2015_11
30
(Mon)21:00

第69回全日本学生音楽コンクール全国大会 ピアノ部門結果お知らせ

COMPETITION
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「第69回全日本学生音楽コンクール」全国大会 ピアノ部門の結果をお知らせ致します。(敬称略)

【小学校の部】
第1位 森本 隼太
第2位 岩本 七音
第3位 小野寺 拓真
横浜市民賞 森本 隼太

【中学校の部】
第1位 稲垣 拓己
第2位 進藤 実優
第3位 三田 有輝也
横浜市民賞 進藤 実優

【高校の部】
第1位 尼子 裕貴
第2位 平間 今日志郎
第3位 大野 志門
第3位 波田 紗也歌
横浜市民賞 平間 今日志郎

2015_11
29
(Sun)06:02

シューマン 交響的練習曲 作品13

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

1834年から1837年にかけて作曲されたピアノ曲の大作のシューマンの「交響的練習曲」は、独奏的なピア二ズムと楽器を交響的に扱う表現力の豊かさでピアノ作品の中でも名作と言われ独特の地位を保っている作品です。

主題と12の練習曲から成立しておりますが、もとは18の練習曲から成立しておりました。 シュ―マンはその内6曲を削ってしまいましたが、彼の死後ブラームスがこの曲の編集を行った時にシューマンが削っていた曲の中から5曲を復活させました。 それは現在「遺作変奏曲」として演奏されております。 この「遺作変奏曲」の5曲は12の練習曲の曲間のどこにでもピアニストが自由に挿入でき、どこに挿入して演奏するかは各ピアニストによって違っております。

この5曲の「遺作変奏曲」にはシューマンのオイゼビウス的側面が色濃く出ておりそれをどう扱うかによってピアニストの解釈がよく分かります。


*****
オイぜビウスとは?
シューマンの夢想的で内向的側面の事。 反対に情熱的で外交的な側面をフロレスタンという。 シューマンはペンネームで両方を使い分けており全作品に見えるシューマンの性格である。


主題は作曲当時24歳だったシューマンが思いを寄せていたエルネスティーネ・フォン・フリッケンの養父で音楽好きのフリッケン男爵の作曲したフルート独奏のための変奏曲の主題をもとに書かれております。 そのアマチュア音楽家の書いた主題をシューマンは見事に深い響きと豊かな色彩の音楽に変身させております。

主題のモティーフのC#-G#-E-C#が分散したり伴奏に潜り込んだりして全曲に渡って使われております。 第1練習曲は跳躍するようなリズムの快活な曲です。 第2練習曲は交響的な新しい響きとなっております。 第3練習曲は静かな内声の歌い方が心に響きます。 第4練習曲から第6練習曲は曲の中枢部分で充実感に溢れた音楽です。 第7と第8練習曲も中枢部分の続きで表現が多彩です。 第9練習曲は毅然とした曲想で曲をしめております。 第10練習曲・第11練習曲はダイナミックで快活なリズムです。 そしてフィナーレへと導かれます。

シューマン 交響的練習曲♫~エフゲニー・キーシン No.1
シューマン 交響的練習曲♫~エフゲニー・キーシン No.2
シューマン 交響的練習曲♫~エフゲニー・キーシン No.3
シューマン 交響的練習曲♫~リヒテル

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交響的練習曲CD~アルフレッド・ブレンデル

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交響的練習曲CD~エフゲニー・キーシン


火曜日はリストの3つの演奏会用練習曲 S.144から 「ため息」について書きます。 この曲はフィギュアスケートの宮原知子選手が今季のフリーで使用している曲ですが甘美な詩情にあふれた美しい曲です。









2015_11
28
(Sat)06:54

バッハ パルティータ

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

パルティータという言葉はイタリア語がオリジナルで17世紀には変奏曲の意味で使われておりましたが、18世紀ドイツでは共通のモティーフによって統一性を持って構成された組曲という意味で使われておりました。

1731年「クラヴィーア練習曲集第1巻 作品1」として、6つのパルティータをバッハは再度改訂しまとめて1冊の曲集として出版致しました。 1726年にライプツィヒで第1番を、1727年に第2番と第3番を、1728年に第4番を、1730年に第5番と第6番を別々にすでに出版致しておりましたが、「パルティータ」はバッハの作品の中で初めて出版されたものでもあります。

「パルティータ」は「フランス組曲」、「イギリス組曲」とある一連のクラヴィーア組曲集の集大成とも言え、また「平均律クラヴィーア曲集第2巻」や「ゴールドベルク変奏曲」とともにクラヴィーア曲集の最高峰とも言えるのではないかと思います。

導入楽章を持つのはイギリス組曲と共通しておりますが、イギリス組曲は導入楽章がプレリュードと名称が同じなのに比べ、パルティータは導入楽章の名称が異なっております。 また古典舞曲にもイタリア式の割合が増えイタリア趣味ではありますが、構成感覚は非常に堅牢でバロック組曲の総括として古くは「ドイツ組曲」とも呼ばれていたようです。

第1番はプレリューディウム、アルマンド、コレンテ、サラバンド、メヌエット1、メヌエット2、ジ―ガ(バッハはここで初めて左右の手が交差する奏法を使用)、第2番はシンフォニア、アルマンド、クーラント、サラバンド、ロンドー、カプリッチョ、第3番はファンタジア、アルマンド、コレンテ、サラバンド、ブルレスカ、スケルツォ、ジーグ、第4番はウ―ヴァテューレ、アルマンド、クーラント、アリア、サラバンド、メヌエット、ジーグ、第5番はプレアンブルム、アルマンド、コレンテ、サラバンド、テンポ・ディ・ミヌエッタ、パスピエ、ジーグ、第6番はトッカータ、アレマンダ、コレンテ、エール、サラバンド、テンポ・ディ・カヴォッタ、ジーグとなっています。

参考ブログ
バッハ フランス組曲とイギリス組曲



ではアシュケナージ、コヴァセヴィッチの演奏にリンク致します。

バッハ パルティータ第1番、第2番、第3番♫~アシュケナージ
バッハ パルティータ第4番♫~コヴァセヴィッチ
バッハ パルティータ第5番♫~アシュケナージ
バッハ パルティータ第6番♫~アシュケナージ

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6つのパルティータ ヘンレ版

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6つのパルティータCD~イエルク・デームス


明日はシューマンの「交響的練習曲」について書きます。












2015_11
27
(Fri)06:05

バッハ フランス組曲とイギリス組曲

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

バッハの全クラヴィーア作品の中でそれぞれ6つの組曲からなる「フランス組曲」、「イギリス組曲」、「パルティータ」という3つの組曲集はバッハ作品の中でも傑作の一つと言えるのではないかと思います。

バッハはこれらの作品を通して古典組曲の様式を頂点にまで持っていきましたが、同時にクラヴィーア書法の全てを展開しており、それらが現代でも「バッハは鍵盤楽器の基礎である」と音楽のお勉強には必修の作曲家と言われる所以です。

古典組曲というのは、(原則として)調性は同じだが性格が違ういくつかの音楽を一定の法則に従って並べた多楽章の器楽曲の事で、バロック時代の代表的な楽曲形式の一つです。

アルマンド、クーラント、サラバンド、ジーグという主要な4つの舞曲がその順番で配列されているのが古典組曲の特徴ですが、バッハの場合は冒頭にプレリュード、序曲などを置いたり、サラバンドとジーグの間にメヌエットやガヴォット他、またエールなどを挿入しているのが普通です。

*****
<アルマンド>
16世紀ごろから主にフランスで流行した緩やかなテンポの2拍子系の舞曲。 しかし組曲に使われる舞曲は18世紀には踊りの伴奏という実用的な性格は失われ、器楽曲として半ば様式化されておりました。 バッハの場合はアルマンドはほとんどが4拍子です。
バロックダンス アルマンド♫ 

*****
<クーラント>
16世紀後半に起こったテンポの速い3拍子系の舞曲。 急速な3拍子のイタリア風クーラントのコレンテと比較的速い3/2もしくは6/4拍子のフランス風クーラントがあります。
バロックダンス クーラント

*****
<サラバンド>
16世紀にスペインで流行し、のちにフランスやイギリスに広まった3拍子の舞曲。 ゆったりとした運びと荘重な気分が特徴です。
バロックダンス サラバンド

*****
<ジーグ>
16世紀にイギリスで流行し発展した3拍子系の活発な舞曲。 
バロックダンス ジーグ

*****
バロックダンス メヌエット
バロックダンス ガヴォット


ほとんど同時期に作曲されたフランス組曲とイギリス組曲(どちらも第三者が命名したもの)ですが、イギリス組曲は6曲すべてに規模の大きなプレリュードを冒頭においており全体に長大で力強い曲想を持っておりますが、フランス組曲の6曲は全ていきなりアルマンドから始まり全体に比較的小ぶりで優雅で繊細な雰囲気なのが特徴です。

バッハ フランス組曲全曲♫~アンドラ―シュ・シフ
バッハ イギリス組曲全曲♫~アンドラ―シュ・シフ

バッハ フランス組曲第5番♫~ルドルフ・ゼルキン
バッハ フランス組曲第5番♫~チェンバロ

バッハ イギリス組曲第3番♫~リヒテル
バッハ イギリス組曲第3♫~チェンバロ

私はフランス組曲は小学生の時に、イギリス組曲は中学生の時にお勉強したしましたが、楽譜はヘンレ版を使っておりました。

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フランス組曲 ヘンレ版

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イギリス組曲 ヘンレ版

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バッハ フランス組曲全集CD~イングリッド・ヘブラ~
(↑私が小さい時一日家の中でかかっていたCDの一枚です。)

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バッハ フランス組曲全集~グレン・グールド

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バッハ イギリス組曲全集~イエルク・デームス

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バッハ イギリス組曲第3番~エヴァ・ポブウォッカ



明日はバッハの「パルティータ」について書きます。







2015_11
26
(Thu)06:00

レスピーギ リュートのための古代舞曲とアリア

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

「ローマ三部作」で知られるオットリーノ・レスピーギ(1879~1936)は1913年以来ローマのサンタ・チェチーリア音楽院の教授職に就き図書館で古い時代の作曲家の楽譜を色々と研究しておりましたが、その成果を基にして得意のオーケストレーションにより編曲を行っておりました。

その中でレスピーギはリュートのための音楽集の数曲をモティーフにしてそれらを編曲し、近代的な音の処理の仕方を用い新鮮な魅力を持つ曲を書き上げました。

それらは3集の組曲から成りそれぞれ4曲で構成されております。

第1組曲は1917年に書かれ16世紀のリュートの音楽をオーケストラに編曲しております。 第2組曲は1923年に書かれ16・17世紀のリュートの音楽をオーケストラに編曲しております。 第3組曲は16・17世紀のリュートの音楽を弦楽合奏に編曲しております。

レスピーギ リュートのための古代舞曲とアリア 第1組曲
レスピーギ リュートのための古代舞曲とアリア 第2組曲
レスピーギ リュートのための古代舞曲とアリア 第3組曲

(you tube画面の「もっと見る」をクリックされると、各曲毎の始まる時間が表示されております。 それをクリックされると聴きたい曲に飛びます。 後述のピアノ曲はオーケストラ曲の第1-1、第1-3、第1-2、第3-1、第3-3、第3-4の6曲を編纂して作られております。)


リュートの音色♫にリンク致します。
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*******
上記の全12曲の中から6曲をピアノ用に編曲した楽譜がございます。

>リュートの為の古代舞曲とアリア 楽譜♪~アカデミア・ミュージック 


レスピーギ リュートのための古代舞曲とアリア♫~第1曲から第4曲(ピアノ)
レスピーギ リュートのための古代舞曲とアリア♫~第5曲から第6曲(ピアノ)

