ベートーヴェン ピアノソナタ第6番 ヘ長調 作品10-2/Beethoven Sonate fur Klavier Nr.6 F-Dur Op.10-2



ベートーヴェンのピアノソナタ第6番作品10-2は今年の全日本学生音楽コンクールの小学校の部の本選の課題曲の一つですが、3曲からなる作品10のピアノソナタのうちの第2曲にあたります。

作曲年は1796年から1797年にかけてだと思われます。

形式的には4楽章のピアノソナタから緩徐楽章を除いた3つの楽章によって構成され、2楽章がアレグレットとなっている事から、すっきりとした印象の作品です。

作品の中のユーモアの精神はベートーヴェンの師のハイドンの影響かと思われます。

緩徐楽章の省略はベートーヴェンには珍しい事ではなく、その後さらに研究され、後年の作品へと繋がっています。


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ベートーヴェン ロンド ト長調 Op.51-2

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ベートーヴェン(1770~1827)はドイツの作曲家ですが、バッハの作品が旧約聖書と呼ばれるのに対してベートーヴェンの作品は新約聖書と呼ばれ、日本では「楽聖」とも呼べれております。

ベートーヴェンは1792年7月、ロンドンからウィーンに戻る途中ボンに立ち寄りそこでハイドンにその才能を認められ弟子入りを許可されます。

11月にはウィーンに移住し、まもなくピアノのヴィルトゥオーゾとして名声を博します。

20歳後半より難聴が悪化し遂に1802年にハイリゲンシュタットの遺書を記しますが、ベートーヴェンは立ち直り素晴らしい作品を次々と生み出していきます。

ベートーヴェンのロンドOp,51はソナチネ教則本にも収められており、小さいお子さんでも弾かれる曲ですが、その簡潔な美しさを表現しようとすると大変難しい作品です。

Op.51-2は1798年から1800年にかけて作曲され、出版は1802年にアルタリア社から出版されました。




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ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第18番 変ホ長調 作品31-3/Beethoven Sonate fur Klavier Nr.18 Es-Dur Op,31-3

ベートーヴェンのピアノソナタ第18番作品31-3は1802年にベートーヴェンが完成したピアノソナタですが、第4楽章の主題が狩猟用の角笛を思い起こさせる事から「狩り」という愛称でも親しまれております。

1801年に着手され16番、17番と並行して作曲され1802年の初めにはほぼ完成に至ったと思われます。

作品31の3曲中、唯一4楽章制を採っていますが、第2楽章にスケルツォ。第3楽章にメヌエットという風変わりな構成となっており、初期ピアノソナタの平明さからは著しく発展しており、中期に相応しい充実した内容となっております。

ウィルヘルム・バックハウスが1969年のリサイタルでこのピアノソナタの第3楽章を演奏中に心臓発作を起こしそれが彼の最後の演奏会となりました。

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第1楽章
1

第2楽章
2

第3楽章
3

第4楽章
4

ベートーヴェン ピアノソナタ第18番♫~バレンボイム
ベートーヴェン ピアノソナタ第18番♫~アシュケナージ



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ベートーヴェン チェロ・ソナタ第3番 イ短調 作品69

7月にベルギーのチェリストのニコラ・デルタイユ氏とベートーヴェンのチェロ・ソナタ第3番を演奏する予定にしておりますので、今日はベートーヴェンのチェロ・ソナタ第3番について書いてみようと思います。

2012年5月31日に阿部裕之先生と上村昇さんが大阪倶楽部で第3番を弾かれましたが、ベートーヴェンの雄渾さに満ちた素晴らしい演奏でした。 第3番はベートーヴェン中期の作品ですがピアノとチェロが対等に渡り合いチェロの魅力が発揮されている構想の大きな作品です。 大阪倶楽部での演奏はお二人の演奏家としての魅力が十分に発揮された印象に残る演奏会でした。

さてベートーヴェンのチェロ・ソナタは全部で5曲あります。

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ベートーヴェンはピアノとは異なりチェロには格別の演奏技術はなくデュポール兄弟などとの親交が動機となりチェロ・ソナタを作曲したと見られますが、チェロ・ソナタ5曲はチェロの新約聖書とされチェロ奏者には大切なレパートリとなっております。 ニコラ・デルタイユ氏もCDを出しておられます。

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初期に作品が集中したヴァイオリン・ソナタと比べチェロ・ソナタには初期・中期・後期を代表するような傑作を残しており、弦楽四重奏曲に次ぐ成功を収めたと評価されチェロソナタ5曲は室内楽作品上、重要な作品です。

5曲のチェロ・ソナタのうち最も広く知られているのが中期の「傑作の森」を代表する室内楽の3番です。 これはそれ以前のチェロとピアノのためのソナタが実質「チェロ伴奏付のピアノ・ソナタ」であったのに対して、この3番は歴史的に初めてチェロとピアノが対等な役割を与えられたといえます。

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第3番Op.69は1808年に作曲されたベートーヴェン中期の作品ですが、同時期に作曲された作品に第5交響曲「運命」や第5ピアノ協奏曲「皇帝」、「エグモント」序曲などがあります。 ベートーヴェンが聴覚の異常を自覚し出したのは1801年頃です。 「ハイリゲンシュタットの遺書」という手紙を弟たちに書いて苦しんだ時期もありますが、1808年と言えばその苦しみを乗り越えた後ですので、その中から生まれた第3番は第1番や第2番に比べるとチェロとピアノの掛け合いも自由でベートーヴェンらしい旋律にあふれた情熱的なスケールの大きい作品です。 また第3番はベートーヴェンが愛したウイーン郊外のハイリゲンシュタット村で完成した曲です。

ベートーヴェン チェロ・ソナタ第3番♬~リヒテル(ピアノ)、ロストロポーヴィツチ(チェロ)
べートーヴェン チェロ・ソナタ第3番♫~アックス(ピアノ)、ヨーヨーマ(チェロ)
べートーヴェン チェロ・ソナタ第3番♫~グルダ(ピアノ)、フルニエ(チェロ)
ベートーヴェン チェロ・ソナタ第3番♫~インマぜール(フォルテピアノ)、ビルスマ(チェロ)

また演奏会の詳細が決まりましたらホームページとブログでご案内させて頂きます。



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ベートーヴェン ロンド・ア・カプリッチョ(失くした小銭への怒り) ト長調 作品129/Beethoven Rondo a capriccio "Rage over a Lost Penny" G-Dur Op.129

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作品番号だけを見るとベートーヴェン後期の作品のように見えますが、実際は1795~1798年に書かれた初期の作品で自筆譜には未完の箇所が多くあります。 ベートーヴェンの死後出版された初版に出版社のディアベッリが補筆したとされております。

有名な「失われた小銭への怒り」という副題はベートーヴェンが名付けたものではありません。 正式なタイトルは「alla ingharese quasi un capriccio」(奇想曲風なハンガリー風の)です。  副題にも「Die Wuth uber den verlornen Groschen ausgetobt in einer Kaprize」(奇想曲の中へぶちまけた失くした小銭への怒り)と書かれているだけでロンドという言葉は出てきません。

聴衆受けする曲のため良く演奏されますが、4分の2拍子で速度も速く、奇想曲でありながら節度を保った演奏が求められる点が難しいかと思います。

ベートーヴェン ロンド・ア・カプリッチョ♫~キーシン



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ベートーヴェン 合唱幻想曲 ハ短調 作品80/Beethoven Fantasie fur Klavier, Chor und orchester c-moll Op.80

合唱幻想曲Op.80はベートーヴェン(1770~1827)が1808年に作曲した独奏ピアノと管弦楽を含む合唱曲です。 交響曲第5番と同時期の作品で、バイエルン国王マクシミリアン1世に献呈されています。

 『第九交響曲』の「歓喜の合唱」の原型をなす作品で、管弦楽と合唱を融合させると言う試みや、その旋律は後の第9へとつながるものがあります。

1808年12月22日アン・デア・ウィーン劇場で『運命』『田園』と共に初演され、冒頭のピアノ独奏は初演ではベートーヴェンが即興演奏し、その後出版に際して今日の形に書き下ろされました。

ベートーヴェン 合唱幻想曲♫~ブレンデル
ベートーヴェン 合唱幻想曲♫~アルゲリッチ、小澤征爾、サイトウ・キネン・オーケストラ
ベートーヴェン 合唱幻想曲♫~ルドルフ・ゼルキン、クーべリック、バイエルン放送交響楽団


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ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第31番 変イ長調 作品110/Beethoven Sonate fur Klavier Nr.31 As-Dur Op.110

ピアノ・ソナタ第31番作品110はベートーヴェンが1821年に作曲したピアノ・ソナタですが、ベートーヴェンの最後のピアノ・ソナタ3作品は「ミサ・ソレムニス」や「ディアべリ変奏曲」などの大作と並行して書き進められております。

楽譜には1821年12月25日と書き入れられておりますが、1822年になってからも終楽章の手直しが行われたとされております。

出版は1822年7月、シュレジンガー、シュタイナー、ブージーなどから行われております。

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第1楽章
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ソナタ形式 序奏はなく第1主題が優しく奏でられます。

第2楽章
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三部形式 スケルツォ的な性格を持ち、軽やかな中にも全体的に不気味な雰囲気を漂わせています。

第3楽章
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最後の3曲のピアノ・ソナタの中では最も典型的にフーガを用いたものです。

ベートーヴェン ピアノソナタ31番♫~ポリーニ
ベートーヴェン ピアノソナタ31番♫~ブレンデル
ベートーヴェン ピアノソナタ31番♫~ギレリス
ベートーヴェン ピアノソナタ31番♫~バレンボイム
ベートーヴェン ピアノソナタ31番♫~バックハウス
ベートーヴェン ピアノソナタ31番♫~シュナーベル
ベートーヴェン ピアノソナタ31番♫~チョ・ソンジン


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ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第32番 ハ短調 作品111/Beethoven Sonate fur Klavier Nr.32 c-moll Op.111

ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第32番は1819年からスケッチに着手されており1822年に全曲の完成に至ったと思われます。

