2015_12
23
(Wed)07:13

ラヴェル「鏡」より第1曲「蛾」~続私が現在受けているレッスン内容から~

<谷真子ピアノレッスン・ルーム「musica」より>

ラヴェルの鏡第1曲から現在私が受けている♪阿部裕之先生♪のレッスン内容について書きたいと思います。

第1曲目は「蛾」というタイトルが付いています。 タイトル通り暗闇の光に集まる宙を舞う蛾の羽がきらきら光り輝く様子を描いた曲だそうです。

”羽”を描いているわけですから、全体に軽やかなタッチが求められます。 しかし、全てを軽やかに弾いてしまうと、淡彩画のようになってしまいます。

ラヴェル鏡より第1曲「蛾」冒頭  ショット版
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冒頭の一段目は蛾の羽をイメージしながら軽やかなタッチで弾き、二段目からは少しアクセントでたっぷり歌うように変化を付けて一段目の表情と二段目の表情を弾き分けるそうです。 二段目のアクセントの付いたEs(ミの♭)の音は、それまでのタッチと少し変え、指の先に体重を乗せるように指の腹で鍵盤を押し込みたっぷり歌うと、一段目と変化が付きラヴェルらしい演奏になるそうです。


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2015_12
22
(Tue)08:36

ラヴェルのピアノ音楽とフランス語

<谷真子ピアノレッスン・ルーム「musica」より>

ラヴェルのピアノ曲のタイトルは一風変わったタイトルが多いように思います。 もとはフランス語のタイトルが付けられていますが、日本語に訳される時に違ったように訳されているものも多いようです。


<フランス語のお上手なラヴェルの孫弟子の♪阿部裕之先生♪のレッスンからの一コマ>
私が2013年にソロ・リサイタルで演奏したValses Nobles&sentimentalesという曲は「優雅で感傷的なワルツ」と訳されているものも多いようですが、正確には「高雅で感傷的なワルツ」の方が正しい訳語だと阿部裕之先生がレッスンの中でお話されていました。

ラヴェルはフランス人ですから、フランス語を日常語として話していたわけですが、ラベルのピアノ曲にはフランス語のリエゾンの影響がそこかしこに見られます。

高雅で感傷的なワルツにも、フランス語のリエゾンの影響が見られる箇所がいくつかございます。 下の楽譜↓のように3拍めのH(シ)の音をフランス語のリエゾンと同じくアオフタクト(弱拍)のように感じて、次の1拍目にうまくルバートしながらつなげるのだそうです。 一般に”エスプリ”と呼ばれるものだと思いますが、一味工夫するだけでおしゃれな演奏になります。
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フランス語の発音のようにおしゃれに弾けることがフランスの作曲家をフランスらしく弾くポイントかもしれません。 ドイツの作曲家を弾く時とは、少し表現を変えないとうまくいかないかもしれません。 フランスの作曲家は日常フランス語を話していたわけですから、その曲を弾く場合はフランス語も理解できた方が良いかもしれません。 こういうところにも音楽と言葉のつながりがあります。


私は祖父が仕事でもともと世界各国を廻っていて、幼少よりヨーロッパやアメリカ、アジアの世界各国の話を祖父から聞くことが多く、小さい頃から海外の文化に触れて育ち、海外の文化に興味を持っておりました。 ピアノも世界各国の作曲家を通して各国の文化に触れられることから、海外の文化の一つとして興味を持っていたのだと思います。

母が語学の専門であることから、その影響だと思いますが、小さい頃から語学を習得することが大好きで、私は14歳からピアノと並行してドイツ語を習っていました。

また中学生~高校生の時に師事していた先生はイタリアに20年に近く住まれていたことから、オペラにも詳しく、その影響で大学生の時にはイタリア語をお勉強致しました。 イタリア語が理解できると、オペラを原語で鑑賞できるようになります。

最近は目下フランス語を習得中です。
それほど言葉と音楽は結びついていると思います。


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2015_12
22
(Tue)06:44

メンデルスゾーン ピアノ三重奏曲第1番 ニ短調 作品49

フェリックス・メンデルスゾーン(1809~1847)はモーツアルトと同じく神童と称されたドイツロマン派の作曲家ですが、1829年20歳の時バッハの「マタイ受難曲」の公開演奏をバッハの死後初めて行ってバッハの音楽の復興に寄与したり、ライプツィヒ音楽院(作曲とピアノの教授はロベルト・シューマンに依頼)を設立するなど19世紀の音楽界に大きな影響を与えた作曲家・指揮者です。

シューマンは「19世紀のモーツアルト。 最も輝かしい音楽家。」とメンデルスゾ―ンを称えますが、ユダヤ人の家系だったため言われなき迫害を受けます。 しかしそれにも関わらず19世紀ドイツ音楽界の重鎮として君臨致しておりましたが、死後反ユダヤ主義のあおりを受けて過小評価をされておりました。 今日は再評価をされ素晴らしい作品は多くの演奏家によって数多く演奏されております。

ピアノ三重奏曲第1番 ニ短調 作品49は1839年9月23日に完成いたしましたが、初演はメンデルスゾーンのピアノ、友人のフェルディナンド・ダヴィッドのヴァイオリンによって行われました。 1840年一度出版されましたがダヴィッドのアドヴァイスで4楽章を修正し現在はその第2版の方が演奏されております。

メンデルスゾーンはピアノの達人だったため作品49ではピアノの部分に高度な技巧が要求され、また作曲家のフェルディナンド・ヒラーの助言を得てピアノ・パートをよりロマン派風のシューマン的様式に書いているため、高度な演奏効果があります。

シューマンはこの曲を「ベートーヴェン以来、最も偉大なピアノ三重奏曲」と評価いたしております。

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第1楽章 モルト・アレグロ・アジタート
1

第2楽章 アンダンテ・コン・モート・トランクィロ
2

第3楽章 スケルツォ レッジェーロ・アッサイ・ヴィヴァーチェ
3

第4楽章 フィナーレ アレグロ・アッサイ・アパッショナート
4

メンデルスゾーン ピアノ三重奏曲第1番 第1楽章♫~ランラン
メンデルスゾーン ピアノ三重奏曲第1番 第2楽章♫~ランラン
メンデルスゾーン ピアノ三重奏曲第1番 第3楽章♫~ランラン
メンデルスゾーン ピアノ三重奏曲第1番 第4楽章♫~ランラン
メンデルスゾーン ピアノ三重奏曲第1番 第1楽章♫~ルービンシュタイン
メンデルスゾーン ピアノ三重奏曲第1番 第2楽章♫~ルービンシュタイン
メンデルスゾーン ピアノ三重奏曲第1番 第3楽章♫~ルービンシュタイン
メンデルスゾーン ピアノ三重奏曲第1番♫~アックス、ヨーヨーマ、パールマン
メンデルスゾーン ピアノ三重奏曲第1番♫~オボーリン
メンデルスゾーン ピアノ三重奏曲第1番♫~キーシン
メンデルスゾーン ピアノ三重奏曲第1番♫~プレヴィン、ハレル、ムター
メンデルスゾーン ピアノ三重奏曲第1番 第1楽章♫~コルトー
メンデルスゾーン ピアノ三重奏曲第1番 第2楽章♫~コルトー
メンデルスゾーン ピアノ三重奏曲第1番 第3楽章♫~コルトー
メンデルスゾーン ピアノ三重奏曲第1番 第4楽章♫~コルトー
メンデルスゾーン ピアノ三重奏曲第1番♫~中村紘子


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ホルショフスキー、カザルス、シュナイダー

参考ブログ♪メンデルスゾーンの様々な作品♪を合わせてお読み頂けたらと思います。


明日はベートーヴェンのピアノ三重奏曲について書きます。

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2015_12
21
(Mon)06:43

お勧めの演奏会~小菅優、樫本大進、クラウディオ・ボルケス ベートーヴェン ピアノ・トリオ

お勧めの演奏会をご案内いたします。

小菅優(ピアノ)、樫本大進(ヴァイオリン)、クラウディオ・ボルケス(チェロ)によるベートーヴェン ピアノ・トリオです。
2016年5月28日(土)、兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール、14時開演で曲目はベートーヴェンピアノ三重奏曲第1番・第2番・第7番「大公」です。

チケットは昨日発売でしたが、すでにかなり売り切れとなっております。 お求めになられる方はお早めに申し込まれた方が良いかと思います。

小菅優さんは我が母校東京音楽大学の附属音楽教室出身のピアニストの方で、10歳からドイツのミュンヘンでお勉強をされた実力派の世界的ピアニストの方です。 現在東京音楽大学特任教授もなさっていらっしゃいます。

以前ベートーヴェン ピアノ・ソナタ全曲演奏会を聴きに行った事がありますが、まだお若いですが素晴らしいベートーヴェンでした。

是非聴きに行かれます事をお勧め致します。


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2015_12
21
(Mon)06:42

シューマン 幻想小曲集 Op.12

シューマン(1810~1856)の「幻想小曲集作品12」は8つの小品からなるピアノ曲集ですが、それぞれに詩的なタイトルが付けられておりながら、互いに深い関連性があり、統一感を持ってまとめあげられた作品です。

どの曲もファンタジー豊かな小品ですが、各曲のコントラストと調和と均衡は見事で、シューマンらしい幻想的な美しい作品となっております。

1837年から1838年にかけて作曲され、1838年ライプツィヒのブライトコプフ・ウント・ヘルテル社から出版、シューマンと親交のあったイギリスの女流ピアニストのアンナ・ロビーナ・レードロウに献呈されております。

この曲集には知られている8曲の他にシューマンが1835年に「スイス音楽時報」に発表した無題の第9曲が存在し、草稿時には9曲でしたが出版された時には削除されて8曲となっております。 ピアニストによって第9曲の扱い方は異なります。
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アルゲリッチ
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アラウ

また「幻想小曲集」というタイトルはシューマンが傾倒したドイツロマン派の小説家ホフマンの「カロ風幻想作品集」に由来しております。

ちなみにシューマンが「幻想小曲集」と名付けた作品は他に作品73(クラリネットとピアノ)、作品88(ピアノ三重奏)、作品111(ピアノ独奏)があります。

第1曲「夕べに」Des Abends
1
同じ旋律が繰り返されますが微妙な転調による色づけがまるで夕暮れの空の織りなす綾を見ているようです。

第2曲「飛翔」Aufschwung
2
第1曲目とは対照的に急速なリズムの中で次々と音楽的なイメージが飛翔する作品です。

第3曲「なぜに」Warum?
3
冒頭に提示される6音からの音型の繰り返しが「なぜ?」という気持ちを代弁するかのようです。

第4曲「気紛れ」Grillen
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スケルツォ的性格の作品です。 調やリズムの扱いに「気紛れ」なムードが出ております。

第5曲「夜に」In der Nacht
5
クララに宛てた手紙の中で、ホフマンの「ヘロとレアンダー」という物語に出てくるエピソードを引用しています。 それは灯台の下で毎晩たいまつを掲げて待つ女のもとに男が海を泳いで渡って会いに行くという幻想的な恋人たちのエピソードです。

第6曲「寓話」Fabel
6
緩やかな音楽とスケルツァンド風な音楽が対比しながら曲は進んで行きます。

第7曲「夢のもつれ」Traumes-Wirren
7
A-B-A'という三部形式の作品です。 常に運動を続けるAとコラール風のBの対比が鮮やかです。 

第8曲「歌の終わり」Ende vom Lied
8
クララに「曲集の終わりはすべてが楽しい結婚式へと思いましたが、君を想う胸の痛みのため、婚礼の鐘と葬式の鐘が入り混じって聴こえてきます。」と書き送っています。  快速なテンポで婚礼の喜びが歌われますが、最後のコーダ↓では一転して瞑想的な雰囲気になり鐘の音が響き渡ります。
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第9曲「無題」ANHANG
9