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リコルディ社楽譜

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原曲の作曲者名と作曲年代

1
小舞踏曲「オルランド伯爵」(オーケストラ第1組曲第1曲)
16世紀末のシモーネ・モリナロの原曲

2
ヴィルネルラ(オーケストラ第1組曲第3曲)
16世紀の作曲者不明の原曲

3
ガリアード舞曲(オーケストラ第1組曲第2曲)
ヴィンチェンツォ・ガリレイの原曲

4
イタリアーナ(オーケストラ第3組曲第1曲)
作曲者不明

5
シチリアーナ(オーケストラ第3組曲第3曲)
作曲者不明

6
パッサカリア(オーケストラ第3組曲第4曲)
ロドヴィコ・ロンカルリ「スペイン・ギター音楽集」から原曲


明日はバッハの「フランス組曲」と「イギリス組曲」について書きます。












2015_11
25
(Wed)06:05

第17回ショパン国際ピアノコンクール 入賞者ガラ・コンサートのお知らせ(東京)

INFORMATION
ハイドン

先日行われました第17回ショパン国際ピアノコンクールの入賞者ガラ・コンサートが東京で行われます。
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日時 2016,1,28(木)19:00 2016,1,29(金)19:00
場所 東京芸術劇場コンサートホール
出演者
第1位 チョ・ソンジン
第2位 シャルル・リシャ―ル=アムラン
第3位 ケイト・リウ
第4位 エリック・ルー
第5位 イーケ・ヤン
第6位 ドミトリー・シシキン
     




2015_11
25
(Wed)06:03

美しい小品 3曲

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スタジオもクリスマスです。


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第1曲目は皆様ご存じのグルックの「精霊の踊り」という曲です。

グルック(1714~1787)はオペラ改革理論を実践したドイツの作曲家ですが、そのグルックが1762年に作曲した有名なオペラに「オルフェオとエウリディーチェ」というオペラがあります。 その中でパリ版の第2幕第2場に「精霊の踊り」という美しい曲があります。 これは天国の野原で精霊たちが踊る場面ですがその深い森の霊気や暖かい光などが感じられる自然の光景には深く心に訴えかけてくるものがあります。

それは「自然」の素朴な美しさ、飾りのなさにこそ「真実」があるとするグルックの芸術感が表れているのではないかと思います。

「オルフェオとエウリディーチェ」というオペラは原作はギリシャ神話からとられたものですが、愛する妻の姿を求めて、黄泉の国へと行ったオルフェオが竪琴を奏でると地獄の霊たちも心を動かされます。 そして晴れやかな野原で精霊たちが踊る中にエウリディーチェを見つけます。 連れて戻ろうとしますが、不審がるエウリディーチェをオルフェオは約束を破って振り返ってしまいます。 エウリディーチェは息絶えてしまい悲しんだオルフェオは自らも命を絶とうとしますが、二人の愛の強さに心打たれた愛の神はエウリディーチェを生き返らせ二人は仲良く結ばれるというお話です。

オーケストラの「精霊の踊り」にリンク致します。
グルック 精霊の踊り♫~ロンドン交響楽団

次はフルート独奏にリンク致します。
グルック 精霊の踊り♫~フルートとハープ

次はクライスラー編曲「メロディ」にリンク致します。
グルック/クライスラー メロディ♫~ヴァイオリン(パールマン)

次はピアノ編曲にリンク致します。
グルック/Sgambati メロディ♫~ピアノ(キーシン) 

グルック/スガンバーティ メロディ 楽譜♪~アカデミア・ミュージック



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第2曲目はグリンカ/バラキレフ「ひばり」です。

ミハイル・グリンカ(1804~1857)はロシアの国民音楽の父・近代ロシア音楽の父と称されるロシアの作曲家ですが、グリンカを崇拝していたミリー・バラキレフ(1837~1910)がグリンカの歌曲をピアノ独奏用に編曲した小品に「ひばり」という美しい小品があります。

グリンカ ひばり♫~Galina Vishnevskaya(ソプラノ)
グリンカ/バラキレフ ひばり♫~エフゲニー・キーシン(ピアノ)・・・スコア付き




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第3曲目はカタロニア民謡(カザルス編)「鳥の歌」です。

カザルスは20世紀のスペインを代表するチェリストですが、カザルスが自ら編曲し演奏していた曲に祖国カタロニアの民謡「鳥の歌」という曲があります。 カザルスは「カタロニアの小鳥たちは高い空でピース(平和)、ピースと鳴くのです。」と言いこの美しい調べを演奏する事で平和のために戦い続けましたが、カザルスの魂の声とも言える小品です。

イギリスのチェリストのウェッバーがカザルスのエピソードやコメントを編纂した本に「パブロ・カザルス鳥の歌」という本がありますのでご紹介いたします。 その中に「音楽」という項目がありますが、カザルスの言葉として「音楽を心からうやまいなさい。 それが音楽の第一の掟だ。」という言葉があります。 とかく結果に走る世相の中で深く考えさせられる言葉だと思います。

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パブロ・カザルス 鳥の歌 ちくま文庫

カザルス 鳥の歌




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ひばり

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鳥の歌

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鳥の歌

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グリンカ/バラキレフ ひばり 楽譜♪~アカデミア・ミュージック


明日はレスピーギの「リュートのための古代舞曲とアリア」について書きます。















2015_11
24
(Tue)06:35

ベートーヴェン 創作主題による32の変奏曲 ハ短調 WoO80

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

この「創作主題による32の変奏曲」はベートーヴェン(1770~1827)の変奏曲の中でも「エロイカ変奏曲」や「ディアベッリ変奏曲」と並び最もポピュラーなものであると言えると思います。

まずキーシンの演奏にリンクしたいと思います。

ベートーヴェン 創作主題による32の変奏曲 ハ短調 WoO80♫~エフゲニー・キーシン

1806年の秋に作曲されたものですが、出版は早く翌1807年4月には刊行されており、ベートーヴェンオリジナルの主題はわずか8小節から成っており変奏曲の主題らしくない特色を持っております。

またこの小節数は第31変奏まで厳格に守られており、ほとんどがハ短調で書かれているのも特徴的であると言えるかもしれません。

8小節というシンプルな素材をその可能性の極限まで追求し華やかな演奏技巧が駆使されておりベートーヴェン的な力強い表現が演奏効果を高いものにしております。 また古典的な楽式でありながら各変奏曲は自由な性格変奏の書式で書かれており構成も全曲途切れなく演奏されるようになっております。

参考ブログ
プロメテウスの主題による15の変奏曲とフーガ
創作主題による6つの変奏曲

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ウイルヘルム・ケンプ

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アルフレッド・ブレンデル

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クラウディオ・アラウ

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ジャンルカ・カシオーリ

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オリ・ムストネン

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明日は「美しい小品 3曲」というタイトルで書いてみます。












2015_11
23
(Mon)06:04

シューマン アベッグ変奏曲 作品1

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

シューマン(1810~1856)のアベッグ変奏曲は1829年から1830年にかけてライプツィヒで書かれたシューマン20歳の時の意欲的なデビュー作です。 正式なタイトルは「アベッグの名による主題の、ピアノのための変奏曲」です。

シューマンは初めはピアニストを目指しておりましたが、練習しすぎからの手の故障によりピア二ストへの道を断念致します。 音楽家への夢は大きかったようですが家庭の事情によりライプツィヒ大学で法律をお勉強する事になります。 その中この「アベッグ変奏曲」を上梓する事によって新進気鋭の作曲家としてスタートできた彼の喜びと気概はひとしおのものがあったようで、それを母に伝える手紙も残されております。

献呈者は伯爵令嬢パウリーネ・フォン・アベッグとなっておりますが、これは架空の人物でシューマンのユーモア精神溢れた想像力の産物だろうと考えられます。 モデルとして推察できる人物はシューマンの周りに数名おりますが、彼の心に深く関わったという事実はございません。

ですからシューマンの周りの親しい存在の人をAbeggという名に置き換え空想を膨らませその綴りのA-B-E-G-Gを音に置き換え主題を作り創作したと考えるのが至当なのではないかと思います。

しかしこの創作態度が初期ロマン派的でもあり後のシューマンの作風の核とも言えるのではないかと思います。 そういう意味でこのデビュー作はシューマンの作品の中で非常に重要な作品と言えるのではないかと思います。

当時としてはオペラの旋律を主題としていないのも斬新な発想だったようですが、表題の綴りをドイツ音名に置き換え主要動機を作っていくという文学的なアイデアがこの作品をさらにファンタスティックにさせているのではないかと思います。

主題は前述の通りABEGGの5音からなる動機で始まり若々しくシンプルで清楚な主題です。 その後第1、第2、第3変奏と続きますが明確に変奏番号が打たれているのは第3変奏までで後は「カンタービレ」と「幻想曲風フィナーレ」と書かれているだけです。

ランランとキーシンの演奏にリンク致します。

シューマン アベッグ変奏曲 Op.1♫~ランラン
シューマン アベッグ変奏曲 Op.1♫~キーシン

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アシュケナージ

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キーシン デビューリサイタル

この曲は中学生の時♪故片岡みどり先生(当時相愛大学名誉教授)♪の元でお勉強した曲ですが、下の楽譜のご注意は片岡先生の楽譜から写させて頂いたものです。 片岡先生はいつもご自分の楽譜の注意をお勉強の前には写すようにおっしゃっていました。

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主題

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第1変奏

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第2変奏

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第3変奏

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カンタービレ

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幻想曲風フィナーレ


明日はベートーヴェンの「創作主題による32の変奏曲 ハ短調」について書きます。











2015_11
22
(Sun)06:06

ショパン ピアノ協奏曲 第1番ホ短調 第2番ヘ短調

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

ショパン(1810~1849)にはオーケストラ曲は1曲もありませんが、ピアノとオーケストラのための作品は6曲書いております。 この中で「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ 作品22」以外は20歳までつまりポーランド時代に書いております。

ワルシャワ近郊の村に生まれたショパンは7歳の時にジブ二ーについてピアノを習い始め、8歳でワルシャワの慈善演奏会に出演致しました。 また12歳でワルシャワ音楽院院長に作曲を学び始め、ロシア皇帝の前で演奏した翌年に16歳でワルシャワ音楽院に入学致します。 1827年17歳で初めて管弦楽とピアノのための作品として作曲した「ラ・チ・ダレム・ラ・マーノの主題による変奏曲」作品2はシューマンに「諸君、帽子をとりたまえ、天才だ!」と絶賛されます。

モーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」の「お手をどうぞ」による変奏曲 作品.2

1829年7月ワルシャワ音楽院を卒業したショパンはウイーンに行きそこで演奏会を開き絶賛を博します。 プラハ等に立ち寄った後9月に帰国し1829年第2番のピアノ協奏曲を書き上げます。 翌年1830年3月ワルシャワでショパン自身が初演をし大成功を収めます。 

第2番の大成功に気を良くし勇気づけられたショパンは早速次のピアノ協奏曲に取り掛かります。 1830年11月にはショパンはワルシャワを後にしてウイーンに向かいますが、母国との永遠の別れとなる旅立ちの前の10月にワルシャワでの告別演奏会でショパン自身の初演で第2作のピアノ協奏曲の第1番を初演致します。 ちなみにこの頃はピアノ協奏曲が一気に全楽章演奏される事はなく楽章の間にショパンの初恋の人のコンスタンツィア・グラドコフスカのソプラノ独唱などもあったようです。

番号が作曲順と逆なのは楽譜の出版順に番号がつけられたからです。 第1番がパリで初演されたのは1832年2月で初版は1833年となっております。

まずキーシンのショパンピアノ協奏曲第1番にリンク致します。

ショパン ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調 作品11♫~エフゲニー・キーシン(ピアノ)、ズービン・メータ指揮、イスラエルフィルハーモニー

第2作なので第2番と比べると構成が重視され規模が大きくなっておりますが、オーケストレーションに弱点があり何人かの手によって手直しがされておりますが、現在ではオリジナル版で演奏される事が多いです。 第1楽章はワルシャワへの告別を力強く語っており、第2楽章はショパン自身が「美しい春の月明かりの夜のような」と書いておりますが、ショパンらしい哀愁をたたえた美しい楽章です。 第3楽章は飛翔の意の感じられる生気に溢れた溌剌とした雰囲気です。

