ラヴェル 左手のためのピアノ協奏曲 二長調/Ravel Concerto pour la main gauche D-Dur

第1次世界大戦で右手を失ったピアニストのパウル・ウィトゲンシュタインは、ラヴェル(1875~1937)に左手だけで弾ける曲の作曲を依頼します。

これに応えて作曲したのが「左手のためのピアノ協奏曲」でラヴェルにとって最初のピアノ協奏曲です。

作曲は1929年冬に始められましたが、ラヴェルは作曲するにあたり古今の作曲家サン=サーンス、ゴトフスキー、ツエルニー、アルカン、スクリャービンらの左手のための曲の勉強を致します。

1931年11月27日ウイーンでウィトゲンシュタインのピアノで初演が行われましたが、ウィトゲンシュタインは楽譜通りに弾ききれずその上音楽性をも非難したためラヴェルとの仲は険悪なものとなります。

ラヴェル晩年の傑作として高く評価されると同時に左手だけのピアノ・ソロやジャズの影響が色濃く反映されており極めて個性的なピアノ協奏曲です。

曲は切れ目なしに演奏される単一楽章ですが、大きく3つの部分に分けられピアノ・パートは大変な難曲でとても片手で弾いているとは思えない見事な書法で書かれております。

ラヴェル 左手のためのピアノ協奏曲♫~フランソワ



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ラヴェル クープランの墓/Ravel Le tombeau de Couperin

1902年にドビュッシーと対面したラヴェル(1875~1937)は初めドビュッシー(1862~1918)に尊敬を払い続け、初期の作品にはドビュッシーの影響が色濃く反映されていますが、次第に明確な旋律や簡潔な様式を求め、18世紀の古典主義的な傾向をその作品に反映するようになってまいります。

そのような傾向が最も現れているのがこの「クープランの墓」で、クープランを代表する18世紀フランス音楽に敬意を表して1914年から1917年にかけてラヴェル最後のピアノ独奏曲の「クープランの墓」を作曲致します。

「プレリュード」、「フォルラーヌ」、「リゴドン」、「メヌエット」、「トッカータ」の6曲から成りそれぞれが第1次世界大戦で戦死した知人たちへの思い出に捧げられております。

1919年にその中から4曲(プレリュード、フォルラーヌ、メヌエット、リゴドン)を抜粋し管弦楽版をラヴェル自身が作曲しております。
ラヴェル クープランの墓♫~管弦楽版

ラヴェルはフランスへの愛国心が強く、特にクープランを尊敬しておりました。 そこでクープランを代表とする18世紀の音楽全般に対するオマージュを書こうと思い立ち1914年に「クープランの墓」の構想を練り始めます。

しかしその直後第1次世界大戦が勃発しラヴェル自身も従軍し1917年に除隊はするものの母を亡くしまた多くの友人を大戦で亡くします。 悲しみに打ちひしがれたラヴェルは中断したままになっていた曲をまた作曲し始めたのです。

「クープランの墓」という訳は古楽が日本で現在ほど知られていなかったための誤訳で、ラヴェルは18世紀フランス音楽の伝統に遡ってトンボーという音楽のジャンルを復興させたのです。

トンボーと言うのはフランス語で墓碑の事を指す名詞ではありますが音楽用語としては故人を追悼する器楽曲の意味で使われていました。 「Tombeau de~」と言うのは「故人を称えて」という意味です。

1918年にデュラン社から出版されており、1919年4月11日にピアニストのマルグリット・ロンによってパリで初演されましたが、ロンは最終曲「トッカータ」を捧げられた音楽学者のジョゼフ・ドゥ・マルリアーヴの戦争未亡人でした。

ラヴェル クープランの墓♫~ぺルルミュテール
ラヴェル クープランの墓♫~ギーゼキング
ラヴェル クープランの墓♫~モニク・アース
ラヴェル クープランの墓♫~フランソワ
ラヴェル クープランの墓♫~ワイセンベルク
ラヴェル クープランの墓♫~アンジェラ・ヒューイット

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阿部裕之先生CD



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ラヴェル ラ・ヴァルス 二長調/Ravel La Valse D-Dur

管弦楽のための舞踏詩「ラ・ヴァルス」はラヴェルが1919年12月から1920年3月にかけて作曲した管弦楽曲で、ラヴェル自身によってピアノ2台用やピアノ独奏用の作品に編曲されております。

ラヴェル ラ・ヴァルス♫~管弦楽版

タイトルの「ラ・ヴァルス」とはフランス語で、「ワルツ」のことであり、19世紀末のウインナ・ワルツへの礼賛として着想されました。
ラヴェルは初版の標題に1855年頃のオーストリア宮廷が舞台であると記しております。
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ラヴェルは1906年2月批評家マルノルドへの手紙の中で、ヨハン・シュトラウス2世へのオマージュとしてオーケストラのために交響詩風のウインナ・ワルツを書くという構想を披露致しております。

1914年頃には交響詩「ウイーン」というタイトルも出ておりましたが第1次世界大戦のために未完に終わりました。

1912年の作品「高雅で感傷的なワルツ」はオーケストラによるワルツを実現しているものの、これはシューベルトに倣った連作ワルツのピアノ曲をバレエ曲として管弦楽曲に編曲したものです。