シューマン 幻想小曲集 作品12♫~アルゲリッチ
シューマン 幻想小曲集 作品12♫~イエルク・デームス

シューマン 幻想小曲集 作品12より~谷真子(高1)

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アラウ

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アルゲリッチ

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ブレンデル


明日はメンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第1番について書きます。

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2015_12
20
(Sun)17:05

ラヴェルの楽譜~版による記譜の違い

<谷真子ピアノレッスン・ルーム「musica」より>

現在私が取り組んでいるラヴェルの鏡について書きたいと思います。
なぜ演奏する時にあらゆる出版社の楽譜を見比べるのでしょうか。

楽譜には原典版と呼ばれるものと校訂版と呼ばれるものがありますが、基本はほぼ同じです。 しかし校訂版の方は編集者の音楽に対する考え(フレーズや強弱記号など)が付け加えられています。 それは”解釈の違い”と言われるものだと思いますが、CDを聴き比べることによっても演奏家による解釈の違いを聞き取ることはできますが、楽譜から解釈の違いを読み取ることができます。

解釈の違いだけなら良いのですが、時々ミスプリかと見受けられる楽譜もあります。 フランスもののデュラン版の楽譜で読譜していると、小節の拍数が合わないミスプリかと思われる箇所が何ケ所か出てまいります。

ラヴェルの鏡の中の第1曲「蛾」の中にもありました。
デュラン社
↓最後の休符が16分休符になっています。
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ショット社
↓最後の休符が8分休符です。
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細かいようですが、デュラン版の譜割りだと、この曲は3拍子ですから、前の10個並んだ32分音符はゆったり弾かなければいけない計算になります。 CDを聴いてなんとなく弾くこともできますが、楽譜から正確に音楽を読み取ろうとすると、一つの楽譜だけを思い込んで演奏していると、解釈どころか根本から間違った演奏解釈になることがあります。

この32分音符をゆったり弾いていたところ、ラヴェルに直接教えを受けたフランスのピアニストのぺルルミュテールに師事されていた♪阿部裕之先生♪にレッスンの中で、「ショット版では譜割りはこう」とご指摘頂き、ショット版の楽譜を購入したところ、全く楽譜が違うことが判明しました。

そのような理由から深く読み込んで演奏するには、何冊かの楽譜を見比べないといけないのだと思いました。


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2015_12
20
(Sun)07:00

ドビュッシー 前奏曲集第1巻・第2巻

クロード・ドビュッシー(1862~1918)は24曲の前奏曲を書き、それをそれぞれ12曲ずつの2巻の前奏曲集として出版いたしました。 前奏曲集第1巻は1910年に、前奏曲集第2巻は1913年に完成いたしております。

ショパンの「24のプレリュード」やバッハの「平均律」を意識していたとは思いますが、ドビュッシーは24のすべての調を使って規則的に書き上げてはおりません。 ドビュッシーがこの曲集で扱った素材は、伝説、風景、人物、詩、小説などで多彩ですが、そうした素材をドビュッシーの心の中の幻想の世界に採り入れ、より純化し、変幻自在な書法で音楽で描写いたしております。

ドビュッシーは少年時代からピアノに親しみパリ音楽院でも作曲を専攻するまではピアニストを目指していたためピアノという楽器には精通しておりました。 また評論活動も盛んで80篇を超える評論を書いております。
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自己の感性の中に潜むファンタジーを音で綴り上げることを創作の理念としてしていたフランス印象派音楽を代表するドビュッシーは、そういう才能と自らが開発したピアノの斬新なテクニックを用いて、より抽象的で幻想的な世界をこの「前奏曲集」の中で表現しております。

ちなみに初版のデュラン社の楽譜では各曲のタイトルを楽譜の最後のページの終止線の下に括弧で括り書いております。 これは必要以上に標題音楽としてとらえ過ぎないようにというドビュッシーの意志を示しているのではないかと思います。
↓安川加寿子氏校訂版より 
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前奏曲集第1巻
第1曲デルフィの舞姫たち - Danseuses de Delphes
「ゆっくりと荘重に」
1
ルーブル美術館の思い出がタイトルの由来となっております。 ギリシャの古代都市デルフィの神殿の舞姫たちの姿を描いた音楽であろうと思われます。 まるでサラバンドのような音の流れの中に古代への憧憬やエキゾティックな雰囲気が描写されております。

第2曲ヴェール(帆) - Voiles
「中庸の速さで」
2
錨を降ろした帆船または神秘のヴェールのどちらの意味にもとれますが、軽妙で流動的、またミステリアスな味わいの作品です。

第3曲野を渡る風 - Le vent dans la plaine
「活発に」
3
20年前にドビュッシーはヴェルレーヌの詩「そは、やるせなき」で歌曲を作曲しておりますが、その詩の中の「風は野で、息をとめる」からタイトルが付けられております。 野を渡る風や時折吹きつける疾風を表現しているかのようです。

第4曲夕べの大気に漂う音と香り - Les sons et les parfums tournent dans l'air du soir
「中庸の速さで」
4
ボードレールの「悪の華」の中の「夕べの調べ」の詩の一節にインスパイアされて作られた音楽です。 しなやかなリズムとデリケートな色彩感がドビュッシー独特の世界を描写しております。

第5曲アナカプリの丘 - Les collines d'Anacapri
「極めて中庸の速さでー活発に」
5
アナカプリとはイタリアのカプリ島にある街の名前で高い崖の中腹にあります。 そこに行くには500段あまりの石段を昇るか、細くくねった道を行くしかありませんでした。 蜘蛛の毒から人を救うために始められた舞曲がその町にはありましたが、ドビュッシーはタランテラのリズムの旋律やナポリ民謡を用いて、南欧的な雰囲気を音楽で描写しております。

第6曲雪の上の足跡 - Des pas sur la neige
「悲しげにゆっくりと」
6
荒涼な凍てつく世界が鮮烈に描かれております。

第7曲西風の見たもの - Ce qu'a vu le vent d'ouest
「活発に騒然と」
7
アンデルセンの童話の「パラダイスの庭」からのタイトルです。 この物語の中で西風は「見たもの」について語ります。 フランス人にとって西風は凶暴な嵐ですが、ドビュッシーは西風が強く吹きまくる荒々しい様子を描写しており、激動的なダイナミックな音楽です。 ドビュッシーには珍しい過激な音響効果が特色です。

第8曲亜麻色の髪の乙女 - La fille aux cheveux de lin
「非常に静かに、やさしく表情をつけて」
8
フランスの詩人ルコント・ド・リールの「スコットランドの歌」におさめられた同名の詩にインスパイアされた作品です。 可憐な美少女の肖像を透明な感触で描いた音楽ですが、他の曲と違って変ト長調に調性がはっきり決まっており旋律的な曲です。 ルコント・ド・リールの詩に曲を付ける試みは最初期の作品から見られますが、この曲も未発表の古い歌曲からの編曲のため、そうなったのではないかと思われます。
亜麻色の髪の乙女♫~ツイメルマン

第9曲とだえたセレナード - La sérénade interrompue
「中庸な活発さで」
9
アンダルシア風のリズムに乗った作品でスペイン的な情緒が色濃く滲み出ております。 

第10曲沈める寺 - La cathédrale engloutie
「深い静けさのうちに」
10
ブルターニュに伝わるケルト族の伝説にインスパイアされて作られた作品です。 イゾルデの生まれた町のイスの寺院はイスの民の不信仰のために海中深く沈んでしまいますが、住民への見せしめのためにカテドラルは日の出とともに浮上するという伝説です。 和音を連ねた楽譜は視覚的には建造物を造るようにアーチを描いております。

第11曲パックの踊り - La danse de Puck
「気紛れで軽妙に」
11
ドビュッシーはシェイクスピアの「夏の夜の夢」を愛読しておりました。 オベロンの角笛の響く中、いたずらものの小妖精パックの踊る姿が音楽で表現されております。  またアーサー・ラッカムの描く「夏の夜の夢」の挿絵もヒントになったと言われております。

第12曲ミンストレル - Minstrels
「中庸の速さで」
12
元は1820年代のアメリカの農園で生まれた音楽です。 黒人たちは、ケークウォークを踊り、コルネットやバンジョーやドラムを鳴らしミンストレル・ショウを開きます。 それがヨーロッパに伝わり楽しく賑やかなショウは当時のパリで絶大な人気を博していたようです。 ドビュッシーは様々な楽器や宙返り、タップダンスなどの様子を巧みに描写しております。

ドビュッシー 前奏曲集 第1巻♫~ミケランジェリ

第2巻
第1曲霧 - Brouillards
「中庸の速さで」
1
3段になる楽譜↓の一番下の段は、ほとんど白鍵で和音で書かれています。 上の2段はおおむね黒鍵で分散和音の形になっております。 その流れと白と黒の濃淡が夢幻的な霧の世界を生み出しております。
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第2曲枯葉 - Feuilles mortes
「ゆっくりとメランコリックに」
2
平行和音やリズムのコンビネーションでメロディが揺れ動きます。

第3曲ヴィーノの門 - La Puerta del Vino
「ハバネラの動きで」
3
ファリャがドビュッシーに送ったグラナダの絵葉書によってアイデアが生まれました。 それにはアルハンブラ宮殿にあるこの門が描かれておりました。 光と影の激しい対比の音楽です。

第4曲妖精たちはあでやかな踊り子 - Les Fées sont d'exquises danseuses
「急速で軽快に」
4
「ピーター・パン」のフランス語訳に収められた挿絵にインスパイアされて作曲しました。 そこに描かれている妖精は蜘蛛の糸の上で蜘蛛の弾くチェロに合わせて踊ります。 8分の3拍子を5分割、4分割、トリル、7分割しリズムのアラベスク↓が展開されます。
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第5曲ヒースの荒野 - Bruyères
「静かに、甘美な表情で」
5
黄金色の麦畑、薄紫に広がるヒース、沈む赤い太陽、そんな大自然を好んで描いた画家の展覧会にドビュッシーは通いその絵からインスパイアされて作曲しました。 全音階的な書法で書かれた懐かしいシンプルな響きの作品です。 

第6曲奇人ラヴィーヌ将軍 - Général Lavine - excentrique
「ケークウォークのスタイルと動きで」
6
アメリカの喜劇俳優エドワード・ラ・ヴィーヌを通してドビュッシーは繊細な諧謔をみせます。 シンコぺーションのリズムがユーモラスな効果を見せています。

第7曲月の光が降り注ぐテラス - La terrasse des audiences du clair de lune
「ゆるやかに」
7
「メトード・ローズ」の中の童謡「月の光に」の一節が変容された、インドを舞台にした物語です。

第8曲水の精 - Ondine
「スケルツァンド」
8
水底に住む危険な妖精オンディーヌの伝説です。 同じ素材を基にしながらラヴェルとは全く違い、ドビュッシーは水のようにうつろう時間の神秘に眼を向けております。

第9曲ピクウィック殿をたたえて - Hommage à S. Pickwick Esq. P.P.M.P.C.
「荘重に」
9
ピクウィック卿とはイギリスのディッケンズの小説「ピクウィック・ぺーパーズ」の主人公の事です。 イギリス国歌が用いられております。 

