リスト=ブゾーニ フィガロ・ファンタジー

リスト=ブゾーニのフィガロ・フャンタジーはモーツァルト作曲の「フィガロの結婚」からリストが編曲して未完だったものをブゾーニが完成させたものです。

当時はオペラのメロディをモチーフとしてパラフレーズを作曲する事がサロンの華となっており、リストも多くのオペラ・パラフレーズを作曲しております。

難曲ですがホロヴィッツの演奏にリンクしてみます。

リスト=ブゾーニ フィガロ・ファンタジー~ホロヴィッツ


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リスト ドン・ジョヴァンニの回想/Liszt Reminiscences de "Don Juan"(Mozart) S.418

リストのドン・ジョヴァン二の回想は1841年、リストが30歳の時、モーツァルトのオペラ「ドン・ジョヴァン二」の主題をリストが編曲した作品です。

難曲中の難曲と言われており1877年にはリストによって二台ピアノ用の編曲もなされております。

第1部分
オペラの第2幕の騎士長がドン・ジョヴァン二に警告する場面の音楽から始まり、重苦しい音楽は騎士長の復讐を表現しています。

第2部分
オペラ第1幕の二重唱「お手をどうぞ」が使われています。

第3部分
第1幕のドン・ジョヴァン二のアリア「シャンパンの歌」が使われています。


リスト ドン・ジョヴァン二の回想~ボレット


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リストのオペラ 180年ぶりに再現 

フランスのAFP通信の記事に興味深い記事が載っておりました。

英ケンブリッジ大学のデービッド・トリペット氏が2年前リストが長年過ごしたドイツのワイマールのアーカイブからリストのオペラ作品の楽譜を発見したそうです。

平和を愛する一方で快楽主義だったアッシリア王の滅亡を描いたイギリスの詩人バイロンの戯曲「サルダラパラス」を基にした作品でイタリア語で書かれているそうです。

トリペット氏は6月にウェールズで開催されるオペラコンクールでこのオペラを上演する計画だそうです。

上演されるリストのオペラはワーグナーの音楽に似ているそうですが、ワグネリアン(ワーグナーの音楽に傾倒した人たち)であるリストはピアノ曲にも息の長い旋律など、ワーグナーに似ている部分が多いような気がします。

記事はこちら



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シューベルト=リスト 12の歌 S.558/Liszt 12 Lieder S.558 

シューベルト=リスト編曲「12の歌曲」はシューベルト(1797~1828)の歌曲をリスト(1811~1886)が編曲したものですが、1837年から38年の間に編曲され1838年に出版されました。

リストはシューベルトの歌曲を57曲編曲致しております。

リストがウィーンでこの作品を演奏した際は「シューベルトへの冒涜」だと批判されたそうですが、発した音の強弱や音色を後から変更できる声楽と、減衰楽器であるピアノではメロディを奏する表現方法が異なるため歌曲をピアノ一台で奏するためには誇張とも受け取れる表現が必要だったのではないかと思います。

リストはシューべルトの事を「大切な英雄」、その作品は「偉大な宝」と述べておりリストがシューベルトに敬意を払っていた事がうかがえます。

1 挨拶を贈ろう / Sei mir gegrusst 
2 水に寄せて歌う / Auf dem Wasser zu singen 
3 君こそわが憩い / Du bist die Ruh 
4 魔王 / Erlkonig 
5 海の静けさ / Meeresstille 
6 若い尼僧 / Die junge Nonne 
7 春の想い / Fruhlingsglaube 
8 糸を紡ぐグレートヒェン / Gretchen am Spinnrade 
9 セレナード「聞け、ひばり」 / Standchen 'Horch, horch! die Lerch' 
10 休みない愛 / Rastlose Liebe  
11 さすらい人 / Der Wanderer 
12 アヴェ・マリア / Ave Maria

セレナーデ♫~ホロヴィッツ
魔王♫~キーシン
水の上で歌う♫~ペライア
水の上で歌う♫~キーシン
アヴェ・マリア♫~ランラン
糸を紡ぐグレートヒェン♫~キーシン


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ベートーヴェン=リスト 交響曲第9番 4楽章 歓喜の歌(二台ピアノ)

来年の4月29日に秋篠音楽堂で東京音大校友会関西支部の演奏会が開催されますが、私もベートーヴェン=リスト 第9 「歓喜の歌」よりをピアノ連弾(ペータース版)で演奏致します。

以前も書きましたが、今日はもう一度ベートーヴェン=リスト 交響曲第9番 「歓喜の歌」 (二台ピアノ)について書いてみようと思います。

フランツ・リスト(1811~1886)はドイツ・ロマン派のピアニスト・作曲家で、「ピアノの魔術師」とも言われていますが、1822年ウイーン音楽院でツエル二ーに師事し、翌1823年には老ベートーヴェンにコンサートで会いそのピアニストとしての才能を誉められています。  またリストの先生のツエル二ー(1791~1857)はオーストリアのピアノ教師、ピアニスト、作曲家ですが、10歳でベートーヴェンの弟子となり, 1812年にはベートーヴェンのピアノ協奏曲「皇帝」のウイーンでの初演のソリストを務めています。  またツエル二ーの先生のベートーヴェン(1770~1827)はウイーン古典派の作曲家ですがハイドンに認められたハイドンの弟子でした。

このような系譜からリストはベートーヴェンを大変尊敬しており、ベートーヴェンの交響曲9曲全てをピアノ・ソロ用に編曲しております。 またベートーヴェンの交響曲9番とピアノ協奏曲の3,4,5番は二台ピアノ用にも編曲しております。

リストの時代は現在のようにCDやメディアでベートーヴェンのシンフォ二ーを楽しむという事はできませんから、それをひとりでも多くの人に知ってもらうために、ピアノでも弾けるように作曲したのではないかと思います。

さて「歓喜の歌」はベートーヴェンの交響曲第9番の第4楽章で歌われ演奏される第1主題の事です。 「喜びの歌」とも言われます。

シラーの最初の詩「自由賛歌」(1785年)はフランス革命の直後ラ・マルセイエーズのメロディでドイツの学生に歌われておりましたが、その詩をシラーが書きなおして(1785年初稿、1803年一部改稿)「歓喜に寄せて」と致しました。 ベートーヴェンはそのシラーの「歓喜に寄せて」の詩を1822年~1824年に歌詞として引用し書き直して付曲致しました。

ベートーヴェンは1792年にこの詩の初稿に感動し曲を付けようとしますが、第9交響曲として完成した時には1803年の改稿版の詩を用いております。

An die Freude

O Freunde, nicht diese Töne!
Sondern laßt uns angenehmere
anstimmen und freudenvollere.
(ベートーヴェン作詞)

Freude, schöner Götterfunken,
Tochter aus Elisium
Wir betreten feuertrunken.
Himmlische, dein Heiligtum!

Deine Zauber binden wieder,
(1803年改稿)
Was die Mode streng geteilt;
Alle Menschen werden Brüder,
(1785年初稿:
Was der Mode Schwert geteilt;
Bettler werden Fürstenbrüder,)
Wo dein sanfter Flügel weilt.

Wem der große Wurf gelungen,
Eines Freundes Freund zu sein,
Wer ein holdes Weib errungen,
Mische seinen Jubel ein!

Ja, wer auch nur eine Seele
Sein nennt auf dem Erdenrund!
Und wer's nie gekonnt, der stehle
Weinend sich aus diesem Bund!

Freude trinken alle Wesen
An den Brüsten der Natur;
Alle Guten, alle Bösen
Folgen ihrer Rosenspur.

Küsse gab sie uns und Reben,
Einen Freund, geprüft im Tod;
Wollust ward dem Wurm gegeben,
und der Cherub steht vor Gott.

Froh, wie seine Sonnen fliegen
Durch des Himmels prächt'gen Plan,
Laufet, Brüder, eure Bahn,
Freudig, wie ein Held zum Siegen.

Seid umschlungen, Millionen!
Diesen Kuß der ganzen Welt!
Brüder, über'm Sternenzelt
Muß ein lieber Vater wohnen.

Ihr stürzt nieder, Millionen?
Ahnest du den Schöpfer, Welt?
Such' ihn über'm Sternenzelt!
Über Sternen muß er wohnen.

「歓喜に寄せて」

おお友よ、このような旋律ではない!
もっと心地よいものを歌おうではないか
もっと喜びに満ち溢れるものを
(ベートーヴェン作詞)

歓喜よ、神々の麗しき霊感よ
天上楽園の乙女よ
我々は火のように酔いしれて
崇高な汝(歓喜)の聖所に入る

汝が魔力は再び結び合わせる
(1803年改稿)
時流が強く切り離したものを
すべての人々は兄弟となる
(1785年初稿:
時流の刀が切り離したものを
物乞いらは君主らの兄弟となる)
汝の柔らかな翼が留まる所で

ひとりの友の友となるという
大きな成功を勝ち取った者
心優しき妻を得た者は
彼の歓声に声を合わせよ

そうだ、地上にただ一人だけでも
心を分かち合う魂があると言える者も歓呼せよ
そしてそれがどうしてもできなかった者は
この輪から泣く泣く立ち去るがよい

すべての存在は
自然の乳房から歓喜を飲み
すべての善人もすべての悪人も
薔薇の路をたどる

自然は口づけと葡萄酒と 
死の試練を受けた友を与えてくれた
快楽は虫けらのような者にも与えられ
智天使ケルビムは神の前に立つ

神の壮麗な計画により
太陽が喜ばしく天空を駆け巡るように
兄弟よ、自らの道を進め
英雄のように喜ばしく勝利を目指せ

抱き合おう、諸人(もろびと)よ!
この口づけを全世界に!
兄弟よ、この星空の上に
愛する父がおられるのだ

ひざまずくか、諸人よ?
創造主を感じるか、世界よ
星空の上に神を求めよ
星の彼方に必ず神は住みたもう

ベートーヴェン=リスト 第9交響曲 第4楽章「歓喜の歌」より♫~二台ピアノ
ベートーヴェン 第9交響曲♫~ムーティ指揮、シカゴ交響楽団


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ベッリーニ=リスト ノルマの回想 S.394/Liszt Reminiscences de Norma S.394

「ノルマの回想」はリストが1841年にベッリーニ作曲のオペラ「ノルマ」の主題に基づいてピアノ独奏用に編曲した難曲のオペラ・パラフレーズです。

004.jpg
ベッリーニ オペラ「ノルマ」のスコア

ベーゼンドルファー200

プレイエルの社長の妻のカミーユ・プレイエルに献呈されています。

リストがベッリーニ作曲のオペラ「ノルマ」から用いた主題は次の通りです。

1,「ノルマがやってくる」"Norma viene":第1幕第1場、ドルイド教徒の合唱
2,「おおドルイド教徒たちよ、丘に登れ」"Ite sul colle,O Druidi!":同上、オヴェローソの独唱
3,「予言の力で」"Dell’aura tua profetica":同上
4,「ああ、あの子たちを犠牲にしないで」"Deh! non volerli vittime":第2幕第3場、ノルマ、オヴェローソ、ポリオーネおよび合唱
5,「裏切られた心」"Qual cor tradisti":同上、ノルマ、ポリオーネ、オヴェローソおよび合唱
6,「お父様、私は愛に負けたのです」"padre,tu piangi?":第2幕第3場、ノルマ、ポリオーネ、オヴェローソおよび合唱
7,「戦争だ、戦争だ!」"Guerra! Guerra!":第2幕第2場、ノルマとドルイド教徒の合唱

「ノルマ」の中のアリアはほとんど使われておらず合唱及び重唱がほとんどです。

リスト ノルマの回想♫~ブレンデル
リスト ノルマの回想♫~コチシュ

ベッリーニ オペラ「ノルマ」



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ワーグナ=リスト 「タンホイザー」の巡礼の合唱 S.443/Liszt Chor der jungeren Pilger "Tannhauser" S.443

この曲はリストがワーグナーのオペラ「タンホイザー」の中の第3幕第1場の”巡礼の合唱”から編曲したものです。

場面は「タンホイザー」第3幕第1場のローマから戻ってきた巡礼の一行による合唱の場面に対応しておりますが、音楽は実際には同オペラの序曲に相当致します。

”巡礼の合唱”と題された序曲からの編曲は1865年にライプツィヒのジーゲル社から出版され、同年パリのフリュックスランド社からも出版されましたが、それに先立ち1849年には”タンホイザー序曲”として同じ序曲からの編曲をドレスデンから出版しております。