次はルービンシュタインのショパンピアノ協奏曲第2番にリンク致します。

ショパン ピアノ協奏曲 第2番 ヘ短調 作品21♫~アルトゥール・ルービンシュタイン(ピアノ)、アンドレ・プレヴィン指揮、ロンドン交響楽団

この第2番は一度も話をした事がなかったショパンの初恋の人のコンスタンツィアへの青年ショパンの心情から書かれた作品です。 コンスタンツィア・グラドコフスカはワルシャワ音楽院で声楽を学んでいたソプラノ歌手ですが、ショパンは友人に彼女への愛を告白し彼女を想いながら作曲したと手紙で認めております。

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クリスティアン・ツイメルマン(ピアノ)、ポーランド祝祭管弦楽団

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マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)、ロンドン交響楽団、ワシントン・ナショナル交響楽団

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音の詩人ショパン 田村進著 音楽之友社

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ショパンパリコレクション (株)ショパン

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ナショナル・エディション版

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パデレフスキー版

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続いてショパンのワルツについて書きます。














2015_11
22
(Sun)06:00

ショパン ワルツ

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

ショパンは生涯に全部で19曲のワルツを書き残しておりますが、本来は踊りの為の実用音楽にしか過ぎなかったワルツに演奏会用としての魅力と芸術的価値を付加した点でショパンのワルツは舞踏詩とも呼ばれるべきで音楽史的にも特筆すべき作品が多くあります。

ショパンのワルツはただ楽譜通りに正確に音にしても音楽にはなりません。 別にむずかしい技巧を要する大曲ではありませんが、一曲一曲に情緒があり自由なピアノの遊びという感じで大曲とは違う難しさがございます。

第1番作品18は1831年2度目のウイーン訪問時に作曲された作品で「華麗なる大円舞曲」と呼ばれております。 第2番作品34-1は1838年作曲され「華麗なる円舞曲」と呼ばれており前作と同様実際の舞踏曲の要素がかなり大きいです。 第3番作品34-2は1831年の作曲ですが、テンポはワルツには珍しくレントとなっております。

第4番作品34-3は1838年の作曲ですがこれも「華麗なる円舞曲」と呼ばれ「子猫のワルツ」の愛称で親しまれています。 第5番作品42は1840年作曲された「大ワルツ」で伴奏が3拍子で旋律が2拍子となっております。 第6番作品64-1は「子犬のワルツ」で知られる曲ですが1846年から翌年にかけての晩年の作曲です。

第7番作品64-2は第6番と同じ時期に作られた晩年の作品ですが傑作の誉れ高い作品です。 第8番作品64-3も第6番、第7番と同じ晩年の作品ですが大変明るい曲です。 ここまでの8曲が生前出版されたものです。

第9番作品69-1は1835年恋人ヴォジンスカに与えたワルツですが恋は実らなかったため彼女は「別れのワルツ」と呼んで愛奏したそうです。 第10番作品69-2は1829年ポーランド時代の作品です。 若々しい作品でマズルカの雰囲気が濃く出ております。 第11番作品70-1は1835年に書かれた作品で難曲です。

第12番作品70-2は1841年の作品です。  甘美なメロディです。 第13番作品70-3は1829年ポーランド時代の作品で初恋のコンスタンティアを想って作られた優れたワルツです。 第14番遺作は1829年作曲されたものですが出版は死後の1855年です。 初期の一連の「華麗なる」ワルツの先駆けのような作品です。

第15番遺作はポーランド時代末期の作品です。 第16番遺作は1827年の作品でショパンの最も若い時代に属する作品です。 第17番遺作は1840年に作曲されたものです。 第18番遺作は1829年頃の作曲ですが愛らしい作品です。 第19番遺作は1843年頃に書かれたと考えられております。 素朴なワルツです。

その中で傑作として名高いショパン晩年の1846年から翌年にかけて作曲されたワルツ第7番Op.64-2嬰ハ短調にリンク致します。

ショパン ワルツOp.64-2♫~エフゲニー・キーシン
ショパン ワルツOp.64-2♫~ホロヴィッツ
/ショパン ワルツOp.64-2♫~ルービンシュタイン
ショパン ワルツOp.64-2♫~ヤン・リシエツキー
ショパン ワルツ全集♫~アシュケナージ

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コルトー

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ルービンシュタイン

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アシュケナージ

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明日はシューマンのアベッグ変奏曲について書きます。





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(Sat)06:06

ショパン ピアノ・ソナタ 第2番 変ロ長調 作品35

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

ショパンの「葬送行進曲」は私が15歳からお習いしておりました♪関孝弘先生♪が演奏会のレパートリーとなさっていた曲ですが、ピアニストには必修のピアノ・ソナタと言えるかもしれません。

さてショパン(1810~1849)は「葬送」と呼ばれる曲を3曲作っております。 初めは1827年17歳の時書いた「葬送行進曲Op.72-2」です。 次が1837年に作られた「ピアノ・ソナタ第2番葬送行進曲」、そして最後が1838年から1839年にかけて作られた「プレリュードOp.28の第20曲」です(コルトーがそう呼んだのですが)。 

葬送行進曲Op.72-2♫~イデイル・ビレット
プレリュードOp.28-20♫~イーヴォ・ポゴレリッチ

「葬送」という愛称で親しまれているピアノ・ソナタ第2番は「暴れん坊の子どもたちを一つにしたよう」とシューマンが評したように、ショパンの独創性が自由に発揮されたそれ以前のピアノ・ソナタの概念からは遠くかけ離れたものでした。 1837年に第3楽章の「葬送行進曲」を先に作曲し2年後の1839年の夏にノアンで残りの3つの楽章を完成させました。

同時期に作曲されたプレリュードの第2番はピアノ・ソナタ2番の原型と考えられ、プレリュードの第14番はピアノ・ソナタ2番のフィナーレのスケッチであると考えられます。

ショパン プレリュードOp.28

ショパン ピアノ・ソナタ第2番♫~エフゲニー・キーシン
ショパン ピアノ・ソナタ第2番♫~クリスティアン・ツイメルマン
ショパン ピアノ・ソナタ第2番♫~マルタ・アルゲリッチ
ショパン ピアノ・ソナタ第2番♫~内田光子
ショパン ピアノ・ソナタ第2番♫~ユンディ・リー
ショパン ピアノ・ソナタ第2番「葬送行進曲」♫~ミケランジェリ
ショパン ピアノ・ソナタ第2番♫~コルトー

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ショパン楽譜 ナショナル・エディション(ヤン・エキエル版)

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第1楽章

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第2楽章

3
第3楽章 葬送行進曲

4
第4楽章

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エフゲニー・キーシン

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マルタ・アルゲリッチ

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アレクサンダー・コブリン


続いてショパンと同国人ポーランドの作曲家のシマノフスキー「主題と変奏曲作品3」について書きます。




















 







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(Sat)06:04

シマノフスキー 主題と変奏曲 変ロ短調 作品3

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

カロル・シマノフスキー(1882~1937)はショパン以降低迷していたポーランド音楽を引き上げた偉大なポーランドの作曲家ですが、日本ではショパンほど有名ではないのではないかと思います。

まずショパンコンクールの覇者のポーランドのピアニストのラファウ・ブレハッチの演奏にリンクしたいと思います。

シマノフスキー 主題と変奏曲 変ロ短調 作品3♫~ラファウ・ブレハッチ(ピアノ)No.1・・・スコア付き
シマノフスキー 主題と変奏曲 変ロ短調 作品3♫~ラファウ・ブレハッチ(ピアノ)No.2・・・スコア付き

1882年当時ロシア領のティモシュフカで貴族の家系に生まれたシマノフスキーは10歳からゲンリヒ・ネイガウスの父にピアノを習いその後ワルシャワ音楽院に進みます。 時代の変遷につれ彼の作風は目まぐるしく変わっており、1901年から1903年にかけて作曲されたこの作品3はシマノフスキー初期を代表するピアノ曲の一つです。

ショパンやスクリャービンの影響が強く見られ保守的なポーランドの文化に新風を投げかけております。

私が小さい頃師事しておりました♪故片岡みどり先生(当時相愛大学名誉教授)♪はシマノフスキーを研究されていらした方でご本も出していらっしゃいます。

↓写真は全てクリックされると拡大致します。
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シマノフスキーNo.1

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シマノフスキーNo.2

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明日はショパンのピアノ協奏曲とワルツについて書きます。









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(Fri)06:01

プロコフィエフ  「交響的物語 ピーターと狼 作品67」

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

ロシアの作曲家プロコフィエフ(1891~1953)は1936年子どもとモスクワの児童劇場を訪ねた時、そこの支配人からオーケストラのおとぎ話の作曲を依頼され音楽劇の「交響的物語 ピーターと狼」を一週間で仕上げました。 登場人物はピーター(弦楽器の合奏)、小鳥(フルート)、アヒル(オーボエ)、猫(クラリネット)、おじいさん(ファゴット)、狼(3本のフレンチホルン)、狩人(ティンパ二ーと太鼓)、という風にいつも同じ楽器で表されます。

音楽劇は次のような物語です。

少年ピーターは森の牧場のおじいさんの家に住んでいます。 ある日ピーターが庭の戸を閉め忘れ牧場に行きます。 すると庭のアヒルが外に出て池で泳ぎ小鳥と言い争いになります。 ペットの猫が忍び寄ってきます。 しかしピーターが声をかけたのでアヒルと小鳥は無事に逃げます。  

おじいさんが来て狼が来たらどうするんだとピーターを家に連れ戻します。 狼が現れ猫は逃げますが、アヒルは一呑みされてしまいます。 そこでピーターは小鳥にうまく狼を誘導してもらってシッポに縄をかける事に成功し見事に狼を捕えます。  

ピーターは、銃を持って狼を追って来た狩人を制し狼は殺さずに動物園に持って行く事を提案します。 そしてピーター、狩人、猫、おじいさん、小鳥の全員で勝利のパレードを行い狼を動物園に運びます。

最後にナレーターは「アヒルの声が聞こえるでしょう。 狼は慌てていたのでアヒルを生きたまま丸呑みしてしまったのです。」と語ります。

ウオルト・ディズ二ーが映画化した楽しい「ピータと狼」にリンク致しますので門下のお小さいお子さん達はどうぞ聴いてみて下さい。 老若男女の皆さんでオーケストラのいろんな楽器を楽しめるのではないかと思います。

ピーターと狼♫~ディズ二ー映画

ピーターと狼♫~バンクーバー管弦楽団

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プロコフィエフ 交響的物語「ピーターと狼」作品67~フィラデルフィア管弦楽団

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ピーターと狼 スコア

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楽器の紹介

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登場人物と楽器の登場

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ピーターの登場

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最後のナレーター

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終わり

ピーターと狼 CDご紹介♪~ウイーンフィルハーモニー、カール・ベーム指揮


明日はショパンのピアノ・ソナタ第2番「葬送」と、シマノフスキーの主題と変奏曲作品3について書きます。











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19
(Thu)06:02

リスト バラード 2番 ロ短調

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モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

リストのバラード第2番ロ短調は1853年ワイマールで作曲された作品ですが、同時期に作曲された作品には同じロ短調のピアノ・ソナタがあります。

この作品は、ニューヨーク・タイムズのJ.ホロヴィッツ氏とアラウとの対話による「アラウとの対話」(みすず書房)の本によると、ギリシャ神話のヘーローとレアンドロスの物語に基づいて書かれた叙事詩だそうです。

ヘーローというのはギリシャ神話の中に出てくる女神アフロディーテの女神官で、青年レアンドロスと恋に落ちへレスポント海峡を泳いで渡ってくるレアンドロスのためにランプをともして毎夜レアンドロスを導いていた女性の事です。 しかしある夜レアンドロスは嵐に巻き込まれ溺れ死んでしまいます。 悲しんだヘーローは後を追って身を投げて死んでしまうというお話です。