30番や31番、ミサ・ソレムニス、交響曲「運命」などの晩年の作品と並行して生み出されました。

曲は対象的な2つの楽章から構成されております。 ベートーヴェン自身は曲が2つの楽章で終わることについてシンドラーに問われた際、ただ「時間が足りなかったので」とのみ述べたと言われております。 しかし我々が2楽章を聴く時、このピアノ・ソナタがこれ以上の楽章を必要としないのを感じます。

楽譜は1822年シュレジンガーから出版されルドルフ大公へ献呈されました。

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第1楽章
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ソナタ形式
悲愴ソナタや交響曲「運命」などと同じくハ短調で書かれ荒々しく熱情的な楽想です。

第2楽章
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変奏曲
16小節の主題とそれに基ずく5つの変奏から成り転調を伴う短い間奏とコーダを持ちます。

ベートーヴェン ピアノソナタ32番♫~ポリーニ
べートーヴェン ピアノソナタ32番♫~アラウ
ベートーヴェン ピアノソナタ32番♫~ケンプ
ベートーヴェン ピアノソナタ32番♫~バレンボイム
ベートーヴェン ピアノソナタ32番♫~バックハウス
ベートーヴェン ピアノソナタ32番♫~シュナーベル


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ベートーヴェン ディアベッリのワルツの主題による33の変奏曲 作品120/Beethoven 33 Veranderrungen uber einen Walzer A.Diabelli Op.120

作品120はベートーヴェンの最後のピアノ変奏曲で、彼のこれまでの変奏技法が駆使された集大成の作品です。

作曲家で出版業も営んでいたアントン・ディアベリは1819年に自らの主題によって当時名前の売れていた作曲家50人に一人一曲ずつ変奏を書いてもらい長大な作品に仕上げようと企画します。 その中にはツエルニーやシューベルト、当時まだ11歳だったリストもいました。

その50人の一人にベートーヴェンも選ばれましたが、当初ベートーヴェンはその主題を評価せず仕事は放置されました。

しかし1822年にその主題による独自の変奏曲の作曲を思い立ち33の変奏からなる長大な作品に仕上げました。

ベートーヴェンはこのワルツ主題を馬鹿にしていましたが、ディアベリにはお世話になっていたため、立派なものに仕上げるためには全て自分で作った方が良いと考え、独自の変奏曲を完成させたと言われております。

完成された作品は、元々の主題の原型がほぼ完全になくなってしまう性格変奏の究極の形とも言える作品となっております。

この作品は当初の企画の作品より先に、単独でディアベリ出版社から出版されました。

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ベートーヴェン ディアべりのワルツの主題による33の変奏曲♫~ポリーニ
ベートーヴェン ディアベリのワルツの主題による33の変奏曲♫~シュナーベル
ベートーヴェン ディアべりのワルツの主題による33の変奏曲♫~ゼルキン
ベートーヴェン ディアベリのワルツの主題による33の変奏曲♫~リヒテル
ベートーヴェン ディアベリのワルツの主題による33の変奏曲♫~アラウ


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ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第30番 ホ長調 作品109/Beethoven Sonate fur Klavier Nr.30 E-Dur Op.109

ベートーヴェンは全部でピアノ・ソナタを32曲書いておりますが、作品109はベートーヴェン後期作品の一つのピアノ・ソナタです。ベートーヴェン晩年の特徴であるようにこのOp.109以降においてはロマン的で自由な楽想の中の圧縮されたソナタ形式が特徴としてあげられると思います。

1820年秋頃に完成されたと推定されますが、第1楽章はストイックなまでに切り詰められ、それに対して第3楽章は変奏形式による大きな広がりを持っております。

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第1楽章
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ソナタ形式
第1楽章は速度と拍子の異なる楽想を一つにまとめ上げており、当時のベートーヴェンが関心を持っていた挿入節的な構成概念が反映されております。 無駄のない形式の中に込められた曲の内容は幻想的でそれまでのベートヴェンのピアノ・ソナタには見られなかった柔軟性が示されております。

第2楽章
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ソナタ形式

第3楽章
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主題と6つの変奏からなります。 全曲の重心のほとんどはこの第3楽章に置かれており変奏曲がこれほどの比重を占めたのはベートーヴェンのピアノ・ソナタでは初めての事でした。

ベートーヴェン ピアノソナタ30番♫~ポリーニ
ベートーヴェン ピアノソナタ30番♫~バレンボイム
ベートーヴェン ピアノソナタ30番♫~リヒテル
ベートーヴェン ピアノソナタ30番♫~アラウ
ベートーヴェン ピアノソナタ30番♫~ギレリス
ベートーヴェン ピアノソナタ30番♫~シュナーベル
ベートーヴェン ピアノソナタ30番♫~バックハウス


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ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第29番 変ロ長調 「ハンマー・クラヴィーア」 Op.109/Beethoven Sonate fur klavier Nr.29

ピアノ・ソナタ第29番作品106はベートーヴェンが作曲したピアノ・ソナタですが、全10曲ある4楽章制のピアノ・ソナタの最後を飾る大曲です。 「ハンマークラヴィーア」という通称で親しまれております。

作曲に取り掛かったのは1817年11月で翌1818年初めまでに第2楽章までが仕上がっており夏季を過ごしたメートリンクで後半楽章もおおよそ形になっていたものと思われます。 1819年3月までには浄書も含めて完成しており9月に出版されてルドルフ大公に献呈されました。

ベートーヴェンはシュタイナー社へ宛てた手紙の中で作品101以降のピアノ・ソナタに「ピアノフォルテ」に代わり「ハンマークラヴィーアのための大ソナタ」と記すように指定しております。 この事からその後この曲だけが「ハンマークラヴィーア」と呼びならわされるようになりました。

この作品の第1楽章から第3楽章まではウイーンのシュトライヒャー製の楽器で作曲され第4楽章は独特の音色を持つロンドン製のピアノで作曲したと言われています。 このロンドン製の楽器が後期の創作に決定的な影響を与えました。

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第1楽章
1
ベートーヴェンはこのピアノ・ソナタにのみメトロノーム記号を書き入れています。 曲は序奏を置かず第1主題の提示に始まりその前段はかつてない壮大さを備えており、後段は対照的に穏やかな性格を有しています。

第2楽章
2
作曲者がピアノ・ソナタのために書いた最後のスケルツォです。

第3楽章
3
深い内容を湛えた大規模な緩徐楽章です。

第4楽章
4

ベートーヴェン ピアノソナタ第29番♫~ポリーニ
ベートーヴェン ピアノソナタ第29番♫~ケンプ
ベートーヴェン ピアノソナタ第29番♫~ギレリス
ベートーヴェン ピアノソナタ第29番♫~バレンボイム
ベートーヴェン ピアノソナタ第29番♫~リヒテル
ベートーヴェン ピアノソナタ第29番♫~バックハウス
ベートーヴェン ピアノソナタ第29番♫~グルダ


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ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第24番「テレーゼ」 嬰へ長調 作品78/Beethoven Sonate fur Klavier Nr.24 Fis-Dur Op.78

この曲は今年の第70回全日本学生音楽コンクールの高校の部の本選の課題曲の一つとなっております。

ピアノソナタ24番はベートーヴェンの中期ピアノソナタの傑作「熱情」以来4年経過した1809年10月ルドルフ大公の元に写譜が届けられたようです。

1809年のナポレオン軍のオーストリア侵攻によってルドルフ大公はウイーンを離れ、その出来事に絡んで作曲された「告別ソナタ」によってベートーヴェンはこのジャンルに戻りますが、「テレーゼ」も同時期に書かれ規模の小さい本作が先に世に出されたようです。

1810年9月出版され伯爵令嬢のテレーゼ・フォン・フラウンシュバイクに捧げられました。 そのため「テレーゼ」と通称されております。

テレーゼはベートーヴェンが生涯を通して友情を育んだ女性で彼女から送られた肖像画をベートーヴェンは死ぬまで誰にも見せることなく大切にしていたそうです。 なお「エリーゼのために」のテレーゼとは別人です。

第1楽章
1
ソナタ形式。 冒頭のわずか4小節の序奏の美しさはベートーヴェンのピアノ作品の中でも比肩することのない美しさです。

第2楽章
2
ソナタ形式とロンド形式を融合した形式。

ベートーヴェン ピアノソナタ第24番♫~ブレンデル
ベートーヴェン ピアノソナタ第24番♫~バレンボイム
ベートーヴェン ピアノソナタ第24番♫~ポリーニ
ベートーヴェン ピアノソナタ第24番♫~ケンプ


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ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第5番 ハ短調 作品10の1/Beethoven Sonate fur Klavier Nr.5 c-moll Op.10-1

べートーヴェン、ピアノ・ソナタ第5番は初期に作曲された3曲のピアノ・ソナタのうちの最初の1曲で1798年完成しております。

今年の第70回全日本学生音楽コンクールの小学校の部の本選の課題曲の一つとなっております。

ハ短調ー変イ長調ーハ短調の3楽章構成となっており、短調のソナタの緩徐楽章を下属調の平行長調にするのはベートーヴェンの好んだ手法です。

第1楽章 ハ短調
1
ソナタ形式。
べートーヴェンらしい熱情と悲愴とをたたえた曲です。力強く勢いあふれる第一主題となだらかに流れる第ニ主題を持ちます。ソナタ形式を比較的易しく学習できる曲で、初心者が初めて手掛けるベートーヴェンのソナタとして選ばれることが多いです。

第2楽章 変イ長調
2
展開部の省略されたソナタ形式。
初期作品ながらすでにベートーヴェンの緩徐楽章ならではの崇高な美しさを持っております。 まだ手の小さい学習者には意外と難しいかもしれません。

第3楽章 ハ短調
3
ソナタ形式。
ピアニシモとフォルティシモが交互に激しく訪れるため音量バランスのコントロールに苦労する作品です。

ベートーヴェン ピアノソナタ第5番♫~ブレンデル
ベートーヴェン ピアノソナタ第5番♫~バレンボイム
ベートーヴェン ピアノソナタ第5番♫~シュナーベル
ベートーヴェン ピアノソナタ第5番♫~バックハウス
ベートーヴェン ピアノソナタ第5番♫~アラウ
ベートーヴェン ピアノソナタ第5番♫~ギレリス