リストはワーグナー作品「タンホイザー」と「ローエングリン」から合計7曲も編曲しており、そのうち6曲は1849年から1854年の間に完成したものです。 リストがワーグナーの原曲の普及に大きな役割を果たした事がうかがわれます。

リスト タンホイザーの巡礼の合唱 S.443♫~ブレンデル

ワーグナー 「タンホイザー」より”巡礼の合唱”

リスト タンホイザー序曲♫~シフラ
リスト タンホイザー序曲♫~ボレット
リスト タンホイザー序曲♫~アヴデーエワ

ワーグナー 「タンホイザー」より”序曲”



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リスト 調のないバガテル S.216a/Liszt Bagatelle ohne Tonart S.216a

リストの「調べのないバガテル」は音楽史上最も古い「調がない事を宣言した音楽」でリスト最晩年の1885年に作曲されました。

リストは1873年にヴァンサン・ダンディらに「私は調性を抹殺したい」と語り、伝統や因習を否定する作曲をしておりましたが、当時の人々にとっては急進的なものでしたので長い間知られておらず、1956年になって発見・出版され近年は高く評価されております。

しかしシェーンベルクらの無調とは異なるものがございます。

もともとこの曲のタイトルは「メフィストワルツ第4番」とされていましたが、後にこのタイトルは削除されました。

リスト 調べのないバガテル♫~ブレンデル


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リスト 灰色の雲(暗い雲) 変ロ長調 S.199/Liszt Nuages gris B-Dur S.199

「灰色の雲S.199」は1881年晩年のリスト(1811~1886)が作曲したピアノ曲ですが、深い悲しみを感じさせ宗教色の濃い作品です。

リストは晩年に調性からの離脱を試みる実験を続けていましたが、シェーンベルクの実験より25年も先んじて非機能的な和声法を使って作曲しており「灰色の雲」には4度音程や増三和音の響きも含まれております。

「灰色の雲」は調性感に乏しく20年近く後のスクリャービンの神秘和音と同一と見なす事ができる和音も見受けられます。

原題はフランス語でNuages Gris(灰色の雲)ですが、リスト自身によってドイツ語のTrube Wolken(暗い雲)という題名も付けられておりどちらの訳語も通用しております。

出版されたのは1927年になってからです。

リスト 灰色の雲♫~リヒテル
リスト 灰色の雲♫~カツァリス


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ワーグナ=リスト イゾルデの愛の死 S.447/Liszt Isoldes Liebestod S.447

リスト編曲の「イゾルデの愛の死」はワーグナー作曲の「トリスタンとイゾルデ」の最終場面「第3幕の終結部」のアリアに基づいてリストが編曲したもので原曲の初演から2年後の1867年に完成致しました。

ワーグナー トリスタンとイゾルデより アリア イゾルデの愛の死♫~マリア・カラス

*****
『トリスタンとイゾルデ』(Tristan und Isolde)は、リヒャルト・ワーグナーが作曲した楽劇。台本も作曲者自身による。
全3幕からなり、1857年から1859年にかけて作曲された。一般に「楽劇 (Musik Drama)」と呼ばれているが、ワーグナー自身は総譜及びピアノ譜に単に「3幕の劇進行 (Handlung)」としている。1865年6月10日、ミュンヘンのバイエルン宮廷歌劇場において、ハンス・フォン・ビューローの指揮で初演された。演奏時間は約3時間55分(第1幕80分、第2幕80分、第3幕75分)。
物語は、ケルトに起源を持つと考えられている古代トリスタン伝説によっており、直接的にはゴットフリート・フォン・シュトラスブルク(?-1210年)の叙事詩を土台として用いている。
ワーグナー自身が「あらゆる夢の中で最も麗しい夢への記念碑」と述べているように、この作品は愛の究極的な賛美であるとともに、その一方で、感情的な体験を超えて形而上的な救済を見いだそうとするものともなっている。作品全体に浸透した不協和音の解放によって『トリスタンとイゾルデ』は、ヨーロッパ音楽史上の里程標と見なされている。また、この作品の極限的な感情表現は、あらゆる分野にわたって何世代もの芸術家に圧倒的な影響を及ぼすものとなった。
第1幕への前奏曲と第3幕終結部(イゾルデの「愛の死」)は、ワーグナーが全曲の初演に先立って演奏会形式で発表したことにちなみ、現在でも独立して演奏会で演奏される。

ワーグナー楽劇 トリスタンとイゾルデ第1幕全曲
ワーグナー楽劇 トリスタンとイゾルデ第2幕全曲
ワーグナー楽劇 トリスタンとイゾルデ第3幕全曲

ワーグナーの分厚く豊かな響きを表現するためにリストは忠実に再現するのではなく演奏効果を似せるという手段をとっております。

オーケストラ的な響きを再現するためにリストは三段譜を用いております。

4小節の前奏は第2幕第2場の「愛の二重奏「から引用されておりますが、これは編曲の最終段階で付加されたものでリストは3度書き直しております。

ワーグナー=リスト イゾルデの愛の死♫~ブレンデル
ワーグナー=リスト イゾルデの愛の死♫~ホロヴィッツ


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リスト 悲しみのゴンドラ 第1稿 変イ長調 S.200-1、第2稿S.200-2/Liszt La lugubre gondola S.200

1883年2月ワーグナーは70歳で亡くなりますが、友人であったリスト(71歳)はワーグナーの死の3か月前悲しみのゴンドラ第1稿・第2稿を作曲致します。

リストは後にこの曲についてワーグナーの死を予感しながら作曲したと述べております。

悲しみのゴンドラ 第1稿
ワーグナ―の作品に良く見られる半音階的な旋律が用いられております。

悲しみのゴンドラ 第2稿
原曲はヴァイオリンまたはチェロとピアノのための二重奏曲として書かれたものでそれをピアノ版に編曲したものです。 「調のないパガテル」や「灰色の雲」と並び現代音楽の先駆とされた曲です。

リスト 悲しみのゴンドラ 第1稿♫~ポリー二
リスト 悲しみのゴンドラ 第2稿♫~ツイメルマン
リスト 悲しみのゴンドラ 第2稿♫~ブレンデル


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リスト へクサメロン(演奏会用小品~ベッリーニの「清教徒」の行進曲による華麗な大変奏曲)S.392/Hexameron(Morceau de concert)~Grandes variations de bravoure sur le marche des Puritains S.392

リストの「へクサメロン」(別名へクサメロン変奏曲)は1837年クリスティナ・トリヴルツィオ・ベルジョイオーソ侯爵夫人の発案により生まれた作品です。 それはリストと5人の友人のピアニスト(ショパン、ツエルニー、エルツ、ピクシス、タールベルク)と共同でべッリーニのオペラ「清教徒」の中の”清教徒の行進曲”による変奏作品をまとめないかという発案でした。

へクサメロンとは旧約聖書「創世記」の創世の6日間を表す単語でギリシャ語で「6編の詩」という意味があり6人の作曲家を表しています。

曲は1837年3月31日パリのベルジョイオーソ夫人のサロンで行われ、フランス在住のイタリア難民の慈善コンサートのための委嘱作品でした。

その会でタールベルクとリストは「世界一のピアニスト」というタイトルの有名な「ピアノ対決」を行い、ベルジョイオーソ夫人は有名な評定「タールベルクは世界で一番のピアニスト、リストは世界で唯一のピアニスト」という評定を下します。

曲は序奏(リスト)、主題(リスト編)、第1変奏(タールベルク)、第2変奏(リスト)、第3変奏(ピクシス)-リトルネロ(リスト)、第4変奏(エルツ)、第5変奏(ツェルニー)-接続部分(リスト)、第6変奏(ショパン)-コーダ(リスト)、フィナーレ(リスト)から成り立っております。

リスト ヘクサメロン♫~ホロヴィッツ(その1)
リスト へクサメロン♫~ホロヴィッツ(その2)
ショパン へクサメロン変奏曲(第6変奏)♫~アシュケナージ
べッリーニ オペラ「清教徒」


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リスト ピアノ協奏曲 第2番 イ長調 S.125/Liszt Konzert fur Klavier und Orchester Nr.2 A-Dur S.125

リストのピアノ協奏曲はリスト(1811~1886)が作曲した2番目のピアノ協奏曲ですが、1839年に着手し初稿は同年の9月13日に完成させております。

しかしそれ以降も補筆や改訂を施し1848年頃に「交響的協奏曲」という名称を与えております。

これは後に取り下げる事となりますが、その後も1861年決定稿が出されるまで補筆を行い続けております。

曲は6つの部分から構成されておりますが全体は単一楽章で書かれ、狂詩曲風の性格が浮き彫りにされたピアノと管弦楽が一体となった交響詩ともいえる性格を呈した作品で、詩的な味わいや内面的な抒情性が極めて豊かな作品となっております。

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ツイメルマン(ピアノ)、小澤征爾(指揮)

リスト ピアノ協奏曲第2番♫~ケンプその1
リスト ピアノ協奏曲第2番♫~ケンプその2
リスト ピアノ協奏曲第2番♫~リヒテル
リスト ピアノ協奏曲第2番♫~ブレンデル
リスト ピアノ協奏曲第2番♫~カサドシュ


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リスト ピアノ協奏曲 第1番 変ホ長調 S.124/Liszt Konzert fur Klavier und Orchester Nr.1 Es-Dur S,124

リストのピアノ協奏曲第1番は1830年代から1856年にかけて作曲されたピアノ協奏曲ですが、第3楽章でトライアングルが活躍する事からハンスリックに「トライアングル協奏曲」と揶揄された事で知られております。

本作は1830年代にスケッチが始められており第1楽章の冒頭主題と終楽章の行進曲調の主題が書かれております。

その後1839年に初稿を単一楽章の形式として改訂を行い改訂版をひとまず完成させております。

7年後の1846年にワイマール近郊のアルテンブルクの別荘で本格的に本作に着手し、1849年7月に最終稿を完成させますが、すぐには発表せず、1853年に再び改訂し初演したのち1856年にさらに推敲を加え、1857年にハズリンガー社より出版しております。

初演は1855年2月17日ワイマールの宮廷で行われベルリオーズの指揮とリストのピアノによって行われ、献呈はイギリス出身のピアニストのアンリ・リトルフに献呈されております。

全体は4つの楽章から構成されており全曲を通じて連続して演奏されます。 きらびやかなテクニックが散りばめられ、またオーケストラも充実した書法を見せ、ロマン派のピアノ協奏曲の中でも最も好んで演奏される1曲となっております。

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ツイメルマン(ピアノ)、小澤征爾(指揮)

リスト ピアノ協奏曲第1番♫~アルゲリッチ
リスト ピアノ協奏曲第1番♫~ランラン
リスト ピアノ協奏曲第1番♫~リヒテル
リスト ピアノ協奏曲第1番♫~ケンプその1
リスト ピアノ協奏曲第1番♫~ケンプその2


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ショパン/リスト 6つのポーランドの歌S.480より第1曲「乙女の願い」/Chopin/Liszt Madchens Wunsch G-Dur S.480

ショパン/リストの「乙女の願い」はリストの「6つのポーランドの歌S.480」の第1曲にあたります。 全部は1、乙女の願い 2、春 3、指輪 4、バッカナール 5、私のいとしい人 6、家路の6曲からなります。

ショパン/リスト 6つのポーランドの歌♫~リャードフ(ピアノ)

リストはオペラのトランスクリプションと共に同時代の作曲家の歌曲編曲も積極的に行っておりましたが、ショパンの歌曲の中から6曲を編曲し1860年に「6つのポーランドの歌」として出版いたしました。

原曲のショパンの歌曲はその全てがごく私的な創作として書かれたもので、聴衆に公開される事もなく献呈もされておりません。 ショパンの死後草稿が発見され、友人のフォンタナによって1857年に出版されました。

ショパン 17の歌曲 作品74♫~歌曲

リストは編曲に1857年着手している為、歌曲が出版されてすぐに編曲に取り掛かったことになります。

「乙女の願い」は1829年ショパンが最初に書いた歌曲ですが、原曲のタイトルは「願いZyczenie」です。 愛しい存在への純粋な愛情がマズルカのリズムにのって歌われております。 なお作詞はショパンの友人のステファン・ヴィトヴィツキです。

