ラフマニノフ ピアノ三重奏曲第2番

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ラフマニノフのピアノ三重奏曲第2番は、ラフマニノフがモスクワ音楽院卒業後の1893年に作曲したもので、モスクワ音楽院在籍中の1892年に作曲」された第1番と合わせて「悲しみの三重奏曲「と呼ばれております。

1893年11月、チャイコフスキーの訃報を聞きわずか1か月余りで完成されたもので、翌1894年にラフマニノフ自身のピアノによって初演されました。

ロシア音楽の特徴である故人を偲んで室内楽を作曲するという発想はチャイコフスキーによって確立されましたが、ラフマニノフもその伝統を受け継いで作曲したものと思われます。

楽曲構成はチャイコフスキーの「偉大な芸術家の思い出に」と類似しております。



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ラフマニノフ 2台のピアノのための組曲 第2番/Rakhmaninov Suite No.2 Op.17

組曲第2番はラフマニノフが2台のピアノのために作曲したピアノデュオの作品です。

ラフマニノフ(1873~1943)は1892年モスクワ音楽院を卒業後、順調に作曲を進めておりましたが、1897年の「交響曲第1番」の失敗で自信を喪失ししばらくの間作曲ができなくなってしまいます。

そんなラフマニノフが自信を取り戻しつつあった1900年12月から1901年4月にかけて組曲第2番は作曲されました。 並行して作曲された曲にピアノ協奏曲第2番があります。

初演は1901年11月24日モスクワでラフマニノフとジロティのピアノで行われました。

第1楽章 序奏♫~関本昌平、ガブリリュク
第2楽章 ワルツ♫~関本昌平、ガブリリュク
第3楽章 ロマンス♫~関本昌平、ガブリリュク
第4楽章 タランテッラ♫~関本昌平、ガブリリュク


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ラフマニノフ 2台のピアノのための組曲 第1番 「幻想的絵画」 作品5/Rakhmaninov Suite No.1 "Fantasie-tableaux" Op.5

「二台のピアノのための組曲第1番」はラフマニノフ(1873~1943)のピアノデュオ曲ですが、ラフマニノフが20歳の時の1893年に作曲されました。

ラフマニノフは1891年18歳でモスクワ音楽院ピアノ科を首席で卒業し、翌1892年には同院作曲家を首席で卒業します。 1892年10月にはモスクワ電気博覧会で後ラフマニノフの代表作となる「前奏曲嬰ハ短調”鐘”」を初演致します。

「二台のピアノのための組曲第1番」の初演は1893年11月30日にモスクワでラフマニノフとパプストのピアノで行われ、才能を認め目をかけてくれていたチャイコフスキーへの感謝の思いから彼に献呈されましたが、初演を聴くことを約束していたにも拘わらずチャイコフスキーは11月6日初演を聴く前に亡くなってしまいました。

各楽章冒頭にラフマニノフが作曲のインスピレーションを受けた詩が載せられており、インスピレーションを基に絵画的に作曲された作品です。

第1楽章 バルカローレ
ロシアの詩人レールモントフの詩「ベネチア」の一節が引用されております。

(ミハイル・レールモントフ)
おお、涼しいゆうべの波が、
ゴンドラのオールを静かに打つ。
―あの歌がまた! またギターで鳴る!
―遠くでいまは、憂鬱そしてまた幸せに、
聞こえるのは古い舟歌の響きか、
「ゴンドラは水面を滑り、
時も愛とともに飛び去る、
水はふたたび穏やかになり、
情熱はもはや高まらない」

第2楽章 夜と愛と
イギリスの詩人バイロンの詩が記されています。

(ジョージ・ゴードン・バイロン)
ナイチンゲールの高いさえずりが
枝から聞こえる時刻に、
恋人同士の誓いあう囁きが、
穏やかな風や近くの水音が、
孤独な者の耳に音楽となる。

第3楽章 涙
ロシアの詩人チュッチェフの同名の詩が引用されています。

(フョードル・チュッチェフ)
人の懸念、おお、人の涙!
お前は朝から晩まで流れ、
人知れずに、目に見えずに、
無限に、無数に流れる、
まるで土砂降りの雨のように、
秋の夜の深遠の中に流れる。

