モーツァルト ピアノソナタ第18番 ニ長調 K.576/Mozart Sonate fur Klavier Nr.18 D-Dur K.576



ピアノソナタK.576はモーツァルト(1756~1791)が作曲した最後のピアノソナタです。

今年の全日本学生音楽コンクール小学校の部の本選の課題曲の一つにもなっております。

モーツァルトは1789年にドイツ旅行中にベルリンでフリードリッヒ・ヴィルへルム2世から6曲の弦楽四重奏と王女のために6曲のやさしいピアノソナタの作曲を依頼されます。

しかし完成したのは3曲の弦楽四重奏と1曲のピアノソナタだけでした。

しかも完成したピアノソナタはやさしいどころかモーツァルトのピアノソナタの中では一番難しい作品となっております。

第1楽章と第3楽章は多声的な発展と動機の展開に重点がおかれており、モーツァルトのピアノソナタの中では異彩を放っております。


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モーツァルト ピアノとヴァイオリンのためのソナタ 第35番 K.379/Mozart Sonata for piano and violin No.35 in G major K.379



モーツァルトのヴァイオリン・ソナタ第35番はモーツァルトが作曲した35番目のヴァイオリン・ソナタですが3楽章から成り3楽章は主題と5つの変奏で構成される変奏曲形式の楽章です。

1781年、ウィーンで作曲され弟子のアウエルンハイマーに献呈されております。

この当時のヴァイオリン・ソナタは後のヴァイオリン・ソナタのようにピアノとヴァイオリンがかけあうものではなく、ヴァイオリンはクラヴィーアの助奏として作曲されていました。

モーツァルト自身も父に宛てた手紙の中で「この曲はブルネッティのヴァイオリンのために助奏部分を書いた」と記しております。

初演はブルネッティのヴァイオリンとモーツァルトのピアノで行われました。


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モーツァルト ピアノ協奏曲 第9番 変ホ長調「ジュノム」 k.271/Mozart Konzert fur klavier und Orchester No.9 "Jeunehomme" Es-Dur K.271

モーツァルト(1756~1791)のピアノ協奏曲第9番は1777年1月ザルツブルクにて作曲されたモーツァルト初期のピアノ協奏曲です。

愛称のジュノムは、当時ザルクブルクを訪れこの曲を注文したフランスの女流ピアニストのヴィクトール・ジュナミの名から由来し、第1楽章冒頭からすぐに独奏ピアノが登場する事や技巧的で華やかなピアノは彼女のピアニストとしての実力がうかがえます。

第1楽章冒頭でオーケストラの呼びかけに呼応し、独奏ピアノが登場するのは、モーツァルトには珍しく後にベートーヴェンで見られるようになります。

また第2楽章の短調も初めてで、第3楽章のロンドの間のメヌエットはジュナミの父が舞踏家であった事を意識したと思われます。

モーツァルトはこの曲を良く演奏していたため、多くのカデンツァが残されております。

モーツァルト ピアノ協奏曲第9番♫~リリー・クラウス
モーツァルト ピアノ協奏曲第9番♫~アルフレッド・ブレンデル
モーツァルト ピアノ協奏曲第9番♫~マレイ・ペライア


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モーツァルト ロンド イ短調 K.511/Mozart Rondo a-moll K.511

モーツァルト(1756~1791)はハイドンやベートーヴェンと並ぶウイーン古典派を代表する作曲家ですが、1787年3月31日、ウイーンで作曲された31歳の時の作品に「ピアノのためのロンドK.511」という美しい作品があります。

前年の1786年にはオペラ「フィガロの結婚」を作曲し、翌年の1787年にはこの作品の大ヒットによりプラハを訪問しています。 1787年5月には父レオポルドが死去し、同年10月には「ドン・ジョヴァンニ」という大作を生み出したモーツァルトの、この年数少ないピアノ曲の一つです。

ロンドは明るく快活な曲が多いですが、この曲はどこか哀愁を帯びており、父の死を意識して作曲されたのではないかとも思われます。

モーツァルト ロンド K.511♫~アラウ
モーツァルト ロンド K.511♫~へブラー
モーツァルト ロンド K.511♫~ギーゼキング
モーツァルト ロンド K.511♫~チョ・ソンジン


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モーツァルト ピアノ・ソナタ第1番 ハ長調 K.279/Mozart Sonate fur Klavier Nr,1 C-Dur K,279

