2015_09
30
(Wed)07:43

東誠三先生東京音楽大学非常勤講師(ピアニスト)~「ソルフェージュ」の講義

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モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

音楽大学は一般大学と違って実技の学校ではありますが、だからと言ってピアノのレッスンだけを受けに行くレッスン・ルームではありません。 大学ですから音楽に関する様々な授業が開講されており、卒業するためにはそういう科目のお勉強を終了しなくては卒業できません。 

そういう科目の一つに「ソルフェージュ」という科目があります。 ♪ピアニストの東誠三先生非常勤講師♪もソルフェ―ジュの授業を持っておられました。 他のソルフェージュの先生もパリのコンセルヴァトワ―ル出身の素晴らしい先生方でソルフェージュの授業も大変レヴェルが高く充実しておりました。

東先生は東京音楽大学の大先輩で日本を代表するピアニストの方のお一人ですが、お忙しい中、東京音楽大学の非常勤講師として母校の後輩をご指導もして下さりながら、現在は東京芸術大学の准教授としても精力的に活動をなさっていらっしゃいます。 

東京音楽大学進学後、パリのコンセルヴァトワ―ルでもお勉強をしていらっしゃるので、(ピアニストとしてはもちろん有名な方ですが)ソルフェージュも素晴らしい授業をなさいます。 フランスは古くからソルフェージュ教育の重要性を推進してきた国です。 日本も最近はやっとソルフェージュ教育の重要性が浸透してまいり、趣味の方でもピアノと並行してソルフェージュを習われる方が増えてまいりましたが、音楽大学に入学した後もソルフェージュという授業はあります。

ソルフェージュはピアノと同じように個人の先生にお習いする方も多いですが、私の場合は大阪の♪相愛音楽教室~現相愛大学附属音楽教室♪に通っておりました。 土曜日の午後かなり長時間に渡って聴音、楽典、新曲視唱などの授業が行われます。 学校と同じように試験も父兄の個人懇談もあります。 試験の結果でクラスが決められ、1年に1回実技テストもあり、卒業時の実技テストで一番の人は卒業演奏会に出演します。 

相愛音楽教室は関西では一番伝統のある音楽教室ですが、卒業生には毎日コンクールの入賞者の方も多く、世界的に有名な音楽家も多く輩出している音楽教室です。 私が東京音楽大学のソルフェージュの試験で上級に入れたのは、相愛音楽教室のおかげだと思っております。 

明日はその相愛音楽教室の中学3年の実技テストで弾いたハイドンのピアノ・ソナタHob.16-50ハ長調について書きます。 この曲を弾いて首席となり卒業演奏会に出演させて頂け、卒業演奏会ではリストの「小人の踊り」とベートーヴェンのピアノ・ソナタ3番を演奏する事ができた思い出の曲です。

2015_09
29
(Tue)06:35

東京音楽大学大先輩 広上淳一東京音楽大学教授(指揮者)~「指揮法」の講義

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モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

今日は指揮者の♪広上淳一東京音楽大学教授♪について書きます。

広上先生は東京音楽大学の大先輩ですが、1984年の第1回キリル・コンドラシン国際青年指揮者コンクールで優勝し、審査員だったアシュケナージにその才能を認められ世界的な活躍をなさって来られた指揮者の方です。

2008年より♪京都市交響楽団♪常任指揮者としても精力的な活動を行っておられます。 また現在は京都市立芸術大学客員教授もなさっていらっしゃいます。

私も学生時代に広上先生の「指揮法」の講義を受けましたが、大変熱心な先生で良く分かる楽しい講義でした。 ちなみに東京音楽大学という所は、基本的には教科書というのはございません。 先生方は手作りのプリントを毎回持ってこられ、それに基付き講義をされます。 ですから学生は自分でそのプリントに講義の書き込みをし、ファイルして、自分だけの教科書を作っていかなくてはいけません。 

学内で東京音大学生オーケストラが演奏する際には、広上先生がいつも指揮をなされ、私はモーツアルトのオペラ「フィガロの結婚」などは在学中たびたびお聴きし、ワーグナーの楽劇「ニュールンベルクのマイスタジンガ―」などの演奏も聴いたことがあります。

音楽のお勉強は全て自らのエネルギーとの戦いです。 自分でモティベーションを見つけ、自分の心と戦い、自らエネルギーを発熱させなければ誰も何もしてくれません。 立ち止まりずっと休憩していても誰も何も言わず、舞台を降りるのも頑張るのもみな自分の自由です。 

ですから修行の世界と言われるのだと思いますが、最終的には「音楽」を捨てられるのか否なのか、それにかかっていると思います。 「音楽」を捨てられなければ頑張るしかありません。 音楽家の人で何の挫折もなく人生を邁進してきたという人は私はまだ今までに聞いたことがありません。 みないろんな事を乗り越えて、ミューゼの神と向き合っているのです。

では京都市交響楽団、指揮広上淳一氏の♫ドヴォルザークの序曲「謝肉祭」の演奏♫にリンク致します。 (京都市交響楽団は全国で唯一の自治体直営のオーケストラです。) どうぞお楽しみ下さい。

♯***♭
序曲「謝肉祭」作品92
ドヴォルザークが作曲した演奏会用序曲「自然と生命と愛」の中の一曲です。 「自然の中で」作品91、「謝肉祭」作品92、「オセロ」作品93の3曲から成っています。 序曲「謝肉祭」は人気が高く良く演奏されます。 

 
2015_09
28
(Mon)10:40

第17回ショパン国際ピアノコンクール

COMPETITION
ベーゼンドルファー200

第17回ショパン国際ピアノコンクールがいよいよ10月3日(現地時間)からポーランドで開催されます。

ショパン国際ピアノコンクールはエリザベート王妃国際音楽コンクール、チャイコフスキ国際コンクールと合わせて世界の三大コンクールと言われており、アシュケナージ、アルゲリッチを初め数多くの歴史に残る名ピアニストを輩出しています。

前回第16回の覇者はユリアンナ・アヴデーエワ(ロシア)ですが、今年はどんなピアニストが誕生するのか楽しみにしています。
ユリアンナ・ァヴデーエワ演奏会チラシ


ショパン国際コンクール公式サイト♪←こちらです。
ショパン国際コンクールスケジュール♪←こちらです。

今はインターネット配信されているようですので人類の歴史に名を刻むかもしれないピアニストの誕生の瞬間を見られるのも楽しいかと思います。 (時間の表記は中央ヨーロッパの時間です。 時差がございます。)








2015_09
28
(Mon)06:49

西村朗先生「2台のピアノと管弦楽のヘテロフォ二ー」(東京音楽大学教授)~「現代音楽の解釈と奏法」の講義

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モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

今日は世界を代表する♪現代音楽作曲家の西村朗氏♪の作品について書きます。

西村朗先生は東京音楽大学教授でもいらっしゃいますが、私も学生時代に「現代音楽の解釈と奏法」の講義を受けておりました。 西村先生は東京芸術大学・大学院のご出身で、1974年の日本音楽コンク―ル作曲部門第1位、エリーザべト国際音楽コンクール作曲部門大賞他数多くの賞を受賞されている世界の現代音楽作曲家のお一人です。

また♪B-tech Japan♪からも参加をされている♪草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァル♪の音楽監督もなさっておられます。

西村先生は「ヘテロフォ二ー」という、「音楽のテクスチュア(texture)の一つ」を使った作品を多く作曲されています。 音楽のテクスチュアにはモノフォ二ー、ポリフォ二ー、ホモフォ二ーなどがありますが、ヘテロフォ二―というのはモノフォ二ーの変化したもので、同じ旋律を奏でる奏者がリズムなどを変える事で一瞬ポリフォ二ーのような響きが得られる現象をいいます。

日本の雅楽やインドネシアのガムランなどのアジアの宮廷音楽にその響きが良く用いられていますが、西村先生はこのヘテロフォ二ーの響きを利用した音楽をたくさん作っておられ、じっと聴いているとアジア人にはどこか懐かしさを感じます。

「鳥のヘテロフォ二ー」
「2台のピアノと管弦楽のヘテロフォ二ー」
「弦楽四重奏のためのヘテロフォ二ー」
「巫楽~管楽器群と打楽器のためのヘテロフォ二ー」
「秘儀Ⅲ~旋回舞踊のためのヘテロフォ二ー」

などがありますが、♫今日は「2台のピアノと管弦楽のヘテロフォ二ー」にリンク致します。 是非ヘテロフォ二ーの響きをお楽しみ下さい。♫

♯*********♭
「一枚のデイスクに~レコード・プロデューサーの仕事」(春秋社)~井阪紘著
井阪紘さんは事務局長として第1回草津国際音楽アカデミー開催に多大な尽力をされたレコード・プロデューサーの方ですが、そのご本のP.40に西村朗先生との対談が掲載されています。

一枚のディスクに~レコードプロデューサーの仕事(井阪紘著)
一枚のディスクに~レコードプロデューサーの仕事(井阪紘著)

現代音楽とレコード制作~西村朗との対話
現代音楽とレコード制作~西村朗との対話(P.40)

室内楽についての参考ブログ
室内楽を聴く楽しさ(ハイドン弦楽四重奏曲)
続室内楽を聴く楽しさ(シューベルト、ドヴォジャーク、スメタナ、弦楽四重奏曲)


2015_09
27
(Sun)07:07

リスト 「超絶技巧練習曲集」 S.139

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モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

今日はリストの「超絶技巧練習曲集」について書きます。 この作品は東京音楽大学のピアノ実技の授業でお勉強した曲です。 もちろん全曲をしたわけではありませんので、「鬼火」を中心に書いていきます。 



東京音楽大学は一般大学と違い実技中心の音楽大学ですので、音楽に関する授業がほとんどです。 一般教養の科目も全て音楽に関連付けた中で講義が行われます。 語学は厳しいかもしれません。 ピアノ実技という授業もありますが、私はピアニストの♪関孝弘先生♪のプライベート・レッスンを受けておりましたので、大学では♪宮原節子先生とおっしゃる女性作曲家の方♪に作曲の面からの側面補強としてのピアノ・レッスンをして頂いておりました。
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宮原節子先生は東京芸術大学音楽学部附属音楽高等学校と東京芸術大学で作曲を専攻された方で、卒業後はアメリカのノートルダム大学大学院でピアノを専攻された方です。 作曲は三善晃さんのお弟子さんでフランス音楽を得意としておられます。 ピアノはお小さい頃から♪ピアニストの野呂愛子さん♪に習っていらっしゃったので、ご自分の作曲された曲はご自分で初演されます。 またアメリカではラヴェルが「夜のガスパール」を献呈したルドルフ・ガンツのお弟子さんに師事していらしたそうです。 作曲家の視点からの演奏解釈は側面補強として随分お勉強になり、ピアニスティックな面からの関先生のレッスンと自転車の両輪という感じで、私には有意義な大学生活だったように思います。




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その宮原先生が私に初めて下さった曲がリストの「超絶技巧練習曲集」の第5曲の「鬼火」でした。 ♫最後に全曲にリンク致しますが、まずは鬼火」にリンクしたいと思います。 ピアノはエフゲ二ー・キーシンです。  半音階的に進む不気味なパッセージが鬼火を連想させる事からそのような副題がつけられたと思われます。♫
リスト愛用のピアノ
リスト愛用のピアノ




さてリストは1823年12歳の時ウイーンでベートーヴェンにそのピアノを誉められた事を生涯自負としておりましたが、1826年、15歳の時「超絶技巧練習曲」の初稿を作曲しております。  「若きリストによる全ての長短調の音階で書かれた48の練習曲」というタイトルが付けられてはいましたが、実際には12曲しか書かれませんでした。(S.136)

次の2稿目は1837年、26歳の時に「24の大練習曲Op.6」として出版されました。 しかし実際には12曲しか作られませんでした。(S.137) 1840年にはその第4曲を改作し、1847年には最後の部分を少し変更してポーランドのマゼッパ伯爵の物語にあやかって「マゼッパ」というタイトルを付けて出版しております。 これは恩師のカール・ツェル二ーに献呈されています。

1851年リストは3稿目の改作をし、翌1852年、現在知られている形でブライトコプフ・ウント・ヘルテル社から出版します。 これもツェル二ーに献呈されています。(S.139)

ワイマールの家
ワイマールの家

ワイマールの居間

リストの肖像画

1831年、20歳の時リストはパリでパガ二ー二を聴きピアノのパガニーにとして生きる決心をし、1848年ワイマールに定住して作曲に専念するまでは、大ヴィルトゥオーゾピアニストとしてヨーロッパ中を席巻します。 その間に何度も改訂され1851年に完成を見たこの作品はリストの縮図ではないかと思います。
リストの胸像

2曲を除いては標題を持つ描写風の音楽ですが、第1曲「前奏曲」はピアニストにとって華麗な幕開けです。 第2曲イ短調はパガニー二の演奏にインスパイアされたような輝かしい曲です。 第3曲「風景」は一転して静かなパストラルの気分の曲です。 第4曲「マゼッパ」は、イギリスの詩人バイロンによって紹介されたポーランドの悲劇の英雄「マゼッパ」の物語を描写したものですが、勇壮で荒々しい曲です。 第5曲「鬼火」はデリケートな曲です。 第6曲「幻影」はぺザンテと記された和音をアルぺッジョが華麗に飾って行きダイナミックな曲です。 第7曲「英雄」は、ヒロイックな心の琴線に触れる堂々とした威厳のある曲です。 第8曲「狩り」はドイツ・ロマン派音楽の特徴の夜の狩りを思い出させてくれます。 第9曲「回想」は甘美で優雅な曲です。 イタリア・オペラの叙情的なメロディに影響を受けたと思われます。 第10曲「ヘ短調」は野性的なほどに激しい曲です。 第11曲「夕べの調べ」は静かな夕べの情景を描写した曲です。 第12曲「雪あらし」(Chasseneige)は激しい風の中雪が吹き荒れる陰鬱な気分を描写しています。 曲の最後を飾る技巧的な曲です。

♫では超絶技巧練習曲集」全曲の演奏にリンク致します。 ピアノはジョルジュ・シフラです。♫
シフラ

1、Prelude 2、Molto vivace 3、Paysage 4、Mazeppa 5、Feux follets 6、Vision 7、Eroica 8、Wilde Jagd 9、Ricordanza 10、Allegro agitato molto 11、Harmonies du soir 12、Chasse Neige 

♩演奏者紹介♩
シフラ(1921~1994)はハンガリー生まれのピアニストでリスト弾きと言われる超人的な技巧の持ち主のピアニストです。 1930年フランツ・リスト音楽院に入りドホナー二に師事しますが、1956年のハンガリー動乱の際、西側に亡命しパリに永住して世界各地を演奏旅行して回ったピアニストです。









 

 





2015_09
26
(Sat)06:23

モーツァルト ピアノ・ソナタ 第18(17)番 二長調 K.576

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モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

今日書きますモーツァルトピアノ・ソナタ第18番(第17番)は2012年のリサイタルで弾いた曲です。 モーツァルトのピアノ・ソナタは小学3年の時初めて弾いた第10番K.330に始まり数多く弾いてまいりましたが、33歳の時作曲された最後のピアノ・ソナタである第18番(第17番)は帰阪した後、♪阿部裕之先生♪のもとでお勉強した曲です。

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国際モーツァルト財団図書館
国際モーツァルテウム財団図書館
楽譜ベーレンライター版
ベーレンライター版
楽譜ウイーン原典版
ウイーン原典版
楽譜ヘンレ版
ヘンレ版

私は一番難しい作曲家はと聞かれると必ずモーツァルトと答えるのですが、年齢を重ねる程益々そう感じます。 音符の数が少ない分、一つの音符に込められた質量が大変重く納得のいく音はそう簡単には出せるものではありません。 モーツァルトだけで演奏会をし聴衆を感動させる事ができたら、それがピアニストのゴールだと思いますが、並みの研鑽ではそのゴールは無理ではないかと思っています。 何の作為も感じない自然な流れでありながら、なおかつ理想的な秩序に支えられているこの天才の作品を前にするとこちらもより大きな精神力を求められ、只々ミューゼの神に敬意を表するだけです。

ザルツブルク
生地ザルツブルク

さてWolfgang Amadeus Mozart(ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト)はハイドンやベートーヴェンと並びウイーン古典派三大巨匠の1人ですが、幼少から多くのエピソードを持っており波乱万丈の人生を送った音楽家です。
父に宛てた自筆の手紙
モーツァルトの自筆
 
亡くなる2年半前(ウイーンでの鍵盤奏者としての人気はすでに衰えていたようです。)、1789年4月から6月にかけてモーツァルトはカール・リヒノフスキー公(後のベートーヴェンの後援者)に誘われて北ドイツの旅に出ます。 ポツダムの宮殿のプロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム2世の前で御前演奏を披露したモーツァルトは、チェロを弾いていた王から6つの弦楽四重奏曲と王女フリーデリーケのために6つの易しいピアノ・ソナタを頼まれます。

帰郷後7月にモーツァルトは創作に取り掛かりますが、弦楽四重奏曲3曲(通称プロイセン・セット)とピアノ・ソナタ1曲しか完成できませんでした。 そのピアノ・ソナタが第18番(第17番)ニ長調KV576です。 それは王女のための易しいソナタどころか、モーツァルトのピアノ・ソナタの中で最も演奏の困難な最後のソナタとなってしまいました。

ピアノ・ソナタ第18番(第17番)の至るところに対位法が活用されているのはドイツへの旅の途中にライプツイヒの聖トーマス教会に立ち寄りバッハへの思いを新たにしたからなのとヘンデルの「メサイア」の編曲を手掛けていたからではと言われております。

1楽章
1楽章 バロック時代のトッカータの趣があり対位法が多様されている。

2楽章
2楽章 クラリネット五重奏曲のような室内楽のようである。 

3楽章
3楽章 軽快で愛らしいロンド主題を対位法的に扱っている。

モーツァルトの音楽を理解するのに多くの知識はいらないのではないかと思います。 誰が聴いても心地の良い音にただ耳を傾ければそこにモールァルトの世界があるような気が致します。

♫巨匠ギーゼキングの奏でるモーツァルトのK.576の演奏♫にリンク致します。 どうぞお楽しみ下さい。

***
(第18番は新モーツァルト全集より、第17番は旧モーツァルト全集よりの番号です。 プログラムの番号は旧モーツァルト全集の番号になっております。)








2015_09
25
(Fri)10:07

ショパン 「幻想曲 ヘ短調 作品49」

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モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

ショパン「幻想曲 作品49」は、1841年ショパンの創作の泉の湧き溢れる時期に作曲されたショパンの最高傑作の作品の一つです。 

ショパンがリストからジョルジュ・サンドを紹介されたのは、1836年の秋の事です。 リストの恋人のマリー・ダグー伯爵夫人と親しかったサンドはリストとダグー夫人が開いた夜会でショパンを紹介されます。 その後二人はパリを離れ旅に出ますが、1839年の6月からしばらくはサンドの別荘があるノア―ンで過ごします。 この時「バラード2番」などの名曲をたくさん創作しております。
サンドとダグー伯爵夫人
サンドとダグー伯爵夫人
ノアーンの景色
ノアーンの景色
ノアーンの館の中
ノアーンの館の中

その後1841年から1846年の間は夏の数か月間はサンドのノアーンの別荘で過ごし、「幻想曲 作品49」や「バラード4番」を初め多くの円熟した傑作作品を生み出しています。 サンドは自身もフランス・ロマン派の代表的な女流作家であり、婦人解放論の先駆者でもありましたが、ショパンが後期の傑作を生みだしたのはサンドの献身的な看護とショパンの才能を信じるサンドの愛情のおかげだと思います。

「幻想曲 作品49」は自由なソナタ形式という点では「バラード」と同じですが、バラードが3拍子系であるのに対して幻想曲は4拍子ですので「バラード」ではなくこの「幻想曲」という名前が付けられたのではないかと思われます。