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べートーヴェン ピアノ・ソナタ第3番 ハ長調 Op.2-3/Beethoven Sonate fur Klavier Nr.3 C-Dur Op.2-3

べート―ヴェンのピアノ・ソナタ第3番は草稿、自筆譜ともに失われているため成立年代の特定は難しいですがおそらくOp.2-1,Op.2-2を完成させたのちの1795年頃にウイーンで完成したと思われます。 Op.2の3曲は共に師であるハイドンに献呈されております。

第1楽章 Allegro con brio (楽譜は全てクリックされると拡大致します。)
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第1主題は曲の中心となる断片的な動機が提示され四声体の書法で書かれています。 そのあとアルぺッジョによる華麗な推移が続き新しい主題が歌われます。 展開部も主に第1主題の主題がそのまま登場したりしますが、長くは続きません。 再現部は結尾の動機の使用によって提示部との違いを出していますが、半終始されコーダへと続きます。 コーダには協奏曲のようなカデンツァが置かれております。

第2楽章 Adagio
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小ロンド形式。 ハ長調の第1楽章に対してホ長調と言う遠い調をとっております。

第3楽章 Scherzo
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対位法的な2声~3声の線の動きを特徴とします。

第4楽章 Allegro assai
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ロンド・ソナタ形式
第1主題は6度の和音が保持されたまま軽やかに駆け上がり曲は急速な技巧的なパッセージが続きハ短調の第2主題や和声的なヘ長調のエピソードが現れます。 コーダも技巧的で堂々と全曲を閉じます。

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第3番♫~ポリーニ
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第3番♫~シュナーベル
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第3番♫~バレンボイム
べートーヴェン ピアノ・ソナタ第3♫~リヒテル
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第3番♫~ミケランジェリ
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第3番♫~アラウ


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ベートーヴェン ピアノ協奏曲第1番 ハ長調 作品15/Beethoven Konzert fur Klavier und Orchester Nr.1 C-Dur Op.15

ベートーヴェン(1770~1827)のピアノ協奏曲第1番は1番とはなっておりますが作曲者2番目のピアノ協奏曲です。

ピアノ協奏曲第2番は1786年に作曲に着手し1795年3月に完成しておりますが、これと並行してピアノ協奏曲第1番は1794年から1795年にかけて作曲されました。

初演は第2番とともに1795年3月29日ウイーンのブルク劇場の慈善演奏会で師のアントニオ・サリエリの指揮の下、作曲者の独奏で行われました。 これがベートーヴェンのウイーンデビューコンサートです。

出版は第2番が改訂を重ねていたため1801年12月に、第1番がそれより9ケ月早く出版されましたので、第1番は2番目に作曲された作品ですが第1番とされました。

第1楽章
協奏的ソナタ形式。
明朗快活な楽章で主題は溌剌としたC音の連打と上昇音階です。 モーツアルトの影響が強くカデンツァもまだ奏者に任せる伝統的な形となっております。

第2楽章
三部形式。
落ち着いた緩徐楽章です。 随所にピアノの華麗な音階進行が取り入れられております。

第3楽章
ロンド形式。
独奏と管弦楽の掛け合いが賑やかです。 最後のベートーヴェン特有のティンパニーの連打は史上最初の打楽器ソロのパッセージです。

ベートーヴェン ピアノ協奏曲第1番♫~バレンボイム
ベートーヴェン ピアノ協奏曲第1番♫~ポリーニ
ベートーヴェン ピアノ協奏曲第1番♫~ブレンデル
ベートーヴェン ピアノ協奏曲第1番♫~アルゲリッチ


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ベートーヴェン ピアノ協奏曲 第5番 変ホ長調 作品73 「皇帝」/Beethoven Konzert fur Klavier und Orchester Nr.5 Es-Dur Op.73

ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」が作曲された1809年頃は、ヨーロッパ制覇を目指すフランスのナポレオン軍がオーストリアに迫りウイーンを占領しウイーン中が混乱に陥った時期でしたが、その騒然とした戦禍の中でベートーヴェンは「皇帝」の構想を練り郊外のバーデンに移って完成させます。

ベートーヴェンの保護者だった王侯貴族たちも街から逃げ出してしまい、彼は財政的に困窮した状態にありましたが、作曲当時の厳しい社会背景や自身の健康状態から来る精神的不安を感じさせる所は全くなく、明るい曲想をしており、ベートーヴェンの中期を飾る傑作です。

初演は1811年11月28日ライプツィヒのゲヴァントハウスにてヨハン・フリードリヒ・シュナイダーの独奏、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団で行われました。 半年後の1812年2月15日にはウイーンでベートーヴェンの弟子でピアノの教則本でも有名なツエルニーの独奏でウイーン初演されましたが、その後はベートーヴェンが没するまで演奏される事はありませんでした。

「皇帝」というタイトルはベートーヴェンが付けたものではなく、出版人のJ.B.クラマーが名付けたものですが、混乱期にかかれたこの協奏曲には強い民族意識が根付いております。

献呈は第4番と同じくベートーヴェンの後援者・弟子・友人であったルドルフ大公に献呈されております。

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第1楽章
1
協奏風のソナタ形式。 オーケストラの力強い和音の後すぐにピアノのカデンツァ風のパッセージを華々しく登場させていますが、これは単なる序奏でその後風格のある第1主題と初め短調で奏でられる第2主題とが続きます。

第2楽章
2
自由な変奏曲形式。 優しく落ち着いた緩徐楽章がしっとりと奏でられて行きます。 最後は第3楽章の主題がゆっくり示され切れ目なく第3楽章に入ります。

第3楽章
3
ロンド・ソナタ形式。 第2楽章で現れた主題がフォルテで開始されていき、フィナーレは豪快で力感に溢れて華やかです。

ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番「皇帝」♫~ツイメルマン
べートーヴェン ピアノ協奏曲第5番「皇帝」♫~キーシン
ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番「皇帝」♫~ミケランジェリ
ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番「皇帝」♫~ポリー二
ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番「皇帝」♫~ホロヴィッツ
ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番「皇帝」♫~バックハウス
ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番「皇帝」♫~バレンボイム
ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番「皇帝」♫~ルービンシュタイン
ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番「皇帝」♫~ランラン

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ブレンデル

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バックハウス

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ユンディー・リー

参考ブログ
ベートーヴェン ピアノ協奏曲第3番


レッスン問い合わせ

ベートーヴェン=アントン・ルビンシュタイン トルコ行進曲 (アテネの廃墟から)/Beethoven Turkish March

「トルコ行進曲」と言えば、モーツァルトのピアノ・ソナタ11番第3楽章とベートーヴェンが作曲した劇付随音楽「アテナの廃墟」第5曲のトルコ行進曲が有名ですが、これらトルコ行進曲は西欧の作曲家がオスマン帝国の軍楽隊の音楽に刺激を受けて作曲したものです。

オスマン帝国による2度のウイーン包囲に随行したトルコの軍楽隊メフネルによる影響で、18世紀頃西欧にはトルコ趣味が流行しておりました。

劇付随音楽「アテネの廃墟」(The Ruins of Athens)(1811)作品113は、トルコに征服されて廃墟となったアテネを王が救うという物語で最後はハンガリー王であるフランツ1世が称えられます。

元々1811年10月21日に皇帝フランツ・ヨーゼフの誕生日と同じ日にハンガリーのペスト市(現ブタペスト)に新設されたドイツ劇場のこけら落としが行われる予定でしたが、開場が遅延したため翌2月9日に改めて初演されました。

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付随音楽
演劇で使用するために作られた音楽。 多くのクラシック音楽の作曲家が様々な演劇のために付随音楽を作曲している。 ベートーヴェンの「エグモント」、メンデルスゾーンの「夏の夜の夢」、グリーグの「ペール・ギュント」などがある。


その後、付随音楽はあまり演奏される機会が少なくなりベートーヴェン自身この作品を「気晴らしの小品」と呼んでおりました。

現在は序曲とトルコ行進曲以外ほとんど演奏されませんが、この音楽の主題はピアノのための「創作主題による6つの変奏曲」(作品76)からとられております。

ベートーヴェン 創作主題による6つの変奏曲 作品76♫~リヒテル

劇付随音楽「アテネの廃墟」第5曲の「トルコ行進曲」はアントン・ルビンシュタインの編曲でピアノ曲に編曲されており現在では世界中で幅広く親しまれております。

ベートーヴェン トルコ行進曲♫~劇付随音楽「アテネの廃墟」より
ベートーヴェン=アントン・ルビンシュタイン トルコ行進曲♫~キーシン
ベートーヴェン=アントン・ルビンシュタイン トルコ行進曲楽譜♪~アカデミア・ミュージック


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ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第14番 「月光」 嬰ハ短調 作品27-2/Beethoven Sonate fur Klavier Nr.14 "Sonata quasi una fantasia"(Mondschein sonate) cis-moll Op.27-2

通称「月光ソナタ」はベートーヴェンが1801年30歳の時作曲したピアノ・ソナタですがベートーヴェン自身は「幻想曲風ソナタ」というタイトルを付けております。

初版は1802年3月カッピによって出版されピアノ・ソナタ13番と対になって作品27として発表されました。

「月光ソナタ」という愛称はシューベルトのリートの作詞で有名なドイツの詩人レルシュタープが、ベートーヴェンの死後の1832年に、この曲の第1楽章を「スイスのルツェルン湖の月光の波に揺らぐ小舟のよう」と表現したことに由来しております。

一方、ベートーヴェンの弟子のツエルニーもレルシュタープの言及より前にこの曲について「夜景、はるか彼方から魂の悲しげな声が聞こえる」と述べておりますが、ベートーヴェンはそれを好ましく思っていなかったようです。 標題音楽的に作曲されたのではなくあくまでも「幻想曲風ソナタ」として主観的な詩的情緒を表したもののようです。

曲はシンドラーの伝記で「不滅の恋人」とされている伯爵令嬢のジュリエッタ・グイチャルディに献呈されました。

曲の内容は「幻想曲風ソナタ」というタイトルが示す通り伝統的な古典派ソナタから離れてロマン的な表現に接近しております。 それが聴く人々に標題的・文学的な幻想を抱かせやすいのではないかと思います。

