チャイコフスキー ロマンス ヘ短調 作品5/Tchaikovsky Romance f-moll Op.5

チャイコフスキーのピアノ曲はあまり知られていませんが、その作品の数は非常に多く、現在残されているものだけでも百曲にも及びます。 

作曲家として、また音楽院の教官として活動をはじめた1867年から1872年にかけて、チャイコフスキーは多くのピアノの小品を次々に作曲しており、その中の一曲が《ロマンス ヘ短調》作品5です。 1868年に作曲され、チャイコフスキーが想いをよせていたメゾ・ソプラノ歌手デジレー・アルトーに献呈されました。

1868年チャイコフスキー28歳の作品で、当時モスクワを訪れていたイタリア歌劇団の一員ベルギー出身のメゾ・ソプラノ歌手デジレ・アルトーに捧げられたものです。 デジレ・アルトーは、チャイコフスキーが結婚を考えるまでに至った相手ですが、アルトーは後ワルシャワでスペイン人のバリトン歌手と結婚してしまいます。

チャイコフスキーは、この事実を知りますが、以後アルトーとは友人の関係を保ち彼女の為に歌曲を作曲することもあったようです。

チャイコフスキー ロマンス♫~リヒテル
チャイコフスキー ロマンス♫~プレトニョフ



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チャイコフスキー ピアノ三重奏曲「偉大な芸術家の思い出に」 イ短調 作品50/Tchaikovsky Piano Trio a-moll Op.50

チャイコフスキー(1840~1893)のピアノ三重奏曲作品50は作品の献辞から「偉大な芸術家の思い出に」という副題で知られております。

偉大な芸術家というのは、チャイコフスキーの親友のニコライ・ルビンシテイン(1835~1881)のことで、この作品はニコライ・ルビンシテインへの追悼音楽として作曲されました。

ニコライ・ルビンシテインはロシアの音楽教育者、ピアニスト、作曲家、指揮者ですが、アントン・ルビンシテインの弟で、チャイコフスキーの親友です。  1866年9月1日にモスクワ音楽院を開設し、初代院長を務めました。 存命中は、最も偉大なピアニストの一人に数えられていましたが、死後は兄アントン・ルビンシテインの名声の陰に隠れております。  音楽的価値観や演奏様式は兄に比べると古典的なものでした。 チャイコフスキーにピアノ協奏曲第1番を書かせたものの、書き直しを命じ初演をしなかったためチャイコフスキーはハンス・フォン・ビューローにその作品を献呈し初演を委ねたという有名な話があります。 しかしその後ニコライ・ルビンシテインは評価を改めモスクワ初演では指揮をし自身も良くピアノ独奏を行ったという話です。 またピアノ協奏曲第2番はニコライ・ルビンシテインに献呈されましたが、彼の死により初演は叶わなかったようです。 ちなみにバラキレフも代表作の《イスラメイ》をニコライに献呈しております。

故人を偲んで室内楽曲を作曲するというロシア音楽の伝統は、アントン・アレンスキーからラフマニノフを経て、ショスタコーヴィチやシュニトケに受け継がれております。

2つの楽章で構成されておりますが、第2楽章の最終変奏とコーダは長大で全曲を演奏すると約50分近くになります。

第2楽章はチャイコフスキーのピアノ作品の中で最難曲と言われますが、追悼作品である事から全曲を通して全体的に荘重な雰囲気で人気の高い作品です。

チャイコフスキー ピアノ三重奏曲♫~リヒテル
チャイコフスキー ピアノ三重奏曲♫~キーシン
チャイコフスキー ピアノ三重奏曲♫~アルゲリッチ
チャイコフスキー ピアノ三重奏曲♫~ギレリス


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チャイコフスキー バレエ「くるみ割り人形」

「くるみ割り人形」はチャイコフスキーが作曲したバレエ音楽です。 「白鳥の湖」「眠れる森の美女」とともにチャイコフスキーの三大バレエのひとつで、特にクリスマスシーズンではテレビ等でも良く放映されます。

ちなみにくるみ割り人形とは人形の形をしたくるみを割る道具で、クリスマスのオブジェとしても飾られます。

マリインスキー劇場の支配人のイワン・ヤヴォロシスキーはチャイコフスキーにドイツのE.T.A.ホフマンの童話「くるみ割り人形とねずみの王様」を原作とするバレエの作曲を依頼します。 初演は1892年12月18日サンクトペテルブルクのマリインスキー劇場で行われました。