リストの証言によると、「幻想曲」はサンドとショパンの喧嘩と仲直りを描写したものだとショパンが言っていたとの事らしいですが、構想は自由なソナタ形式で技巧もピアノの最高技術と言えるようなテクニックを駆使しなくては弾けない箇所が多くあり、奏者と聴衆の双方にとって名作と言えるのではないかと思います。

ツイメルマンのショパン「幻想曲 作品49」の演奏♫にリンク致します。 ツイメルマンはショパンコンクールの覇者ですが、ポーランドが生んだ素晴らしい超一流の芸術家です。 ( Part 1とPart 2に分かれています。) 

ちなみにファンタジーという作品は16世紀ルネッサンスから多くの作曲家によって書かれています。 しかし時代によってそのイメージは様変わりしているようです。 ロマン派の代名詞のように言われる「幻想曲」は作曲家が形式にとらわれず楽想の赴くままに作曲したというようなイメージだと思いますが、♬シューマンの「ファンタジー」♬、シューベルトの「さすらい人幻想曲」、♬リストの「ダンテを読んでーソナタ風幻想曲♬などが有名です。

ショパンの「幻想曲 作品49」は高校生の時、関孝弘先生のもとでお勉強した作品ですが、夏休み関先生がご家族でイタリアへ帰省される間は、関先生の先生でいらっしゃる♪米谷治郎先生(東京芸術大学名誉教授)♪にレッスンをして頂いておりました。 米谷先生はエーゲルディンゲル著の「弟子から見たショパン」の訳をされ音楽之友社から出版をなさっていらっしゃいます。
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ファンタジー楽譜
ファンタジー楽譜

序奏
67小節もの長い序奏(このメロディが”雪の降る街を”に使われています。)

agitato(主題提示部P.64)
agitatoの主題提示部

Lent, sostenuto(P.72)
Lent,sostenuto展開部

tempo primo(P.73)
tempo primo

piu mosso(P.77)
piu mosso

コーダから変格終止和音
コーダから変格終止和音

一見綺麗な弾いてみたいと思わせられる名曲ですが、その構想は雄大で非常に丁寧に堂々とまとまられた曲ですので、イメージ通りに表現するのはかなり難しい曲です。 ショパンの天才ぶりが良く発揮されている曲だと思いますが、その緻密な構成はショパンらしくないともいえるのではないかと思います。

いつも申しますが、ピアノはピアノを使ったレッスンでないとなかなかお伝えできない事が多くありますので、もしご興味のおありの方は(単発のレッスンもしておりますので)、♪どうぞ一度お問い合わせ下さいませ♪。




















2015_09
24
(Thu)16:36

ショパン「華麗な変奏曲 Op.12」(全日本学生音楽コンクール大阪大会入賞者発表演奏会 中1)

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モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

今日はショパンの「華麗な変奏曲 Op.12」について書きます。 この曲は♪中学1年の時第48回全日本学生音楽コンクール♪入賞者発表演奏会で弾いた曲です。

本選が1994年10月30日(日)に終了し、入賞者発表演奏会が12月23日(金・祝)でしたので、本選の終了したその日からすぐ読譜を始めたとしても2ケ月ありませんから、新曲を「完成度高く」披露するのは中学生には少しハードルの高い課題でした。

しかし♪故片岡みどり先生♪(当時すでに相愛大学名誉教授)が中学1年生の私に出されたタスクは、「新曲を2ケ月足らずで完成度高く仕上げ演奏会として成功させる事」でした。

毎日コンクールは他のコンクールと違い壮絶な戦いですので、終了した後の脱力感は大きいものがあります。 その2ケ月後に全くの新曲を、それも読譜レベルではなく、演奏会として成立するものに仕上げて披露するという事はプロのピアニストにとっても大変な事なのです。

でも片岡先生は「それができないなら、いくら入賞しても意味がない」というお考えでしたので、私はまたハードな練習に取り組みました。 入賞者演奏会の当日は聴きに来て下さった片岡先生にも誉めて頂き(非常に珍しい事です)、お写真を一緒に撮って下さいました。 そのお写真は今も大切にレッスンルームに飾っています。

今から思えばまだ子どもでしたので何かの現実的な目標のためにピアノを頑張っていたわけではないように思います。 そういうものだと思ってピアノと向き合っていたように思います。
第48回全日本学生音楽コンクール大阪大会入賞者発表演奏会
ピアノ部門 中学校の部 プログラム

片岡みどり先生と



さてこのショパンの「華麗な変奏曲 Op.12」は、1833年ショパンがパリに来て2年目に作曲された曲ですが、昨日ご紹介した「ロンド Op.16」と同じように、当時のパリの人の好みを反映した華やかな演奏効果の高い作品です。

中1の入賞者演奏会で弾いたあと、中学3年生の春に片岡先生のお宅で、(以前ブログで書きました)♪ゲルジョード先生♪に「華麗な変奏曲」をもう一度取り出して新しく見て頂いた事もあります。 

簡単に曲のご紹介をしたあと私の楽譜の一部を掲載いたしますのでどうぞご覧下さい。 

タイトルのVARIATIONS BRILLANTESはフランス語ですが、その下に「uber das Rondeau "Je vends des scapulaires” aus der Oper 「Ludovic」 von Herold und Halevy」(エロールとアレヴィのオペラ「リュドヴィク」のロンド「私は僧衣を売る」による)と書き添えてあります。

エロールというのはオペラ「リュドヴィク」を作った作曲家の名前です。 そのオペラの中のアリア「私は僧衣を売る」の旋律を使ってショパンは変奏曲を作りましたが、その変奏曲がこの「華麗な変奏曲」です。 エロールは未完のまま亡くなりましたのでアレヴィが補筆して上演したようです。 多分ショパンもこのオペラを見たのではないかと思われます。 当時のパリのサロンでは、流行しているオペラの旋律を使って作曲される「オペラ・パラフレーズ」のような作品が人気があったので、多分ショパンもそれに合わせてその種の作品を書いたのではないかと思われます。

初めに華やかな序奏があり、次にテーマが示され4つの変奏が続き、華やかなコーダで終わります。

内容的にはあまり意味はなく技巧を誇示する演奏効果を狙う華やかな曲です。 記事の最後に二キタ・マガロフのピアノ演奏にリンク致しております。 

序奏
Introduzione 1
Introduzine 2

Theme
Theme
Theme 2
Theme 3

Scherzo
Scherzo 1
Scherzo 2

Lento
Lent
Lent 2

Scherzo vivace
Scherzo vivace

終曲
コーダ
コーダ
コーダ

ショパン♫ 「華麗な変奏曲 Op.12♫~二キタ・マガロフ

明日はショパンの「ファンタジー」について書きます。 この曲は高校生の時、♪関孝弘先生♪のもとでお勉強した曲です。 関先生は夏休みはご家族でイタリアへ帰省されるのでその間は関先生の先生の東京芸術大学名誉教授の♪米谷治郎先生♪に自由が丘のご自宅でレッスンをして頂いていておりました。 その時に見て頂いた事がある曲です。

ショパンの「ファンタジー♫は綺麗な有名な曲ですが、先にツイメルマンの演奏にリンクしておきます。(Part1とPart2に分かれております。)

















2015_09
23
(Wed)07:40

ショパン 「ロンド 変ホ長調 Op.16」(序奏とロンド)

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モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

今日はショパンの「ロンド 変ホ長調 Op.16」について書きます。 ショパンと言えば「バラード」や「スケルツォ」が有名ですが、ショパン・コンクールの課題曲として使われる「ロンド Op.16」をご紹介致します。

まずは第16回ショパンコンクールのセミ・ファイナルの時のJayson Gillhamの演奏にリンク致します。 「ロンド 変ホ長調 Op.16」は華やかな技巧を見せつけるどちらかと言えば外面的な曲ですが、テクニックを審査するにはごまかしのきかない良い曲かもしれません。

この曲は私が中学2年生(13歳)の時、恩師故片岡みどり先生(当時すでに相愛大学名誉教授)に伴われて、元日本ベーゼンドルファー大阪ショールームでProf. Aquiles Delle Vigne(元ロッテルダム音楽院教授)にレッスンをして頂いた曲です。

演奏を聴かれたデッレ=ヴィーネ先生は「How old are you ? You are a very very good pianist. Remarkable talent !」と言って驚かれ素晴らしいレッスンをして下さいました。 

その時のデッレ=ヴィーネ先生の思い出は8月4日のブログに書いておりますので、お読み頂けたらと思います。 私が日本でピアノのお勉強を続けるか、13歳で単身ヨーロッパに行くかの「分岐点」になった出来事でした。

デッレ=ヴィーネ先生の楽譜へのサイン
1995,7,5 デッレ=ヴィーネ先生の楽譜へのサイン
アキーレ・デッレ=ヴィーネ先生と(中2)





さてショパンのRONDOSについて書きます。 複数形になっておりますが、パデレフスキー版には5つのロンドが入っております。
ショパン ロンド パデレフスキー版楽譜
RONDEAUX

まずはショパンが15歳の1825年に作曲したロンド ハ短調 Op.1です。
ロンド Op.1

この曲はショパンが初めて出版を想定して書いた作品です。 当時在籍していたワルシャワ中等学校の校長先生の妻のルトヴィカ夫人へ献呈された曲です。



次はショパンが16歳の1826年に作曲した「マズルカ風ロンド ヘ長調 Op.5」です。
マズルカ風ロンド OP.5
この年ショパンはワルシャワ音楽院に入学しますが、Op.1に比べるとわずか1年の時の経過で作曲技法に目を見張るばかりの成長が見られます。



次はショパンが18歳の1828年に作曲した「ロンド ハ長調 Op.73」です。 これは独奏用2台ピアノ用と2つ作曲しております。 生前はどちらも出版されず遺作Op.73として1855年に2台ピアノの楽譜が出版され、1954年にパデレフスキー版からピアノ独奏版が出版されました。
2台ピアノ用楽譜
ロンド Op.73 2台ピアノ

独奏用楽譜
ロンド Op.73 独奏用
ショパン自筆譜
ロンド Op.73 独奏 自筆譜




最後がショパン「ロンド 変ホ長調 Op.16」です。 これは1832年パリで作曲された曲です。 内面的な内容よりも、外面的な演奏効果をねらった華やかなどちらかというと技巧を誇示する曲です。
ロンド Op.16
ロンド Op.16

冒頭で第16回ショパンコンクールのセミ・ファイナルの演奏にリンク致しましたが、次はホロビッツの演奏にリンク致します。

ショパン 「ロンド 変ホ短調 Op.16 (序奏とロンド)」~ホロビッツ(ピアノ)

この曲は1834年パリで出版されましたが弟子のカロリーヌ・ハルトマンに献呈されています。 カロリーヌはこの年26歳の若さで亡くなっておりますので、余命のない弟子に捧げられたか亡くなった弟子の才能を惜しんで献呈されたかのどちらかだろうと言われています。




次は1828年に作曲された「演奏会用大ロンド クラコヴィアク ヘ長調 Op.14」という曲があります。 これはピアノと管弦楽のための作品で初演は1829年 ショパンのピアノ独奏でウイーンで行われました。 

クラコヴィアクというのはポーランドの古都クラクフの伝統的な民族舞踊で2拍子の曲です。 
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クラコヴィアク(フォークダンスの映像

→ショパン ロンド・クラコヴィアク ヘ長調 Op.14」~アラウ(ピアノ)、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団(1)
→ショパン ロンド・クラコヴィアク ヘ長調 Op.14」~アラウ(ピアノ)、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団(2)


Prof. Aquiles Delle Vigne公式サイト~デッレ=ヴィーネ先生はアラウの弟子でいらっしゃいます。


小さい時のデッレ=ヴィーネ先生や元ワルシャワ音楽院のゲルジョード先生のレッスンのお声がカセットテープですがきれいに残っております。 門下の方でもし再生可能なようでしたらカセットテープお貸しいたします。 お勉強になるかと思います。 受付まで申し出て下さい。

明日はショパンの「華麗なる変奏曲」について書きます。 この曲は中1の全日本学生音楽コンクール大阪大会の受賞者演奏会で弾いた曲ですが、1ケ月強で仕上げさせられた曲です。

故片岡みどり先生のご方針で、「学音の入賞者は受賞者演奏会では新曲を完成度高く披露できる実力があるべき」というお考えでしたので、全日本学生音楽コンクール大阪大会本選の終わった後1ケ月強で仕上げて舞台に立った曲です。 



 













2015_09
22
(Tue)07:06

ラフマニノフ 練習曲集「音の絵」 Op.33,Op.39

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

セルゲイ・ラフマニノフ(1873~1943)はスクリャービンと並んでロシア近代音楽を代表するピアニスト・作曲家・指揮者ですが、今日書きます「練習曲~音の絵」は高校生の時、中学3年生から帰阪するまでお世話になっていた東京在住ピアニスト・関孝弘先生のもとで一度お勉強した曲です。 
モスクワの憂鬱 藤野幸雄著
モスクワの憂鬱~スクリャービンとラフマニノフ 藤野幸雄著

完全に帰阪した後、ロシアのモスクワ音楽院のエレーナ・リヒテル教授のレッスンを京都で受ける機会があり、ラフマニノフの「エチュード・タブロ」Op.39-1とOp.39-8を再度レッスンして頂いた事があります。 「エチュード・タブロ」は各曲に標題は付いていないものの「ETUDES-TABLEAUX」というフランス語のタイトルのように絵画的な曲ばかりで、私の好きな作品の一つです。 エレーナ・リヒテル教授のラフマニノフの演奏はロシアのロマンティシズムという感じでラフマニノフが良く分かる演奏でした。  

ラフマニノフ 「エチュード・タブロ」
ラフマニノフ「エチュード・タブロ」

作品33(1911年)は初めは9曲作曲されましたが、第4曲は改訂され次の作品39-6として作品39に加えられ、第3曲と第5曲は公表されないままで1914年に6曲だけ出版されました。 (初演は確かではありません。) ラフマニノフの死後、第3曲と第5曲の手稿が発見され1948年にそれらがソヴィエト国立音楽出版社から出版され、その後ブージー=ホークス社から順番を入れ替えて8曲出版されました。(Op.33-4は欠番となっております。)

作品39(1916~1917年)はラフマニノフのロシア時代最後の作品で1917年ラフマニノフ自身によって初演されております。 出版は1920年ロシア音楽出版社から出版されています。

1930年にレスピーギがラフマニノフの「音の絵」から5曲抜粋して管弦楽に編曲した際、ラフマニノフはレスピーギにその5曲の標題について伝えた記録が残っていますが、それ以外は具体的な標題をラフマニノフは明らかにしておりません。 ラフマニノフは「音楽から連想したものを自由に描き出せばよい。」と標題を明らかにすることを嫌っていたようです。

ラフマニノフ/レスピーギ 「音の絵」
第1曲 「海とかもめ」 Op.39-2
第2曲 「定期市の光景」 Op.33-4
第3曲 「葬送行進曲」 Op.39-7
第4曲 「赤ずきんちゃんと狼」 Op.39-6
第5曲 「東洋の行進曲」 Op.39-9

ラフマニノフ/レスピーギ「音の絵」~BBC Philharmonic, Gianandrea Noseda

華麗な技巧という何種類もの筆を使って音という絵具で絵を描こうとする意図でこの練習曲が作られたと思えますが、一つずつの楽曲の意図が明確でありまた多様である事を考えますと、練習曲と呼ぶには超えたものがあるのではないかと思います。

Op.39-1 ハ短調
Op,39-1
右手の急速な分散和音に対して左手はシンコぺーションを刻みピアニスティックな激しい曲で、高度な技術を要求される難曲です。

Op.39-8 ニ短調
Op,39-8
曲の頭の動機で全体が統一されています。 もの悲しい軽快な曲です。

Op.33-6 変ホ短調
Op.33-5
2小節の序奏(ノン・アレグロ)に続き、疾風のようなプレストの起伏の激しい楽想になり力強い音の流れに圧倒されます。 嵐を描写するような音楽で高度な技術のいる曲です。

Op.39-3 嬰へ短調
Op.39-3
情熱の炎のような曲です。 目まぐるしく拍子が変わっていき、冒頭の音型が執拗に繰り返されているうちに、流れるような音型に変わりまた冒頭の音型に戻ります。 スクリャービン的な響きも聴こえます。

♯・・・♭
エレーナ・リヒテル女史(モスクワ音楽院教授)はゲンリッヒ・ネイガウスと息子のスタニスラフ・ネイガウスの弟子でスタニスラフ・ブーニンの先生ですが、「ネイガウスのピアノ講義」という本を編纂しておられますのでご紹介いたします。 ゲンリッヒ・ネイガウスは巨匠リヒテルやギレリスを育てたロシアの名教授です。
ネイガウスのピアノ講義(エレーナ・リヒテル編)
ネイガウスのピアノ講義~そして回想の名教授(音楽之友社)

エレーナ・リヒテルマスタークラス
エレーナ・リヒテル教授 マスタークラス受講証明書



<追記>
フィギュアスケート選手の皆さんがクラシックの曲を良く試合に使われますが、音楽を見事に表現されるその芸術性にはいつも感心いたします。 ラフマニノフの名曲2曲アップ致します。
ラフマニノフ 前奏曲 嬰ハ短調 Op.3-2 「鐘」(管弦楽編曲版)~浅田真央選手

ラフマニノフ パガニーニの主題による狂詩曲 作品43より~羽生結弦選手(2010 World Juniors フリー)


明日はショパンの「ロンド 変ホ長調 Op.16」について書きます。 この曲は中学2年生の時、恩師の故片岡みどり先生(相愛大学名誉教授)に伴われ、元日本ベーゼンドルファー大阪ショールームでProf.Aquiles Delle=Vigne(元ロッテルダム音楽院教授)にレッスンをして頂いた曲です。




















2015_09
22
(Tue)06:00

谷真子ピアノレッスン・ルームへのACCESS(行き方)のご案内

♪奈良市学園前 谷真子ピアノ教室へのACCESS(行き方)♪
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レッスン・ルーム♪は奈良市学園前でございます。 最寄駅は近鉄奈良線・学園前駅からバスまたはお車、地下鉄中央線・学研奈良登美ヶ丘駅からバスまたは徒歩になります。 詳細は防犯の都合上お問い合わせ頂いた方に個別でお知らせさせて頂いております。 

****************************************
♬将来ピアニストになりたいという夢を持っているけれどもどうすれば良いか分からないお子さんや親御さん、
♬良く練習はするけれども何故かコンクールでは結果が出ず悩んでいるお子さんや親御さん、
♬音楽大学に行ってピアノの先生になりたいという夢を持っているお子さんや親御さん

♬いつまでたっても「エリーゼのために」が弾けるようにならない方、
♬名曲を一曲レパートリーに持ちたい方、
♬お家に眠っているピアノを再活用したい方、

♬お子さんの力を信じられる保護者の方、
♬音楽大学を卒業したがまだ演奏会を開いたことがないというご専門の方、
♬ひとりで練習をしているためコンサートへの方向性のアドヴァイスが必要なご専門の方、

♬何を相談したら良いのか分からないが、何かピアノについて悩みをお持ちのお子さんと親御さん、

お問い合わせはレッスン問い合わせフォームをご利用下さいませ。 

ご不明な点はお気軽にTEL0742-46-2302までお尋ね下さい。

Masako Tani Official Site/ピアニスト谷真子公式サイト レッスンの項目
2015_09
21
(Mon)09:28

第84回日本音楽コンクール第3予選(9/16)結果のお知らせ

COMPETITION
ベーゼンドルファー200

第84回日本音楽コンクール(主催 毎日新聞社、NHK)ピアノ部門第3予選(9/16)が、文京区トッパンホールで行われ本選出場者4名が決定致しております。 私が師事する阿部裕之先生も第49回(1980年)日本音楽コンクールで第1位になってらっしゃいます。  
歴代入賞者一覧