モーツァルトのピアノ・ソナタ第1番は1775年の初めの頃、ミュンヘンで書かれたモーツァルトの最初のクラヴィーアのためのソナタです。

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第1楽章
1

第2楽章
2

第3楽章
3

同時期に6つのピアノ・ソナタが1つのセットとして作曲されましたが、デュルニッツ男爵に頼まれ作曲したためこの6曲はデュルニッツ・ソナタと呼ばれております。

これら6曲はモーツァルト自身によって一連の番号が付けられていますが、番号順に書いたのかは定かではありません。

調性は1番はハ長調、第4番まではそれぞれ前曲の5度下の下属調となっており、第2番ヘ長調、第3番変ロ長調、第4番変ホ長調です。 一方第5番は第1番ハ長調の5度上の属調で、第6番は更にその5度上のニ長調となっております。

モーツァルト ピアノ・ソナタ第1番♫~リりー・クラウス



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モーツァルト ピアノ・ソナタ 15(18)番 へ長調 K.533(K.494)/Mozart Sonate fur Klavier Nr.15(18) F-Dur K.533(K.494)

ピアノ・ソナタヘ長調K.533/494はモーツァルト(1756~1791)のピアノ・ソナタですが、2つのケッヘル番号が並んでいるのは、第1楽章と第2楽章(K.533)が1788年、第3楽章(K.494)が1786年に書かれたものだからです。

自作品目録にはK.494のロンドは1786年6月10日付で「ピアノ独奏のための小ロンドK.494」として(翌年単独で出版)、第1・2楽章は1788年1月3日付で「ピアノ独奏のためのアレグロとアンダンテK.533」として記されております。

第3楽章K.494は1787年に単独で出版されておりますが、その後カデンツァと終結部が追加されK.533と共にピアノ・ソナタとして1788年にホフマイスター社から出版されました。

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第1楽章 ソナタ形式
1
対位法的な要素が楽章全体にはりめぐらされています。

第2楽章 ソナタ形式
2
主題は非常に不安定な印象を与え、展開部は不可思議な響きが致します。

第3楽章 ロンド形式
3
もともとは小規模なロンドでしたが、ソナタとして出版する際にカデンツァ風パッセージなどが挿入され、終楽章にふさわしく仕上げられております。 また対位法的な処理も加えられ前楽章との統一が量られております。

モーツァルト ピアノ・ソナタ第15(18)番♫~ピリス
モーツァルト ピアノ・ソナタ第15(18)番♫~リヒテル
モーツァルト ピアノ・ソナタ第15(18)番♫~チッコリーニ
モーツァルト ピアノ・ソナタ第15(18)番♫~グリンべルク


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モーツァルト ピアノ四重奏曲 第1番 ト短調 K.478/Mozart Piano Quartet Nr.1 g-moll K.478

ピアノ四重奏曲第1番 ト短調 K.478はモーツァルト(1756~1791)が作曲したピアノ四重奏曲です。

モーツァルトの主要ピアノ三・四・五重奏曲9曲は1曲を除いてウイーン時代の1784~1788年の作品です。 当時のウイーンではピアノが社交的な楽器として愛好されており、またこの時期はモーツァルト自身が人気ピアニストだった事もあってピアノ協奏曲を含めた作品が数多く作られております。

ピアノ四重奏曲第1番は1785年10月16日ウイーンでオペラ「フィガロの結婚」の創作の合間をぬって作曲され、同年12月にウイーンのホフマイスターから出版されました。

モーツァルトの友人で作曲家でもある出版社アントン・ホフマイスターはアマチュアが家庭で演奏する音楽を出版しひと稼ぎしようともくろんでモーツァルトに3曲のピアノ四重奏曲を作曲してほしいと頼みました。

しかし完成した第1番を受け取った出版社側は「一般大衆には受け入れにくい難解な作品」と苦情を呈したためモーツァルトは出版社との契約を解除しました。

その後、別の出版社のアルタリアから第2番を出版しましたが第3作目は作曲されませんでした。

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第1楽章 ト短調
1
ソナタ形式による楽章で厳格で険しい面持ちの極めてドラマティックな曲想です。
モーツァルト ピアノ四重奏曲第1番 第1楽章♫~シュナーベル

第2楽章 変ロ長調
2
情緒豊かでメロディックな曲想です。
モーツァルト ピアノ四重奏曲第1番 第2楽章♫~シュナーベル

第3楽章 ト長調
3
ロンド・ソナタ形式によるフィナーレです。
モーツァルト ピアノ四重奏曲第1番 第3楽章♫~シュナーベル

モーツァルト ピアノ四重奏曲第1番♫~リヒテル
モーツァルト ピアノ四重奏曲第1番♫~プレヴィンとN響首席奏者


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モーツァルト ピアノ・ソナタ第8(9)番 ニ長調 K.311/Mozart Sonate fur Klavier Nr.8(9) D-Dur K.311