様式の点から言っても新しい自由なソナタの傾向をはっきりと示しており第1楽章は自由な幻想曲風で第3楽章で初めてソナタ形式を用いております。

速度も緩やかな第1楽章、軽快な第2楽章、急速な第3楽章と楽章が進行するごとにテンポが早くなり、平静から激情へと一貫した流れを持つ表現で全曲を見事に統一しております。

形式的には均衡のとれた楽章配置が取られておりますが、モーツァルトやハイドンの影響から抜け出て強健な意志の下にゆるぎない帰結を迎えるというベートーヴェン特有の音楽が明瞭に立ち現われております。

「悲愴」、「熱情」と合わせて「三大ソナタ」と呼ばれております。

ベートーヴェンの他の作品についてのブログ

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第1楽章
1
「月光の曲」として非常に有名な楽章です。 冒頭に「全曲を通して可能な限り繊細に、またsordino(弱音器)を使用せずに演奏すること」との指示があります。 sordino(弱音器)とは「ダンパー」の事を指し、現代のピアノにおいては「サスティンペダルを踏み込んだ状態で」と解釈されます。

第2楽章
2
リストはこの楽章を「2つの深淵の間の一輪の花」に例えております。

第3楽章
3
ソナタ形式です。 堅牢な構築の上に激情がほとばしり、類まれなピアノ音楽です。

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 「月光」♫~キーシン
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 「月光」♫~バックハウス
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 「月光」♫~バレンボイム
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 「月光」♫~ブレンデル
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 「月光」♫~アラウ
ベート―ヴェン ピアノ・ソナタ 「月光」♫~アシュケナージ
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 「月光」♫~ホロヴィッツ
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 「月光」♫~ルービンシュタイン
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 「月光」♫~グルダ

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アラウ

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ブッフビンダー

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ギレリス

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ヴェデルニコフ

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ケンプ


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ベートーヴェン エリーゼのために/Beethoven Bagatelle No.25 in A minor, WoO 59, "Fur Elise"

今日はベートーヴェン(1770~1827)のピアノ曲の「エリーゼのために」について書きます。 この曲はピアノを習われる方が一度は弾いてみたいと思う可憐で優美な面持ちの美しい小品ですが、お小さい方から大人の方まで幅広く愛奏、愛聴されている作品です。

1810年4月27日に作曲され、1867年にシュトゥットガルトのL.ノールが出版した「ベートーヴェン新書簡集」の中で出版されました。

エリーゼが誰なのかは定かではありませんが、本来「Therese(テレーゼ)」のためにという曲名だったが悪筆のため楽譜を発見・出版したノールがテレーゼをエリーゼと読み間違えて「Elise(エリーゼ)」となったという説が有力視されております。 今は紛失しているこの曲の原稿は、ベートーヴェンがかつて愛したテレーゼ・マルファッティの書類から発見されております。

他にはソプラノ歌手エリザベート・レッケルのために作曲したという説もあります。

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エリーゼのために♫~グルダ
エリーゼのために♫~ギーゼキング
エリーゼのために♫~ポゴレリッチ

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ケンプ

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ブレンデル

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べートーヴェン ピアノ三重奏曲 第5番「幽霊」、第7番「大公」

<ピアノ三重奏曲 第5番 ニ長調 作品70-1 「幽霊」>
べート―ヴェン(1770~1827)の作品70は2曲のピアノ三重奏曲からなっておりますが、Op.70-1は1808年に完成されました。 続いて同年Op.70-2が作曲されこれは第6番とされております。

2曲とも元来はルドルフ大公に献呈するピアノ・ソナタとして意図されておりましたが、エルデーディ伯爵夫人に頼まれ2曲のピアノ三重奏曲に変え1809年ブライトコプフ・ウント・ヘルテル社から出版しエルデーディ伯爵夫人に献呈されました。 

作曲の時期はベートーヴェン中期の「傑作の森」と呼ばれる時期で、第5・第6交響曲に続いて作曲され、また続いてピアノ協奏曲第5番を作曲いたしております。

この後はウイーンがフランス軍に包囲されるとか、耳が完全に聴こえなくなるとか、経済的な不安定とかで創作に脂が乗らなくなり悩める時期が続き、べートーヴェンの後期へと入って行く事になります。

初演は1808年12月にエルデーディ伯爵夫人宅でOp.70-1とOp.70-2と2曲ベートーヴェン自身のピアノで行われました。 第1楽章と第3楽章の溌剌とした快活な音楽に比べ第2楽章は不気味で暗く神秘的な感じがするため、通称「幽霊」と呼ばれるようになりました。 

べートーヴェン ピアノ三重奏曲第5番 「幽霊」♫~ルドルフ・ゼルキン、ゴールドべルク、カザルス
ベートーヴェン ピアノ三重奏曲第5番 「幽霊」♫~アックス、アイザック・スターン、ヨーヨーマ


<ピアノ三重奏曲 第7番 変ロ長調 Op.97 「大公」>
作品97は1811年完成しルドルフ大公に献呈された事から「大公」と呼ばれて親しまれている優雅で堂々とした気品のある作品です。 初演は1814年4月11日ウイーンでベートーヴェンのピアノで行われました。 しかしこの頃はベートーヴェンはほとんど耳が聴こえずこれを最後にべートーヴェンは公の席ではピアノは弾いておりません。

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ルドルフ大公
1788年フィレンツェで生まれたオーストリアの貴族です。 ベートーヴェンよりも18歳年下で、またベートーヴェンが亡くなった5年後の1832年にウイーンの近くのバーデンで亡くなっております。 マリア・テレジア女帝の孫にあたります。 音楽を愛し、音楽の才能もすぐれたものがありベートーヴェンに師事しておりましたが、ベートーヴェンに年金を支給したりしてパトロンとしてもベートーヴェンを応援しており、二人は師弟やパトロンという人間関係を超えた深い友情で結ばれていたようです。 ピアノ・トリオ第7番「大公」を初め、1818年大司教就任にあたって献呈された「ミサ・ソレムニス」やピアノ協奏曲4番・5番「皇帝」、ピアノ・ソナタ「告別」・「ハンマークラヴィーア」、ヴァイオリン・ソナタ10番などべートーヴェンからルドルフ大公に献呈された曲は枚挙のいとまがないほどです。 


ピアノ三重奏曲第7番「大公」は4つの楽章からなり、ピアノ協奏曲「皇帝」と共通するような雄大な楽想で大規模な構成となっております。 またルドルフ大公は素人離れしたピアノの奏者であったため、大公のピアノの技巧を活かそうと華やかな演奏効果の高いものになっており、ピアノ三重奏曲のぎりぎりの世界を示しており、ベートーヴェンがこの分野から遠ざかる原因となったのではと思われます。

しかしピアノが全体のバランスを乱す事はなく、3つの楽器が協調していて品格のある色彩感を生み出しております。 ベートーヴェン自身かなりの自信をこの作品には持っていたようで大公にもその趣旨の手紙を送っております。 美しく高雅な旋律はベートーヴェンが室内楽の分野では後期の様式に踏み込み始めていたと言えるかもしれません。

ベートーヴェン ピアノ三重奏曲第7番 「大公」♫~ケンプ、メニューイン、ロストロポーヴィッチ 
ベートーヴェン ピアノ三重奏曲第7番 「大公」♫~アシュケナージ、パールマン、ハレル
ベートーヴェン ピアノ三重奏曲第7番 「大公」♫~コルトー、チボー、カザルス
ベートーヴェン ピアノ三重奏曲第7番 「大公」♫~オボーリン、オイストラフ、クヌシュエヴィツキー

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ケンプ

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アシュケナージ


明日はショパンの舟歌と子守歌について書きます。

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ベートーヴェン 創作主題による32の変奏曲 ハ短調 WoO80

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モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

この「創作主題による32の変奏曲」はベートーヴェン(1770~1827)の変奏曲の中でも「エロイカ変奏曲」や「ディアベッリ変奏曲」と並び最もポピュラーなものであると言えると思います。

まずキーシンの演奏にリンクしたいと思います。

ベートーヴェン 創作主題による32の変奏曲 ハ短調 WoO80♫~エフゲニー・キーシン

1806年の秋に作曲されたものですが、出版は早く翌1807年4月には刊行されており、ベートーヴェンオリジナルの主題はわずか8小節から成っており変奏曲の主題らしくない特色を持っております。

またこの小節数は第31変奏まで厳格に守られており、ほとんどがハ短調で書かれているのも特徴的であると言えるかもしれません。

8小節というシンプルな素材をその可能性の極限まで追求し華やかな演奏技巧が駆使されておりベートーヴェン的な力強い表現が演奏効果を高いものにしております。 また古典的な楽式でありながら各変奏曲は自由な性格変奏の書式で書かれており構成も全曲途切れなく演奏されるようになっております。

参考ブログ
プロメテウスの主題による15の変奏曲とフーガ
創作主題による6つの変奏曲

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ウイルヘルム・ケンプ

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アルフレッド・ブレンデル

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クラウディオ・アラウ

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ジャンルカ・カシオーリ

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オリ・ムストネン

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明日は「美しい小品 3曲」というタイトルで書いてみます。












ベートーヴェン 「プロメテウスの創造物」の主題による15の変奏曲とフーガ 変ホ長調 作品35

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モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

ベートーヴェンはブラームスと共に変奏曲に特に秀でた手腕を発揮した作曲家と言えると思いますが、ピアノのための独立した変奏曲は20曲ほど残しております。 その中でこの作品35、「ディアベッりの主題による33の変奏曲」、「32の変奏曲ハ短調」は広く親しまれている傑作ではないかと思います。

この「プロメテウスの創造物の主題による15の変奏曲とフーガ 作品35」は1802年作曲されたものですが、主題は1801年作の自作のバレエ音楽「プロメテウスの創造物 作品43」のフィナーレから引用されたものです。 この主題は後1804年に交響曲第3番「英雄」の第4楽章にも使用された事から逆にこの作品35も「エロイカ変奏曲」と呼ばれるようになりました。