本選は東京オペラシティコンサートホール タケミツメモリアルで10/24(土)に行われます。 今年はコンチェルトです。 その模様は後日NHKテレビで放映されます。

受賞者は日本を代表するピアニストになっていかれるわけですが、その戦いは壮絶なものです。 私も東京滞在中はお勉強のため何度も聴きにまいりましたが、全国から大勢の方が聴きにいらっしゃいます。 

詳細はリンク致しますのでお調べ下さい。

Mainichi-Classic

2015_09
21
(Mon)07:18

ラヴェル 「鏡」

NESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

ラヴェル「鏡」楽譜
今日は今、♪阿部裕之先生♪にレッスンをして頂きながら、私が取り組んでいるラヴェルの「鏡」について書きます。 「鏡」は抜粋でも良く弾かれる作品ですが、全曲弾きますと30分くらいかかる大曲です。 19日イヴ・アンリ教授にもレッスンをして頂くことが出来、私の中で新たな活力が湧いている作品です。

作曲をしたモーリス・ラヴェル(1875~1937)はパリ音楽院でフォーレに師事したフランスの作曲家です。 ドビュッシーと並んで印象主義の代表の作曲家のように言われますが、古典的で理知的な形式観も持ち少しドビュッシーとは異なる面もあります。

「鏡」はラヴェルが30歳の時の1904年から1905年にかけて作曲された作品で、5つの曲からなるピアノのための組曲です。

第1曲 Noctuelles (蛾)~詩人レオン=ポール・ファルグに献呈
第2曲 Oiseaux tristes (悲しい鳥)~リカルド・ヴィーニェスに献呈(鏡の初演者)
第3曲 Une barque sur l'ocean (海原の小舟)~画家ポール・ソルドに献呈
第4曲 Alborada del gracioso(道化師の朝の歌)~批評家M.D.カルヴォコレッシに献呈
第5曲 La vallee des cloches (鐘の谷)~作曲家モーリス・ドラージュに献呈(ラヴェルの弟子)

献呈された5人の芸術家達は、1900年頃パリでラヴェルと詩人のファルグを中心に結成された、芸術家サークルのアパッシュ(Les Apaches)のメンバーです。

1928年、ラヴェルの弟子のロラン=マニュエルのインタビューによりまとめられ出版されたラヴェルの自伝「自伝的素描」によると、この「鏡」について「私の和声書法の発達にかなりの変化を示しているので、これまでの私の作風になじんできた音楽家達を当惑させるだろう。」と話しています。

この「鏡」という意味は、ラヴェル自身は言及しておりませんが、鏡が物を写すようにラヴェルの心をリアルに音で写し出そうとしたのではないかと言われております。 描写的な作品ですが響きが大変美しく私の好きな作品の一つです。

第3曲と第4曲は後にラヴェル自身が、管弦楽の曲に編曲しております。
第3曲 「海原の小舟」~モントリオール管弦楽団、シャルル・デュトワ指揮
ラヴェルはこの管弦楽曲を気に入っていたらしいのですが、初演は評判が良くなく生前はラヴェルは出版せず、出版されたのは1950年になってからです。
第4曲「道化師の朝の歌」~パリ管弦楽団、カラヤン指揮


まだ「鏡」をお聴きになられた事のない方のために、阿部裕之先生が師事されていたV.ペルルミュテ―ル氏(ラヴェルの直弟子です。)の演奏にリンク致します。

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ラヴェル「鏡」~V. ぺルルミュテール(ピアノ)♬

ラヴェル 鏡より 道化師の朝の歌♫~ブルーノ・リグット
ラヴェル 鏡♫~パスカル・ロジェ
ラヴェル 鏡♫~リヒテル
ラヴェル 鏡より 海原の小舟♫~ギーゼキング
ラヴェル 鏡より 道化師の朝の歌♫~リパッティ
ラヴェル 鏡より 道化師の朝の歌♫~リヒテル
ラヴェル 鏡より 道化師の朝の歌♫~ラローチャ
イヴォンヌ・ルフェブールによるラヴェル 道化師の朝の歌のレッスン
ラヴェル 鏡♫~野島稔
ラヴェル 鏡♫~ギーゼキング

「蛾」
第1曲の「蛾」は、献呈されている詩人レオン=ポール・ファルグの詩の一節からインスピレーションを受け作曲された曲ですが、闇の中で夜の光に群れる蛾の群れの羽ばたきの音とそのその雰囲気を描写したものです。 不安定なリズムの中にメロディが見え隠れする書法はピアニスティックで印象派のエテュードという感じです。

「悲しい鳥」
第2曲の「悲しい鳥たち」は、ラヴェル自身が「夏の一番暑い時間に、暗い森の中で途方にくれている鳥たちの姿」と言っており、フォンテーヌブローの森での小鳥たちの泣き声を聞いて触発され作曲したのではないかとも言われています。

「海原の小舟」
第3曲の「海原の小舟」は、アルぺッジョが壮大な大洋の波のうねりを描写し、メロディが揺られる小舟を描写しています。 ちなみにbarqueというのは帆船という意味です。 小舟と言ってもボートではありません。 壮大な曲です。  レッスンの中で阿部先生は、ラヴェル自身がオーケストラ用に編曲しているので、ピアノでオーケストラのように、壮大な波を表現しなければならないとおっしゃっていました。

「道化師の朝の歌」
第4曲の「道化師の朝の歌」は、ラヴェルの母の祖国のスペインのリズムを用いており大変エキゾティックな曲です。 「鏡」の中では一番有名で単独でも良く弾かれます。 タイトルのAlborada del graciosoはスペイン語で、Alboradaは「朝のセレナード」の意味です。 Graciosoは「道化師」の意味ですが、粋な道化師のユーモアとぺーソスが皮肉とナイーブさで描写されています。 

「鐘の谷」
第5曲もラヴェル自身が「正午に一斉に鳴り響くパリの教会の鐘にインスパイアされた。」と話していますが、谷間にこだまする鐘の音が瞑想的に描写されています。 阿部裕之先生はレッスンの中で、「スイスのアルプスを描写した曲で、悠久の時と満天の星を描写したラヴェルの曲の中で最も幸福な曲だといわれています.。」とお話しされていました。

15歳から帰阪するまでお世話になっていた♪関孝弘先生♪に頂いた「作曲家の生家」という写真集からラヴェルの生家の写真をご紹介します。
「作曲家の生家」写真集
The house of Ole Bull in Lysen

ラヴェルのピアノ
ラヴェルの使っていたピアノと左上に飾られている叔父の描いた母の肖像画

ラヴェルのJapanese parlor
ラヴェルのJapanese parlor

ラヴェルの寝室
ラヴェルの寝室
2015_09
20
(Sun)06:36

イヴ・アンリ教授(パリ国立高等音楽院)レクチャー・リサイタル

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

今日は昨日(19日)行われましたイヴ・アンリ教授(パリ国立高等音楽院)レクチャー・リサイタルについて書いてみます。

     プログラム
イヴ・アンリ レクチャー・リサイタル
作曲家は(特にロマン派以降)何かにインスパイアされて作曲している場合が多いのですが、ピアノをお勉強する学生さんの中には少なからず、読譜と練習に追われ作曲家が曲を作る際にインスピレーションを受けたその背景を知らずに演奏している場合が多々あります。

そこでイヴ・アンリ教授は演奏をする際の作品の背景を知る必要性を伝えるために、毎年レクチャー・リサイタルを開かれています。 今回は上の4曲についてお話と演奏が行われました。

スクリーンを使ってのとても分かりやすいレクチャーでしたので、今回聴き逃された方もまたの機会に是非聴講なさって見て下さい。 


まずショパンの「舟歌」の演奏でしたが、これはイタリアのベネチアのゴンドラとゴンドラの浮かぶベネチアの「水」をイメージした曲です。 その映像を見ながらのイヴ・アンリ氏の演奏でした。 「水」をイメージした曲はたくさんありますが、一口に「水」と言っても国、場所、時間、環境によっていろんな表情を見せます。 作曲家が何にインスパイアされて作ったのかを知る事は曲を再現するのには大変重要な事だと思います。



次はリストの「ペトラルカのソネットS.123」でした。 これはイタリアのペトラルカという叙情詩人の詩をリストが読んでインスパイアされ作った曲です。 リストは文学に造詣が深く他にも「ダンテを読んで」、歌曲の「愛の夢」など文学を題材にした作品を多く作っています。

参考ブログ「リスト 愛の夢」♪
参考ブログ「リスト ダンテを読んで」♪




次はラヴェルの「夜のガスパール」でした。 この作品はフランスの詩人ベルトランの詩「夜のガスパール」を読んでラヴェルが作曲したものです。 楽譜の各楽章の冒頭にベルトランの3つの詩がそれぞれ書かれていますので下に楽譜を掲載します。 第3曲の「スカルボ」は帽子をかぶった悪魔の事ですが、その写真を見ながらの「スカルボ」のイヴ・アンリ氏の演奏は、ピアニストにとって「スカルボ」の演奏がいかにテクニックを必要とするかを、改めて感じさせられる凄みのあるものでした。 ラヴェルは私が師事する阿部裕之先生もCDを出され得意とされておりますが、阿部裕之先生のラヴェルの「スカルボ」にリンク致します。

ラヴェル 「スカルボ」~Prof. Hiroyuki Abe
イヴ・アンリ氏公式サイト
ラヴェル参考ブログ

ラヴェル 夜のガスパール
ラヴェル 夜のガスパール メモ
夜のガスパールについての私のメモ

楽譜の冒頭のベルトランの詩
Ondine
Ondine
Le Gibet
Le Gibet
Scarbo
Scarbo



次はボロディンの「ダッタン人の踊り」をイヴ・アンリ氏が編曲した作品でした。 来年にはベヒシュタイン社からオーケストラの曲をイヴ・アンリ氏が編曲した作品のCDが発売されるようです。 ピアノは一台のオーケストラだと納得させられる迫力のある演奏でした。 


アンコールにショパンの「ワルツ」とラヴェルの「ソナチネ2楽章」と「子犬のワルツ」を弾いて下さいました。 以前も書きましたがピアノの練習は感性を消耗する作業ですので、時々良い演奏会を聴いて感性を補充すると、イメージが膨らみ明日への活力になります。

明日は今、阿部裕之先生にレッスンをして頂きながら私が取り組んでいるラヴェルの「鏡」について書きます。 抜粋で演奏される事が多いですが、全曲弾くと30分位かかる大曲です。 今日イヴ・アンリ氏にもレッスンをして頂く事ができ、また新たな気持ちで勉強し直そうと感じている曲です。 


2015_09
19
(Sat)07:55

バッハ=ブゾーニ 「シャコンヌ」

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

ピアノを勉強する人にとっては「シャコンヌ」と言えばブゾーニ編曲の「シャコンヌ」を指している場合が多いのですが、これはもともとはバッハ作曲のヴァイオリンのための名曲です。 心を打たれる名曲ですので、ブゾーニ以外にもブラームスも左手だけのピアノ用の練習曲として編曲をしております。

バッハ 「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番二短調 シャコンヌ」♫~アイザック・スターン

1720年バッハは「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ BWV1001~1006」という3つのソナタと3つのパルティータからなる曲集を作曲しております。 その中のBWV1004は「パルティータ第2番」と呼ばれ5曲の舞曲で成立しています。 パルティータ第2番の終曲の第5曲が「chaconne」です。

シャコンヌ(chaconne)はフランス語で、3拍子の変奏形式による舞曲の一種です。 起源は16世紀末のスペインでスペイン舞踊ではchacona(チャコーナ)と呼ばれます。 スペインの大陸進出で新大陸へと広まり、そこからイタリア、フランス、ドイツと逆輸入され広まっていきます。 もともとは多くは歌を伴う快活な長調の舞曲だったようですが、17世紀半ばフランスに入ると短調の曲も見られるようになり、落ち着いた曲に変わっていったようです。 ドイツのバッハの「シャコンヌ」はシャコンヌの歴史の集大成の曲ではないかと思います。

さてバッハの「シャコンヌ」ですが、ヴァイオリンのお勉強をされる方にはこの無伴奏の3曲のソナタと3曲のパルティータは必修の曲のようですが、4本の弦でバッハの「シャコンヌ」の世界を表現するのはヴァイオリンの高度な技術を必要とします。 

ブラームスが右手を故障したクララのために編曲したと言われる「左手のためのシャコンヌ」は、クララのためというよりもバッハに敬意を表して和声楽器のピアノの右手を使わず作曲したのではないかという意見もあるようです。

バッハ シャコンヌ(ブラームス編曲)♫~クリスティアン・ツイメルマン

それに反してブゾーニは原曲にない音も追加しておりますし、バッハ=ブゾーニ 「シャコンヌ」にはいろいろな見解があるようですが、シャコンヌのメロディが親しまれてきたのはブゾーニの編曲が大きな役割をになってきたのではないかと思います。

フェルッチョ・ブゾー二(1866~1924)はイタリア生まれですが、ほとんどをドイツで過ごしております。 オルガンの響きのような壮大な世界はピアノで表現しても難しく、技巧的には中学生でも弾けるのですが、精神の表現はとてつもなく深く難しいものがあります。

バッハ=ブゾーニ シャコンヌ 二短調♫~エフゲニー・キーシン(楽譜付き)

バッハ シャコンヌ ブライトコプフ版
バッハ シャコンヌ 楽譜

名曲ですので、是非トライしてみて下さい。

明日は、本日行われるイヴ・アンリ氏のレクチャー・リサイタルについて書きます。  















2015_09
18
(Fri)08:48

リスト スペイン狂詩曲S.254(スペインのフォリアとホタ・アラゴネーサ)

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

ハンガリー生まれのフランツ・リスト(1811~1886)ですが、音楽的には国民楽派ではなくドイツロマン派のピアニスト・作曲家として位置付けられております。 圧倒的なピアノテクニックを持っていたリストは、超絶技巧を要求されるピアノ独奏曲をたくさん作っておりますが、この「スペイン狂詩曲」もその中の一曲です。

1844年にイベリア半島を旅したリストはその印象と資料から2つの作品を作っています。

一つは1845年に作られた「スペインの歌による演奏会用大幻想曲」S,253です。
♬「スペインの歌による演奏会用大幻想曲~ミハイル・プレトニョフ(途中から)」♬


二つ目が1858年に作られた「スペイン狂詩曲」S.254です。 これはS,253の改作とも言われています。 スペインの古い舞曲『フォリア」とアラゴン地方の民謡・舞曲「ホタ・アラゴネーサ」を素材にした超絶技巧の難曲の演奏効果の高い作品です。 まず先にリストの孫弟子にあたるホルヘ・ボレットの演奏にリンク致します。

♬「スペイン狂詩曲」~ホルヘ・ボレット♬

リスト スペイン狂詩曲 ペータース版

まず嬰ハ短調の序奏から始まります。 
リスト スペイン狂詩曲 冒頭



そして同じ嬰ハ短調で3拍子の舞曲「フォリア」に移ります。
フォリア

「フォリア」は15世紀末のイベリア半島起源の3拍子の穏やかな舞曲です。 17世紀のイタリアで大流行しバロック期のヨーロッパの作曲家達が変奏曲のテーマとしてよく用いました。 有名なものにコレッリの「ラ フォリア」があります。
♬「フォリア」~舞踊映像



間奏をはさんで、次は二長調の快活な「ホタ・アラゴネーサ」に移ります。 
ホタ・アラゴネーサ

「ホタ・アラゴネーサ」はスペインのアラゴン地方の軽快な民謡・舞曲です。
♬「ホタ・アラゴネーサ」~民族舞踊映像



終わり近くでフォリアの主題が長調で再現され堂々と曲は終わります。
フォリア(長調)

「フォリア」と「ホタ・アラゴネーサ」についての私の楽譜のメモ
フォリアとホタ・アラゴネーサ

この曲は大学生の時に勉強した曲ですが、その時神戸でヴィクトル・リャードフのレッスンを受けた事があります。 リャードフは浜松国際コンクールで優勝したピアニストで故タチアナ・ニコラーエワの弟子ですが、まだお若いので華やかな「スペイン狂詩曲」を披露して下さいました。
リャードフレッスン案内

1874年にブゾーニが管弦楽版に編曲しています。
リスト/ブゾーニ スペイン狂詩曲~エゴン・ペトリ、ミネアポリスシンフォ二ー


リスト「スペイン狂詩曲」~キーシン
リスト スペイン狂詩曲♫~キーシン

リスト「スペイン狂詩曲」~ペライア
リスト スペイン狂詩曲♫~ぺライア

リスト「スペイン「狂詩曲」~ロベルト・シドン
(スペイン狂詩曲~シドン)

明日はバッハ=ブゾーニ 「シャコンヌ」について書きます。

<追記>
先日ご紹介致しましたクラウス・シルデ先生の「正しいピアノ奏法を図解にして説明された貴重なアドヴァイス」がありますのでそれをご紹介致します。
シルデ先生レッスン1
シルデ先生レッスン2

練習時間が多くなるとどうしても体が前屈になったり、固まったりしてまいります。 私は椅子の横に姿見を置いて時々自分の姿勢をチェックします。 でないと弾く事に夢中になって前屈になり、音が固くなるからです。 シルデ先生に腰を中心にして円を描くような動きをすると良い音が出るとアドヴァイスを頂きましたので、今でもそれを思い出して気を付けています。












 





2015_09
17
(Thu)08:13

シューベルト 4つの即興曲Op.90, Op.142(全8曲)

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

フランツ・シューベルト(1797~1828)は決して裕福ではない教師の息子として生まれますが、その才能を認められ1808年に奨学金を得てウイーンのコンヴィクト(寄宿制神学校)に入ります。 

コンヴィクトとはウイーン楽友協会音楽院(現代のウイーン国立音楽大学)の前身の学校です。 そこで宮廷礼拝堂少年聖歌隊(1498年神聖ローマ帝国皇帝によって設立された聖歌隊で現在のウイーン少年合唱団)の一員として17歳の変声期を迎えるまで音楽のお勉強をしています。 この時の指導者はアントニオ・サリエリですが、サリエリにはコンヴィクトを去った後も授業を受けていたようです。

コンヴィクトではモーツアルトの作品と出会う等多くの刺激を受けたようで、多くの同級生達にも助けられその天才ぶりを作曲で示していくようになります。

1813年コンヴィクトを去り教師の仕事を得ますが、1816年からは友人のアドヴァイスで芸術活動に専念するようになり、少年聖歌隊の卒業生の自宅に寄宿しシューベルティアーデと呼ばれる音楽活動を行っていきます。
シューベルト

即興曲を作曲したのは1827年でシューベルトの最晩年にあたります。 作品90と作品142の8曲ですが、レベル的には難しいものでも中級程度ですので、単独で子どもの発表会やコンクールで良く弾かれ親しまれている曲が多いです。 

しかし一音一音の音の美しさの追及には際限のないものがあり、即興曲だけでCDを出すピアニストもいるくらい美意識に溢れた作品で私の好きな作品の一つです。
ブレンデル シューベルト即興曲CD
(アルフレッド・ブレンデル シューベルト4つの即興曲CD)
シュヌアー教授 シューベルト即興曲CD
(シュヌアー教授 シューベルト4つの即興曲CD)

作品90(D899)は4つの小品でできていますが、自由な旋律の美しさが魅力の作品です。 

Op.90-2やOp.90-4は小学生で皆さらう曲で、一見ツエル二ーの練習曲にも見えるピアニスティックな技巧を見せつける曲です。 しかしその一つずつの音の美しさの追及には際限がありません。
シューベルトOp.90-2
Op.90-2
シューベルトOp.90-4
Op.90-4

Op90-3はアインシュタインが「無言歌」だと評したそうですが、上声部はドイツリートの歌のように聴こえます。

作品142(D935)も4つの曲からできていますが、作品90とは少し違い構築性に優れています。 シューマンは第3曲を除いて一つのソナタだという解釈を示しています。 

