2016_01
31
(Sun)07:49

テクラ・バダジェフスカ 乙女の祈り 変ホ長調/La priere d'une vierge(A Maiden's Prayer) Es-dur Op.4

「乙女の祈り」は女性作曲家テクラ・バダジェフスカ(1834~1861)が作曲した小品ですが、日本ではオルゴール曲の定番として愛されております。

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バダジェフスカは本格的な音楽教育を受けていないアマチュア女性作曲家ですが19世紀当時の世相に乗りサロンでのピアノ演奏家として活躍し自ら作曲も行っておりました。 19世紀当時は中産階級の娘にピアノを学ばせることが流行しサロンでは弾きやすく上品な曲が好まれておりました。

バダジェフスカは22歳の時「乙女の祈り」を書き自費出版しますが、大きな成功はつかめず翌年彼女は結婚し家庭人としての生活を送り始めました。 その中で1856年パリの音楽ニュース雑誌に「乙女の祈り」が掲載され当時のサロン音楽の流行にのって大ヒットいたしました。 この曲を作曲したのち小品を35曲ほど作曲しましたが、バダジェフスカは1861年に病弱のため夭折いたしました。

本国ポーランドでは認知度が低く作品も第2次世界大戦で大半が消失したため、現在では「乙女の祈り」以外はほとんど知られておりません。

乙女の祈り


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2016_01
30
(Sat)09:22

ブラームス 16のワルツ 作品39/Brahms 16 Walzer Op.39

1862年ブラームスは故郷のハンブルクを離れウイーンへ移り住む事になりますが、その3年目の1865年1月に「16のワルツ作品39」は作曲されました。

初めブラームスはこれらのワルツをピアノ連弾用として作曲しますが、ビ-ダーマイヤー時代における家庭音楽への需要の高さから売り上げは非常に好調で、ほぼ並行してピアノ独奏用に編曲し、さらに技巧的に容易な子供用のものまで書き、のちに抜粋で二台ピアノ用の編曲も行いました。

*****
ビーダーマイヤー
19世紀前半のドイツやオーストリアを中心にもっと身近で日常的で簡素なものに目を向けようとして生まれた市民文化の形態の総称

ブラームスを支持していた音楽評論家のエドゥアルト・ハンスリックに献呈されましたが、ハンスリックは「まじめで無口なブラームス、あのシューマンの弟子で北ドイツのプロテスタントで、シューマンのように非世俗的な男がワルツを書いた。」と驚いたそうです。

当時ウイーンでは、ヨハン・シュトラウスが「ワルツ王」と呼ばれ全盛を極めており、ワルツは完全に娯楽的な踊るための音楽と考えられていましたので、ブラームスがワルツを作曲した事は驚きだったのでしょう。 

シュトラウスのワルツに比べてブラームスのワルツは、規模の小さな小品でショパンのような高雅な洗練さには欠けるものの親しみやすいものです。 

楽曲ごとに性格の違いが見られ、貴族が舞踏会で踊るウインナー・ワルツよりも南ドイツの農民が踊っていた民俗舞踊のレントラーに近い味わいを含んだもの、リズムに凝ったもの、スラヴ風の憂いを含んだもの、ハンガリー風のにぎやかな曲想を持つもの、子守歌風のもの、ノクターン風のものと様々で、簡潔で素朴でブラームス作品の特徴が凝縮されており、ショパンの「24のプレリュード作品28」に似た特質を持っております。

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ブラームス 16のワルツ 作品39 全曲
ブラームス 16のワルツ 作品39 1番~4番♫~キーシン

ピアノ独奏版と二台ピアノ版は連弾とは調が異なる曲があり、ピアノ独奏版の13番はロ長調、14番は嬰ト短調、15番は変イ長調、16番は嬰ハ短調で書かれております。

また15番は特に有名で「愛のワルツ」として世界中で愛奏されております。
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ブラームス16のワルツ作品39 第15番 変イ長調♫~キーシン


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2016_01
29
(Fri)09:03

モーツァルト フランスの歌曲「ああ、お母さん、あなたに申しましょう」による12の変奏曲 K.265/きらきら星変奏曲/Mozart 12 Variatione uber ein franzosisches Lied "Ah, vous dirai-je, maman"

今年はモーツアルト生誕260年に当たりますが1月生まれのモーツアルトを祝して今日はモーツアルトの「きらきら星変奏曲」について書きます。

通称「きらきら星変奏曲」はモーツアルト(1756~1791)が「きらきら星」の原曲のメロディを元に、1778年に作曲したピアノ曲です。 正式なタイトル(邦題)は「”ああ、お母さん、あなたに申しましょう”の主題による12の変奏曲」です。

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この「ああ、お母さん、あなたに申しましょう」(Ah, vous dirai-je, Maman)は18世紀から伝わるフランスの古いシャンソン・歌曲・民謡で娘が母親に恋の悩みを話す恋の歌です。 当時フランスで流行しておりました。

1806年にイギリスの詩人ジェーン・ティラーが「Twinkle,twinkle,little star」という英語詩の「The Star」と言う替え歌を作り、童謡として世界的に広まり、現在では世界中で愛唱されております。

日本でも「きらきら星」として知られるようになったため、モーツアルトのこの曲も日本では「きらきら星変奏曲」と愛称されるようになりました。

主題の提示と12の変奏曲からなりますが曲のおよその長さは12分ほどです。 12の変奏曲は技巧的に初心者には少し難しくなり、最後はスピードも増し大きくクレッシェンドして華やかに終わります。

モーツアルト きらきら星変奏曲♫~ギーゼキング
モーツアルト きらきら星変奏曲♫~フランソワ
モーツアルト きらきら星変奏曲♫~ハスキル


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2016_01
28
(Thu)09:15

ラヴェル 高雅で感傷的なワルツ/Ravel Valses Nobles et Sentimentales

「高雅で感傷的なワルツ」はモーリス・ラヴェル(1875~1937)が1911年に作曲したワルツ集です。

ピアノ独奏曲として作曲され、翌1912年に管弦楽版が作られました。

ラヴェル自身が「自伝的スケッチ」でこのワルツ集を「シューベルトを手本にした一連のワルツ」と述べていることから、シューベルトの「34の感傷的なワルツ集(D.779)」と「12の高雅なワルツ集(D.969)」を意識して作曲されたと考えられております。

シューベルト 感傷的なワルツ♪~リリー・クラウス
シューベルト 高雅なワルツ♪~リリー・クラウス 

初演は1911年5月9日にパリのサル・ガヴォーで、保守的な国民音楽協会から独立した独立音楽協会(SMI)の演奏会において、ルイ・オべールのピアノ独奏によって行われました。

この演奏会はスカルラッティの「ソナタ」を除いて作曲者の名は伏せられ、演奏後に誰の書いた曲かを当てるというユニークな趣向で行われました。 これは新しい曲と言えば理由もなく攻撃するパリのアカデミー派や反動的な音楽評論家に一矢酬いるためばかりでなく、新しい傾向の作品を無批判に有難がるファンに対しても反省を求める意図があったと思われます。

当時の音楽評論家エミール・ヴュイエルモ(1878~1960)は、「ラヴェルは自分の曲がプログラムに含まれている事は誰にも教えなかったので、ラヴェルのディレッタントはラヴェルのご機嫌をとるつもりで曲を嘲った。」と言っております。

プログラムに添付されていたアンケート用紙の回収結果では半数の人がこの曲をラヴェルの曲であると答えましたが、一方でサティやコダーイの作品と勘違いした人も多くいたようです。

さて出版楽譜にはアンリ・ド・レニエ(1864~1936)の小説「ドゥ・ブリオ氏の出会い(1904)」から「無益な仕事に熱中する常に変わらぬ新しい喜び」という引用が題辞として掲載されており、一連のウィンナ・ワルツをラヴェル流に作曲したラヴェルの心境が託されております。
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管弦楽版は1912年にロシアのバレリーナからの依頼を受けバレエ「アデライーデ、または花言葉」のための楽曲としてわずか2週間で作られました。 バレエの初演は1913年4月22日、パリのシャトレ座でラヴェル自身の指揮で行われ、管弦楽としての初演は1914年2月15日モントゥー指揮、パリ管弦楽団によって行われました。