ラ・ヴァルスは原曲に先立ち2台ピアノ版が1920年10月23日ウイーンにおいてカゼッラとラヴェルによって初演され、2ヶ月後の1920年12月12日パリで原曲の管弦楽版が初演されました。

ラ・ヴァルス 2台ピアノ版楽譜
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ラヴェル ラ・ヴァルス♫~アルゲリッチ・フレイレ(2台ピアノ)

ラ・ヴァルス ピアノ独奏用楽譜
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ラヴェル ラ・ヴァルス♫~チョ・ソンジン

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阿部裕之先生


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ラヴェル 亡き王女のためのパヴァーヌ ト長調/Ravel Pavane pour une Infante Defunte G-Dur

「亡き王女のためのパヴァーヌ」はフランスの作曲家M.ラヴェル(1875~1937)が1899年パリ音楽院在学中に作曲したラヴェルの初期を代表する傑作のピアノ曲です。

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1902年サル・プレイエルでの国民音楽協会主催のリサイタルでリカルド・ビニェスによって「水の戯れ」とともに初演され、パトロンであったポリニャック公爵夫人に献呈されております。

1910年にはラヴェル自身が管弦楽曲に編曲いたしております。
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ラヴェル 亡き王女のためのパヴァーヌ♫~管弦楽版


ルーブル美術館所蔵の17世紀スペインの宮廷画家ベラスケスが描いたマルガリータ王女の肖像画からインスパイアされて作曲したとされております。

ラヴェルによると、「亡き王女」というタイトルはフランス語ではinfante defunteとなり言葉の韻を踏むフランス語の響きの美しさから命名したもので、「亡くなった王女の葬送の哀歌」ではなく「スペインの宮廷で小さな王女が踊ったパヴァーヌ」だとしております。

*****
パヴァーヌ
スペインに起源を持つ16世紀初頭の宮廷舞曲。 16世紀から17世紀にかけてヨーロッパの宮廷で普及していた。
パヴァーヌ 舞踊映像


この古風な曲は歴史上の特定の王女に捧げて作られたものではなく、スペインへのノスタルジアを表現したものと考えられ、この表現はラヴェルの他の作品や、同年代の作曲家の作品にも見られます。

世間からはこの曲は大きな評価を受けましたが、周りの音楽家からはあまり評価されず、またラヴェル自身も「私はこの曲には多くの欠陥のあることを強く感じている。 余りにもシャブリエの影響が明らかだし形式もかなり貧弱だ。」と言っておりますが、のちに自身で管弦楽に編曲している所からラヴェル一流のシニスムとも思えます。

優雅でラヴェルらしい繊細さを持つ美しい小品であり、多くの編曲者によりピアノと独奏楽器のデュオ、弦楽合奏など様々に編曲されアンコールとしてもしばしばとりあげられます。

ラヴェル 亡き王女のためのパヴァーヌ♫~ラヴェル
ラヴェル 亡き王女のためのパヴァーヌ♫~チェルカスキー
ラヴェル 亡き王女のためのパヴァーヌ♫~リヒテル
ラヴェル 亡き王女のためのパヴァーヌ♫~フランソワ

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ペルルミュテール

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阿部裕之先生

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ギーゼキング

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パスカル・ロジェ

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モニク・アース

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ポール・クロスリー


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ラヴェル 水の戯れ ホ長調/Ravel Jeux d'eau E-Dur

「水の戯れ」はラヴェル(1875~1937)がパリ音楽院在学中の1901年に作曲したピアノ曲で、当時の作曲の師のフォーレに献呈されました。

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1902年4月5日サル・プレイエルで行われた国民音楽協会主催のリカルド・ビニェスのピアノ・リサイタルで、「亡き王女のためのパヴァーヌ」とともに初演されました。

ラヴェル自身はこの曲について「テンポ・リズムも一定なのが望ましい。 水の音、噴水、滝の音楽からインスパイアされたこの曲は2つのモティーフによって構成されている。 ソナタ形式の第1楽章にならっているが、古典的な形式をそのまま踏襲しているわけではない。」と言っております。

初演当時としては極めて斬新な響きのする作品だったと思えサン=サーンスの酷評を招きましたが、今日ではリスト・シャブリエからの影響から抜け出てピアニスティックで精巧なラヴェル独自の書法が本格的に開花した作品として高い評価を得ています。

またドビュッシーに先んじてフランス印象主義の幕開けを告げた作品でもあります。

タイトルはリストの「エステ荘の噴水」(Les Jeux d'Eaux a la Villa d'Este)から影響を受けておりますが、楽譜の冒頭にはアンリ・ド・レニエの詩「水の祭典」の一節「水にくすぐられて笑う河の神」を題辞として掲げております。

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レニエの詩句はこの曲の実在を良く表現しており、「古い整然としたフランス式庭園の中央に噴水が設けてあります。 噴水の中にある古代の河の神の像は空高く噴き上げる水のしぶきを浴びて幸せそうです。 噴き上げられた水は七色の虹となって空中に霧散します。」という詩的楽想を象徴しております。