ピアノ・ソナタ第8(9)番K.311はモーツァルト(1756~1791)が1777年10月から11月にかけて作曲したピアノ・ソナタで同時期に書かれたソナタにK.309があります。

母アンナとともにパリへ向かう途中に滞在したマンハイムで作曲されたと考えられております。

1781年パリでK.309,K.310と共に「作品4」として出版されましたが、自筆譜は現在ポーランドのクラコウの図書館に保存されております。

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第1楽章
1
K.309と同様、オーケストラのトウッティのような力強い開始とそれに呼応して弱奏の軽快なメロディが流れ出します。

第2楽章
2
冒頭の主題11小節が反復記号によって繰り返されます。 全体はK.309と同じくエピソード主題を持つ変奏曲の形を取っておりますが、その変奏はとても控え目なものとなっております。

第3楽章
3
このソナタの終楽章もロンドでK.309と全く構成を同じくしております。

モーツアルト ピアノ・ソナタK.311♫~ヘブラー
モーツアルト ピアノ・ソナタK.311♫~ピリス
モーツアルト ピアノ・ソナタK.311♫~グルダ
モーツアルト ピアノ・ソナタK.311♫~ツイメルマン
モーツアルト ピアノ・ソナタK.311♫~バレンボイム


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モーツァルト ピアノ・ソナタ第9(8)番 イ短調 K.310/Mozart Sonate fur Klavier Nr.9(8) a-moll K.310

「ピアノ・ソナタ第9(8)番イ短調K.310」はモーツァルト(1756~1791)が作曲した全3楽章からなるピアノ・ソナタです。

モーツァルトが作曲したピアノ・ソナタの中では珍しく短調で書かれており、他に短調で書かれているピアノ・ソナタはK.457があるのみです。

残された自筆譜の上部右端に「1778/パリ」と記されている他はこのソナタの成立経緯は不明のままです。

1777年9月23日ザルツブルクを出たモーツァルトはミュンヘン、アウグスブルク、マンハイムを経て1778年3月23日にパリへ到着致します。 しかしパリで思うような仕事は見つけられずその上1778年7月に母を亡くしてしまいます。

悲劇的な曲調を持つこのピアノ・ソナタはこの頃に書かれた作品で、従来は母を亡くした悲しみが反映されていると言われておりますが、成立時期が母親の死後であるという確証はなく短調が自身の悲しみを反映させたものかどうかは定かではありません。 同様の短調のヴァイオリン・ソナタ第28番もこの頃の作品です。

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第1楽章
1
緊張感のある悲劇的な主題で曲は始まります。

第2楽章
2
ゆったりとしたアルぺッジョで曲が始まり表情豊かに優しく愛らしい音楽が進行します。

第3楽章
3
急速なテンポの中では付点4分音符+8分音符の動機が楽章全体を支配していきます。

モーツアルト ピアノソナタ第9番♫~シフ
モーツアルト ピアノソナタ第9番♫~ヘブラー
モーツアルト ピアノソナタ第9番♫~リパッティ
モーツアルト ピアノソナタ第9番♫~アラウ
モーツアルト ピアノソナタ第9番♫~バレンボイム
モーツアルト ピアノソナタ第9番♫~ギレリス
モーツアルト ピアノソナタ第9番♫~ピリス


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モーツァルト デュポールのメヌエットによる9つの変奏曲 ニ長調 K.573/Mozart 9 Variationen uber ein Menuetto von Duport D-Dur K.573

1789年の作品でこの頃のモーツァルト(1756~1791)は人気のオペラ作曲家として名を知られるようになっていましたが、一家の経済状況は厳しいものがありモーツァルトは宮廷での職を希望してベルリンを訪れました。

この曲は、ベルリンの宮殿で仕えていたフランス人チェロ奏者・作曲家のジャン・ピエール・デュポール(1741~1818)の前でモーツァルトが即興演奏を行った際、デュポールのチェロ・ソナタの作品の中の旋律をもとに即興で演奏した変奏曲と言われております。

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優しく繊細なテーマが少しずつ広がっていき、はっとするような深遠さを経て再びテーマに戻って終わります。

モーツァルト デュポールのメヌエットによる9つの変奏曲♫~クララ・ハスキル
モーツァルト デュポールのメヌエットによる9つの変奏曲♫~ミハイル・ボスクレセンスキー
モーツァルト デュポールのメヌエットによる9つの変奏曲♫~マリア・ユーディナ