高雅で感傷的なワルツ♫~管弦楽版

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ワルツ1 モデレ
↓楽譜は全てクリックすると拡大されます。
1
「高雅」なワルツでレントラー風のリズムで始まります。 この荒々しくきびきびしたリズムが当時の聴衆を驚かせました。 華やかな舞踏会を暗示しております。

ワルツ2 アッセ・ラン
2
第1曲とは対照的に優雅で甘いメランコリーを帯びた「感傷的」なワルツです。 端麗で憂愁を含んだ青年ロレンダが登場し、アデライーデとめぐり逢います。

ワルツ3 モデレ
3
エレガントなシューベルト風のタッチが添えられております。 マーガレットの花びらをむしって愛の占いをします。

ワルツ4 アッセ・アニメ
4
花占いが成功しそうなところへ、ライバルの金満家の侯爵が現れます。

ワルツ5 プレスク・ラン
5
侯爵はアデライーデに高価な贈り物をします。 「アンティームな気持ちで」の指示が付いているように、静かな夢と現実の境にあるようなワルツです。

ワルツ6 ヴィフ
6
侯爵の贈り物に眼を奪われたアデライーデに対するロレンダ青年の失望です。 猫のような身の軽さとしなやかさを持つワルツです。

ワルツ7 モアン・ヴィフ
7
侯爵はアデライーデに踊りを申し込みますが、彼女はロレンダ青年を選びます。 最も長いワルツで伝統的なA-B-A形式に設定されております。 ワルツの2つの特性の物憂げな面と華やかな面が総合されております。

ワルツ8 エピローグ:ラン
8
これまでの主題を精巧に結び合わせ、抒情的な美しさに満ち、優しく回想するように静かに完結いたします。 アデライーデと青年は結ばれます。

高雅で感傷的なワルツ♫~谷真子

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ぺルルミュテール

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阿部裕之先生

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パスカル・ロジェ

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ポール・クロスリー

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ギーゼキング

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フランソワ

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モニク・アース

私がプライベートで師事するラヴェルの演奏では定評のある阿部裕之先生が「高雅で感傷的なワルツ」のレッスンでお話された事を♪以前のブログ♪に書いております。 合わせてお読み頂ければと思います。


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2016_01
26
(Tue)09:50

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第14番 「月光」 嬰ハ短調 作品27-2/Beethoven Sonate fur Klavier Nr.14 "Sonata quasi una fantasia"(Mondschein sonate) cis-moll Op.27-2

通称「月光ソナタ」はベートーヴェンが1801年30歳の時作曲したピアノ・ソナタですがベートーヴェン自身は「幻想曲風ソナタ」というタイトルを付けております。

初版は1802年3月カッピによって出版されピアノ・ソナタ13番と対になって作品27として発表されました。

「月光ソナタ」という愛称はシューベルトのリートの作詞で有名なドイツの詩人レルシュタープが、ベートーヴェンの死後の1832年に、この曲の第1楽章を「スイスのルツェルン湖の月光の波に揺らぐ小舟のよう」と表現したことに由来しております。

一方、ベートーヴェンの弟子のツエルニーもレルシュタープの言及より前にこの曲について「夜景、はるか彼方から魂の悲しげな声が聞こえる」と述べておりますが、ベートーヴェンはそれを好ましく思っていなかったようです。 標題音楽的に作曲されたのではなくあくまでも「幻想曲風ソナタ」として主観的な詩的情緒を表したもののようです。

曲はシンドラーの伝記で「不滅の恋人」とされている伯爵令嬢のジュリエッタ・グイチャルディに献呈されました。

曲の内容は「幻想曲風ソナタ」というタイトルが示す通り伝統的な古典派ソナタから離れてロマン的な表現に接近しております。 それが聴く人々に標題的・文学的な幻想を抱かせやすいのではないかと思います。

様式の点から言っても新しい自由なソナタの傾向をはっきりと示しており第1楽章は自由な幻想曲風で第3楽章で初めてソナタ形式を用いております。

速度も緩やかな第1楽章、軽快な第2楽章、急速な第3楽章と楽章が進行するごとにテンポが早くなり、平静から激情へと一貫した流れを持つ表現で全曲を見事に統一しております。

形式的には均衡のとれた楽章配置が取られておりますが、モーツァルトやハイドンの影響から抜け出て強健な意志の下にゆるぎない帰結を迎えるというベートーヴェン特有の音楽が明瞭に立ち現われております。

「悲愴」、「熱情」と合わせて「三大ソナタ」と呼ばれております。

ベートーヴェンの他の作品についてのブログ

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第1楽章
1
「月光の曲」として非常に有名な楽章です。 冒頭に「全曲を通して可能な限り繊細に、またsordino(弱音器)を使用せずに演奏すること」との指示があります。 sordino(弱音器)とは「ダンパー」の事を指し、現代のピアノにおいては「サスティンペダルを踏み込んだ状態で」と解釈されます。

第2楽章
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リストはこの楽章を「2つの深淵の間の一輪の花」に例えております。

第3楽章
3
ソナタ形式です。 堅牢な構築の上に激情がほとばしり、類まれなピアノ音楽です。

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 「月光」♫~キーシン
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 「月光」♫~バックハウス
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 「月光」♫~バレンボイム
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 「月光」♫~ブレンデル
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 「月光」♫~アラウ
ベート―ヴェン ピアノ・ソナタ 「月光」♫~アシュケナージ
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 「月光」♫~ホロヴィッツ
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 「月光」♫~ルービンシュタイン
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 「月光」♫~グルダ

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アラウ

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ブッフビンダー

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ギレリス

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ヴェデルニコフ

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ケンプ


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2016_01
25
(Mon)08:17

リスト バッハの名による幻想曲とフーガ/Liszt Fantasia and Fugue on the Theme B-A-C-H

「バッハの名による幻想曲とフーガ」はフランツ・リスト(1811~1886)の作曲したオルガン曲、あるいはピアノ曲です。 1848年、37歳でワイマールに落ち着いたリストは演奏活動に加え、作曲にも十分な時間を費やし充実した日々を送っておりました。 そのような中でバッハ作品の研究にも励み尊敬の念からバッハの名を主題にした曲を創作いたしました。

まず1855年から1856年にかけてオルガン版の初稿(S.529i)が書かれ、また同時期にピアノ版の初稿(S.260i)が書かれました。 この時点ではタイトルは「前奏曲とフーガ」と名付けられておりました。

そして1869年から1870年にかけてピアノ版の第2稿(S.260ii)とオルガン版の第2稿(S.529ii)が書かれております。 現在ではこの第2稿が通常演奏されております。 初版と第2稿において構成に大きな変更はなく、またオルガン曲とピアノ曲の間でもそれぞれほぼ相違はありません。 フーガの部分の展開については全ての版において同一です。

リストは1855年メルセブルク大聖堂のオルガン落成式での演奏のため曲の依頼を受けましたが間に合わず落成式ではリストの別の曲が演奏されました。 その後1856年5月13日にメルセブルクのオルガンでアレクサンダー・ヴィンターベルガーによって初演され献呈も彼に捧げられました。

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冒頭の左手に聴かれる印象的な主題はバッハのスペルBACHにそれぞれ音(シ♭ーラードーシ)をあてはめたものであり、全曲を通じてこのBACHの動機を変容させながら自由な展開を見せている事からバッハへのオマージュである事は明らかですが、一方でリストらしい前衛的な響きも聴くことができます。

リスト バッハの名による幻想曲とフーガ♫~シフラ
リスト バッハの名による幻想曲とフーガ♫~ソフロ二ツキー


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2016_01
24
(Sun)09:38

ベートーヴェン エリーゼのために/Beethoven Bagatelle No.25 in A minor, WoO 59, "Fur Elise"

今日はベートーヴェン(1770~1827)のピアノ曲の「エリーゼのために」について書きます。 この曲はピアノを習われる方が一度は弾いてみたいと思う可憐で優美な面持ちの美しい小品ですが、お小さい方から大人の方まで幅広く愛奏、愛聴されている作品です。

1810年4月27日に作曲され、1867年にシュトゥットガルトのL.ノールが出版した「ベートーヴェン新書簡集」の中で出版されました。

エリーゼが誰なのかは定かではありませんが、本来「Therese(テレーゼ)」のためにという曲名だったが悪筆のため楽譜を発見・出版したノールがテレーゼをエリーゼと読み間違えて「Elise(エリーゼ)」となったという説が有力視されております。 今は紛失しているこの曲の原稿は、ベートーヴェンがかつて愛したテレーゼ・マルファッティの書類から発見されております。