アラウによると唸るようなテーマはへレスポント海峡を泳ぐレアンドロスを表しているそうです。 唸るテーマとロマンティックなヘーローのテーマが交互に表れ曲が進むにつれ嵐のような激しさを増していきます。 終結部はレアンドロスへの追悼の哀歌を表しているのだそうです。

「アラウとの対話」を参考にしながら楽譜に添ってドラマの説明をしていきたいと思います。

レアンドロスは毎夜へレスポント海峡を泳ぎ渡ってヘーローの許に通い翌朝また泳いで帰ります。 その往復が毎回困難になり4日目の夜にレアンドロスは溺れ死にます。 

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レアンドロスが初めてへレスポント海峡を泳ぎ渡る様子です。

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ヘーローのテーマです。

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嵐の気配を感じる第2夜です。

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ヘーローのテーマです。

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恐ろしい嵐が始まる第3夜です。

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激しい波がおそってきます。

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ヘーローのテーマです。

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愛のテーマです。 レアンドロスは向こう岸に必死で辿り着こうとします。

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最も激しい嵐の第4夜です。

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レアンドロスの最後のあがきです。

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レアンドロスは溺れ死にます。

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ヘーローの不安を表します。

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弔鐘が鳴ります。

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肉体から魂が離れヘーローの追憶の世界です。

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水との戦いと幻影です。

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レアンドロスへの別れです。

リスト バラード第2番♫~ジョルジュ・シフラ(スコア付き)
リスト バラード第2番♫~クラウディオ・アラウ(映像付き)


明日はプロコフィエフの「ピーターと狼」について書きます。 オーケストラのいろんな楽器に親しめるように楽しく楽器が物語の登場人物の代わりに紹介されていきます。 老若男女の皆さんで楽しめると思います。 















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18
(Wed)09:04

ウイーンのピアノのベーゼンドルファー200は鍵盤の部分のフエルトは茶色なのです!!

日本では多くの方がヤマハのピアノを使用していらっしゃいますので、ピアノの鍵盤の部分のフエルトはどこの国のピアノでも赤だと思い込んでらっしゃる方が多いのではないかと思います。 ところがウイーンのベーゼンドルファー200のピアノは赤色ではなく茶色なのです。 また鍵盤カバーはグレーです。 今はもう私も慣れましたが初めベーゼンドルファーのピアノを見た時は国によって色が違うのだと驚いたものです。

またピアノの蓋を開けた時ピアノに傷がつかないように付属の台が付いております。 またピアノのポリッシュのためにはレザーの磨き布がついております。 保証書も素敵なデザインです。 国によって文化がこんなに違うのかと驚きます。

↓写真は全てクリックされると拡大致します。
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ピアノの鍵 (ベーゼンドルファーの印章が入っております。)










 
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(Wed)06:00

ベートーヴェン 「プロメテウスの創造物」の主題による15の変奏曲とフーガ 変ホ長調 作品35

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モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

ベートーヴェンはブラームスと共に変奏曲に特に秀でた手腕を発揮した作曲家と言えると思いますが、ピアノのための独立した変奏曲は20曲ほど残しております。 その中でこの作品35、「ディアベッりの主題による33の変奏曲」、「32の変奏曲ハ短調」は広く親しまれている傑作ではないかと思います。

この「プロメテウスの創造物の主題による15の変奏曲とフーガ 作品35」は1802年作曲されたものですが、主題は1801年作の自作のバレエ音楽「プロメテウスの創造物 作品43」のフィナーレから引用されたものです。 この主題は後1804年に交響曲第3番「英雄」の第4楽章にも使用された事から逆にこの作品35も「エロイカ変奏曲」と呼ばれるようになりました。

バレエ音楽 プロメテウスの創造物 抜粋♫~ウイーンフィル・ハーモニー、バーンスタイン指揮
交響曲第3番「英雄」♫~ベルリンフィル・ハーモニー、マゼール指揮

序奏ではバレエ音楽「プロメテウスの創造物」のフィナーレの主題の伴奏部が2声、3声、4声の3つの変奏を伴って表れます。 続いてフィナーレの主題のメロディが表れ変奏を繰り広げていきます。 終曲のフーガではまた序奏の主題が表れ最後のコーダではまた主題のメロディが表れるという多彩な構成と充実した精神性のため演奏効果が見事でベートーヴェンらしい曲です。

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主題・2声

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3声

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4声

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テーマ

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フーガ

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コーダ



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アルフレッド・ブレンデル

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ウイルヘルム・ケンプ

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クラウディオ・アラウ

プロメテウスの創造物の主題による15の変奏曲とフーガ♫~アルフレッド・ブレンデル


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<ギリシャ神話の神 プロメテウス>
プロメテウスは、ゼウスの命に背き人類の幸せを信じて天界の火を人類に与え、ゼウスの逆鱗を買ったギリシャ神話の中の神です。 人間を創造したとも言われている神です。 天界では天地創造の力を持つ「神の焔」を人類に渡すのは禁止されていました。 

プロメテウスは人類に同情して火を与えようとし、この事をゼウスに願いましたが、ゼウスは、もし人間に火を持たせると、人類の力も知恵も神に迫り、神々を苦しめるようになるだろうから、神々の世界を安泰に、いつまでも幸福に栄えさせるためには、人類を無知の状態のままにしておいたほうがよいとして、ゼウスはプロメテウスの願いをはねつけてしまいます。 

それでもプロメテウスの決心は変わりませんでした。 彼はついに浜辺から一本の葦の髄をとり、日輪の炎に駆け寄り、火を盗み、それを人間に与えます。 このようにして人類は初めて火の文化の恩恵に浴する事になりました。 

ゼウスは大いに怒り、人類に禍を与え、プロメテウスを山中に鎖で繋ぎます。 力の神ヘラクレスからその鎖をはずしてもらってプロメテウスは解放されます。

イギリスの詩人シェリーがこのプロメテウスを主人公に愛の勝利を歌い上げる詩劇を書いておりますのでご紹介いたします。
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鎖を解かれたプロメテウス シェリー作 岩波文庫

ベートーヴェンは4回も「プロメテウスの創造物」の主題を使用しておりますが、人類への賛歌とともに人類の傲慢さを書いたのかとも思います。



11月16日の記事♪に「南極」や「ケープタウン」の話を少し補足致しました。 明日はリストの「バラード2番」について書きます。













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17
(Tue)06:02

小学校低学年の時私が描いた油絵と下絵(将来の選択)

私は小さい頃はピアノを弾くのと同じくらい絵を描くのが大好きな子供でした。 小学校低学年の間は油絵も習いに行っておりましたが、母から聞いたところによると、小さい子供には難しい油絵の具の処理をするのが手早いのとその集中力から絵の先生は専門の道に進ませることを母に勧められたようです。

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果物

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花瓶とトイレットペーパー

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スリッパ

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油絵 果物

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油絵 お花

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油絵 自画像

母は私には本来は美大の染色工芸に進んで袱紗や和装小物のデザインなどをする人になってほしかったようですが、子供ながらピアニストになりたいと私が母にはっきり断言したそうです。

絵心は音楽家には必要ですので小さい時絵の基礎を習っておいて良かったと思いますが、私がその時何故ピアニストになりたいと母に明言したのかは今では良く分かりません。 子供心にピアノは仕事、絵は趣味と思っていたような気も致します。

春の進路を考えるシーズンですが、どの道を選択するにしても、やはり本人の意思というのが必要最低条件ではないかと思います。 どの道に進んでも順風満帆というわけにはまいりません。 どこかで壁にぶつかり苦しむ時が来るわけすが、自分で選んだ道ですとどんな困難も乗り越えようとします。

親御さんに大事な事は子供を信頼して見守り、親の助けが必要な時には暖かく応援してやる事ではないかと思います。



ピアニスト谷真子公式サイト
2015_11
17
(Tue)06:01

ベルリオーズ 幻想交響曲 作品14

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

エクトル・ベルリオーズ(1803~1869)はフランスの初期ロマン派を代表する作曲家ですが。天才的な創造力を駆使して当時としては画期的な作品を次々と生み出し、リストの交響詩やワーグナーの楽劇の出現を生み出す原動力となった作曲家です。

ベルリオーズは1826年パリ音楽院に入学しますが、その翌年パリを訪れたイギリスの劇団の上演する「ハムレット」を見て、オフィ―リアに扮したハリエット・スミスソンに熱烈な恋心を抱きます。 片思いの念が高じて強引にアプローチしますが、スミスソンはあまりに強引なベルリオーズに恐怖心すら抱くようになり、彼を拒絶するようになってしまいました。

絶望に打ちひしがれたベルリオーズはスミスソンに憎しみすら抱くようになります。 その復讐を音楽の中で果たそうとし、「幻想交響曲」を1830年に作曲致します。 同年パリ音楽院で初演されますが、出版は1845年でその後1855年まで幾度と改訂されております。
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その後ベルリオーズは1832年にスミスソンと再会し、1833年に結婚を致しております。

「幻想交響曲」は各楽章に標題が付く標題音楽ですが第1楽章の標題は「夢と情熱」です。 作品の展開を予告するような不安と憧れに充ちた序奏から入りドラマティックな展開へと移行してまいります。 ベルリオーズが「固定観念」と呼ぶメロディが呈示されこれは全曲の中で効果的に再現されております。

この「idee fixe」(固定楽想・固定観念)という発想は、作曲の形式上の主題ではなく、同じテーマの時に同じメロディを使うという現代では通常の事となっているテクニックの事ですが、その当時は画期的な斬新な発想だったようです。 
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第2楽章の標題は「舞踏会」です。 恋人との出会いの場面です。
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第3楽章の標題は「田園の風景」です。 恋人を思う不安と動揺がうまく表現されております。
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第4楽章の標題は「断頭台への行進」です。 恋人を殺して死刑の宣告を受け断頭台に引かれて行き死刑が執行される場面の描写です。
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第5楽章の標題は「サバトの夜の夢」です。 死んだベルリオーズが自分の埋葬に列席している場面です。 グレゴリオ聖歌の「怒りの日」の旋律が出てまいります。
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ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団 サー・コリン・ディヴィス指揮


幻想交響曲作品14♫~ヤンソンス指揮、ベルリンフィル・ハーモニ


明日はベートーヴェンの"「プロメテウスの創造物」の主題による15の変奏曲とフーガ"について書きます。 ベートーヴェンらしい作品です。

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(Mon)07:29

世界を飛び回っていた私の祖父(昭和3年生まれ)

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私は高校1年の時からウイーンのベーゼンドルファーというピアノを使って練習をしておりますが、このピアノを買ってくれたのは私の母方の祖父後藤武孝(昭和3年生まれ)と申す者です。 ですから保証書の名前は祖父の名前になっております。(公式サイトの♪My Historyの項目♪の高1のコーナーに写真を掲載致しております。) 

祖父は海上保安大学校の機関科で機械の事をお勉強したエンジニアです。  

ですから母が物心ついた時に初めて覚えた異国の名前は「南極」と「ケープタウン」だそうです。 「南極」は海上保安庁の人は必ず行きますので最も身近な場所だそうです。 また「ケープタウン」は勤務に出た時給油のため必ず寄港する場所だそうです。 祖父の家には南極の昭和基地の石やケープタウンの大きな松ぼっくりが飾ってありました。  

祖父は若い頃は海上保安庁に勤務しておりましたが、母が小学3年の時からは造船会社のタンカーのエンジニアとして国内外でお仕事をしておりました。新しくタンカーを造るときのエンジンの部分の設計・製造を担当しておりましたので、(日本にいるときもほとんど四国の造船所に行っており留守でしたが)、自分の造ったタンカーが故障をすると世界各国の港に修理のために行きますから、1年のほとんどは外国にいるという生活をしておりました。

旅の先々から絵葉書を送ってくれておりましたが、姉と私と連名ではなく必ず別々に絵葉書を送ってくれておりました。 非常に厳格で恐い祖父でしたが、祖母の話によりますと孫には優しかったそうです。 アメリカから送ってくれた絵葉書でディズ二ーワールドの絵葉書がありますので掲載いたします。 

↓写真はクリックされると拡大致します。
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15
(Sun)06:07

芸術とは何でしょうか?