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モーツァルト ピアノソナタ第10番 ハ長調 K.330/Mozart Sonate fur Klavier Nr.10 C-Dur K.330

この曲は今年の第70回全日本学生音楽コンクールの小学校の部の本選の課題曲の一つとなっております。

モーツアルトのピアノソナタ第10番は11番K.331,12番K.332とともにウイーンまたはザルツブルクで1783年に作曲され翌1784年にウイーンで作品6として出版されました。

自筆譜は現在クラクフの図書館に保存されていますが、1784年ウイーンで出版された初版のアルタリア版と差異があり新モーツアルト全集では自筆譜を底本にアルタリア版から多くを採用しております。

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第1楽章
1

第2楽章
2

第3楽章
3

モーツアルト ピアノソナタ第10番♫~ヘブラー
モーツアルト ピアノソナタ第10番♫~ブレンデル
モーツアルト ピアノソナタ第10番♫~シフ
モーツアルト ピアノソナタ第10番♫~バレンボイム
モーツアルト ピアノソナタ第10番♫~ツイメルマン


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モーツァルト フランスの歌曲「ああ、お母さん、あなたに申しましょう」による12の変奏曲 K.265/きらきら星変奏曲/Mozart 12 Variatione uber ein franzosisches Lied "Ah, vous dirai-je, maman"

今年はモーツアルト生誕260年に当たりますが1月生まれのモーツアルトを祝して今日はモーツアルトの「きらきら星変奏曲」について書きます。

通称「きらきら星変奏曲」はモーツアルト(1756~1791)が「きらきら星」の原曲のメロディを元に、1778年に作曲したピアノ曲です。 正式なタイトル(邦題)は「”ああ、お母さん、あなたに申しましょう”の主題による12の変奏曲」です。

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この「ああ、お母さん、あなたに申しましょう」(Ah, vous dirai-je, Maman)は18世紀から伝わるフランスの古いシャンソン・歌曲・民謡で娘が母親に恋の悩みを話す恋の歌です。 当時フランスで流行しておりました。

1806年にイギリスの詩人ジェーン・ティラーが「Twinkle,twinkle,little star」という英語詩の「The Star」と言う替え歌を作り、童謡として世界的に広まり、現在では世界中で愛唱されております。

日本でも「きらきら星」として知られるようになったため、モーツアルトのこの曲も日本では「きらきら星変奏曲」と愛称されるようになりました。

主題の提示と12の変奏曲からなりますが曲のおよその長さは12分ほどです。 12の変奏曲は技巧的に初心者には少し難しくなり、最後はスピードも増し大きくクレッシェンドして華やかに終わります。

モーツアルト きらきら星変奏曲♫~ギーゼキング
モーツアルト きらきら星変奏曲♫~フランソワ
モーツアルト きらきら星変奏曲♫~ハスキル


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モーツァルト ピアノ・ソナタ 第11番 イ長調 K.331 「トルコ行進曲付き」/MOZART Piano Sonata No.11 in A Major, K.331 "Alla turca"

ピアノ・ソナタ11番はモーツァルトが作曲した3楽章構成のピアノ・ソナタです。 

モーツァルトは1780年11月にザルツブルクを出発してミュンヘンに赴き、翌1781年3月には同地を離れて最終的にウイーンに定住する事になります。 このウイーンで1783年頃このピアノ・ソナタ11番は作曲されたと考えられております。

長く自筆譜は見つかっておりませんでしたが、数年前自筆譜がハンガリーのセニーチェ図書館で発見され大騒ぎになりました。 自筆譜を発見されたミクシ氏は私がシューマンの研究でお世話になったハンガリーのセニーチェ図書館の研究員の方です。 モーツァルト自筆譜発見について以前ブログで詳しく書いておりますので併せてお読み頂けたらと思います。

Balazs MIKUSI, Ph D モーツァルト K.331 自筆譜発見(ハンガリー国立セニーチェ図書館)

作曲されたとされる1783年頃のウイーンはトルコ軍によるウイーン包囲に対してハプスブルクが勝利を収めてから100周年に当たり最終楽章のトルコ行進曲はこうした世相を反映しております。

変奏曲にはじまり、メヌエットを経てロンドで終わるソナタ形式の楽章を持たない変則的なソナタです。

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第1楽章
1
変奏曲の形式です。 優美な主題とその6曲の変奏による楽章です。