他にはソプラノ歌手エリザベート・レッケルのために作曲したという説もあります。

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エリーゼのために♫~グルダ
エリーゼのために♫~ギーゼキング
エリーゼのために♫~ポゴレリッチ

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ケンプ

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ブレンデル

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2016_01
23
(Sat)08:51

チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調 作品23/Tchaikovsky Piano Concerto No.1 in B-flat minor Op.23

この曲はロシアの作曲家のチャイコフスキー(1840~1893)が友人のモスクワ音楽院院長のニコライ・ルビンシテインに刺激を受け初めて作曲したピアノ協奏曲で人気の高いピアノ協奏曲の一つです。

1874年11月から1875年2月にかけて作曲されました。

当初はニコライ・ルビンシテインに献呈するため作曲されておりましたが、草稿を聴いたルビンシテインは,「この作品は陳腐で不細工である。 私の意見に従って根本的に書き直すのが望ましい。」と激しく非難いたしました。 しかしチャイコフスキーはこれに従わず、そのまま作曲を進め、ドイツ人ピアニストのハンス・フォン・ビューローへ献呈いたしました。 ビューローはこの作品を「独創的で高貴」と評しました。

1875年10月25日、ハンス・フォン・ビューローのピアノとベンジャミン・ジョンソン・ラングの指揮によりアメリカのボストンで初演され大成功を収めました。

ロシア初演はその一週間後サンクトペテルブルクでロシア人ピアニストのグスタフ・コスとチェコ人指揮者のエドゥアルド・ナブラヴ二ーによって行われました。

モスクワ初演はニコライ・ルビンシテインの指揮、セルゲイ・タネーエフのピアノによって行われ、ルビンシテインはその後何度もピアノ独奏も受け持ちこのピアノ協奏曲を世に知らしめる役割を果たしました。

第1楽章冒頭のピアノによる分厚い和音は初版ではアルペジオになっておりましたが、1879年夏と1888年12月の二度にわたって改訂されこの時加えられたものです。

人気曲となったのは第1回チャイコフスキー国際コンクールでアメリカのヴァン・クライバーンが優勝したことが)挙げられます。 クライバーンのチャイコフスキーピアノ協奏曲第1番は空前の大フィーバーが起こりこの曲が人気曲となる原因となりました。 またホロヴィッツとトスカニーニの名盤と言われるCDも人気を高める要因となっております。

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第1楽章
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雄大な序奏と変則的なソナタ形式の主部からなっております。 非常によく知られた序奏はシンフォニックで壮麗ですがこの序奏主題は協奏曲の残りの部分では二度と再現されず協奏曲全体で特異な位置を占めております。 第1主題はウクライナ民謡からとられたと言われております。

第2楽章
2
地味なロシア風アンダンテと中間部のソロのヴィルトゥオ―ゾです。 ワルツ風の中間部はフランスの古いシャンソンがもとになっていると言われております。

第3楽章
3
自由なロンド形式でA-B-A-B-A-B-CODAの構造となっております。 生命力あふれる終楽章で第1主題はウクライナ民謡からとられたものでロシア農民の春の喜びを表しており、第2主題は優美で穏やかな性格を持ちそれが生命の賛歌へと発展していき壮大なフィナーレです。

チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番♫~キーシン
チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番♫~ランラン
チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番♫~ヴァン・クライバーン
チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番♫~アルゲリッチ
チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番♫~ルービンシュタイン
チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番♫~アラウ
チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番♫~ホロヴィッツ(ピアノ)、トスカニーニ(指揮)
チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番♫~ギレリス


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2016_01
22
(Fri)08:07

メンデルスゾーン 厳格な変奏曲 二短調 作品54/Mendelssohn 17 Variations serieuses Op.54

「厳格な変奏曲」はメンデルスゾーン(1809~1847)が1841年に作曲したピアノ独奏曲です。 メンデルスゾーンはロマン派に属しながら古典的な形式美に寄り添った作曲者らしく、変奏曲作品としてはベートーヴェンやモーツァルトの影響が強く、当時流行っていた「華麗な」変奏曲とは一線を画しております。

この曲はボンのベートーヴェン記念像の建立資金のためウイーンの出版社メケッティが企画したピアノ曲集「ベートーヴェン・アルバム」のために作曲されたもので、アルバムは1842年に出版されました。 メンデルスゾーンの他にショパン、チェルニー、リストら当時の人気作曲家たちが10名参加しております。

タイトルに付けられた「厳格な」(セリユーズ)という言葉はベートーヴェンの弦楽四重奏曲第11番作品95の「セリオーソ」との関係が暗示されます。 この他にもベート―ヴェンの「創作主題による32の変奏曲」と歌曲集「遥かな恋人に寄す」が念頭にあったと言われております。

メンデルスゾーンは同じ1841年に2つの変奏曲(作品82,83 死後出版)を続けて作曲しておりますが、メンデルスゾーンが残したピアノ独奏のための変奏曲は「厳格な変奏曲」を含めてこの3曲だけです。 「華麗な」変奏曲が流行っていた中で、メンデルスゾーンの慎重さがうかがえます。

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主題の提示と17の変奏とコーダから成り立っております。 謹厳な作曲者らしく主題は二短調のポリフォニックな二部形式の短い曲で、重々しい主題がまさにシリアス(厳格な)雰囲気を持ち、様々な技巧が用いられ、多彩な変奏曲に加工されております。 17変奏までありますが第14変奏以外は全て原調のままで、おおむね3連符、シンコぺーションを変奏の素材としております。 最終の変奏はプレストの劇的なコーダです。

メンデルスゾーン 厳格な変奏曲♫~ブレンデル
メンデルスゾーン 厳格な変奏曲♫~コルトー
メンデルスゾーン 厳格な変奏曲♫~リヒテル
メンデルスゾーン 厳格な変奏曲♫~ホロヴィッツ
メンデルスゾーン 厳格な変奏曲♫~ツイメルマン

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ブレンデル

私の好きなメンデルスゾーンの曲についてのブログ


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2016_01
21
(Thu)09:17

フランク プレリュード、コラールとフーガ ロ短調/Franck Prelude, Chorale et Fugue h-moll

60歳を過ぎて名作を発表したフランク(1822~1890)は、ベルギーのリエージュ生まれながら、パリに住み「近代フランス音楽の父」と呼ばれるほどフランス音楽界に深い影響を与え、大器晩成の音楽家と思われております。

しかし実はかれは早熟の音楽家で幼時からピアノに才能を示し神童として各地に演奏旅行を果たしておりました。 19歳の時初めて出版した作品1もピアノ三重奏曲でした。 初期の出版作品としては他にロマン的かつヴィルトゥオーソ的なピアノ・ピースがあります。 しかしフランクは父に強いられたその生活が自分の本性と合わないことを自覚し、やがてそうした生活を放棄し1858年からはサン・クロティルド教会に勤め、合唱長、オルガン奏者、教会音楽の作曲者となりました。

フランクがピアノ音楽に対する興味を取り戻したのは1879年、初期の作品の「ピアノ三重奏曲第4番作品2」が発表後37年経って蘇演された時でした。 この年のうちに「ピアノ五重奏曲」を作曲し、1884年、62歳の時に「プレリュード、コラールとフーガ」を作曲したのでした。

初演は1885年1月下旬、国民音楽教会(パリ)の演奏会においてマリー・ポアトヴァン嬢により行われました。 発表当時、サン=サーンスのように「不体裁で弾きにくい曲」と評した人々もありましたが、やがてこの曲を「天才の所産」と呼んだアルフレッド・コルトーのような音楽家によってその真価が認められるようになりました。

この曲はバッハの「プレリュードとフーガ」を意識しているのは明らかで、メンデルスゾーンの「厳格な変奏曲」やリストの「バッハの名による幻想曲とフーガ」もお手本になっていると考えられます。

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プレリュード
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主要主題は初めから出てきますが、細かく美しいアルペジオで覆われております。 

コラール
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高音域に主題を歌わせながら和音をアルペジオで奏でていく手法が印象的です。