第4楽章 復活祭
ロシアの詩人ホミャコフの同名の詩が引用されています。

(アレクセイ・ホミャコーフ)
強大な鐘の音が大地を越えて鳴り、
大気のすべては嘆き、おののき、苦しむ。
美音の銀色の雷鳴は、
聖なる勝利の知らせを告げる。

ラフマニノフ 2台のピアノのための組曲 第1番♫~ラベック姉妹


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ラフマニノフ パガニーニの主題による狂詩曲 イ短調 作品43/Rakhmaninov Rapsodie sur un theme de Paganini pour Piano et Orchestre a-moll Op.43

ロシア革命(1917)の中、アメリカへ亡命したラフマニノフ(1873~1943)はアメリカでピアニストとして名声を獲得し演奏家としての活動に追われておりました。

そのような中で1934年6月スイスのルツェルン湖畔に建てた別荘で作曲を開始しわずか2か月で仕上げたのがこの「パガニーニの主題による狂詩曲」です。

初演は1934年11月ラフマニノフのピアノ独奏で行われました。

「パガニーニの主題による狂詩曲」は主題と24の変奏から成り、独奏ピアノとオーケストラというピアノ協奏曲スタイルで作曲された狂詩曲ですが、パガニーニのヴァイオリン曲「24のカプリシャス」の第24番「主題と変奏」の主題を用いてラフマニノフが変奏させたものです。

パガニーニ 24のカプリシャス 第24番

構成はパガニーニの主題の断片による8小節の序奏の後、まず先に第1変奏がおかれ、その後で主題があらわれ、第2変奏へと続いていきます。

ラフマニノフ パガニーニの主題による狂詩曲♫~トリフォノフ



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ラフマニノフ ヴォカリーズ 嬰ハ短調/Rakhmaninov Vocalise Op.34-14

ラフマニノフの歌曲「ヴォカリーズ」は1912年6月に作曲され1913年に出版されたソプラノまたはテノールのための歌曲です。

ラフマニノフ ヴォカリーズ♫~ソプラノ(キリ・テ・カナワ)

最初の草稿ではピアノ伴奏でしたが、1916年1月初演時には管弦楽版で初演されております。

献呈は初演者のソプラノ歌手アントニーナ・ネジタノーヴァに献呈されております。

母音「アー」でため息のような旋律が歌われ、淡々と和音と対旋律をピアノが奏でます。

ロシア語の制約を受けないためラフマニノフの歌曲の中では最も有名な歌曲となっており、様々な編曲の器楽曲としても良く演奏されます。

ピアノ独奏版の編曲としては有名なのがアラン・リチャードソン版、コチシュ・ゾルターン版、アール・ワイルド版の3つあります。

ラフマニノフ ヴォカリーズ♫~ピアノ独奏(エフゲニー・キーシン)

ラフマニノフ ヴォカリーズ♫~チェロ(宮田大)
ラフマニノフ ヴォカリーズ♫~ヴァイオリン(パールマン)



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ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 作品18/Rakhmaninov Concerto for piano and orchestra No.2 c-moll Op.18 

ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番はロシアの作曲家のラフマニノフ(1873~1943)が作曲した2番目のピアノ協奏曲ですが、作曲は1900年秋から1901年4月にかけて書かれました。 ラフマニノフは4曲ピアノ協奏曲を作曲していますが、その中でも最も人気のある傑作のひとつで1905年グリンカ賞を受賞しております。

第2と第3楽章が1900年12月2日に初演され、全曲の初演は1901年11月9日にラフマニノフと指揮者のジロティによって行われました。

ラフマニノフはモスクワ音楽院を卒業した後、「前奏曲嬰ハ短調作品3-2」で一躍有名となりましたが、1897年初演の交響曲第1番の不評以来自信喪失のため制作不能の状態に陥ります。 1899年新しいピアノ協奏曲を依頼されイギリスに渡りますが、病気は続き、1900年ダーリ博士との出会いで次第に快方に向かいます。

ラフマニノフは自分の自信回復のため尽力してくれたダーリ博士にこのピアノ協奏曲を捧げています。

ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番♫~キーシン
ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番♫~辻井伸行
ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番♫~リヒテル
ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番♫~ラフマニノフ


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ラフマニノフ 2台ピアノのための組曲 第2番 Op.17/Rakhmaninov Suite No.2 Op.17