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モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

私は今大学院で表現系という分野を専攻しておりますが、そこはピアノの方ばかりではありません。 声楽の方、舞踊の方、建築の方、絵画の方、彫刻の方など、ジャンルに関わらず何かを表現している人の集団です。 そこで自分の専攻する分野を通して表現する事とはどういう事かを分析し論文を書くという学部です。

私達は皆日々何かを表現致しております。 生きている人間で何かを表現していない人間はいないのです。 なぜなら表現するという事は「生きる」という意味だからです。 赤ちゃんでも何かを常に表現致しております。 寝たきりのご老人でも自分の意志はございます。 みな人間は生きている限り何かを表現しているのです。

さて少し難しい言葉になりますが、「共通感覚」という言葉がございます。 天才(ゲーテ、スクリャービン、カンディンスキーなど)はみなこの「共通感覚」をもっているそうです。 共通感覚を英訳するとコモン・センスとなりますが、普通現代ではコモン・センスというと「常識」と訳されます。 しかし実はもう一つ別の意味があるのです。

それは言葉で書く通り「共通の感覚」という意味です。 何に共通かというと「五感に共通」という意味です。 人間は何かを触れば必ず別の感覚も働きます。 例えば触って痛ければ怖いなどという恐怖心がおきます。 食べるものでも見てきれいな色なら食べてみたいと思います。 また色をみて音楽が耳で鳴る人もいます。 色をみて言葉が溢れてくる人もいます。 このように人間は五感の統合という働きを持っているおかげで「人間でいる事ができている」のです。

しかしこれは本人の意識しない部分での五感の働きです。 この働きをもっと本人が自覚している感覚を持っている人がいるのです。 その感覚を「共通感覚」と呼びます。 共通感覚を持つ人間は10万人に一人いると言われております。

ところで抽象画の画家にカンディンスキーという人がいます。 この人も「共通感覚」の持ち主だった人ですが、芸術を「精神の王国」にしようとし、そのためには芸術の総合化が必要だという構想を持っていた画家です。 その絵画は先入観のない誰が見ても惹きつけられるものがございます。

芸術はARTといわれますが、これは訳しますと技巧という意味です。 確かに芸術は何かを表現するための技巧を専門的に学んでいる学問ですが、この「知」の部分が偏重されますとカンディンスキーのいう「精神の王国」からは程遠い世界になってしまいます。

五感を認識して他者との融和をはかり最終はコスミックな世界(宇宙のように広大無辺な世界)に到達するのが芸術のあるべき姿ではないかと私は思います。

ちなみにcosmicはchaotic(無秩序な)の対義語で、orderly(秩序のある)やharmonious(調和のある)の意味もあります。

難しい事は参考の本を掲載致しますのでお読み頂ければと思います。

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2002年カンディンスキー展図録

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「共通感覚論」 中村雄二郎著 岩波書店


   

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14
(Sat)17:50

奈良公園に散策に行ってまいりました。

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いちょうの絨毯と東大寺西塔跡

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二月堂への道

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二月堂への道

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依水園

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燃えるような紅葉

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柿の木

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戒壇堂

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二月堂

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大仏殿

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勧学院(日本最古の大学)

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奈良公園の守り神の鹿

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至近距離で

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飛火野

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飛火野の美しい芝生

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春日大社の庭

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興福寺世界遺産記念碑

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若草山を望む

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奈良県立美術館前

散策の終わりにクラシック音楽の流れる素敵なお店でプリンを頂きました。

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天極堂奈良本店
吉野本葛 老舗 天極堂奈良本店

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吉野葛プリン(600円)

良い充電時間となりました。






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14
(Sat)06:17

バルトーク 「ルーマニア民俗舞曲」 

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モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

バルトーク(1881~1945)はオーストリア=ハンガリー帝国のナジセントミクローシュ(現在のルーマニア)に生まれニューヨークで亡くなった近代クラシック音楽の作曲家です。 またブタペスト王立音楽院(現在のリスト音楽院)でリストの弟子のイシュトヴァ―ンから教えを受けたドイツ=オーストリア音楽を継承するピアニスト・ピアノ教育者でもあり、一方民俗音楽の研究家としても知られております。

1906年からコダーイとともに農民音楽の収集を始めますが、1907年から1934年までブタペスト音楽院の教授にも就任しリリー・クラウスやゲザ・アンダを直接教育しております。 1940年にはコロンビア大学客員教授として膨大な研究資料を持って渡米し、アメリカで亡くなっております。 

私が初めてバルトークの音楽に触れたのは小学校1年生の時でした。  「子供のために」の中のカノンという曲でしたが、その土臭い独特の響きが楽しくまた楽譜には表記されていない民俗音楽の呼吸を自由に表現できるのが私には面白く好きな作曲家の1人でした。

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子供のために

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カノン



さて「ルーマニア民俗舞曲Sz.56」ですが、1915年作曲された小組曲です。 当時はハンガリー王国の一部だったルーマニアのトランシルヴァニア地方の民俗音楽を素材にしたものです。 やはり楽譜は簡単ですが民俗音楽のリズムや呼吸や雰囲気を求められますので音楽的レベルはかなり高いものが要求される曲です。

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1917年にはバルトーク自身が管弦楽版Sz.68に編曲しており、その後も他の音楽家によってヴァイオリンとピアノによる編曲版や弦楽合奏版、チェロ版など編曲されており親しみやすいメロディや手ごろな長さからコンサートでは良く取り上げられる作品です。

第1曲は「ジョク・ク・バータ(杖踊り)」、第2曲は「ブラウル(飾り帯をつけた踊り)」、第3曲は「ペ・ロック(足踏み踊り)」、第4曲はプチュメアーナ(プチュムの踊り)」、第5曲は「ポアルカ・ロマネアスカ(ルーマニア風ポルカ)」、第6曲は「マヌンツェル(急速な踊り)」
となっておりおだやかな第1曲からエネルギッシュな終曲へと盛り上がってまいります。 作曲当初からかなり人気が高い曲だったようです。

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ゾルタン・コチシュ(ピアノ)

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アンドール・フォルデス(ピアノ)

バルトーク 「ルーマニア民俗舞曲」♫~リリー・クラウス(ピアノ)
バルトーク 「ルーマニア民俗舞曲」♫~バルトーク・ベーラ
バルトーク 「ルーマニア民俗舞曲」♫~管弦楽版

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棒踊り

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帯踊り

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足踏み踊り

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アルペンホーンの踊り

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ルーマニアの"ポルカ"

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速くて細かいステップの踊り



明日はカンデインスキーの芸術論から「共通感覚論」について導入の初歩的な事を簡単に書いて見ようと思います。








2015_11
13
(Fri)06:03

リスト ハンガリー狂詩曲 S.244

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

超人的なテクニックを持っていた19世紀最大のピアニスト/フランツ・リスト(1811~1886)ですが、作曲家としても傑作をたくさん残しております。 その中で生地ハンガリーへの愛国心から生まれた曲集に「ハンガリー狂詩曲」という作品があります。

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リストは幼い時国外に出たためハンガリー語はほとんど話せませんでしたが、生涯を通じて母国と母国の音楽に憧れと興味を持っておりました。 1839年久しぶりにハンガリーに戻ったリストは熱狂的な歓迎をうけますが、その時に幼年時代に親しんだハンガリー・ジプシーの音楽を聴き強い感銘を受け「ハンガリーの民謡旋律集」と「マジャール・ラプソディ」という2つのピアノ曲集を編纂致します。

そして後にこれらの民謡素材を基に19曲からなる「ハンガリー狂詩曲」という作品を書きます。

ラプソディ(狂詩曲)と言うのはギリシャ語で「叙事詩」という意味ですが、リスト自身ハンガリー狂詩曲について「私はハンガリー国民の叙事詩を書いた。 これは国民的情熱を表現した一連の詩である。」と述べております。

ところでハンガリーの音楽にはマジャール(ハンガリー)固有の民族音楽とジプシーの音楽の2つの要素が含まれております。 リストがこの2つを混同したためにジプシーの音楽を素材としたラプソディにハンガリーのタイトルが冠される事となりました。 当時はまだ民族音楽の探求が決して体系的に行われていたわけではないのでリストが誤ったのも無理らしからぬ所もあり、それによってリストのハンガリーへの愛国心に溢れたこの作品の音楽的価値が変わるものではないと思います。

さてハンガリー狂詩曲の第1曲から第15曲までは1851年から1854年の間に作曲されておりますが、残り4曲は30年後の1882年から1885年の間に作曲されております。 始めの15曲が作曲された頃ももうリストはワイマールに落ち着き演奏家としての華々しい活動は捨てておりましたが、創作活動にはエネルギーを注いでおり名作と言われる多くの作品を書き華やかな巨匠時代と言えるのではないかと思います。 それに比べて最後の4曲を作曲した頃はリストの晩年にあたり作風も簡潔で素朴なものになっておりリスト自身この作風の違いを「心の華やかさと心の苦み」と述べております。

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ワイマールの家

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愛用のピアノ

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晩年を過ごしたダイニング



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「ハンガリー狂詩曲」は、(ハンガリー人の哀愁を表すゆるやかな「ラッサン」とハンガリー人の情熱を表すテンポの速い「フリスカ」の2つの部分からなる)ハンガリー・ジプシーの踊りの「チャ-ルダ-シュ」の形式で書かれております。 モンティの「チャ-ルダ-シュ」にリンクしてみます。

モンティ チャ-ルダ-シュ♫~北九州国際音楽祭2010
(ハンガリーの打弦楽器ツインバロンの音が聴けます。)

チャルダッシュではcimbalom(ツインバロン)という楽器が使われますが、リストはハンガリー狂詩曲の中でこの楽器の特性(音を飛ばして火花を散らすような華麗な効果や独特のグリッサンド的奏法や同音のすばやいトレモロなど)をピアノを使って見事に表現し、ツインバロンの効果をピアノの演奏技巧で模倣しております。

cimbalom(ツインバロン)について

ツインバロンという楽器を使用した曲にコダーイの「ハーリ・ヤーノシュ」という組曲があります。 組曲の第3曲と第5曲でツインバロンがソロで活躍致します。

コダーイ 組曲「ハーリ・ヤーノシュ」♫~ウイーンフィル・ハーモニー、ショルティ指揮



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ハンガリア狂詩曲全集~ジョルジュ・シフラ(ピアノ)

全集の中で第12番にリンク致しますが、これは1853年に作曲された作品で「マジャール・ラプソディ」の第18番と第20番を基に書かれヨアヒムに献呈されております。

第12番は17歳の時に♪関孝弘先生のレッスン♪で弾いた曲ですが、テクニックを要求されるピアニスティックな曲です。

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リスト 「ハンガリー狂詩曲 第12番」♫~エフゲニー・キーシン(ピアノ)

リスト 「ハンガリー狂詩曲 第2,6,8,9,10,11,13,14,15番」♫~ジョルジュ・シフラ(ピアノ)



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リストは弟子のドップラーと共にハンガリー狂詩曲の中から6曲を選び管弦楽用に編曲致しております。 また第14番をピアノとオーケストラのために編曲した「ハンガリー(の民謡旋律による)幻想曲」S.123もあります。

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ハンガリー(の民謡旋律による)幻想曲S.123
ハンガリー狂詩曲第5番(管弦楽版)…ピアノ版第5番編曲
ハンガリー狂詩曲第2番(管弦楽版)…ピアノ版第12番編曲
チェルカスキー(ピアノ)、カラヤン指揮、ベルリンフィル・ハーモニー

管弦楽用     ピアノ独奏用
第1番       第14番
第2番       第12番
第3番       第6番
第4番       第2番
第5番       第5番
第6番       第9番