フーガ
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この主題はプレリュードやコラールの中ですでにしばしば予告された半音階的な下降旋律です。 かなり自由な構想で作曲されたフーガで、途中からコラールの旋律も使われており、詩的な余韻が漂っております。

フランク プレリュード、コラールとフーガ♫~キーシン
フランク プレリュード、コラールとフーガ♫~リヒテル
フランク プレリュード、コラールとフーガ♫~ホルショフスキー
フランク プレリュード、コラールとフーガ♫~デームス
フランク プレリュード、コラールとフーガ♫~フランソワ
フランク プレリュード、コラールとフーガ♫~ボレット

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ペライア

フランク ピアノとヴァイオリンのためのソナタについてのブログ


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2016_01
20
(Wed)08:48

兵庫県立芸術文化センター

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兵庫県西宮の兵庫県立芸術文化センターをご存じでしょうか。 東京音楽大学校友会関西支部主催のフレッシュ・コンサートもよく開催されているホールですが、指揮者の佐渡裕さんが芸術監督をなさっていらっしゃる事でも有名です。

ピアノ・コンサートだけでなくオペラ・バレエ・演劇など種々の芸術に関する催しが企画されており市民が芸術を気軽に楽しめる場所です。

兵庫県立芸術文化センター公式サイト

是非一度いらしてみて下さい。


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2016_01
19
(Tue)09:11

モーツァルト ピアノ・ソナタ 第11番 イ長調 K.331 「トルコ行進曲付き」/MOZART Piano Sonata No.11 in A Major, K.331 "Alla turca"

ピアノ・ソナタ11番はモーツァルトが作曲した3楽章構成のピアノ・ソナタです。 

モーツァルトは1780年11月にザルツブルクを出発してミュンヘンに赴き、翌1781年3月には同地を離れて最終的にウイーンに定住する事になります。 このウイーンで1783年頃このピアノ・ソナタ11番は作曲されたと考えられております。

長く自筆譜は見つかっておりませんでしたが、数年前自筆譜がハンガリーのセニーチェ図書館で発見され大騒ぎになりました。 自筆譜を発見されたミクシ氏は私がシューマンの研究でお世話になったハンガリーのセニーチェ図書館の研究員の方です。 モーツァルト自筆譜発見について以前ブログで詳しく書いておりますので併せてお読み頂けたらと思います。

Balazs MIKUSI, Ph D モーツァルト K.331 自筆譜発見(ハンガリー国立セニーチェ図書館)

作曲されたとされる1783年頃のウイーンはトルコ軍によるウイーン包囲に対してハプスブルクが勝利を収めてから100周年に当たり最終楽章のトルコ行進曲はこうした世相を反映しております。

変奏曲にはじまり、メヌエットを経てロンドで終わるソナタ形式の楽章を持たない変則的なソナタです。

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第1楽章
1
変奏曲の形式です。 優美な主題とその6曲の変奏による楽章です。

第2楽章
2
メヌエットとトリオです。 メヌエット主部は前後をそれぞれ反復する2部分での大がかりなものです。 ニ長調の中間部では左手が右手と交差して旋律を受け持ったり、ユニゾンでの強奏などで変化をつけています。

第3楽章
3
有名な「トルコ行進曲」です。 当時流行していたトルコ趣味を取り入れたもので、左手の伴奏がトルコの軍楽隊の打楽器の響きを模倣しております。 1700年代初期からピッコロと打楽器群を特徴としたトルコ軍楽がヨーロッパ全土で人気を博し、各地は競ってトルコ人音楽家を雇っておりました。 作曲の面でもこの目新しい異国趣味は多くの関心を呼び、グルック、ハイドンほかの多数のオペラ、バレエから小品にいたるまでたくさんの「トルコ風」の作品が登場しております。

モーツァルト ピアノ・ソナタ11番♫~ブレンデル
モーツァルト ピアノ・ソナタ11番♫~シフ
モーツァルト ピアノ・ソナタ11番♫~アラウ
モーツァルト ピアノ・ソナタ11番♫~バレンボイム
モーツァルト ピアノ・ソナタ11番♫~ピリス

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ピリス

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シフ

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エッシェンバッハ

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TAKASHI KAKEHASHI


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2016_01
18
(Mon)10:00

モーツァルト 幻想曲 ハ短調 K.475/モーツァルト ピアノ・ソナタ 第14番 ハ短調 K.457//MOZART Fantasia in C Monor K.475/MOZART Piano Sonata Nr.14 in C minor K.457

<モーツァルト 幻想曲 ハ短調 K.475> 
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モーツァルト(1756~1791)は幻想曲ハ短調とピアノ・ソナタ14番ハ短調を共に1785年に出版しております。 モーツァルト自作品目録によるとソナタは1784年10月14日に、幻想曲は1785年5月20日に作曲しております。

幻想曲は本来、導入曲としての用途があったため、幻想曲ハ短調はピアノ・ソナタ14番の出版に際してその前奏の為に作曲されたものと考えられます。 これら2曲は現在でもセットとして扱われる事が多く続けて演奏するピアニストも多いです。

幻想曲ハ短調とピアノ・ソナタ14番ハ短調♫~シフ

献呈は当時モーツァルトが借りていた「フィガロ・ハウス」の家主夫人で同時にモーツァルトのピアノの生徒であったテレージア・フォン・トラットナーに献呈されております。

作品は転調を頻繁に繰り返し幻想曲の名にふさわしく自由に展開していきます。 地から這いあがるような冒頭主題が最後に回帰しハ短調ソナタへの橋渡しとなっております。

幻想曲ハ短調♫~バックハウス
幻想曲ハ短調♫~ラローチャ
幻想曲ハ短調♫~グルダ
幻想曲ハ短調♫~アラウ
幻想曲ハ短調♫~ケンプ


<モーツァルト ピアノ・ソナタ 第14番 ハ短調 K.457>
ピアノ・ソナタ第14番K.457はモーツァルト(1756~1791)が作曲した3楽章からなるピアノ・ソナタです。 モーツァルトが作曲した短調のピアノ・ソナタはイ短調の8番とこの作品のみです。 このソナタはモーツァルトのピアノ・ソナタの中で最も激しく劇的な展開を見せており、初期のベートーヴェンに強い影響を与えたと言われております。

ピアノ・ソナタ第14番は1784年にウイーンで作曲され1785年に幻想曲ハ短調と共に「ピアノフォルテのための幻想曲とソナタ」作品11としてアルタリアから出版されております。

第1楽章
1
ソナタ形式。 第1主題はオクターブのユニゾンで力強く始まるが、すぐにか細い応答と神経質な半音下降とで雰囲気が打ち消されます。 展開部は第1主題冒頭部のみを執拗に展開しており再現部では第2主題がハ短調で再現されております。 コーダでは第1主題がカノン風に扱われた後に決然と鐘のような旋律が現れ、最後は低音のうごめくような動きで終わります。

第2楽章
2
美しいアダージョ。 ロンド形式。 優しい雰囲気を持った主要主題は再現される度に変奏が凝らされていきます。

第3楽章
3
変則的なロンド・ソナタ形式。 大まかにABACBACコーダという構成になっております。

ピアノ・ソナタ第14番♫~ブレンデル
ピアノ・ソナタ第14番♫~アシュケナージ
ピアノ・ソナタ第14番♫~リリー・クラウス
ピアノ・ソナタ第14番♫~バックハウス
ピアノ・ソナタ第14番♫~ピリス

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イングリッド・ヘブラー

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ギーゼキング


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2016_01
17
(Sun)09:50

リスト オーベルマンの谷/Liszt Vallee d'obermann

リストの「オーベルマンの谷」はリストの「巡礼の年第1年スイス」の第6曲に入っている曲です。

「巡礼の年」という作品はリストが20代から60代までに断続的に作曲したものを集めたもので、リストがスイスとイタリアで見聞した風物から得た詩的な想念、純粋な心象風景をピアノに託して音楽化したもので、いわば一種の旅行印象記とも言えます。

第1年「スイス」は1835年から1836年にかけてリストがマリー・ダグー伯爵夫人と共に訪れたスイスの印象を音楽で表したものです。 リストはこの序文で、スイスの風景を絵画的に描写したのではなく、それらが魂の中に惹き起こした深い情緒を音楽にしたという内容を書き残しております。