あらすじは、ある王国で王子が誕生しますが、踏み殺されたねずみの女王の呪いで王子はくるみ割り人形になってしまいます。 クリスマスイヴの夜、少女クララはプレゼントされたくるみ割り人形を弟と取り合いをし弟はくるみ割り人形を壊してしまいます。 老人が修理しますが12時を打つとクララの体は人形程の大きさになります。 はつかねずみの大群とくるみ割り人形の指揮する兵隊人形が対峙しクララはハツカネズミをやっつけます。 くるみ割り人形は王子に変身し二人はお菓子の国に旅立ちます。 お菓子の国に到着した王子は女王ドラジェ(金平糖)の精にクララを紹介し、お菓子の精たちによる歓迎の宴が繰り広げされます。 最後はクララがツリーの前で目覚める場面と、そのままお菓子の国で終わる場面と二つの解釈があります。

チャイコフスキーによってバレエ音楽から編んだバレエ組曲「くるみ割り人形」作品71aという演奏会用組曲も作曲されており、バレエの初演に先駆けてこの組曲は初演されました。。 組曲の終曲の「花のワルツ」は有名で単独でも良く演奏されます。

門下の方には年末年始の時間のある時にyou tubeでバレエを楽しんでみられませんか?

チャイコフスキー バレエくるみ割り人形♫~マリインスキー劇場 ゲルギエフ指揮
チャイコフスキー 花のワルツ



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チャイコフスキー ドゥムカ ハ短調 Op.59/Tchaikovsky Dumka c-moll Op.59

フランスのピアニストのマルモンテルの依頼により1886年作曲された作品で副題に”ロシアの農村風景”と付いておりマルモンテルに献呈されております。

初演は1893年チャイコフスキーの死後、ペテルブルクの追悼演奏会でF.M.ブルーメンフェルトによって行われました。

18世紀、ポーランドで起こった民謡形式「ドゥムカ形式」にのっとって書かれた演奏会用の作品です。(ショパンの歌曲に「ドゥムカ」と言うのがあります。) 「ドゥムカ形式」とは、ポーランドに起こりスラブ諸国に広まった民謡形式の一種でゆっくりとした悲哀を表す部分とテンポの速い情熱的な部分から成っております。

重苦しく悲しみに満ちた楽想の部分と、華やかで技巧的な中間部の対比が効果的です。

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ホロヴィッツ

チャイコフスキー ドゥムカ♫~ホロヴィッツ
チャイコフスキー ドゥムカ♫~ダン・タイ・ソン
チャイコフスキー ドゥムカ♫~プレトニョフ
チャイコフスキー ドゥムカ♫~ロマノフスキー


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チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調 作品23/Tchaikovsky Piano Concerto No.1 in B-flat minor Op.23

この曲はロシアの作曲家のチャイコフスキー(1840~1893)が友人のモスクワ音楽院院長のニコライ・ルビンシテインに刺激を受け初めて作曲したピアノ協奏曲で人気の高いピアノ協奏曲の一つです。

1874年11月から1875年2月にかけて作曲されました。

当初はニコライ・ルビンシテインに献呈するため作曲されておりましたが、草稿を聴いたルビンシテインは,「この作品は陳腐で不細工である。 私の意見に従って根本的に書き直すのが望ましい。」と激しく非難いたしました。 しかしチャイコフスキーはこれに従わず、そのまま作曲を進め、ドイツ人ピアニストのハンス・フォン・ビューローへ献呈いたしました。 ビューローはこの作品を「独創的で高貴」と評しました。

1875年10月25日、ハンス・フォン・ビューローのピアノとベンジャミン・ジョンソン・ラングの指揮によりアメリカのボストンで初演され大成功を収めました。

ロシア初演はその一週間後サンクトペテルブルクでロシア人ピアニストのグスタフ・コスとチェコ人指揮者のエドゥアルド・ナブラヴ二ーによって行われました。

モスクワ初演はニコライ・ルビンシテインの指揮、セルゲイ・タネーエフのピアノによって行われ、ルビンシテインはその後何度もピアノ独奏も受け持ちこのピアノ協奏曲を世に知らしめる役割を果たしました。