リストはこの作品のピアノ独奏編曲にあたって、徐々に力強さを増す変奏曲に作品を再構成しております。

ショパン/リスト 乙女の願い♫~フジ子・ヘミング(ピアノ)


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サン=サーンス/リスト 死の舞踏 S.555|Saint-Saens/Liszt Totentanz S.555

サン=サーンス/リスト「死の舞踏Totentanz(独) S.555」はフランスの作曲家、サン=サーンスによる交響詩「死の舞踏Dance macabre(仏) 作品40」をリストが1876年に編曲したものです。

(これより前にリスト自身も同名の「死の舞踏(「怒りの日」によるパラフレーズ)Totentanz S.126」というピアノと管弦楽のための作品を作曲しております。)
リスト Totentanz S.126♫~ツイメルマン(ピアノ)、小澤征爾(指揮)

リストは同時代の作曲家のオペラの有名旋律や歌曲、管弦楽作品などをピアノ用に編曲しておりますが、ピアニストとして活躍していた頃の作品と、ワイマールで作曲活動に重点をおいていた頃とは異なるものがあります。

この作品は後者に属するもので極端なデフォルメや構成の作り変えなどは基本的に行なわれておらずサン=サーンスの原曲に従ったものとなっております。

*******
原曲の「死の舞踏Dance macabre 作品40」はサン=サーンス(1835~1921)の作曲した交響詩です。

フランスの詩人アンリ・カザルスの奇怪で幻想的な詩にインスパイアされて1874年に管弦楽として作曲したもので、午前0時の時計の音とともに骸骨が現れて不気味に踊り始め、次第に激しさを増してゆくが、夜明けを告げる雄どりの声が響き渡るや墓に逃げ帰り辺りが再び静寂に包まれるまでを描写的に描いたものです。

サン=サーンス自身の編曲による2台ピアノ版があります。

サン=サーンス 死の舞踏 作品40♫~管弦楽
サン=サーンス 死の舞踏 作品40♫~2台ピアノ


サン=サーンス/リスト/ホロヴィッツ 死の舞踏♫~ホロヴィッツ(ピアノ)


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リスト 「リゴレット」による演奏会用パラフレーズ S.434/Liszt Paraphrase de concert sur Rigoletto S.434

「”リゴレット”による演奏会用パラフレーズ」はリスト(1811~1886)の作曲(編曲)したピアノ曲ですが、題名は「リゴレット・パラフレーズ」とも呼ばれます。

*****
パラフレーズ
Paraphraseは他の言葉で元々の文や一節を言い換える事。 対義語はmetaphrase(直訳)。 クラシック音楽におけるパラフレーズとは元の作品を別のスタイルの文脈の中で改訂・変換する事。 19世紀にはリートやオペラのメロディに基づいた幻想曲と考えられ、一般的には演奏会用にかかれたピアノのためのサロン音楽だった。


「リゴレット・パラフレーズ」は1851年ローマで初演されたヴェルディの歌劇「リゴレット」の音楽をリストが編曲したもので1859年に弟子のハンス・フォン・ビューローのために書かれました。

ヴェルディ オペラ「リゴレット」 全幕

リストの「リゴレット・パラフレーズ」の初演は1859年11月25日ベルリンで弟子のビューローによって行われ好評を博し、翌1860年春には出版されてすぐヨーロッパ中で重版された事が確認されております。

リストのオペラ・パラフレーズの中でも明朗で親しみやすい曲想を持ち規模もさほど大きくない事から特に演奏機会の多い作品です。

演奏時間は約7分でヴェルディのオペラ「リゴレット」の第3幕の四重奏「美しい恋の乙女よ」(Bella figlia dell'amore)を扱っており、ほぼ原曲の構成に忠実に編曲されております。

ヴェルディ オペラ「リゴレット」 第3幕四重奏「美しい恋の乙女よ」♪

(浮気なマントヴァ公爵、リゴレットとその娘のジルダ、そして殺し屋スパラフチーレの妹で浮かれ女のマッダレーナがそれぞれに自分の気持ちを語る聴かせ所です。 公爵はマッダレーナを口説き、その様子を覗き見たジルダは自分が欺かれていた事を知って悲しみ、リゴレットは公爵への殺意を固める劇的なクライマックスです。)

リストのピアノ曲の方は、大きな音量よりも原曲の多声部の絡みを生かす音色、スケール、アルペジオ、重音などのパッセージやオクターヴを処理する技巧が必要とされる曲です。

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ボレット(ピアノ)


リスト リゴレット・パラフレーズ♫~チョ・ソンジン(13歳)
リスト リゴレット・パラフレーズ♫~シフラ
リスト リゴレット・パラフレーズ♫~ユンディ・リー
リスト リゴレット・パラフレーズ♫~ボレット
リスト リゴレット・パラフレーズ♫~アラウ
リスト リゴレット・パラフレーズ♫~チェルカスキー
リスト リゴレット・パラフレーズ♫~コルトー
リスト リゴレット・パラフレーズ♫~ギンズブルク
リスト リゴレット・パラフレーズ♫~バレンボイム


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リスト タランテラ/Liszt Tarantella

リストの「タランテラ」はリストの「巡礼の年 ヴェネツィアとナポリ(第2年補遺)」の中の第3曲目の曲です。

「巡礼の年」は「第1年スイス」「第2年イタリア」「ヴェネツィアとナポリ(第2年補遺)」「第3年」の4集からなるリストのピアノ独奏曲集ですが、「ヴェネツィアとナポリ(第2年補遺)」は「第2年イタリア」と同時期の1837年から1839年にかけて作曲が開始されたと言われております。

初稿は1840年に作曲された4曲からなる曲集ですが、そのうち2曲を校訂し現在の第2曲のカンツォーネを追加して1859年に現在の形に改訂し、1861年にショット社から出版されております。 その際リストは全3曲を続けて演奏するようにと指示しております。

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「ヴェネツィアとナポリ(第2年補遺)」はリストがヴェネツィアとナポリで聴いた旋律にインスパイアされて作曲したと考えられておりますが、その中の第3曲「タランテラ」のタイトルのタランテラとはイタリア・ナポリの民族舞踊の事で、毒蜘蛛のタランチュラにかまれた時この踊りを踊ると治るという有名な伝説があります。

タランテラは8分の6拍子の躍動的な舞曲で19世紀以降リストやショパンなどの作曲家のピアノ曲に用いられておりますが、リストの「タランテラ」は「ヴェネツィアとナポリ(第2年補遺)」の中の他の2曲に比べると演奏時間も若干長く技巧的なパッセージも目立ち、単独で演奏されることも多い難曲です。

リスト タランテラ♫~キーシン
リスト タランテラ♫~ユンディ・リー


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リスト 詩的で宗教的な調べ/Liszt Harmonies poetiques et religieuses S.173

「詩的で宗教的な調べS.173」はリスト(1811~1886)が1853年に完成させた10曲からなるピアノ曲集です。

アルフォンス・ド・ラマルティーヌの同名の詩集にインスパイアされて作曲したもので、献呈はカロリーヌ・ヴィットゲン伯爵夫人に献呈されております。 第3曲(孤独の中の神の祝福)と第7曲(葬送)が有名でしばしば単独で取り上げられます。

*****
ラマルティーヌ(1790~1869)
フランスの詩人。 ロマン派の代表的詩人でフランスにおける近代抒情詩の祖と言われヴェルレーヌや象徴派に大きな影響を与えた。


13歳でリストはパリを訪れ演奏家として華やかな生活を送り、多くの作曲家や詩人と交流を持ちますが、ラマルティーヌともベルギョジョーソ公夫人のサロンで出会い深い交友関係を持ちます。 ラマルティーヌの同名の詩集は1830年に出版され当時20歳前後だったリストはこれに深い感銘を受けます。  

1834年若きリストはラマルティーヌの詩集にインスパイアされ現在の曲集第4曲「死者の追憶」の原型となる単一の楽曲の「詩的で宗教的な調べ」を作曲します。

晩年にはローマで聖職者の地位を得て宗教的な生活に入ったリストですが、この頃から若くから内在していた彼の宗教的な側面が表現され、1845年に曲集としての「詩的で宗教的な調べ」の初稿を書き、1847年・1853年と2度の校訂を得て現在の「詩的で宗教的な調べ」の形といたします。

曲集には序文としてラマルティーヌの詩が掲げられており更に第1・3・9曲にもそれぞれラマルティーヌの詩が付されております。

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序文

1
第1曲に付された詩

3
第3曲に付された詩

9
第9曲に付された詩

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第1曲 祈り

第2曲 アヴェ・マリア

第3曲 孤独の中の神の祝福
第3曲
曲集の中で最もスケールが大きくリストの宗教的・内省的な側面を象徴する傑作です。 信仰によって心の平和を得たという内容のラマルティーヌの同名の詩が掲げられております。

第4曲 死者の追憶

第5曲 パーテル・ノステル

第6曲 眠りから覚めた御子への賛歌

第7曲 葬送
第7曲
曲集の中では最もよく知られた作品で弔いの鐘を模したと言われる序奏や中間部の連続オクターヴが有名です。 「1849年10月」との副題が掲げられておりますが、これはハプスブルク朝の下にあるオーストリア帝国からハンガリー王国が独立しようとした1848年のハンガリー革命の失敗により1849年10月にリストの知人も多く処刑された出来事から付けられ、祖国のために命を散らした者たちへの哀歌ではないかと現在では見なされております。 またかつては1849年10月に死去したショパンへの追悼曲ではないかと見られた事もありました。

第8曲 パレストリーナによるミゼレーレ

第9曲 アンダンテ・ラクリモーソ

第10曲 愛の賛歌

孤独の中の神の祝福♫~アラウ
葬送♫~キーシン

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アラウ


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リスト バッハの名による幻想曲とフーガ/Liszt Fantasia and Fugue on the Theme B-A-C-H

「バッハの名による幻想曲とフーガ」はフランツ・リスト(1811~1886)の作曲したオルガン曲、あるいはピアノ曲です。 1848年、37歳でワイマールに落ち着いたリストは演奏活動に加え、作曲にも十分な時間を費やし充実した日々を送っておりました。 そのような中でバッハ作品の研究にも励み尊敬の念からバッハの名を主題にした曲を創作いたしました。

まず1855年から1856年にかけてオルガン版の初稿(S.529i)が書かれ、また同時期にピアノ版の初稿(S.260i)が書かれました。 この時点ではタイトルは「前奏曲とフーガ」と名付けられておりました。

そして1869年から1870年にかけてピアノ版の第2稿(S.260ii)とオルガン版の第2稿(S.529ii)が書かれております。 現在ではこの第2稿が通常演奏されております。 初版と第2稿において構成に大きな変更はなく、またオルガン曲とピアノ曲の間でもそれぞれほぼ相違はありません。 フーガの部分の展開については全ての版において同一です。

リストは1855年メルセブルク大聖堂のオルガン落成式での演奏のため曲の依頼を受けましたが間に合わず落成式ではリストの別の曲が演奏されました。 その後1856年5月13日にメルセブルクのオルガンでアレクサンダー・ヴィンターベルガーによって初演され献呈も彼に捧げられました。

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冒頭の左手に聴かれる印象的な主題はバッハのスペルBACHにそれぞれ音(シ♭ーラードーシ)をあてはめたものであり、全曲を通じてこのBACHの動機を変容させながら自由な展開を見せている事からバッハへのオマージュである事は明らかですが、一方でリストらしい前衛的な響きも聴くことができます。

リスト バッハの名による幻想曲とフーガ♫~シフラ
リスト バッハの名による幻想曲とフーガ♫~ソフロ二ツキー


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リスト オーベルマンの谷/Liszt Vallee d'obermann

リストの「オーベルマンの谷」はリストの「巡礼の年第1年スイス」の第6曲に入っている曲です。

「巡礼の年」という作品はリストが20代から60代までに断続的に作曲したものを集めたもので、リストがスイスとイタリアで見聞した風物から得た詩的な想念、純粋な心象風景をピアノに託して音楽化したもので、いわば一種の旅行印象記とも言えます。

第1年「スイス」は1835年から1836年にかけてリストがマリー・ダグー伯爵夫人と共に訪れたスイスの印象を音楽で表したものです。 リストはこの序文で、スイスの風景を絵画的に描写したのではなく、それらが魂の中に惹き起こした深い情緒を音楽にしたという内容を書き残しております。