ラヴェルはJeau d'eauという言葉で噴水そのものを描写するのではなく、光の加減とともに変化する水の色彩と音響を表現していたようです。

ところでドビュッシーの「水の反映」(1905)と良く比較されますが、ラヴェルの「水の戯れ」(1901)は制御された噴水の美しい水の動きを古典的なソナタ形式で描いておりますが、ドビュッシーの「水の反映」は水に映った風物の輝き・揺らめきをより自由な形式で描いております。

ラヴェル 水の戯れ♫~阿部裕之先生
ラヴェル 水の戯れ♫~アルゲリッチ

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ペルルミュテール

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阿部裕之先生

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ギーゼキング

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パスカル・ロジェ

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モニク・アース

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ポール・クロスリー


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ラヴェル ソナチネ 嬰ハ短調/Ravel Sonatine fis-moll

ラヴェル(1875~1937)の「ソナチネ」は、「水の戯れ」の少し後「鏡」と並行して1903年から1905年にかけて作曲されたピアノ曲で、1906年3月10日リヨンでポール・ドゥ・レスタン夫人によって初演されました。 

ラヴェルの友人のゴデブスキ夫妻(イーダとシーパ)に献呈されましたが、ゴデブスキ夫妻の子供のジャンとミミには後に連弾曲「マ・メール・ロア」も献呈されております。

この曲はラヴェルがある音楽雑誌主催の作曲コンクールのために書き上げた曲で、小節数の規定のため小規模な作品となっておりますが、入選したのはラヴェル1人だけだったそうです。

ソナチネというタイトルは作品の難度ではなくラヴェルの古典様式への傾斜を映し出しているに過ぎません。 きりりと引き締まった古典的な佇まいの中に美しく多彩なそしていかにもラヴェルらしい素晴らしく洗練された楽想を配した名作です。 その完成度の高さは名匠の手で磨き上げられた宝石を思わせます。

第1楽章 モデレ
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ソナタ形式の優しいメランコリーをたたえた曲です。 コンパクトにまとめあげられた中で新鮮な響きや流麗な美しさが印象深い楽章です。

第2楽章 メヌエット
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繊細で高貴な旋律を持ったメヌエットで中間部を経てやや変形されて再び現れますが古典的なフォルムは失っておりません。

第3楽章 アニメ
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循環形式のソナタを形作っております。 わきたつばかりの喜びに溢れる終曲は「青春と練達の妙技が混然一体となった名作」とのロマン=マニュエル(1891~1966)の讃辞にふさわしい終曲です。

ラヴェル ソナチネ♫~コルトー
ラヴェル ソナチネ♫~ギーゼキング
ラヴェル ソナチネ♫~クララ・ハスキル
ラヴェル ソナチネ♫~ラローチャ
ラヴェル ソナチネ♫~アヴデーエワ
ラヴェル ソナチネ 第1楽章♫~アルゲリッチ
ラヴェル ソナチネ 第1・2楽章♫~ラヴェル

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ペルルミュテール

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ギーゼキング

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パスカル・ロジェ

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モニク・アース

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ポール・クロスリー


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ラヴェル 高雅で感傷的なワルツ/Ravel Valses Nobles et Sentimentales

「高雅で感傷的なワルツ」はモーリス・ラヴェル(1875~1937)が1911年に作曲したワルツ集です。

ピアノ独奏曲として作曲され、翌1912年に管弦楽版が作られました。

ラヴェル自身が「自伝的スケッチ」でこのワルツ集を「シューベルトを手本にした一連のワルツ」と述べていることから、シューベルトの「34の感傷的なワルツ集(D.779)」と「12の高雅なワルツ集(D.969)」を意識して作曲されたと考えられております。

シューベルト 感傷的なワルツ♪~リリー・クラウス
シューベルト 高雅なワルツ♪~リリー・クラウス 

初演は1911年5月9日にパリのサル・ガヴォーで、保守的な国民音楽協会から独立した独立音楽協会(SMI)の演奏会において、ルイ・オべールのピアノ独奏によって行われました。

この演奏会はスカルラッティの「ソナタ」を除いて作曲者の名は伏せられ、演奏後に誰の書いた曲かを当てるというユニークな趣向で行われました。 これは新しい曲と言えば理由もなく攻撃するパリのアカデミー派や反動的な音楽評論家に一矢酬いるためばかりでなく、新しい傾向の作品を無批判に有難がるファンに対しても反省を求める意図があったと思われます。

当時の音楽評論家エミール・ヴュイエルモ(1878~1960)は、「ラヴェルは自分の曲がプログラムに含まれている事は誰にも教えなかったので、ラヴェルのディレッタントはラヴェルのご機嫌をとるつもりで曲を嘲った。」と言っております。

プログラムに添付されていたアンケート用紙の回収結果では半数の人がこの曲をラヴェルの曲であると答えましたが、一方でサティやコダーイの作品と勘違いした人も多くいたようです。

さて出版楽譜にはアンリ・ド・レニエ(1864~1936)の小説「ドゥ・ブリオ氏の出会い(1904)」から「無益な仕事に熱中する常に変わらぬ新しい喜び」という引用が題辞として掲載されており、一連のウィンナ・ワルツをラヴェル流に作曲したラヴェルの心境が託されております。
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管弦楽版は1912年にロシアのバレリーナからの依頼を受けバレエ「アデライーデ、または花言葉」のための楽曲としてわずか2週間で作られました。 バレエの初演は1913年4月22日、パリのシャトレ座でラヴェル自身の指揮で行われ、管弦楽としての初演は1914年2月15日モントゥー指揮、パリ管弦楽団によって行われました。