第2楽章
2
メヌエットとトリオです。 メヌエット主部は前後をそれぞれ反復する2部分での大がかりなものです。 ニ長調の中間部では左手が右手と交差して旋律を受け持ったり、ユニゾンでの強奏などで変化をつけています。

第3楽章
3
有名な「トルコ行進曲」です。 当時流行していたトルコ趣味を取り入れたもので、左手の伴奏がトルコの軍楽隊の打楽器の響きを模倣しております。 1700年代初期からピッコロと打楽器群を特徴としたトルコ軍楽がヨーロッパ全土で人気を博し、各地は競ってトルコ人音楽家を雇っておりました。 作曲の面でもこの目新しい異国趣味は多くの関心を呼び、グルック、ハイドンほかの多数のオペラ、バレエから小品にいたるまでたくさんの「トルコ風」の作品が登場しております。

モーツァルト ピアノ・ソナタ11番♫~ブレンデル
モーツァルト ピアノ・ソナタ11番♫~シフ
モーツァルト ピアノ・ソナタ11番♫~アラウ
モーツァルト ピアノ・ソナタ11番♫~バレンボイム
モーツァルト ピアノ・ソナタ11番♫~ピリス

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ピリス

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シフ

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エッシェンバッハ

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TAKASHI KAKEHASHI


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モーツァルト 幻想曲 ハ短調 K.475/モーツァルト ピアノ・ソナタ 第14番 ハ短調 K.457//MOZART Fantasia in C Monor K.475/MOZART Piano Sonata Nr.14 in C minor K.457

<モーツァルト 幻想曲 ハ短調 K.475> 
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モーツァルト(1756~1791)は幻想曲ハ短調とピアノ・ソナタ14番ハ短調を共に1785年に出版しております。 モーツァルト自作品目録によるとソナタは1784年10月14日に、幻想曲は1785年5月20日に作曲しております。

幻想曲は本来、導入曲としての用途があったため、幻想曲ハ短調はピアノ・ソナタ14番の出版に際してその前奏の為に作曲されたものと考えられます。 これら2曲は現在でもセットとして扱われる事が多く続けて演奏するピアニストも多いです。

幻想曲ハ短調とピアノ・ソナタ14番ハ短調♫~シフ

献呈は当時モーツァルトが借りていた「フィガロ・ハウス」の家主夫人で同時にモーツァルトのピアノの生徒であったテレージア・フォン・トラットナーに献呈されております。

作品は転調を頻繁に繰り返し幻想曲の名にふさわしく自由に展開していきます。 地から這いあがるような冒頭主題が最後に回帰しハ短調ソナタへの橋渡しとなっております。

幻想曲ハ短調♫~バックハウス
幻想曲ハ短調♫~ラローチャ
幻想曲ハ短調♫~グルダ
幻想曲ハ短調♫~アラウ
幻想曲ハ短調♫~ケンプ


<モーツァルト ピアノ・ソナタ 第14番 ハ短調 K.457>
ピアノ・ソナタ第14番K.457はモーツァルト(1756~1791)が作曲した3楽章からなるピアノ・ソナタです。 モーツァルトが作曲した短調のピアノ・ソナタはイ短調の8番とこの作品のみです。 このソナタはモーツァルトのピアノ・ソナタの中で最も激しく劇的な展開を見せており、初期のベートーヴェンに強い影響を与えたと言われております。

ピアノ・ソナタ第14番は1784年にウイーンで作曲され1785年に幻想曲ハ短調と共に「ピアノフォルテのための幻想曲とソナタ」作品11としてアルタリアから出版されております。

第1楽章
1
ソナタ形式。 第1主題はオクターブのユニゾンで力強く始まるが、すぐにか細い応答と神経質な半音下降とで雰囲気が打ち消されます。 展開部は第1主題冒頭部のみを執拗に展開しており再現部では第2主題がハ短調で再現されております。 コーダでは第1主題がカノン風に扱われた後に決然と鐘のような旋律が現れ、最後は低音のうごめくような動きで終わります。

第2楽章
2
美しいアダージョ。 ロンド形式。 優しい雰囲気を持った主要主題は再現される度に変奏が凝らされていきます。

第3楽章
3
変則的なロンド・ソナタ形式。 大まかにABACBACコーダという構成になっております。

ピアノ・ソナタ第14番♫~ブレンデル
ピアノ・ソナタ第14番♫~アシュケナージ
ピアノ・ソナタ第14番♫~リリー・クラウス
ピアノ・ソナタ第14番♫~バックハウス
ピアノ・ソナタ第14番♫~ピリス