バレエ音楽 プロメテウスの創造物 抜粋♫~ウイーンフィル・ハーモニー、バーンスタイン指揮
交響曲第3番「英雄」♫~ベルリンフィル・ハーモニー、マゼール指揮

序奏ではバレエ音楽「プロメテウスの創造物」のフィナーレの主題の伴奏部が2声、3声、4声の3つの変奏を伴って表れます。 続いてフィナーレの主題のメロディが表れ変奏を繰り広げていきます。 終曲のフーガではまた序奏の主題が表れ最後のコーダではまた主題のメロディが表れるという多彩な構成と充実した精神性のため演奏効果が見事でベートーヴェンらしい曲です。

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1
主題・2声

2
3声

3
4声

4
テーマ

5
フーガ

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コーダ



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アルフレッド・ブレンデル

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ウイルヘルム・ケンプ

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クラウディオ・アラウ

プロメテウスの創造物の主題による15の変奏曲とフーガ♫~アルフレッド・ブレンデル


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<ギリシャ神話の神 プロメテウス>
プロメテウスは、ゼウスの命に背き人類の幸せを信じて天界の火を人類に与え、ゼウスの逆鱗を買ったギリシャ神話の中の神です。 人間を創造したとも言われている神です。 天界では天地創造の力を持つ「神の焔」を人類に渡すのは禁止されていました。 

プロメテウスは人類に同情して火を与えようとし、この事をゼウスに願いましたが、ゼウスは、もし人間に火を持たせると、人類の力も知恵も神に迫り、神々を苦しめるようになるだろうから、神々の世界を安泰に、いつまでも幸福に栄えさせるためには、人類を無知の状態のままにしておいたほうがよいとして、ゼウスはプロメテウスの願いをはねつけてしまいます。 

それでもプロメテウスの決心は変わりませんでした。 彼はついに浜辺から一本の葦の髄をとり、日輪の炎に駆け寄り、火を盗み、それを人間に与えます。 このようにして人類は初めて火の文化の恩恵に浴する事になりました。 

ゼウスは大いに怒り、人類に禍を与え、プロメテウスを山中に鎖で繋ぎます。 力の神ヘラクレスからその鎖をはずしてもらってプロメテウスは解放されます。

イギリスの詩人シェリーがこのプロメテウスを主人公に愛の勝利を歌い上げる詩劇を書いておりますのでご紹介いたします。
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鎖を解かれたプロメテウス シェリー作 岩波文庫

ベートーヴェンは4回も「プロメテウスの創造物」の主題を使用しておりますが、人類への賛歌とともに人類の傲慢さを書いたのかとも思います。



11月16日の記事♪に「南極」や「ケープタウン」の話を少し補足致しました。 明日はリストの「バラード2番」について書きます。













ベートーヴェン ピアノ協奏曲 第3番 ハ短調 作品37

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モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

ベートーヴェン ピアノ協奏曲 第3番は2014年11月22日、京都府立府民ホール”アルティ”で私が師事する♪阿部裕之先生♪が弾かれた曲ですが、古典派の形式で書かれたピアノ協奏曲の集大成とも言える名曲です。

ベートーヴェン(1770~1827)が書いた通し番号のついたピアノ協奏曲は5曲ありますが、この第3番はハイリゲンシュタットの遺書を書いた直後の1803年に初演され1804年に出版された作品です。 そのスケッチは1797年にすでに見られ1800年には草稿が出来あがっていたと思われますが、1803年アン・デア・ウイーン劇場でベートーヴェン自身によって初演されるまでには3年近い年月が置かれており、その時の譜めくりをしたザイフリートによると独奏部はまだほとんど白紙であったと述べております。 出版されたのは翌1804年でウイーンの美術工芸出版社から出版されております。

ところでベートーヴェンが作曲家を志してウイーンへやってきたのは1792年の秋ですが、一般市民にその存在をアピールしたのは1795年3月29日のウイーンのブルク劇場での慈善演奏会でした。 この時弾いたのがピアノ協奏曲第2番です。 1798年プラハで初演されたピアノ協奏曲第1番とともにベートーヴェンのウイーン時代初期(1792~1801)の作品ですが、まだハイドンやモーツァルトの作風と伝統に則した作品でした。

残り3曲はウイーン時代中期(1802~1812)の作品ですが、第4番(1808年ウイーン初演)と第5番(ウイーンでは1812年初めて演奏)は最盛期の作品と言えるのではないかと思います。 特に第5番は1809年ウイーンがオーストリア・フランス戦争の戦場となりフランス軍に占領され貴族たちがウイーンを去るという騒然とした状況の中で書かれますが、その暗さはみじんもないベートーヴェン中期の傑作となっております。

そうした中で第3番はその中間にある過渡期の作品と言えるのではないかと思います。 第3番のスケッチから出版までの1797年から1804年というのはベートーヴェンには激動の時代であり、1802年にはベートーヴェンは自らの聴覚の異常を自覚して弟たちに「ハイリゲンシュタットの遺書」を書いており、その苦悩の日々の中でこの第3番を何度も書き直し推敲を重ねて完成していったのではないかと思われます。 

この第3番はピアノの技巧が一段と高度になっており、オーケストラの響きもすでに伴奏ではなく重厚な響きとなっております。 内容も劇的なドラマティックな内容でベートーヴェン独自の世界を生み出しており、ロマン派を予測させる古典派の最後のピアノ協奏曲とも言えるのではないかと思います。

ミニスコアを掲載致します。
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第1楽章
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1楽章

第2楽章
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2楽章

第3楽章
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3楽章

ベートーヴェン ピアノ協奏曲 第3番♫~クリスチャン・ツイメルマン(ピアノ)、ウイーンフィル・ハーモニー、レナード・バーンスタイン指揮
べートーヴェン ピアノ協奏曲 第3番♫~バレンボイム
ベートーヴェン ピアノ協奏曲 第3番♫~ポリー二
べートーヴェン ピアノ協奏曲 第3番♫~キーシン
べートーヴェン ピアノ協奏曲 第3番♫~アシュケナージ


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散歩を愛したベートーヴェンのカリカチュア

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ハイリゲンシュタットの遺書を書いた家



ベートーヴェン:「創作主題による6つの変奏曲 ヘ長調 作品34」

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モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

作品34以前の変奏曲はベートーヴェンが私的機会に披露したものであり作品番号が付いておりませんが、1802年に書かれたこの作品34には初めて作品番号が付けられております。 またそれまでの変奏曲はオペラのアリアからのメロディが主題となっており手法も装飾的変奏の古典的手法ですが、この作品34の主題は主題が創作(自作)で書かれており、手法も性格変奏の色合いが濃い手法となっております。

この曲は作品35の「エロイカ変奏曲」と並行して作られており、ベートーヴェンの作風の一つの区切りを示唆する重要な作品でベートーヴェンの音楽語法の大きな転換点にあたる作品と言えるのではないかと思われます。 この事は1802年10月のベートーヴェン自身の手紙の中にもベートーヴェンがこの作品にいかに大きな自信をもっていたかという趣旨の内容が残されております。

<参考>
***装飾的変奏***
主題のハーモニー、メロディ、リズムを徐々に変化させ装飾していく変奏。 途中から聴いてもテーマが思い起こされる。
***性格変奏***
,主題の雰囲気は生かしながらもそれを自由に変奏させ、ファンタスティックにしていくもので途中から聴くと主題がイメージしにくい。

少し専門的なお話になりますが、構成も主題(ヘ長調)-第1変奏(ニ長調)-第2変奏(変ロ長調)-第3変奏(ト長調)-第4変奏(変ホ長調)-第5変奏(ハ短調)-第6変奏およびコーダ(ヘ長調)と各変奏ごとに3度ずつ下行していく当時としては非常に斬新な構成となっております。

ベートーヴェンについての参考ブログ♪も合わせてお読み頂けたらと思います。

ベートーヴェン「創作主題による6つの変奏曲」の楽譜(小6)
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主題(楽譜は全てクリックされると拡大されます。)
テーマ
第1変奏
V.1
第2変奏
V.2
第3変奏
V.3
第4変奏
V.4
第5変奏
V.5
第6変奏
V.6
コーダ
コーダ

ベートーヴェン:「創作主題による6つの変奏曲 へ長調 作品34」♫~Masako Tani(小6)



<追記>
アルフレッド・ブレンデルのベートーヴェン変奏曲集CDに収録されている変奏曲
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CD1
15 Variations on a Theme from "Orometheus", Op.35 in E flat major "Eroica"
5 Variations on "Rule Britannia"
7 Variations on "God Save The King"
12 Variations on a Russian Dance from Wranitsky's Ballet "Das Waldmadchen"
6 Variations on an Original Theme
6 Variations on a Theme from "Ruins of Athens"
CD2
32 Variations on an Original Theme
7 Variations from Winter's Opera "Das unterbrochene Opferfest"
24 Variations on Righini's Air "Venni amore"
6 Variations on the Duet from Paisello's "La Molinara"
8 Variations on Sussmayr's Themes "Tandeln und Scherzen"
13 Variations on Dittersdorf's Air "Es war einmal ein alter Mann"
10 Variations on Salieri's Air "La stessa, la stessissima"
CD3
6 Easy Variations on a Swiss Air
9 Variations on Paisello's Air "Quant'e piu bello"
6 Variations on an Original Theme
8 Variations on Gretry's Air "Un fievre brulante"
CD4
33 Variations on a Waltz by Diabelli

この中で大変綺麗な一曲をご紹介致します。 読譜は比較的容易だと思いますので是非トライしてみられる事をお勧めいたします。

イギリス国歌「ゴッド・セイヴ・ザ・キング」による7つの変奏曲 WoO.78♫~ジョルジュ・シフラ
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ベートーヴェン:ヘンデル「ユダ・マカベウス」の「見よ、勇者は帰る」の主題による12の変奏曲WoO.45

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モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

今日はベートーヴェンのWoO.45の「ヘンデル”ユダ・マカベウス”の”見よ、勇者は帰る”の主題による12の変奏曲」という作品について書きます。 

この曲は、2012年5月31日大阪倶楽部で阿部裕之先生と上村昇さんが演奏された曲ですが、ヘンデルのオラトリオ「ユダ・マカベウス」の第3幕No.58のChorusをテーマとして、ベートーヴェンがピアノとチェロのための変奏曲を書いたものです。 