高雅で感傷的なワルツ♫~管弦楽版

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ワルツ1 モデレ
↓楽譜は全てクリックすると拡大されます。
1
「高雅」なワルツでレントラー風のリズムで始まります。 この荒々しくきびきびしたリズムが当時の聴衆を驚かせました。 華やかな舞踏会を暗示しております。

ワルツ2 アッセ・ラン
2
第1曲とは対照的に優雅で甘いメランコリーを帯びた「感傷的」なワルツです。 端麗で憂愁を含んだ青年ロレンダが登場し、アデライーデとめぐり逢います。

ワルツ3 モデレ
3
エレガントなシューベルト風のタッチが添えられております。 マーガレットの花びらをむしって愛の占いをします。

ワルツ4 アッセ・アニメ
4
花占いが成功しそうなところへ、ライバルの金満家の侯爵が現れます。

ワルツ5 プレスク・ラン
5
侯爵はアデライーデに高価な贈り物をします。 「アンティームな気持ちで」の指示が付いているように、静かな夢と現実の境にあるようなワルツです。

ワルツ6 ヴィフ
6
侯爵の贈り物に眼を奪われたアデライーデに対するロレンダ青年の失望です。 猫のような身の軽さとしなやかさを持つワルツです。

ワルツ7 モアン・ヴィフ
7
侯爵はアデライーデに踊りを申し込みますが、彼女はロレンダ青年を選びます。 最も長いワルツで伝統的なA-B-A形式に設定されております。 ワルツの2つの特性の物憂げな面と華やかな面が総合されております。

ワルツ8 エピローグ:ラン
8
これまでの主題を精巧に結び合わせ、抒情的な美しさに満ち、優しく回想するように静かに完結いたします。 アデライーデと青年は結ばれます。

高雅で感傷的なワルツ♫~谷真子

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ぺルルミュテール

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阿部裕之先生

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パスカル・ロジェ

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ポール・クロスリー

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ギーゼキング

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フランソワ

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モニク・アース

私がプライベートで師事するラヴェルの演奏では定評のある阿部裕之先生が「高雅で感傷的なワルツ」のレッスンでお話された事を♪以前のブログ♪に書いております。 合わせてお読み頂ければと思います。


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ラヴェル 夜のガスパール

ラヴェル(1875~1937)がベルトランの幻想的な散文詩全57篇の中から3篇を選びそれをもとに作曲した「夜のガスパール」は、厳密さと明晰さと正確さの巨匠であるラヴェルが幻想的なものに取り組んだ時の実に個性的なやり方を見せてくれる不思議な魅力の作品です。

ルイ・アロイジュス・ベルトラン(1807~1841)はフランス・ロマン派の詩人ですが、貧困と病の為、遺作「夜のガスパール」一巻を残して34歳の若さで亡くなります。 「夜のガスパール」は幻想豊かな散文詩で後にボードレールを啓発しベルトランの再認識が行われるようになります。 ラヴェルはベルトラン再興の時にその詩集を読み感銘を受けこの曲を作曲いたしました。

1908年にこの作品は作曲され翌1909年1月9日にパリでビニェスのピアノによって初演されますが、ラヴェルのピアノ曲の中でも技術的にも内容的にも最も充実した傑作に挙げられます。 また3曲から成るこの作品の譜面上に、もととなったベルトランの詩をイメージとして書き添えており、この3曲はそれぞれ別々の人物に献呈されております。

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第1曲水の精(オンディーヌ)
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湖に住む水の精オンディーヌが窓を伝って人間の若者に愛をささやきます。 しかし彼女は若者に裏切られ、涙をこぼしたかと思うと大きな笑い声をあげ窓ガラスを伝う雨の中へと流れ去ります。 ラヴェルの書法は実に精妙で幻想的でその流麗なピアニスティックなパッセージは技巧的に非常に難しいものです。 後半はベルトランの字句を忠実に追ったものと言われております。 曲はイギリス生まれの名ピアニストのハロルド・バウアー(1873~1951)に捧げられております。

第2曲絞首台(ジべ)
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遥かに聴こえる沈鬱な鐘の響きの中で、絞首台にさらされた罪人の抱く妄想や沈みゆく夕日に照らしだされる恐ろしい光景が凄まじい圧迫感を伴って描写されております。 音楽評論家のジャン・マルノールに献呈されております。

第3曲スカルボ
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スカルボとはベルトランの詩に現れる「身体の太った地の精」で不気味な夜を象徴しております。 いたずら好きの小悪魔スカルボが月の光に導かれて人間の部屋に出没いたします。 そして大きな跳ね回りを繰り返したかと思うと、突然青ざめてろうそくの光が消えるようにいなくなってしまいます。 32分音符の連打など超絶的ともいえる技巧をこらしたピアニスティックな作品ですがスイス生まれの名ピアニストでアメリカへ移住したルドルフ・ガンツ(1877~1972)に捧げられております。