第10曲カノープ - Canope
「とても静かに優しく悲しげに」
10
カノープとはナイル河のほとりにある古代エジプトの都市の名前ですが、やがてそれはエジプトの骨壺の名前となりました。 廃墟と死を思い起こさせるこの音楽は悲しくクレッシェンドしてもpになるばかりです。

第11曲交代する三度 - Les tierces alternées
「中庸の活気ある速さで」
11
3年後に完成する練習曲集を予告する最も抽象的な作品です。 三度の変化による多彩な響きのイメージです。

第12曲花火 - Feux d'artifice
「中庸の活気ある速さで」
12
フランス国歌「ラ・マルセイエーズ」が用いられております。 鮮烈で豪華な音の絵巻で前奏曲としては大作です。
花火♫~ツイメルマン

ドビュッシー 前奏曲集第1巻・第2巻♫~ツイメルマン

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ミケランジェリ

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パスカル・ロジェ

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ジャック・ルヴィエ

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安川加寿子


明日はシューマンの幻想小曲集について書きます。

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2015_12
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(Sat)07:10

ヴィヴァルディ 調和の霊感 作品3

アントニオ・ヴィヴァルディ(1678~1741)はヴェネツィアでヴァイオリン奏者の息子として生まれ1703年に司祭になりますが、病気の為祭壇に立つのは免除され指揮者として活躍いたします。 欧州各地にも頻繁に旅して華やかな活躍をしますが、奇矯な行動のため人気が落ち失意の中でウイーンで亡くなります。

膨大な作品は忘れられ、バッハが編曲した作品のみで名前が知られる存在となってしまっておりましたが、20世紀になって楽譜が次々に発見され真価が再認識されるようになり、バロック音楽の再評価のきっかけともなりました。 

ヴィヴァルディの功績は協奏曲形式を確立した事で3楽章制を明確な形にいたしました。

協奏曲集「調和の霊感」作品3は1711年アムステルダムで出版されたヴィヴァルディの最初の協奏曲集です。 ヴィヴァルディが務めていた養護施設ピエタの女生徒オーケストラのために作曲した協奏曲の中から12曲を選び出版し、多くの作曲家の規範の曲集となったものです。

ヨハン・セバスティアン・バッハはワイマール時代に8番をオルガンのための協奏曲BWV.593に、ライプツィッヒ時代に10番を4つのチェンバロのための協奏曲BWV.1065に編曲しております。

調和の霊感
1. 協奏曲第1番ニ長調RV.549(4つのヴァイオリンとチェロのための)
2 . 協奏曲第2番ト短調RV.578(2つのヴァイオリンとチェロのための)
3 . 協奏曲第3番ト長調RV.310(独奏ヴァイオリンのための)
4 . 協奏曲第4番ホ短調RV.550(4つのヴァイオリンのための)
5 . 協奏曲第5番イ長調RV.519(2つのヴァイオリンのための)
6 . 協奏曲第6番イ短調RV.356(独奏ヴァイオリンのための)
7 . 協奏曲第7番ヘ長調RV.567(4つのヴァイオリンとチェロのための)
8 . 協奏曲第8番イ短調RV.522(2つのヴァイオリンのための)
9 . 協奏曲第9番ニ長調RV.230(独奏ヴァイオリンのための)
10. 協奏曲第10番ロ短調RV.580(4つのヴァイオリンとチェロのための)
11. 協奏曲第11番ニ短調RV.565(2つのヴァイオリンとチェロのための)
12. 協奏曲第12番ホ長調RV.265(独奏ヴァイオリンのための)

調和の霊感 作品3♫~「もっと見る」をクリックされると各楽章ごとに聴けるようになっております。

バッハ/ヴィヴァルディ オルガンのための協奏曲BWV.593

バッハ/ヴィヴァルディ 4つのチェンバロのための協奏曲BWV.1065♫~アルゲリッチ、キーシン、レヴァイン、プレトニョフ(4台ピアノ)

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インテルプレティ・ヴェネツィアーニ


明日はドビュッシー 前奏曲集について書きます。

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2015_12
18
(Fri)06:30

ラフマニノフ 24の前奏曲

ラフマニノフ(1873~1943)のピアノ曲の中で「前奏曲Op.3-2」と「10の前奏曲作品23」と「13の前奏曲作品32」の24曲を合わせたものがラフマニノフの24の前奏曲と呼ばれております。

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ラフマニノフが「前奏曲 嬰ハ短調 Op.3-2 鐘」を作曲したのは1892年モスクワ音楽院を卒業して間もない頃ですが、他の小品とともに全5曲からなる作品3の「幻想的小品集」としてまとめられその第2曲に収められました。 それが今日ラフマニノフの24の前奏曲の第1番とされております。

「前奏曲 嬰ハ短調 作品3-2」はモスクワのクレムリンの鐘の音にラフマニノフがインスパイアされて作曲したもので大小の多数の鐘の音が交錯して響く雰囲気が感じられます。 通称の「鐘」のタイトルはこの作曲の由来から付けられたものです。 この作品は1892年10月8日のモスクワ電気博覧会の祝賀会においてラフマニノフによって初演され翌1893年他の小品とともに「幻想的小品集 作品3」として出版されました。 fffからpppに至る 初演当時から絶大な人気があった作品です。

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Op.3-2

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ラフマニノフ 前奏曲 嬰ハ短調 作品3-2 「鐘」♫~アシュケナージ


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「10の前奏曲 作品23」は1903年に完成されましたが、まず1901年に「10の前奏曲」の中の第5曲のト短調を書きあげ1903年に残り9曲を完成させております。

ラフマニノフは24の長短調それぞれに対して1曲ずつのプレリュードを完成しておりますが、これはショパンの「24のプレリュード」に倣ったものです。 バッハの「平均律クラヴィーア曲集」が出現して以来、24の異なる調性でピアノ曲を作曲しようとする試みは多くの作曲家を刺激いたしますが、ロマン派から現代にいたるまでのこの種の代表的な作品はショパンとスクリャービンの「24の前奏曲」、ショスタコーヴィッチの「24の前奏曲とフーガ」、そしてラフマニノフの「24の前奏曲」です。

ラフマニノフの「24の前奏曲」は明確な3部形式によるものが多く、ポリフォニック的であると言えると思います。 しかしラフマニノフは初めから24曲をひとまとまりの曲集として書こうという構想があったわでではなかったようです。 長調と短調が交互になるように工夫はされているもののショパンのように五度圏の順序に従って整然と配置されるような明確な規則性は認められません。

ラフマニノフは初めから「24の前奏曲」を書こうという意図をもって作曲したわけではなく、1902年から1903年、ショパンのプレリュード20番ハ短調「葬送」を主題として「ショパンの主題による変奏曲 作品22」を作曲した頃から、「24の前奏曲集」を書く意図が働いたようです。

Op.23-2
Op.23-2 変ロ長調
3部形式の雄大な前奏曲です。 ロシア人の祝祭気分を描写した音楽と言われラフマニノフの前奏曲の中でも特に豪放で華やかな作品です。
前奏曲 変ロ長調♫~キーシン 

Op.23-5
Op.23-5 ト短調
通称「プレリュード・マーチ」と呼ばれ「鐘」と並んでよく演奏されるポピュラーな傑作です。 3部形式になっております。
前奏曲 ト短調♫~ランラン

Op.23-7
Op.23-7 ハ短調
暗く重苦しいムードが支配的な曲ですがドラマティックでダイナミックな感情の高揚を表現しております。
前奏曲 ハ短調♫~アシュケナージ

10の前奏曲 作品23♫~アシュケナージ


*******
「13の前奏曲 作品32」はラフマニノフのアメリカ公演の後の1910年に完成しており、これで24の前奏曲が完成いたしました。 ロシア的なセンティメンタルでロマンティックな面に加え、「10の前奏曲」に比べるとモダンな色彩が濃くなっております。

Op.32-10
Op.32-10 ロ短調
この曲はスイスの画家アーノルト・ベックリンの「帰還」という絵のイメージを音楽にしたものです。 3部形式のロマンティックな曲です。
前奏曲 ロ短調♫~リヒテル

Op.32-12
Op.32-12 嬰ト短調
3部形式の前奏曲でロシアの冬のイメージを描いたような絵画的な音楽です。
前奏曲 嬰ト短調♫~ホロヴィッツ

13の前奏曲 作品32♫~アシュケナージ

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ラフマニノフ

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リヒテル

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アシュケナージ

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ワイセンベルク

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リンパニー


明日はヴィヴァルディの調和の霊感について書きます。

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2015_12
17
(Thu)07:10

ショパン 24のプレリュード Op.28

ショパン(1810~1849)とジョルジュ・サンドとの結核療養を兼ねての二人の最初の逃避行は1838年秋からのスペイン・マジョルカ島旅行でした。 この旅の中、1839年1月マジョルカ島で完成したのが「24のプレリュード Op.28」でした。

このプレリュードというのは、何かの前奏曲という意味ではなく、バッハの平均律のプレリュードと同じ意味で、バッハへのオマージュと考えられます。 

バッハのプレリュードは自由な転調やドラマティックな展開など革命的な内容で、また24の調を全て使用するというのもその時代では画期的な事でした。 ショパンが24曲を全て異なる調性で書きプレリュードと名付けたのはバッハへの敬意と自分もそういう革新的な内容にチャレンジしたいというショパンの意図があったと思えます。

ショパンは生徒の1人に「バッハのプレリュードとフーガを毎日弾きなさい。 それが一番の授業です。 これ以上のものを弾ける人はいないであろう。 バッハを練習しなければ、指は自由に動かない。 澄んだ美しい音も出せない。 彼の作品は完璧である。 他の形は考えられない。 ほんの少しでも変えたら、すべてが台無しになってしまうであろう。」と書き送っており、バッハのひそかな崇拝者となっていたのでした。

さて秋のマジョルカは雨期にあたり、ショパンの病状は逆に悪化してしまいました。 有名な第15番「雨だれ」など悪天候やショパンの置かれている環境を反映したような暗く、はかない作品が「24のプレリュード」には多く含まれております。

ショパン プレリュードOp.28-15 「雨だれ」
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「24のプレリュード」は5度循環を基本としており、近親する全ての長調と短調を、シャープの数を1つずつ増やしながら、そして次にはフラットを1つずつ減らしながら使用しております。

小品が多いですが、第8番、第12番、第16番、第3番、第19番、そして第24番などは技術的にかなり難しくなっております。 演奏会では単独で演奏される事も多いですが、最近では全曲を1つの曲として考え演奏されることが多くなってきております。 いずれにしてもどの曲も芸術的に素晴らしい作品ばかりで天才ショパンを見ることができます。

ショパン 24のプレリュード No.1♫~キーシン
ショパン 24のプレリュード No.2♫~キーシン
ショパン 24のプレリュード No.3♫~キーシン
ショパン 24のプレリュード No.4♫~キーシン
24のプレリュード♫~ポリーニ
24のプレリュード♫~アルゲリッチ
24のプレリュード♫~ユリアンナ・アヴデーエワ
24のプレリュード♫~ダニール・トリフォノフ
24のプレリュード♫~アシュケナージ
24のプレリュード♫~コルトー
24のプレリュード♫~アラウ

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キーシン

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アレクサンダー・コブリン


明日はラフマニノフのプレリュードについて書きます。


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2015_12
16
(Wed)07:23

ドビュッシー 12のエチュード

ドビュッシー(1862~1918)の「12のエチュード」はクロード・ドビュッシーの最晩年の作品ですが、1915年に作曲され1916年12月にパリで初演されております。 「a la memoire de Chopin」としてショパンに捧げられております。