第6曲の「オーベルマンの谷」はスイスの山の牧歌的風景に、20代のセナンクールがその内面的な心の動きを著した書物「オーベルマン」への共感を重ねたもので、リストの大いなる内省、個人的な告白を伝えるものです。 オーベルマンという谷がスイスに実在するわけではありません。

リストはセナンクールの「オーベルマン」の本を「人間の苦悩における無情な孤独を奏でる一弦琴」と呼ぶ一方で「私の苦痛を癒す本」としております。 セナンクールの「オーベルマン」は主人公のオーベルマンから友への書簡という形式を用いて書かれており、主人公の精神の遍歴を描いております。 リストは「オーべルマンの谷」の曲の中でも主人公の経験を見事に音楽で描写しております。

「オーベルマンの谷」の冒頭は孤独な絶望を音楽で描写しております。 長調に移行するにつれて」、唯一信じる真実は自分自身の感覚にのみ存在するというセナンクールの心情が表現されております。

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リスト オーベルマンの谷♫~キーシン
リスト オーベルマンの谷♫~アラウ
リスト オーベルマンの谷♫~ホロヴィッツ
リスト オーベルマンの谷♫~リヒテル
リスト オーベルマンの谷♫~ベルマン

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ブレンデル

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アラウ


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2016_01
16
(Sat)13:06

チャイコフスキー 四季 Op.37b/Tchaikovsky Les Saisons(The Seasons) Op.37b

「四季」作品37bはピョートル・チャイコフスキー(1840~1893)が作曲したロシアの一年の風物を各月毎に12のピアノ曲で描写した作品集です。

チャイコフスキーは、富裕な未亡人フォン・メック夫人から1876年以来経済的な援助を受けていて、それからは作曲に専念できるようになりましたが、それまでは不向きな音楽院での教授の仕事や対人関係の問題で神経を疲労させ経済的にも恵まれた境遇ではありませんでした。

こうした時、ペテルブルクの音楽雑誌「ヌヴェリスト」の出版者ベルンハルトから1876年の1月号より毎月その時期の風物を描いたピアノの小品を作曲してもらって雑誌に掲載したいという依頼を受けます。 ベルンハルトはこの12曲で「四季」というピアノ曲集の計画をたてたのでした。 チャイコフスキーは喜んでこれを引き受け1年間でこの曲集は完成いたしました。 

この一連の作品は大成功しロシアばかりでなく外国でも喜ばれました。 そしてのち1885年に親しい出版社のユルゲンソンからこの曲集は作品37bとして出版されました。 作品37としてピアノ・ソナタト長調があるので区別するためにbが付けられたわけです。

各曲ともロシアの詩人が各月の風物を題材にした詩を参考にしております。 季節の自然のみならず民衆の生活をも生き生きと描写したユニークな作品でその音楽には祖国ロシアの自然と人々を見つめるチャイコフスキーの暖かい眼差しが息づいています。 詩と音楽は外面的な結びつきで関係しているのではなく、また単に描写音楽というわけでもなく、詩に潜む内容的な印象や抒情が音楽化されているのであって、メンデルスゾーン、ショパン、シューマン、リストなどの影響を見る事ができます。 また各々の小品の標題は編集者がつけたものです。

「四季」はきわめて管弦楽的な発想で作曲されており20世紀のソ連の指揮者アレクサンドル・ガウクが管弦楽編曲いたしております。

Les Saisons
- I. Janvier au coin du feu ♫炉辺にて♫ アレクサンドル・プーシキンの詩
安らかで静かな気持ちのいい小部屋で夜を過ごす平和な気分が描写されております。 

- II. Février carnaval ♫謝肉祭♫ ピョートル・ヴァゼムスキーの詩
祭りの賑わいとともに春が訪れ自然が目覚めると自然の情景とそれに伴った人々の動きが描写されております。
- III. Mars chant de l'alouette ♫ひばりの歌♫ アポーロン・マイコフの詩
- IV. Avril perce-neige ♫松雪草♫ マイコフの詩

- V. Mai les nuits de mai ♫白夜♫ アタナシイ・フェートの詩
白夜の美しさを歌ったフェ―トの詩を標題としております。
- VI. Juin barcarolle ♫舟歌♫ アレクセイ・プレシチェーエフの詩
ロシアの河や湖での舟遊びによるものです。

- VII. Juillet chant du moissonneur ♫刈りいれの歌♫ アレクセイ・コリツォフの詩
自然と結びついた民衆の生活が描写されております。
- VIII. Août la moisson ♫収穫の歌♫ コリツォフの詩
- IX. Septembre la chasse ♫狩りの歌♫ プーシキンの詩

- X. Octobre chant d'automne ♫秋の歌♫ アレクセイ・ニコラエヴィッチ・トルストイの詩
秋を迎え自然は枯れていきます。

- XI. Novembre course en troïka ♫トロイカで♫ ニコライ・ネクラーソフの詩
再び冬が訪れます。 チャイコフスキーのピアノ曲中で有名なものの一つです。 トロイカというのは3頭立ての馬橇の事で11月ともなるとロシアは雪におおわれもっぱらそりが利用されます。

- XII. Décembre Noël ♫クリスマス週間♫ ヴァシーリー・ジュコーフスキーの詩
人々は明るい気分で1年を終えます。

四季全曲♫~アシュケナージ

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リヒテル


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2016_01
15
(Fri)07:58

シューマン ピアノ・ソナタ第1番 嬰へ短調 作品11/Schumann Klaviersonate fis-moll Op.11

シューマン(1810~1856)の「ピアノ・ソナタ第1番」はシューマンの1832~1836年にかけて作曲され1836年に出版されております。

シューマンが初めてソナタ形式に挑戦したもので、初版は「フロレスタンとオイゼビウスによるピアノ・ソナタ、クララに献呈」と題されております。

シューマンは3曲のピアノ・ソナタと未完の4番を残しておりますが、当時シューマンはこのピアノ・ソナタ第1番は生命力が乏しい事を述べ、ソナタ形式そのものに限界があり今後より自由で新しいものを創造すべきだと書き残しております。 しかし現在では数多く演奏され多くの演奏家のレパートリーとなっております。

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第1楽章 序奏付きソナタ楽章 嬰へ短調
1
1832年の自作作品「アレグロ・ファンダンゴ」を改作したものです。 ファンダンゴとはスペインのアンダルシア地方に伝わる舞曲のリズムですが、シューマンの外交的な性格を象徴するような想像上の人物のフロレスタン的な要素が強いです。 長大な序奏が繰り広げられ、単に導入ではなく再現部の前の導入も兼ねており第2楽章アリアの主題も表れます。

第2楽章 アリア イ長調
2
1827年の自作歌曲「アンナに寄せて(ケルナー詩)」に基づいて書かれたもので、シューマンの内向的な一面を象徴するオイぜビウス的な要素が強い楽章です。 非常に美しく簡潔に書かれております。 第1楽章の主要モティーフである左手5度の動機も効果的に扱われております。

第3楽章 スケルツォと間奏曲 嬰へ短調
3
スケルツォ楽章でありながらロンド形式に近く、このような要素を持ち込む事によりシューマンらしい古い習慣への皮肉が込められていると言われております。

第4楽章 フィナーレ 嬰へ短調
4
繰り返されるフロレスタン的な主題にオイぜビウス的なフレーズを持つ対位楽想も加えられ情熱的なコーダでしめくくられております。 分厚い和音の主題に始まる長大な終楽章ですが自由なロンド楽章で様々な要素が持ち込まれ形式的には複雑を極めております。

シューマン ピアノ・ソナタ第1番♫~キーシン
シューマン ピアノ・ソナタ第1番♫~アラウ
シューマン ピアノ・ソナタ第1番♫~ギーゼキング
シューマン ピアノ・ソナタ第1番♫~ギレリス
シューマン ピアノ・ソナタ第1番♫~アヴデーエワNo.1
シューマン ピアノ・ソナタ第1番♫~アヴデーエワNo.2
シューマン ピアノ・ソナタ第1番♫~コブリン


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2016_01
13
(Wed)09:30

リスト メフィストワルツ第1番「村の居酒屋での踊り」 S.514/LISZT Mephisto Waltz No.1,S.514 「The Dance in the Village inn」