リスト 「ハンガリー狂詩曲第4番(通称第2番)」♫~ヤンソンス指揮、ベルリンフィル・ハーモニー
リスト 「ハンガリー(の民謡旋律による)幻想曲S.123」♫~ミシェル・ベロフ(ピアノ)、クルト・マズア(指揮)、ライプツイヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団


明日はバルトークの「ルーマニア民俗舞曲」について書きます。













2015_11
12
(Thu)06:30

ベートーヴェン ピアノ協奏曲 第3番 ハ短調 作品37

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

ベートーヴェン ピアノ協奏曲 第3番は2014年11月22日、京都府立府民ホール”アルティ”で私が師事する♪阿部裕之先生♪が弾かれた曲ですが、古典派の形式で書かれたピアノ協奏曲の集大成とも言える名曲です。

ベートーヴェン(1770~1827)が書いた通し番号のついたピアノ協奏曲は5曲ありますが、この第3番はハイリゲンシュタットの遺書を書いた直後の1803年に初演され1804年に出版された作品です。 そのスケッチは1797年にすでに見られ1800年には草稿が出来あがっていたと思われますが、1803年アン・デア・ウイーン劇場でベートーヴェン自身によって初演されるまでには3年近い年月が置かれており、その時の譜めくりをしたザイフリートによると独奏部はまだほとんど白紙であったと述べております。 出版されたのは翌1804年でウイーンの美術工芸出版社から出版されております。

ところでベートーヴェンが作曲家を志してウイーンへやってきたのは1792年の秋ですが、一般市民にその存在をアピールしたのは1795年3月29日のウイーンのブルク劇場での慈善演奏会でした。 この時弾いたのがピアノ協奏曲第2番です。 1798年プラハで初演されたピアノ協奏曲第1番とともにベートーヴェンのウイーン時代初期(1792~1801)の作品ですが、まだハイドンやモーツァルトの作風と伝統に則した作品でした。

残り3曲はウイーン時代中期(1802~1812)の作品ですが、第4番(1808年ウイーン初演)と第5番(ウイーンでは1812年初めて演奏)は最盛期の作品と言えるのではないかと思います。 特に第5番は1809年ウイーンがオーストリア・フランス戦争の戦場となりフランス軍に占領され貴族たちがウイーンを去るという騒然とした状況の中で書かれますが、その暗さはみじんもないベートーヴェン中期の傑作となっております。

そうした中で第3番はその中間にある過渡期の作品と言えるのではないかと思います。 第3番のスケッチから出版までの1797年から1804年というのはベートーヴェンには激動の時代であり、1802年にはベートーヴェンは自らの聴覚の異常を自覚して弟たちに「ハイリゲンシュタットの遺書」を書いており、その苦悩の日々の中でこの第3番を何度も書き直し推敲を重ねて完成していったのではないかと思われます。 

この第3番はピアノの技巧が一段と高度になっており、オーケストラの響きもすでに伴奏ではなく重厚な響きとなっております。 内容も劇的なドラマティックな内容でベートーヴェン独自の世界を生み出しており、ロマン派を予測させる古典派の最後のピアノ協奏曲とも言えるのではないかと思います。

ミニスコアを掲載致します。
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第1楽章
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1楽章

第2楽章
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2楽章

第3楽章
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3楽章

ベートーヴェン ピアノ協奏曲 第3番♫~クリスチャン・ツイメルマン(ピアノ)、ウイーンフィル・ハーモニー、レナード・バーンスタイン指揮
べートーヴェン ピアノ協奏曲 第3番♫~バレンボイム
ベートーヴェン ピアノ協奏曲 第3番♫~ポリー二
べートーヴェン ピアノ協奏曲 第3番♫~キーシン
べートーヴェン ピアノ協奏曲 第3番♫~アシュケナージ


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散歩を愛したベートーヴェンのカリカチュア

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ハイリゲンシュタットの遺書を書いた家



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11
(Wed)16:25

第8回安川加壽子記念コンクールお知らせ

INFORMATION
ハイドン

日本ピアノ教育連盟♪主催の第8回安川加壽子記念コンクールのお知らせを致します。 大阪での第1次予選の審査員に私が師事する♪阿部裕之先生♪が入られます。

チラシを掲載致します。 詳細は日本ピアノ教育連盟(03-3237-1441)までお尋ね下さい。

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(Wed)06:10

第84回日本音楽コンクール本選会ラジオ放送を聴いての私の雑感

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昨日第84回日本音楽コンクールピアノ部門の本選会の模様がラジオ放送されましたが、皆様お聴きになられましたでしょうか。 コンクールはどのコンクールでもそうですが、年によってレヴェルにばらつきがございます。 どなたが1位になられてもおかしくないくらいのハイレベルの競争の年と入賞者が出るのかなと思うくらい仕上げがパーフェクトではない年とございます。

残念ながら今年は後者の年だったように思います。 先日第17回ショパン国際ピアノコンクールが終了したばかりですが、昨日の演奏を聴く限りではそのレベルの違いは歴然としていたように思います。 

あくまでも当日の演奏を聴いての感想ですので、周到な準備がなされていた曲か、本番で実力が出せていたのか、お勉強のため挑戦している最中の曲かで出来栄えはかなり違ってまいりますから、真価の程は一曲だけではわかりませんが。

また次回の皆様の演奏を楽しみに待ちたいと思います。





2015_11
11
(Wed)06:05

チャイコフスキー バレエ音楽 「眠れる森の美女」

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

チャイコフスキー(1840~1893)はロシアの作曲家ですが、「白鳥の湖」(1875~1876)、「眠れる森の美女」(1888~1889)、「くるみ割り人形」(1891~1892)という三大バレエ音楽で特に有名だと思います。 

今日はその中でバレエ音楽「眠れる森の美女」について書きます。

この演目は2002年私が東京滞在中にロシア国立ボリショイ・バレエ団の日本公演を東京文化会館に見に行った事があるのですが、まずその時のパンフレットから写真を掲載しようと思います。

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オーロラ姫

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オーロラ姫とデジレ王子

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オーロラ姫とデジレ王子

台本はフランスの童話作家シャルル・ぺローの「LA BELLE AU BOIS DORMANT」(眠れる森の美女)というおとぎ話に基づいて書かれたものですが、簡単にあらすじを書きます。

昔々、フロレスタン24世の国では久しく子宝に恵まれなかった王妃に王女が生まれたので、オーロラ姫と名付けられ、盛大な祝宴が行われました。 意地悪な妖精カラボスは、これに招待されなかったので、祝宴に乗り込み、「王女が娘になった時に指を刺して死ぬであろう」と恐ろしい予言を行います。

いよいよオーロラ姫は成人して、予言は的中しますが、百年の後、狩りにやってきたデジレ王子の接吻によって、オーロラ姫は長い眠りから目覚めます。 そして、めでたく華やかな結婚式が行われます。

初演は1890年1月、ペテルブルクのマリインスキー劇場で行われました。 その初演の前に作曲家でチャイコフスキーの友人のジロティによってピアノ独奏版が編曲されており、1892年にはラフマニノフによる連弾版も出版されております。
チャイコフスキー/ラフマニノフ 「眠れる森の美女」 1台4手楽譜♪~アカデミア・ミュージック

チャイコフスキー バレエ「眠れる森の美女」♫~パリ国立バレエ団 

またジロティがバレエ全曲(作品66)の中から5曲を抜粋してチャイコフスキーの監修の元で編纂した演奏会用組曲(作品66a)もあります。  その終曲の「ワルツ」のスコアを掲載いたします。
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チャイコフスキー 組曲「眠れる森の美女」♫~小澤征爾指揮、ボストン交響楽団

皆様この終曲の「ワルツ」は耳に馴染みのおありになる方が多いのではないかと思います。


明日はべート―ヴェン ピアノ協奏曲 第3番について書きます。




2015_11
10
(Tue)06:16

第84回日本音楽コンクール ピアノ部門本選会 テレビ・ラジオ報道日程のお知らせ

COMPETITION
ベーゼンドルファー200

第84回日本音楽コンクールの本選模様がテレビ・ラジオで放送されますのでピアノ部門の日程をお知らせ致します。
詳細は♪Mainichi-Classicブログ♪をご覧ください。

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<第84回日本音楽コンクール 放送・報道予定について>

■ラジオ放送(NHK-FM)
 ※時間はいずれも19:30~21:10

ピアノ部門          11月10日(火)


■テレビ放送
「クラシック倶楽部」(NHK-BSプレミアム)
 ※時間はいずれも5:00~5:55

ピアノ部門         12月 9日(水) 


■ドキュメンタリー放送 
「第84回日本音楽コンクールドキュメント」
(NHK Eテレ)

12月5日(土) 16:00~17:00


■採点公表
12月2日(水)『毎日新聞』朝刊
「第84回日本音楽コンクール特集」に掲載


歴代入賞者一覧
私がプライベートで師事しておりますピアニストの♪阿部裕之先生♪も第49回日本音楽コンクールで第1位に輝いていらっしゃいます。 
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(Tue)06:00

モーツァルト ピアノ・ソナタ ハ長調 K.545

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

2015年第31号♪日本ピアノ教育連盟♪「紀要」にモーツァルトについての大変興味深い論文が載っておりますので冒頭にそれをご紹介させて頂こうと思います。
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2016年第32回全国研究大会のテーマは「ソナタ再考」です。  是非ご参加下さい。

モーツァルト(1756~1791)はオーストリアの作曲家・演奏家ですが、ハイドン、ベートヴェンと並んでウイーン古典派三大巨匠の一人です。

作品第16番(新モーツァルト全集)は1788年6月26日にウイーンで書かれましたが、これは後期三大交響曲の一つの第39番が作曲されたのと同じ日です。 この頃はモーツァルトが意欲的に次々と後期三大交響曲を作曲していた時期ですが、1788年6月の中旬には新しい家に引っ越ししており、ピアノ・ソナタ第16番作曲の翌日6月27日には友人に「新居が気持ちよく楽しくて仕事がはかどる」という手紙を書いております。 

モーツァルト自身作品目録にこの作品を「初心者のための小ピアノ・ソナタ」と記しておりますが、後期のモーツァルトの作品独特の澄んだ音の世界で天衣無縫の魅力があり至極の一曲です。

ソナチネの中にも入っており平明な作品ではありますが、プロのピアニストには大変難しい作品とも言えます。

この作品は小学5年の時、日本ピアノ教育連盟ピアノ・オーディションの♪全国優秀者演奏会♪に選抜され演奏した思い出の曲ですが、you tubeにアップしておりますのでリンク致します。
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モーツァルト ピアノ・ソナタ 第16番 K.545♫~谷真子(小5)

ベーレンライター版楽譜
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第1楽章
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第2楽章
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第3楽章
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明日はチャイコフスキー バレエ音楽 「眠れる森の美女」について書きます。







 





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09
(Mon)08:39

第17回ショパン国際ピアノコンクールの全てのジャッジ結果が公表されております。

COMPETITION
ベーゼンドルファー200

先日終了致しました第17回ショパン国際ピアノコンクールの全てのジャッジの結果が公表されております。

ジャッジ結果公表♪を見ても良く分かりますが、コンクールというのはいかに審査員全員から好感をもたれるかがポイントになります。 自分の信ずる芸術を打ち出すのではなく、誰から見ても納得の行くピアノを披露しなくては得点は上がりません。 

コンクールは一つの通過点だと言われる所以はここにあります。 まず誰でもが正解だと思う基本に忠実なピアノを真摯にお勉強しコンクールでライセンスを得てから芸術のお勉強に入るのが現代のピアノのお勉強の有り様かと思います。

芸術に正解はありませんが、ピアノのお勉強には〇と×はあります。 お子さんの場合はまずその〇を地道にお勉強していかれるのが先決かと思います。 コンクールに一喜一憂する必要はございませんが、×は〇になるように真摯にお勉強して欲しいと門下の生徒さんには願っております。
2015_11
08
(Sun)21:46