ラフマニノフの「2台のピアノのための組曲 第2番」はラフマニノフのピアノ・デュオ曲ですが、1900年12月から1901年4月にかけて作曲されました。

この曲は東京音楽大学在学中にデュオの授業でお勉強した事がありますが、2台ピアノは以前、東京音楽大学校友会関西支部の演奏会でも演奏した事があります。

チャイコフスキー  序曲 1812年♫~谷真子(二台ピアノ)

ラフマニノフは1892年、ペテルブルク音楽院を卒業した後、順調に作曲を進めておりましたが、1897年の「交響曲第1番」の初演の失敗を機に自信を喪失ししばらく作曲を止めております。 作品17はそんなラフマニノフが自信を回復し再び作曲活動を始めた頃の作品で、前作の「楽興の時」とは5年ほどの空きがあります。

並行して作曲された作品に「ピアノ協奏曲第2番」があります。

友人のピアニストのアレクサンドル・ゴリデンヴェイゼルに献呈され、初演は1901年11月24日モスクワでラフマニノフ自身とアレクサンドル・ジロティのピアノで行われました。

1.序奏、2.ワルツ、3.ロマンス、4.タランテラという4つの楽章から成り立っております。

ラフマニノフ 2台のピアノのための組曲 第2番♫~アルゲリッチ、フレイレ
ラフマニノフ 2台のピアノのための組曲 第2番♫~アシュケナージ、プレヴィン
ラフマニノフ 2台のピアノのための組曲 第2番♫~ゴールデンバイザー、ギンズブルク


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ラフマニノフ 幻想的小品集 作品3/Rakhmaninov Morceau de fantaisie Op.3

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ラフマニノフ(1873~1943)の幻想的小品集はラフマニノフがモスクワ音楽院を卒業した翌年の1892年に完成させたピアノ独奏曲集です。 

1892年10月8日のモスクワ電気博覧会の祝賀会でラフマニノフ自身によって初演され、翌1893年にモスクワ音楽院の作曲の恩師アレンスキーに献呈されました。

どの曲も音楽形式的に幻想曲の形をとっているわけではなく、幻想的な雰囲気を持つキャラクター・ピースとなっております。

1 エレジー 変ホ短調 / "Elegie"
1
瞑想的な雰囲気の曲です。
エレジー♫~アシュケナージ 

2 前奏曲 嬰ハ短調 / "Prelude"
2
 フィギュアスケート選手の浅田真央選手がバンクーバーオリンピックのフリーでも使用した曲ですが、ラフマニノフの作品の中で最も有名なピアノ曲の一つです。 ラフマニノフはこの曲で有名になったと言われております。 冒頭の楽想はクレムリンの宮殿の鐘の音にインスピレーションを得て作曲したと言われ、俗には「鐘の音」とも呼ばれております。 ラフマニノフはこの「前奏曲作品3-2」、「10の前奏曲作品23」、「13の前奏曲作品32」の24曲の前奏曲を残しており、全て異なった調性で書かれております。
前奏曲 嬰ハ短調♫~キーシン

3 メロディ ホ短調 / "Melodie"
3
メロディ♫~リヒテル 

4 道化師 / "Polichinelle"
4
華やかで技巧的な作品です。
道化師♫~ラフマニノフ 

5 セレナード 変ロ短調 / "Serenade"
5
ワルツの主題が軽やかな曲です。
セレナード♫~ラフマニノフ



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ラフマニノフ ピアノ・ソナタ第1番 ニ短調 Op.28/Rakhmaninov Sonata for Piano No.1 d-moll Op.28

ラフマニノフのピアノ・ソナタ第1番は元来はゲーテの戯曲「ファウスト」を題材として作曲されましたが、後にこの発想は放棄されました。

1906年11月ラフマニノフは妻と娘を連れてドレスデンに移り住み交響曲第2番の作曲に没頭します。 モスクワの喧騒を離れ集中できる環境の中でラフマニノフはピアノ・ソナタ第1番の作曲にかかりますが、最初の構想はゲーテの「ファウスト」に基づいて第1楽章をファウスト、第2楽章をグレートヒェン、第3楽章をメフィストフェレスの肖像とする標題的なソナタの作曲でした。