第6曲の「オーベルマンの谷」はスイスの山の牧歌的風景に、20代のセナンクールがその内面的な心の動きを著した書物「オーベルマン」への共感を重ねたもので、リストの大いなる内省、個人的な告白を伝えるものです。 オーベルマンという谷がスイスに実在するわけではありません。

リストはセナンクールの「オーベルマン」の本を「人間の苦悩における無情な孤独を奏でる一弦琴」と呼ぶ一方で「私の苦痛を癒す本」としております。 セナンクールの「オーベルマン」は主人公のオーベルマンから友への書簡という形式を用いて書かれており、主人公の精神の遍歴を描いております。 リストは「オーべルマンの谷」の曲の中でも主人公の経験を見事に音楽で描写しております。

「オーベルマンの谷」の冒頭は孤独な絶望を音楽で描写しております。 長調に移行するにつれて」、唯一信じる真実は自分自身の感覚にのみ存在するというセナンクールの心情が表現されております。

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リスト オーベルマンの谷♫~キーシン
リスト オーベルマンの谷♫~アラウ
リスト オーベルマンの谷♫~ホロヴィッツ
リスト オーベルマンの谷♫~リヒテル
リスト オーベルマンの谷♫~ベルマン

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ブレンデル

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アラウ


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リスト メフィストワルツ第1番「村の居酒屋での踊り」 S.514/LISZT Mephisto Waltz No.1,S.514 「The Dance in the Village inn」

リストはゲーテの「ファウスト」に基ずく「ファウスト交響曲」(1857年初演)を完成した後、今度は同郷の詩人ニコラウス・レーナウ(1802~1850)による長大な詩「ファウスト」にインスパイアされて管弦楽曲「レーナウの”ファウスト”による2つのエピソード”夜の行列”と”村の居酒屋での踊り”」(1861年完成)を作曲いたします。 と同時にリストは管弦楽版第2曲の「村の居酒屋での踊り」にピアノ編曲版のピアノ連弾曲とピアノ独奏曲を作ります。

レーナウの「ファウスト」による2つのエピソードより「村の居酒屋での踊り」S.110/2♫~管弦楽版

ピアノ独奏曲が「メフィスト・ワルツ第1番」として大変有名になり、管弦楽版第2曲も「メフィスト・ワルツ第1番」と呼ばれるようになり、どちらも頻繁に演奏されております。

ところでメフィスト・ワルツという題が付けられた作品は4曲存在し(1曲は未完)、第1番は1856~1861年頃に、残りの3曲は晩年の1878~1885年にかけて作曲されております。


<メフィスト・ワルツ第1番「村の居酒屋での踊り」S.514>
フランツ・リスト(1816~1886)の数あるピアノ曲中でもヴィルトゥオーソ・ピースとして最もよく演奏されるもののひとつです。

かねてから「ファウスト伝説」に強く惹かれていたリストが同郷のドイツ・ロマン派の詩人レ―ナウによる長大な劇詩「ファウスト」にインスパイアされて作曲したピアノ曲が「村の居酒屋での踊り」すなわちメフィスト・ワルツ第1番です。 劇詩の一場面の村の居酒屋にファウストとメフィストが連れ立って現れた時の情景を描写しております。 メフィストがお手のもののヴァイオリンでワルツを奏で人々は浮かれ踊ります。 その間、ファウストは恋人マルガレーテを見出して一緒に踊り、やがて二人して、そっと居酒屋から抜け出します。 曲はおおむね快速のワルツ調で通されております。  


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ファウスト伝説
ファウストとは16世紀のドイツの錬金術師。 ファウスト博士とも言われる。 ゲーテの戯曲「ファウスト」のモデルである。 ハイデルベルク大学で神学の博士号を授与されたが錬金術を実験中に爆死し死後魔術に通じていたなどという伝説が出来上がり、特に悪魔メフィストフェレスと契約した人物として広く知られるようになる。 1857年民衆本「実伝ファウスト博士」が書かれ有名になる。 ファウストはドイツの伝説における主要な登場人物でファウスト伝説は多くの文学、美術、音楽作品の題材とされてきたが、「ファウスト」という語句は、野心的な人物が力を得て一定期間の成功のために倫理的な無欠さを手放すという状況を暗示するのにも使われる。


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導入部は速いレントラーで最初の単音が五度となり、村の楽士たちの調弦を表すヴァイオリンの開放弦のD、A、Eが響きます。 マルカートの主題は、ファウストと連れ立って入ってきたメフィストフェレスが楽士からヴァイオリンを取り上げて弾き始める情景です。 続く楽想は黒い眼の女性へのファウストの恋心を表しております。 テンポが速くなり人々の踊りは熱狂を高めてまいります。 踊ったまま人々は庭を横切り森の中に姿を消します。 美しいナイチンゲールの鳴き声が森にこだまし、星空に消えていきます。 宴の後の快いけだるさが残ります。

リスト メフィストワルツ第1番♫~ルービンシュタイン
リスト メフィストワルツ第1番♫~アシュケナージ
リスト メフィストワルツ第1番♫~キーシン
リスト メフィストワルツ第1番♫~トリフォノフ

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ペライア

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ボレット


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シューマン/リスト 献呈

リストはシューマンやシューベルト、ベートーヴェンの有名な歌曲の多くをピアノ曲に編曲いたしております。 その中でもシューベルトは50曲程を編曲しております。

シューマンの「Widmung(献呈)」はシューマンの歌曲集「ミルテの花」Op.25の第1曲に収められている愛の歌ですが、この歌曲集「ミルテの花」はシューマンが結婚式の前夜に妻となるクララに捧げたものです。 フリードリヒ・リュッケルトの詩による美しい歌曲集で恋人への賛辞が様々な言葉で綴られております。

シューマンの第1曲「献呈」はリュッケルトの無題の詩にシューマンが付曲したものですが、シューマンは3部構成とするためにリュッケルトの第2詩節の後にもう一度第1詩節を繰り返し、また最後の1行を第2詩節の最終行と取り換えております。

リュッケルトの詩
Du meine Seele, du mein Herz,
Du meine Wonn', o du mein Schmerz,
Du meine Welt, in der ich lebe,
Mein Himmel du, darein ich schwebe,
O du mein Grab, in das hinab
Ich ewig meinen Kummer Gab!

Du bist die Ruh, du bist der Frieden,
Du bist vom Himmel mir beschieden.
Dass du mich liebst, macht mich mir wert,
Dein Blick hat mich vor mir verklart,
Du hebst mich liebend über mich,
Mein guter Geist, mein bress'res Ich!

きみこそはわが魂よ、わが心よ、
きみこそはわが楽しみ、わが苦しみよ、
きみこそはわが生を営む世界よ、
きみこそはわが天翔ける天空よ、
きみこそはわが心の悶えを
とこしえに葬ったわが墓穴よ。

きみこそはわが安らぎよ、和みよ、
きみこそは天から授かったものよ、
きみの愛こそわが価値を悟らせ、
きみの眼差しこそわが心をきよめ、
きみの愛こそわれを高めるものよ、
わが善い霊よ、よりよいわが身よ。

(志田麓訳、『シューマン歌曲対訳全集』、音楽之友社より)

シューマン「献呈」♫~エリー・アーメリング
シューマン「献呈」♫~ヘルマン・プライ
シューマン「献呈」♫~エリザべス・シュワルツコプフ

このシューマンの「献呈」をリストがピアノ独奏用に編曲したものがシューマン/リスト「献呈」です。

リストは前奏を3小節に拡大し、第1部は2倍に拡大し15小節の後奏を挿入いたしております。 そして休止を挟んで第2部に入ります。 第3部へも1小節のアルペジオを挿入して入り、メロディは内声部におかれ伴奏はアルペジオとなっております。 fffで華やかに主旋律を反復した後コーダで収束いたします。

リストの編曲はその詩をピアノの音で雄弁に語っております。
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リスト「献呈」♫~ルービンシュタイン
リスト「献呈」♫~キーシン
リスト「献呈」♫~ランラン
リスト「献呈」♫~ユンディ・リー
リスト「献呈」♫~ボレット
リスト「献呈」♫~バックハウス
リスト「献呈」♫~トリフォノフ


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リスト コンソレーション(慰め) S.172

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リスト(1811~1886)の「コンソレーションS.172」は原題はフランス語で「Consolations,Six Pensees poetiques」(慰め、6つの詩的思考)と言われ、これは1830年出版のサント・ブーヴの詩集「コンソラシオン」にインスパイアされたものです。

リストの音楽は当時のロマン主義の思想や文学に深く関わっておりますが、このサント・ブーヴの詩集「慰め」に着想を得て作曲されたこの曲も、そうした彼のロマン主義的な特質を如実に表しており、詩の内容を具体的に表現するというよりは、抒情的なロマン主義的精神を音で表現した作品といえます。

リストの他の超絶技巧を誇示する作品と異なり平易な技術でも演奏効果が高く、タイトル通り上品さと情感のこもった落ち着いた曲想で、曲集を通じて夢想性や静けさが漂っており、リストのロマンティックで甘美な側面が強調された人気の高いピアノ作品となっております。

1849年から1850年にかけて作曲され献呈はリストの生き様に理解を示したワイマール大公妃のマリア・パヴロヴナに献呈されております。

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1
第1番は優しいもの静かなコラール風の25小節の短い小品で第2曲への序奏となっております。

2
第2番は伸びやかな上昇音型と自由な変奏が特徴となっております。

3
第3番はため息に似ており左手のアルぺッジョの伴奏にのって右手が平和に歌うレントです。

4
第4番はワイマールの大公妃マリア・パヴロヴナの書いた旋律に基づいております。彼女はロシア皇帝アレクサンドル1世の妹です。

5
第5番は抒情的なカンタービレです。

6
第6番は劇的な要素を持つ唯一の曲で曲の中ほどでクライマックスへ盛り上がりますが静かに終わります。

コンソレーション全曲♫~チッコリー二(番号順にクリックできます。)
コンソレーション全曲♫~チッコリー二(映像付き)
コンソレーション第3番♫~ホロヴィッツ
コンソレーション第3番♫~ネルソン・フレイレ
コンソレーション第3番♫~バレンボイム
コンソレーション第3番♫~ペライア
コンソレーション第3番♫~ルービンシュタイン
コンソレーション第3番♫~ヴァン・クライバーン

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コンソレーション全曲~ボレット

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コンソレーション第3番~ペライア

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コンソレーション第2番、第3番~タマーシュ・ヴァーシャーリ

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コンソレーション第6番~リヒテル


明日はシューベルトのピアノ・ソナタ第13番と第21番について書きます。


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リスト ピアノ・ソナタ ロ短調 S.178

MESSAGE
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リスト(1811~1886)のピアノ・ソナタロ短調S.178はリストが作った唯一のピアノ・ソナタです。 1852年から1853年にかけて作曲され1854年出版されました。 リストに献呈されたシューマンの幻想曲ハ長調への返礼としてシューマンに献呈され初演は1857年ベルリンでハンス・フォン・ビューローによって行われましたが、シューマンがこの曲を聴くことはありませんでした。

発表された当時はあまりにも斬新的でこの曲の賛否は真っ二つに分かれ、シューマンの妻のクララも酷評したようですが、現在では演奏人口は増えております。

このロ短調ソナタは伝統的なソナタの様式を全く新しいあり方に変容していて、そこにロマン的な表現方法の可能性を追求したリストの革新的な作品です。 作曲した時期はワイマール時代(1846~1861)でリストは独自の語法に基ずく大規模な作風を模索しておりました。 そうした新しい形式原理の実験が示されており、全体はソナタ形式を自由に応用した単一楽章からなり、その中に伝統的なソナタ形式の特質が織り込まれております。

古典派のソナタのように提示部、展開部、再現部と形式を分析するよりも、いくつかの重要な楽想が変形されそれによって全曲が統一されているリストの音楽技法を認識する事が大事で、ロマン派におけるピアノ・ソナタの一つの究極的な傑作と呼べると思います。

ベートーヴェンによってその可能性を尽くされてしまったピアノ・ソナタは、ロマン派の時代になって新しい意味を求めて多くの作曲家によって新しい方向性が探られましたが、リストのこのピアノ・ソナタは数あるピアノ・ソナタの中でもきわめてユニークなものであると言えると思います。 単一楽章の中に、ソナタ形式と多楽章形式の要素を同時に取り込んでおり、綿密な計算のもとに仕上げられているため構成はかなり複雑で、演奏者にとっても聴衆にとっても正しく理解することはやさしい事ではありません。