ラヴェル スカルボ♫~♪阿部裕之先生

これら3曲は非常に対照的で新印象主義的な歌、陰鬱な幻想、フランス的な華々しい表現主義の一例ですが、厳格にコントロールされた熟練の技という点では共通いたしております。 ラヴェル一流の完璧主義で幻想的なものを表現する時どうなるかそれを見事に表している作品と言えるのではないかと思います。

ラヴェル 夜のガスパール♫~V.ペルルミュテール
ラヴェル 夜のガスパール♫~ミケランジェリ
ラヴェル 夜のガスパール♫~アルゲリッチ

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ペルルミュテール

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阿部裕之先生

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ギーゼキング

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フランソワ

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モニク・アース

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ピエール=ロラン・エマ―ル

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パスカル・ロジェ

参考ブログ♪イヴ・アンリ(パリ国立高等音楽院教授) レクチャー・リサイタル


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ラヴェル ピアノ協奏曲 ト長調

ラヴェル(1875~1937)の「ピアノ協奏曲ト長調」はラヴェル最晩年に「左手のためのピアノ協奏曲」と並行して作曲された2曲のピアノ協奏曲の一つです。

ラヴェルは1928年の初めから約4ケ月に亘ってアメリカへ演奏旅行に訪れ大成功を収めます。 これに気をよくしたラヴェルはもう一度世界的な演奏旅行を考えラヴェル自身がソリストのピアノ協奏曲を用意しようと作曲にかかります。 しかしちょうどその頃、第1次世界大戦で右手を失ったオーストリアのピアニストのパウル・ヴィトゲンシュタインから左手のための協奏曲を依頼されたため、ト長調の方は一時中断して左手のためのピアノ協奏曲を完成しその後再びト長調の作曲に戻り1931年にそれを完成させます。

この時ラヴェルは2つのピアノ協奏曲を全く対照的な様式で書くという試みを致します。 ラヴェルはそれまで協奏曲は一度も作曲しておりませんでしたが、モーツアルトの協奏曲に非常に興味を持っておりました。 そしてその形式を継承しているのがサン=サーンスであると考えておりました。 それでそうした古典的な様式に則ったト長調の協奏曲を書く一方でジャズ的な新しいイディオムを採り入れた左手の為の協奏曲を同時に書きました。

ラヴェルによると「協奏曲とはまず第一に派手で華麗でなければならない。自分はモーツアルトやサン=サーンスと同じような美意識に基づいて作曲をした。」と語っております。 協奏曲ト長調では母の出身地のバスク地方の民謡やスペイン音楽など多彩な要素が反映されております。

ラヴェルは当初予定していた自分で弾くのはやめてマルグリット・ロンに演奏を委ね献呈も彼女に宛てております。 初演は1932年パリのプレイエル・ホールで行なわれ大成功を収めヨーロッパの演奏旅行でも3楽章をアンコールで弾くほどの人気ぶりだったようです。

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第1楽章
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明るく華やいだ雰囲気の第1主題に対して、もう1つの主題は叙情的な性格をもっております。 展開部では独奏部が極めて技巧的に書かれておりフラメンコ的な東洋風の雰囲気をたたえております。 終結部もリズミックで華やかな終結部です。

第2楽章
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まず独奏部が非常に長く歌謡的な主題を発展させていきます。 右手の旋律は4分の3拍子で左手の伴奏部は8分の3拍子というこのパターンがこの楽章の大きな特徴となっております。

第3楽章
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ピアノの無窮動的な動きに始まり明るく賑やかなフィナーレが形造られていきます。 サン=サーンスの協奏曲を思わせる華麗さがあります。

ラヴェル ピアノ協奏曲 ト長調♫~アルゲリッチ(ピアノ)、デュトワ指揮

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ミケランジェリ

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ジャン・ドワイアン

ブログ ラヴェル「鏡」♪の後半にラヴェルの生家の写真が載っております。


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ラヴェル「鏡」より第1曲「蛾」~続私が現在受けているレッスン内容から~

カテゴリー♪阿部裕之先生♪に入っています。

ラヴェルのピアノ音楽とフランス語

カテゴリー♪阿部裕之先生♪に入っています。

ラヴェルの楽譜~版による記譜の違い

カテゴリー♪阿部裕之先生♪に入っております。

ラヴェル マ・メール・ロア

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

ラヴェルの「マ・メール・ロア」はラヴェルが「マザー・グース」を題材にして作曲したピアノ4手連弾の組曲です。 子供好きのラヴェルが友人の2人の子どものミミとジャンのために作曲しこの二人に献呈されたものです。

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<マザー・グース>
元々はフランスのシャルル・ぺローの童話集(1697)のフランス語の口絵の「マ・メール・ロア」の英訳(1729)の訳語であり後「マザー・グース」が英訳の本のタイトルとして使われるようになりました。 現在では英米を中心に読まれている英語の伝承童謡の総称として使われております。 


「マ・メール・ロア」は1908年から1910年にかけて作曲され1910年パリで初演されました。 本来はミミとジャンが弾くことを想定して作曲されましたが、難しくマルグリッド・ロンの弟子が演奏したそうです。