この発想はリストの「ファウスト交響曲」をなぞったものでしたが、作曲開始直後にこの発想は放棄されました。

初演は1908年10月17日友人のコンスタンティン・イグムノフによってモスクワで行われました。

ラフマニノフは2曲のピアノ・ソナタを残しておりますが、ソナタ第2番に対してそのソナタ第1番は演奏される機会が非常に少なく演奏には約40分もの時間を要します。 その複雑さと長大さゆえに全体像がつかみにくく技巧的に難易度も高いですが、名ピアニストによってその世界が再現された時には壮大で輝かしい世界が立ち現れます。

ラフマニノフ ピアノ・ソナタ第1番♫~トリフォノフ
ラフマニノフ ピアノ・ソナタ第1番♫~ルガンスキー
ラフマニノフ ピアノ・ソナタ第1番♫~スコア付き


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ラフマニノフ ピアノ・ソナタ第2番 変ロ短調 作品36/Rakhmaninov Sonata for Piano No.2 b-moll Op.36

ラフマニノフ(1873~1943)のピアノ・ソナタ第2番はラフマニノフが完成させた2曲のピアノ・ソナタのうち最後の作品で1913年に書かれております。 これはピアノ協奏曲第3番を作曲して3年後にあたりすでに2曲のピアノ協奏曲と2曲の交響曲を作曲しておりラフマニノフ後期の作風が確立されております。

ラフマニノフは1913年の1月から8月まで合唱交響曲「鐘」の構想と作曲のため先人チャイコフスキーに倣ってイタリアに滞在しておりました。 しかしローマで娘が病に倒れたため名医を求めてドレスデンに立ち寄りその地で「ピアノ・ソナタ第2番」を着想致しました。

完成はロシア帝国に戻ってからであり、1913年12月16日にモスクワのリサイタルでラフマニノフ自身の演奏で初演を行いました。 同年にモスクワのグートヘイリ社より出版致しております。

献呈は音楽院時代の同級生でピアニストのマトヴェイ・プレスマンに献呈されました。

1917年のロシア革命でアメリカへ亡命するまでラフマニノフはこの作品を国内の演奏会で演奏致しましたが評判が芳しくなく、渡米後の1931年にブージー・アンド・ホークス社より改訂版を発表致しました。

しかし友人のホロヴィッツは異議を唱え、ホロヴィッツはラフマニノフ了解のもとで両者を折衷した独自の編曲(ホロヴィッツ版)を好んで演奏致しました。

かつてはホロヴィッツが独自に作った編曲版のみがホロヴィッツの演奏や録音を通じて知られていたに過ぎず、ラフマニノフの「ピアノ・ソナタ第2番」が正当に評価されていたとは言えませんでしたが、ラフマニノフ生誕100周年の1970年代を境に事情は一変し多くのピアニストがラフマニノフ自身の版(初版または改訂版)を取り上げるようになりました。 またグリモーのように独自の編曲をするピアニストもおります。

初版と改訂版の2つは一長一短のうえそれぞれに魅力があり優劣を付けることは容易ではありません。

ホロヴィッツ版を好む演奏者は初版は長すぎるし改訂版は物足りないと評価します。

改訂版を好むピアニストは、初版は冗長であり改訂版が最終決定版と評価します。

初版を好むピアニストは、改訂版は世に受け入れられるための妥協であり作曲者の望んだ真の姿ではないと評価します。

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1楽章(1931年版)

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2楽章(1931年版)

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3楽章(1931年版)

ラフマニノフ ピアノ・ソナタ第2番♫~ホロヴィッツ
ラフマニノフ ピアノ・ソナタ第2番♫~グリモー
ラフマニノフ ピアノ・ソナタ第2番(1913年版♫~アシュケナージ
ラフマニノフ ピアノ・ソナタ第2番(1913年版♫~コチシュ
ラフマニノフ ピアノ・ソナタ第2番(1931年版♫~マツーエフ
ラフマニノフ ピアノ・ソナタ第2番♫~ロマノフスキー(チャイコフスキーコンクールより)


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ラフマニノフ コレルリの主題による変奏曲 作品42/Rachmaninov Variations on a theme by Corelli Op.42