支離滅裂に見える種々の楽想は、もとはわずかの数の主題を変形させたもので、統一感が図られており、展開部には緩徐楽章に相当するものも含まれており、再現部では高揚感を持たせ、曲の最後は曲頭を回想し静かに終わっております。

ピアノのために書かれた交響詩といえるのではないかと思います。

リスト ピアノ・ソナタロ短調♫~キーシンNo.1
リスト ピアノ・ソナタロ短調♫~キーシンNo,2
リスト ピアノ・ソナタロ短調♫~キーシンNo.3
リスト ピアノ・ソナタロ短調♫~ツイメルマン
リスト ピアノ・ソナタロ短調♫~アルゲリッチ
リスト ピアノ・ソナタロ短調♫~ホロヴィッツ

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ピアノ・ソナタ ロ短調CD~アラウ

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ピアノ・ソナタ ロ短調CD~チェルカスキー


明日はブラームスのピアノ協奏曲第1番について書きます。










リスト パガニー二による大練習曲 S.141

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

リストの「パガニー二による大練習曲」はイタリアのヴァイオリニストの二コロ・パガ二‐二(1782~1840)の「24の奇想曲」と「ヴァイオリン協奏曲第2番」に基づきリスト(1811~1886)が編曲した作品です。

1831年に作曲された初版S.140と1851年に改訂されたS.141とがあり、初版は「パガ二ー二による超絶技巧練習曲」、改訂版は「パガ二ー二による大練習曲」と呼ばれて区別されております。

1831年20歳の時パリでヴァイオリニストのパガ二‐二の演奏会を初めて聴いたリストは、その高度な技巧に圧倒されて「自分はピアノのパガ二‐二になろう」と言ったと伝えられております。 やがて1838年リストはヴァイオリニストのパガ二‐二の「24の奇想曲」から5曲を選びピアノ独奏用に編曲し、さらに少し前に出していた「ラ・カンパネッラによる華麗な大幻想曲」(パガ二‐二のヴァイオリン協奏曲第2番第3楽章ロンドに基づくもの)に手を加え、計6曲からなる「パガ二‐二による超絶技巧練習曲」をパリで出版致します。

後に1851年になってそれを新たに改訂しライプツイヒで最終的に出版したのが「パガニーニによる大練習曲」です。

パガニーニ 24の奇想曲♫~パールマン(ヴァイオリン)

リストの「パガニーニによる大練習曲」の第1曲は原曲はヴァイオリニストのパガニーニの「24の奇想曲」の第5・6番です。 主部が第6番のトレモロによってできているのでこの曲も通称「トレモロ」と呼ばれております。

第2曲は原曲は第17番です。中間部はオクターヴの練習曲になっているので「オクターヴ」とも呼ばれます。

第3曲は「ラ・カンパネッラ」とリスト自身が名付けたものですが、輝かしい技巧により演奏効果の高い見事な名曲となっており単独でよく演奏されます。 パガ二ーニのヴァイオリン協奏曲第2番の終曲の「小さい鐘のようなロンド」を基に作曲された曲ですが、リストはこの曲の中で打弦楽器としてのピアノの特性を最大限に活かしダブル・エスケープメント(鍵盤が完全に上がりきらなくても、同じ音を速く連続打鍵できる装置)の装置のついたエラール・ピアノの性能をこの曲の中で存分に活かしております。

またカンパネッラはイタリア語で鐘という意味ですが、この曲には最大で15度の跳躍があり、この跳躍を16分音符で演奏した後に演奏者に手を移動する時間を与える休止がないまま2オクターヴ上で同じ音符が演奏されるという技巧や薬指と小指のトリルなどという難しい技巧が含まれております。

パガニーニ ヴァイオリン協奏曲第2番終曲♫~アッカルド(ヴァイオリン)

第4曲は原曲は第1番です。 アルぺッジョとスタッカートに終始しているのでアルぺッジョと言われています。

第5曲は原曲は第9番です。 初めからリストが「狩り」と名付けておりました。 

第6曲は原曲は第24番です。パガニーニの原曲同様にリストも主題に基づき11の変奏を書き、それにコーダを付け進行は原曲に忠実です。 またリスト以外にもブラームスやラフマニノフなど多数の作曲家がパガニーニの「奇想曲24番」の主題を基にした変奏曲を書いております。

パガニーニ 24の奇想曲 第24番♫~ハイフェッツ(ヴァイオリン)

リスト パガニーニによる大練習曲 第1曲♫~マガロフ(ピアノ)
リスト パガニーニによる大練習曲 第2曲♫~マガロフ(ピアノ)
リスト パガニーニによる大練習曲 第3曲♫~マガロフ(ピアノ)
リスト パガニーニによる大練習曲 第4曲♫~マガロフ(ピアノ)
リスト パガニーニによる大練習曲 第5曲♫~マガロフ(ピアノ)
リスト パガニーニによる大練習曲 第6曲♫~マガロフ(ピアノ)

リスト パガニーニによる大練習曲第3曲 ラ・カンパネッラ♫~キーシン(ピアノ)


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ラ・カンパネラCD~ヴァーシャーリ

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パガニーニによる大練習曲CD~ワッツ

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ラ・カンパネラ~ボレット

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第1曲

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第2曲

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第3曲

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第4曲

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第5曲

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第6曲


明日はシューマンのピアノ協奏曲イ短調について書きます。













リスト 2つの演奏会用練習曲 S.145

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

2つの演奏会用練習曲はリスト(1811~1886)が1862年から1863年にかけてワイマール時代の弟子のディオニス・プルックナー(1834~1890)のためにローマで書いて彼に献呈したものです。

原題はZwei Konzertetudenとドイツ語で書かれており各曲のタイトルもドイツ語でリスト自身が付けたものです。 3つの演奏会用練習曲とともに演奏会でよく取り上げられるサロン風のロマンティックな小品集です。

第1曲のWaldesrauschen(森のささやき)は、左手の表情に富んだ主題を木々の葉擦れのような16分音符の細かい音型がタイトル通りに繰り返し飾っていっております。 そして旋律と伴奏音型が上になったり下になったりしながら微妙に変奏されていきます。 イギリスの文学者のシットウェルはこの曲を「松の林にそよぐ風。 ドイツやボヘミアの森では真っ直ぐに伸びた幹が槍騎兵のように並び、垂れた枝の房のような葉が風に揺れています。 森の中にいると甲冑に身を固めた騎士が森のそばを駆けていくような幻想にとらわれます。」と詩的に説明しております。 詩情豊かな作品です。

リスト 森のささやき♫~キーシン
リスト 森のささやき♫~アラウ


第2曲のGnomenreigen(小人の踊り)は森のささやきと一対の形で作曲されたもので、装飾音やスタッカートの効果、豊かな転調と斬新な和声、リズムの変化など旋回するような弾みを持つスケルツォの曲となっております。

Gnome(妖精)はヨーロッパ各国のフォークロアに現れる妖精ですが、この老人の姿をした小人が踊っている姿がよく表現されております。

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Gnome
四精霊(地、水、風、火を司る四種の霊)の中で大地を司り地中の宝を守る地の精霊・妖精。 地中で生活をしており老人のような容貌をした小人。 手先が器用で知性も高く優れた細工品を作る。 

タイトル通り、いかにもメルヘンの中の小人の踊りを思わせる軽妙な筆致で書かれたリストらしい奔放な作品です。 幻想的でリズミカルな曲想が大変楽しく、私は小学生の時この曲をお勉強致しましたが、ファンタジ―溢れる作品を楽しくお勉強したのを覚えております。

リスト 小人の踊り♫~シフラ
リスト 小人の踊り♫~リヒテル
リスト 小人の踊り♫~リパッティ
リスト 小人の踊り♫~ラフマニノフ
リスト 小人の踊り♫~ボレット
リスト 小人の踊り♫~アラウ

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森のささやき

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小人の踊り

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2つの演奏会用練習曲CD~ボレット

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小人の踊りCD~リヒテル

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2つの演奏会用練習曲CD~ペライア


明日はリストの「パガニーニによる大練習曲」について書きます。









リスト 3つの演奏会用練習曲 S.144から「ため息」

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

「3つの演奏会用練習曲」は1845年に着手され、リスト(1811~1886)がピアニストとして一線を退きワイマールで職に就いた1848年に完成した作品ですが翌1849年に出版されております。 

出版された時は「Trois etudes de concert」とフランス語の題で出版されリストは標題は付けておりません。 のちにフランスで「Trois Caprices Poetiques」(3つの詩的なカプリス)として出版された際に、各曲にイタリア語で標題が付けられ現在もそれが通称として使われております。

甘美な詩情に溢れたサロン風のロマンティックな小品集で特に第3曲の「ため息」は単独で演奏会でもよく弾かれます。

第1曲の「Il lamento」(悲しみ)は旋律と伴奏とを弾き分ける練習曲で、(気まぐれに)と指定された序奏の後、物思わしげな旋律が現れ、これが様々に展開してまいります。

第2曲の「La leggierezza」(軽やかさ)は右手の繊細なコントロールのための練習曲でその光と影の精妙さがすばらしいです。

第3曲の「Un sospiro」(ため息)はアルペジオと両手で旋律を歌い継いでいく練習曲です。 後半「タールベルクの三本の手の技法」が典型的な形で用いられております。

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タールベルクの3本の手
ショパン・リストと並ぶ19世紀を代表するスイスのピアニスト・作曲家のタールベルク(1812~1871)が用いたピアノ演奏の技法。 右手、左手単独の演奏に加え両手の主に親指を組み合わせてあたかも三本目の手があるかのような演奏を行う。


悲しみ♫~クラウディオ・アラウ
軽やかさ♫~クラウディオ・アラウ
ため息♫~クラウディオ・アラウ
ため息♫~リヒテル
ため息♫~ヴァン・クライバーン
ため息♫~ヤン・リシエツキー
ため息♫~フジ子・ヘミング

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ため息CD~リヒテル

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3つの演奏会用練習曲CD~ボレット

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ため息CD~アンドレ・ワッツ

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ムジカ・ブタペスト版

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悲しみ

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軽やかさ

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ため息



「ため息」はフィギュアスケート選手の宮原知子選手が今季のフリーで使用している曲ですが、羽生結弦選手がショートで使用しているショパンのバラード1番の参考ブログにもリンク致します。

参考ブログ
ショパン バラード第1番


明日はリストの「2つの演奏会用練習曲 S.145」について書きます。



リスト バラード 2番 ロ短調

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モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

リストのバラード第2番ロ短調は1853年ワイマールで作曲された作品ですが、同時期に作曲された作品には同じロ短調のピアノ・ソナタがあります。

この作品は、ニューヨーク・タイムズのJ.ホロヴィッツ氏とアラウとの対話による「アラウとの対話」(みすず書房)の本によると、ギリシャ神話のヘーローとレアンドロスの物語に基づいて書かれた叙事詩だそうです。

ヘーローというのはギリシャ神話の中に出てくる女神アフロディーテの女神官で、青年レアンドロスと恋に落ちへレスポント海峡を泳いで渡ってくるレアンドロスのためにランプをともして毎夜レアンドロスを導いていた女性の事です。 しかしある夜レアンドロスは嵐に巻き込まれ溺れ死んでしまいます。 悲しんだヘーローは後を追って身を投げて死んでしまうというお話です。

アラウによると唸るようなテーマはへレスポント海峡を泳ぐレアンドロスを表しているそうです。 唸るテーマとロマンティックなヘーローのテーマが交互に表れ曲が進むにつれ嵐のような激しさを増していきます。 終結部はレアンドロスへの追悼の哀歌を表しているのだそうです。

「アラウとの対話」を参考にしながら楽譜に添ってドラマの説明をしていきたいと思います。

レアンドロスは毎夜へレスポント海峡を泳ぎ渡ってヘーローの許に通い翌朝また泳いで帰ります。 その往復が毎回困難になり4日目の夜にレアンドロスは溺れ死にます。 

1
レアンドロスが初めてへレスポント海峡を泳ぎ渡る様子です。

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ヘーローのテーマです。

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嵐の気配を感じる第2夜です。

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ヘーローのテーマです。

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恐ろしい嵐が始まる第3夜です。

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激しい波がおそってきます。

15
ヘーローのテーマです。

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愛のテーマです。 レアンドロスは向こう岸に必死で辿り着こうとします。