Op.142-3は独立した曲として良く子どものコンクールの課題曲になる変奏曲ですが、主題は下にリンクしたシューベルトの作品ですでに使われているものです。
シューベルト Op.142-3
Op.142-3

劇付随音楽「キプロスの女王ロザムンデ」の間奏曲第3曲
弦楽四重奏曲第13番「ロザムンデ」第2楽章

シューベルト4つの即興曲 作品90-2♫~ツイメルマン
シューベルト 4つの即興曲 作品90-3♫~キーシン
シューベルト 4つの即興曲 作品90-4♫~キーシン
シューベルト 4つの即興曲 作品142-3♫~キーシン
シューベルト 4つの即興曲 作品90 D899~アルフレッド・ブレンデル♬ 
シューベルト 4つの即興曲 作品142 D935~アルフレッド・ブレンデル♬

アルフレッド・ブレンデル
ドイツ音楽には定評のある巨匠です。 ベートーヴェン、シューベルト、リスト、ハイドンを弾く時には私は必ずチェックをするピアニストです。 楽譜に書かれている事を正確無比に再現するその真摯さはピアニストのお手本というべき姿勢で、多くのピアニストに尊敬されているピアニストです。 文学にも造詣が深く本も出されています。 1983年オックスフォード大学から音楽の名誉博士号を贈られています。

フリードリッヒ・ヴィルヘルム・シュヌアー
同じくドイツ音楽では定評のある元デトモルト音楽大学の学長です。 ミュンヘン国際音楽コンクール1位というキャリアを持っていらっしゃいます。 名教授として名高く日本にも多くのお弟子さんがおられます。 昨日ご紹介したクラウス・シルデ先生と同じマイスター・ミュージックから数多くのCDを出されていますが、恩師の故片岡みどり先生(相愛大学名誉教授)の門下の先輩の方がデトモルトでシュヌアー先生に師事されていたので、そのご縁から一度コンサートに伺った事があります。
シュヌァアー教授リサイタルプログラム

マイスター・ミュージック


明日は、リストのスペイン狂詩曲について書きます。 この曲は技巧的には大変高度のテクニックを要求され、非常に演奏効果の高い華やかな曲です。 スペインのファリアとホタ・アラゴネーサという民族舞曲がモティーフとなっていますので、曲の理解の一助のために、スペインの文化の一側面である2つの民族舞踊をyou tubeからアップしてみます。 






 
2015_09
16
(Wed)08:34

続 ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 「告別」

<ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第26番 変ホ長調 作品81a 「告別」>

「告別」はベートーヴェンの弟子であり、友人であり、後援者であったハプスブルクの貴族のルドルフ大公に献呈されたピアノ・ソナタです。 ベートーヴェン自身が標題を付けたのはこの「告別」と「悲愴」の2曲だけで、他は愛称として呼ばれているだけです。

1809年4月9日、オーストリアとナポレオン率いるフランス軍は交戦状態に入ります。 そして早くも5月9日にはフランス軍はウイーン郊外までせまり、5月12日ナポレオン軍はウイーンに侵入する事になります。 そこでオーストリアの貴族はウイーーンを逃れて田舎の領地に逃げます。 ルドルフ大公も5月4日ウイーンを立ちます。 この時のベートーヴェンの愛する人との別れの悲しさを歌ったのが「告別」の第1楽章です。「Das Lebewohl, Les Adieux」(告別)
「告別」第1楽章冒頭

ベートーヴェンはルドルフ大公のいないウイーンの混乱の中で半年以上大公の戻ってくるのを不安な思いで待ちます。 その時の気持ちを歌ったのが第2楽章です。「Abwesenheit, L'absence」(不在)
「告別」第2楽章冒頭

幸い10月14日に戦争は終わり、11月にはフランス軍が撤退し、翌年1月に大公はウイーンに戻ってきます。 この時の再会の喜びを歌っているのが第3楽章です。「Das Wiedersehen, Le retour」(再会)
「告別」第3楽章冒頭
 
多分1809年5月に書き始め、1810年の初秋には完成したのだろうと考えられています。

各楽章の初めにベートーヴェン自身がドイツ語で標題を付けていますが、出版された時に全てフランス語に変わっていたためベートーヴェンは大変怒り出版社に抗議したそうです。 今ではドイツ語とフランス語と両方表記されています。 

第1楽章では序奏の最初の3つの音符(ト、ヘ、変ホ)にLe-be-wohlと書き込んでおり、第2楽章と第3楽章では冒頭のイタリア語の発想記号の下にドイツ語で補足の書き込みをしています。

この「告別」は東京で往年の名ピアニスト、ワルター・ハウツイツヒのレッスンを受講した事があるのですが、目の前で演奏されるハウツイッヒの「告別」の音楽に感動したのを覚えています。 

この曲はベートーヴェンのピアノ曲には珍しく、華やかな技巧をひけらかす部分がかなりあるのですが、音楽としてはベートーヴェンの内面を美しく語っており、そこがこの曲の大変難しい所です。 そういう意味で、納得させられたハウツイッヒのピアノでした。
(ハウツイツヒは1921年ウイーン生まれのピアニストで、シュナーベルにも師事した事のある名ピアニストです。)

<ルドルフ大公>
ルドルフ大公は1788年フィレンツェで生まれ1832年にウイーン郊外のバーデンで亡くなったマリア・テレージア女帝の孫のオーストリアの貴族です。 音楽を愛しかなり優れた才能を示していたようです。 ベートーヴェンに師事し、弟子や後援者という関係を超えて、深い友情でベートーヴェンとは結ばれていたようです。

多くの曲がルドルフ大公に献呈されており、例えばピアノ協奏曲第4番、第5番「皇帝」、ピアノ・ソナタ「告別」、「ハンマークラヴイ―ア」、ピアノ三重奏曲 「大公」、大司教として就任した大公の就任式のためのミサ曲「ミサ・ソレムニス」等があります。

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第26番 「告別~ダニエル・バレンボイム♬

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第26番 「告別~クラウデイオ・アラウ♬


明日は、シューベルトの「4つの即興曲 作品90」と「4つの即興曲 作品142」について書いてみます。 単独で発表会等で良く弾かれますが、この8曲だけでCDを出すピアニストもいるくらい美しい作品です。 

 









  
2015_09
16
(Wed)08:16

続 ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 「熱情」

<ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第23番 ヘ短調 作品57 「熱情」>

ヘンレ版第2巻
「熱情」第1楽章冒頭
「熱情」第1楽章
「熱情」第2楽章冒頭
「熱情」第2楽章
「熱情」第3楽章冒頭
「熱情」第3楽章

ベートーヴェンの第23番目のピアノ・ソナタは通称「Appaassionata」(熱情)と呼ばれ、1804年から1805年にかけて作曲されたベートーヴェン中期ピアノ・ソナタの最高傑作の作品の一つです。 

この「熱情」という標題は、後の1838年ハンブルクでピアノ連弾用の楽譜として編曲され出版された時にそのように名付けられたもので、ベートーヴェン自身が付けた標題ではありません。

ピアノ・ソナタ「熱情」が完成した1805年には、交響曲第3番「エロイカ」や歌劇「フィデリオ」もウイーンで公開初演されております。 

またかの有名な交響曲第5番「運命」の作曲に取り組み始めた時期でもあります。 「熱情」の第1楽章ではこのシンフォニー「運命」の冒頭の有名な「運命の動機」と呼ばれる4つの音(ダダダダーン)が重要な役割を果たしています。

「熱情」は、形式は厳格無比で、書法は非常にピアニスチックな演奏効果の高い高度な技術を要求されるものです。 また内容は難聴の悪化の苦悩を乗り越えた自らの苦悩を表現したもので、聴衆の人にはもちろんなのですが、演奏者にとってもベートーヴェンのピアノ・ソナタの代表の作品の一つと言えると思います。

この曲は東京音楽大学在学中には選抜公開レッスンでウイーン音楽大学のローラント・ケラー教授のレッスンを、また卒業時の奈良市新人演奏会の前には、(元日本ベーゼンドルファー東京ショールームで)元ミュンヘン音楽大学学長・東京芸術大学客員教授クラウス・シルデ氏のレッスンを受けた事があります。 

その時にシルデ先生が書いて下さったアドヴァイスの一部を掲載致します。
クラウス・シルデ先生レッスン1
クラウス・シルデ先生レッスン2
クラウス・シルデ先生レッスン3
クラウス・シルデ先生レッスン4
クラウス・シルデレッスン5

べ―ト―ヴェン ピアノ・ソナタ 「熱情」 第1楽章~谷 真子♬
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 「熱情」 第2・3楽章~谷 真子♬


「告別」は続いて記事を変えて書きます。

クラウス・シルデ先生ご紹介(元ミュンヘン音楽大学学長、東京芸術大学音楽学部客員教授)
クラウス・シルデ先生CD
外国の方ばかりではなく、日本人の多くの素晴らしいピアニストの方を育て挙げられたシルデ先生ですが、元日本ベーゼンドルファーの方からお声をかけて頂き東京や大阪のショールームで私も数度レッスンをして頂く機会に恵まれました。 名教授で名高い方ですが、そのレッスンは奏法の基本から高度な音楽的アドヴァイスまで多岐にわたるもので、大変分かりやすいレッスンでした。 ご自身のキャリアも数多くの国際コンクール受賞歴をお持ちで、そのピアノは厳格なドイツ音楽そのものです。 レッスンのご注意は楽譜に書かれず別紙に書かれます。 マイスター・ミュージックから多くのCDも出していらっしゃいます。

マイスター・ミュージック

ベートーヴェン 熱情♫~キーシン



















2015_09
15
(Tue)09:20

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 「悲愴」、「テンペスト」、「ワルトシュタイン」

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

ベートーヴェン(1770~1827)は「楽聖」と呼ばれ古典派を代表する大作曲家ですが、私はベートーヴェンが現代の音楽家に残してくれた遺産の大きな一つは「音楽家は芸術家であり自立した仕事である」という,、現代の今ではごく当然の事ですが、音楽の歴史上では革命的な出来事を実行してくれた事ではないかと思います。

ベートーヴェン以前の音楽家は、宮廷や有力貴族に仕え公的あるいは私的な演奏会のための機会音楽として曲を作るというのが通常でしたが、ベートーヴェンは「音楽家は芸術家である」と言い自らの内面を音楽で追及し、現代の音楽家の有り様に通じる歴史を作ったその分岐点に立った音楽家です。 そのお葬式にはロマン派の先駆けであり、市民社会の作曲家であったシューベルトも友人達と参列したそうです。

参考ブログ♪「ベートーヴェン交響曲第9,6,7番(リスト/トランスクリプション)」♪

さてベートーヴェンは1792年ボンに立ち寄ったハイドンにその才能を認められボンからウイーンへ移住しハイドンに弟子入りします。 1795年に作られたピアノ・ソナタ第1番、第2番、第3番(作品2)はハイドンに捧げられています。 しかし20歳後半には難聴が悪化し、1802年には「ハイリゲンシュタットの遺書」という手紙を弟達に書いてその苦悩を訴えています。 しかしその後苦悩を乗り越え1804年からの10年間の時代は「傑作の森」と称されるほど数多くの傑作を作ります。

40歳頃全聾となりますが、その後も交響曲第9番を作曲する等その不屈の精神力には驚かされます。

ベートーヴェンはピアノ・ソナタは全部で32曲作っておりますが、これはピアニストにとっての「新約聖書」と呼ばれており、ピアノを学ぶ者には必修の作品です。 今日と明日の二日間はその中から第8番、第17番、第21番、第23番、第26番について書いてみようと思います。
「ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 演奏法と解釈」~パウル・バドゥーラ=スコダ著
(べ―ト―ヴェン ピアノ・ソナタ 演奏法と解釈~パウル・バドゥーラ=スコダ著 音楽之友社)


<ピアノ・ソナタ 第8番 ハ短調 作品13 Pathetique(悲愴)>

ベートーヴェンのピアノ・ソナタのCDは30枚以上持っておりますが、その中で珍しい輸入の古楽器のスコダの全集とケンプの全集をご紹介します。 チェリストのニコラ・デルタイユさんのお話によるとスコダの古楽器のこのCDは今は廃盤となって入手できないそうですが、私が入手した時も3ケ月くらい待って取り寄せたCDです。
パウル バドゥーラ=スコダ ベートヴェン ピアノ・ソナタ全集(古楽器による)
(ベートーヴェン ピアノ・ソナタ全集~パウル・バドゥーラ=スコダ/古楽器による)

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ全集~ケンプ
(ベートーヴェン ピアノ・ソナタ全集~ウイルヘルム・ケンプ)

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ全集ヘンレ版第1巻
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第8番 悲愴

「悲愴」は1798年から1799年にかけて作られたベートーヴェン初期ピアノ・ソナタの代表作です。 当時としては珍しく初版に「Grande sonata pathetique」と自ら記しております。 作曲されたのはベートーヴェンが耳の疾患を自覚し出した頃ですので、それと関係あるのではないかと言われていますが、はっきりとは分かっておりません。 (自ら標題を明記しているのは後、26番の「告別」だけで、他は別の人がそう呼んだ愛称です。)  内容的にロマン的傾向も見えますが、他の芸術からの影響というよりは全て音楽的追及からのものではないかと思います。

ベートーヴェンにとってこの「ハ短調」というのは重要な調性で、第32番ピアノ・ソナタ、交響曲第5番「運命」、ピアノ協奏曲第3番など多くの傑作を残しています。

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第8番 「悲愴」第1楽章~ウイルヘルム・ケンプ
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第8番 「悲愴」第2・3楽章~ウイルへルム・ケンプ♬



<ピアノ・ソナタ 第17番 二短調 作品31-2 テンペスト>

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ全集 ヘンレ版 第2巻   
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第17番 テンペスト

1801年から1802年にかけて作曲された作品31の3曲の中の2のこの「テンペスト」は、ベートーヴェンの伝記執筆者のシンドラーがベートーヴェンに第17番の「Sturm und Drang」(疾風怒涛)について尋ねた時、ベートーヴェンが「シェイクスピアのテンペストを読みたまえ」と答えたという話からそう呼ばれるようになったそうです。 この時期のベートーヴェンは耳の持病が益々悪化し同年「ハイリゲンシュタットの遺書」を書いていますが、作風は中期に入り不屈の精神は益々厳しくなっていきますので、テンペスト=嵐は「精神の嵐」を意味しているのかとも思います。

「テンペスト」ではそれまでの古典派の常識では考えられない書法が見られ、後期の作曲家ベートーヴェンを予見させる所が随所に表れています。 いろいろな苦悩を乗り越え克服し、勝利へと至るというベートーヴェン独特の構図も見え隠れしており、この頃にはドラマチックなソナタ様式も確立してきています。

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第17番 テンペスト~バックハウス♬




<ピアノ・ソナタ 第21番 ハ長調 作品53 「ワルトシュタイン」>

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第21番 ワルトシュタイン

「ワルトシュタイン」というのは人の名前で、ボン時代のベートーヴェンを物心両面から応援してウイーンに送り出した伯爵の名前です。 ウイーンでベートーヴェンが貴族に知己を得られたのはこのワルトシュタイン伯爵のおかげで、ベートーヴェンはその感謝の気持ちから中期の傑作の一つと言われるこの作品をワルトシュタイン伯爵に献呈したようです。 

有名な「不断の努力でモーツアルトの精神をハイドンから受け取りなさい。」という言葉をウイーンへ立つベートーヴェンに贈ったのがこのワルトシュタイン伯爵です。 作曲されたのは「ハイリゲンシュタットの遺書」の苦悩から抜け出て益々精神の高みへと上がろうとする1803年から1804年にかけてです。 作曲の直前の1803年にはパリのエラール社から最新鋭のピアノフォルテを贈呈されており、その事もベートーヴェンがこの華やかな演奏効果の高い作品を作り出すのに一助となったのではないかと思います。

この曲では完全に古典派の大天才達の作風から抜け出て、独自の世界を作りだしており、同時期に書かれた「熱情」と並びベートーヴェン独自の個性に満ち溢れた作品だと思います。

ちなみに作曲当初、2楽章として作曲されていたアンダンテ(ヘ長調)は冗長になるのを避けるために削除されましたが、後に単独の「アンダンテ・ファヴォリ」という小曲として出版されました。 この曲は以前♪阿部裕之先生♪が演奏会で弾いていらしたのでお聴き覚えのある方もいらっっしゃると思います。

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第21番 「ワルトシュタイン~アルフレッド・ブレンデル♬


ベートーヴェン 「アンダンテ・ファヴォリ~アルトゥール・シュナーベル♬

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ集楽譜 クルチ版 シュナーベル校訂
(ベートーヴェン ピアノ・ソナタ集楽譜 クルチ版 シュナーベル校訂)
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第30番、第32番~シュナーベル
(ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第30・32番~シュナーベル)


明日はベートーヴェンのピアノ・ソナタ「熱情」と「告別」について書きます。 「熱情」はyou tubeにアップしておりますのでもう聴いて下さっている方もいらっっしゃるかと思いますが、書き込みの楽譜など載せて見ます。 私はまだ後期ソナタの第30番、第31番、第32番は弾いておりませんので、(人類未踏の世界と呼ばれる壮大な作品ですが、)挑戦はしてみたいと思っています。

<ピアノを趣味で楽しまれるお小さい方へ>
ピアノを趣味で習われる方もベートーヴェンのピアノ・ソナタが弾けるようになると、ピアノの本当の面白さが分かるようです。 「悲愴」は小学生でも発表会で弾かれる方は多く「ソナチネ」でやめるのではなく、是非「ソナタ」が弾けるように頑張って続けて欲しいと思います。

普段はそれほどハードにされてない方でも、(趣味で楽しむ程度ですが、)私の場合は門下の人には楽譜の比較的簡単なベートーヴェンのピアノ・ソナタに発表会等で小学生から挑戦してもらっています。 お小さい時は体が柔らかいですので、ご指導すれば必ず弾けるようになります。

「ツエル二ー30番に入ったからピアノはやめた」では、名曲と言われるピアノ曲を楽しんで弾くという事はほとんどできず、ピアノは眺めるだけのお家の粗大ゴミかインテリアになってしまいます。 お休みのリラックスした午後、ご家族の方にモーツアルトやベートーヴェンやショパンを弾いて差し上げる事ができたら、どんなピアニストのCDよりもご家族の方は心が癒されるのではないかと思います。

塾も受験勉強も大切な事です。 人間はいつもやりたい事だけをする事を許されるとは限りません。 乗り越えなくてはいけないハードルが目の前にあれば、それは精一杯の努力で乗り越えなくてはいけません。 しかし芸術を楽しむというのは次元の違う話だと思います。

一日10分ピアノに触るだけでも、必ず上達していきます。 試験の直前は勉強に集中して受験というハードルを越える場合もありますが、それまではお勉強とピアノを両立しながら、最難関の希望の学校に合格されたという方は多くいらっしゃいます。

このブログでこんなきれいな曲があるのだと知り、音楽のお勉強を続けていく楽しい目標になればと願い、毎日ブログを書いております。

 



























2015_09
14
(Mon)15:50

イヴ・アンリ教授レクチャー・リサイタルのお知らせ

INFORMATION
ハイドン

パリ国立高等音楽院イヴ・アンリ教授レクチャー・リサイタルのお知らせです。
イヴ・アンリ教授 レクチャーチラシ
私がお世話になっております芦屋のサロン・クラシックのオーナーの中西淳子さんから広く皆様にお知らせしてほしいと頼まれました。

9月19日(土)15:00開演ですが、ショパンの舟歌、リストのペトラルカのソネットS.123、ラヴェルの夜のガスパール、ボロディン=イヴ・アンリのダッタン人の踊りの音楽の源はどこから来ているかというレクチャーを演奏を交えてなさいます。