第1曲は「眠れる森の美女のパヴァーヌ」ですが、これはシャルル・ぺロー(1628~1703)の童話の「眠れる森の美女」から題材を得たものです。

第2曲は「親指小僧」ですがこれは「マザー・グース」から題材を得たもので、森で道しるべに散らしたパン屑が帰りには鳥に食べられていたので親指トムがびっくりしたというお話です。

第3曲は「パゴタの女王レドロネット」ですが、パゴタとは中国製の首振り)陶器人形の事です。 ドーニア伯爵夫人マリー・カトリーヌ(1650~1705)の「緑の蛇」から題材を得たものです。 タムタムの音に乗ったゆっくりとした旋律は中国の京劇を思わせます。

第4曲は「美女と野獣の対話」ですが、これはマリー・ルプランス・ド・ボーモン(1711~1780)の「子供の雑誌・道徳的な物語」の美女と野獣から題材を得たものです。 容姿は醜いが心は美しい野獣と美女の恋の物語です。

第5曲は「妖精の国」です。これはぺローの「眠れる森の美女」の王女が目を覚ますシーンです。

1911年オーケストラ組曲に編曲され1911年から1912年にかけてバレエ曲に編曲されました。 バレエ音楽は前奏曲と「紡ぎ車の踊りと情景」や4つの間奏曲が追加されております。 17世紀風の典雅で繊細な気分とお伽噺風の感じを出すために2管編成で書かれております。 

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ラヴェル 組曲マ・メール・ロア

ラヴェル マ・メール・ロア♫~谷真子(小学3年)・・・4手連弾

ラヴェル マ・メール・ロア♫~ランラン、マルタ・アルゲリッチ・・・4手連弾





明日はラフマニノフのピアノ協奏曲第3番について書きます。




ラヴェル「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」

カテゴリー「室内楽」♪に入っております。

ラヴェル「パレード」、「古風なメヌエット」

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

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ラヴェル(1875~1937)「パレード」は2012年5月31日の大阪倶楽部での演奏会で阿部裕之先生が演奏された曲ですが、東京本郷にある輸入楽譜専門店♪アカデミア・ミュージック♪の公式サイトによると、この曲はフランス国立図書館の所有する手稿譜に基づき近年出版されたラヴェルの青年期(1898年)の作品で、オペラ座のプリマ・バレリーナのアントワーヌ・ムニエのために作曲されたものだそうです。

「ラヴェル:ピアノ音楽全集第1集」~フランソワ=ジョエル・ティオリエ(ピアノ)のCDジャケットより解説を抜粋して掲載いたします。
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The piano piece La parade is a work of hitorical interest, rather than of any particular significance among Ravel's music for piano. It was written about the year 1898 for Antonine Meuniere of the Paris Opera, designed for interpretive dancing at home. Ravel was accustomed to improvise at the piano for the dancing of Isadora Duncan, and La parade may be considered a surviving example of this activity. It consists of a number of dances, including two marches, two waltzes and a mazurka.

**意訳**
ピアノ小品「パレード」はラヴェルのピアノ曲の中で、音楽的な意味を持つ作品というよりもむしろその時代の産物といえます。家庭での自由な振り付けのダンスをイメージして作られており、1898年パリオペラ座のAntnine Meuniereのために作曲されました。ラヴェルは♫イサドラ・ダンカン(1878~1927)♫の踊りに良く即興伴奏をしておりましたが、「パレード」はその中で残っている貴重な作品と言えます。 2つの行進曲を含む2つのワルツ、1つのマズルカという幾つかの舞曲から成り立っています。

Francois-Joel Thiollierによる「La Parade」のミラノでの初演奏

ラヴェル 「パレード」 楽譜♪~アカデミア・ミュージック




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ラヴェルの「古風なメヌエット」は2013年6月7日、同じく阿部裕之先生が大阪倶楽部で演奏された曲ですが、この曲は♪「ぴあのピアVol.9」♪の中のDVDに阿部裕之先生の演奏が収録されております。
(ぴあのピア~NHK-BSで放送されたクラシック音楽番組)

さて「古風なメヌエット」はラヴェルが初めて出版したピアノ曲です(1895年)。 ラヴェルがまだ20歳の時で、献呈された友人のピアニスト/リカルド・ビニェスによって初演された優雅な曲です。 

「古風な」というネーミングは、バロックの舞曲「メヌエット」を中世の教会旋法を用いて作曲している事から名付けられたもので、一種のirony(穏やかな皮肉)だと考えられます。

この曲はラヴェル自身によってオーケストラのために編曲され、1930年にラヴェルの指揮でパリで初演されました。 この管弦楽曲はラヴェルの最後の管弦楽曲でもあります。(後は2つのピアノ協奏曲とオーケストラ伴奏の歌曲のみ)

**♫メヌエット♫というのは3拍子のゆったりとしたヨーロッパの宮廷舞踊です。**

V.ペルルミュテールのピアノ版演奏とニューヨークフィル・ハーモニーのオーケストラ版演奏にリンク致します。
ラヴェル「古風なソナチネ」~「V.ぺルルミュテール」「ニューヨークフィル・ハーモニー(ブーレーズ指揮)」♫


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<参考ブログ>
ラヴェル「鏡」
ラヴェルとフランス絵画・工芸展