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最も激しい嵐の第4夜です。

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レアンドロスの最後のあがきです。

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レアンドロスは溺れ死にます。

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ヘーローの不安を表します。

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弔鐘が鳴ります。

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肉体から魂が離れヘーローの追憶の世界です。

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水との戦いと幻影です。

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レアンドロスへの別れです。

リスト バラード第2番♫~ジョルジュ・シフラ(スコア付き)
リスト バラード第2番♫~クラウディオ・アラウ(映像付き)


明日はプロコフィエフの「ピーターと狼」について書きます。 オーケストラのいろんな楽器に親しめるように楽しく楽器が物語の登場人物の代わりに紹介されていきます。 老若男女の皆さんで楽しめると思います。 















リスト 2つの伝説 S.175

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モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

リストの「2つの伝説S.175」は、リストがカトリックの聖人の偉業の伝説の話にインスパイアされ、1861年から1863年にかけてローマで書いた作品です。 この頃はリストは失望と心労による人生最悪の時期で信仰を深めており、1865年の53歳の時にはヴァチカン宮殿で下級の僧籍に入門致しております。 出版は第1曲は1865年、第2曲は1866年で娘のコジマ・フォン・ビューローに献呈されております。

第1曲は「小鳥に説教するアッシジの聖フランチェスコ」というタイトルですが、そのタイトルの通り「森の小鳥に説教をするアッシジの聖人フランチェスコ」に感銘を受けリストがその伝説を音にしたものです。
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LEGENDES

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Chapitre16, " Petites fleurs de Saint Francois d'Assise" Paris1860

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ST. FRANCOIS D'ASSISE

小鳥に説教するアッシジの聖フランチェスコ♫~アルフレッド・ブレンデル
小鳥に説教するアッシジの聖フランチェスコ♫~ウイルヘルム・ケンプ

アッシジというのはイタリアのウンブリア州のペルージャにある都市の名前です。 カトリックのフランシスコ会の創設者の聖フランチェスコの出身地とされておりキリスト教の巡礼地でもあります。

聖フランチェスコ(1182~1226)はカトリックの修道士でフランシスコ会の創設者ですがイタリアの守護聖人でもあります。

小鳥に説教するアッシジの聖フランチェスコの伝説は「聖フランチェスコの小さな花」というフランチェスコの伝記の本の中に載っているお話です。 

「聖フランチェスコの小さな花」という本は14C末に完成し15世紀半ばに出版された名詞選で、フランチェスコの生涯の業績の中から選ばれた53の伝説が入っております。 その中の16章に「小鳥に説教するフランチェスコ」の話が入っております。

フランチェスコが旅の途中に道端の木立に止まる小鳥に感動し、姉妹なる小鳥に説教をするために野原の中に入って行きます。 地面にいた小鳥に説教をしていると木に止まっていた鳥も舞い降りてきて、説教が終わるまでおとなしく首をうなだれて聞き、説教が終わりフランチェスコが十字を切って祝福を鳥たちに与えると十字の形に鳥たちは飛び立って行ったという伝説のお話です。

小鳥たちにはマタイによる福音書6章26節の「空の鳥を見るがよい。まくことも、刈ることもせず、倉に取り入れることもしない。それだのに、あなたがたの天の父は彼らを養っていて下さる。あなたがたは彼らよりも、はるかにすぐれた者ではないか。」を引用され、「あなた方を造って下さった神様のご恩を深く感じなさい。」と説教したそうです。  1863年教皇ピウス9世がリスト宅を訪問した際、リストは教皇にこの曲を弾いて聴かせたという話です。
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3世紀 新約聖書(ギリシャ語) パピルス

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13C半ば 新約聖書(ラテン語) 羊皮紙



第2曲の「波の上を渡るパオラの聖フランチェスコ」もイタリアのパオラの聖フランチェスコが奇跡を起こした伝説のお話をリストが読んだりその絵を見たりしてインスパイアされ感銘からその伝説を音にしたものです。
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Chapitre35 de la vie de Saint Francois de Paule, par Giuseppe Miscimarra

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DER HEILIGE FRANZISKUS VON PAOLA "AUF DEN WOGEN SCHREITEND"

波の上を渡るパオラの聖フランチェスコ♫~アルフレッド・ブレンデル
波の上を渡るパオラの聖フランチェスコ♫~クラウディオ・アラウ

パオラの聖フランチェスコ(1436~1507)は第1曲のアッシジの聖フランチェスコとは別人でアッシジの聖フランチェスコよりも200年くらい後に生まれた聖人です。 パオラはイタリアの都市名でパオラの聖フランチェスコはリストの守護聖人だったそうです。

ジュゼッペ・ミシマッラ著「パオラの聖フランチェスコの生涯」を読んだり、リスト所有のシュタインレの線描画の複製を見たりして、聖人の「信じる事の強さ」にリストが感銘しインスパイアされ作曲した作品ですが伝説はミシマッラの本の第35章に載っております。

メッシナ海峡を渡ろうとしたパオラの聖フランチェスコのみすぼらしい身なりをみた船頭は聖人とは知らず聖フランチェスコとその一行に船賃を要求し、払えない聖フランチェスコの乗船を拒否します。 同行していた一人が聖人である事を告げると、「聖人であるのが本当なら奇跡を起こして海を歩いて渡れ」と言い残し船を出港させてしまいます。 主に祈りを捧げた聖フランチェスコは、舟はあると同行のものに告げます。 聖フランチェスコがマントを海に広げそれに祝福を与えるとマントは帆になり杖はマストになり小さな船ができます。 一行はその舟にのり詫びる船頭をしり目に先に岸に着いたという伝説です。

1975年にリストの弟子のゲーレリヒの蔵書の中から、管弦楽版の自筆譜スコアが発見され、1984年に出版されております。 ピアノ版とどちらが先か定かではありませんが、現代ではオーケストラ版の方が原曲ではないかと言われております。


明日はベルリオーズの「幻想交響曲作品14」について書きます。




リスト ハンガリー狂詩曲 S.244

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モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

超人的なテクニックを持っていた19世紀最大のピアニスト/フランツ・リスト(1811~1886)ですが、作曲家としても傑作をたくさん残しております。 その中で生地ハンガリーへの愛国心から生まれた曲集に「ハンガリー狂詩曲」という作品があります。

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リストは幼い時国外に出たためハンガリー語はほとんど話せませんでしたが、生涯を通じて母国と母国の音楽に憧れと興味を持っておりました。 1839年久しぶりにハンガリーに戻ったリストは熱狂的な歓迎をうけますが、その時に幼年時代に親しんだハンガリー・ジプシーの音楽を聴き強い感銘を受け「ハンガリーの民謡旋律集」と「マジャール・ラプソディ」という2つのピアノ曲集を編纂致します。

そして後にこれらの民謡素材を基に19曲からなる「ハンガリー狂詩曲」という作品を書きます。

ラプソディ(狂詩曲)と言うのはギリシャ語で「叙事詩」という意味ですが、リスト自身ハンガリー狂詩曲について「私はハンガリー国民の叙事詩を書いた。 これは国民的情熱を表現した一連の詩である。」と述べております。

ところでハンガリーの音楽にはマジャール(ハンガリー)固有の民族音楽とジプシーの音楽の2つの要素が含まれております。 リストがこの2つを混同したためにジプシーの音楽を素材としたラプソディにハンガリーのタイトルが冠される事となりました。 当時はまだ民族音楽の探求が決して体系的に行われていたわけではないのでリストが誤ったのも無理らしからぬ所もあり、それによってリストのハンガリーへの愛国心に溢れたこの作品の音楽的価値が変わるものではないと思います。

さてハンガリー狂詩曲の第1曲から第15曲までは1851年から1854年の間に作曲されておりますが、残り4曲は30年後の1882年から1885年の間に作曲されております。 始めの15曲が作曲された頃ももうリストはワイマールに落ち着き演奏家としての華々しい活動は捨てておりましたが、創作活動にはエネルギーを注いでおり名作と言われる多くの作品を書き華やかな巨匠時代と言えるのではないかと思います。 それに比べて最後の4曲を作曲した頃はリストの晩年にあたり作風も簡潔で素朴なものになっておりリスト自身この作風の違いを「心の華やかさと心の苦み」と述べております。

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ワイマールの家

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愛用のピアノ

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晩年を過ごしたダイニング



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「ハンガリー狂詩曲」は、(ハンガリー人の哀愁を表すゆるやかな「ラッサン」とハンガリー人の情熱を表すテンポの速い「フリスカ」の2つの部分からなる)ハンガリー・ジプシーの踊りの「チャ-ルダ-シュ」の形式で書かれております。 モンティの「チャ-ルダ-シュ」にリンクしてみます。

モンティ チャ-ルダ-シュ♫~北九州国際音楽祭2010
(ハンガリーの打弦楽器ツインバロンの音が聴けます。)

チャルダッシュではcimbalom(ツインバロン)という楽器が使われますが、リストはハンガリー狂詩曲の中でこの楽器の特性(音を飛ばして火花を散らすような華麗な効果や独特のグリッサンド的奏法や同音のすばやいトレモロなど)をピアノを使って見事に表現し、ツインバロンの効果をピアノの演奏技巧で模倣しております。

cimbalom(ツインバロン)について

ツインバロンという楽器を使用した曲にコダーイの「ハーリ・ヤーノシュ」という組曲があります。 組曲の第3曲と第5曲でツインバロンがソロで活躍致します。

コダーイ 組曲「ハーリ・ヤーノシュ」♫~ウイーンフィル・ハーモニー、ショルティ指揮



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ハンガリア狂詩曲全集~ジョルジュ・シフラ(ピアノ)

全集の中で第12番にリンク致しますが、これは1853年に作曲された作品で「マジャール・ラプソディ」の第18番と第20番を基に書かれヨアヒムに献呈されております。

第12番は17歳の時に♪関孝弘先生のレッスン♪で弾いた曲ですが、テクニックを要求されるピアニスティックな曲です。

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リスト 「ハンガリー狂詩曲 第12番」♫~エフゲニー・キーシン(ピアノ)

リスト 「ハンガリー狂詩曲 第2,6,8,9,10,11,13,14,15番」♫~ジョルジュ・シフラ(ピアノ)



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リストは弟子のドップラーと共にハンガリー狂詩曲の中から6曲を選び管弦楽用に編曲致しております。 また第14番をピアノとオーケストラのために編曲した「ハンガリー(の民謡旋律による)幻想曲」S.123もあります。

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ハンガリー(の民謡旋律による)幻想曲S.123
ハンガリー狂詩曲第5番(管弦楽版)…ピアノ版第5番編曲
ハンガリー狂詩曲第2番(管弦楽版)…ピアノ版第12番編曲
チェルカスキー(ピアノ)、カラヤン指揮、ベルリンフィル・ハーモニー

管弦楽用     ピアノ独奏用
第1番       第14番
第2番       第12番
第3番       第6番
第4番       第2番
第5番       第5番
第6番       第9番

リスト 「ハンガリー狂詩曲第4番(通称第2番)」♫~ヤンソンス指揮、ベルリンフィル・ハーモニー
リスト 「ハンガリー(の民謡旋律による)幻想曲S.123」♫~ミシェル・ベロフ(ピアノ)、クルト・マズア(指揮)、ライプツイヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団


明日はバルトークの「ルーマニア民俗舞曲」について書きます。













リスト 「超絶技巧練習曲集」 S.139

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モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

今日はリストの「超絶技巧練習曲集」について書きます。 この作品は東京音楽大学のピアノ実技の授業でお勉強した曲です。 もちろん全曲をしたわけではありませんので、「鬼火」を中心に書いていきます。 



東京音楽大学は一般大学と違い実技中心の音楽大学ですので、音楽に関する授業がほとんどです。 一般教養の科目も全て音楽に関連付けた中で講義が行われます。 語学は厳しいかもしれません。 ピアノ実技という授業もありますが、私はピアニストの♪関孝弘先生♪のプライベート・レッスンを受けておりましたので、大学では♪宮原節子先生とおっしゃる女性作曲家の方♪に作曲の面からの側面補強としてのピアノ・レッスンをして頂いておりました。
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宮原節子先生は東京芸術大学音楽学部附属音楽高等学校と東京芸術大学で作曲を専攻された方で、卒業後はアメリカのノートルダム大学大学院でピアノを専攻された方です。 作曲は三善晃さんのお弟子さんでフランス音楽を得意としておられます。 ピアノはお小さい頃から♪ピアニストの野呂愛子さん♪に習っていらっしゃったので、ご自分の作曲された曲はご自分で初演されます。 またアメリカではラヴェルが「夜のガスパール」を献呈したルドルフ・ガンツのお弟子さんに師事していらしたそうです。 作曲家の視点からの演奏解釈は側面補強として随分お勉強になり、ピアニスティックな面からの関先生のレッスンと自転車の両輪という感じで、私には有意義な大学生活だったように思います。