まずはヘンデルのオラトリオ「Judas Maccabaeus」HWV63全曲にリンクしたいと思います。 1747年に作曲されたものです。
ヘンデル オラトリオ「Judas Maccabaeus」♫


++ユダ・マカバイ(ヘブライ語)、ユダ・マカベウス(ラテン語)、ユダス・マカバイオス(ギリシャ語)++
「マカバイ記」に登場する紀元前2世紀のユダヤの民族的英雄(~BC160年)の名前です。 モーセの十戒で禁止されていた偶像崇拝を強要するセレウコス朝シリア軍と戦い(BC167年)、エルサレム神殿を奪還したユダヤの英雄で、そのユダヤの歴史を表した歴史書の一つが「マカバイ記」と言われる聖書の外典です。 この「マカバイ記」は宗派によって取り扱われ方が違い、ユダヤ教やプロテスタントではApocrypha(外典)とされていますが、カトリックでは1と2はCanon(正典)となっております。


ヘンデルのオラトリオの第3幕No.58のChorusに「See,the conquering hero comes!」(見よ、勇者は帰る)という、そのメロディは誰もが知っているChorusがあります。 次はそのChorusにリンク致します。(1:27からのYouthsのコーラスで出てまいります。)
ヘンデル オラトリオ 「見よ、勇者は帰る」♫

この曲は近代オリンピックでは表彰歌として流されていた曲ですが、1884年にこのメロディにフランス語で歌詞が付けられ讃美歌として歌われるようになりました。 のち20世紀になって英語に訳され、今では欧米ではクリスマスには讃美歌として広く歌われています。 讃美歌の「Tochter Zion freue dich」にリンク致します。
讃美歌「Tochter Zion freue dich」(よろこべや、たたえよや)♫~ヘルマン・プライ、テルツ少年合唱団 

このメロディを主題として1796年にベートーヴェンがピアノとチェロのための12の変奏曲を作りましたがそれがWoO.45です。 アルフレッド・ブレンデル父子共演による”ベートーヴェン:「ユダ・マカベウス」の「見よ、勇者は帰る」の主題による12の変奏曲”にリンクいたします。

ベートーヴェン「ヘンデル”ユダ・マカベウス”の”見よ、勇者は帰る”の主題による12の変奏曲WoO.45」♫~スコア付き 



<追記>

東京の三鷹にある♪中近東文化センター
(写真をクリックされると拡大され、BC160年前後のシリアの様子が良く分かります。)
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(写真をクリックされると拡大映像になります。)
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ベートーヴェン/ピアノとヴァイオリンのためのソナタ (全10曲)

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モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

通称ベートーヴェン 「バイオリン・ソナタ」と言われますが、正しくは「SONATE FUR KLAVIER UND VIOLINE」です。 ベートーヴェン(1770~1827)は生涯に10曲のヴァイオリン・ソナタを作っておりますが、後期に作曲されたのは第10番だけで、第1番から第9番までは1803年までに作られたものです。

ベートーヴェン当時のヴァイオリン・ソナタは今のヴァイオリン・ソナタと違い「ヴァイオリン助奏付きのピアノ・ソナタ」が主流であって、ピアノの比重が大変重たいものでした。 第5番当たりからヴァイオリンの比重が重たくなってまいりますが初期のヴァイオリン・ソナタはまだモーツァルトの影響の強いものでした。

第1番二長調Op.12-1と、第2番イ長調Op.12-2と、第3番Op.12-3は、1797~1798年に作曲されたと言われており師であるサリエリに献呈されています。 この頃は有名なピアノ・ソナタ第8番「悲愴」など初期の名作が生み出された頃で、少しモーツァルトの影響から抜け出てベートーヴェンらしさも見えています。
ベートーヴェン バイオリン・ソナタ第1番
ベートーヴェン バイオリン・ソナタ第2番
ベートーヴェン バイオリン・ソナタ第3番



第4番イ短調Op.23は初めて短調が使われております。 第5番へ長調Op.24は1801年に作曲されたものでかなりヴァイオリンの技巧が華やかにピアノと渡り合ってきています。 この頃のベートーヴェンは「傑作の森」と呼ばれる時期に入ろうとしていた時代で、ベート―ヴェンの個性がはっきりと現れてきています。 第5番の「春」はベートーヴェン自身が名付けたものではありませんが、まるで春の到来を思わせるかのような幸福感に満ちた曲です。

ちなみにこの第5番は初版の時点では「ピアノフォルテのための、ヴァイオリンを伴う2つのソナタ、作品23」として第4番とペアで1801年にウイーンで刊行されました。 そのままですと第5番はOp.23-2という事になったのでしょうが、出版社の事情から第4番が作品23、第5番が作品24として出版される事になったという逸話がございます。

第5番は2013年6月7日、大阪倶楽部で阿部裕之先生と四方恭子さんが演奏された曲です。 私もベルギーのバイオリニストの方と近い内に1楽章だけですが演奏致しますので、10人のピアニストの音源を集めてみました。
ベートーヴェン バイオリン・ソナタ第4番
ベートーヴェン バイオリン・ソナタ第5番~ケンプ(ピアノ)、メニューイン(バイオリン)♫
ベートーヴェン バイオリン・ソナタ第5番~グリュミュオー(バイオリン)、ハスキル(ピアノ)♫
ベートーヴェン バイオリン・ソナタ第5番~アシュケナージ(ピアノ)、パールマン(バイオリン)♫
ベートーヴェン バイオリン・ソナタ第5番~アルゲリッチ(ピアノ)、クレーメル(バイオリン)♫
ベートーヴェン バイオリン・ソナタ第5番~ヘブラー(ピアノ)、シェリング(バイオリン)♫
ベートーヴェン バイオリン・ソナタ第5番~ルービンシュタイン(ピアノ)、シェリング(バイオリン)♫
ベートーヴェン バイオリン・ソナタ第5番~オボーリン(ピアノ)、オイストラフ(バイオリン)♫
ベートーヴェン バイオリン・ソナタ第5番~Colin Stone(ピアノ)、Krzysztof Smietana(バイオリン)♫
ベートーヴェン バイオリン・ソナタ第5番~アラウ(ピアノ)、グリュミュオー(バイオリン)♫
ベートーヴェン バイオリン・ソナタ第5番~Enrica Cavallo(ピアノ)、Franco Gulli(バイオリン)♫



第6番イ長調Op.30-1,第7番ハ短調Op.30-2,第8番ト長調Op.30-3は共に1802年に作曲されておりロシアのアレクサンドル1世に献呈されたため「アレキサンダー・ソナタ」と呼ばれております。 この3曲はこれまでのピアノが中心となったバイオリン・ソナタから脱皮しバイオリンのウエイトがかなり高くなってきております。 特に第7番は第5番に続き4楽章で書かれており、ハ短調という調性からくる悲壮感により内容的に優れた作品となっております。 4楽章で書かれているのは第5番と第7番と最後の第10番だけです。
ベートーヴェン バイオリン・ソナタ第6番
ベートーヴェン バイオリン・ソナタ第7番
ベートーヴェン バイオリン・ソナタ第8番



第9番イ長調Op.47はヴァイオリニストのルドルフ・クロイツエルに献呈されたため、「クロイツエル・ソナタ」と呼ばれていますが、クロイツエルが演奏する事はなかったようです。 1803年に作曲されております。
ベートーヴェン バイオリン・ソナタ第9番



第10番ト長調Op.96だけが後期に作られた唯一のヴァイオリン・ソナタです。 これはルドルフ大公に献呈されています。
ベートーヴェン バイオリン・ソナタ第10番


ベートーヴェンは「ピアノは一台のオーケストラである」というポリシーを持っていたために、1803年以降はほとんどバイオリン・ソナタを作っておりません。 音色の違う鍵盤楽器と弦楽器を有機的に絡ませて音楽を作るというのは大変な事で、弦の音に一番近いと言われるベーゼンドルファーのピアノは室内楽では良く使用されます。 

カテゴリー「室内楽」♪に室内楽についての記事を多く書いておりますので、またお読み頂けたらと思います。




 

ベートーヴェン チェロ・ソナタ(全5曲)

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

ベートーヴェンのチェロ・ソナタは全部で5曲ありますが、いつか弾いて見たいと楽譜は求めているのですが、まだ演奏の機会は持てておりません。 いつか必ず弾いて見たいと思っております。
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ベートーヴェン ピアノとチェロのためのソナタ楽譜(ヘンレ版)

2012年5月31日に♪阿部裕之先生♪と上村昇さんが大阪倶楽部で第3番を弾かれましたが、ベートーヴェンの雄渾さに満ちた素晴らしい演奏でした。 第3番はベートーヴェン中期の作品ですがピアノとチェロが対等に渡り合いチェロの魅力が発揮されている構想の大きな作品です。 大阪倶楽部での演奏はお二人の演奏家としての魅力が十分に発揮された印象に残る演奏会でした。



さて第1番Op.5-1と第2番Op.5-2は共に1796年に作曲されたベートーヴェン初期の作品ですが、まだチェロの伴奏付きのピアノ・ソナタという感じでチェロの魅力はまだ存分には発揮されておりません。
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ベートーヴェン チェロ・ソナタ第1番
ベートーヴェン チェロ・ソナタ第2番




次は第3番Op.69ですがこれは1808年に作曲されたベートーヴェン中期の作品です。 同時期に作曲された作品に第5交響曲「運命」や第5ピアノ協奏曲「皇帝」、「エグモント」序曲などがあります。 ベートーヴェンが聴覚の異常を自覚し出したのは1801年頃です。 「ハイリゲンシュタットの遺書」という手紙を弟たちに書いて苦しんだ時期もありますが、1808年と言えばその苦しみを乗り越えた後ですので、その中から生まれた第3番は第1番や第2番に比べるとチェロとピアノの掛け合いも自由でベートーヴェンらしい旋律にあふれた情熱的なスケールの大きい作品です。 また第3番はベートーヴェンが愛したウイーン郊外のハイリゲンシュタット村で完成した曲です。
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ベートーヴェン チェロ・ソナタ第3番♬~リヒテル(ピアノ)、ロストロポーヴィツチ(チェロ)
べートーヴェン チェロ・ソナタ第3番♫~アックス(ピアノ)、ヨーヨーマ(チェロ)
べートーヴェン チェロ・ソナタ第3番♫~グルダ(ピアノ)、フルニエ(チェロ)
ベートーヴェン チェロ・ソナタ第3番♫~インマぜール(フォルテピアノ)、ビルスマ(チェロ)