1914年第1次世界大戦の勃発と共に出版界もまた大きな打撃を受け、新しい楽曲の出版は不可能になってまいりました。 ドビュッシーの主要作品を一手に出版していたデュラン社は古典音楽の再版を企画し、その校訂をフランスの作曲家達に依頼いたします。 そこでドビュッシーはショパンのピアノ曲の校訂を引き受けます。 1915年1月から校訂の仕事に取り掛かりますが、7月になり病身のドビュッシーは転地のためイギリス海峡に面した港町に住みそこで仕事に打ち込みます。 ショパンの校訂に取り組みながらドビュッシーは「チェロ・ソナタ」と「12のエチュード」を9月末には完成させ、10月にはパリへ戻ります。

ショパンのエチュードと同様にドビュッシーのエチュードは冷たい技巧を要求するものではなく音楽であり人に喜びを与える芸術となっております。

彼のピアノ音楽の全ての集大成であり、ドビュッシーの世界に入るための鍵となる作品です。 精神的でありながら技巧的にも、リズムや音の追及、和声的な感覚、調性など極限にまで到達しており、この意味において20世紀音楽における先駆者となりました。

出版譜は2部に分かれており6曲ずつの構成となっております。 また初版の序文には「指使いは自分で探す事」と書いてあり、エチュードとしていながら楽譜には運指は一切書かれておりません。


1.5指のための
慎重に単純な音型から始まり複雑な技法へと展開していきます。 ピアノのメカニックな面をからかったウイットも感じられます。
1

2.3度のための
3度音程を精妙この上ない書法でいろいろに編み上げていきます
2

3.4度のための
ドビュッシーの和音の基盤である4度の音程から自由に香り豊かな音楽を引き出しております。
3

4.6度のための
ドビュッシーの6度進行の音楽はこれまでにない協和音に甘んじながら進んでまいります。
4

5.オクターヴのための
オクターヴを使って演奏の難しいきらびやかなパッセージを描写しております。
5

6.8つの指のための
両方の親指を除いた8本の指で突進するようなエチュードを作っております。
6

7.半音階のための
12の半音階のきらめく断面が魅力的にきらきら光り輝いております。
7

8.装飾音のための
古典的な書法の装飾音ではなくドビュッシーが創案した装飾音です。 前打音でありながら彩飾され旋律的です。
8

9.反復音のための
近代のピアノから創造した反復音の技巧です。
9

10.対立するソノリティのための
ピアノ演奏におけるオーケストラ的とはどういう事かを追求した美しく精妙なエチュードです。
10

11.重複するアルぺージョのための
ドビュッシーが愛用した様々なアルぺージョが織りなされております。
11

12.和音のための
和音をつなげるとはを探ったエチュードです。
12

12のエチュード♫~ギーゼキング
12のエチュード♫~ミッシェル・べロフ
12のエチュード♫~内田光子

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ギーゼキング

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フランソワ

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安川加寿子

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内田光子

ちなみにyou tubeにドビュッシーの「チェロ・ソナタ」と「12のエチュードより第11曲重複するアルぺージョのための」の演奏を私もアップいたしておりますので、そちらにもリンクいたします。

ドビュッシー チェロ・ソナタ 第1楽章♫~谷真子
ドビュッシー チェロ・ソナタ 第2・3楽章♫~谷真子
ドビュッシー 12のエチュード 重複するアルぺージョのための♫~谷真子


明日はショパンの24のプレリュードについて書きます。


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2015_12
15
(Tue)07:00

ドビュッシー 子供の領分

MESSAGE
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ドビュッシーの子供の領分はクロード・ドビュッシ(1862~1918)が1908年完成させたピアノのための組曲です。 1908年デュラン社から出版されその年の12月にはイギリス人ピアニストのハロルド・バウアーによってパリで初演され好評を得ました。

当時3歳だった娘クロード・エマ(愛称シュウシュウ)のために作曲されましたが、子供が演奏する事を目的としたものではなく大人が子供らしい気分に浸る事を目的としたメルヘンともいうべき音楽です。 子供の目を通して見る日常のありさまを、ユーモアに満ちた優しい響きの中に再現しようとしたもので、ドビュッシーの詩的天分を強く印象付けてくれる作品です。

タイトルは英語で書かれており、愛娘クロード・エマにイギリス人の家庭教師が付いていたのと関係があると言われております。

1.Doctor Gradus ad Parnassum グラドゥス・アド・パルナッスム博士
1
イタリアのピアニストのクレメンティに「グラドゥス・アド・パルナッスムというピアノ練習曲集があります。 運指の練習曲集ですがドビュッシーもそれが嫌いだったようです。 「パルナッスム」はギリシャのパルナッソス山の事でアポロンとミューズがこの山にこもったという伝説から詩歌・芸術の象徴と言われております。 ラテン語のGradus ad ParnassumはSteps to Parnassus(ミューズの住居パルナッソスへの歩み)という意味ですが、ドビュッシーはこの種の味気ない練習曲集にDoctor(博士)を付ける事でアカデミックな先生連を皮肉っております。 クレメンティの練習曲を退屈そうに練習している子供の姿をパロディ風に風刺して描いており、いやいや練習する子供への父親の優しい同情が繊細な響きの中に聴こえます。

2.Jimbo's Lullaby象の子守歌
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シュウシュウが一番大事にしていたのが象の縫いぐるみのジンボーですが、シュウシュウはベッドでジンボーと添い寝をして子守歌を歌ってやっております。 やがて子供は縫いぐるみの象と一緒に眠ってしまいます。

3.Serenade for the doll人形へのセレナード
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子供がおもちゃの人形にセレナードを歌って聴かせている場面を描写した音楽です。

4.Snow is dancing雪は踊る
4
窓辺で降ってくる雪を眺めている子供心を表したものです。 冒頭の4つの単音はちらちらと舞い始めた雪を表しております。 子供心の幻想と侘しさを表現した音楽です。

5.The little shepherd小さな羊飼い
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シュウシュウのガラスのおもちゃの羊飼いは角笛で甘い旋律を吹きます。 美しい牧歌です。

6.Golliwog's cake-walkゴリウォーグのケークウォーク
6
シュウシュウの大事なおもちゃのゴリウォーグ(19世紀末頃からヨーロッパで流行した黒人人形)が踊るケークウォークを描写しております。 ケークウォークというのは1850年頃から1930年にかけてアメリカの南部で流行った子供の遊びの事です。 子供たちは音楽に合わせて椅子の周りを歩いたり一緒に踊ったりします。 音楽が止むと椅子を捕まえない子が負けでたった一人が残るまで続けられます。 賞品がケーキだったところからケークウォークと呼ばれるようになりました。 ドビュッシーのケークウォークはその遊びで使われる音楽の事ですが、シンコぺーションを持った強烈なリズムでドビュッシーの「小さな黒人の子」でも使われております。

子供の領分♫~モニク・アース
子供の領分♫~ミケランジェリ
子供の領分♫~ワイセンベルク

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ミケランジェリ

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ギーゼキング

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モニク・アース

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パスカル・ロジェ

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フランソワ

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KAZUKO YASUKAWA


明日はドビュッシーの12のエチュードについて書きます。


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2015_12
14
(Mon)06:40

シューベルト ピアノ・ソナタ 第13番D.664、第21番D.960

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シューベルトは18歳から最晩年の死の直前までピアノ・ソナタの創作に意欲を持ち続け完成曲とみなされているものだけでも計11曲を書き残しております。 ところが、そのうち生前に世に出た作品はわずか3曲にすぎません。

ピアノ・ソナタに関する限り長く不遇の扱いを受けてきたシューベルトですが近年になっては事情は一変しシューベルトのピアノ・ソナタが著名なピアニストのプログラムを多く飾っております。

<ピアノ・ソナタ13番D.664>
1819年の夏、シューベルト(1797~1828)は友人の歌手ミヒャエル・フォークルに誘われてオーストリアのシュタイルに演奏旅行に出かけます。 この旅でピアノ五重奏曲「鱒」が生まれたのは有名ですが、その折にお世話になった商人の家の娘で、アマチュアながら声楽とピアノに秀でていたヨゼフィーネ・フォン・コラーのために、このピアノ・ソナタは書かれました。

故に当時18歳の少女にプレゼントされたこの曲は規模が比較的小さく、技術的にも難しくなく、愛らしい曲想に溢れております。 歌曲のような抒情性とソナタの構成感が自然に結びついた作品で、音楽的才能に満ちたコラー嬢の面影を想像させるような優しく爽やかな名品です。

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第1楽章
2つの主題はまるで歌曲のような無類の美しさです。
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第2楽章
この楽章の美しさも筆舌に尽くしがたく、ピアノによるリートとなっております。
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第3楽章
自由なソナタ形式のフィナーレです。 華やかなピアノ技巧を駆使して楽しい気分を盛り上げております。 
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ピアノ・ソナタ13番♫~リヒテル
ピアノ・ソナタ13番♫~アラウ
ピアノ・ソナタ13番♫~アシュケナージ
ピアノ・ソナタ13番♫~シフ


<ピアノ・ソナタ21番D.960>
ピアノ・ソナタ第21番は1828年9月26日という日付を持ったシューベルト最後のピアノ・ソナタです。  ベートーヴェン以降書かれたピアノ・ソナタの中で、最も深く内省的で洗練され、詩情あふれており、ピアノ・ソナタの傑作と言えるのではないかと思います。

また前年亡くなったベートーヴェンの偉業へのチャレンジとしてシューベルトらしいピアノ・ソナタの世界を樹立させたとも言えるのではないかとも思います。 シューベルトは自分の創造した主題旋律に自信を持っており、それを展開していく事をまるで拒否したかのように、転調法でハ‐モ二ーの世界に主題のメロディを響かせ融けさせていきました。 同じウイーンという空間に住みながらべート―ヴェンとは全く違った方法論で先輩のピアノ・ソナタに並ぶ大傑作の創造に成功したのです。 

シューベルトはその若き最晩年に病状が悪化し1828年に入ってからは誰の目にも衰弱が激しくなってまいりますが、反比例してシューベルトの名声は高まってまいりました。 そのため創作意欲は衰えず大作を次々と生み出してまいります。 9月には最後の3つのピアノ・ソナタ(D.958 D.959 D.960)、また8月頃には「白鳥の歌」を作曲しております。 しかし11月には31年の短い生涯を閉じる事となります。

ピアノ・ソナタ21番D.960には、死を意識したとしか考えられないような浄化された崇高美が備わっておりますが、その書簡類からは回復に対する希望を多く持っていた事が残っております。 また公のコンサートとでの演奏を意図し出版も考えていたようです。 ディアベリ社からソナタ3曲が発行されたのはシューベルトの死から10年後の1838年でした。

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第1楽章
全体が「歌」に満ちた歌うソナタ形式となっております。
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第2楽章
この楽章も歌に満ち溢れた楽章です。 第1楽章に比べるとより内面的で静かな表情が胸を打ちます。
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第3楽章
明るく繊細なスケルツォはシューベルトならではです。
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第4楽章
展開部を欠く長大なソナタ形式ですが、リズミカルな性格で統一されており、情緒としては一貫しております。 最後は一気に曲を終えています。
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ピアノ・ソナタ21番♫~ブレンデル
ピアノ・ソナタ21番♫~リヒテル
ピアノ・ソナタ21番♫~アラウ
ピアノ・ソナタ21番♫~内田光子