第1楽章冒頭のピアノによる分厚い和音は初版ではアルペジオになっておりましたが、1879年夏と1888年12月の二度にわたって改訂されこの時加えられたものです。

人気曲となったのは第1回チャイコフスキー国際コンクールでアメリカのヴァン・クライバーンが優勝したことが)挙げられます。 クライバーンのチャイコフスキーピアノ協奏曲第1番は空前の大フィーバーが起こりこの曲が人気曲となる原因となりました。 またホロヴィッツとトスカニーニの名盤と言われるCDも人気を高める要因となっております。

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第1楽章
1
雄大な序奏と変則的なソナタ形式の主部からなっております。 非常によく知られた序奏はシンフォニックで壮麗ですがこの序奏主題は協奏曲の残りの部分では二度と再現されず協奏曲全体で特異な位置を占めております。 第1主題はウクライナ民謡からとられたと言われております。

第2楽章
2
地味なロシア風アンダンテと中間部のソロのヴィルトゥオ―ゾです。 ワルツ風の中間部はフランスの古いシャンソンがもとになっていると言われております。

第3楽章
3
自由なロンド形式でA-B-A-B-A-B-CODAの構造となっております。 生命力あふれる終楽章で第1主題はウクライナ民謡からとられたものでロシア農民の春の喜びを表しており、第2主題は優美で穏やかな性格を持ちそれが生命の賛歌へと発展していき壮大なフィナーレです。

チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番♫~キーシン
チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番♫~ランラン
チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番♫~ヴァン・クライバーン
チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番♫~アルゲリッチ
チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番♫~ルービンシュタイン
チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番♫~アラウ
チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番♫~ホロヴィッツ(ピアノ)、トスカニーニ(指揮)
チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番♫~ギレリス


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チャイコフスキー 四季 Op.37b/Tchaikovsky Les Saisons(The Seasons) Op.37b

「四季」作品37bはピョートル・チャイコフスキー(1840~1893)が作曲したロシアの一年の風物を各月毎に12のピアノ曲で描写した作品集です。

チャイコフスキーは、富裕な未亡人フォン・メック夫人から1876年以来経済的な援助を受けていて、それからは作曲に専念できるようになりましたが、それまでは不向きな音楽院での教授の仕事や対人関係の問題で神経を疲労させ経済的にも恵まれた境遇ではありませんでした。

こうした時、ペテルブルクの音楽雑誌「ヌヴェリスト」の出版者ベルンハルトから1876年の1月号より毎月その時期の風物を描いたピアノの小品を作曲してもらって雑誌に掲載したいという依頼を受けます。 ベルンハルトはこの12曲で「四季」というピアノ曲集の計画をたてたのでした。 チャイコフスキーは喜んでこれを引き受け1年間でこの曲集は完成いたしました。 

この一連の作品は大成功しロシアばかりでなく外国でも喜ばれました。 そしてのち1885年に親しい出版社のユルゲンソンからこの曲集は作品37bとして出版されました。 作品37としてピアノ・ソナタト長調があるので区別するためにbが付けられたわけです。

各曲ともロシアの詩人が各月の風物を題材にした詩を参考にしております。 季節の自然のみならず民衆の生活をも生き生きと描写したユニークな作品でその音楽には祖国ロシアの自然と人々を見つめるチャイコフスキーの暖かい眼差しが息づいています。 詩と音楽は外面的な結びつきで関係しているのではなく、また単に描写音楽というわけでもなく、詩に潜む内容的な印象や抒情が音楽化されているのであって、メンデルスゾーン、ショパン、シューマン、リストなどの影響を見る事ができます。 また各々の小品の標題は編集者がつけたものです。

「四季」はきわめて管弦楽的な発想で作曲されており20世紀のソ連の指揮者アレクサンドル・ガウクが管弦楽編曲いたしております。

Les Saisons
- I. Janvier au coin du feu ♫炉辺にて♫ アレクサンドル・プーシキンの詩
安らかで静かな気持ちのいい小部屋で夜を過ごす平和な気分が描写されております。 

- II. Février carnaval ♫謝肉祭♫ ピョートル・ヴァゼムスキーの詩
祭りの賑わいとともに春が訪れ自然が目覚めると自然の情景とそれに伴った人々の動きが描写されております。
- III. Mars chant de l'alouette ♫ひばりの歌♫ アポーロン・マイコフの詩
- IV. Avril perce-neige ♫松雪草♫ マイコフの詩