ラフマニノフの「コレッリの主題による変奏曲」はラフマニノフが作曲したピアノ独奏のための変奏曲で主題と20のための変奏から成っており親友のクライスラーに献呈されております。

ラフマニノフはロシア革命を避けるため1918年にアメリカに亡命しましたが、その多忙さから十分な作曲時間を持つことができませんでした。 しかし1929年本拠地をパリに移してから再び作曲に時間を費やす事ができるようになりそのような時期の1931年に「コレルリの主題による変奏曲」は作曲されました。 ラフマニノフが渡米後に作曲した最初で最後のピアノ独奏曲です。

ラフマニノフはコレルリの「ヴァイオリン・ソナタ」作品5(1700年)の終曲の変奏曲「ラ・フォリア」を主題としましたが、コレルリは古来の舞曲のフォリアを元にしている為、ラフマニノフが付けたタイトルは正確ではありません。

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フォリア(folia)は、イベリア半島起源の舞曲です。 15世紀末のポルトガルあるいはスペインが起源とされておりますが、いずれかは定まっておりません。 サラバンドと同じく3拍子の緩やかな音楽で、フォリアとは、「狂気」あるいは「常軌を逸した」という意味があり、もともとは騒がしい踊りのための音楽だったようですが、時代を経て優雅で憂いを帯びた曲調に変化しました。
フォリア 舞踊映像

17世紀にはイタリアで大流行し、多くの作曲家が採り上げております。 とくに、アルカンジェロ・コレッリの『ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ』作品5の12曲中の終曲の『ラ・フォリア』がよく知られております。
コレルリ 「ラ・フォリア」♫~ヴァイオリン

コレッリの曲が有名になったため、フォリアそのものがコレッリの作品と同一視されるという誤解も広まっていきました。

ラフマニノフ コレルリの主題による変奏曲♫~アシュケナージ


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ラフマニノフ 6つの楽興の時/Rachmaninoff Six Moments Musicaux Op.16

ラフマニノフ(1873~1943)はロシアの作曲家・ピアニストですが、「6つの楽興の時 作品16」は1896年に作曲されたラフマニノフ初期の6曲から成るピアノ曲集です。

題名はシューベルトを連想させますが、超絶技巧やピアノ書法にはショパンやリストの影響が見受けられます。

各曲は組曲を構成しながらも個別の主題や気分を備えた独立した楽曲として成立しており、ピアニストとしても活躍したラフマニノフらしく演奏には極めて高度な技巧を必要とされます。

「6つの楽興の時」はラフマニノフのそれ以前のピアノ作品に比べると長めでテクスチュアは重厚で超絶技巧の要求もより高度であり作品の細部は装飾的というより機能的になっております。 ラフマニノフのそれまでのピアノ曲の作曲の知識を総括する作品であり、ラフマニノフが「自分の心の内にあるもの」を完全に描き出した作品です。

奇数番目の曲は比較的ゆっくりと、偶数番目の曲は極めて速く劇的な雰囲気を持ち、全体がロシアの荒涼とした大地を覆う美しい情景に彩られております。

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第1曲 アンダンティーノ
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息の長い内省的な旋律によって曲集は始まり急激なクライマックスへと畳み掛けます。

第2曲 アレグレット
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ラフマニノフの演奏技巧の熟達を告げる小品です。

第3曲 アンダンテ・カンタービレ
3
葬送行進曲とか哀歌と呼ぶのに相応しく、ゆっくりとした叙情的な美しい旋律が綿々とした情緒を感じさせます。

第4曲 プレスト
4
ショパンの前奏曲などにインスパイアされており濃密な旋律が奏されております。

第5曲 アダージョ・ソステヌート
5
曲集に淡い光が差し込むような優しさに満ちた長調の作品です。

第6曲 マエストーソ
6
3声体の重厚なテクスチュアによる堂々とした終曲です。

ラフマニノフ 楽興の時♫~アシュケナージ
ラフマニノフ 楽興の時♫~ベルマン
ラフマニノフ 楽興の時♫~ルガンスキー
ラフマニノフ 楽興の時♫~ポゴレリッチ


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ラフマニノフ 24の前奏曲

ラフマニノフ(1873~1943)のピアノ曲の中で「前奏曲Op.3-2」と「10の前奏曲作品23」と「13の前奏曲作品32」の24曲を合わせたものがラフマニノフの24の前奏曲と呼ばれております。