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その宮原先生が私に初めて下さった曲がリストの「超絶技巧練習曲集」の第5曲の「鬼火」でした。 ♫最後に全曲にリンク致しますが、まずは鬼火」にリンクしたいと思います。 ピアノはエフゲ二ー・キーシンです。  半音階的に進む不気味なパッセージが鬼火を連想させる事からそのような副題がつけられたと思われます。♫
リスト愛用のピアノ
リスト愛用のピアノ




さてリストは1823年12歳の時ウイーンでベートーヴェンにそのピアノを誉められた事を生涯自負としておりましたが、1826年、15歳の時「超絶技巧練習曲」の初稿を作曲しております。  「若きリストによる全ての長短調の音階で書かれた48の練習曲」というタイトルが付けられてはいましたが、実際には12曲しか書かれませんでした。(S.136)

次の2稿目は1837年、26歳の時に「24の大練習曲Op.6」として出版されました。 しかし実際には12曲しか作られませんでした。(S.137) 1840年にはその第4曲を改作し、1847年には最後の部分を少し変更してポーランドのマゼッパ伯爵の物語にあやかって「マゼッパ」というタイトルを付けて出版しております。 これは恩師のカール・ツェル二ーに献呈されています。

1851年リストは3稿目の改作をし、翌1852年、現在知られている形でブライトコプフ・ウント・ヘルテル社から出版します。 これもツェル二ーに献呈されています。(S.139)

ワイマールの家
ワイマールの家

ワイマールの居間

リストの肖像画

1831年、20歳の時リストはパリでパガ二ー二を聴きピアノのパガニーにとして生きる決心をし、1848年ワイマールに定住して作曲に専念するまでは、大ヴィルトゥオーゾピアニストとしてヨーロッパ中を席巻します。 その間に何度も改訂され1851年に完成を見たこの作品はリストの縮図ではないかと思います。
リストの胸像

2曲を除いては標題を持つ描写風の音楽ですが、第1曲「前奏曲」はピアニストにとって華麗な幕開けです。 第2曲イ短調はパガニー二の演奏にインスパイアされたような輝かしい曲です。 第3曲「風景」は一転して静かなパストラルの気分の曲です。 第4曲「マゼッパ」は、イギリスの詩人バイロンによって紹介されたポーランドの悲劇の英雄「マゼッパ」の物語を描写したものですが、勇壮で荒々しい曲です。 第5曲「鬼火」はデリケートな曲です。 第6曲「幻影」はぺザンテと記された和音をアルぺッジョが華麗に飾って行きダイナミックな曲です。 第7曲「英雄」は、ヒロイックな心の琴線に触れる堂々とした威厳のある曲です。 第8曲「狩り」はドイツ・ロマン派音楽の特徴の夜の狩りを思い出させてくれます。 第9曲「回想」は甘美で優雅な曲です。 イタリア・オペラの叙情的なメロディに影響を受けたと思われます。 第10曲「ヘ短調」は野性的なほどに激しい曲です。 第11曲「夕べの調べ」は静かな夕べの情景を描写した曲です。 第12曲「雪あらし」(Chasseneige)は激しい風の中雪が吹き荒れる陰鬱な気分を描写しています。 曲の最後を飾る技巧的な曲です。

♫では超絶技巧練習曲集」全曲の演奏にリンク致します。 ピアノはジョルジュ・シフラです。♫
シフラ

1、Prelude 2、Molto vivace 3、Paysage 4、Mazeppa 5、Feux follets 6、Vision 7、Eroica 8、Wilde Jagd 9、Ricordanza 10、Allegro agitato molto 11、Harmonies du soir 12、Chasse Neige 

♩演奏者紹介♩
シフラ(1921~1994)はハンガリー生まれのピアニストでリスト弾きと言われる超人的な技巧の持ち主のピアニストです。 1930年フランツ・リスト音楽院に入りドホナー二に師事しますが、1956年のハンガリー動乱の際、西側に亡命しパリに永住して世界各地を演奏旅行して回ったピアニストです。









 

 





リスト スペイン狂詩曲S.254(スペインのフォリアとホタ・アラゴネーサ)

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モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

ハンガリー生まれのフランツ・リスト(1811~1886)ですが、音楽的には国民楽派ではなくドイツロマン派のピアニスト・作曲家として位置付けられております。 圧倒的なピアノテクニックを持っていたリストは、超絶技巧を要求されるピアノ独奏曲をたくさん作っておりますが、この「スペイン狂詩曲」もその中の一曲です。

1844年にイベリア半島を旅したリストはその印象と資料から2つの作品を作っています。

一つは1845年に作られた「スペインの歌による演奏会用大幻想曲」S,253です。
♬「スペインの歌による演奏会用大幻想曲~ミハイル・プレトニョフ(途中から)」♬


二つ目が1858年に作られた「スペイン狂詩曲」S.254です。 これはS,253の改作とも言われています。 スペインの古い舞曲『フォリア」とアラゴン地方の民謡・舞曲「ホタ・アラゴネーサ」を素材にした超絶技巧の難曲の演奏効果の高い作品です。 まず先にリストの孫弟子にあたるホルヘ・ボレットの演奏にリンク致します。

♬「スペイン狂詩曲」~ホルヘ・ボレット♬

リスト スペイン狂詩曲 ペータース版

まず嬰ハ短調の序奏から始まります。 
リスト スペイン狂詩曲 冒頭



そして同じ嬰ハ短調で3拍子の舞曲「フォリア」に移ります。
フォリア

「フォリア」は15世紀末のイベリア半島起源の3拍子の穏やかな舞曲です。 17世紀のイタリアで大流行しバロック期のヨーロッパの作曲家達が変奏曲のテーマとしてよく用いました。 有名なものにコレッリの「ラ フォリア」があります。
♬「フォリア」~舞踊映像



間奏をはさんで、次は二長調の快活な「ホタ・アラゴネーサ」に移ります。 
ホタ・アラゴネーサ

「ホタ・アラゴネーサ」はスペインのアラゴン地方の軽快な民謡・舞曲です。
♬「ホタ・アラゴネーサ」~民族舞踊映像



終わり近くでフォリアの主題が長調で再現され堂々と曲は終わります。
フォリア(長調)

「フォリア」と「ホタ・アラゴネーサ」についての私の楽譜のメモ
フォリアとホタ・アラゴネーサ

この曲は大学生の時に勉強した曲ですが、その時神戸でヴィクトル・リャードフのレッスンを受けた事があります。 リャードフは浜松国際コンクールで優勝したピアニストで故タチアナ・ニコラーエワの弟子ですが、まだお若いので華やかな「スペイン狂詩曲」を披露して下さいました。
リャードフレッスン案内

1874年にブゾーニが管弦楽版に編曲しています。
リスト/ブゾーニ スペイン狂詩曲~エゴン・ペトリ、ミネアポリスシンフォ二ー


リスト「スペイン狂詩曲」~キーシン
リスト スペイン狂詩曲♫~キーシン

リスト「スペイン狂詩曲」~ペライア
リスト スペイン狂詩曲♫~ぺライア

リスト「スペイン「狂詩曲」~ロベルト・シドン
(スペイン狂詩曲~シドン)

明日はバッハ=ブゾーニ 「シャコンヌ」について書きます。

<追記>
先日ご紹介致しましたクラウス・シルデ先生の「正しいピアノ奏法を図解にして説明された貴重なアドヴァイス」がありますのでそれをご紹介致します。
シルデ先生レッスン1
シルデ先生レッスン2

練習時間が多くなるとどうしても体が前屈になったり、固まったりしてまいります。 私は椅子の横に姿見を置いて時々自分の姿勢をチェックします。 でないと弾く事に夢中になって前屈になり、音が固くなるからです。 シルデ先生に腰を中心にして円を描くような動きをすると良い音が出るとアドヴァイスを頂きましたので、今でもそれを思い出して気を付けています。












 





ベートーヴェン交響曲第9、6、7番(リスト/トランスクリプション)

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モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

フランツ・リスト(1811~1886)はドイツ・ロマン派のピアニスト・作曲家で、「ピアノの魔術師」とも言われていますが、1822年ウイーン音楽院でツエル二ーに師事し、翌1823年には老ベートーヴェンにコンサートで会いそのピアニストとしての才能を誉められています。  またリストの先生のツエル二ー(1791~1857)はオーストリアのピアノ教師、ピアニスト、作曲家ですが、10歳でベートーヴェンの弟子となり, 1812年にはベートーヴェンのピアノ協奏曲「皇帝」のウイーンでの初演のソリストを務めています。  またツエル二ーの先生のベートーヴェン(1770~1827)はウイーン古典派の作曲家ですがハイドンに認められたハイドンの弟子でした。

このような系譜からリストはベートーヴェンを大変尊敬しており、ベートーヴェンの交響曲9曲全てをピアノ・ソロ用に編曲しております。 またベートーヴェンの交響曲9番とピアノ協奏曲の3,4,5番は二台ピアノ用にも編曲しております。

リストの時代は現在のようにCDやメディアでベートーヴェンのシンフォ二ーを楽しむという事はできませんから、それをひとりでも多くの人に知ってもらうために、ピアノでも弾けるように作曲したのではないかと思います。

ベートーヴェン交響曲 第9番(リストによるピアノ・トランスクリプション)~シプリアン・カツアリス
https://www.youtube.com/watch?v=Ja7ZkvP8Nrk
リストが1863年から1864年にかけて作曲したものです。
ベートーヴェン/リスト 交響曲第9番
ベートーヴェン/リスト交響曲第9番

ベートーヴェン交響曲 第9番 二短調 作品125 「合唱」~フルトヴェングラー指揮、バイロイト祝祭管弦楽団・・・1951年ライヴ
https://www.youtube.com/watch?v=dHDXdbSWu0E
ベートーヴェンが1824年作曲したものです。

ベートーヴェン交響曲第9番(リストによるピアノ・トランスクリプション)
ベートーヴェンシンフォ二ー9番(リスト作)
ベートーヴェン交響曲第9番~フルトヴェングラー指揮、バイロイト祝祭管弦楽団)
ベートーヴェンシンフォ二ー9番~フルトヴェングラー

ベートーヴェンの交響曲第9番はあまりにも有名でいまさらご説明する事はないと思いますが、第4楽章で歌われるシラーの「歓喜に寄す」について書かれた本がありますのでそれをご紹介します。
シラーと第9
シラーと第9
1749年ドイツの詩人ゲーテが生まれ、1759年シラーが生まれます。 そして1770年ベートーヴェン,ヘーゲルが生まれ、1786年にはシラーが「歓喜に寄す」を発表します。 そして「芸術の時代」と呼ばれる時代が続き、1824年にベートヴェンが第9を作りますが、ベートーヴェンはその3年後の1827年に亡くなり、1831年にヘーゲルが、続いて1832年にゲーテが亡くなります。 

今では芸術家というお仕事は仕事として当たり前になっていますが、18世紀初頭までは芸術家が自分の内面から出る感情を自由に表現したり、自由業として自立するという事はなされていませんでした。 現在の芸術家の自立が確立されたのは、この「芸術の時代」と呼ばれる時代だと思いますが、ゲーテやベートーヴェンは現代の芸術家の先駆者ではと思います。

余談ですがゲーテの戯曲にベートーヴェンがウイーン宮廷劇場の支配人に頼まれて付曲した劇付随音楽があります(1809~1810)。 今はその序曲しか演奏されませんが、リンクしておきます。
ベートーヴェン 「エグモント」序曲 Op.84~ティーレマン指揮、ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団
https://www.youtube.com/watch?v=Puy7ephHnXI

上の私が所有する第9のCDは、1951年のバイロイト音楽祭でのライヴ録音ですがフルトヴェングラーの名盤と言われているものです。 第二次世界大戦後初めてバイロイト音楽祭が再開された初日の演奏ですが、フルトヴェングラーの不動の名演と言われています。 you tubeにアップされていましたので上にリンクしておきました。