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ピアノ・ソナタ13番~ブレンデル

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ピアノ・ソナタ13番~シフ

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ピアノ・ソナタ13番、21番~ルプー

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ピアノ・ソナタ21番~バレンボイム

18歳の頃東京・代々木にあるヴェルディ・アートサロンでワルター・ハウツィッヒ氏によるマスタークラスでベートーヴェンのピアノ・ソナタ第26番「告別」を見て頂いた際、前の方がこのシューベルトのソナタのレッスンを受けておられ、ハウツィッヒ氏がこの第2楽章を弾かれ、とても美しかったのを覚えています。

ワルター・ハウツィッヒ
1921年ウイーン生まれ。 18歳の時にナチスの難を逃れて渡米。 シュナーベルに師事した名匠。 1956年初来日以来日本で積極的に小品集を録音。

カテゴリー♪シューベルト♪の他の記事についても合わせてお読み頂ければと思います。


明日はドビュッシーの子供の領分について書きます。


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2015_12
13
(Sun)10:18

暗譜の仕方

<谷真子ピアノレッスン・ルーム「musica」より>

暗譜の仕方には様々な方法があります。

現在のクラシックのピアノソロのコンサートスタイルでは、ピアニストは暗譜で弾くのがほとんどですが、(リヒテルは楽譜を見て弾くことにこだわりを持つピアニストでした)その源流を作ったのは現在、論文で私が研究テーマとしているロヴェルト・シューマンの夫人であるクララ・シューマンであると言われています。

視覚的に暗譜する、たくさん練習を積むことによって反射神経に覚えこませる、など暗譜の仕方には人によって様々なパターンがあるようですが、ワルター・ギーゼギングと呼ばれるピアニストは、演奏旅行の移動中、どんな新しい楽譜を見せられても3時間ですぐ覚え、コンサートで演奏したと言われています。

↓私が7月にコンサートで演奏した際の暗譜のために書き込んだ楽譜です。 楽譜はクリックされると拡大いたします。
2楽章1
2楽章

2楽章2
2楽章

2楽章3
2楽章

3楽章1
3楽章
同じところを蛍光マーカーでくくったり、違うところをチェックしたり、完璧に覚えられるまで本番直前までチェックしながら詰めて行きます。 こちらはコンサートのお話しを頂いてから2か月ほどで暗譜をし本番へ向けて仕上げました。

シューマンの幻想曲は演奏するのに30分ほどかかる大曲ですが1つの楽章の中に、何度か同じ反復があり、それが毎回少しずつ違って繰り返されるので暗譜がとても大変な曲です。

私が現在プライベートで師事する♪阿部裕之先生♪のレッスンでは、暗譜についても演奏家としての視点からアドヴァイスを頂いております。 シューマンの幻想曲は演奏家にとって、暗譜が難しく、完璧に暗譜したつもりでも、無意識に手が違うところに飛んでしまったりするのだそうです。 同じ箇所が何回出てくるか回数をメモしたり工夫をしていたところ、「シューマンの幻想曲は頭で覚えては弾けないよ」と言われ、かといってまた「細部の練習ばかりをしていても弾けるようにはならない」とアドヴァイスを頂きました。

阿部先生のアドヴァイスによると、この曲では暗譜のコツが2つあるそうです。 まず、細かい難しいパッセージを練習した後、30分の全体を通して弾いた時に、集中力が途中で途切れないよう全体を通しての練習をすることだそうです。 次に細部の暗譜の確認のために違う箇所だけ取り出して練習をし、その2通りの違うパターンを即座に弾き分けられるようになるまで練習する事だそうです。 この段階の作業は、芸術のお勉強というよりは、単純な暗記ものの受験勉強と似ているかもしれません。

私が小さい頃師事した先生方は楽譜をまずよく見なさいという考え方で、普段のレッスンでは暗譜はあまり要求されませんでしたが、海外の音楽学校では初回のレッスンから暗譜で臨むのが通常だと言われます。
海外ではあまり1曲を長く弾くという習慣もないようで、どれだけたくさんのレパートリーを習得できるかということに主眼が置かれているようです。

さて、小さいお子さんが暗譜に苦労するというのをあまり見たことがありません。
1週間もあればすぐに覚えられるようです。
20歳までに覚えたレパートリーは大人になっても全く忘れないと言われています。
ピアニストになるためには20歳までにどれだけレパートリーを習得できるかということにかかっているかもしれません。

シューマン 幻想曲 ハ長調♫~谷真子


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2015_12
13
(Sun)06:50

リスト コンソレーション(慰め) S.172

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リスト(1811~1886)の「コンソレーションS.172」は原題はフランス語で「Consolations,Six Pensees poetiques」(慰め、6つの詩的思考)と言われ、これは1830年出版のサント・ブーヴの詩集「コンソラシオン」にインスパイアされたものです。

リストの音楽は当時のロマン主義の思想や文学に深く関わっておりますが、このサント・ブーヴの詩集「慰め」に着想を得て作曲されたこの曲も、そうした彼のロマン主義的な特質を如実に表しており、詩の内容を具体的に表現するというよりは、抒情的なロマン主義的精神を音で表現した作品といえます。

リストの他の超絶技巧を誇示する作品と異なり平易な技術でも演奏効果が高く、タイトル通り上品さと情感のこもった落ち着いた曲想で、曲集を通じて夢想性や静けさが漂っており、リストのロマンティックで甘美な側面が強調された人気の高いピアノ作品となっております。

1849年から1850年にかけて作曲され献呈はリストの生き様に理解を示したワイマール大公妃のマリア・パヴロヴナに献呈されております。

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第1番は優しいもの静かなコラール風の25小節の短い小品で第2曲への序奏となっております。

2
第2番は伸びやかな上昇音型と自由な変奏が特徴となっております。

3
第3番はため息に似ており左手のアルぺッジョの伴奏にのって右手が平和に歌うレントです。

4
第4番はワイマールの大公妃マリア・パヴロヴナの書いた旋律に基づいております。彼女はロシア皇帝アレクサンドル1世の妹です。

5
第5番は抒情的なカンタービレです。

6
第6番は劇的な要素を持つ唯一の曲で曲の中ほどでクライマックスへ盛り上がりますが静かに終わります。

コンソレーション全曲♫~チッコリー二(番号順にクリックできます。)
コンソレーション全曲♫~チッコリー二(映像付き)
コンソレーション第3番♫~ホロヴィッツ
コンソレーション第3番♫~ネルソン・フレイレ
コンソレーション第3番♫~バレンボイム
コンソレーション第3番♫~ペライア
コンソレーション第3番♫~ルービンシュタイン
コンソレーション第3番♫~ヴァン・クライバーン

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コンソレーション全曲~ボレット

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コンソレーション第3番~ペライア

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コンソレーション第2番、第3番~タマーシュ・ヴァーシャーリ

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コンソレーション第6番~リヒテル


明日はシューベルトのピアノ・ソナタ第13番と第21番について書きます。


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2015_12
12
(Sat)07:10

ショパン ポロネーズ 第6番 変イ長調 作品53 英雄

MESSAGE
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ショパン(1810~1849)が初めて作曲したポロネーズは7歳の1817年に書いたト短調のポロネーズですが、その後もショパンは生涯にわたって16曲のポロネーズを生み出しました。

軍隊ポロネーズと幻想ポロネーズと英雄ポロネーズが有名ですが、この英雄ポロネーズは最円熟期の1842年に作曲され翌1843年に出版されました。 タイトルはショパンが付けたものではありません。

ポロネーズとはフランス語で「ポーランド風の」の意味ですが、ポーランド起源のダンス、またはそのための舞曲を指します。 ゆっくりな4分の3拍子でもとはポーランドの民族舞踊でしたが1つの様式となってヨーロッパ中で流行いたしました。 ショパン誕生頃にはすでに全盛期を過ぎていたのですが、ショパンはこれに独自のセンスを加え、踊りの伴奏から独立した立派な芸術にまで高めました。

英雄ポロネーズは彼のポロネーズの中でもひときわスケールの大きな華麗でダイナミックな曲で、その輝かしい雰囲気と力強いリズムや中間部の軍隊行進曲風の旋律はポーランドの栄光をたたえているとされショパンの愛国心の表れとされております。

16小節の堂々とした序奏に続いて、ポロネーズ部のリズムは雄然と雄々しく力強く他のどのポロネーズに比べても最も力強いポロネーズです。 やがて左手オクターヴの上に騎士が馬にのって剣をかざし天空を駆けるようなメロディが登場し、勝利に満ちた終わりは後世の人が英雄と名付けたのが納得いくものとなっております。

ポロネーズ第6番「英雄」♫~アルゲリッチ
ポロネーズ第6番「英雄」♫~キーシン
ポロネーズ第6番「英雄」♫~ランラン
ポロネーズ第6番「英雄」♫~ユンデイ・リー
ポロネーズ第6番「英雄」♫~ルービンシュタイン
ポロネーズ第6番「英雄」♫~ブレハッチ
ポロネーズ第6番「英雄」♫~ブーニン

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ホロヴィッツ

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ポリー二

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ピオトル・パレチ二

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Takeshi Kakehashi

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ショパンの英雄ポロネーズの中に左手の連続する難しいパッセージが出て参ります。
力を入れたまま弾き続けると手が痛くなってきますので、脱力するのがとても大切なポイントです。

あと、黒鍵と白鍵を交互に弾きますので、鍵盤の打鍵の位置も大切なポイントかと思います。
黒鍵を弾く時は、白鍵にできる限り近い場所で、逆に白鍵を弾く時は、出来るだけ黒鍵に近い場所を弾くと、黒鍵と白鍵の間を最短距離で弾くことが出来ます。

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左手の連続する難しいパッセージ

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明日はリストのConsolations(慰め)について書きます。







2015_12
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(Fri)08:21

ブラームス ピアノ協奏曲第1番 二短調 作品15

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ヨハネス・ブラームス(1833~1897)は全部で2曲のピアノ協奏曲を残しておりますが、1858年2月に完成されたこの第1番は最初からピアノ協奏曲として着想されたものではありませんでした。 

ブラームスが20歳の1854年3月に「二台のピアノのためのソナタ」としてひとまず完成した曲がありました。 これはブラームスがシューマンと出会いシューマンによって世に紹介された半年後の事でしたが、ブラームスはこの曲に納得せずこれを交響曲に改作しようと試みます。  しかしこの改作も断念し最終的に1858年2月25歳の時ににピアノ協奏曲として完成させる事になりました。

この年齢はベートーヴェンが最初のピアノ協奏曲を書いた年齢と同じですが、ウイーンでの最初の公開演奏会でベートーヴェンが大成功を収めたのに比べハノーファーでブラームス自身によって初演されたブラームスのピアノ協奏曲第1番は評価はあまり良いものではありませんでした。

ブラームスは20歳の時、シューマンと出会い、シューマンは「来るべき作曲家が現れた」との論評でブラ―ムスを広く世に紹介します。 シューマンと仲間の作曲家はブラームスに交響曲の作曲を勧めますがブラ―ムスはなかなか大作にとりかかりませんでした。 しかしシューマンの死でブラームスは強い決心を抱き「2台のピアノのためのソナタ」を土台に交響曲作曲に取り掛かります。
 が自らの非力を悟ったブラームスは交響曲を書くのをあきらめピアノ協奏曲を作り始めたのでした。

19世紀中頃はリストの作品のような響きや、ショパンのような甘い旋律が好まれており、ブラームスの重厚で古典的な響きは聴衆の耳に馴染みませんでした。 また当時の常識を破るように管弦楽が主体となっており、難しいピアノ・パートでありながらその響きが管弦楽と融けあっているこの曲の真価は当時は理解されませんでした。 この曲の美しさが聴衆の心を打つようになったのは初演から30年を過ぎての事でした。