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イングリッド・ヘブラー

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ギーゼキング


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モーツァルト ピアノ・ソナタ ハ長調 K.545

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

2015年第31号♪日本ピアノ教育連盟♪「紀要」にモーツァルトについての大変興味深い論文が載っておりますので冒頭にそれをご紹介させて頂こうと思います。
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2016年第32回全国研究大会のテーマは「ソナタ再考」です。  是非ご参加下さい。

モーツァルト(1756~1791)はオーストリアの作曲家・演奏家ですが、ハイドン、ベートヴェンと並んでウイーン古典派三大巨匠の一人です。

作品第16番(新モーツァルト全集)は1788年6月26日にウイーンで書かれましたが、これは後期三大交響曲の一つの第39番が作曲されたのと同じ日です。 この頃はモーツァルトが意欲的に次々と後期三大交響曲を作曲していた時期ですが、1788年6月の中旬には新しい家に引っ越ししており、ピアノ・ソナタ第16番作曲の翌日6月27日には友人に「新居が気持ちよく楽しくて仕事がはかどる」という手紙を書いております。 

モーツァルト自身作品目録にこの作品を「初心者のための小ピアノ・ソナタ」と記しておりますが、後期のモーツァルトの作品独特の澄んだ音の世界で天衣無縫の魅力があり至極の一曲です。

ソナチネの中にも入っており平明な作品ではありますが、プロのピアニストには大変難しい作品とも言えます。

この作品は小学5年の時、日本ピアノ教育連盟ピアノ・オーディションの♪全国優秀者演奏会♪に選抜され演奏した思い出の曲ですが、you tubeにアップしておりますのでリンク致します。
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モーツァルト ピアノ・ソナタ 第16番 K.545♫~谷真子(小5)

ベーレンライター版楽譜
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第1楽章
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第2楽章
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第3楽章
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明日はチャイコフスキー バレエ音楽 「眠れる森の美女」について書きます。







 





モーツァルト ピアノ・ソナタ 第18(17)番 二長調 K.576

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

今日書きますモーツァルトピアノ・ソナタ第18番(第17番)は2012年のリサイタルで弾いた曲です。 モーツァルトのピアノ・ソナタは小学3年の時初めて弾いた第10番K.330に始まり数多く弾いてまいりましたが、33歳の時作曲された最後のピアノ・ソナタである第18番(第17番)は帰阪した後、♪阿部裕之先生♪のもとでお勉強した曲です。

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国際モーツァルト財団図書館
国際モーツァルテウム財団図書館
楽譜ベーレンライター版
ベーレンライター版
楽譜ウイーン原典版
ウイーン原典版
楽譜ヘンレ版
ヘンレ版

私は一番難しい作曲家はと聞かれると必ずモーツァルトと答えるのですが、年齢を重ねる程益々そう感じます。 音符の数が少ない分、一つの音符に込められた質量が大変重く納得のいく音はそう簡単には出せるものではありません。 モーツァルトだけで演奏会をし聴衆を感動させる事ができたら、それがピアニストのゴールだと思いますが、並みの研鑽ではそのゴールは無理ではないかと思っています。 何の作為も感じない自然な流れでありながら、なおかつ理想的な秩序に支えられているこの天才の作品を前にするとこちらもより大きな精神力を求められ、只々ミューゼの神に敬意を表するだけです。

ザルツブルク
生地ザルツブルク

さてWolfgang Amadeus Mozart(ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト)はハイドンやベートーヴェンと並びウイーン古典派三大巨匠の1人ですが、幼少から多くのエピソードを持っており波乱万丈の人生を送った音楽家です。
父に宛てた自筆の手紙
モーツァルトの自筆
 
亡くなる2年半前(ウイーンでの鍵盤奏者としての人気はすでに衰えていたようです。)、1789年4月から6月にかけてモーツァルトはカール・リヒノフスキー公(後のベートーヴェンの後援者)に誘われて北ドイツの旅に出ます。 ポツダムの宮殿のプロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム2世の前で御前演奏を披露したモーツァルトは、チェロを弾いていた王から6つの弦楽四重奏曲と王女フリーデリーケのために6つの易しいピアノ・ソナタを頼まれます。

帰郷後7月にモーツァルトは創作に取り掛かりますが、弦楽四重奏曲3曲(通称プロイセン・セット)とピアノ・ソナタ1曲しか完成できませんでした。 そのピアノ・ソナタが第18番(第17番)ニ長調KV576です。 それは王女のための易しいソナタどころか、モーツァルトのピアノ・ソナタの中で最も演奏の困難な最後のソナタとなってしまいました。