リストはゲーテの「ファウスト」に基ずく「ファウスト交響曲」(1857年初演)を完成した後、今度は同郷の詩人ニコラウス・レーナウ(1802~1850)による長大な詩「ファウスト」にインスパイアされて管弦楽曲「レーナウの”ファウスト”による2つのエピソード”夜の行列”と”村の居酒屋での踊り”」(1861年完成)を作曲いたします。 と同時にリストは管弦楽版第2曲の「村の居酒屋での踊り」にピアノ編曲版のピアノ連弾曲とピアノ独奏曲を作ります。

レーナウの「ファウスト」による2つのエピソードより「村の居酒屋での踊り」S.110/2♫~管弦楽版

ピアノ独奏曲が「メフィスト・ワルツ第1番」として大変有名になり、管弦楽版第2曲も「メフィスト・ワルツ第1番」と呼ばれるようになり、どちらも頻繁に演奏されております。

ところでメフィスト・ワルツという題が付けられた作品は4曲存在し(1曲は未完)、第1番は1856~1861年頃に、残りの3曲は晩年の1878~1885年にかけて作曲されております。


<メフィスト・ワルツ第1番「村の居酒屋での踊り」S.514>
フランツ・リスト(1816~1886)の数あるピアノ曲中でもヴィルトゥオーソ・ピースとして最もよく演奏されるもののひとつです。

かねてから「ファウスト伝説」に強く惹かれていたリストが同郷のドイツ・ロマン派の詩人レ―ナウによる長大な劇詩「ファウスト」にインスパイアされて作曲したピアノ曲が「村の居酒屋での踊り」すなわちメフィスト・ワルツ第1番です。 劇詩の一場面の村の居酒屋にファウストとメフィストが連れ立って現れた時の情景を描写しております。 メフィストがお手のもののヴァイオリンでワルツを奏で人々は浮かれ踊ります。 その間、ファウストは恋人マルガレーテを見出して一緒に踊り、やがて二人して、そっと居酒屋から抜け出します。 曲はおおむね快速のワルツ調で通されております。  


*******
ファウスト伝説
ファウストとは16世紀のドイツの錬金術師。 ファウスト博士とも言われる。 ゲーテの戯曲「ファウスト」のモデルである。 ハイデルベルク大学で神学の博士号を授与されたが錬金術を実験中に爆死し死後魔術に通じていたなどという伝説が出来上がり、特に悪魔メフィストフェレスと契約した人物として広く知られるようになる。 1857年民衆本「実伝ファウスト博士」が書かれ有名になる。 ファウストはドイツの伝説における主要な登場人物でファウスト伝説は多くの文学、美術、音楽作品の題材とされてきたが、「ファウスト」という語句は、野心的な人物が力を得て一定期間の成功のために倫理的な無欠さを手放すという状況を暗示するのにも使われる。


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導入部は速いレントラーで最初の単音が五度となり、村の楽士たちの調弦を表すヴァイオリンの開放弦のD、A、Eが響きます。 マルカートの主題は、ファウストと連れ立って入ってきたメフィストフェレスが楽士からヴァイオリンを取り上げて弾き始める情景です。 続く楽想は黒い眼の女性へのファウストの恋心を表しております。 テンポが速くなり人々の踊りは熱狂を高めてまいります。 踊ったまま人々は庭を横切り森の中に姿を消します。 美しいナイチンゲールの鳴き声が森にこだまし、星空に消えていきます。 宴の後の快いけだるさが残ります。

リスト メフィストワルツ第1番♫~ルービンシュタイン
リスト メフィストワルツ第1番♫~アシュケナージ
リスト メフィストワルツ第1番♫~キーシン
リスト メフィストワルツ第1番♫~トリフォノフ

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ペライア

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ボレット


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2016_01
12
(Tue)07:38

シューマン アラベスク ハ長調 作品18/Schumann Arabeske in C major Op.18

シューマンの「アラベスク」はドイツ ロマン派の化身ともいわれる思索的でロマンに満ちたロヴェルト・シューマン(1810~1856)の本領が示された幻想溢れた名作です。

1839年ウイーン時代に作曲されたシューマンの代表作のピアノ曲ですが、題名の「アラベスク」はアラビア風のという意味でアラビアの建築や工芸などに見られる唐草模様の装飾の事を指します。

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音楽ではこの唐草模様を連想させる装飾的な性格の楽曲のタイトルに用いられ、ドビュッシーの「アラベスク」などいろいろありますが、最初に使用したのはシューマンでした。

曲はABACA+コーダのロンド形式です。 付点リズムと内声部が絡み合う繊細な主題にホ短調とイ短調のエピソードが挿入されております。

Aの第1の部分がまさに唐草模様を見るような音楽で、その後もシューマンが綴った詩を聴くような美しい旋律が連なり、夢見心地なロマンの世界が描かれて曲は閉じられます。

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第1の部分A
1
ハ長調 4分の2拍子で軽快にそして柔らかくの指示があります。 付点のリズムのメロディが繊細に内声と絡み合いながらまるで唐草模様のように歌われていきます。

第2の部分B
2
Minore Ⅰと記されホ短調の少しゆっくりなテンポのエピソード風の部分です。 ソプラノとテノールがユニゾンでメロディを奏でる四声体で少し憂鬱な雰囲気です。

第3の部分A
3

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第1の部分の再現です。

第4の部分C
4
Minore Ⅱと記されます。 第1の部分のメロディを変形したイ短調の音形がドラマティックに展開していきます。

第5の部分A
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第1の部分の再現です。

第6の部分コーダ
6
ゆったりとしたメロディが夢見るようで静かに曲は終わります。

シュ―マン アラベスク♫~ケンプ
シューマン アラベスク♫~ホロヴィッツ
シューマン アラベスク♫~ポリー二
シューマン アラベスク♫~キーシン
シューマン アラベスク♫~ギレリス

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ホロヴィッツ


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2016_01
11
(Mon)12:46

東京音楽大学ジャーナル43号

東京音楽大学ジャーナル43号が届きました。
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バックナンバーを含め「東京音大ジャーナル」は大学ホームページでもご覧頂けます。

東京音楽大学ジャーナル

東京音楽大学は2017年4月から「ミュージック・リベラルアーツ専攻」が新開設されるそうです。 また2019年4月には東京の中目黒・代官山エリアに新キャンパスも開校するそうです。

最近は演奏家になるためだけではなく、教養として音楽を大学で学びたいという人が増えているそうです。


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2016_01
11
(Mon)09:56

シューマン ウイーンの謝肉祭の道化 Op.26/Schumann Faschingsschwank Aus Wien Op.26

「ウイーンの謝肉祭の道化」はロヴェルト・シューマン(1810~1856)が1839年作曲した全5曲から構成されるピアノ曲で、「幻想的絵画」(Phantasiebilder)という副題が付いております。 

クララとの結婚話がうまく進まなかったシューマンは1838年秋から1839年3月にかけてウイーンに滞在し、同地の謝肉祭の体験にインスパイアされたシューマンは、その賑やかさなどの様子を生き生きと幻想的に描写してこの曲を作曲いたしました。 そういう点では「アラベスク」や「花の曲」、「フモレスケ」などと連鎖し合った一作という事ができます。

シューマン自身はこの曲を「ロマンティックなショーピース」といささか揶揄的に呼び、副題からも判るように、構図は少し大味で曲想も非常に快活ないかにもシューマンがウイーンで体験した謝肉祭の喧噪や賑わいを描写した描写音楽的な側面は持っておりますが、シューマンが当初は「ロマンティックな大ソナタ」と名付けようとしていたように、内容は単なる描写音楽の小作品群というよりも、変則的な自由なソナタと捉える事ができます。

4曲はウイーン滞在中に作曲され最後の1曲はライプツィヒに帰郷した1839年の3月以降に書かれております。 出版は1841年ウイーンのブライトコプフ・ウント・ヘルテル社から出版されております。

第1楽章アレグロ
1
古いフランス風ロンドの形態にエピソードが5つも挿入されておりその楽想の目まぐるしい移り変わりが賑やかな謝肉祭の雰囲気を巧みに描写しております。 第4エピソードに当時ウイーンでは演奏を禁じられていたフランス国歌「ラ・マルセイエーズ」の一部が登場いたします。

