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2017_04
24
(Mon)08:59

バルトーク 戸外にて/Bartok Szabadban

子供の音楽性を伸ばすために使用したら良いと言われている作曲家にハンガリーの作曲家のバルトークがいますが、私も子供の頃、その少し土臭い一風変わった響きが面白くて、楽しく弾いた思い出があります。

バルトーク(1881~1945)はハンガリーで生まれニューヨークで没したクラシック音楽の作曲家・ピアニストですが、広く東ヨーロッパの民俗音楽を収集した民俗音楽研究家でもありました。

1898年にウイーン音楽院へ入学しますが、ハンガリー音楽を勉強するために、翌年にはリスト音楽院へ入学し作曲とピアノを勉強いたします。

リストの弟子から教えを受けたドイツ・オーストリア音楽の伝統を受け継ぐ優れたピアニストでもありました。

1906年にはコダーイとともに、ハンガリー各地の農民音楽を収集しはじめます。

1907年には26歳でブタペスト王立音楽院(リスト音楽院)のピアノ科教授となり、リリー・クラウスやゲザ・アンダなどの優秀なピアニストを育てます。

1940年にはアメリカへ移住し、コロンビア大学から名誉博士号を授与されます。

「戸外にて」という作品は1926年、バルトークがしばらくの創作活動の中断の後発表した作品です。

民俗素材に基づいたピアノ作品が多い初期の作品と違い新たな作風を示しており、模索していた描写音楽の完成の領域にあります。

5つの楽章から成っております。
1 笛と太鼓 / "Sippal, dobbal" 
2 舟歌 / "Barcarolla" 
3 ミュゼット / "Musettes" 
4 夜の音楽 / "Az ejszaka zeneje" 
5 狩 / "Hajsza"

バルトーク 戸外にて♫~コチシュ


ピアニスト谷真子公式サイト♪ 
2017_04
24
(Mon)08:59

バルトーク 戸外にて/Bartok Szabadban

子供の音楽性を伸ばすために使用したら良いと言われている作曲家にハンガリーの作曲家のバルトークがいますが、私も子供の頃、その少し土臭い一風変わった響きが面白くて、楽しく弾いた思い出があります。

バルトーク(1881~1945)はハンガリーで生まれニューヨークで没したクラシック音楽の作曲家・ピアニストですが、広く東ヨーロッパの民俗音楽を収集した民俗音楽研究家でもありました。

1898年にウイーン音楽院へ入学しますが、ハンガリー音楽を勉強するために、翌年にはリスト音楽院へ入学し作曲とピアノを勉強いたします。

リストの弟子から教えを受けたドイツ・オーストリア音楽の伝統を受け継ぐ優れたピアニストでもありました。

1906年にはコダーイとともに、ハンガリー各地の農民音楽を収集しはじめます。

1907年には26歳でブタペスト王立音楽院(リスト音楽院)のピアノ科教授となり、リリー・クラウスやゲザ・アンダなどの優秀なピアニストを育てます。

1940年にはアメリカへ移住し、コロンビア大学から名誉博士号を授与されます。

「戸外にて」という作品は1926年、バルトークがしばらくの創作活動の中断の後発表した作品です。

民俗素材に基づいたピアノ作品が多い初期の作品と違い新たな作風を示しており、模索していた描写音楽の完成の領域にあります。

5つの楽章から成っております。
1 笛と太鼓 / "Sippal, dobbal" 
2 舟歌 / "Barcarolla" 
3 ミュゼット / "Musettes" 
4 夜の音楽 / "Az ejszaka zeneje" 
5 狩 / "Hajsza"

バルトーク 戸外にて♫~コチシュ


ピアニスト谷真子公式サイト♪ 
2017_01
11
(Wed)08:43

バルトーク ピアノ協奏曲第3番 ホ長調 .Sz.119/Bartok Klavierkonzert Nr.3 E-Dur Sz.119

バルトークのピアノ協奏曲第3番はバルトーク最晩年の1945年7月から8月にかけて亡命先のアメリカで作曲された最後の創作作品です。

バルトークは最後の17小節を略記のまま残しておりましたので、弟子のティポール・シェルリが終止線を書き加えました。

バルトークが息子に宛てた手紙から、当初はこの作品は妻のピアニストディッタ・パーストリ=バルトークに捧げるつもりでしたが、初演は1946年弟子のピアニストジェルジ・シャーンドルがしており、ディッタ夫人は1960年代に入ってようやくこの曲を録音しました。 しかし生涯この曲を公開の席では演奏する事はなかったようです。

アメリカでのバルトークの生活は決して恵まれたものではありませんでしたが現実に反してこの曲は澄んだ響きと情熱的な響きを持っております。

バルトーク ピアノ協奏曲第3番♫~アルゲリッチ
バルトーク ピアノ協奏曲第3番♫~シフ



ピアニスト谷真子公式サイト
2016_02
08
(Mon)09:27

バルトーク ピアノ・ソナタ Sz.80/Bartok Sonate fur Klavier(1926) 

ハンガリーの作曲家バルトーク(1881~1945)は初期の作曲では民謡素材に基づくピアノ曲を多く作曲していますが、1923年のオーケストラ作品「舞踏組曲」の作曲を最後に3年間創作活動を中断しております。