それぞれにベネチアのゴンドラリートから、イタリアの叙情詩人ペトラルカの詩から、フランスの詩人ベルトランの散文詩集から、ロシアの詩からインスピレーションを得て創作されているそうですが、文学と音楽の密接な繋がりをピアノ演奏を交えて分かりやすくお話しして下さいます。

問い合わせ先は0797-55-0730 Salon Classic in 芦屋までお願い致します。
Salon Classic公式サイト
http://tmcj.jp/

門下の方は受付までお尋ね下さい。

イヴ・アンリ氏公式サイト
http://yveshenry.fr/flash/index.php?lang=JP

専門でない方も楽しめるのではないかと思います。
是非行かれてみて下さい。

私も3度ワンポイント・レッスンをして頂いた事がありジョイント・リサイタルも一度させて頂いた事があります。

奈良市学園前谷真子ピアノスタジオ
http://masakotani.co
2015_09
14
(Mon)07:56

ブラームス チェロ・ソナタ 第1番、第2番

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

ブラームス(1833~1897)は2曲のチェロ・ソナタを残していますが、第1番は1865年に作曲されたものです。 ブラームスの音楽の持つ重厚な響きがチェロの音色と合っていて、ベートーヴェンのチェロ・ソナタと並んで愛好する人も多く演奏される機会も大変多い作品です。

ブラームスはハンブルク出身ですが、各地を旅行した後で1862年からはウイーンを拠点として創作活動を続けます。 このチェロ・ソナタ第1番を作曲した直後の1868年には「ドイツ・レクイエム」を作曲しておりますが、チェロ・ソナタ第2番は交響曲第4番を作曲した翌年の1886年に作曲されています。 つまり第1番と第2番には20年の時の経過があるわけですが、それにも拘わらずどちらにも同じブラームスの情熱と憂愁が流れていてチェロの名曲だと思います。

チェロ・ソナタ第1番は友人のチェロ奏者のゲンスバッハーに献呈されたものですが、曲の完成直後に行われた私的な初演ではゲンスバッハーがチェロを、ブラームスがピアノを弾いています。

各楽章全て短調で書かれているため、北国の暗い厳しい雰囲気が漂い、ブラームス特有の暗い内に秘めた情熱に溢れています。
ブラームス チェロ・ソナタ 第1番、第2番
(Antonio Janigro, cello/Paul Badura-Skoda,piano)

ブラームス チェロ・ソナタ 第1番 ホ短調 作品38~ヨー・ヨー・マ(チェロ)、エマニュエル・アックス(ピアノ)
https://www.youtube.com/watch?v=6oyLJHpe8Z8

3楽章の冒頭のピアノによるフーガ主題は、バッハの「フーガの技法」の中のコントラプンクトゥスXIIIをバッハが「二台クラヴィーアによるフーガ」に編曲したフーガによるものです。(contrapunctus=counterpoint~対位法) 

バッハ 二台クラヴィーアによるフーガ "Fuga a 2(rectus)"(正立形)
https://www.youtube.com/watch?v=4bCVQ1KAAeQ
バッハ 二台クラヴィーアによるフーガ"Alio modo Fuga 2(inversus)"(倒立形)
https://www.youtube.com/watch?v=YZPywDn84Ys
(この曲はContrapunctus inversus"鏡像フーガ"と呼ばれ音符の上下をひっくり返しても演奏できます。)



<ブラームス チェロ・ソナタ第2番>
1862年ウイーンへ出たブラームスはウイーンを本拠地として活動を続けていましたが、夏の間は避暑地で作曲をするのを常としていました。 1877年に作られた交響曲第2番は南オーストリアのペルチャッハでの生活に刺激されて一気に書かれた事は有名ですが、このチェロ・ソナタ第2番も1886年スイスのトゥーン湖畔での快適な生活から刺激を受け「ヴァイオリン・ソナタ第2番」と共に作曲されました。

4楽章からなる作品ですが、ブラームスの魅力の「情熱的でかつその中に憂いを秘めている」という美点がチェロの音色と相乗して発揮されている曲だと思います。

ブラ―ムス チェロ・ソナタ 第2番 ヘ長調 作品99~リヒテル(ピアノ)、ロストロポーヴィッチ(チェロ)
https://www.youtube.com/watch?v=RxnnRXDc-Jc

明日はピアノを学ぶ人には新約聖書と言われているベートーヴェンのピアノ・ソナタの中から「熱情」、「告別」、「ワルトシュタイン」、「テンペスト」、「悲愴」について書きます。(ちなみに先日書きましたバッハの平均律はピアノを学ぶ人には旧約聖書と言われています。) 

以前も書きましたが、バッハの平均律とベートーヴェンのピアノ・ソナタとショパンのエチュードはピアニストにとっては全曲学ばなければならないタスクです。 他にもピアノ作品は(他の楽器と比べると)数が多く、一生弾き続けても全てを弾き尽くす事は不可能かと思いますが、クラシック音楽は時空を超えて夢の広がる世界ですので是非多くの方にその魅力を知って頂けたらと思います。

今のお子さんは小学校高学年になると習いごとを止めて、次は塾と受験勉強に全エネルギーを注ぐという方が多いですが、音楽だけではなく文学、美術というような日常生活には一見不必要なものに思われる世界が、どれだけ人間の精神の浄化の助けになっているかを少しでも理解して頂けたらと願いながら日々ピアノと関わっております。

               









 




2015_09
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(Mon)00:18

写真でのレッスン・ルームのご紹介~奈良市学園前

<谷真子ピアノレッスン・ルーム>

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(レッスン用ピアノ~ヤマハC3・・・・・ベーゼンドルファーの音色に近く気に入っているピアノです。)

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(私の練習室~ベーゼンドルファー200)

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楽譜やCDの一部
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↓谷真子公式サイト
http://masakotani.co>

体験レッスンお問い合わせフォームはこちらへ
2015_09
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(Sun)06:18

ブラームス ピアノ・ソナタ 第1番、第2番、第3番

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

ヨハネス・ブラームス(1833~1897)はバッハ、ベートーヴェンと並び三大Bと呼ばれるロマン派を代表する作曲家です。 歌曲、合唱曲、室内楽曲に多くの作品を残していますがピアノ・ソナタも3曲書いています。

<まず初めはソナタ第1番と呼ばれるハ長調 作品1について書いてみます。>
ブラームス楽譜ヘンレ版
ブラームスピアノ・ソナタ1番

この作品は第1番と言われていますが実際には第2番より後の1853年に作曲されたものです。 シューマンの紹介でブライトコプフ・ウント・ヘルテル社より出版しましたが、ソナタ第2番より先に作品1として出版したためそういう事になりました。 同年、ライプツイヒのゲヴァントハウスで行われた公開初演はブラームス自身の演奏で行なわれ、 後に友人のヴァイオリニストのヨーゼフ・ヨアヒムに献呈されています。 公開初演ではリストやベルリオーズも聴きにきて賞賛したそうで、ブラームスの後の構築的な作風がすでに示されています。

第1楽章の冒頭ではベートーヴェンの「ハンマークラヴィーア」に似た主題が出てきますが、これが全曲を統一する要素となっております。 第2楽章の冒頭には「古いドイツのミンネリートによる」と記されておぴ最初の主題にはその歌詞が書かれています。 ミンネリートとは中世ドイツ語で「愛の歌」という意味です。 2楽章はこの主題の後3つの変奏が続きます。

ミンネリートの日本語訳を書いておきます。 
「静かに月は昇る、青い青いかわいい花、銀色の小さな雲を抜けて動く、青い青いかわいい花、谷間のばら、広間の乙女、おお美しいばらよ!」
ブラームスピアノ・ソナタ第1番2楽章楽譜冒頭

以前、フランツ・シューベルト・ソサエテイについての記事を書きましたが、その時ドイツ文学者の瀧崎安之助さんの「ドイツ・リート詞華選」という本を瀧崎先生のお宅までわざわざ取りに行って送って下さった山地良造さんとおっしゃるドイツ文学ご専門のフランツ・シューベルト・ソサエテイ運営委員の方が、「大作曲家ブラームス」という本を訳していらっしゃいます。 音楽之友社から「大作曲家」シリーズとして出ている本のブラームスの巻ですがご紹介いたします。

山地良造訳「大作曲家ブラームス」~音楽之友社
山地良造訳「大作曲家ブラームス」

フランツ・シューベルト・ソサエティについての記事
http://masakotani.jp/blog-entry-56.html

リヒテル ブラームス ピアノ・ソナタ1,2番
(リヒテル ブラームス ピアノ・ソナタ 第1,2番)
ウゴルスキー ブラームス ピアノ・ソナタ1,2番
(ウゴルスキー ブラームス ピアノ・ソナタ 第1,2番)

ブラームス ピアノ・ソナタ ハ長調 作品1~クリスティアン・ツイメルマン
1楽章 Allegro
https://www.youtube.com/watch?v=YDLtjMIT9-0
2楽章 Andante
https://www.youtube.com/watch?v=mCGz-5RJdVQ
3楽章 Scherzo
https://www.youtube.com/watch?v=P4_2Ncgt4Ps
4楽章 Finale
https://www.youtube.com/watch?v=5hSafTOh88I


書法はまだ拙いですが、青年ブラームスの覇気が感じられ、同時に清らかな情感と淡い憂愁もあります。 私は高校生の時このブラームスのソナタの1番と2番を勉強しましたが好きな作曲家の一人でした。



<ブラームス ピアノ・ソナタ 第2番>
ブラームスピアノ・ソナタ2番

ブラームスの最初のピアノ・ソナタであるピアノ・ソナタ第2番は1852年19歳の時ハンブルクで作曲され、翌1853年ブライトコプフ・ウント・ヘルテル社から作品2として出版され、シューマンの妻クララに献呈されました。 初演されたのは30年後のウイーンです。 第1番同様、第2番も2楽章では古いドイツのミンネ・リートが主題として使われその後3つの変奏が続いています。

まだハンブルクから出た事がない青年ブラームスが作った曲らしく情熱的で感情の変転が激しく、また若者らしい感傷的なところもある作品です。 第1番に比べると少し地味かもしれません。
ブラームス ピアノ・ソナタ第2番、2つの狂詩曲Op.79、ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ 作品24、Intermezzo Op.117-1
(シュヌアー教授 ブラームス ピアノ・ソナタ 第2番他)

ブラームス ピアノ・ソナタ 第2番 嬰ハ短調 作品2~クリスティアン・ツイメルマン
1楽章 Allegro
https://www.youtube.com/watch?v=s8pDqRkwdus
2楽章 Andante con espressione
https://www.youtube.com/watch?v=PWfOGRwfyPQ 
3楽章 Scherzo
https://www.youtube.com/watch?v=RlxLj3qvlnU
4楽章 Finale
https://www.youtube.com/watch?v=g5MgLvYK5-A



<ブラームス ピアノ・ソナタ 第3番>
これは1853年20歳の時デュッセルドルフで作曲されたもので作品5と呼ばれています。 これはまだお勉強しておりませんがいつか弾いてみたいと思っている作品です。
ブラームス ピアノ・ソナタ 第3番

2楽章のANDANTEの楽譜の冒頭にはシュテルナウの「若き恋」という詩の一節が記してあります。
ブラームス ピアノ・ソナタ 第3番 2楽章楽譜

また4楽章のINTERMEZZOの楽譜には副題としてやはり同じシュテルナウの詩のタイトルから「Ruckblick(回顧)」という言葉が引用されています。
ブラームス ピアノ・ソナタ 第三番 4楽章楽譜

ブラームス ピアノ・ソナタ 第3番 f-moll 作品5~エフゲ二ー・キーシン
https://www.youtube.com/watch?v=Abby2S5OSXM 

明日は続けてブラームスのチェロ・ソナタ第1番について書いてみようと思います。 これは2014年10月9日阿部裕之先生と上村昇さんが大阪倶楽部で演奏された曲です。





2015_09
12
(Sat)12:44

モーツァルトピアノ協奏曲

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モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

モーツァルト(1756~1791)は11歳から35歳まで計27曲のピアノ協奏曲を書いていますが、全て自分自身または弟子達の独奏を前提として作曲されています。 没後は(わずかの例外を除いて)あまり演奏されなくなっていきましたが、19世紀末頃から復活し現在はそのピュアな世界に心洗われる人が多くいます。

モーツァルトピアノ協奏曲 第20番 K.466
第20番K.466


<モーツァルトピアノ協奏曲10番>
モーツァルトピアノ協奏曲は全部で27曲ありますがその10番にあたるのが、「二台のピアノのための協奏曲 変ホ長調 K.365」です。 これはザルツブルクを離れる前の1775年~1777年にかけてすでに作られていて、初めて公開の席で演奏されたのがウイーンに出た後の1781年予約演奏会での弟子との演奏だと(発見された資料から)現在ではそう考えられているようです。
モーツァルトピアノ協奏曲10番ギレリス、エレーナ・ギレリス
(ギレリスと娘のエレーナ・ギレリスの共演のCDでピアノはベーゼンドルファー、指揮はカール・ベームでオーケストラはウイーン・フィルハーモ二ーです。)
ウイーンに行く前のザルクブルクで公開の場で演奏したという記録は残っていないので、初演がどのような形でなされたのかは今もはっきりとは分かっていないようです。 多分宮廷オーケストラを呼んで自宅で姉ナンネルと二台ピアノで弾いたのではないかと思われますが、制約される連弾と違って二台のピアノが存分に活躍できますのでとても素晴らしい作品です。

モーツァルト 二台のピアノのための協奏曲 変ホ長調 K.365~バレンボイム、アシュケナージ(二台ピアノ)
https://www.youtube.com/watch?v=tz7CFNMbedo



<モーツァルトピアノ協奏曲第20番>
これは1785年ウイーンで作曲され初演もウイーンでされています。 モーツァルトのピアノ協奏曲で短調は20番と24番だけですが、なんとも言えない哀愁を帯びたメロデイと劇的な展開に自然と涙する作品です。
クララ・ハスキル モーツァルトピアノ協奏曲第20番
(クララ・ハスキルがスカルラツテイとカップリングしているCDです。)
カデンツァはベートーヴェンのものが有名ですが、演奏者自身の作ったカデンツァを弾く人もいます。

モーツァルトピアノ協奏曲 第20番 二短調 K.466~ピリス(ピアノ)、ブーレーズ指揮、ベルリン・フィル
https://www.youtube.com/watch?v=ZzrN4ZAZ890 



<モーツァルトピアノ協奏曲21番>
21番は1785年に20番を作曲した1ケ月後に作られ、予約演奏会で自ら初演しています。 カデンツアは作っていませんが、前作の短調から一転してハ長調で作られており、多彩なメロデイの1楽章、軽快な3楽章に挟まれた2楽章は抒情的で大変美しく映画「短くも美しく燃え」の中で使われております。
ゲザ・アンダ モーツァルトピアノ協奏曲第21,23番
(ゲザ・アンダ指揮・ピアノ、ザルツブルク・モーツアルテウム・カメラ―タ・アカデミカ)
ペライア モーツァルトピアノ協奏曲第21,23番
(マレイ・ぺライア指揮・ピアノ、イギリス室内管弦楽団)

モーツァルト ピアノ協奏曲 第21番 ハ長調 K.467~ポリー二(ピアノ)、ムーティ指揮、スカラ座管弦楽団
https://www.youtube.com/watch?v=i2uYb6bMKyI



<モーツァルトピアノ協奏曲第23番>
1785年末から1786年にかけてモーツァルトは22,23,24番という3曲のコンチェルトを作曲しています。 どれもウイーンでの予約演奏会のために作られたものですが、とりわけこの23番は第1楽章のカデンツアも自分で作っており不朽の名作の一つと言われています。 また1786年に作られたこの3曲のコンチェルトでは木管楽器をオーボエに代わってクラリネットを使用しています。 2楽章の美しさは絶品です。
ゲザ・アンダ モーツァルトピアノ協奏曲第21,23番
ペライア モーツァルトピアノ協奏曲第21,23番

モーツァルトピアノ協奏曲 第23番 イ長調 K.488~ティル・フェルナー(ピアノ)、Mozarteum-Orchestre Salzburg
https://www.youtube.com/watch?v=jTjcYIec9Tg



<モーツァルトピアノ協奏曲第26番>
1788年ウイーンでの予約演奏会のために作曲されたこの26番が初演されたのは翌1789年のドレスデンにおいてでした。 また1790年にはフランクフルトでの神聖ローマ帝国レオポルト2世の即位のための戴冠式でも19番とともに演奏しています。 通称「戴冠式」と呼ばれるのはこの為です。 この曲では前3作で使われたクラリネットは使われておらず、カデンツァも作っておらず、ピアノ譜は未完の部分もあります。 しかし大変愛らしく親しみやすい曲で今も良く演奏されています。 1786年には「フィガロの結婚」を、1787年には「ドン・ジョヴァン二」を完成させオペラでの活躍が目立ちますが、コンチェルトは次の27番が最後になります。
ピリス モーツァルトピアノ協奏曲第14,26番
(ピアノはピリス、指揮はアバド、オーケストラはウイーン・フィルハーモニー管弦楽団です。)
ゲザ・アンダ モーツァルトピアノ協奏曲第26番
(ピアノと指揮はゲザ・アンダ、オーケストラはザルツブルク・モーツアルテウム・カメラ―タ・アカデミカです。)

モーツァルト ピアノ協奏曲 第26番 二長調 K.537 <戴冠式>~グルダ(ピアノ、指揮)、munich philharmonic orchestra
https://www.youtube.com/watch?v=3stLTO64ADs&list=PL6779F7881DAB9222



<モーツァルトピアノ協奏曲第27番>
この曲はモーツァルトの亡くなる年1791年に作曲された最後のピアノ協奏曲です。 クラリネットやティンパ二ーは使われず編成はピアノ、フルート2、オーボエ2、ファゴット2、ホルン2、弦5部という簡素なものです。 モーツァルト自身によるカデンツアも作られています。 初演は1791年ウイーンでクラリネット奏者のベーアという人が主演する演奏会で行われました。 モーツァルトは亡くなる直前の2年間というのはほとんど仕事もなく秋風の吹く心理状態だったのではと思われますが、この27番の高貴な澄み渡ったそして淡々とした精神世界はモーツァルトが亡くなる直前に辿り着いた精神世界だったのではないかと思います。
モーツァルトピアノ協奏曲10番ギレリス、エレーナ・ギレリス
(ピアノはギレリス、指揮はカール・ベーム、オーケストラはウイーン・フィルハーモニー管弦楽団です。)

モーツァルトピアノ協奏曲 第27番 変ロ長調 K.595~マレイ・ペライア(ピアノ・指揮)、
https://www.youtube.com/watch?v=5i_ttU6v1Y0

明日はブラームスのピアノ・ソナタ第1番を中心にブラームスについて書いて見ようと思います。
2015_09
11
(Fri)10:19

ベートーヴェン交響曲第9、6、7番(リスト/トランスクリプション)

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

フランツ・リスト(1811~1886)はドイツ・ロマン派のピアニスト・作曲家で、「ピアノの魔術師」とも言われていますが、1822年ウイーン音楽院でツエル二ーに師事し、翌1823年には老ベートーヴェンにコンサートで会いそのピアニストとしての才能を誉められています。  またリストの先生のツエル二ー(1791~1857)はオーストリアのピアノ教師、ピアニスト、作曲家ですが、10歳でベートーヴェンの弟子となり, 1812年にはベートーヴェンのピアノ協奏曲「皇帝」のウイーンでの初演のソリストを務めています。  またツエル二ーの先生のベートーヴェン(1770~1827)はウイーン古典派の作曲家ですがハイドンに認められたハイドンの弟子でした。

このような系譜からリストはベートーヴェンを大変尊敬しており、ベートーヴェンの交響曲9曲全てをピアノ・ソロ用に編曲しております。 またベートーヴェンの交響曲9番とピアノ協奏曲の3,4,5番は二台ピアノ用にも編曲しております。

リストの時代は現在のようにCDやメディアでベートーヴェンのシンフォ二ーを楽しむという事はできませんから、それをひとりでも多くの人に知ってもらうために、ピアノでも弾けるように作曲したのではないかと思います。