第2楽章ロマンツェ
2
三部形式で書かれた短く美しい抒情的な楽章です。 3拍子の移ろうかのような中間部が印象的です。

第3楽章スケルツィーノ
3
ロンド形式によるユーモラスなスケルツォです。 リズムと軽妙な躍動感が支柱となっております。

第4楽章インテルメッツォ
4
内声部の細かい3連音符の動きを背景に旋律線がくっきりと浮かび上がっております。 スフォルツアンドを多用したエネルギッシュな楽章でPの表示は終止和音で初めて現れます。

第5楽章フィナーレ
5
ソナタ形式による活気あふれる終曲です。 謝肉祭の喧騒が再び戻っております。 曲尾はプレストとなり高潮して全曲が終わっております。

シューマン ウイーンの謝肉祭の道化♫~リヒテル
シューマン ウイーンの謝肉祭の道化♫~ペライア
シューマン ウイーンの謝肉祭の道化♫~ラローチャ
シューマン ウイーンの謝肉祭の道化♫~ミケランジェリ
シューマン ウイーンの謝肉祭の道化♫~シフラ

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アシュケナージ


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2016_01
10
(Sun)09:00

秋の、先生と門下生によるミニ・コンサート開催のお知らせ

<門下の皆様方へ>
2016年10月30日(日)B-tech Japan Osakaのスタジオにて先生と門下生によるミニ・コンサートを予定いたしております。

B-tech Japanはウイーンの至宝ベーゼンドルファーピアノの技術部門を専門に扱っている会社ですが、スタジオが併設されておりインペリアルという素晴らしいウイーンのベーゼンドルファーのピアノが置かれております。
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録音などにも使われる小さいスタジオですが、ピアノと音響効果が大変素晴らしく今回そこで門下生の皆さんによるコンサート形式の演奏会を開く企画をたてております。 

収容人数が20名のスタジオですので、生徒さんをグループに分け、一人の持ち時間を長くした演奏会を考えております。

各ご家庭の方での録音・録画も至近距離で行って頂くことが可能です。

プログラムは先生の方で構成いたします。

なおスタジオの予約が2ケ月前からですので、予備日として10月23日(日)もご予定下さいませ。 詳細は8月に個別にお知らせいたします。

B-tech Japan 公式サイト


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2016_01
10
(Sun)08:51

フォーレ 夜想曲(ノクターン)

ガブリエル・フォーレ(1845~1924)の作品のピアノ曲を眺めると即興曲、舟歌、そして夜想曲(ノクターン)などまるでショパンを思わせる題名の曲が並んでいることに誰でもが気付くと思います。

ショパンと同じように詩的な世界に生き、ピアノでそのデリケートな世界を表現しようとしたフォーレのショパンへのオマージュであると思われますが、その中でもフォーレはノクターンを生涯に渡って書いており、その関心の度合いが伝わってまいります。

フォーレのノクターンはその名称や表現上の特質などショパンのノクターンなくしては考える事はできませんが、しかしショパンとフォーレとでは必ずしも同質のものと言えることはできません。

ロマン派の時代に生きたショパンのノクターンは夢見るような甘い感傷が歌われそれが大きな魅力ですが、それに対してフォーレのノクターンはあからさまな心情の吐露からは少し遠ざかっております。 フォーレが教会音楽学校であるニーデルメイエール校で学んだ事や教会オルガニストを長く務めていた事でグレゴリオ聖歌を土台とするフランス伝統の教会対位法やバッハ作品に親しんだ事がフォーレのノクターンの様式に大きな影響を持ったと考えられます。 しかし流れている歌心はショパンに通じるものがありますので、フォーレのノクターンは演奏者に感情と知性のバランスを求められこれが難しい原因となっております。

さてフォーレは9歳の時からパリのニーデルメイエール古典宗教音楽学校で学んだフランスの作曲家ですが、1861年からは教師としてやってきたサン=サーンスにピアノと作曲を師事しております。

後パリのマドレーヌ教会で首席オルガニストとなり1896年からはマスネの後任としてパリ国立高等音楽院の作曲家の教授となり、ラヴェル、デュカス、エネスクらを育てております。

フォーレの音楽は便宜的に初期・中期・晩年の3期に分けられることが多いですが、初期の作品では明確な調性と拍節感のもとで清新な旋律線が際立っております。 旋律を歌わせるのにユニゾン、伴奏形には装飾的なアルペジオが多用されますが、音色の効果や装飾性の域を脱するものではありません。

中期になると初期の曲に見られる外面的な要素は影を潜めより簡素化された語法へと変化しております。 拍節感は崩れ内声部があいまいな調性で進行しております。

1900年後半からは晩年と見られます。 耳の障害が始まり扱う音域も狭くなり調性感はより希薄になっていきます。

フォーレのノクターンは全部で13曲あり1番は1875年に書かれ13番は1921年に書かれておりフォーレの活動時期の全てに渡っております。 1番から5番は初期の作品になります。 6番から8番が中期の作品ですが、5番と6番の作曲時期には10年の隔たりがありフォーレのスタイルの変化を明らかに反映いたしております。 9番は1908年にかかれ9番から13番は晩年の作品になります。 

ノクターン第13番はフォーレのピアノ作品の最後の作品であり、またピアニストのマルグリッド・ロンはノクターン第6番を「フォーレの最も美しいインスピレーション」と評しております。

以前フィールドとショパンとフォーレのノクターンについてブログを書いた事がございますのでそちらも↓合わせてお読み頂けたらと思います。

参考ブログ
フィールド、ショパン、フォーレのノクターンについて


フォーレ ノクターン全集
フォーレ ノクターン6番・13番♫~イヴォンヌ・ルフェビュール

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エヴァ・ポブウォッカ


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2016_01
09
(Sat)18:20

David Korevaar Piano Recital 

いつも演奏会でお世話になっている芦屋のサロン・クラシックでDavid Korevaar氏のピアノ演奏会が開かれました。 コレヴァー氏は20年以上ヴァイオリニストの漆原啓子さんの伴奏をなさっているので有名な方ですが、ソロでも精力的な活動をなさっていらっしゃいます。

デヴィッド・コレヴァー氏公式サイト
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コレヴァ―氏はアメリカのジュリアード音楽院の博士課程を卒業された方で、現在はアメリカのコロラド大学音楽学部の教授でいらっしゃるピアニストの方です。 本日は家人がお伺いしたのですが、プログラムも精力的な内容で大変素晴らしいものだったそうです。 

私も今までにもサロン・クラシックのオーナーの中西さんのご案内で何度かコレヴァー氏の演奏会を聴かせて頂いておりますが、いつも楽しく聴かせて頂いております。


明日はフォーレの夜想曲(ノクターン)について書きます。

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2016_01
08
(Fri)12:30

生徒さんのレッスン用ピアノのヤマハグランドピアノの調律に来て頂きました。

生徒さんのレッスン用ピアノのヤマハグランドピアノの調律に来て頂きました。

このピアノは私が東京音楽大学に通っている時に東京のマンションで弾いていたピアノですが、自宅で私が練習に使っているウイーンのベーゼンドルファーピアノの音色に近い良い音がいたしますので、大学卒業後東京のマンションから自宅に持ち帰ったピアノです。

帰阪する際にヤマハ池袋店の方からヤマハ神戸店の技術の佐藤誠さんをご紹介頂き、以来ずっと佐藤さんにはヤマハグランドピアノの調律でお世話になっております。

ピアノは調律して頂いたその日から少しずつ音の狂いがはじまるわけですが、レッスン用のピアノは1年に1回のペースで調律に来て頂いております。 ピアノはメインテナンスが出来ていないとレッスンの効果が上がらず、音程の把握が難しいものがあります。 技術の方のお力は言葉では言い尽くせないものがございます。 

以前ヤマハ池袋店の思い出やピアノと湿度についてブログを書いたことがございます。 合わせてお読み頂けたらと思います。

参考ブログ
ヤマハ池袋店の思い出
ピアノと湿度

ヤマハ神戸店公式サイト


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2016_01
07
(Thu)07:38

第69回全日本学生音楽コンクールピアノ部門大阪大会入賞者演奏会のお知らせ

先日もお知らせいたしましたが、第69回全日本学生音楽コンクールピアノ部門大阪大会入賞者演奏会が来る1月10日(日)ザ・フェニックスホールで開催されます。 私も中学1年の時に第48回入賞者演奏会に出演致しました。 その時の思い出は♪ブログ入賞者演奏会の思い出♪に書いております。 本年度は大阪大会小学校部門の3位の方が全国優勝されました。 皆様是非ご来場ください。