第1楽章は古典的な協奏曲の影響があり協奏曲風ソナタ形式で書かれております。 悲劇的な情熱を秘めた力強い表現で最後は力強いクライマックスで終わります。

第2楽章は宗教的な静かさをたたえた楽章でシューマンへの追悼が込められていると言われております。

第3楽章はピアノが表面に出てきて躍動感あふれておりピアノ協奏曲としての魅力が十分に出ております。

ブラームス ピアノ協奏曲第1番♫~ポリー二(ピアノ)
ブラ―ムス ピアノ協奏曲第1番♫~ツイメルマン(ピアノ)
ブラームス ピアノ協奏曲第1番♫~エレーヌ・グリモー(ピアノ)
ブラームス ピアノ協奏曲第1番♫~ブレンデル

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ケンプ

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ブレンデル

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ポリー二

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バックハウス


明日はショパンの英雄ポロネーズについて書きます。






 


2015_12
10
(Thu)07:05

リスト ピアノ・ソナタ ロ短調 S.178

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リスト(1811~1886)のピアノ・ソナタロ短調S.178はリストが作った唯一のピアノ・ソナタです。 1852年から1853年にかけて作曲され1854年出版されました。 リストに献呈されたシューマンの幻想曲ハ長調への返礼としてシューマンに献呈され初演は1857年ベルリンでハンス・フォン・ビューローによって行われましたが、シューマンがこの曲を聴くことはありませんでした。

発表された当時はあまりにも斬新的でこの曲の賛否は真っ二つに分かれ、シューマンの妻のクララも酷評したようですが、現在では演奏人口は増えております。

このロ短調ソナタは伝統的なソナタの様式を全く新しいあり方に変容していて、そこにロマン的な表現方法の可能性を追求したリストの革新的な作品です。 作曲した時期はワイマール時代(1846~1861)でリストは独自の語法に基ずく大規模な作風を模索しておりました。 そうした新しい形式原理の実験が示されており、全体はソナタ形式を自由に応用した単一楽章からなり、その中に伝統的なソナタ形式の特質が織り込まれております。

古典派のソナタのように提示部、展開部、再現部と形式を分析するよりも、いくつかの重要な楽想が変形されそれによって全曲が統一されているリストの音楽技法を認識する事が大事で、ロマン派におけるピアノ・ソナタの一つの究極的な傑作と呼べると思います。

ベートーヴェンによってその可能性を尽くされてしまったピアノ・ソナタは、ロマン派の時代になって新しい意味を求めて多くの作曲家によって新しい方向性が探られましたが、リストのこのピアノ・ソナタは数あるピアノ・ソナタの中でもきわめてユニークなものであると言えると思います。 単一楽章の中に、ソナタ形式と多楽章形式の要素を同時に取り込んでおり、綿密な計算のもとに仕上げられているため構成はかなり複雑で、演奏者にとっても聴衆にとっても正しく理解することはやさしい事ではありません。

支離滅裂に見える種々の楽想は、もとはわずかの数の主題を変形させたもので、統一感が図られており、展開部には緩徐楽章に相当するものも含まれており、再現部では高揚感を持たせ、曲の最後は曲頭を回想し静かに終わっております。

ピアノのために書かれた交響詩といえるのではないかと思います。

リスト ピアノ・ソナタロ短調♫~キーシンNo.1
リスト ピアノ・ソナタロ短調♫~キーシンNo,2
リスト ピアノ・ソナタロ短調♫~キーシンNo.3
リスト ピアノ・ソナタロ短調♫~ツイメルマン
リスト ピアノ・ソナタロ短調♫~アルゲリッチ
リスト ピアノ・ソナタロ短調♫~ホロヴィッツ

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ピアノ・ソナタ ロ短調CD~アラウ

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ピアノ・ソナタ ロ短調CD~チェルカスキー


明日はブラームスのピアノ協奏曲第1番について書きます。










2015_12
09
(Wed)06:20

スクリャービン ピアノ・ソナタ第3番 作品23

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ロシアの作曲家アレクサンドル・スクリャービン(1872~1915)の作品は20世紀ロシア・ルネッサンスに属しておりますが、それまでの伝統的で保守的な芸術感とは袂を分かち、新しい神秘的な思想で超自然的な創造活動を繰り広げた作曲家です。 

スクリャービンの初期の作品にはショパンの影響、ワーグナーとリストの影響が見られますが、その音楽言語は独創性に満ちておりライバルのラフマニノフと比べると非常に国際色豊かなものです。 またスクリャービンのイメージには常に脆さや非物質性といった素質がありそれはピアノの響きに反映されております。

スクリャービンは1897年8月周囲の反対を押し切って結婚をしパリへ行きます。 そしてそこでピアノ・ソナタ第3番を作曲します。 これは初期の作品ではありますが、モダニズムを目指したもので彼の過渡期の作品と言えます。 彼は後にこのソナタに「心理状態」という副題を付けその構想のイメージを形象化しておりますが、このソナタの暗く劇的な世界は周囲の反対を押し切って結婚した結婚生活の危機と精神的苦悩を反映していると言われております。

スクリャービンによるピアノ・ソナタ第3番の「魂の状態」の解説を掲載致します。

第1楽章ドラマティコ
自由で激しい魂は悲嘆と闘争の淵に情熱的に身を投げます。

第2楽章アレグレット
魂は束の間の仮の休息をとります。 苦しみ果てた魂は、是が非でも我を忘れ、歌い、花開く事を願望します。 けれども、軽やかなリズム、香ばしいハーモニーは単なる覆いに過ぎず、そこから透けて見えるのは不安に苛まれ傷つけられた魂です。

第3楽章アンダンテ
魂は流れに身を任せながら、優しく悲しい感情の海にたゆたいます。 愛、悲痛、おぼろな希望、言葉にならない物思い・・・。

第4楽章プレッソ
解き放たれた自然の嵐の中、歓喜にむせぶ魂は激しく震えます。 実存の奥底から湧き上ってくるのは、創造主である人間の猛々しい声、誇らしげに響き渡る勝利の歌。 だが、頂点に到達するにはあまりにも非力ゆえ、魂は時に慄きながら実存の奈落の底へと落下していきます。

スクリャービンのこの解説はスクリャービンの当時の心理状態を物語っておりますが、この作品以降スクリャービンの作風は形而上学的になってまいります。

ピアノ・ソナタ第3番は緩・急・緩・急の4楽章からなる本格的な多楽章ソナタで、全楽章を通じて劇的な演奏効果が貫かれておりピアニストには人気の高い作品です。

スクリャービン ピアノ・ソナタ第3番第1楽章♫~アシュケナージ
スクリャービン ピアノ・ソナタ第3番第2楽章♫~アシュケナージ
スクリャービン ピアノ・ソナタ第3番第3楽章♫~アシュケナージ
スクリャービン ピアノ・ソナタ第3番第4楽章♫~アシュケナージ
スクリャービン ピアノ・ソナタ第3番♫~ホロヴィッツ

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第1楽章

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第2楽章

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第3楽章

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第4楽章

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スクリャービン ピアノ・ソナタ全集CD~アシュケナージ

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スクリャービン ピアノ・ソナタ第3番CD~ホロヴィッツ

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スクリャービン ピアノ・ソナタ第3番CD~イーゴリ・ニコノヴィッチ


明日はリストのピアノ・ソナタロ短調について書きます。










2015_12
08
(Tue)21:00

阿部裕之先生演奏会お知らせ

INFORMATION
ハイドン

「第6回中務晴之&Friends」のコンサートに私がプライベートで師事しております♪阿部裕之先生♪が出演されますのでお知らせ致します。

大阪公演
ドルチェ・アーティスト・サロン06-6377-1117
2015.12.15(火)19:00~


東京公演
パウエル・フルート・ジャパン アーティストサロン03-5339-8383
2015.12.22(火)19:00~

阿部裕之先生のソロもございます。
ラヴェル 水の戯れ/道化師の朝の歌


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2015_12
08
(Tue)07:48

ムソルグスキー 組曲「展覧会の絵」 

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19世紀後半は世界的に民族意識が高まった時代で音楽においても相次いで民族主義的な作曲家が輩出しましたが、バラキレフ、ボロディン、キュイ、リムスキー=コルサコフ、そしてムソルグスキーという「ロシア五人組」と呼ばれる作曲家グループもその内の一つでロシア国民音楽の興隆を推進させました。

「展覧会の絵」はそのグループの中の1人のモデスト・ムソルグスキー(1839~1881)の代表的なピアノ曲です。 ムソルグスキーの作風は喜怒哀楽の激しいロシア的な感性に溢れたものでドラマティックですがその特質はこのピアノ曲にもよく表れております。

親友で美術評論家のスターソフに献呈されたこの「展覧会の絵」は建築士で画家で設計士であったもう一人の友人ヴィクトル・ハルトマンの思い出として書かれたものです。 スターソフを通じてムソルグスキーはハルトマンと知り合いますが1873年の夏ハルトマンは予期せぬ早死にをし友人たちは打ちのめされます。 

スターソフはハルトマンの作品の中から400点を展示する追悼展覧会を催すのに力を貸し、展覧会は1874年の2月から3月の間に開かれます。 ハルトマンがヨーロッパを旅行した際にフランスやローマ、ポーランドなどを題材にして描いた油絵や水彩画が含まれておりましたが、この展覧会をみてインスピレーションを受けたムソルグスキーは1874年の6月に3週間で「展覧会の絵」を書き上げました。 彼はこれを「天才建築家ハルトマンの一連のアルバム」と呼び元々は単に「ハルトマン」というタイトルにしようかとも考えておりました。

全体は展覧会で絵を一点ずつゆっくり鑑賞する形で構成され冒頭の「プロムナード」のテーマを間に挟みながら全部で10枚の絵がモティーフとなり全曲は続けて演奏されます。 

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10枚の絵

「プロムナード」は展覧会の会場に入り次々に絵を見るために歩く作曲者自身の自画像であり、その音楽は再現される度にその性格を変え作曲者の絵に対する反応を表しております。 「プロムナード」は使われる毎に曲想が変わるので次の曲の雰囲気と調性とを的確に感じて弾くことが大切です。

1
プロムナード1

2
プロムナード2

3
プロムナード3

4
プロムナード4

5
プロムナード5

6
プロムナード6

ムソルグスキーは10枚の絵を示しておりますが、その中で残っているものはごく少数しかなく、遺作展当時のカタログなどから5点の絵は判明しておりますが、残りの絵の行方は不明となっております。