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ラフマニノフが「前奏曲 嬰ハ短調 Op.3-2 鐘」を作曲したのは1892年モスクワ音楽院を卒業して間もない頃ですが、他の小品とともに全5曲からなる作品3の「幻想的小品集」としてまとめられその第2曲に収められました。 それが今日ラフマニノフの24の前奏曲の第1番とされております。

「前奏曲 嬰ハ短調 作品3-2」はモスクワのクレムリンの鐘の音にラフマニノフがインスパイアされて作曲したもので大小の多数の鐘の音が交錯して響く雰囲気が感じられます。 通称の「鐘」のタイトルはこの作曲の由来から付けられたものです。 この作品は1892年10月8日のモスクワ電気博覧会の祝賀会においてラフマニノフによって初演され翌1893年他の小品とともに「幻想的小品集 作品3」として出版されました。 fffからpppに至る 初演当時から絶大な人気があった作品です。

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Op.3-2

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ラフマニノフ 前奏曲 嬰ハ短調 作品3-2 「鐘」♫~アシュケナージ


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「10の前奏曲 作品23」は1903年に完成されましたが、まず1901年に「10の前奏曲」の中の第5曲のト短調を書きあげ1903年に残り9曲を完成させております。

ラフマニノフは24の長短調それぞれに対して1曲ずつのプレリュードを完成しておりますが、これはショパンの「24のプレリュード」に倣ったものです。 バッハの「平均律クラヴィーア曲集」が出現して以来、24の異なる調性でピアノ曲を作曲しようとする試みは多くの作曲家を刺激いたしますが、ロマン派から現代にいたるまでのこの種の代表的な作品はショパンとスクリャービンの「24の前奏曲」、ショスタコーヴィッチの「24の前奏曲とフーガ」、そしてラフマニノフの「24の前奏曲」です。

ラフマニノフの「24の前奏曲」は明確な3部形式によるものが多く、ポリフォニック的であると言えると思います。 しかしラフマニノフは初めから24曲をひとまとまりの曲集として書こうという構想があったわでではなかったようです。 長調と短調が交互になるように工夫はされているもののショパンのように五度圏の順序に従って整然と配置されるような明確な規則性は認められません。

ラフマニノフは初めから「24の前奏曲」を書こうという意図をもって作曲したわけではなく、1902年から1903年、ショパンのプレリュード20番ハ短調「葬送」を主題として「ショパンの主題による変奏曲 作品22」を作曲した頃から、「24の前奏曲集」を書く意図が働いたようです。

Op.23-2
Op.23-2 変ロ長調
3部形式の雄大な前奏曲です。 ロシア人の祝祭気分を描写した音楽と言われラフマニノフの前奏曲の中でも特に豪放で華やかな作品です。
前奏曲 変ロ長調♫~キーシン 

Op.23-5
Op.23-5 ト短調
通称「プレリュード・マーチ」と呼ばれ「鐘」と並んでよく演奏されるポピュラーな傑作です。 3部形式になっております。
前奏曲 ト短調♫~ランラン

Op.23-7
Op.23-7 ハ短調
暗く重苦しいムードが支配的な曲ですがドラマティックでダイナミックな感情の高揚を表現しております。
前奏曲 ハ短調♫~アシュケナージ

10の前奏曲 作品23♫~アシュケナージ


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「13の前奏曲 作品32」はラフマニノフのアメリカ公演の後の1910年に完成しており、これで24の前奏曲が完成いたしました。 ロシア的なセンティメンタルでロマンティックな面に加え、「10の前奏曲」に比べるとモダンな色彩が濃くなっております。

Op.32-10
Op.32-10 ロ短調
この曲はスイスの画家アーノルト・ベックリンの「帰還」という絵のイメージを音楽にしたものです。 3部形式のロマンティックな曲です。
前奏曲 ロ短調♫~リヒテル