コンサートが無事終了致しました。

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コンサート終了後ダニエル・ルービンシュタインさんと

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リハーサル風景

コンサートが無事終了致しました。 音楽性豊かなヴァイオリンの音色にとても良いお勉強をさせて頂きました。 また共演できます事を楽しみに致しております。 またサロン・クラシックの中西さんには大変お世話になりました。 大勢の皆様のご協力があり演奏会は成功致します。 ブログを通じてですがお礼を申し上げます。

ところで演奏会というのはもちろん周到で入念な準備をするわけですが、フィギュアスケートと同じで一発勝負の世界です。 終了するまで何が起こるか分からない世界です。 秋も深まり紅葉も美しい季節です。 美しい紅葉を見に行き感性の充電をしてまいろうと考えております。 




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07
(Sat)06:46

スカルラッティ ソナタ

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

D.スカルラッティ(1685~1757)はイタリアのナポリで生まれスペインのマドリッドで亡くなった作曲家ですが、バッハ、ヘンデルというバロック時代の代表的作曲家と同年生まれで、1708年にはローマでヘンデルと鍵盤楽器の腕比べをしたという逸話も残っております。 チェンバロではスカルラッティが勝ちオルガンではヘンデルが勝ったそうです。

1714年から1719年にかけてはローマに滞在しその後リスボンに渡り1729年にはポルトガルの王女マリーア・バルバラがスペイン王室に嫁いだのに伴いマドリードに移ります。 ソナタのほとんどはこの王女のチェンバロ学習のための教材として書かれたものです。 (ソナタといっても古典派のソナタとは違い単一楽章によるコンパクトな楽曲です。)

スカルラッティの曲はそのイタリア的なのびのびとした旋律、スペイン的な大胆なリズム、色彩的なハーモニー、ユーモアに溢れる曲想などから大変魅了的なものとなっております。

スカルラッティがチェンバロの名手であったため書法上もチェンバロの演奏技巧を駆使しており、それをピアノで演奏した際にもピアニスティックな魅惑的な効果があり、それが理由でピアノのためのレパートリーとして広く普及したものと思われます。

従来はロンゴ版が普及しておりましたが、最近ではカークパトリック版が多く使われております。

you tubeに2曲アップ致しておりますのでそちらにリンク致します。
スカルラッティ ソナタ K.25 嬰へ短調♫~谷真子
スカルラッティ ソナタ K.29 二長調♫~谷真子

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イタリア キジアーナ音楽院所蔵展図録

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キジアーナ音楽院スカルラッティの間

スカルラッティCD
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コリーン・リー

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ウラディミール・ホロヴィッツ

スカルラッティ楽譜
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火曜日10日はモーツァルトのピアノ・ソナタK.545について書きます。














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06
(Fri)06:28

ドビュッシー 「映像 第2集」 (11/6 第1稿目)

MESSAGE(11/6 第1稿目)
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

ドビュッシーの「映像 第2集」は2015年6月9日大阪倶楽部で♪阿部裕之先生♪が演奏された曲ですが、第1集に続いて1907年に作曲され翌1908年ヴィニェスによって初演された作品です。

ドビュッシーは「ピアノにハンマーがついていない事を忘れさせる事が大切だ」と言っておりますが、映像第2集は第1集でのピアニスティックな奏法が益々押し進められ表現は極度に凝縮されたものとなっております。

「映像第1集」の完成直後にデュランに宛てて「この曲はシューマンの左、ショパンの右の座を占めるものと確信する」と言い「映像」への自信の程をのぞかせております。

映像第2集第1曲の「葉ずえを渡る鐘の音」は全音音階で書かれており、遥かに遠くから聴こえる鐘の音が樹の葉のさざめきをかき乱す事なく静かな森を伝わってくる様子が描かれております。

第2曲の「かくて月は廃寺に落つ」は荒れた寺と月の対照がイメージされており、中国芸術の研究家のラロワに献呈されたように異国的な雰囲気を醸し出しタイトルも漢詩をイメージさせるものとなっております。

第3曲の「金色の魚」は日本の漆絵皿に描かれた二匹の金色の蒔絵の鯉を描写したもので、流れに乗って二匹の鯉が元気良く泳いでいる様が描写されております。 幻想の世界と技巧が融和した見事なファンタジーの世界だと思います。

このようにドビュッシーは印象主義的な作風をこのピアノ曲「映像」で確立させ、和声は益々希薄になり、余分な装飾もなく、和音の間隔が空いてきていてピアニスティックな響きの開発がなされているのではないかと思います。

モニク・アースの♬映像♬にリンク致します。

「映像」楽譜
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第1集第1曲「水の反映」
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第2曲「ラモー讃」
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第3曲「運動」
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第2集第1曲「葉ずえを渡る鐘の音」
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第2曲「そして月は廃寺に落ちる」
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第3曲「金色の魚」
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続いて第2稿目を書きます。


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06
(Fri)06:25

8日のコンサートでご一緒するヴァイオリンのダニエル・ルービンシュタインさんと合わせをして来ました。

11/6 第2稿目
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コンフォートヒルズ六甲

コンフォートヒルズ六甲♪という有料老人ホームでダニエル・ルービンシュタインさんがコンサートを開かれましたので、8日のコンサートの合わせに行ってまいりました。 ルービンシュタインさんの演奏も聴けましたので大変参考になりました。 

お世話をされている方は、♪摂津響Saal♪のオーナーの山口英治さんとおっしゃる方で、サロンの方でもいろいろなコンサートを開いていらっしゃいます。 奥様はピアニストでいらっしゃいます。

+++++コンフォートヒルズ六甲は介護付き有料老人ホームですが♪医療法人財団神戸海星病院♪の併設の老人ホームです。 海星病院はアメリカ・カナダ・オーストラリア・ニュージーランド大使館の指定病院となっております。 また建物は建築家の安藤忠雄さんのデザインで小高い山の上にあり反り返るような建物です。+++++

8日は是非大勢の方にご来場頂きたいと願っております。


明日はスカルラッティのソナタについて書きます。
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05
(Thu)06:09

ドビュッシー 「ベルガマスク組曲」 (11/5 第1稿目) 

MESSAGE (11/5 第1稿目)
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

ドビュッシー(1862~1918)はフランスの近代の作曲家ですが、長音階・短音階以外の旋法を用いたり機能和声にとらわれない自由な和声を用いたりして、独自の書法で色彩的な音の世界を創り出した作曲家です。 

ドビュッシーは元々はピアニスト志望で10歳でパリ音楽院に入学しますが、作曲も同時に学んでおり1884年作曲の「ローマ大賞」を得てローマに留学します。 

1890年に作曲された「ベルガマスク組曲」は、2015年6月9日大阪倶楽部で私が師事する♪阿部裕之先生♪が演奏された曲ですが、タイトルのベルガマスクは北イタリアのベルガモ地方から来た言葉と一説では言われております。 ベルガマスクというのは「ベルガモ人、ベルガモの踊り、ベルガモの」という事を意味しておりますが、この組曲は直接的にはベルガモ地方の風物を描写したものではありません。 ですが北イタリアのベルガモ地方の印象からドビュッシーがインスパイアされて作曲した作品とは言えるのではないかと思います。

専門的な事はフランス文学者の杉本秀太郎さん訳のドビュッシー評論集「音楽のために」をお読み頂ければと思います。
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1890年に「ベルガマスク組曲」を作曲した後ドビュッシーは15年の間この曲の推敲を何度も重ね出版されたのは1905年になってからです。

またフランスの象徴派詩人のヴェルレーヌの詩集「艶なる宴」の中の詩「月の光」の中に「マスクとベルガマスク」(仮面劇とベルガモ風舞曲)という言葉が出てまいりますが、その言葉からもインスパイアされたのではないかとも言われております。

ヴェルレーヌの詩集「艶なる宴」はフランスの画家アントワーヌ・ヴァトー(1684~1721)の世界を象徴したものですが、ドビュッシー自身ヴァトーの名画「シテール島への巡礼」にインスパイアされて作曲した「喜びの島」等があり、ドビュッシー自身も絵画は好んでいたようです。

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ドビュッシーが描いたパステル画

*****ちなみにシテール島はエーゲ海にありギリシャ神話の美と愛の女神アフロディーテの誕生の地とされておりますが、そこからアフロディーテと同一視されているローマ神話の愛と美の女神ヴィーナスをイメージする島とも言われております*****

「ベルガマスク組曲」は「Prelude(前奏曲)」「Menuet(メヌエット)」「Clair de lune(月の光)」「Passepied(パスピエ)」の4曲からできておりますが、♫17Cクラヴサン音楽♫を愛したドビュッシーの嗜好を反映した昔の宮廷の優雅な遊びの世界を表現したものとなっております。 形式的にも前奏曲があり「メヌエット」と「パスピエ」という2つの舞曲の間に「月の光」という表題のある音楽をはさんでおり、17Cから18Cにかけてのフランスクラヴサン音楽家の形式を踏襲致しております。

ではギーゼキングの演奏にリンク致します。
ベルガマスク組曲 Prelude
ベルガマスク組曲 Menuet
ベルガマスク組曲 Clair de lune
ベルガマスク組曲 Passepied


<ドビュッシー「Suite Bergamasque」CDより>
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アルド・チッコリーニ

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サンソン・フランソワ

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モニク・アース

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パスカル・ロジェ

<ドビュッシー 「Suite Bergamasque」 楽譜>
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Prelude(前奏曲)

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Menuet(メヌエット)

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Clair de lune(月の光)

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Passepied(パスピエ)


続いて本日第2稿目の「11/8のコンサートの声楽の曲目(谷真子伴奏)」についてのブログを書きます。

























2015_11
05
(Thu)06:00

11月8日のコンサートの声楽の曲(谷真子伴奏)のご紹介(11/5 第2稿目)

11/5 第2稿目
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A.カルダーラ: ♫Sebben, Crudele(たとえつれなくても)♫~チェチーリア・バルトリ

A.スカルラッティ: ♫Gia il sole dal Gange(陽はすでにガンジス河から昇り)♫~チェチーリア・バルトリ

W.A.モーツァルト: ♫Als Luise die Briefe ihres ungetreuen Liebhabers verbrannte(不実な恋人の手紙を焼いた時)♫~Erika Koth

H.ヴォルフ: ♫In dem Schatten meiner Locken(わたしの巻毛の陰で)♫~バーバラ・ボニー


斎藤信夫作詞 海沼実作曲 里の秋
高野辰之作詞 岡野貞一作曲 紅葉

楽しいコンサートになります事を願っております。

明日はドビュッシー 「映像 第2集」について書きます。






2015_11
04
(Wed)06:00

シューマン 「謝肉祭 Op.9」(11/4 第1稿目)

MESSAGE(11/4 第1稿目)
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

シューマン(1810~1856)はドイツロマン派を代表する作曲家ですが、比較的初期の20歳半ばの作品に「謝肉祭」という傑作があります。 この「謝肉祭」は2014年10月9日に大阪倶楽部で私が師事する♪阿部裕之先生♪が弾かれましたが、今日はこの作品について書いてみます。

この作品には副題として「4つの音に基ずく小景」と記されております。 4つの音とはA、es(音読みするとs)、c、hですがこれらを組み合わせるとAsch(アッシュ)となり、シューマンがクララと出会う前に婚約していたエルネスティーネの生まれ故郷の町の名前です。 「前口上」と「ショパン」を除く全ての曲にこの4つの音列が使われております。

シューマンは音楽批評を書いていた事でも有名ですが、初めての音楽批評は1832年のライプツィヒの音楽新聞に載せた「諸君、脱帽したまえ、天才だ」というショパンへの賛辞の批評です。 その後1834年に創刊された新音楽時報に「ダヴィッド同盟」というシューマンと音楽的意見を同じにする音楽家の団体(シューマンの心の中の架空の結社)の名前で音楽批評を展開していきます。

この批評にはシューマンの架空の結社「ダヴィッド同盟」の構成員が登場しますが、シューマンを表すフロレスタンとオイぜビウス、クララ、エルネスティーネ、そして音楽家のシューベルト、ショパン、パガ二ー二などが登場致します。