ベートーヴェン交響曲 第9番(リストによるピアノ・トランスクリプション)~シプリアン・カツアリス
https://www.youtube.com/watch?v=Ja7ZkvP8Nrk
リストが1863年から1864年にかけて作曲したものです。
ベートーヴェン/リスト 交響曲第9番
ベートーヴェン/リスト交響曲第9番

ベートーヴェン交響曲 第9番 二短調 作品125 「合唱」~フルトヴェングラー指揮、バイロイト祝祭管弦楽団・・・1951年ライヴ
https://www.youtube.com/watch?v=dHDXdbSWu0E
ベートーヴェンが1824年作曲したものです。

ベートーヴェン交響曲第9番(リストによるピアノ・トランスクリプション)
ベートーヴェンシンフォ二ー9番(リスト作)
ベートーヴェン交響曲第9番~フルトヴェングラー指揮、バイロイト祝祭管弦楽団)
ベートーヴェンシンフォ二ー9番~フルトヴェングラー

ベートーヴェンの交響曲第9番はあまりにも有名でいまさらご説明する事はないと思いますが、第4楽章で歌われるシラーの「歓喜に寄す」について書かれた本がありますのでそれをご紹介します。
シラーと第9
シラーと第9
1749年ドイツの詩人ゲーテが生まれ、1759年シラーが生まれます。 そして1770年ベートーヴェン,ヘーゲルが生まれ、1786年にはシラーが「歓喜に寄す」を発表します。 そして「芸術の時代」と呼ばれる時代が続き、1824年にベートヴェンが第9を作りますが、ベートーヴェンはその3年後の1827年に亡くなり、1831年にヘーゲルが、続いて1832年にゲーテが亡くなります。 

今では芸術家というお仕事は仕事として当たり前になっていますが、18世紀初頭までは芸術家が自分の内面から出る感情を自由に表現したり、自由業として自立するという事はなされていませんでした。 現在の芸術家の自立が確立されたのは、この「芸術の時代」と呼ばれる時代だと思いますが、ゲーテやベートーヴェンは現代の芸術家の先駆者ではと思います。

余談ですがゲーテの戯曲にベートーヴェンがウイーン宮廷劇場の支配人に頼まれて付曲した劇付随音楽があります(1809~1810)。 今はその序曲しか演奏されませんが、リンクしておきます。
ベートーヴェン 「エグモント」序曲 Op.84~ティーレマン指揮、ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団
https://www.youtube.com/watch?v=Puy7ephHnXI

上の私が所有する第9のCDは、1951年のバイロイト音楽祭でのライヴ録音ですがフルトヴェングラーの名盤と言われているものです。 第二次世界大戦後初めてバイロイト音楽祭が再開された初日の演奏ですが、フルトヴェングラーの不動の名演と言われています。 you tubeにアップされていましたので上にリンクしておきました。




次はベートーヴェンの交響曲第6番「田園」のリストによるピアノ・トランスクリプションをご紹介します。

ベートーヴェン交響曲第6番「田園」(リストによるピアノ・トランスクリプション)
https://www.youtube.com/watch?v=zQEa4quP-dY

ベートヴェン 交響曲第6番 ヘ長調 作品68 「田園」~カール・ベーム指揮、ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団
https://www.youtube.com/watch?v=W4TBpy8oQnw
ベートーヴェン交響曲第6番スコア
ベート―ヴェン交響曲第6番スコア
ベートーヴェン交響曲第6番スコア
ベートーヴェン交響曲第6番スコア

ベートーヴェン交響曲第4&6番(リストによるピアノ・トランスクリプション)
ベートーヴェンシンフォ二ー6番(リスト作)
ベートーヴェン交響曲第6番「田園」、「エグモント」序曲~カール・ベーム指揮、ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団
ベートーヴェンシンフォ二ー6番カール・ベーム
ベートーヴェン交響曲第6番~フルトヴェングラー指揮、ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団
ベートーヴェンシンフォ二ー6番~フルトヴェングラー
ベートーヴェン交響曲第2&6番~クーベリック指揮、バイエルン放送交響楽団
ベートーヴェンシンフォニー6番~クーベリック
ベートーヴェンが聴覚の異常を自覚し出したのは1801年(31歳)の頃で、翌1802年には「ハイリゲンシュタットの遺書」と呼ばれる手紙を弟達に書き苦悩を訴えます。 しかしその後それを克服し「傑作の森」と言われる偉大な作品を書き続けます。 交響曲6番「田園」もその一つで1808年、5番の「運命」とともにウイーンで初演されています。 ベートーヴェン自ら指揮をしており、アン・デア・ウイーン劇場での上演でした。 タイトルも各楽章への標題もベートーヴェン自身が付けたものですが、ベートーヴェンは「田園を具体的に描写した音楽ではなく、田園での生活が人々の心に呼び起こす感情を表現したもの」と語っています。




次はベートーヴェンの交響曲第7番のリストによるピアノ・トランスクリプションをご紹介します。

ベートーヴェン交響曲第7番(リストによるピアノ・トランスクリプション)~シプリアン・カツアリス
https://www.youtube.com/watch?v=vl6_aJU0S4M

ベートーヴェン交響曲第7番 イ長調 Op.92~ショルティ指揮、ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団
https://www.youtube.com/watch?v=QzvA5KzFBms
この曲は1811年から1812年にかけて作曲され初演は翌1813年ウイーンでベートーヴェン自身の指揮でされています。 ウイーン会議(1814~1815)の時にも演奏されたベートーヴェンのシンフォ二ーですが、当時は「勝利と自由」を表現した曲と受け取られていたようです。 その後いろいろな解釈があるようですが、第2楽章の美しさは作曲技法とは関係なく誰の心にも訴えかけ、音楽の持つ純粋で不思議な力があり、エキスパートの人にもそうでない人にも衝き動かされるものがあるのではないかと思います。 現代でも大変人気の高い曲で第7番は良くドラマや映画でも使われています。。

ベートーヴェン交響曲第7番2楽章だけリンクしてみます。
https://www.youtube.com/watch?v=oavp7N3CdpE
哀悼の歌が徐々に力強さと脅迫感を増しながら展開されていきます。

ベートーヴェン交響曲第7番& 第8番~スクロヴァチェフスキー指揮、ザールブリュッケン放送交響楽団
ベートーヴェンシンフォ二ー7番

<参照>
1720年 ウイーン ピアノフォルテ
1790年 ピアノフォルテ
1824年 ウイーン ハンマーフリューゲル
1824年 ハンマーフリューゲル


明日はモーツァルトのピアノコンチェルトについて書いてみようと思います。

2015_09
10
(Thu)09:27

バッハ 平均律 第1巻・第2巻(ほどよく調律されたクラヴィーアのための)

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

バッハ(1685~1750)はバロック音楽を集大成した18世紀の作曲家・鍵盤奏者ですが、「平均律」と呼ばれる2巻からなるクラヴィーア曲集を作曲しています。 この曲集はピアノを勉強する者には必修の教本で、試験やコンクールには必ず課題曲として出されます。

何故必ず課題曲になるのでしょうか?

それはピアノを学ぼうとすると、クラシック音楽の基本の一つである対位法を学ぶ必要があるからです。 楽譜の構造を織物にたとえると、和声(ハーモ二ー)が縦糸であるとするならば、対位法は横糸だとイメージされて下さい。

演奏に一番大切な事は学問的な研究ではなく、「聴く人の心にどれだけ訴えるか」なのですが、クラシック音楽の場合は曲の内容の深さや形式の構築性、各声部の計算された論理性が聴く人の心を動かしています。 ですからそれらを再現しようとすると演奏者は楽譜を分析して研究しなければ再現する事はできないのです。
市田儀一郎著バッハ平均律解釈と演奏法
「バッハ平均律解釈と演奏法」市田儀一郎著
バッハ 平均律 第1巻 第2番 フーガ 分析
(中学生時代フーガ分析)
バッハ 平均律 第2巻 第1番 プレリュード楽譜
(中学生時代書き込み)


ところで「平均律」と言われますがバッハ自身は「Das Wohltemperirte Clavier」と名付けています。 現在のドイツ語表記では「Das Wohltemperierte Klavier」となります。 この「wohltemperirte」は「well-tempered」という意味で「ほどよく調律された」という意味です。

ピアノの技術の事は演奏する事とは別の仕事ですので、私も難しくて良く分からないのですが簡単にご説明いたします。

平均律(十二平均律)とはそれまでの古典調律法とは違い1オクターブを均一に12等分した調律法の事です。 固定されたピッチを持つ鍵盤楽器では曲に合わせてピッチを変えるという事はできません。 そこで平均律という調律法で機械的にすべての半音を同じ音程で並ばせ24調どの調で弾いてもきれいな響きで聴こえるように固定しているわけです。 

バッハの時代以前では中全音律と呼ばれる調律法が主体的に使われておりました。 中全音律で24調を弾くと響きに耳を覆いたくなるような汚い和音の響きが出てくるのです。 ですからそれまでは中全音律の鍵盤楽器では限られた調の音楽しか実際には作られなかったようです。

しかしヴェルクマイスターという人が以前から考えられていた今の平均律に近い理論を具現化させ新しい古典調律法を考案しました。 そして徐々にそれらは実用化され、早速バッハはその「ほどよく調律された」鍵盤楽器のためにシャープやフラットがいくつも付いた調号での作曲を試みたようです。 そこで「well-tempered」とタイトルに書いたのであって現在の平均律の事ではありません。

さてC音を基音と考えて1:2の振動数の割合でオクターブ高いC音を求め7オクターブ高いC音を求めていってみます。 また一方別のやり方でC音を基音とし2:3の振動数の割合で5度高いG音を決め、そのG音からまた2:3の振動数の割合で5度高いD音を決め、それを12回繰リ返して行くと先程と同じC音に至ります。

しかし後のやり方で得られたC音の方がわずかに高くなります。 これはピタゴラス・コンマと呼ばれギリシャのピタゴラスがその昔すでに発見していた事です。 これは固定されたピッチを持つ鍵盤楽器には大変な問題で、中全音律ではそのしわ寄せをシャープやフラットが多い調にずっと負わせてきていたわけですが、その部分はひどい響きになるので実際には殆んどシャープやフラットの多い調号での曲は作られなかったようです。

ですからヴェルクマイスターの調律法はいかに画期的な事であったか、現代に生きる我々は時空を超えて考えないと理解不能になるかもしれません。

ピアノの発展とともに、調律法も時代に合わせて変化してきていますので、古典派であるモーツァルトやハイドンなどのソナタが、♭や♯の少ないシンプルな調の曲が多いのは、その当時のピアノや調律法が、シンプルな調性にしか美しく響かなかったためかと思われます。



さてバッハの平均律第1巻ですが、ケーテン時代(1717~1723)に作られ”ほど良く調律されたクラヴィーアのための”と表記されましたが、第2巻は晩年の1744年に集大成されこちらには前述のような表記はなく”24の新しい前奏曲とフーガ”と記されているだけです。  しかし現在では平均律第2巻と呼ばれています。

ヨーロッパではバッハの平均律とショパンのエチュードとベートーヴェンのソナタは全曲お勉強するのが普通だと関孝弘先生をはじめ外国の先生方がよくお話しされていましたが、日本では試験の曲しかしていないという事が多いです。 でもそれがピアニストとして仕事をしていくようになった時に禍するようです。 将来プロで活動していきたい方は中学、高校の一番吸収できる年齢の時に平均律全曲弾いてみるという楽しい目標を掲げてお勉強をしてみられたら良いのではと思います。
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(バッハ平均律第1巻ヘンレ版)
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(バッハ平均律第2巻ヘンレ版)


平均律の曲の中から私の好きな曲をご紹介したいと思います。 1曲目は第1巻の第4番 嬰ハ短調 BWV849です。 そしてもう1曲は第2巻の第22番 変ロ短調 BWV891です。 どちらも精神性の深い楽曲的にも難しいものですが、それと感じさせない世界にバッハのすごさを感じます。

バッハ 平均律 第1巻 第4番 プレリュード~オコンサール
https://www.youtube.com/watch?v=QbWF0L3d6o8
バッハ 平均律 第1巻 第4番 フーガ~オコンサール
https://www.youtube.com/watch?v=eoca4MtnYQY 
バッハ 平均律 第2巻 第22番 プレリュード~オコンサール
https://www.youtube.com/watch?v=DqwgVvYg2O8
バッハ 平均律 第2巻 第22番 フーガ~オコンサール
https://www.youtube.com/watch?v=A6Ft8AbZRJk

オコンサール.M 公式サイト(Mehmet Okonsar, 現在David Ezra Okonsar)…トルコを代表する世界的なピアニスト
http://www.okonsar.com/

平均律のCDは発売されている著名なピアニスト全てと言っていいくらい持っていますが、その内のいくつかをご紹介致します。 趣味として愛好するというより、私自身が子供のときよりお勉強のために買い集めて来ていつのまにか集まったという感じです

本来、バッハの原典版と呼ばれる楽譜には音以外にはほとんど何も指示が書かれていませんので、演奏者によっていろいろな解釈が出てまいります。 ですからお勉強する時は、いろいろな出版社のバッハの楽譜やある時はCDの演奏を参考にし、「ここは繋げるか、ここはスタカートにするか、レガートにするか」等、楽譜を睨みながら研究を致します。 ですから気が付いたら「平均律」のCDが何枚も集まっているわけです。

門下のご家族の方で下のCDをお聴きになりたい方は生徒さんを通して受付へお尋ねください。

ウイルヘルム・ケンプ
ケンプ
エドウイン・フィッシャー
エドウイン・フィッシャー
イエルク・デームス
イエルク・デームス
イエルク・デームス(新録音)
デームス 平均律CD 新録音
タチアナ・二コラーエワ
タチアナ・二コラーエワ
ダニエル・バレンボイム
バレンボイム
アンドラーシュ・シフ
アンドラーシュ・シフ
グレン・グールド
グールド
フリードリッヒ・グルダ
グルダ

グレン・グールド演奏 バッハ平均律第2巻22番プレリュード・・・ファンは多いですが個性的です。
https://www.youtube.com/watch?v=T07ElVeIgbw

リヒテル演奏 バッハ平均律第1巻4番プレリュード・・・巨匠の演奏ですのでテンポだけを真似ると全く違うものになります。
https://www.youtube.com/watch?v=k4xGqq1VwkU

アンジェラ・ヒューイット演奏 バッハ平均律第2巻22番プレリュードとフーガ…バッハ弾きと言われているカナダの女流ピアニストです。
https://www.youtube.com/watch?v=HRoBL-UqFvA

同じ曲でもピアニストによって随分違うのがどなたでも分かると思います。 ウイ―ンのピアニスト、イエルク・デームスの演奏にリンクしたかったのですがアップされていませんでしたが、デームスは私が参考にする事が多いピアニストの一人です。

明日はベートーヴェンの交響曲4番と6番「田園」と9番「合唱」をリストがピアノ用の楽譜に編曲したCDを持っていますので、それについて書いてみようと思います。








  
2015_09
09
(Wed)08:50

ショパン バラード1番を中心にバラード4曲

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

以前ショパン(1810~1849)のスケルツォについては書きましたが今日はバラードについて書いて見ようと思います。 

まず最初にご紹介したいのが東京芸術大学名誉教授でいらっしゃる♪米谷冶郎先生♪の訳された「弟子から見たショパン」というご本です(音楽之友社)。 ショパンには多くの弟子がいましたが、この本はそのタイトルのように弟子達がショパンのレッスンを伝えたものを集めて出版された本です。
弟子から見たショパン 米谷冶郎訳
米谷冶郎先生は私が15歳からお世話になっていた関孝弘先生の先生ですが、私も関先生が夏休みにイタリアへ帰省されお留守の時はいつも米谷先生に東京の自由が丘のご自宅でレッスンをして頂いておりました。 ショパンのご専門の方で研究された楽譜など良く見せて頂きました。 大変お勉強になるご本ですので皆様にご紹介させて頂きます。

ショパンはピアニストとしても有名でしたが、ピアノの演奏法を研究することにも熱心でした。 ショパンの練習曲集はピアノで習得すべきテクニックのエッセンスが全て詰まっており、ピアノのテクニックの集大成の曲集だと言われています。

この本の中にはショパンが弟子たちへのレッスンの中でいつも言っていた事が書かれています。 例えばショパンは「ピアノを演奏する時にはピアノをオペラ歌手のようによく歌わせて決して鍵盤をたたかない」などと良く注意をしていたというような事などです。  録音技術もなかった頃ですので、ショパンの演奏を実際に聴くことは叶いませんが、当時のショパンが理想としていたピアノ演奏を知ることができる貴重な本だと言われています。

ショパン エチュード「革命」♫~エフゲ二ー・キーシン


もう一冊ショパンを歴史的な見地から検証されて書かれた本があります。 「ショパン パリコレクション」という本ですがこれは東京の府中の森でショパン展が開催された時に求めたものですが、書店でも売られているようです。以前この催しものがTVでも紹介されておりました。
ショパン パリコレクション
東京 ショパン展
パリ・ポーランド歴史文芸協会から提供された写真がたくさん載っている本です。

さてバラードですがバラードは良くそれぞれ単独で演奏されますが、ケヴィン・ケナーというショパンコンクール2位のピアニストの講座を東京池袋のヤマハで聴いた時、ケナーはスケルツォやバラードは4曲一緒に弾くべきだというお話をされていました。 時間的にもそれ以外の面からも大変な事ですが、確かにそうかも知れないと思います。
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バラード1番
バラード2番
バラード3番
バラード4番

私がバラードを初めて弾いたのは高校生の時で初めは1番を勉強致しました。 1番を聴いてシューマンが大変その曲を気に入ったので次の2番はショパンはシューマンに献呈したそうですが、シューマンは1番の方を気に入っていたようです。 1番は昨シーズンのフィギュアスケートのプログラムでも使われていましたので皆さん良くご存じだとは思いますが、you tubeにリンク致します。

ショパン バラード第1番 ト短調 作品23(1831~1835)~ツイメルマン

これはポーランドの国民的古典である「パン・タデウシュ」という愛国詩(1823)の中の「コンラート・ヴァレンロッド」という詩をショパンが読み霊感を受け作曲したと言われています。 コンラート・ヴァレンロッドというのはポーランドの英雄の戦士の名前です。 詩を書いたのはアダム・ミツキエヴィッチというポーランド文学を代表する国民的詩人ですが、ショパンはパリでミツキエヴィッチと面識があったようです。 作曲を手掛けた1831年という時代からしてもワルシャワ蜂起という歴史的背景が曲の中にあり、祖国のために戦う勇士の姿が想像されますが、ショパンは他のロマン派の音楽家達と違い音楽と文学や絵画を結び付けて表現する事を嫌がっていた作曲家ですので、あくまでもインスパイアされたというだけで標題音楽のように詩を描写しているわけではないのではないかと思います。

ショパンのバラードはみなポーランドの愛国詩人アダム・ミツキエヴィッチ(1798~1855)の詩をショパンが読んで霊感を受け作られたと言われており、コルトー版からの解説を書いておきます。

(次のミツキエヴィッチの詩を読んで書いたと言われています。)
1番~「コンラート・ヴァレンロッド」・・・ポーランドの英雄の名前
2番~「シフィテジ湖」・・・ミツキエヴィツチの故郷のリトアニアの摩の湖ヴィリ湖
3番~「シフィテジャンカ」・・・シフィテジ湖に住む水の精オンデイーヌ
4番~「ブドゥリ家の3人」・・・ブドゥリ家の3人の息子の話