<「レッスンの友」1998年11月号~阿部裕之先生ラヴェル記事>
(クリックされると拡大されますが、お手に取ってお読みになりたい方は、今レッスンの友社はありませんので、図書館にあるのではないかと思います。)
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ラヴェル 「鏡」

NESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

ラヴェル「鏡」楽譜
今日は今、♪阿部裕之先生♪にレッスンをして頂きながら、私が取り組んでいるラヴェルの「鏡」について書きます。 「鏡」は抜粋でも良く弾かれる作品ですが、全曲弾きますと30分くらいかかる大曲です。 19日イヴ・アンリ教授にもレッスンをして頂くことが出来、私の中で新たな活力が湧いている作品です。

作曲をしたモーリス・ラヴェル(1875~1937)はパリ音楽院でフォーレに師事したフランスの作曲家です。 ドビュッシーと並んで印象主義の代表の作曲家のように言われますが、古典的で理知的な形式観も持ち少しドビュッシーとは異なる面もあります。

「鏡」はラヴェルが30歳の時の1904年から1905年にかけて作曲された作品で、5つの曲からなるピアノのための組曲です。

第1曲 Noctuelles (蛾)~詩人レオン=ポール・ファルグに献呈
第2曲 Oiseaux tristes (悲しい鳥)~リカルド・ヴィーニェスに献呈(鏡の初演者)
第3曲 Une barque sur l'ocean (海原の小舟)~画家ポール・ソルドに献呈
第4曲 Alborada del gracioso(道化師の朝の歌)~批評家M.D.カルヴォコレッシに献呈
第5曲 La vallee des cloches (鐘の谷)~作曲家モーリス・ドラージュに献呈(ラヴェルの弟子)

献呈された5人の芸術家達は、1900年頃パリでラヴェルと詩人のファルグを中心に結成された、芸術家サークルのアパッシュ(Les Apaches)のメンバーです。

1928年、ラヴェルの弟子のロラン=マニュエルのインタビューによりまとめられ出版されたラヴェルの自伝「自伝的素描」によると、この「鏡」について「私の和声書法の発達にかなりの変化を示しているので、これまでの私の作風になじんできた音楽家達を当惑させるだろう。」と話しています。

この「鏡」という意味は、ラヴェル自身は言及しておりませんが、鏡が物を写すようにラヴェルの心をリアルに音で写し出そうとしたのではないかと言われております。 描写的な作品ですが響きが大変美しく私の好きな作品の一つです。

第3曲と第4曲は後にラヴェル自身が、管弦楽の曲に編曲しております。
第3曲 「海原の小舟」~モントリオール管弦楽団、シャルル・デュトワ指揮
ラヴェルはこの管弦楽曲を気に入っていたらしいのですが、初演は評判が良くなく生前はラヴェルは出版せず、出版されたのは1950年になってからです。
第4曲「道化師の朝の歌」~パリ管弦楽団、カラヤン指揮


まだ「鏡」をお聴きになられた事のない方のために、阿部裕之先生が師事されていたV.ペルルミュテ―ル氏(ラヴェルの直弟子です。)の演奏にリンク致します。

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ラヴェル「鏡」~V. ぺルルミュテール(ピアノ)♬

ラヴェル 鏡より 道化師の朝の歌♫~ブルーノ・リグット
ラヴェル 鏡♫~パスカル・ロジェ
ラヴェル 鏡♫~リヒテル
ラヴェル 鏡より 海原の小舟♫~ギーゼキング
ラヴェル 鏡より 道化師の朝の歌♫~リパッティ
ラヴェル 鏡より 道化師の朝の歌♫~リヒテル
ラヴェル 鏡より 道化師の朝の歌♫~ラローチャ
イヴォンヌ・ルフェブールによるラヴェル 道化師の朝の歌のレッスン
ラヴェル 鏡♫~野島稔
ラヴェル 鏡♫~ギーゼキング

「蛾」
第1曲の「蛾」は、献呈されている詩人レオン=ポール・ファルグの詩の一節からインスピレーションを受け作曲された曲ですが、闇の中で夜の光に群れる蛾の群れの羽ばたきの音とそのその雰囲気を描写したものです。 不安定なリズムの中にメロディが見え隠れする書法はピアニスティックで印象派のエテュードという感じです。

「悲しい鳥」
第2曲の「悲しい鳥たち」は、ラヴェル自身が「夏の一番暑い時間に、暗い森の中で途方にくれている鳥たちの姿」と言っており、フォンテーヌブローの森での小鳥たちの泣き声を聞いて触発され作曲したのではないかとも言われています。

「海原の小舟」
第3曲の「海原の小舟」は、アルぺッジョが壮大な大洋の波のうねりを描写し、メロディが揺られる小舟を描写しています。 ちなみにbarqueというのは帆船という意味です。 小舟と言ってもボートではありません。 壮大な曲です。  レッスンの中で阿部先生は、ラヴェル自身がオーケストラ用に編曲しているので、ピアノでオーケストラのように、壮大な波を表現しなければならないとおっしゃっていました。

「道化師の朝の歌」
第4曲の「道化師の朝の歌」は、ラヴェルの母の祖国のスペインのリズムを用いており大変エキゾティックな曲です。 「鏡」の中では一番有名で単独でも良く弾かれます。 タイトルのAlborada del graciosoはスペイン語で、Alboradaは「朝のセレナード」の意味です。 Graciosoは「道化師」の意味ですが、粋な道化師のユーモアとぺーソスが皮肉とナイーブさで描写されています。 