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ハイリゲンシュタットの家




第4番Op.102-1と第5番Op.102-2は連作で1815年に作曲されたベートーヴェン後期の作品です。 第4番は自由な形式と後期の瞑想が見え隠れする穏やかな雰囲気の作品です。
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ベートーヴェン チェロ・ソナタ第4番

ベートーヴェン最後のチェロ・ソナタが第5番です。 第5番は第4番とは違い形式的にはソナタの定番のような3楽章構成で、第3番のスケールの大きさと第4番の穏やかさが混在しており内容の豊かな作品です。
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ベートーヴェン チェロ・ソナタ第5番~グルダ(ピアノ)、フル二エ(チェロ)
ベートーヴェン チェロ・ソナタ第5番~ケンプ(ピアノ)、フルニエ(チェロ)♬(1)
ベートーヴェン チェロ・ソナタ第5番~ケンプ(ピアノ)、フル二エ(チェロ)♬(2)
ベートーヴェン チェロ・ソナタ第5番~ケンプ(ピアノ)、フルニエ(チェロ))♬(3)

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ロストロポーヴィチ(チェロ)、リヒテル(ピアノ)CD~第3,4,5番です。

参考ブログ♪「ベートーヴェン交響曲/リスト トランスクリプション」♪
参考ブログ♪「ベートーヴェン ピアノ・ソナタ」♪


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追記 <東京藝術大学大学美術館>
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向井潤吉

東京藝術大学大学美術館
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東京藝術大学大学美術館は日本の芸術のメッカと言われておりますが、芸術のお勉強をされている方はもちろん趣味で芸術を愛好される方も一度訪れて見られる事をお勧め致します。 場所は上野の森の東京藝術大学敷地内にございます。 NHKテレビでも紹介されていましたが、日本の巨匠の黒田清輝、小礒良平、佐伯祐三、藤田嗣治などという画家の方々の芸術作品が最高のコンディションで地下に保存されているそうです。 

もちろん普段はそれらは拝見する事は叶いませんが、美術館ではいろいろの良質の企画展が常時行われており、リーズナブルな料金で誰でも入館できますので、東京の方はもちろん地方の方も上京された折には立ち寄って見られたらと思います。 春には学生の卒業・修了作品展が毎年開かれ、未来の巨匠の卵たちの作品も見る事ができます。
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明日はベートーヴェンのチェロ・ソナタ第3番を弾かれたのと同じ2012年5月31日の大阪倶楽部の演奏会で阿部裕之先生が弾かれたショパンの「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ 作品22」について書きます。 この曲は高校1年生の時、関孝弘先生の元でお勉強した曲ですが、人気の高い美しい曲です。










 





続 ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 「告別」

<ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第26番 変ホ長調 作品81a 「告別」>

「告別」はベートーヴェンの弟子であり、友人であり、後援者であったハプスブルクの貴族のルドルフ大公に献呈されたピアノ・ソナタです。 ベートーヴェン自身が標題を付けたのはこの「告別」と「悲愴」の2曲だけで、他は愛称として呼ばれているだけです。

1809年4月9日、オーストリアとナポレオン率いるフランス軍は交戦状態に入ります。 そして早くも5月9日にはフランス軍はウイーン郊外までせまり、5月12日ナポレオン軍はウイーンに侵入する事になります。 そこでオーストリアの貴族はウイーーンを逃れて田舎の領地に逃げます。 ルドルフ大公も5月4日ウイーンを立ちます。 この時のベートーヴェンの愛する人との別れの悲しさを歌ったのが「告別」の第1楽章です。「Das Lebewohl, Les Adieux」(告別)
「告別」第1楽章冒頭

ベートーヴェンはルドルフ大公のいないウイーンの混乱の中で半年以上大公の戻ってくるのを不安な思いで待ちます。 その時の気持ちを歌ったのが第2楽章です。「Abwesenheit, L'absence」(不在)
「告別」第2楽章冒頭

幸い10月14日に戦争は終わり、11月にはフランス軍が撤退し、翌年1月に大公はウイーンに戻ってきます。 この時の再会の喜びを歌っているのが第3楽章です。「Das Wiedersehen, Le retour」(再会)
「告別」第3楽章冒頭
 
多分1809年5月に書き始め、1810年の初秋には完成したのだろうと考えられています。

各楽章の初めにベートーヴェン自身がドイツ語で標題を付けていますが、出版された時に全てフランス語に変わっていたためベートーヴェンは大変怒り出版社に抗議したそうです。 今ではドイツ語とフランス語と両方表記されています。 

第1楽章では序奏の最初の3つの音符(ト、ヘ、変ホ)にLe-be-wohlと書き込んでおり、第2楽章と第3楽章では冒頭のイタリア語の発想記号の下にドイツ語で補足の書き込みをしています。

この「告別」は東京で往年の名ピアニスト、ワルター・ハウツイツヒのレッスンを受講した事があるのですが、目の前で演奏されるハウツイッヒの「告別」の音楽に感動したのを覚えています。 

この曲はベートーヴェンのピアノ曲には珍しく、華やかな技巧をひけらかす部分がかなりあるのですが、音楽としてはベートーヴェンの内面を美しく語っており、そこがこの曲の大変難しい所です。 そういう意味で、納得させられたハウツイッヒのピアノでした。
(ハウツイツヒは1921年ウイーン生まれのピアニストで、シュナーベルにも師事した事のある名ピアニストです。)

<ルドルフ大公>
ルドルフ大公は1788年フィレンツェで生まれ1832年にウイーン郊外のバーデンで亡くなったマリア・テレージア女帝の孫のオーストリアの貴族です。 音楽を愛しかなり優れた才能を示していたようです。 ベートーヴェンに師事し、弟子や後援者という関係を超えて、深い友情でベートーヴェンとは結ばれていたようです。

多くの曲がルドルフ大公に献呈されており、例えばピアノ協奏曲第4番、第5番「皇帝」、ピアノ・ソナタ「告別」、「ハンマークラヴイ―ア」、ピアノ三重奏曲 「大公」、大司教として就任した大公の就任式のためのミサ曲「ミサ・ソレムニス」等があります。

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第26番 「告別~ダニエル・バレンボイム♬

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第26番 「告別~クラウデイオ・アラウ♬


明日は、シューベルトの「4つの即興曲 作品90」と「4つの即興曲 作品142」について書いてみます。 単独で発表会等で良く弾かれますが、この8曲だけでCDを出すピアニストもいるくらい美しい作品です。 

 









  

続 ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 「熱情」

<ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第23番 ヘ短調 作品57 「熱情」>

ヘンレ版第2巻
「熱情」第1楽章冒頭
「熱情」第1楽章
「熱情」第2楽章冒頭
「熱情」第2楽章
「熱情」第3楽章冒頭
「熱情」第3楽章

ベートーヴェンの第23番目のピアノ・ソナタは通称「Appaassionata」(熱情)と呼ばれ、1804年から1805年にかけて作曲されたベートーヴェン中期ピアノ・ソナタの最高傑作の作品の一つです。 

この「熱情」という標題は、後の1838年ハンブルクでピアノ連弾用の楽譜として編曲され出版された時にそのように名付けられたもので、ベートーヴェン自身が付けた標題ではありません。

ピアノ・ソナタ「熱情」が完成した1805年には、交響曲第3番「エロイカ」や歌劇「フィデリオ」もウイーンで公開初演されております。 

またかの有名な交響曲第5番「運命」の作曲に取り組み始めた時期でもあります。 「熱情」の第1楽章ではこのシンフォニー「運命」の冒頭の有名な「運命の動機」と呼ばれる4つの音(ダダダダーン)が重要な役割を果たしています。

「熱情」は、形式は厳格無比で、書法は非常にピアニスチックな演奏効果の高い高度な技術を要求されるものです。 また内容は難聴の悪化の苦悩を乗り越えた自らの苦悩を表現したもので、聴衆の人にはもちろんなのですが、演奏者にとってもベートーヴェンのピアノ・ソナタの代表の作品の一つと言えると思います。

この曲は東京音楽大学在学中には選抜公開レッスンでウイーン音楽大学のローラント・ケラー教授のレッスンを、また卒業時の奈良市新人演奏会の前には、(元日本ベーゼンドルファー東京ショールームで)元ミュンヘン音楽大学学長・東京芸術大学客員教授クラウス・シルデ氏のレッスンを受けた事があります。 

その時にシルデ先生が書いて下さったアドヴァイスの一部を掲載致します。
クラウス・シルデ先生レッスン1
クラウス・シルデ先生レッスン2
クラウス・シルデ先生レッスン3
クラウス・シルデ先生レッスン4
クラウス・シルデレッスン5

べ―ト―ヴェン ピアノ・ソナタ 「熱情」 第1楽章~谷 真子♬
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 「熱情」 第2・3楽章~谷 真子♬


「告別」は続いて記事を変えて書きます。

クラウス・シルデ先生ご紹介(元ミュンヘン音楽大学学長、東京芸術大学音楽学部客員教授)
クラウス・シルデ先生CD
外国の方ばかりではなく、日本人の多くの素晴らしいピアニストの方を育て挙げられたシルデ先生ですが、元日本ベーゼンドルファーの方からお声をかけて頂き東京や大阪のショールームで私も数度レッスンをして頂く機会に恵まれました。 名教授で名高い方ですが、そのレッスンは奏法の基本から高度な音楽的アドヴァイスまで多岐にわたるもので、大変分かりやすいレッスンでした。 ご自身のキャリアも数多くの国際コンクール受賞歴をお持ちで、そのピアノは厳格なドイツ音楽そのものです。 レッスンのご注意は楽譜に書かれず別紙に書かれます。 マイスター・ミュージックから多くのCDも出していらっしゃいます。

