思い出」~谷 真子♪ 
(私が行ったのは1996年で、1989年民主化そして1993年チェコとスロヴァキアに分国という歴史的な出来事の後でした。)

プラハ搭乗券
スカンジナビア航空でコペンハ―ゲンを経由してミュンヘンへ行きそこからバスでプラハへ入りました。
1996年プラハコンサート
プラハ城ではアメリカの作曲家のクラシックコンサートも開かれていました。

プラハ モルダウ川(谷真子撮影)
プラハ モルダウ川




次はスメタナの「弦楽四重奏曲第1番ホ短調わが生涯より」をご紹介します。 自伝的な音楽で大変感動的な作品です。
パノハ弦楽四重奏団

上のCDを演奏しているのはパノハ弦楽四重奏団というグループで、全員プラハ音楽院出身の現代のチェコの誇る代表的な弦楽四重奏団です。 草津夏期国際音楽アカデミーにも毎年来日していた実力派グループです。

ちなみにスメタナ(1824~1884)と言えばモルダウの連作交響詩「わが祖国」で有名ですが、チェコスロヴァキアの民主化を祝する1990年のプラハの春音楽祭で、亡命していたチェコの巨匠クーベリックが42年振りに祖国に戻り「わが祖国」の指揮をした事を覚えていらっしゃる方も多いかと思います。 感動的な音楽祭のライブ映像と「わが祖国」の演奏にリンクします。
スメタナ わが祖国 クーベリック指揮

1990年プラハの春音楽祭オープニング・コンサートライブ(チェコスロヴァキアの民主化を祝して)♫



さて弦楽四重奏曲「わが生涯より」は1876年に作られた作品ですが第1楽章で若き日の情熱、あこがれ、不幸への予感を、第2楽章で陽気な若者を、第3楽章で妻となる初恋の女性との幸せな日々を、第4楽章でチェコの国民音楽への自分の見解、成功、そして聴覚の異常からの幻聴、運命への諦めを表現しています。

スメタナ「弦楽四重奏曲 第1番 ホ短調 わが生涯より」~スメタナ四重奏団


ちなみにスメタナの「わが生涯」のCDのパノハ弦楽四重奏団が参加していた草津夏期国際音楽アカデミーには毎年B-tech Japanから技術の方がべーゼンドルファーのメインテナンスに行かれます。 ベーゼンドルファーのピアノは一番人の声に近いピアノと言われており室内楽やドイツリートでは良く使用されます。 私がいつもお世話になっている技術の菊池和明さんも毎年のように行かれます。 今年の音楽祭の模様がB-techのホームページに今アップされていますのでリンクします。

B-tech Japanホームページより~草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァル模様


明日はモーツァルトの弦楽五重奏曲について書きます。
(門下の方のご家族でCDをお聴きになられたい方は生徒さんがその旨を受付でお伝え下さい。)



 






2015_09
02
(Wed)08:56

室内楽を聴く楽しさ(ハイドン弦楽四重奏曲)

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モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

日本ではクラシックコンサートというと大ホールで大きなピアノを外国の有名なピアニストがソロで弾くのをかしこまって聴いたり、有名なオーケストラの演奏会を聴きに行く事ではという風潮が最近までありましたが、その感動は素晴らしいものですが今日は室内楽を聴く楽しさを書きたいと思います。   

室内楽にはヴァイオリン・ソナタ、チェロ・ソナタ、ピアノトリオなどピアノが使われている作品も多くありますが、弦楽器だけの作品というのがあります。 その中で第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの4つの弦楽器で演奏される音楽を弦楽四重奏といいます。 

発音の原理が同じ楽器ばかりで演奏するわけですから弦楽四重奏の響きは純度がとても高く、またもともとが貴族のサロンで貴族のために演奏されていたという歴史からかその貴族趣味がヨーロッパを感じさせてくれ、私のようにピアノを仕事とし日々ピアノの音に集中している者には弦楽四重奏の音楽はリラックスして楽しむ事ができます。

さて弦楽四重奏を芸術性の高いものにしようと試みたのがハイドン(1732~1809)だと思いますが、そのハイドンを生んだウイーンは弦楽四重奏とともに生きてきた街だといえるのではないかと思います。 

私が初めて生で聴いた弦楽四重奏団は、ウイーンフィルのコンサートマスターのライナー・キュッヒルを中心に結成されたキュッヒル弦楽四重奏団(ウイーン・ムジークフェライン弦楽四重奏団)です。 日本の大きなかつスピーデイな音量の音楽に慣れていた私にとって、ヨーロッパ発祥の弦楽四重奏を生で聴いた時は一種のカルチャー・ショックを受けたように思います。 ゆったりと時が流れまるでささやくような音で音楽が奏でられます。 門下の方は良く受付でかかっておりますので聴き覚えがおありになるのではないかと思います。

キュッヒル弦楽四重奏団

まず初めにご紹介するのがハイドンの「弦楽四重奏曲第77番ハ長調作品76の3<皇帝>」です。 

この曲は、私が高1から愛用するピアノ・ベーゼンドルファー(1828年創業)の生まれた国オーストリア帝国そしてオーストリー=ハンガリー帝国の国歌<皇帝讃歌>(ハイドン作曲)が2楽章で使われており、晩年のハイドンの傑作と言われている作品76(6曲でできています。)の3番目の曲です。 ウイーンフィルを抱えるウイーンの弦は大変厳格で緻密なのが特色ではと思います。 本当なら私の所有するラィナー・キュッヒルの名演のCDをおかけしたいところなのですが、you tubeからのリンクになります。 2楽章だけリンク致します。