Op.32-12
Op.32-12 嬰ト短調
3部形式の前奏曲でロシアの冬のイメージを描いたような絵画的な音楽です。
前奏曲 嬰ト短調♫~ホロヴィッツ

13の前奏曲 作品32♫~アシュケナージ

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ラフマニノフ

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リヒテル

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アシュケナージ

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ワイセンベルク

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リンパニー


明日はヴィヴァルディの調和の霊感について書きます。

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ラフマニノフ ピアノ協奏曲 第3番 二短調 作品30

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

ラフマニノフは1917年、革命を避けてロシアを離れ翌年アメリカへ移住致しましたがアメリカを訪れたのはこの時が初めてではありませんでした。 アメリカのコンサート協会からの招聘を受け1909年の秋アメリカ各地で演奏旅行を行ったわけですがその時の初演を目的に用意されていた新作がピアノ協奏曲第3番でした。

この曲はラフマニノフがまだドレスデンに滞在していた1907年に作曲が始められておりましたが、アメリカ公演のために完成が急がれ1909年の夏に完成し1909年9月28日にラフマニノフ自身のピアノでニューヨークで初演されております。

この作品はラフマニノフの他の協奏曲に比べて一段と規模が大きく、技法も一段と円熟しており、内容もシンフォニックなものですが、当初はその長さと技術的な困難から演奏するピアニストは多くなく献呈されたホフマンも一度も演奏致しておりません。  

そのような中でホロヴィッツが私の曲と呼んでこの曲を愛奏しておりましたが、初演はラフマニノフと2台のピアノのための版で演奏したそうです。 またギーゼキングも録音を致しております。

その後1958年第1回チャイコフスキー国際コンクール第1位のヴァン・クライバーンがコンクールでこの曲を演奏したため、広く演奏されるようになりました。 ピアニストにはピアノとオーケストラとの書法も第2番よりはるかに複雑で構成的にも緻密な難曲ではありますが魅力的な曲となっております。

第1楽章は自由なソナタ形式ですが、静謐でロマン的な雰囲気の中に激情が秘められております。 オーケストラによる短い序奏の後にピアノがオクターブで奏する第1主題が全体を貫く共通主題となっており全曲を統一する役割も持っております。

第2楽章は間奏曲と題される3部形式ですが、それ以上の役割を果たす非常に神秘的な楽章です。

第3楽章は自由なソナタ形式ですが、それまでの抑制された雰囲気を振り払う力強く決然とした楽章です。 派手な軍楽調の終止で全曲を閉じますがこれはラフマニノフ終止と呼ばれるものです。

ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番♫~マルタ・アルゲリッチ
ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番♫~ウラディミール・アシュケナージ
ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番♫~ウラディミール・ホロヴィッツ

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ウラディミール・ホロヴィッツ(ピアノ)、オーマンディ指揮、ニューヨーク・フィル

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エフゲニー・キーシン(ピアノ)、小澤征爾指揮、ボストン交響楽団



明日はムソルグスキーの「展覧会の絵」について書きます。








 






ラフマニノフ 練習曲集「音の絵」 Op.33,Op.39

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モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

セルゲイ・ラフマニノフ(1873~1943)はスクリャービンと並んでロシア近代音楽を代表するピアニスト・作曲家・指揮者ですが、今日書きます「練習曲~音の絵」は高校生の時、中学3年生から帰阪するまでお世話になっていた東京在住ピアニスト・関孝弘先生のもとで一度お勉強した曲です。 
モスクワの憂鬱 藤野幸雄著
モスクワの憂鬱~スクリャービンとラフマニノフ 藤野幸雄著

完全に帰阪した後、ロシアのモスクワ音楽院のエレーナ・リヒテル教授のレッスンを京都で受ける機会があり、ラフマニノフの「エチュード・タブロ」Op.39-1とOp.39-8を再度レッスンして頂いた事があります。 「エチュード・タブロ」は各曲に標題は付いていないものの「ETUDES-TABLEAUX」というフランス語のタイトルのように絵画的な曲ばかりで、私の好きな作品の一つです。 エレーナ・リヒテル教授のラフマニノフの演奏はロシアのロマンティシズムという感じでラフマニノフが良く分かる演奏でした。  

ラフマニノフ 「エチュード・タブロ」
ラフマニノフ「エチュード・タブロ」

作品33(1911年)は初めは9曲作曲されましたが、第4曲は改訂され次の作品39-6として作品39に加えられ、第3曲と第5曲は公表されないままで1914年に6曲だけ出版されました。 (初演は確かではありません。) ラフマニノフの死後、第3曲と第5曲の手稿が発見され1948年にそれらがソヴィエト国立音楽出版社から出版され、その後ブージー=ホークス社から順番を入れ替えて8曲出版されました。(Op.33-4は欠番となっております。)