ピアノ・ソナタ第18番(第17番)の至るところに対位法が活用されているのはドイツへの旅の途中にライプツイヒの聖トーマス教会に立ち寄りバッハへの思いを新たにしたからなのとヘンデルの「メサイア」の編曲を手掛けていたからではと言われております。

1楽章
1楽章 バロック時代のトッカータの趣があり対位法が多様されている。

2楽章
2楽章 クラリネット五重奏曲のような室内楽のようである。 

3楽章
3楽章 軽快で愛らしいロンド主題を対位法的に扱っている。

モーツァルトの音楽を理解するのに多くの知識はいらないのではないかと思います。 誰が聴いても心地の良い音にただ耳を傾ければそこにモールァルトの世界があるような気が致します。

♫巨匠ギーゼキングの奏でるモーツァルトのK.576の演奏♫にリンク致します。 どうぞお楽しみ下さい。

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(第18番は新モーツァルト全集より、第17番は旧モーツァルト全集よりの番号です。 プログラムの番号は旧モーツァルト全集の番号になっております。)








モーツァルトピアノ協奏曲

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モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

モーツァルト(1756~1791)は11歳から35歳まで計27曲のピアノ協奏曲を書いていますが、全て自分自身または弟子達の独奏を前提として作曲されています。 没後は(わずかの例外を除いて)あまり演奏されなくなっていきましたが、19世紀末頃から復活し現在はそのピュアな世界に心洗われる人が多くいます。

モーツァルトピアノ協奏曲 第20番 K.466
第20番K.466


<モーツァルトピアノ協奏曲10番>
モーツァルトピアノ協奏曲は全部で27曲ありますがその10番にあたるのが、「二台のピアノのための協奏曲 変ホ長調 K.365」です。 これはザルツブルクを離れる前の1775年~1777年にかけてすでに作られていて、初めて公開の席で演奏されたのがウイーンに出た後の1781年予約演奏会での弟子との演奏だと(発見された資料から)現在ではそう考えられているようです。
モーツァルトピアノ協奏曲10番ギレリス、エレーナ・ギレリス
(ギレリスと娘のエレーナ・ギレリスの共演のCDでピアノはベーゼンドルファー、指揮はカール・ベームでオーケストラはウイーン・フィルハーモ二ーです。)
ウイーンに行く前のザルクブルクで公開の場で演奏したという記録は残っていないので、初演がどのような形でなされたのかは今もはっきりとは分かっていないようです。 多分宮廷オーケストラを呼んで自宅で姉ナンネルと二台ピアノで弾いたのではないかと思われますが、制約される連弾と違って二台のピアノが存分に活躍できますのでとても素晴らしい作品です。

モーツァルト 二台のピアノのための協奏曲 変ホ長調 K.365~バレンボイム、アシュケナージ(二台ピアノ)
https://www.youtube.com/watch?v=tz7CFNMbedo



<モーツァルトピアノ協奏曲第20番>
これは1785年ウイーンで作曲され初演もウイーンでされています。 モーツァルトのピアノ協奏曲で短調は20番と24番だけですが、なんとも言えない哀愁を帯びたメロデイと劇的な展開に自然と涙する作品です。
クララ・ハスキル モーツァルトピアノ協奏曲第20番
(クララ・ハスキルがスカルラツテイとカップリングしているCDです。)
カデンツァはベートーヴェンのものが有名ですが、演奏者自身の作ったカデンツァを弾く人もいます。

モーツァルトピアノ協奏曲 第20番 二短調 K.466~ピリス(ピアノ)、ブーレーズ指揮、ベルリン・フィル
https://www.youtube.com/watch?v=ZzrN4ZAZ890 



<モーツァルトピアノ協奏曲21番>
21番は1785年に20番を作曲した1ケ月後に作られ、予約演奏会で自ら初演しています。 カデンツアは作っていませんが、前作の短調から一転してハ長調で作られており、多彩なメロデイの1楽章、軽快な3楽章に挟まれた2楽章は抒情的で大変美しく映画「短くも美しく燃え」の中で使われております。
ゲザ・アンダ モーツァルトピアノ協奏曲第21,23番
(ゲザ・アンダ指揮・ピアノ、ザルツブルク・モーツアルテウム・カメラ―タ・アカデミカ)
ペライア モーツァルトピアノ協奏曲第21,23番
(マレイ・ぺライア指揮・ピアノ、イギリス室内管弦楽団)

モーツァルト ピアノ協奏曲 第21番 ハ長調 K.467~ポリー二(ピアノ)、ムーティ指揮、スカラ座管弦楽団
https://www.youtube.com/watch?v=i2uYb6bMKyI