ハイドン「弦楽四重奏曲第77番作品76の3<皇帝>第2楽章」(1797)
https://www.youtube.com/watch?v=4t3Vmo_EM8Y
ハイドン弦楽四重奏曲「皇帝」スコア
ハイドン弦楽四重奏曲「皇帝」2楽章冒頭





次はハイドンの名弦楽四重奏曲と言われる「第67番ひばり作品64の5」をご紹介致します。
  
上の「皇帝」も次の「ひばり」も、ハイドンの弦楽四重奏曲「ロシア四重奏曲」(1781)に刺激されてモーツァルトが作りハイドンに捧げた「ハイドン四重奏曲」(1782~1785)をハイドンが聴き、またそれに刺激されてハイドンが作った弦楽四重奏曲です。 

ハイドン「弦楽四重奏曲第67番ひばり作品64の5」(1790)
https://www.youtube.com/watch?v=4uYxn1M_O-4




次にご紹介するのはハイドンの「十字架上の7つの言葉作品51」です。 これは8月6日のブログに書いた元ミュンヘン音楽大学学長のシルデ先生に教えて頂いた曲ですが、タイトル通り十字架上のイエスが発した7つの言葉にハイドンが音楽を付けたものです。
ゲヴァントハウス弦楽四重奏団

この曲もゲヴァントハウス弦楽四重奏団の演奏をおかけしたいのですが、you tubeからのリンクになります。

ハイドン「十字架上の7つの言葉作品51」(1787)
https://www.youtube.com/watch?v=pcmF2z_Z3_c

この曲は「序奏」と「7つのソナタ」と終曲の「地震」の9曲からできています。 終曲は磔にあってイエスが死んだあと天変地異が起こりイエスが復活する場面を記述した"マタイによる福音書"の第28章を音楽で描写したものです。 第28章2節に「すると、大きな地震が起こった。 それは主の使が天から下って、そこにきて石をわきへころがし、その上にすわったからである。」(母の学生時代の聖書より)と、記述があります。 

終曲の「地震」の音楽は「序奏」以上に劇的な筆遣いで書かれており、昨日の「マタイ受難曲」とともにクラシック音楽の源流の精神を考えさせられる精神性の深い曲です。

ちなみにオーストリア帝国そしてオーストリア=ハンガリー帝国国歌の「皇帝讃歌~神よ、皇帝フランツを守り給え」(ハイドン作曲1797年)は今はドイツ連邦共和国国歌として歌われています。 現在のオーストリア国歌はモーツァルト作曲(?)と言われる別の曲です。 (紋章にはハプスブルクの紋章が使われています。) 島国日本では考えられない事ですが、ヨーロッパの複雑な歴史がうかがえます。

<ハプスブルク帝国の変遷>
神聖ローマ帝国(~1804)
P1010259.jpg
オーストリア帝国(1804~1867)
P1010261.jpg
オーストリア=ハンガリー帝国(1867~1918)
P1010263.jpg
現在のオーストリア共和国は1955年に永世中立国宣言をして以来その体制が続いています。


明日は続いてシューベルト、ドヴォジャーク、スメタナの弦楽四重奏曲について書きます。

 






2015_07
31
(Fri)09:00

ベルギーのCelllist Nicolas Deletailleニコラ・デルタイユ氏の古楽器の音に心が癒される音楽

今日はべルギーのチェリストのニコラ・デルタイユさんとのデュオコンサートのエピソードについて書きます。

 

 ニコラ・デルタイユさんとは芦屋にある♪サロン・クラシック♪のオーナーの中西淳子さんのご紹介で二度デュオ・コンサートを行いました。

ニコラ・デルタイユさんは若手のチェリストですがベルギーのブリュッセル王立音楽院の准教授でもいらっしゃいます。音楽に敬虔に向き合われる姿勢は若きピューリタンという感じの方です。

一度目は私の自宅でチェロの小品を何曲か演奏致しました。その時の演奏はyou tubeにアップしております。         
https://www.youtube.com/watch?v=nYYP-f00kgg         
https://www.youtube.com/watch?v=bZhb69jev40 (他)

ニコラ・デルタイユさんはアルぺジョーネという古楽器にも深い造詣がおありになりウイーンの巨匠のPaul Badura-SkodaとシューベルトのCDを出していらっしゃいます。私の自宅のCDラックに、廃盤になった古いPaul Badura-Skodaのピアノフォルテによるベートヴェンのピアノ・ソナタ全集があるのを見つけられて大変驚いていらっしゃいました。またハイドンやモーツアルトの生家の古楽器の絵葉書を見つけられてとても懐かしそうにされていました。          
アルぺジョーネCD紹介 http://ml.naxos.jp/album/FUG529

私の家にはイタリア語、ドイツ語、フランス語と辞書がとても多いのですがその中に伊英辞典を見つけられ「Io parlo italiano anche.」と嬉しそうにイタリア語でお話しされていました。デルタイユさんは日常会話はフランス語ですがクリスチャンの多いヨーロッパの人にはイタリア語は憧れの言語のようです。

二度目は芦屋のサロン・クラシックでドビュッシーのチェロ・ソナタを演奏致しました。この曲はお互いが拍に厳格に弾かないと合わないのですが本番はドビュッシーの世界を表現できたのではないかと思っています。

ニコラ・デルタイユさんのチェロは音楽が穏やかにゆったりと流れていきヨーロッパの風景が目に浮かんでまいります。喧噪の日本ではあの緩やかなテンポを保つのは難しくデルタイユさんのチェロには聴いていて心が癒されるものがあります。
                  
ドビュッシー チェロ・ソナタ              
 https://www.youtube.com/watch?v=maujknp81qE              
 https://www.youtube.com/watch?v=wRyxH2OU8ug 

ニコラ・デルタイユ氏公式サイト