マイスター・ミュージック

ベートーヴェン 熱情♫~キーシン



















ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 「悲愴」、「テンペスト」、「ワルトシュタイン」

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

ベートーヴェン(1770~1827)は「楽聖」と呼ばれ古典派を代表する大作曲家ですが、私はベートーヴェンが現代の音楽家に残してくれた遺産の大きな一つは「音楽家は芸術家であり自立した仕事である」という,、現代の今ではごく当然の事ですが、音楽の歴史上では革命的な出来事を実行してくれた事ではないかと思います。

ベートーヴェン以前の音楽家は、宮廷や有力貴族に仕え公的あるいは私的な演奏会のための機会音楽として曲を作るというのが通常でしたが、ベートーヴェンは「音楽家は芸術家である」と言い自らの内面を音楽で追及し、現代の音楽家の有り様に通じる歴史を作ったその分岐点に立った音楽家です。 そのお葬式にはロマン派の先駆けであり、市民社会の作曲家であったシューベルトも友人達と参列したそうです。

参考ブログ♪「ベートーヴェン交響曲第9,6,7番(リスト/トランスクリプション)」♪

さてベートーヴェンは1792年ボンに立ち寄ったハイドンにその才能を認められボンからウイーンへ移住しハイドンに弟子入りします。 1795年に作られたピアノ・ソナタ第1番、第2番、第3番(作品2)はハイドンに捧げられています。 しかし20歳後半には難聴が悪化し、1802年には「ハイリゲンシュタットの遺書」という手紙を弟達に書いてその苦悩を訴えています。 しかしその後苦悩を乗り越え1804年からの10年間の時代は「傑作の森」と称されるほど数多くの傑作を作ります。

40歳頃全聾となりますが、その後も交響曲第9番を作曲する等その不屈の精神力には驚かされます。

ベートーヴェンはピアノ・ソナタは全部で32曲作っておりますが、これはピアニストにとっての「新約聖書」と呼ばれており、ピアノを学ぶ者には必修の作品です。 今日と明日の二日間はその中から第8番、第17番、第21番、第23番、第26番について書いてみようと思います。
「ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 演奏法と解釈」~パウル・バドゥーラ=スコダ著
(べ―ト―ヴェン ピアノ・ソナタ 演奏法と解釈~パウル・バドゥーラ=スコダ著 音楽之友社)


<ピアノ・ソナタ 第8番 ハ短調 作品13 Pathetique(悲愴)>

ベートーヴェンのピアノ・ソナタのCDは30枚以上持っておりますが、その中で珍しい輸入の古楽器のスコダの全集とケンプの全集をご紹介します。 チェリストのニコラ・デルタイユさんのお話によるとスコダの古楽器のこのCDは今は廃盤となって入手できないそうですが、私が入手した時も3ケ月くらい待って取り寄せたCDです。
パウル バドゥーラ=スコダ ベートヴェン ピアノ・ソナタ全集(古楽器による)
(ベートーヴェン ピアノ・ソナタ全集~パウル・バドゥーラ=スコダ/古楽器による)

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ全集~ケンプ
(ベートーヴェン ピアノ・ソナタ全集~ウイルヘルム・ケンプ)

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ全集ヘンレ版第1巻
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第8番 悲愴

「悲愴」は1798年から1799年にかけて作られたベートーヴェン初期ピアノ・ソナタの代表作です。 当時としては珍しく初版に「Grande sonata pathetique」と自ら記しております。 作曲されたのはベートーヴェンが耳の疾患を自覚し出した頃ですので、それと関係あるのではないかと言われていますが、はっきりとは分かっておりません。 (自ら標題を明記しているのは後、26番の「告別」だけで、他は別の人がそう呼んだ愛称です。)  内容的にロマン的傾向も見えますが、他の芸術からの影響というよりは全て音楽的追及からのものではないかと思います。

ベートーヴェンにとってこの「ハ短調」というのは重要な調性で、第32番ピアノ・ソナタ、交響曲第5番「運命」、ピアノ協奏曲第3番など多くの傑作を残しています。

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第8番 「悲愴」第1楽章~ウイルヘルム・ケンプ
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第8番 「悲愴」第2・3楽章~ウイルへルム・ケンプ♬



<ピアノ・ソナタ 第17番 二短調 作品31-2 テンペスト>

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ全集 ヘンレ版 第2巻   
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第17番 テンペスト

1801年から1802年にかけて作曲された作品31の3曲の中の2のこの「テンペスト」は、ベートーヴェンの伝記執筆者のシンドラーがベートーヴェンに第17番の「Sturm und Drang」(疾風怒涛)について尋ねた時、ベートーヴェンが「シェイクスピアのテンペストを読みたまえ」と答えたという話からそう呼ばれるようになったそうです。 この時期のベートーヴェンは耳の持病が益々悪化し同年「ハイリゲンシュタットの遺書」を書いていますが、作風は中期に入り不屈の精神は益々厳しくなっていきますので、テンペスト=嵐は「精神の嵐」を意味しているのかとも思います。

「テンペスト」ではそれまでの古典派の常識では考えられない書法が見られ、後期の作曲家ベートーヴェンを予見させる所が随所に表れています。 いろいろな苦悩を乗り越え克服し、勝利へと至るというベートーヴェン独特の構図も見え隠れしており、この頃にはドラマチックなソナタ様式も確立してきています。

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第17番 テンペスト~バックハウス♬




<ピアノ・ソナタ 第21番 ハ長調 作品53 「ワルトシュタイン」>

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第21番 ワルトシュタイン

「ワルトシュタイン」というのは人の名前で、ボン時代のベートーヴェンを物心両面から応援してウイーンに送り出した伯爵の名前です。 ウイーンでベートーヴェンが貴族に知己を得られたのはこのワルトシュタイン伯爵のおかげで、ベートーヴェンはその感謝の気持ちから中期の傑作の一つと言われるこの作品をワルトシュタイン伯爵に献呈したようです。 

有名な「不断の努力でモーツアルトの精神をハイドンから受け取りなさい。」という言葉をウイーンへ立つベートーヴェンに贈ったのがこのワルトシュタイン伯爵です。 作曲されたのは「ハイリゲンシュタットの遺書」の苦悩から抜け出て益々精神の高みへと上がろうとする1803年から1804年にかけてです。 作曲の直前の1803年にはパリのエラール社から最新鋭のピアノフォルテを贈呈されており、その事もベートーヴェンがこの華やかな演奏効果の高い作品を作り出すのに一助となったのではないかと思います。

この曲では完全に古典派の大天才達の作風から抜け出て、独自の世界を作りだしており、同時期に書かれた「熱情」と並びベートーヴェン独自の個性に満ち溢れた作品だと思います。

ちなみに作曲当初、2楽章として作曲されていたアンダンテ(ヘ長調)は冗長になるのを避けるために削除されましたが、後に単独の「アンダンテ・ファヴォリ」という小曲として出版されました。 この曲は以前♪阿部裕之先生♪が演奏会で弾いていらしたのでお聴き覚えのある方もいらっっしゃると思います。

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第21番 「ワルトシュタイン~アルフレッド・ブレンデル♬


ベートーヴェン 「アンダンテ・ファヴォリ~アルトゥール・シュナーベル♬

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ集楽譜 クルチ版 シュナーベル校訂
(ベートーヴェン ピアノ・ソナタ集楽譜 クルチ版 シュナーベル校訂)
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第30番、第32番~シュナーベル
(ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第30・32番~シュナーベル)


明日はベートーヴェンのピアノ・ソナタ「熱情」と「告別」について書きます。 「熱情」はyou tubeにアップしておりますのでもう聴いて下さっている方もいらっっしゃるかと思いますが、書き込みの楽譜など載せて見ます。 私はまだ後期ソナタの第30番、第31番、第32番は弾いておりませんので、(人類未踏の世界と呼ばれる壮大な作品ですが、)挑戦はしてみたいと思っています。

<ピアノを趣味で楽しまれるお小さい方へ>
ピアノを趣味で習われる方もベートーヴェンのピアノ・ソナタが弾けるようになると、ピアノの本当の面白さが分かるようです。 「悲愴」は小学生でも発表会で弾かれる方は多く「ソナチネ」でやめるのではなく、是非「ソナタ」が弾けるように頑張って続けて欲しいと思います。

普段はそれほどハードにされてない方でも、(趣味で楽しむ程度ですが、)私の場合は門下の人には楽譜の比較的簡単なベートーヴェンのピアノ・ソナタに発表会等で小学生から挑戦してもらっています。 お小さい時は体が柔らかいですので、ご指導すれば必ず弾けるようになります。

「ツエル二ー30番に入ったからピアノはやめた」では、名曲と言われるピアノ曲を楽しんで弾くという事はほとんどできず、ピアノは眺めるだけのお家の粗大ゴミかインテリアになってしまいます。 お休みのリラックスした午後、ご家族の方にモーツアルトやベートーヴェンやショパンを弾いて差し上げる事ができたら、どんなピアニストのCDよりもご家族の方は心が癒されるのではないかと思います。

塾も受験勉強も大切な事です。 人間はいつもやりたい事だけをする事を許されるとは限りません。 乗り越えなくてはいけないハードルが目の前にあれば、それは精一杯の努力で乗り越えなくてはいけません。 しかし芸術を楽しむというのは次元の違う話だと思います。

一日10分ピアノに触るだけでも、必ず上達していきます。 試験の直前は勉強に集中して受験というハードルを越える場合もありますが、それまではお勉強とピアノを両立しながら、最難関の希望の学校に合格されたという方は多くいらっしゃいます。

このブログでこんなきれいな曲があるのだと知り、音楽のお勉強を続けていく楽しい目標になればと願い、毎日ブログを書いております。

 



























プロフィール

谷真子 masakotani

Author:谷真子 masakotani
東京音楽大学卒業

ADRESS
奈良市学園前

ピアニスト谷真子公式サイト
http://masakotani.co
奈良市学園前 谷真子ピアノ教室 教室ブログ「musica」
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