なおこの曲はその後ラヴェルが1922年に管弦楽に編曲して一層よく親しまれております。

1 プロムナード
2 グノームス 
グノームスは<地の精>のことで地中の宝を守るこびとです。 リズムはそのぎこちない歩きを示します。 芸術家クラブのクリスマス・ツリーのための装飾品としてつくられた木製のくるみ割り人形です。
3 プロムナード
4 古城
古いフランスの城の静かな佇まいの追憶の中で中世吟遊詩人がものがなしいメロディで歌います。
5 プロムナード
6 テュイルリーの庭
ハルトマンがフランス滞在中に訪れたパリの庭と情景です。 そこで走りまわり屈託なく遊ぶ子供たちの賑やかで嬉しそうな声です。
7 ヴィドロ
ヴィドロは荷車を引くポーランドの牛を表しています。 遠くから牛車がゆっくり近づきまた静かに遠ざかっていきます。 夫人の故郷ポーランドの田舎の風景と言われております。
8 プロムナード
9 殻をつけた雛鳥の踊り
バレエのために描かれた絵の一つです。 このスケッチは現存しており、鳥のような衣装と鳥の頭の帽子をかぶった踊り子の姿が描かれております。
10 サミュエル・ゴールデンベルクとシュミュイレ
金持ちのユダヤ人サミュエルと貧乏なユダヤ人シュミュイレの2人の肖像画が残されており、その高慢な態度と貧乏人の悲哀が音楽で対比されていきます。
11 プロムナード
12 リモージュ
フランス南西部の町リモージュの市場でのご婦人たちの他愛もないおしゃべりと言われていますが、その絵は行方不明です。
13 カタコンブ
ローマ時代の共同墓地の事で暗い地下墓地内をハルトマンと友人、案内人の3人がランプを持って立っている姿が描かれています。 
14 プロムナード(間奏曲)
ラテン語で「死者の言葉で死者へ」と題された重く不気味な音楽です。
15 鶏の足の上に立つ小屋(バーバ・ヤーガ)
バーバ・ヤーガはロシアに伝わる妖婆です。 鶏の足を台に時計を付けた小屋に住み、空を飛び人を食べるといいます。 音楽も妖怪しみています。
16 キエフの大門
1869年キエフに新しく門を建てることになりハルトマンも設計図を出品しました。 しかしその建設は中止となりそのスケッチだけが残りました。

覚えやすいメロディと緩急自在の構成からムソルグスキーの作品の中でも非常に有名な作品となっております。 

ムソルグスキー 展覧会の絵♫~エフゲニー・キーシン(ピアノ)
ムソルグスキー/ラヴェル 展覧会の絵♫~オーケストラ版

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ムソルグスキー 展覧会の絵CD~エフゲニー・キーシン

明日はスクリャービンのピアノ・ソナタ第3番について書きます。


明日12月9日(水)午前5:00~5:55までNHKー BSプレミアム「クラシック倶楽部」で日本音コンピアノ部門本選模様が放送されます。  日本音楽コンクールは日本で一番歴史の古い権威ある音楽コンクールです。  私がプライベートで師事する♪阿部裕之先生♪も第49回日本音楽コンクールで第1位に輝いていらっしゃいます。 早朝ですが是非ご覧になって下さい。
2015_12
07
(Mon)06:21

ラフマニノフ ピアノ協奏曲 第3番 二短調 作品30

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モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

ラフマニノフは1917年、革命を避けてロシアを離れ翌年アメリカへ移住致しましたがアメリカを訪れたのはこの時が初めてではありませんでした。 アメリカのコンサート協会からの招聘を受け1909年の秋アメリカ各地で演奏旅行を行ったわけですがその時の初演を目的に用意されていた新作がピアノ協奏曲第3番でした。

この曲はラフマニノフがまだドレスデンに滞在していた1907年に作曲が始められておりましたが、アメリカ公演のために完成が急がれ1909年の夏に完成し1909年9月28日にラフマニノフ自身のピアノでニューヨークで初演されております。

この作品はラフマニノフの他の協奏曲に比べて一段と規模が大きく、技法も一段と円熟しており、内容もシンフォニックなものですが、当初はその長さと技術的な困難から演奏するピアニストは多くなく献呈されたホフマンも一度も演奏致しておりません。  

そのような中でホロヴィッツが私の曲と呼んでこの曲を愛奏しておりましたが、初演はラフマニノフと2台のピアノのための版で演奏したそうです。 またギーゼキングも録音を致しております。

その後1958年第1回チャイコフスキー国際コンクール第1位のヴァン・クライバーンがコンクールでこの曲を演奏したため、広く演奏されるようになりました。 ピアニストにはピアノとオーケストラとの書法も第2番よりはるかに複雑で構成的にも緻密な難曲ではありますが魅力的な曲となっております。

第1楽章は自由なソナタ形式ですが、静謐でロマン的な雰囲気の中に激情が秘められております。 オーケストラによる短い序奏の後にピアノがオクターブで奏する第1主題が全体を貫く共通主題となっており全曲を統一する役割も持っております。

第2楽章は間奏曲と題される3部形式ですが、それ以上の役割を果たす非常に神秘的な楽章です。

第3楽章は自由なソナタ形式ですが、それまでの抑制された雰囲気を振り払う力強く決然とした楽章です。 派手な軍楽調の終止で全曲を閉じますがこれはラフマニノフ終止と呼ばれるものです。

ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番♫~マルタ・アルゲリッチ
ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番♫~ウラディミール・アシュケナージ
ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番♫~ウラディミール・ホロヴィッツ

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ウラディミール・ホロヴィッツ(ピアノ)、オーマンディ指揮、ニューヨーク・フィル

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エフゲニー・キーシン(ピアノ)、小澤征爾指揮、ボストン交響楽団



明日はムソルグスキーの「展覧会の絵」について書きます。








 






2015_12
06
(Sun)06:48

ラヴェル マ・メール・ロア

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モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

ラヴェルの「マ・メール・ロア」はラヴェルが「マザー・グース」を題材にして作曲したピアノ4手連弾の組曲です。 子供好きのラヴェルが友人の2人の子どものミミとジャンのために作曲しこの二人に献呈されたものです。

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<マザー・グース>
元々はフランスのシャルル・ぺローの童話集(1697)のフランス語の口絵の「マ・メール・ロア」の英訳(1729)の訳語であり後「マザー・グース」が英訳の本のタイトルとして使われるようになりました。 現在では英米を中心に読まれている英語の伝承童謡の総称として使われております。 


「マ・メール・ロア」は1908年から1910年にかけて作曲され1910年パリで初演されました。 本来はミミとジャンが弾くことを想定して作曲されましたが、難しくマルグリッド・ロンの弟子が演奏したそうです。

第1曲は「眠れる森の美女のパヴァーヌ」ですが、これはシャルル・ぺロー(1628~1703)の童話の「眠れる森の美女」から題材を得たものです。

第2曲は「親指小僧」ですがこれは「マザー・グース」から題材を得たもので、森で道しるべに散らしたパン屑が帰りには鳥に食べられていたので親指トムがびっくりしたというお話です。

第3曲は「パゴタの女王レドロネット」ですが、パゴタとは中国製の首振り)陶器人形の事です。 ドーニア伯爵夫人マリー・カトリーヌ(1650~1705)の「緑の蛇」から題材を得たものです。 タムタムの音に乗ったゆっくりとした旋律は中国の京劇を思わせます。

第4曲は「美女と野獣の対話」ですが、これはマリー・ルプランス・ド・ボーモン(1711~1780)の「子供の雑誌・道徳的な物語」の美女と野獣から題材を得たものです。 容姿は醜いが心は美しい野獣と美女の恋の物語です。

第5曲は「妖精の国」です。これはぺローの「眠れる森の美女」の王女が目を覚ますシーンです。

1911年オーケストラ組曲に編曲され1911年から1912年にかけてバレエ曲に編曲されました。 バレエ音楽は前奏曲と「紡ぎ車の踊りと情景」や4つの間奏曲が追加されております。 17世紀風の典雅で繊細な気分とお伽噺風の感じを出すために2管編成で書かれております。 

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ラヴェル 組曲マ・メール・ロア

ラヴェル マ・メール・ロア♫~谷真子(小学3年)・・・4手連弾

ラヴェル マ・メール・ロア♫~ランラン、マルタ・アルゲリッチ・・・4手連弾





明日はラフマニノフのピアノ協奏曲第3番について書きます。




2015_12
05
(Sat)07:03

ショパン 即興曲 4曲

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モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

19世紀のロマン派時代には、自由な形式で気の赴くままに心の変化を捉えた性格小品が多数書かれました。 即興曲もその内の一つでソナタ形式やロンド形式にはまらない作品ですが、即興に作ったというよりは作曲者が謙遜の意味を込めてそう銘打ったと言うところもあります。

ショパンは即興曲を4曲残しておりますが、どれもその名の通り自由に心の変化を歌い上げた作品ですが、その構成はいずれも三部形式に近く論理的でショパンの天才性を発揮した佳品となっております。 この命名はショパン一流の皮肉とも言えます。

第1番変イ長調作品29は1837年に作曲されております。 マリア・ヴォジ二スカとの婚約が破棄された年の作品ですが、失意の感情ではなく穏やかさと明るさに溢れた美しい曲で、ショパンの繊細な指から即興的に紡ぎ出されたような短い曲です。

第2番嬰へ長調作品36は1839年に作曲されたものです。 マヨルカ島で健康を害したショパンがノアンのサンド邸で健康を取り戻した時期で心気一転した気持ちを表し詩的な深い内容のものです。 構成も自由に変奏していくスタイルで最後はフォルティシモの和音で締めくくっております。

第3番変ト長調作品51は1842年に書かれた作品です。 第1番とモティーフも形式もよく似ておりますが、後期の円熟した書法から醸し出される音楽は優雅で美しく内省的な作品です。

第4番嬰ハ短調作品66「幻想即興曲」は出版されたのは4番目ですが、作曲されたのは最も若い時期の1834年から翌年にかけてです。 生前は出版されずショパンの死後6年経った1855年に友人のフォンタナによって手を加えられ出版され「幻想即興曲」というタイトルもフォンタナによって付けられました。

1962年ピアニストのルービンシュタインがショパンの自筆譜を発見し、ショパンによる1834年の初稿、フォンタナ版、1835年の日付のある改訂稿の3つの楽譜が存在するという複雑な事情になっております。

ショパン 即興曲全曲♫~二キタ・マガロフ
ショパン 即興曲全曲♫~アルフレッド・コルトー
ショパン 幻想即興曲♫~ユンディ・リー
ショパン 幻想即興曲♫~ルービンシュタイン
ショパン 幻想即興曲♫~エフゲニー・キーシン

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ウイーン原典版(ショパンの自筆譜に基づいています。)

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即興曲第1番

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即興曲第2番

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即興曲第3番

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即興曲第4番


明日はラヴェルの「マ・メール・ロア」について書きます。








2015_12
04
(Fri)06:27

シューマン ピアノ協奏曲 イ短調 作品54

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モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

シューマン(1810~1856)のピアノ協奏曲イ短調はシューマンが遺した唯一の完成されたピアノ協奏曲ですが、シューマンは若い頃からピアノ協奏曲の作曲を試みていたことは確かなようで、管弦楽の用法に苦心し未完成に終わっていたようです。

しかし1840年クララと結婚してからは、すぐれた管弦楽の作品を残しており、1841年には「ピアノと管弦楽のための幻想曲」イ短調を書いております。 これは以前の未完の作品とは違いかなりすぐれていたためかなりの成功を収めていたようですが、まだ協奏曲ではありませんでした。

その4年後の1845年にシューマンはメンデルスゾーンのピアノ協奏曲を聴き、また妻クララの希望もあって、「ピアノと管弦楽のための幻想曲」を一部手直しをして第1楽章とし、さらに間奏曲とフィナーレを作曲して「ピアノ協奏曲イ短調」を完成させました。

4年間の空白があるのにも関わらず全曲の統一感は見事でピアノと管弦楽の用法がさらに充実しておりピアノ入りの交響楽的な性格が一層鮮明になっております。 またピアノと管弦楽の対比を強調しながらピアノと管弦楽を融合させるというシューマン独自の音楽の世界も見出せます。

初演は1845年ドレスデンでクララの独奏によって行われ、翌1846年にはライプツイヒでクララ独奏、メンデルスゾーン指揮で演奏されたようです。 またその1年後にはウイーンでクララ独奏、シューマン指揮で演奏が行われております。 第2楽章と第3楽章は続けて演奏されます。