- V. Mai les nuits de mai ♫白夜♫ アタナシイ・フェートの詩
白夜の美しさを歌ったフェ―トの詩を標題としております。
- VI. Juin barcarolle ♫舟歌♫ アレクセイ・プレシチェーエフの詩
ロシアの河や湖での舟遊びによるものです。

- VII. Juillet chant du moissonneur ♫刈りいれの歌♫ アレクセイ・コリツォフの詩
自然と結びついた民衆の生活が描写されております。
- VIII. Août la moisson ♫収穫の歌♫ コリツォフの詩
- IX. Septembre la chasse ♫狩りの歌♫ プーシキンの詩

- X. Octobre chant d'automne ♫秋の歌♫ アレクセイ・ニコラエヴィッチ・トルストイの詩
秋を迎え自然は枯れていきます。

- XI. Novembre course en troïka ♫トロイカで♫ ニコライ・ネクラーソフの詩
再び冬が訪れます。 チャイコフスキーのピアノ曲中で有名なものの一つです。 トロイカというのは3頭立ての馬橇の事で11月ともなるとロシアは雪におおわれもっぱらそりが利用されます。

- XII. Décembre Noël ♫クリスマス週間♫ ヴァシーリー・ジュコーフスキーの詩
人々は明るい気分で1年を終えます。

四季全曲♫~アシュケナージ

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リヒテル


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チャイコフスキー バレエ音楽 「眠れる森の美女」

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モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

チャイコフスキー(1840~1893)はロシアの作曲家ですが、「白鳥の湖」(1875~1876)、「眠れる森の美女」(1888~1889)、「くるみ割り人形」(1891~1892)という三大バレエ音楽で特に有名だと思います。 

今日はその中でバレエ音楽「眠れる森の美女」について書きます。

この演目は2002年私が東京滞在中にロシア国立ボリショイ・バレエ団の日本公演を東京文化会館に見に行った事があるのですが、まずその時のパンフレットから写真を掲載しようと思います。

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オーロラ姫

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オーロラ姫とデジレ王子

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オーロラ姫とデジレ王子

台本はフランスの童話作家シャルル・ぺローの「LA BELLE AU BOIS DORMANT」(眠れる森の美女)というおとぎ話に基づいて書かれたものですが、簡単にあらすじを書きます。

昔々、フロレスタン24世の国では久しく子宝に恵まれなかった王妃に王女が生まれたので、オーロラ姫と名付けられ、盛大な祝宴が行われました。 意地悪な妖精カラボスは、これに招待されなかったので、祝宴に乗り込み、「王女が娘になった時に指を刺して死ぬであろう」と恐ろしい予言を行います。

いよいよオーロラ姫は成人して、予言は的中しますが、百年の後、狩りにやってきたデジレ王子の接吻によって、オーロラ姫は長い眠りから目覚めます。 そして、めでたく華やかな結婚式が行われます。

初演は1890年1月、ペテルブルクのマリインスキー劇場で行われました。 その初演の前に作曲家でチャイコフスキーの友人のジロティによってピアノ独奏版が編曲されており、1892年にはラフマニノフによる連弾版も出版されております。
チャイコフスキー/ラフマニノフ 「眠れる森の美女」 1台4手楽譜♪~アカデミア・ミュージック

チャイコフスキー バレエ「眠れる森の美女」♫~パリ国立バレエ団 

またジロティがバレエ全曲(作品66)の中から5曲を抜粋してチャイコフスキーの監修の元で編纂した演奏会用組曲(作品66a)もあります。  その終曲の「ワルツ」のスコアを掲載いたします。
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チャイコフスキー 組曲「眠れる森の美女」♫~小澤征爾指揮、ボストン交響楽団

皆様この終曲の「ワルツ」は耳に馴染みのおありになる方が多いのではないかと思います。


明日はべート―ヴェン ピアノ協奏曲 第3番について書きます。




チャイコフスキー 序曲 1812年 作品49

カテゴリー「東京音楽大学」の「二台ピアノ」に入っています。↓

http://masakotani.jp/blog-entry-50.html
プロフィール

谷真子 masakotani

Author:谷真子 masakotani
東京音楽大学卒業

ADRESS
奈良市学園前

ピアニスト谷真子公式サイト
http://masakotani.co
奈良市学園前 谷真子ピアノ教室 教室ブログ「musica」
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