<モーツァルトピアノ協奏曲第23番>
1785年末から1786年にかけてモーツァルトは22,23,24番という3曲のコンチェルトを作曲しています。 どれもウイーンでの予約演奏会のために作られたものですが、とりわけこの23番は第1楽章のカデンツアも自分で作っており不朽の名作の一つと言われています。 また1786年に作られたこの3曲のコンチェルトでは木管楽器をオーボエに代わってクラリネットを使用しています。 2楽章の美しさは絶品です。
ゲザ・アンダ モーツァルトピアノ協奏曲第21,23番
ペライア モーツァルトピアノ協奏曲第21,23番

モーツァルトピアノ協奏曲 第23番 イ長調 K.488~ティル・フェルナー(ピアノ)、Mozarteum-Orchestre Salzburg
https://www.youtube.com/watch?v=jTjcYIec9Tg



<モーツァルトピアノ協奏曲第26番>
1788年ウイーンでの予約演奏会のために作曲されたこの26番が初演されたのは翌1789年のドレスデンにおいてでした。 また1790年にはフランクフルトでの神聖ローマ帝国レオポルト2世の即位のための戴冠式でも19番とともに演奏しています。 通称「戴冠式」と呼ばれるのはこの為です。 この曲では前3作で使われたクラリネットは使われておらず、カデンツァも作っておらず、ピアノ譜は未完の部分もあります。 しかし大変愛らしく親しみやすい曲で今も良く演奏されています。 1786年には「フィガロの結婚」を、1787年には「ドン・ジョヴァン二」を完成させオペラでの活躍が目立ちますが、コンチェルトは次の27番が最後になります。
ピリス モーツァルトピアノ協奏曲第14,26番
(ピアノはピリス、指揮はアバド、オーケストラはウイーン・フィルハーモニー管弦楽団です。)
ゲザ・アンダ モーツァルトピアノ協奏曲第26番
(ピアノと指揮はゲザ・アンダ、オーケストラはザルツブルク・モーツアルテウム・カメラ―タ・アカデミカです。)

モーツァルト ピアノ協奏曲 第26番 二長調 K.537 <戴冠式>~グルダ(ピアノ、指揮)、munich philharmonic orchestra
https://www.youtube.com/watch?v=3stLTO64ADs&list=PL6779F7881DAB9222



<モーツァルトピアノ協奏曲第27番>
この曲はモーツァルトの亡くなる年1791年に作曲された最後のピアノ協奏曲です。 クラリネットやティンパ二ーは使われず編成はピアノ、フルート2、オーボエ2、ファゴット2、ホルン2、弦5部という簡素なものです。 モーツァルト自身によるカデンツアも作られています。 初演は1791年ウイーンでクラリネット奏者のベーアという人が主演する演奏会で行われました。 モーツァルトは亡くなる直前の2年間というのはほとんど仕事もなく秋風の吹く心理状態だったのではと思われますが、この27番の高貴な澄み渡ったそして淡々とした精神世界はモーツァルトが亡くなる直前に辿り着いた精神世界だったのではないかと思います。
モーツァルトピアノ協奏曲10番ギレリス、エレーナ・ギレリス
(ピアノはギレリス、指揮はカール・ベーム、オーケストラはウイーン・フィルハーモニー管弦楽団です。)

モーツァルトピアノ協奏曲 第27番 変ロ長調 K.595~マレイ・ペライア(ピアノ・指揮)、
https://www.youtube.com/watch?v=5i_ttU6v1Y0

明日はブラームスのピアノ・ソナタ第1番を中心にブラームスについて書いて見ようと思います。

モーツアルト/ピアノとヴァイオリンのためのソナタ 第28番 ホ短調 K.304

カテゴリー「室内楽」の「モーツアルト ピアノとヴァイオリンのためのソナタ 第28番 ホ短調」の記事にに入っています。↓
http://masakotani.jp/blog-entry-78.html

続室内楽を聴く楽しさ(モーツァルト弦楽五重奏曲)

カテゴリー「室内楽」♪に入っております。

Balazs MIKUSI, PhD モーツァルトK.331自筆譜発見(ハンガリー国立セニーチェ図書館)

カテゴリー「シューマン」♪の欄に入っています。↓



プロフィール

谷真子 masakotani

Author:谷真子 masakotani
東京音楽大学卒業

ADRESS
奈良市学園前

ピアニスト谷真子公式サイト
http://masakotani.co
奈良市学園前 谷真子ピアノ教室 教室ブログ「musica」
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