作品39(1916~1917年)はラフマニノフのロシア時代最後の作品で1917年ラフマニノフ自身によって初演されております。 出版は1920年ロシア音楽出版社から出版されています。

1930年にレスピーギがラフマニノフの「音の絵」から5曲抜粋して管弦楽に編曲した際、ラフマニノフはレスピーギにその5曲の標題について伝えた記録が残っていますが、それ以外は具体的な標題をラフマニノフは明らかにしておりません。 ラフマニノフは「音楽から連想したものを自由に描き出せばよい。」と標題を明らかにすることを嫌っていたようです。

ラフマニノフ/レスピーギ 「音の絵」
第1曲 「海とかもめ」 Op.39-2
第2曲 「定期市の光景」 Op.33-4
第3曲 「葬送行進曲」 Op.39-7
第4曲 「赤ずきんちゃんと狼」 Op.39-6
第5曲 「東洋の行進曲」 Op.39-9

ラフマニノフ/レスピーギ「音の絵」~BBC Philharmonic, Gianandrea Noseda

華麗な技巧という何種類もの筆を使って音という絵具で絵を描こうとする意図でこの練習曲が作られたと思えますが、一つずつの楽曲の意図が明確でありまた多様である事を考えますと、練習曲と呼ぶには超えたものがあるのではないかと思います。

Op.39-1 ハ短調
Op,39-1
右手の急速な分散和音に対して左手はシンコぺーションを刻みピアニスティックな激しい曲で、高度な技術を要求される難曲です。

Op.39-8 ニ短調
Op,39-8
曲の頭の動機で全体が統一されています。 もの悲しい軽快な曲です。

Op.33-6 変ホ短調
Op.33-5
2小節の序奏(ノン・アレグロ)に続き、疾風のようなプレストの起伏の激しい楽想になり力強い音の流れに圧倒されます。 嵐を描写するような音楽で高度な技術のいる曲です。

Op.39-3 嬰へ短調
Op.39-3
情熱の炎のような曲です。 目まぐるしく拍子が変わっていき、冒頭の音型が執拗に繰り返されているうちに、流れるような音型に変わりまた冒頭の音型に戻ります。 スクリャービン的な響きも聴こえます。

♯・・・♭
エレーナ・リヒテル女史(モスクワ音楽院教授)はゲンリッヒ・ネイガウスと息子のスタニスラフ・ネイガウスの弟子でスタニスラフ・ブーニンの先生ですが、「ネイガウスのピアノ講義」という本を編纂しておられますのでご紹介いたします。 ゲンリッヒ・ネイガウスは巨匠リヒテルやギレリスを育てたロシアの名教授です。
ネイガウスのピアノ講義(エレーナ・リヒテル編)
ネイガウスのピアノ講義~そして回想の名教授(音楽之友社)

エレーナ・リヒテルマスタークラス
エレーナ・リヒテル教授 マスタークラス受講証明書



<追記>
フィギュアスケート選手の皆さんがクラシックの曲を良く試合に使われますが、音楽を見事に表現されるその芸術性にはいつも感心いたします。 ラフマニノフの名曲2曲アップ致します。
ラフマニノフ 前奏曲 嬰ハ短調 Op.3-2 「鐘」(管弦楽編曲版)~浅田真央選手

ラフマニノフ パガニーニの主題による狂詩曲 作品43より~羽生結弦選手(2010 World Juniors フリー)


明日はショパンの「ロンド 変ホ長調 Op.16」について書きます。 この曲は中学2年生の時、恩師の故片岡みどり先生(相愛大学名誉教授)に伴われ、元日本ベーゼンドルファー大阪ショールームでProf.Aquiles Delle=Vigne(元ロッテルダム音楽院教授)にレッスンをして頂いた曲です。




















プロフィール

谷真子 masakotani

Author:谷真子 masakotani
東京音楽大学卒業

ADRESS
奈良市学園前

ピアニスト谷真子公式サイト
http://masakotani.co
奈良市学園前 谷真子ピアノ教室 教室ブログ「musica」
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