この「ピアノ・ソナタ」は1926年6月作曲されましたが、彼の書いた唯一のピアノ・ソナタで、ピアノ独奏曲の中では最も重要な作品です。 初演は1926年12月8日ブタペストでバルトーク自身の演奏で行われております。 初期の作品とは全く異なる作風であり自ら後期への意志を示しております。

1926年の夏、バルトークは家族を避暑地に送りだし自らはブタペストに残り翌年の演奏会に向けてピアノ協奏曲1番を書くため作曲に取り組みました。 こういう中からこのソナタや「戸外にて」「9つのピアノ小品」などが書きあげられお互いの作品は影響し合っております。

「ピアノ・ソナタ」はリストの系譜に繋がる優れたピアニストであったバルトークが自らのレパートリーの一つとして作曲した作品であると同時に、小品の方が多い彼のピアノ作品の中では大規模な構造を持っている数少ない作品の一つです。

この曲ではもう初期の作品のように民謡や民俗音楽を生で扱う事はなく、その要素は完全に抽象化されてより高度な創造、絶対音楽の世界が指向されております。

形式的にはソナタ形式を踏まえウイーン古典派が確立したオーソドックスな3楽章で構成されていますが、様々な音階の使用や、調性感の不明確な響き、バロック音楽的な構造の明確さ、ピアノの打楽器的な使用、重厚な和音塊など非情なまでに純粋な音楽的書法の追及に終始しております。

第1楽章
ソナタ形式で軽快な第1主題、静かな第2主題の2つの主題とそれから派生する多様なリズムの組み合わせによる精密な楽章です。
バルトーク ピアノ・ソナタ 第1楽章♫~ランラン

第2楽章
鐘の音のような連打に始まる緩徐楽章です。 単純ですが緊張感に満ちた和音の列が悲痛に聴こえます。
バルトーク ピアノ・ソナタ 第2楽章♫~ランラン

第3楽章
ロンド形式ですがその主題は素朴で明快です。 小刻みな動きと民俗舞曲風のカラーが生き生きとした生命感を表しています。
バルトーク ピアノ・ソナタ 第3楽章♫~ランラン

参考ブログ
バルトーク ルーマニア民俗舞曲

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ゾルタン・コチシュ

P1030070.jpg
アンドール・フォルデス

バルトーク ピアノ・ソナ♫~アルゲリッチ(スコア付き)


レッスン問い合わせ
2015_11
14
(Sat)06:17

バルトーク 「ルーマニア民俗舞曲」 

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

バルトーク(1881~1945)はオーストリア=ハンガリー帝国のナジセントミクローシュ(現在のルーマニア)に生まれニューヨークで亡くなった近代クラシック音楽の作曲家です。 またブタペスト王立音楽院(現在のリスト音楽院)でリストの弟子のイシュトヴァ―ンから教えを受けたドイツ=オーストリア音楽を継承するピアニスト・ピアノ教育者でもあり、一方民俗音楽の研究家としても知られております。

1906年からコダーイとともに農民音楽の収集を始めますが、1907年から1934年までブタペスト音楽院の教授にも就任しリリー・クラウスやゲザ・アンダを直接教育しております。 1940年にはコロンビア大学客員教授として膨大な研究資料を持って渡米し、アメリカで亡くなっております。 

私が初めてバルトークの音楽に触れたのは小学校1年生の時でした。  「子供のために」の中のカノンという曲でしたが、その土臭い独特の響きが楽しくまた楽譜には表記されていない民俗音楽の呼吸を自由に表現できるのが私には面白く好きな作曲家の1人でした。

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子供のために

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カノン



さて「ルーマニア民俗舞曲Sz.56」ですが、1915年作曲された小組曲です。 当時はハンガリー王国の一部だったルーマニアのトランシルヴァニア地方の民俗音楽を素材にしたものです。 やはり楽譜は簡単ですが民俗音楽のリズムや呼吸や雰囲気を求められますので音楽的レベルはかなり高いものが要求される曲です。

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1917年にはバルトーク自身が管弦楽版Sz.68に編曲しており、その後も他の音楽家によってヴァイオリンとピアノによる編曲版や弦楽合奏版、チェロ版など編曲されており親しみやすいメロディや手ごろな長さからコンサートでは良く取り上げられる作品です。

第1曲は「ジョク・ク・バータ(杖踊り)」、第2曲は「ブラウル(飾り帯をつけた踊り)」、第3曲は「ペ・ロック(足踏み踊り)」、第4曲はプチュメアーナ(プチュムの踊り)」、第5曲は「ポアルカ・ロマネアスカ(ルーマニア風ポルカ)」、第6曲は「マヌンツェル(急速な踊り)」
となっておりおだやかな第1曲からエネルギッシュな終曲へと盛り上がってまいります。 作曲当初からかなり人気が高い曲だったようです。

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ゾルタン・コチシュ(ピアノ)

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アンドール・フォルデス(ピアノ)

バルトーク 「ルーマニア民俗舞曲」♫~リリー・クラウス(ピアノ)
バルトーク 「ルーマニア民俗舞曲」♫~バルトーク・ベーラ
バルトーク 「ルーマニア民俗舞曲」♫~管弦楽版

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棒踊り

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帯踊り

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足踏み踊り

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アルペンホーンの踊り

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ルーマニアの"ポルカ"

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速くて細かいステップの踊り



明日はカンデインスキーの芸術論から「共通感覚論」について導入の初歩的な事を簡単に書いて見ようと思います。