「謝肉祭Op.9」は前向きなシューマンの友人のダヴィッド(ダヴィデ王)同盟構成員達がカー二バルを祝い、踊り、楽しみ、その勢いで永遠に時代遅れの音楽界の俗物フィルステン(ペりシテ人)の討伐に向かうというあらすじの組曲になっております。 (ベートーヴェンが亡くなり、すぐ続いてシューベルトが亡くなりとした後のシューマンの音楽界への危惧が表現されているのかとも思われます。)

アデリーナ・ララ♪(クララの晩年の弟子)のCD
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前口上
前口上

ピエロ
アルルカン

高貴なワルツ(シューベルト)
高貴なワルツ

オイぜビウス(シューマン)
オイゼビウス

フロレスタン(シューマン)
フロレスタン

コケット
返事

スフィンクス
スフィンクス
[Es(S)-C-H-A] [As(AS)-C-H] [A-Es(S)-C-H]の音を長く伸ばして弾くと副題の謎解きができます。

蝶々
A.S.C.H.-S.C.H.A~.踊る文字

キアリーナ(クララ)
キアリーナ

ショパン
ショパン

エストレラ(エルネスティーネ)
エストレラ

再会
パンタロンとコロンビーヌ

ドイツ風ワルツ
ドイツ風ワルツ
クララの「ロマンティックなワルツ」作品4♫が引用されております

パガニーニ
パガニーニ

告白
プロムナード
休息

ぺリシテ人と戦うダヴィッド同盟の行進
行進

シューマン 「謝肉祭」♫~エフゲ二ー・キーシン(ピアノ)



***追記***
ダビデ王(ラテン語David)
旧約聖書に登場する古代イスラエルの王。 ペりシテ人のゴリアテと闘い勝利した話は有名。

フィルステン人(ラテン語Philistini)
旧約聖書に登場するペりシテ人の事。 古代イスラエルの主要な敵。 現代ヨーロッパでは「芸術や文学などに関心のない無趣味な人」の比喩で用いられる。

ベートーヴェン(1770~1827)、シューベルト(1797~1828)、シューマン(1810~1856)、ショパン(1810~1849)、パガニーニ(1782~1840)


続いて本日の第2稿目のブログの「指揮者 垣内悠希さんの年末・年始の日本での演奏会のご紹介」を書きます。





















2015_11
04
(Wed)06:00

指揮者 垣内悠希さんの年末・年始の日本での演奏会のご紹介(11/4 第2稿目)

INFORMATION(11/4 第2稿目)
ハイドン

指揮者垣内悠希さん♪の日本での年末・年始のコンサートをご紹介いたします。

2015,12,5(土)
PFUクリスマスチャリティコンサート♪~オーケストラ・アンサンブル金沢
ソリスト 菊池洋子さん(ピアノ) 

2016,1,9(土)
YMFGもみじニューイヤーコンサート♪~広島交響楽団
ソリスト 小山実稚恵さん(ピアノ) 

2016,1,11(月・祝)
群響渋川ニューイヤーコンサート♪~群馬交響楽団
ソリスト 反田恭平さん(ピアノ)

2016,1,17(日)
ニューイヤーコンサート2016♪~東京フィルハーモニー交響楽団(川口総合文化センター・リリア)
ソリスト 前橋汀子さん(ヴァイオリン)、堤剛さん(チェロ)


お近くの方は是非お出かけされます事をお勧め致します。


明日 木曜日はドビュッシーの「ベルガマスク組曲」について書きます。





2015_11
02
(Mon)17:25

11月8日のベルギーのヴァイオリニスト ダニエル・ルービンシュタインさんとのコンサートのプログラムからヴァイオリンの曲目のご紹介

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

11月8日芦屋のサロン・クラシックでベルギーのヴァイオリ二ストのダニエル・ルービンシュタインさんと♪コンサート♪を致しますがそのプログラムからヴァイオリンの曲目についてご紹介したいと思います。
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<エルガー 「愛の挨拶 作品12」>
エルガー(1857~1934)は近代イギリス音楽の父と仰がれているイギリスの作曲家です。 この曲はイギリス紳士のエルガーが婚約者キャロライン・アリス・ロバーツに贈った曲で、フランス語でSalut d'amourと名付けられ原曲は1888年エルガー初期に作曲されたピアノ曲です。 翌年オーケストラ用に編曲され、さらにヴァイオリンやフルートのための編曲によって普及いたしました。
エルガー 愛の挨拶♬~ピアノ独奏
エルガー 愛の挨拶♫~オーケストラ版
エルガー 愛の挨拶♫~ニコラ・デルタイユ(チェロ)、谷真子(ピアノ)


<クライスラー 「愛の喜び」>
ウイーンの作曲家クライスラー(1875~1962)作曲のピアノとヴァイオリンのための小品でドイツ語でLiebesfreudと言われ、タイトル通り愛の喜びを表現する晴れやかなワルツです。 「愛の悲しみ」とペアの作品です。
クライスラー 愛の喜び♫~クライスラー


<クライスラー 「愛の悲しみ」>
同じくフリッツ・クライスラー作曲のヴァイオリンとピアノのための小品で「愛の喜び」とペアになる作品です。 ドイツ語で「Liebesleid」と言われ「美しきロスマリン」を加えてウイーン古典舞曲3部作となります。 ヴァイオリニストには必携のヴァイオリンの技巧を見せる作品です。
クライスラー 愛の悲しみ♫~クライスラー 


<マスネ 「タイスの瞑想曲」>
フランスの作曲家マスネ(1842~1912)のオペラ「タイス」の第2幕第1場と第2場の間の間奏曲が原曲です。 タイスが改悛する崇高な美しさに満ちた曲です。
マスネ タイスの瞑想曲♫~オーケストラ版
マスネ タイスの瞑想曲♫~室内楽版


<ベートーヴェン 「ヴァイオリン・ソナタ第5番第1楽章」>
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第5番参考ブログ
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水曜日にシューマンの「謝肉祭」について書きます。
2015_11
02
(Mon)17:23

第30回国民文化祭(鹿児島市) "オーケストラの祭典"のご紹介~11/3

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

鹿児島市で開催されております第30回国民文化祭についてご紹介致します。

11月3日には♪「オーケストラの祭典」♪が行われ、青少年オーケストラと市民オーケストラの3つのオーケストラがプロの指揮者による指導のもとで演奏を致します。

一昨日ご紹介致しました♪指揮者の垣内悠希さん♪も青少年オーケストラとともにストラヴィンスキー「火の鳥」(1919年版)を指揮なさいます。

その練習の模様や指揮者垣内悠希さんへのインタヴューの様子はKTSテレビの特別番組で9/19放送されたそうです。 鹿児島市近辺の方は是非聴きに行かれる事をお勧め致します。




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ストラヴィンスキー組曲「火の鳥」1919年版とストラヴィンスキーピアノ曲「ぺトルーシュカからの3楽章」について書いて見ようと思います。

ストラヴィンスキーは、初期には原始主義と呼ばれる野性的な音楽を書いた作曲家です。ピアノ曲では「ペトルーシュカ」がよく弾かれますが、とても色彩的な曲です。当時ディアギレフ率いるバレエ・リュス(ロシアバレエ団)が、パリ・オペラ座で大成功を収め、そのバレエ曲作曲のためにストラヴィンスキーに作曲を依頼されており、パリの華やかで色彩的な雰囲気が音楽にも溢れています。

<ストラヴィンスキー組曲「火の鳥」1919年版> 
イーゴル・ストラヴィンスキー(1882~1971)は20世紀を代表するロシアの作曲家で、この組曲「火の鳥」1919年版はストラヴィンスキーのバレエ音楽「火の鳥」をストラヴィンスキーが組曲にオーケストレーションしたもので3つある組曲のうち一番良く演奏されるものです。

原典版の「火の鳥」はリムスキー・コルサコフに献呈されており、ロシアの英雄イワン王子を題材としているロシア民話に基ずくバレエ音楽です。

組曲「火の鳥」1919年版は、序奏、火の鳥とその踊り、火の鳥のヴァリアシオン、王女たちのロンド、魔王カスチェイの踊り、子守歌、終曲という構成になっております。

クラウディオ・アバド指揮の♫組曲「火の鳥」1919年版♫にリンク致します。


キーロフバレエ団 「火の鳥」
バレエ 「火の鳥」♫~キーロフバレエ団(No.1)
バレエ 「火の鳥」♫~同上(No.2)
バレエ 「火の鳥」♫~同上(No.3)
バレエ 「火の鳥」♫~同上(No.4)
あらすじ
魔王カスチェイの庭園に幸運の象徴の火の鳥がやってくる。 火の鳥を追って来たイワン王子は火の鳥を捕まえ、火の鳥は自らの黄金の羽をイワン王子に渡し去る。 そこへ魔王カスチェイに魔法にかけられた13人の王女達が現れ一人の王女とイワン王子は恋に落ちる。 王女達は魔王カスチェイのお城に戻りイワン王子はカスチェイに捕まる。 イワン王子は火の鳥からもらった黄金の羽で身を助ける。 火の鳥に命じられイワン王子が魔法の木の根元にあるカスチェイの魂の詰まった大きな卵をたたき割ると魔王カスチェイと魔法の城は消え王女の魔法も消える。 イワン王子と王女は結婚してハッピィエンドを迎える。



+++「火の鳥」ピアノ編曲版+++
ストラヴィンスキー自身のピアノ編曲版もありますが、良く演奏されるものにGuido Agosti編曲のバージョンがあります。 「凶暴な踊り」と「子守歌」と「終曲」の3曲ですが11分くらいの曲です。 演奏と楽譜にリンク致します。

ストラヴィンスキー 「火の鳥」より♫~ピアノ独奏版(アゴスティ編)

ストラヴィンスキー「火の鳥」より 凶暴な踊り、子守歌、終曲 楽譜♪~アカデミア・ミュージック





<ストラヴィンスキー 「ペトルーシュカ」からの3楽章>~ピアノ曲
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ストラヴィンスキーが自身のバレエ音楽「ぺトルーシュカ」を基に1921年ピアノ独奏用の曲として編曲した作品です。 第1楽章は「ロシア舞曲」、第2楽章は「ぺトルーシュカの部屋」、第3楽章は「謝肉祭の日」となっております。 ちなみにぺトルーシュカというのはわら人形の名前です。

この作品はピアニストのアルトゥール・ルービンシュタインからの依頼によりストラヴィンスキーが作曲したもので、ロシアの作曲家バラキレフと同じく、ピアニストの技巧を誇示する超難曲となっております。

ストラヴィンスキー ぺトルーシュカからの3楽章 第1楽章♫~エフゲニー・キーシン(ピアノ)
ストラヴィンスキー ぺトルーシュカからの3楽章 第2楽章♫~同上
ストラヴィンスキー ぺトルーシュカからの3楽章 第3楽章♫~同上


キーロフバレエ団 「ペトルーシュカ」
バレエ「ペトルーシュカ」♫~キーロフバレエ団(No.1)
バレエ 「ペトルーシュカ」♫~同上(No.2)
バレエ 「ペトルーシュカ」♫~同上(No.3)
バレエ 「ペトルーシュカ」♫~同上(No.4)
あらすじ
第1場
魔術師に魔法をかけられた3つのパペット(ペトルーシュカ、バレリーナ、ムーア人)が激しいロシア舞曲を踊ります。
第2場
ペトルーシュカの部屋での哀れなペトルーシュカの心が描かれます。
第3場
ムーア人とペトルーシュカの争いが描かれます。
第4場
市場でのお祭り騒ぎの中でムーア人がペトルーシュカを惨殺します。 ぺトルーシュカの亡霊に魔術師は恐れをなし、人間の心を持ちながら人間になれなかったペトルーシュカの心に魔術師は怯えます。


<参考ブログ>
ストラヴィンスキー「兵士の物語」♪