「鐘の谷」
第5曲もラヴェル自身が「正午に一斉に鳴り響くパリの教会の鐘にインスパイアされた。」と話していますが、谷間にこだまする鐘の音が瞑想的に描写されています。 阿部裕之先生はレッスンの中で、「スイスのアルプスを描写した曲で、悠久の時と満天の星を描写したラヴェルの曲の中で最も幸福な曲だといわれています.。」とお話しされていました。

15歳から帰阪するまでお世話になっていた♪関孝弘先生♪に頂いた「作曲家の生家」という写真集からラヴェルの生家の写真をご紹介します。
「作曲家の生家」写真集
The house of Ole Bull in Lysen

ラヴェルのピアノ
ラヴェルの使っていたピアノと左上に飾られている叔父の描いた母の肖像画

ラヴェルのJapanese parlor
ラヴェルのJapanese parlor

ラヴェルの寝室
ラヴェルの寝室

ラヴェルとフランス絵画・工芸展

今日はフランスを代表する作曲家の一人であるモーリス・ラヴェル(1875-1937)と私が趣味で訪れる絵画・工芸展の中からフランスの画家、作家の展覧会について書いて見ようと思います。

私がプライベートで師事するピアニストの阿部裕之先生はラヴェルの直弟子のV.ぺルルミュテール氏にラヴェルの全作品を習われた方ですが、「Hiroyuki Abe Plays Ravel」というCDでその演奏を楽しむ事ができます。 ラヴェルの演奏では内外に定評のあるピアニストの方ですが、阿部先生についてのご紹介は8月1日のブログで書いておりますのでそちらを是非お読み頂きたいと思います。
8月1日阿部裕之先生のご紹介の記事


阿部裕之先生CDジャケットより
阿部裕之先生CDジャケット


私がyou tubeにアップしているラヴェルの曲は「スカルボ」と「マ・メール・ロワ」と「高雅にして感傷的なワルツ」の3曲ですが、東京音楽大学卒業の時奈良県と奈良市の二つの新人演奏会へ教授会全会一致でご推薦を受けた「スカルボ」について書いて見ようと思います。

ラヴェル 夜のガスパール
ラヴェルのスカルボの入っている「夜のガスパール」という曲のタイトルは同じフランスのアロイジウス・ベルトラン(1807-1841)という詩人の散文詩の題名からとられたものです。 ベルトランは絵画的な手法で古いパリの街を表現しフランスで初めて散文詩を書いた人ですが、ラヴェルはその詩を読んで感銘を受けたのだと思いますが曲の冒頭にベルトランの詩を付けております。

このスカルボという曲がプログラムの中に入っているとチューナーの方が緊張されるというくらい難曲中の難曲の作品です。you tubeに阿部裕之先生の弾かれる「スカルボ」がアップされておりますのでリンクしておきます。
夜のガスパール 楽譜
阿部裕之先生演奏ラヴェル「スカルボ」♬


次にラヴェルの「マ・メール・ロア」は英語では「マザー・グース」と言いますが、ラヴェルが友人のお子さんのために作曲したピアノ連弾用の曲です。 ラヴェルは後にオーケストラ用に編曲をしまたバレエ組曲も作っています。 その名の通り童話を題材にした曲ですが、私が小学3年の時この曲を姉と連弾をしそれにオーケストラを付けてもらうという珍しいコンチェルトをした事があります。
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ラヴェル「マ・メール・ロア」(小学3年)~谷真子

ラヴェル「スカルボ」(大学生)~谷真子

ラヴェル「高雅にして感傷的なワルツ」~現在
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フランスの作曲家をお勉強しようとした時に大きな壁となるのが色彩の表現ではないかと思います。 フランスの絵画、工芸など見た事がないというお子さんにいくらそのイメージを音や言葉で伝えてもお子さんの中に創造の源がなければ表現する事は難しいです。 私は美術館に行きそのあふれる色彩に触れると自分の音色の絵の具が増え筆(テクニック)を使ってどんな絵を描こうかとインスパイアーされます。 もし美術館に行く事が叶わないお子さんでも、自宅で画集をめくってみるだけでもイメージは膨らむのではないかと思います。 私が行ったフランスの絵画・工芸の展覧会の一部ですがチラシ他の写真を添付致しますので、また親御さんは美術館や博物館へ是非お子さんを連れて行ってあげてほしいと思います。
フランス」19世紀絵画展
モネ、ルノワール、シャガール、コーポレートアート展
ルネ・ラリック展
東京ブリジストン美術館ルノアール展図録
ルノアール展図録
東京ブリジストン美術館ルノアール展ファイル
ルノアール展ファイル
半券(オルセー美術館所蔵のこの絵を見るため2度行きました。)
ルノアール展








プロフィール

谷真子 masakotani

Author:谷真子 masakotani
東京音楽大学卒業

ADRESS
奈良市学園前

ピアニスト谷真子公式サイト
http://masakotani.co
奈良市学園前 谷真子ピアノ教室 教室ブログ「musica」
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