シューマン ピアノ協奏曲 イ短調♫~エフゲニー・キーシン
シューマン ピアノ協奏曲 イ短調♫~マルタ・アルゲリッチ
シューマン ピアノ協奏曲 イ短調♫~アルフレッド・ブレンデル

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第1楽章

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第2楽章

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第3楽章

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ピアノ協奏曲 イ短調CD~アルフレッド・コルトー

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ピアノ協奏曲 イ短調CD~アルフレッド・ブレンデル


明日はショパンの即興曲4曲について書きます。

12/5(土) 16:00~17:00 NHKEテレで「日本音コン本選ドキュメント」が放送されます。

私が師事する♪阿部裕之先生♪も第49回日本音楽コンクールで第1位に輝いていらっしゃいます。 日本音楽コンクールは日本で一番歴史のある音楽コンクールで、数多くのアーティストを輩出している日本で最も権威あるコンクールです。 是非ご覧頂けたらと思います。












2015_12
04
(Fri)06:00

クリスマス

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クリスマスの時期におすすめの音楽をご紹介いたします。。
コレッリ作曲 クリスマス協奏曲(コンチェルト)♫です。

コレッリ(1653~1713)はイタリアのバロック時代の作曲家でヴィヴァルディやバッハよりも大先輩にあたる作曲家です。

合奏協奏曲作品6第8番「クリスマス協奏曲」は、終楽章の後半部に、コレッリ自身が「キリスト降誕の夜のために」と併記した「パストラーレ」と呼ばれる緩やかな曲を有することでそう呼ばれております。

このパストラーレというのはイタリアのピッフェラーリがクリスマスイヴに演奏するメロディの事です。

<ピッフェラーリ>
クリスマスの時期に羊飼い達がローマを訪れ聖母マリア像の前でバグパイプやオーボエを演奏する習わしがあり彼らの事をピッフェラーリ(pifferari)と呼びます。

聴いていると、バロック時代の素朴な音楽に心癒されます。
2015_12
03
(Thu)06:28

リスト パガニー二による大練習曲 S.141

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モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

リストの「パガニー二による大練習曲」はイタリアのヴァイオリニストの二コロ・パガ二‐二(1782~1840)の「24の奇想曲」と「ヴァイオリン協奏曲第2番」に基づきリスト(1811~1886)が編曲した作品です。

1831年に作曲された初版S.140と1851年に改訂されたS.141とがあり、初版は「パガ二ー二による超絶技巧練習曲」、改訂版は「パガ二ー二による大練習曲」と呼ばれて区別されております。

1831年20歳の時パリでヴァイオリニストのパガ二‐二の演奏会を初めて聴いたリストは、その高度な技巧に圧倒されて「自分はピアノのパガ二‐二になろう」と言ったと伝えられております。 やがて1838年リストはヴァイオリニストのパガ二‐二の「24の奇想曲」から5曲を選びピアノ独奏用に編曲し、さらに少し前に出していた「ラ・カンパネッラによる華麗な大幻想曲」(パガ二‐二のヴァイオリン協奏曲第2番第3楽章ロンドに基づくもの)に手を加え、計6曲からなる「パガ二‐二による超絶技巧練習曲」をパリで出版致します。

後に1851年になってそれを新たに改訂しライプツイヒで最終的に出版したのが「パガニーニによる大練習曲」です。

パガニーニ 24の奇想曲♫~パールマン(ヴァイオリン)

リストの「パガニーニによる大練習曲」の第1曲は原曲はヴァイオリニストのパガニーニの「24の奇想曲」の第5・6番です。 主部が第6番のトレモロによってできているのでこの曲も通称「トレモロ」と呼ばれております。

第2曲は原曲は第17番です。中間部はオクターヴの練習曲になっているので「オクターヴ」とも呼ばれます。

第3曲は「ラ・カンパネッラ」とリスト自身が名付けたものですが、輝かしい技巧により演奏効果の高い見事な名曲となっており単独でよく演奏されます。 パガ二ーニのヴァイオリン協奏曲第2番の終曲の「小さい鐘のようなロンド」を基に作曲された曲ですが、リストはこの曲の中で打弦楽器としてのピアノの特性を最大限に活かしダブル・エスケープメント(鍵盤が完全に上がりきらなくても、同じ音を速く連続打鍵できる装置)の装置のついたエラール・ピアノの性能をこの曲の中で存分に活かしております。

またカンパネッラはイタリア語で鐘という意味ですが、この曲には最大で15度の跳躍があり、この跳躍を16分音符で演奏した後に演奏者に手を移動する時間を与える休止がないまま2オクターヴ上で同じ音符が演奏されるという技巧や薬指と小指のトリルなどという難しい技巧が含まれております。

パガニーニ ヴァイオリン協奏曲第2番終曲♫~アッカルド(ヴァイオリン)

第4曲は原曲は第1番です。 アルぺッジョとスタッカートに終始しているのでアルぺッジョと言われています。

第5曲は原曲は第9番です。 初めからリストが「狩り」と名付けておりました。 

第6曲は原曲は第24番です。パガニーニの原曲同様にリストも主題に基づき11の変奏を書き、それにコーダを付け進行は原曲に忠実です。 またリスト以外にもブラームスやラフマニノフなど多数の作曲家がパガニーニの「奇想曲24番」の主題を基にした変奏曲を書いております。

パガニーニ 24の奇想曲 第24番♫~ハイフェッツ(ヴァイオリン)

リスト パガニーニによる大練習曲 第1曲♫~マガロフ(ピアノ)
リスト パガニーニによる大練習曲 第2曲♫~マガロフ(ピアノ)
リスト パガニーニによる大練習曲 第3曲♫~マガロフ(ピアノ)
リスト パガニーニによる大練習曲 第4曲♫~マガロフ(ピアノ)
リスト パガニーニによる大練習曲 第5曲♫~マガロフ(ピアノ)
リスト パガニーニによる大練習曲 第6曲♫~マガロフ(ピアノ)

リスト パガニーニによる大練習曲第3曲 ラ・カンパネッラ♫~キーシン(ピアノ)


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ラ・カンパネラCD~ヴァーシャーリ

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パガニーニによる大練習曲CD~ワッツ

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ラ・カンパネラ~ボレット

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第1曲

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第2曲

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第3曲

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第4曲

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第5曲

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第6曲


明日はシューマンのピアノ協奏曲イ短調について書きます。













2015_12
02
(Wed)06:03

リスト 2つの演奏会用練習曲 S.145

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

2つの演奏会用練習曲はリスト(1811~1886)が1862年から1863年にかけてワイマール時代の弟子のディオニス・プルックナー(1834~1890)のためにローマで書いて彼に献呈したものです。

原題はZwei Konzertetudenとドイツ語で書かれており各曲のタイトルもドイツ語でリスト自身が付けたものです。 3つの演奏会用練習曲とともに演奏会でよく取り上げられるサロン風のロマンティックな小品集です。

第1曲のWaldesrauschen(森のささやき)は、左手の表情に富んだ主題を木々の葉擦れのような16分音符の細かい音型がタイトル通りに繰り返し飾っていっております。 そして旋律と伴奏音型が上になったり下になったりしながら微妙に変奏されていきます。 イギリスの文学者のシットウェルはこの曲を「松の林にそよぐ風。 ドイツやボヘミアの森では真っ直ぐに伸びた幹が槍騎兵のように並び、垂れた枝の房のような葉が風に揺れています。 森の中にいると甲冑に身を固めた騎士が森のそばを駆けていくような幻想にとらわれます。」と詩的に説明しております。 詩情豊かな作品です。

リスト 森のささやき♫~キーシン
リスト 森のささやき♫~アラウ


第2曲のGnomenreigen(小人の踊り)は森のささやきと一対の形で作曲されたもので、装飾音やスタッカートの効果、豊かな転調と斬新な和声、リズムの変化など旋回するような弾みを持つスケルツォの曲となっております。

Gnome(妖精)はヨーロッパ各国のフォークロアに現れる妖精ですが、この老人の姿をした小人が踊っている姿がよく表現されております。

*****
Gnome
四精霊(地、水、風、火を司る四種の霊)の中で大地を司り地中の宝を守る地の精霊・妖精。 地中で生活をしており老人のような容貌をした小人。 手先が器用で知性も高く優れた細工品を作る。 

タイトル通り、いかにもメルヘンの中の小人の踊りを思わせる軽妙な筆致で書かれたリストらしい奔放な作品です。 幻想的でリズミカルな曲想が大変楽しく、私は小学生の時この曲をお勉強致しましたが、ファンタジ―溢れる作品を楽しくお勉強したのを覚えております。

リスト 小人の踊り♫~シフラ
リスト 小人の踊り♫~リヒテル
リスト 小人の踊り♫~リパッティ
リスト 小人の踊り♫~ラフマニノフ
リスト 小人の踊り♫~ボレット
リスト 小人の踊り♫~アラウ

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森のささやき

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小人の踊り

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2つの演奏会用練習曲CD~ボレット

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小人の踊りCD~リヒテル

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2つの演奏会用練習曲CD~ペライア


明日はリストの「パガニーニによる大練習曲」について書きます。









2015_12
01
(Tue)06:03

リスト 3つの演奏会用練習曲 S.144から「ため息」

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

「3つの演奏会用練習曲」は1845年に着手され、リスト(1811~1886)がピアニストとして一線を退きワイマールで職に就いた1848年に完成した作品ですが翌1849年に出版されております。 

出版された時は「Trois etudes de concert」とフランス語の題で出版されリストは標題は付けておりません。 のちにフランスで「Trois Caprices Poetiques」(3つの詩的なカプリス)として出版された際に、各曲にイタリア語で標題が付けられ現在もそれが通称として使われております。

甘美な詩情に溢れたサロン風のロマンティックな小品集で特に第3曲の「ため息」は単独で演奏会でもよく弾かれます。

第1曲の「Il lamento」(悲しみ)は旋律と伴奏とを弾き分ける練習曲で、(気まぐれに)と指定された序奏の後、物思わしげな旋律が現れ、これが様々に展開してまいります。

第2曲の「La leggierezza」(軽やかさ)は右手の繊細なコントロールのための練習曲でその光と影の精妙さがすばらしいです。

第3曲の「Un sospiro」(ため息)はアルペジオと両手で旋律を歌い継いでいく練習曲です。 後半「タールベルクの三本の手の技法」が典型的な形で用いられております。

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タールベルクの3本の手
ショパン・リストと並ぶ19世紀を代表するスイスのピアニスト・作曲家のタールベルク(1812~1871)が用いたピアノ演奏の技法。 右手、左手単独の演奏に加え両手の主に親指を組み合わせてあたかも三本目の手があるかのような演奏を行う。


悲しみ♫~クラウディオ・アラウ
軽やかさ♫~クラウディオ・アラウ
ため息♫~クラウディオ・アラウ
ため息♫~リヒテル
ため息♫~ヴァン・クライバーン
ため息♫~ヤン・リシエツキー
ため息♫~フジ子・ヘミング

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ため息CD~リヒテル

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3つの演奏会用練習曲CD~ボレット

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ため息CD~アンドレ・ワッツ

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ムジカ・ブタペスト版

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悲しみ

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軽やかさ

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ため息



「ため息」はフィギュアスケート選手の宮原知子選手が今季のフリーで使用している曲ですが、羽生結弦選手がショートで使用しているショパンのバラード1番の参考ブログにもリンク致します。

参考ブログ
ショパン バラード第1番


明日はリストの「2つの演奏会用練習曲 S.145」について書きます。