ショパン バラード第2番 ヘ長調 作品38(1839)~ツイメルマン

この曲はシューマンへの試演ではヘ長調で終わっていたようですが、最終稿はイ短調で終わっています。 霊感を受けたといわれるミツキエヴィッチの詩は「夜な夜な音がするので湖を網ですくうと一人の美女がかかり、その美女の話によると昔湖のあたりはお城でロシア兵に囲まれ城中で包囲された領主の娘が祈ると町は沈み湖になり女子どもは花になりその花を摘むと死んでしまうと話しまた湖に帰って行った」というポーランドの伝説の物語です。

ショパン バラード第3番 変イ長調 作品47(1840~1841)~ツイメルマン

この曲の源流となったミツキエヴィッチの詩は「恋人の愛情を疑った乙女が水の精に化けて若者を誘惑しその誘惑に負けた若者は水の精に湖の中に引きずりこまれる」というファンタジックなお話です。 4つの中で唯一長調の作品です。 明るい優美な曲想はこの頃のショパンの生活の充実ぶりが表れているのではないかと思います。

ショパン バラード第4番 ヘ短調 作品52(1842)~ルービンシュタイン(楽譜付き)

この曲は4つの中で一番傑作と言われており技巧的にも演奏をするのに一番難しいと言われています。

ショパンのバラードはどれも3拍子系の非常にドラマチックな曲ばかりです。 バラードは物語という意味で、ドラマテイックな曲ですので、音楽からのアプローチだけでも充分そのドラマ性を感じ取ることができますが、上にご紹介したような詩を読むことで音楽を一聴衆として聴く場合にも、自分で演奏する場合にも、より具体的なイメージが湧くのではないかと思います。

ショパン バラード全曲♫~キーシン


細かい事はピアノを通したレッスンでないと文字だけでは限界がありますが、バラードのCDは数多く持っていますので一部ご紹介いたします。

門下のご家族の方でお聴きになりたい方は生徒さんを通して受付までお尋ね下さい。

キーシン 全曲
キーシン バラード4曲
ルービンシュタイン 全曲
ルービンシュタイン バラード4曲
コルトー 全曲
コルトー バラード4曲
ポリー二 全曲
ポリー二 バラード4曲
ミケランジェリ 第1番
ミケランジェリ バラード1番

明日は試験やコンク―ルで必ず弾かされるバッハの「平均律」について書いてみます。











2015_09
08
(Tue)07:49

アデリーナ・ララ(1872~1961)

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

現在、博士課程前期課程で研究テーマとしている「シューマン(1810~1856)の幻想曲Op,17」について書きたいと思います。

シューマンの幻想曲は3楽章から成る30分にも及ぶ大曲で、同時代の作曲家F.リストに献呈された曲です。(1836~1838)
第1楽章ではベートーベンの歌曲「遥かなる恋人へ」からの一節が引用されていたり、この曲の作られた背景にはクララ・シューマンとのエピソードなどいろいろな意味がこめられています。

ベートーヴェン歌曲集「遥かなる恋人に寄す」作品38~ヘルマン・プライ
ベートヴェン歌曲
ベートーヴェン歌曲

私は論文と並行して、7月4日に芦屋Classic Salonで、全楽章を演奏致しました。
この曲をご存知ない方がおられました、you tubeの方に公開しておりますので、一度聞いて頂けましたらうれしく思います。

you tubeよりシューマン幻想曲ハ長調Op.17~(谷真子)
https://youtu.be/h8cSdwEnnzg

ロベルト・シューマンは書店の息子として生まれ、大変な文学青年であったようです。
シューマンはライプツイヒ大学で法律を専攻しました。音楽大学での専門的な教育は受けていないですが、幼少より個人レッスンを受けており、音楽への夢をあきらめきれず、音楽家を志しました。もともとはピアニストになりたっかったようですが、練習のし過ぎで手を壊したのは有名です。

超絶技巧として有名な作曲家は同時代のF・リストですが、意外にもシューマンの曲の中にも超絶技巧的な箇所がよく出てきます。
これは当時、超絶技巧で有名であったヴァイオリニストのパガ二-二に憧れ、意識したものと言われています。


ロマン派のピアノ作品は、音楽以外の芸術から影響を受けている作品が多いのですが、シューマンの場合はその中でも文学と結びついている曲が多く、ホフマン(1776~1822)の「クライスラー」(1814~1815)からインスパイアされた「クライスレリアーナ」(1838)などはその代表的な例です。

シューマン クライスレリアーナ~マルタ・アルゲリッチ
https://youtu.be/S91cK2Z3z2I

ロベルト・シューマンの奥さんであるクララ・シューマンは当時とても人気のあるピアニストでした。 小学生用の伝記物のシリーズの本の中にもよく登場する人物ですので、小さいお子さんでもご存じの方も多いかと思います。
そのクララ・シューマンは当時ヨーロッパ中を演奏旅行していましたが、レッスンをすることにも熱心で晩年多くの弟子を育てました。 クララ・シューマンの晩年の自宅でのレッスンの様子は本の中にも記録として残されています。

http://www.amazon.co.jp/%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%A9%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3-%E3%83%A8%E3%83%8F%E3%83%8D%E3%82%B9%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%82%B9-%E5%8F%8B%E6%83%85%E3%81%AE%E6%9B%B8%E7%B0%A1-%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%84%E3%83%9E%E3%83%B3/dp/4622077272
クララはシュ―マンの曲をコンサートで自分が初演し、レッスンではロヴェルト・シューマンがどのように演奏するように言っていたかを弟子に伝えていたようです。 アデリーナ・ララはクララの弟子で、ララのシューマンの幻想曲の演奏は現在録音されているCDの中では最も古く、シューマンに一番近い人物の演奏ではないかと思いますが、残念ながらそのCDは現在廃盤となり手に入らないようです。

Adelina de Lara(1872~1961)CDジャケットより
アデリーナ・ララ
アデリーナ・ララ

シューマン アラベスク~Adelina de Lara
https://youtu.be/c3pbO-GSnE8

余談ですが、クララ・シューマンによるドイツ語での料理のレシピ集なども残っています。

















2015_09
06
(Sun)08:24

モーツァルト交響曲第41番ハ長調K.551<ジュピター>他

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

今日はモーツァルトの交響曲について書こうと思います。

モーツァルト(1756~1791)はハイドン、ベートーヴェンと並んでウイーン古典派を代表する作曲家ですが、モーツァルトの交響曲はどの曲を聴いてもいつかどこかで聴いた事があると思うくらいみんなに愛されているのではないかと思います。 特に1788年には6月に39番を、7月に40番を、そして8月に41番と続けて三大交響曲と呼ばれる傑作を作っております。

私は交響曲のCDを求めるときはまず指揮者を見、次はオーケストラを見て決めるのですが、好む指揮者はチェコのラファエル・クーべリック(1914~1996)とオーストリアのカール・ベーム(1894~1981)です。 クーべリックはフルトヴェングラーにどこか似た音楽の作り方でその真摯さが好感を持てますし、カール・べームはさすがウイーンの音楽家だと思わせる一糸乱れぬ正確なテンポは心地よく聴けます。

クーべリックについては9月3日のブログで、「チェコの民主化を記念する1990年の歴史的なコンサートのため亡命から帰国し指揮棒を振った話」を書きましたが、チェコのプラハ音楽院出身の指揮者です。 長くミュンヘンのバイエルン放送交響楽団の音楽監督として指揮棒を振っていた指揮者です。

9月3日クーベリック指揮 「プラハの春」~スメタナ「わが祖国」の記事
http://masakotani.jp/blog-entry-74.html

カール・ベームはウイーンで教育を受けた指揮者ですが、オーストリアの実質の音楽総監督といっても憚られないくらいのオーストリアを代表する指揮者です。 その恐ろしいくらいのテンポの正確さはピアニストも見習わなくてはいけない事だと思います。

ラファエル・クーべリック指揮、バイエルン放送交響楽団 モーツァルト交響曲第38,39番
モーツァルト交響曲 クーべリック指揮 38番、39番

ラファエル・クーべリック指揮、バイエルン放送交響楽団 モーツァルト交響曲第40,41番
モーツァルト交響曲 クーべリック指揮 40番、41番

カール・ベーム指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 モーツァルト交響曲第25,29,31番
モーツァルト交響曲 カール・べーム指揮 25番、29番、31番

カール・ベーム指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 モーツァルト交響曲第35,36,38,39,40,41番
モールァルト交響曲 カール・ベーム指揮 35,36,38,39,40,41番

ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団、レナード・バーンスタイン指揮 モーツァルト交響曲第29,25,35番
モーツァルト交響曲 ウイーンフィル

門下のご家族の方で上のCDをお聴きになりたい方は生徒さんを通して受付でお尋ねください。

さてモーツァルトの人生最後のシンフォ二ー第41番ハ長調ですが、<ジュピター>というタイトルで呼ばれています。 これは41番の曲の持つ作曲技法の高さから無類の壮大で深遠な世界が41番の中に描き出されているためそう名付けられただけで、モーツァルトが名付けたわけでもジュピターの標題音楽としてモーツァルトがこの曲を作ったわけでもありません。

作曲的に41番の4楽章は精緻を極めた有機的な対位法的手法で作られておりヨーロッパ音楽の歴史の中でもひときわ素晴らしい終曲だそうです。 横軸と縦軸で作られた立体のどこを切っても輝いている断面が見えてくるという感じがして、私もモーツァルトの人生が凝縮された一番素晴らしいシンフォニーだと思います。

モーツァルトは35歳で亡くなるわけですから32歳の作曲はモーツァルトの晩年にあたるのだとは思いますが、まだたった32歳の若者がそれも2週間でこんな曲を作るとはやはり天才以外のなにものでもないのではないかと思います。

8歳で作曲した交響曲第1番1楽章にもリンク致しますが、いくら時代が違うとは言えまだ8歳の子供です。 こんなシンフォ二ーを作るとはモーツァルトの父が神童と信じ教育を受けさせたのはなるほどと納得させられます。

ではポピュラーな40番と人生最後のシンフォ二ー41番、そして人生で最初に作った第1番1楽章にリンク致します。

クーベリック指揮、バイエルン放送交響楽団 モーツァルト交響曲第40番
https://www.youtube.com/watch?v=G9nwahotZ44
モーツァルトシンフォ二ー40番スコア
モーツァルト交響曲40番スコア

クーベリック指揮、バイエルン放送交響楽団 モーツァルト交響曲第41番
https://www.youtube.com/watch?v=J3sIORAZzcU&list=RDJ3sIORAZzcU#t=54

カール・ベーム指揮、ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団 モーツァルト交響曲第40番
https://www.youtube.com/watch?v=nOrtj-GterY

カール・ベーム指揮、ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団 モーツァルト交響曲第41番
https://www.youtube.com/watch?v=sFFSevUaxMo

リッカルド・ムーテイ指揮。ウイーン・フィルハーモニ管弦楽団 モーツァルト交響曲第41番
https://www.youtube.com/watch?v=KmojdwyWZZ0


カール・ベーム指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 モーツァルト交響曲第1番第1楽章
https://www.youtube.com/watch?v=8ktj84LSgUU

さてJupiterを英語読みするとジュピターとなりますが、ラテン語読みではユーピテルとなります。 ユーピテルというのはローマ神話の主神の事です。 ギリシャ神話ではゼウスの神にあたりますが、ゼウスは神の世界でも人間の世界でも最高神で絶対の力を持っていた天空神です。 この世において絶大なる力を示すものという意味でモーツァルトの最後のシンフォニーの41番が「ジュピター」と呼ばれるようになったようです。 

ちなみに惑星の木星の事を「ジュピター」と言いますが、太陽に次ぐ大きさの木星は昔からその姿を認められ崇められていたようです。 

惑星ジュピターとその衛星達
木星
木星


 




2015_09
05
(Sat)18:12

モーツァルト/ピアノとヴァイオリンのためのソナタ 第28番 ホ短調 K.304

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

今日はモーツァルトのヴァイオリン・ソナタ第28番ホ短調K.304について書きます。

モーツァルト ヴァイオリン・ソナタ第25,28,33,29,20番
スコダとバリリ
ワルター・バリリ(ヴァイオリン)、パウル・バドゥーラ=スコダ(ピアノ)

実はもともとはこのCDは母が好きで毎日のように良くかけていたCDです。 

私が高2の夏休みの事ですが、韓国で行われた「ユーロ国際音楽セミナー」という音楽祭に参加した事があります。 (この音楽祭の事は昨日公開した新ホームページのMy Historyの項目の高2の欄に、招聘された教授のコンサートのチラシやスタッフの方との写真などを載せておりますが、)韓国の方が「ヨーロッパから教授をお呼びし音楽祭を開く」という企画を計画され、日本の学生にも参加を呼びかけられたものです。
’98 EURO INTERNATIONAL MUSIC FESTIVAL
研修場所はソウルから3時間離れたピョンチャンにある景色の綺麗なリゾート地のPHOENIX PARKでした。

その終了コンサートで、ドイツのオーケストラでプロでお仕事をされている日本人の女性ヴァイオリニストの方(研修者)とモーツァルトのヴァイオリン・ソナタを共演する事になり、頂いた楽譜を見たら何と聴き覚えのあるモーツァルトのヴァイオリン・ソナタホ短調だったのです。


それ以来、私にとっても愛聴盤のCDとなりました。 子供が連弾で楽しめるように簡単に編曲された楽譜もありますので、発表会の時に生徒と連弾をしたりして楽しんだりもしている曲です。 聴かれたら殆んどの方がご存じだとは思いますがyou tubeとリンク致します。

Shoji Sayaka(ヴァイオリン)、イタマール・ゴラン(ピアノ)
https://www.youtube.com/watch?v=t6-TwHRcvrI

Kagan(ヴァイオリン)、リヒテル(ピアノ)
https://www.youtube.com/watch?v=PbvuSZBiBqE 

グリュミオー(ヴァイオリン)、ハスキル(ピアノ)
https://www.youtube.com/watch?v=GNuqN65L99Q

モーツァルト ヴァイオリン・ソナタ第28番 ホ短調 K.304
グリュミオーとハスキル
クララ・ハスキル(ピアノ)、アルテュール・グリュミオー(ヴァイオリン)
グリュミオーのビロードのようなヴァイオリンの音色が耳に残ります。

ところで良くモーツァルトヴァイオリン・ソナタと言iいますが、正しくは「Sonata in E minor, K.304 for piano and violin」です。 モーツァルト自身は「Six Sonates pour Clavecin ou Forte Piano avec accompagnement d'un Violin」とタイトルを付けています。 つまり「ヴァイオリンの伴奏を伴ったKlavierのためのソナタ」です。 モーツァルトの時代はヴァイオリンは伴奏でピアノ(モーツァルトはKlavierと呼んでいます)のためのソナタですが、ピアノと言っても現在のモダンピアノとは違います。

MESSAGEの写真に私が使っている写真が、モーツァルトの使用していたKlavierです。 左がクラヴィコードで右がフォルテピアノです。 現代のモダンピアノに比べたら簡素に聴こえる響きのKlavierにヴァイオリンの伴奏が伴うというのが当時を再現したイメージかもしれません。

28番ホ短調は1778年頃に作曲されたもので「マンハイム=パリ・ソナタ」と呼ばれる6曲のソナタの中の1曲ですが、 同時期に作曲されたピアノ曲ではピアノ・ソナタ8番イ短調があります。

1778年はモーツァルトが母を亡くした年ですのでどちらもモーツァルトには珍しい短調を使っているのは関係があるのではと言われています。

モーツァルト ピアノ・ソナタ8番イ短調 K.310 1楽章~イングリッド・ヘブラー 
https://www.youtube.com/watch?v=fNtKcQV1DYY

モーツァルト ピアノ・ソナタ8番イ短調 K.310 2楽章~イングリッド・ヘブラー
https://www.youtube.com/watch?v=WDeDUPBHH9w

モーツァルト ピアノ・ソナタ8番イ短調 K.310 3楽章~イングリッド・ヘブラー
https://www.youtube.com/watch?v=yDUiSvW1J04

明日はモーツアルトの交響曲第41番「ジュピター」を中心に書こうと思います。

   



2015_09
05
(Sat)18:00

レッスンの詳細

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♪奈良市学園前 谷真子ピアノ教室「musica」では、<スタンダードコース(幼稚園・小学生・中学生対象)><音高・音大受験生コース><大人コース(高校生以上~)>の3つのピアノレッスンコースがあります。

<スタンダードコース(幼稚園・小学生・中学生)>

お月謝制  
両手奏~ 1回 30分 月4回 お月謝 10,000円
  


♪<音高、音大受験生コース>

ワン・レッスン制 60分 10,000円 (ワン・レッスン毎のお支払いになります。)
   (お時間・回数はご相談に応じます) 



<大人コース(高校生以上~)>

1回 30分 月2回 お月謝 10,000円

1回 30分 月3回 お月謝 15,000円

1回 30分 月4回 お月謝 20,000円


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♪<レッスンお問い合わせ>♪

レッスンお問い合わせはこちら


♪<体験レッスン>♪

体験レッスンもございます。
<スタンダードコース>・・・30分/2500円 
<音高・音大受験生コース><大人コース>・・・30分/5000円
体験レッスンお申し込みはこちら

ピアノレッスン・ルームの場所は奈良市学園前です。詳しい場所はご入会される方に個別にお知らせ致しております。

ご不明な点などございましたらTEL0742-46-2302よりお問い合わせ下さい。
2015_09
04
(Fri)06:38

続室内楽を聴く楽しさ(モーツァルト弦楽五重奏曲)

<続室内楽を聴く楽しさ>~モーツァルト弦楽五重奏曲

今日はモーツァルト(1756~1791)の弦楽五重奏曲について書いてみようと思います。 

弦楽五重奏というのは通常は弦楽四重奏に中音部のヴィオラか低音部のチェロが追加されて演奏されるものをいいます。 弦楽四重奏の響きの純度に比べると、弦楽五重奏は中音部が分厚くなったり低音部が分厚くなったりしますので、音の絡み合いが複雑になり作曲される方には苦労が多いようです。

モーツァルトも弦楽四重奏曲は23曲作っていますが、弦楽五重奏曲は6曲しか作っておりません。 

今日は弦楽五重奏曲第3番ハ長調と第4番ト短調をまずご紹介しようと思います。
ヨゼフ・スークとスメタナ四重奏団
スメタナ四重奏団とヨゼフ・スーク

このCDにはモーツァルトの弦楽五重奏曲第3番ハ長調(1787年4月)と第4番ト短調(1787年5月)が入っております。  モーツァルトが31歳の頃の作品です。

モーツァルトは前年の1786年には「フィガロの結婚」がプラハで熱狂的に受け入れられており、弦楽五重奏曲第3番と第4番が作曲された1787年の10月にはプラハで「ドン・ジョヴァン二」を初演しています。
フィガロの結婚
フィガロの結婚全曲CD
ドン・ジョヴァン二
ドン・ジョヴァン二全曲CD

また翌年の1788年には7月に交響曲第40番ト短調、8月には第41番ハ長調「ジュピター」と傑作を作っています。
モーツァルト交響曲第40,41番
モーツァルト交響曲第40番、第41番~クーべリック指揮、バイエルン放送交響楽団

さて話を弦楽五重奏曲第3番、第4番に戻しますが、第4番ト短調は終始悲しく美しいメロデイが流れ完成直後亡くなる病気の父への気持ちを歌ったのではないかと思います。 次に第3番ハ長調ですが、モーツァルト弦楽五重奏曲の中ではこの曲を私は一番好んでいます。 モーツァルトの弦楽五重奏曲の中では一番壮大な世界なのではないかと思います。

モーツァルト弦楽五重奏曲第3番ハ長調、第4番ト短調~スメタナ四重奏団、ヨゼフ・スーク(第1ヴィオラ)
https://www.youtube.com/watch?v=FMRiMUYgzIw

演奏者のスメタナ四重奏団は1945年結成されたチェコの20世紀を代表する弦楽四重奏団です。 またヨゼフ・スーク(1929~2011)はドヴォルザークのひ孫にあたりプラハ音楽院出身のチェコのヴァイオリ二スト・ヴィオリストです。 正統派の気品のある演奏をされるヴァイオリ二スト・ヴィオリストの方です。