次はベートーヴェンの交響曲第6番「田園」のリストによるピアノ・トランスクリプションをご紹介します。

ベートーヴェン交響曲第6番「田園」(リストによるピアノ・トランスクリプション)
https://www.youtube.com/watch?v=zQEa4quP-dY

ベートヴェン 交響曲第6番 ヘ長調 作品68 「田園」~カール・ベーム指揮、ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団
https://www.youtube.com/watch?v=W4TBpy8oQnw
ベートーヴェン交響曲第6番スコア
ベート―ヴェン交響曲第6番スコア
ベートーヴェン交響曲第6番スコア
ベートーヴェン交響曲第6番スコア

ベートーヴェン交響曲第4&6番(リストによるピアノ・トランスクリプション)
ベートーヴェンシンフォ二ー6番(リスト作)
ベートーヴェン交響曲第6番「田園」、「エグモント」序曲~カール・ベーム指揮、ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団
ベートーヴェンシンフォ二ー6番カール・ベーム
ベートーヴェン交響曲第6番~フルトヴェングラー指揮、ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団
ベートーヴェンシンフォ二ー6番~フルトヴェングラー
ベートーヴェン交響曲第2&6番~クーベリック指揮、バイエルン放送交響楽団
ベートーヴェンシンフォニー6番~クーベリック
ベートーヴェンが聴覚の異常を自覚し出したのは1801年(31歳)の頃で、翌1802年には「ハイリゲンシュタットの遺書」と呼ばれる手紙を弟達に書き苦悩を訴えます。 しかしその後それを克服し「傑作の森」と言われる偉大な作品を書き続けます。 交響曲6番「田園」もその一つで1808年、5番の「運命」とともにウイーンで初演されています。 ベートーヴェン自ら指揮をしており、アン・デア・ウイーン劇場での上演でした。 タイトルも各楽章への標題もベートーヴェン自身が付けたものですが、ベートーヴェンは「田園を具体的に描写した音楽ではなく、田園での生活が人々の心に呼び起こす感情を表現したもの」と語っています。




次はベートーヴェンの交響曲第7番のリストによるピアノ・トランスクリプションをご紹介します。

ベートーヴェン交響曲第7番(リストによるピアノ・トランスクリプション)~シプリアン・カツアリス
https://www.youtube.com/watch?v=vl6_aJU0S4M

ベートーヴェン交響曲第7番 イ長調 Op.92~ショルティ指揮、ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団
https://www.youtube.com/watch?v=QzvA5KzFBms
この曲は1811年から1812年にかけて作曲され初演は翌1813年ウイーンでベートーヴェン自身の指揮でされています。 ウイーン会議(1814~1815)の時にも演奏されたベートーヴェンのシンフォ二ーですが、当時は「勝利と自由」を表現した曲と受け取られていたようです。 その後いろいろな解釈があるようですが、第2楽章の美しさは作曲技法とは関係なく誰の心にも訴えかけ、音楽の持つ純粋で不思議な力があり、エキスパートの人にもそうでない人にも衝き動かされるものがあるのではないかと思います。 現代でも大変人気の高い曲で第7番は良くドラマや映画でも使われています。。

ベートーヴェン交響曲第7番2楽章だけリンクしてみます。
https://www.youtube.com/watch?v=oavp7N3CdpE
哀悼の歌が徐々に力強さと脅迫感を増しながら展開されていきます。

ベートーヴェン交響曲第7番& 第8番~スクロヴァチェフスキー指揮、ザールブリュッケン放送交響楽団
ベートーヴェンシンフォ二ー7番

<参照>
1720年 ウイーン ピアノフォルテ
1790年 ピアノフォルテ
1824年 ウイーン ハンマーフリューゲル
1824年 ハンマーフリューゲル


明日はモーツァルトのピアノコンチェルトについて書いてみようと思います。

リスト「愛の夢 3つのノクターン」

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

リスト「愛の夢 3つのノクターン」の第3番S.541はとても有名な曲で映画、ドラマ、フィギュアスケートの試合等良く使用される名曲ですが、まだお耳にされた事がないという方のためにyou tubeにアップされている私の演奏をまずお届け致します。

リスト「愛の夢 3つのノクターンより 第3番S.541」~谷真子
https://www.youtube.com/watch?v=JVvoRvMEM0U

このリストの「愛の夢」はもともとリストが作曲した歌曲でしたが、それをリストがピアノ独奏用に編曲したものです。 歌曲の第3曲のS.298の歌詩はドイツの詩人のフェルディナント・フライリヒラート(1810~1876)の「O lieb, so lang du lieben kannst !」(おお、愛しうる限り愛せ)という詩からです。 フライリヒラートの詩は人類愛を唱えた道徳的な内容のものですが、リストは初めの5節に付曲しており親子、夫婦、友人などの人間愛を歌い上げた大変きれいな歌曲です。 you tubeにリンク致しますのでお聴き下さい。

リスト「愛の夢 第3曲 S.298 おお 愛しうる限り愛せ」~DIANA DAMRAU(ソプラノ)、HELMUT DEUTSCH(ピアノ)
"O lieb, so lang du lieben kannst"
https://www.youtube.com/watch?v=RnSM0MzymMg

ドイツ文学者井上正蔵(1913~1989)訳「フライリヒラート詩集」より
”おお、愛しうる限り愛せ”

愛しうるかぎり愛せよ
愛したいとおもうかぎり愛せよ
墓場にたたずみ なげきかなしむ
ときがくる ときがくる

なんびとか 愛のまごころを
あたたかくおまえのためにそそぐとき
おまえは 胸に愛をいだいてあたため
ひたぶるにその炎をもやすがいい

胸を おまえのためにひらくひとを
できるかぎり愛せよ
いかなるときもそのひとを悦ばし
いかなるときも そのひとを嘆かすな

わが舌をよくつつしめよ
あしざまの言葉をふと口にしたら
ああ それは けっして悪意からではなかったのに
けれど その人は去り そして悲しむ

愛しうるかぎり 愛せよ
愛したいとおもうかぎり愛せよ
墓場にたたずみ なげきかなしむ
ときがくる ときがくる

その時おまえは墓のほとりにひざまづき
うれいに濡れた まなざしを おとす
もはやそのひとの影もない
ほそい しめった 墓場の草ばかり

「あなたの墓に涙をながしている
このわたくしをごらんください
わたくしが あなたをののしったのも
ああ それはけっして悪意からではなかったのです」

がそういってもその人は聞きもしないし見もしない
喜んでおまえをいだきにもこない
しばしばおまえに接吻したその人のくちびるは
ふたたび「とうに許しているよ」とも語らない

あの人は 許したのだ とうにおまえをゆるしていたのだ
おまえのおかげで おまえのきたない言葉のために
あつい涙をとめどなく流していたけれど
今は しずかに眠っている もうふたたび目をさましはしない

愛しうるかぎり愛せよ
愛したいとおもうかぎり愛せよ
墓場にたたずみ なげきかなしむ
ときがくる ときがくる

リスト 愛の夢 第3番♫~エフゲニー・キーシン
リスト 愛の夢 第3番♫~アルトゥール・ルービンシュタイン

ほとんど弾かれませんが、リスト「愛の夢」の第1番と第2番(ピアノ独奏)にもリンクしておきます。

リスト「愛の夢 第1番」~ピアノ独奏
https://www.youtube.com/watch?v=qlLcRbi_Qa0

リスト「愛の夢 第2番」~ピアノ独奏
https://www.youtube.com/watch?v=pmYn46Sr3pI

明日はドビッシーのチェロ・ソナタ他について書きます。





F. リスト 巡礼の年第2年「イタリア」よりソナタ風幻想曲「ダンテを読んで」

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

リスト(1811~1886)の「ダンテを読んで」はリストの巡礼の年:第2年「イタリア」の中の最後の曲ですが、<第2年「イタリア」>は、イタリアの文学と絵画に焦点が当てられて作曲されています。

1番目の「婚礼」は、イタリアの画家ラファエロ(1483~1520)の名画「聖母の婚礼」に、 2番目の「もの思いに沈む人」はイタリアの彫刻家、詩人のミケランジェロ(1475~1564)の彫刻と詩に基づいて作曲されています。 3番目の「サルヴァトール・ローザのカンツォネッタ」のサルヴァトール・ローザ(1615~1673)はイタリアの画家、詩人、作曲家の名前です。 4、5、6番目の「ペトラルカのソネット」はイタリアの叙情詩人でイタリアでのルネッサンス運動の主唱者の一人であるペトラルカ(1304~1374)のソネットに、そして最後の「ソナタ風幻想曲”ダンテを読んで”」はイタリアの詩人ダンテ(1265~1321)の「神曲」に基づいて作曲されています。

この「ダンテを読んで」というタイトルはフランスの小説家、詩人のヴィクトル・ユーゴー(1802~1885)の「内なる声」という詩集の第27編のタイトル「ダンテを読んで」から取られています。 ダンテの神曲は聖書と同じくキリスト教の世界観を描いた物語です。ダンテを読み、またユーゴーを読んだリストがインスパイアされてこの難曲と言われる「ダンテを読んで」を作曲したのだと思いますが、まずは聴かれた事のない方のために私がyou tubeにアップしています<リスト ソナタ風幻想曲「ダンテを読んで」>をお聴き頂ければと思います。

リスト 巡礼の年:第2年「イタリア」より第7曲「ダンテを読んで」ソナタ風幻想曲♫~谷 真子

リスト「ダンテを読んで」推薦楽譜~谷真子
リストエディトムジカブタペスト版

「ダンテを読んで」地獄篇楽譜冒頭
ダンテ地獄篇楽譜冒頭

「ダンテを読んで」煉獄篇楽譜冒頭
ダンテ煉獄篇楽譜冒頭

「ダンテを読んで」天国篇楽譜冒頭
ダンテ天国篇楽譜冒頭

レッスンはピアノを使ってでないと伝えきれないところがありますがレッスンの側面補強になるような事を書きたいと思います。

ダンテの「神曲」は14世紀に書かれた現代の日本人にはとても難解な叙事詩ですが、要約しますとダンテが三人の案内人に案内されて地獄、煉獄、天国へと導かれて行き、最後は神の愛の象徴の白いバラを見つけ、この世は全て神の愛、心で動いている事を悟り神の愛の偉大さと美しさを知るという長大な韻文で書かれた叙事詩です。 

15世紀に入ると「Divina Commedia」と呼ばれるようになりますが、ダンテ自身はラテン語ではなく当時の俗語で書いている事や、最後が静穏で終わる事から「Commedia」(喜劇)と名付けたようです。

リストは「ダンテシンフォ二ーS.109」という交響曲も作曲しています。 ピアノ独奏曲よりも分かりやすいかと思いますのでリンク致します。 (ワーグナーのアドヴァイスにより天国篇は描写されず地獄篇と煉獄篇の2楽章で、煉獄篇の最後のマ二フィカトは女性合唱で天を見上げながら静かに終わります。  時空を超えてダンテが生きた14世紀のイタリアにに飛びファンタジーを膨らませてお聴き下さい。)

リスト「ダンテシンフォ二ー」

ダンテ「神曲」の中に登場するダンテの案内人の一人のウェルギリウス(Virgil)は紀元前70年から紀元前19年に生きた古代ローマの詩人です。 ダンテが我が師と仰いでいた詩人ですが地獄と煉獄を案内しています。

天国を案内するのはベアトリーチェという女性ですが、ダンテが愛した実在の女性とも言われていますが別説もあります。
ダンテ(シエナ美術展図録より)
ダンテ
ベアトリーチェ(シエナ美術展図録より)
ベアトりーチェ

エンピレオを案内するのは聖人のベルナルドゥス(1070~1153)ですが、そこでダンテは神を見付けこの世は全て神の愛で動いている事を知るというお話です。

リスト ダンテを読んで♫~チョ・ソンジン

参考に東京と大阪のイタリア文化会館(イタリア大使館文化部)にリンクしておきます。
東京イタリア文化会館
大阪イタリア文化会館

明日は皆に親しまれているリストの「愛の夢」について書こうと思います。



プロフィール

谷真子 masakotani

Author:谷真子 masakotani
東京音楽大学卒業

ADRESS
奈良市学園前

ピアニスト谷真子公式サイト
http://masakotani.co
奈良市学園前 谷真子ピアノ教室 教室ブログ「musica」
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