2017_11
12
(Sun)09:30

ドヴォルザーク ユーモレスク Op.101-7



8つのユーモレスク作品101はドヴォルザークが1894年に作曲した8つの曲からなるユーモレスク集です。

とりわけ第7曲の変ト長調は有名なピアノ曲ですが、クライスラーによってヴァイオリンに編曲され大変有名になりました。

1892年から1895年までニューヨークのナショナル音楽院の院長に在職していたドヴォルザークは、数々の楽想をスケッチ帳に書き溜めておりましたが、1894年夏休みに、故郷のボヘミアで、これらの楽想の中からピアノのための小品集「ユーモレスク」を作曲し、同年ドイツのジムロック社から出版致します。

日本でも数々のドラマや映画に使われ、大変有名なクラシックの名曲の一つとなっております。


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2017_05
29
(Mon)09:17

ドヴォルザーク ピアノとヴァイオリンのためのロマンス ヘ短調 Op.11

ドヴォルザーク(1841~1904)の「ピアノとヴァイオリンのためのロマンス 作品11」は、1877年ヴァイオリンと管弦楽のための作品として書かれた作品の、ピアノのための編曲版です。

出版はベルリンのジムロック社から1879年にされました。

この曲はプラハ仮劇場(常設の国民劇場が建設されるまでチェコの戯曲・歌劇を上演する仮説の劇場として1862年建設された)の管弦楽団のコンサートマスターがオーケストラのコンサートで演奏するため依頼したもので、1877年12月初演されました。

「ロマンス」は、1873年に習作として作曲された「弦楽四重奏曲 第5番 ヘ短調」の2楽章をヴァイオリンとオーケストラの曲として作り変えたものですが、原曲の方はドヴォルザークの生存中は出版されなかったようです。

ドヴォルザーク ロマンス♫~ピアノとヴァイオリン
ドヴォルザーク ロマンス♫~アイザックスターン(ヴァイオリン)と管弦楽


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2016_02
09
(Tue)07:25

ドヴォルザーク スラヴ舞曲集 Op.46, Op.72/Dvorak Slawische Tanze

ドヴォルザーク(1841~1904)はチェコの作曲家ですが、そのドヴォルザークがピアノ連弾のために書いたのが「スラヴ舞曲集」です。

各8曲からなる第1集作品46と第2集作品72があります。 作曲家自身によって全曲が管弦楽編曲されております。

ドヴォルザークは1875年にオーストリア=ハンガリー帝国政府の奨学金の審査で提出作品が認められますが、その審査員の中にはブラームスがおりました。

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19世紀欧州は1804年から1867年まではオーストリア帝国が、1867年から1918年まではオーストリア=ハンガリー帝国が中東欧を支配しており、ハプスブルク家の君臨していた時代でした。


特にブラームスはドヴォルザークの才能を高く評価しベルリンの出版社のジムロック社にドヴォルザークを紹介します。 ジムロック社はブラームスの「ハンガリー舞曲集」の成功を受け、ドヴォルザークにもボヘミアの民謡を基にした連弾曲集の作曲を要望いたします。 

それに応えて1878年3月から5月にかけて作曲されたのが、8曲からなる「スラヴ舞曲集」作品46です。 「ハンガリー舞曲集」と同様にピアノ連弾曲集として出版され大人気となりました。

ドヴォルザークは同年4月には管弦楽編曲に着手し8月には全8曲の編曲を完成いたしました。 こちらも同年出版されたちまち世界中のオーケストラのレパートリーとなりました。

ドヴォルザークは民族舞曲のリズムや特徴は生かしておりますが、旋律は独自に作曲しております。

第1集の成功後、ジムロック社は次の舞曲集の作曲をドヴォルザークに要望します。 そして1886年6月にピアノ連弾版の全8曲を完成いたします。 これがスラヴ舞曲集第2集作品72です。 管弦楽編曲も同年11月から1887年1月にかけて行われどちらも完成の年にそれぞれ出版されました。

第1集がボヘミアの代表的な舞曲を取り上げているのに比べ、第2集では他のスラヴ地域の舞曲を取り入れているのが特色です。
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Op.46-1 SECOND

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Op.46-1 PRIMO

1
Op.72-1 SECOND

2
Op.72-1 PRIMO

ドヴォルザーク スラヴ舞曲集 Op.46♫~ブレンデル、クリーン
ドヴォルザーク スラヴ舞曲集 Op.72♫~ブレンデル、クリーン
ドヴォルザーク スラヴ舞曲集全曲♫~管弦楽

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クーベリック指揮、バイエルン放送交響楽団


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