次はモーツァルトの弦楽五重奏曲第1番と第2番をご紹介します。
モーツァルト弦楽五重奏曲第1,2番

第1番は1773年17歳のまだザルツブルクにいる時に作曲された作品です。 イタリア的な明るい若々しい曲です。

第2番は1782年に作曲した「管楽せレナード12番ハ短調K.388」(管楽器による八重奏曲)を、弦楽五重奏曲第3番と第4番を作曲した後の10月に編曲したものです。

モーツァルト弦楽五重奏曲第2番(1787)
https://www.youtube.com/watch?v=V9SoZmUc6jU&list=PLs66GYnrLDSTa2qVRRwJeDarAN03gkYig

モーツアルト「管楽セレナード12番K.388」(1782)
https://www.youtube.com/watch?v=CWbWHUTBM9I

モーツァルト弦楽五重奏曲第1番(1773)
https://www.youtube.com/watch?v=0pv57oIQXxw&list=PLs66GYnrLDSS8_ZD2XBa7ssE6KIVucTyZ 

次は晩年の1791年に作曲された第6番をご紹介します。  モーツァルトはこの後クラリネット協奏曲K.622そして未完のレクイエムを作曲し同年35歳で亡くなります。 この曲には慕っていたハイドンの弦楽四重奏曲第39番「鳥」(1781)からの引用が多く、死を目前にしてハイドンに捧げたのではないかと言われています。 神童と言われたモーツァルトですが、晩年の作品にはその人生の音楽への研鑽の深淵さが滲み出ており人間がなぜこんなピュアで邪心のない曲を作れたのかとモーツァルトの難しさを改めて感じます。 

モーツァルト弦楽五重奏曲第6番(1791)
https://www.youtube.com/watch?v=x9m5TWfosyo&list=PLs66GYnrLDSRgyIEC1s4UCks1gkcbmwvN

ハイドン弦楽四重奏曲第39番ハ長調「鳥」(1781)
https://www.youtube.com/watch?v=O83w6rfdNTw

このハイドンの弦楽四重奏曲第39番「鳥」は、ハイドンの「ロシア四重奏曲Op,33」と呼ばれる6曲の弦楽四重奏曲の第3曲になります(1781)。 モーツァルトはハイドンの「ロシア四重奏曲」を聴いて刺激を受け「ハイドン四重奏曲」(ハイドン・セット)と呼ばれる6曲の弦楽四重奏曲をハイドンに捧げたと言われています(1782~1785)。 ハイドンはこの曲を聴いてモーツァルトの才能を高く評価しモーツァルトが亡くなった時イギリスにいたハイドンは大変嘆いたと言われています。 ハイドンのお葬式ではモーツァルトの「レクイエム」が流されたそうです。

モーツァルト「クラリネット協奏曲 イ長調 K.622」~カール・ライスター(クラリネット)
https://www.youtube.com/watch?v=8g7J9-VYgIs


明日は私の好きなモーツアルトのヴァイオリン・ソナタ第28番 ホ短調 K.304について書きます。 名曲ですので愛聴されている方も多いかと思います。
(門下のご家族の方で記事の中に出てきましたCDをお聴きになりたい方は生徒さんを通して受付までお尋ね下さい。)










 







 
2015_09
03
(Thu)07:25

続室内楽を聴く楽しさ(シューベルト、ドヴォジャーク、スメタナ弦楽四重奏曲)

<続室内楽を聴く楽しさ>~シューベルト、ドヴォジャーク、スメタナ弦楽四重奏曲

シューベルト(1797~1828)の室内楽といえばピアノ五重奏曲「ます」がポピュラーですが、1820年作曲されたものに「弦楽四重奏曲 第12番 ハ短調<四重奏断章>D.703 遺作」という未完の作品があります。

ロマン派音楽の先駆者として古典派音楽からの解放を模索していたシューベルトは、この曲で大きく変わり以降第13番「ロザムンデ」、第14番「死と乙女」、第15番と傑作を作っていきます。
ドロルツ弦楽四重奏団

上のCDの中の「弦楽四重奏曲第12番ハ短調<四重奏断章>」を演奏しているドロルツ四重奏団は、ベルリンフィルの第1ヴァイオリン奏者のエドゥアルト・ドロルツによって1950年結成されたドイツの弦楽四重奏団です。  歴史的名演も多く今も多くのCDのファンの方がいるようです。

シューベルト「弦楽四重奏曲 四重奏断章 D.703」~ボロディン四重奏団

シューベルト弦楽四重奏曲楽譜
シューベルト弦楽四重奏曲12番



次はドヴォジャーク(1841~1904)の弦楽四重奏曲について書きます。(ドヴォジャークはチェコでの発音です。)

ドヴォジャークはチェコの誇る大作曲家ですが後期ロマン派に属しボヘミア楽派の作曲家です。 1891年プラハ音楽院の教授に就任しますがその後1892年ニューヨークの音楽院の院長として招かれアメリカに渡ります。 そのアメリカ滞在中の1893年に作曲されたのが弦楽四重奏曲第12番へ長調「アメリカ」です。
ドヴォジャーク「アメリカ」

ドヴォジャーク「弦楽四重奏曲第12番ヘ長調アメリカ」♫

そして1895年アメリカを去りますがチェコに戻って作曲したのが「弦楽四重奏曲第13番ト長調」です。
ヴラフ四重奏団

上のCDを演奏しているのはヴラフ四重奏団ですが、全員がプラハ音楽院出身のチェコの弦楽四重奏団です。 you tubeにヴラフ四重奏団の演奏がアップされていましたのでリンクします。

ドヴォジャーク「弦楽四重奏曲第13番ト長調第1楽章」~ヴラフ四重奏団


第13番はドヴォジャークが苦難やまた栄光の後、故郷チェコに戻り自然の中に生きる喜びを描写していて活気に満ちた音楽だと思います。

1901年ドヴォジャークはプラハ音楽院の院長に就任します。

7月26日の記事「中3の時私が初めて訪れたプラハ音楽院とプラハの思い出」~谷 真子♪ 
(私が行ったのは1996年で、1989年民主化そして1993年チェコとスロヴァキアに分国という歴史的な出来事の後でした。)

プラハ搭乗券
スカンジナビア航空でコペンハ―ゲンを経由してミュンヘンへ行きそこからバスでプラハへ入りました。
1996年プラハコンサート
プラハ城ではアメリカの作曲家のクラシックコンサートも開かれていました。

プラハ モルダウ川(谷真子撮影)
プラハ モルダウ川




次はスメタナの「弦楽四重奏曲第1番ホ短調わが生涯より」をご紹介します。 自伝的な音楽で大変感動的な作品です。
パノハ弦楽四重奏団

上のCDを演奏しているのはパノハ弦楽四重奏団というグループで、全員プラハ音楽院出身の現代のチェコの誇る代表的な弦楽四重奏団です。 草津夏期国際音楽アカデミーにも毎年来日していた実力派グループです。

ちなみにスメタナ(1824~1884)と言えばモルダウの連作交響詩「わが祖国」で有名ですが、チェコスロヴァキアの民主化を祝する1990年のプラハの春音楽祭で、亡命していたチェコの巨匠クーベリックが42年振りに祖国に戻り「わが祖国」の指揮をした事を覚えていらっしゃる方も多いかと思います。 感動的な音楽祭のライブ映像と「わが祖国」の演奏にリンクします。
スメタナ わが祖国 クーベリック指揮

1990年プラハの春音楽祭オープニング・コンサートライブ(チェコスロヴァキアの民主化を祝して)♫



さて弦楽四重奏曲「わが生涯より」は1876年に作られた作品ですが第1楽章で若き日の情熱、あこがれ、不幸への予感を、第2楽章で陽気な若者を、第3楽章で妻となる初恋の女性との幸せな日々を、第4楽章でチェコの国民音楽への自分の見解、成功、そして聴覚の異常からの幻聴、運命への諦めを表現しています。

スメタナ「弦楽四重奏曲 第1番 ホ短調 わが生涯より」~スメタナ四重奏団


ちなみにスメタナの「わが生涯」のCDのパノハ弦楽四重奏団が参加していた草津夏期国際音楽アカデミーには毎年B-tech Japanから技術の方がべーゼンドルファーのメインテナンスに行かれます。 ベーゼンドルファーのピアノは一番人の声に近いピアノと言われており室内楽やドイツリートでは良く使用されます。 私がいつもお世話になっている技術の菊池和明さんも毎年のように行かれます。 今年の音楽祭の模様がB-techのホームページに今アップされていますのでリンクします。

B-tech Japanホームページより~草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァル模様


明日はモーツァルトの弦楽五重奏曲について書きます。
(門下の方のご家族でCDをお聴きになられたい方は生徒さんがその旨を受付でお伝え下さい。)



 






2015_09
02
(Wed)08:56

室内楽を聴く楽しさ(ハイドン弦楽四重奏曲)

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

日本ではクラシックコンサートというと大ホールで大きなピアノを外国の有名なピアニストがソロで弾くのをかしこまって聴いたり、有名なオーケストラの演奏会を聴きに行く事ではという風潮が最近までありましたが、その感動は素晴らしいものですが今日は室内楽を聴く楽しさを書きたいと思います。   

室内楽にはヴァイオリン・ソナタ、チェロ・ソナタ、ピアノトリオなどピアノが使われている作品も多くありますが、弦楽器だけの作品というのがあります。 その中で第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの4つの弦楽器で演奏される音楽を弦楽四重奏といいます。 

発音の原理が同じ楽器ばかりで演奏するわけですから弦楽四重奏の響きは純度がとても高く、またもともとが貴族のサロンで貴族のために演奏されていたという歴史からかその貴族趣味がヨーロッパを感じさせてくれ、私のようにピアノを仕事とし日々ピアノの音に集中している者には弦楽四重奏の音楽はリラックスして楽しむ事ができます。

さて弦楽四重奏を芸術性の高いものにしようと試みたのがハイドン(1732~1809)だと思いますが、そのハイドンを生んだウイーンは弦楽四重奏とともに生きてきた街だといえるのではないかと思います。 

私が初めて生で聴いた弦楽四重奏団は、ウイーンフィルのコンサートマスターのライナー・キュッヒルを中心に結成されたキュッヒル弦楽四重奏団(ウイーン・ムジークフェライン弦楽四重奏団)です。 日本の大きなかつスピーデイな音量の音楽に慣れていた私にとって、ヨーロッパ発祥の弦楽四重奏を生で聴いた時は一種のカルチャー・ショックを受けたように思います。 ゆったりと時が流れまるでささやくような音で音楽が奏でられます。 門下の方は良く受付でかかっておりますので聴き覚えがおありになるのではないかと思います。

キュッヒル弦楽四重奏団

まず初めにご紹介するのがハイドンの「弦楽四重奏曲第77番ハ長調作品76の3<皇帝>」です。 

この曲は、私が高1から愛用するピアノ・ベーゼンドルファー(1828年創業)の生まれた国オーストリア帝国そしてオーストリー=ハンガリー帝国の国歌<皇帝讃歌>(ハイドン作曲)が2楽章で使われており、晩年のハイドンの傑作と言われている作品76(6曲でできています。)の3番目の曲です。 ウイーンフィルを抱えるウイーンの弦は大変厳格で緻密なのが特色ではと思います。 本当なら私の所有するラィナー・キュッヒルの名演のCDをおかけしたいところなのですが、you tubeからのリンクになります。 2楽章だけリンク致します。

ハイドン「弦楽四重奏曲第77番作品76の3<皇帝>第2楽章」(1797)
https://www.youtube.com/watch?v=4t3Vmo_EM8Y
ハイドン弦楽四重奏曲「皇帝」スコア
ハイドン弦楽四重奏曲「皇帝」2楽章冒頭





次はハイドンの名弦楽四重奏曲と言われる「第67番ひばり作品64の5」をご紹介致します。
  
上の「皇帝」も次の「ひばり」も、ハイドンの弦楽四重奏曲「ロシア四重奏曲」(1781)に刺激されてモーツァルトが作りハイドンに捧げた「ハイドン四重奏曲」(1782~1785)をハイドンが聴き、またそれに刺激されてハイドンが作った弦楽四重奏曲です。 

ハイドン「弦楽四重奏曲第67番ひばり作品64の5」(1790)
https://www.youtube.com/watch?v=4uYxn1M_O-4




次にご紹介するのはハイドンの「十字架上の7つの言葉作品51」です。 これは8月6日のブログに書いた元ミュンヘン音楽大学学長のシルデ先生に教えて頂いた曲ですが、タイトル通り十字架上のイエスが発した7つの言葉にハイドンが音楽を付けたものです。
ゲヴァントハウス弦楽四重奏団

この曲もゲヴァントハウス弦楽四重奏団の演奏をおかけしたいのですが、you tubeからのリンクになります。

ハイドン「十字架上の7つの言葉作品51」(1787)
https://www.youtube.com/watch?v=pcmF2z_Z3_c

この曲は「序奏」と「7つのソナタ」と終曲の「地震」の9曲からできています。 終曲は磔にあってイエスが死んだあと天変地異が起こりイエスが復活する場面を記述した"マタイによる福音書"の第28章を音楽で描写したものです。 第28章2節に「すると、大きな地震が起こった。 それは主の使が天から下って、そこにきて石をわきへころがし、その上にすわったからである。」(母の学生時代の聖書より)と、記述があります。 

終曲の「地震」の音楽は「序奏」以上に劇的な筆遣いで書かれており、昨日の「マタイ受難曲」とともにクラシック音楽の源流の精神を考えさせられる精神性の深い曲です。

ちなみにオーストリア帝国そしてオーストリア=ハンガリー帝国国歌の「皇帝讃歌~神よ、皇帝フランツを守り給え」(ハイドン作曲1797年)は今はドイツ連邦共和国国歌として歌われています。 現在のオーストリア国歌はモーツァルト作曲(?)と言われる別の曲です。 (紋章にはハプスブルクの紋章が使われています。) 島国日本では考えられない事ですが、ヨーロッパの複雑な歴史がうかがえます。

<ハプスブルク帝国の変遷>
神聖ローマ帝国(~1804)
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オーストリア帝国(1804~1867)
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オーストリア=ハンガリー帝国(1867~1918)
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現在のオーストリア共和国は1955年に永世中立国宣言をして以来その体制が続いています。


明日は続いてシューベルト、ドヴォジャーク、スメタナの弦楽四重奏曲について書きます。

 






2015_09
01
(Tue)09:05

バッハ「マタイ受難曲」BWV244

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モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

J.S.Bach(1685~1750)はドイツの作曲家ですが、今日はバッハの「マタイ受難曲」について書いてみようと思います。 この「マタイ受難曲」は1727年ライプツィヒの聖トーマス教会で初演された作品ですが、新約聖書の中の「マタイによる福音書」の第26章と第27章の記述をバッハが音楽で描写したものです。

新約聖書には「マタイによる福音書」「マルコによる福音書」「ルカによる福音書」「ヨハネによる福音書」と4つの福音書がありますが、バッハが自分で音楽を付けたのは「マタイ」と「ヨハネ」の2つだけです。 

福音書というのは「キリストの誕生からの伝記と言行、そして受難と死と復活」を4人の使徒がそれぞれに記述したものですが、同じ出来事でも4人それぞれ述べる角度が違いますので当然「マタイ受難曲」と「ヨハネ受難曲」ではバッハの音楽も違ってきます。 何も知らずにただ音楽を聴くだけでもその精神性に深く感動させられますが、聖書の中のキリストの受難の出来事を知るとより音楽への理解も深まるのではないかと思います。
バッハ「マタイ受難曲」
バッハ「マタイ受難曲」

バッハが音楽を付けているのは新約聖書の「マタイによる福音書」の中の第26章1節から第27章66節までの6ページ程の部分ですが、バッハはまず「マタイ受難曲」の冒頭で、キリストが磔になるため十字架へ静かに進む道のりの場面を音楽で描写しています。(第1曲)
バッハ「マタイ受難曲」スコア
1(コーラス)

 そしてバッハは聖書の第26章と第27章を音楽で描写していきます。 

聖書の「マタイによる福音書」の第26章と第27章は、祭司長達の合議、ユダの裏切り、最後の晩餐、オリーブ山での弟子たちの躓きのイエスの予言、ゲッセマネの園での人間イエスの苦しみ、捕縛、大祭司の尋問、ペテロの否認、ユダの後悔、ピラトの尋問とイエスの愛、ピラトの判決とイエスへの鞭打ちと民衆のイエスへの嘲弄、イエス・キリストの十字架への道、そして磔、イエスの死、埋葬とキリストの受難を記述しています。。

バッハはこのキリストの受難を聖書の記述に従って音楽でそれを描写していきます。 

そして最後は墓前にひざまずく信徒達の祈りを描写した「終曲」で音楽は静かに終わります。
68(78)終曲
 
このイエスの受難の場面は聖書の中でも一番良く絵画や文学でも取り上げられる場面ですので皆さん想像はしやすいのではないかと思います。

音楽的にさらに詳しい事は音楽学者の礒山雅さん(1946~)の「マタイ受難曲」(東京書籍)をご参考になさって下さい。 日本を代表するバッハの研究家の方です。

ヘンデルに比べるとバッハはその死後、一部の作品を除けばあまり上演されなくなってしまいます。 バッハを大変尊敬していたメンデルスゾーンは初演以後100年近く経った1829年自身の指揮でバッハの「マタイ受難曲」を復活上演します。 19世紀のバッハ復興運動のきっかけとなった出来事です。

バッハ「マタイ受難曲」第1曲~カール・リヒター
https://www.youtube.com/watch?v=ckPYCVX2I4Y

バッハ「マタイ受難曲」終曲~カール・リヒター
https://www.youtube.com/watch?v=8ZnlgMgou-g

第49(58)曲<アリア>のご紹介
聖書の「マタイによる福音書」の第27章23節では「しかし、ピラトは言った、"あの人は、いったい、どんな悪事をしたのか"。すると彼らはいっそう激しく叫んで、"十字架につけよ"と言った。」(母の学生時代の聖書より)としか記述はされていませんが、バッハはこの場面をアリアで清らかに歌いあげて描写しておりその気高い慈しみに満ちた音楽は多くの人の心を打つものとなっています。ブルーノ・ワルターも前後の曲に比してこのアリアは天使のような美しさを持つと言ったそうです。
49(58)アリア

ドイツ語歌詞
Aus Liebe will mein Heiland sterben,  
Von einer Sunde weiss er nichts,
 Dass das ewige Verderben
 Und die Strafe des Gerichts
 Nicht auf meiner Seele bliebe.

日本語歌詞~秋岡陽訳
その愛ゆえに、私の救い主は死のうとしています
たったひとつの罪さえ知らない方ですのに
 こうして、永遠の滅びも
 裁きの罪も
 私の魂に留まらないようにしてくださるのです

バッハ「マタイ受難曲」第49(58)曲アリア"Aus Liebe will mein Heiland sterben"~Jegyung Yang
https://www.youtube.com/watch?v=fCY_AiazQoQ



<門下の小学生の方へ>
クラシック音楽は難しい事でも、また知識を人に自慢する事でもありません。 天才と言われる作曲家の人達も皆同じ人間なのです。 いろんな事を悩み苦しみまたある時は幸せを感じ喜びを感じ、それを音楽で描写して名品と言われる作品が生まれてきました。 古今東西の真理がテーマになっているため、時空を超えて皆に愛されて受け継がれてきています。 絵画でも文学でも音楽でも長い歴史の中を受け継がれてきた芸術品には万民にどこか共通する人間の真実が描かれています。 人が経験できる事はたかが知れています。 芸術に触れる事で人は様々な心の引き出しを増やす事ができます。 喧噪の現代ですが、一日5分でも人類の文化遺産に触れしばし穏やかな時を感じて下さい。

明日はハイドンの弦楽四重奏曲の楽しさについて書きます。