大阪大会入賞者発表演奏会・表彰式
【開催日】 2016年1月10日(日)
【会場】あいおいニッセイ同和損保 ザ・フェニックスホール
(大阪市北区西天満4-15-10 あいおいニッセイ同和損保フェニックスタワー内)


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2016_01
06
(Wed)08:30

シューベルト 幻想曲「さすらい人幻想曲」 ハ長調 D.760 作品15

「さすらい人幻想曲」はフランツ・シューベルト(1797~1828)が作曲したピアノ独奏曲ですが、幻想曲といいながら4楽章制の自由な形式のソナタ風作品で切れ目なく演奏されます。 リストのピアノ・ソナタロ短調に影響を与えたと言われており、作曲されたのは1820年で出版は1822年です。

第2楽章の変奏曲主題がシューベルトの歌曲「さすらい人」D.493によるのでこの名があります。 

シューベルトの歌曲「さすらい人D.493」は詩はシュミット・フォン・リューベックによるものですが、この世のいずこにも幸福を見出せぬさすらい人の心が歌われたシューベルト若き日の楽曲です。 

「自分は自分自身の安息できる地を、ため息をつきながら探してきた」と歌われ、主人公が理想の国を追い求めて歌う途中の主題(詩の第2節の部分)がピアノ曲の「さすらい人幻想曲2楽章」に引用されております。

第2節
Wo bist du, mein geliebtes Land?
Gesucht, geahnt und nie gekannt!
Das Land, das Land, so hoffnunsgrün,
das Land, wo meine Rosen blühn,
Wo meine Freunde wandeln gehn,
wo meine Toten auferstehn,
das Land, das meine Sprache spricht,
O Land, wo bist du?

シューベルト 歌曲「さすらい人」D.493♫~フィッシャー=デイスカウ

また「さすらい人幻想曲」の第1楽章の主題の冒頭音型(ダクティルリズム)はメロディとしては優美とは言えませんが、歌曲「さすらい人」の伴奏音型を利用したものでこの冒頭音型のリズム(ダクテイルリズム)が全体を統一いたしております。

*****
ダクティル
詩の韻脚の一つ。 アクセントの強い音節の後に2つのアクセントの弱い音節が続く。(長ー短短)

ところでこの「さすらい人幻想曲」はシューベルトにとって特殊な作品で、穏やかな曲想の多いシューベルトのピアノ作品としては高度の演奏技術を必要としシューベルト自身が「こんな曲は悪魔にでも弾かせてしまえ」と言ったというほどの逸話が残っております。

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第1楽章
歌曲「さすらい人」のダクティルリズムを基にした主題によるソナタ形式です。
1

第2楽章
歌曲「さすらい人」の悲愴な旋律による変奏曲です。
2

第3楽章
第1楽章の主題のリズムをさらに強調した主題によるスケルツォ風楽章です。
3

第4楽章
ピアニスティックで華やかな楽章です。 第1楽章の主題がフーガ風に回想されて始まります。 左手のアルペジオが難しいです。
4

シューベルト さすらい人幻想曲♫~ブレンデル(ピアノ)
シューベルト さすらい人幻想曲♫~ケンプ(ピアノ)
シューベルト さすらい人幻想曲♫~ポリーニ(ピアノ)
シューベルト さすらい人幻想曲♫~キーシン(ピアノ)

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ポリーニ


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2016_01
05
(Tue)09:02

シューベルト ピアノ五重奏曲 イ長調 作品114 D.667 「ます」

シューベルト(1797~1828)はオーストリアの作曲家でドイツ歌曲に功績が大きく「歌曲の王」と呼ばれる事もある作曲家です。 ピアノ五重奏曲「ます」は1819年シューベルトがまだ22歳の時作曲された作品ですが、出版はシューベルトの死の翌年の1829年に行われております。

このピアノ五重奏曲を作曲した1819年頃までには、「魔王」、「野ばら」などのドイツ・リートが生まれておりとっくに100曲を超す歌曲を作曲しておりました。 ピアノ五重奏曲を作曲する2年前の1817年春に作曲した歌曲にD.550に当たる「ます」という歌があります。 ロマン派抒情詩人シューバートの詩に作曲したもので、清流に遊ぶ魚とこれを釣り上げようとする釣り人とのドラマティックな歌ですが、旋律の良さはもちろん、魚と人間とが見事に生き生きと描かれております。

この「ます」の旋律を第4楽章の主題にして作曲したものがピアノ五重奏曲「ます」です。 サブ・タイトルはここから来ております。 

シューベルト 「ます」 D.550♫~フィッシャー=デイスカウ(独唱)
シューベルト 「ます」 D.550♫~ヘルマン・プライ(独唱)
シューベルト 「ます」 D.550♫~シュワルツコプフ(独唱)

ピアノ五重奏曲では水の中に現れては消えるますのモチーフを変奏曲でうまく表しており、編成はピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、コントラバスとなっております。

作曲を依頼したのは木管楽器とチェロの愛好家であった裕福な鉱山技師のパウムガルトナーで「冬の旅」を初演した名歌手のフォーグルと北オーストリアのシュタイアー地方を旅行で訪れた際の事でした。 パウムガルトナーはコントラバスを加えた編成にする事と歌曲「ます」の旋律に基ずく変奏曲を加える事を依頼いたしました。

作品は5つの楽章から構成されており、第4楽章は歌曲「ます」による変奏曲で、弦楽器のみにより主題が提示された後5つの変奏が続きます。

シューベルト ピアノ五重奏曲 「ます」 第4楽章♫~リヒテル(ピアノ)、ボロディン弦楽四重奏団

シューベルトの曲は根底に「歌の心」を持ち合わせておりますが、さわやかで清々しいムードがすみずみまでにじむこのピアノ五重奏曲「ます」は22歳という若さだから書けたのかとも思います。

第1楽章
古典的な様式でありながら淡い中間調の色合いが好ましい柔軟な豊かな歌心に溢れた曲です。
第2楽章
シンプルな楽章ですが、大変美しい音楽です。
第3楽章
しなやかなスケルツォ楽章で弦とピアノの対話が面白いです。
第4楽章
歌曲「ます」の旋律が表れます。
第5楽章
非常に生き生きとした活発な音楽が展開されます。

シューベルト ピアノ五重奏曲 「ます」 全曲♫~アラウ(ピアノ)、ジュリアード弦楽四重奏団
シューベルト ピアノ五重奏曲 「ます」 全曲♫~ギレリス(ピアノ)、アマデウス弦楽四重奏団

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パウル・バドゥーラ=スコダ(ピアノ)、バリリ四重奏団員、オットー・リューム(コントラバス)

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ピーター・ゼルキン(ピアノ)


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2016_01
04
(Mon)08:23

グリーグ  ホルベアの時代から(ホルベルク組曲) 作品40

1885年グリーグ(1843~1907)が作曲した弦楽合奏曲ですが、原曲は1884年ピアノ独奏曲として作曲された作品です。 ドイツ語の省略された題名から「ホルベルク組曲」とも呼ばれますが、弦楽合奏曲の方が有名になり現在ではそちらの方がよく演奏されます。

グリーグ ホルベアの時代から♫~マリア・グリンベルク(ピアノ独奏)

ホルベアというのはグリーグと同郷のベルゲン生まれの18世紀の劇作家(1684~1754)で当時のノルウエーはデンマークと同じ王が統治する連合国であったことから、ホルベアは主にコペンハーゲンで活躍し、大学教授として、また数多くの喜劇の創作と上演によってならぶもののない名声を築いたルズヴィ・ホルベア男爵の事です。

晩年にはその全財産を祖国の文芸復興のために提供するなど、「デンマーク文学の父」とも「北欧のモリエール」ともいわれてノルウエーでも多大な尊敬をあつめた文学者です。

1884年にそのホルベアの生誕200周年を記念する行事がベルゲン市で行われることになり、依頼をうけてグリーグが作曲したのがピアノ独奏曲の「ホルベアの時代から 作品40」で、グリーグによって初演されました。

ホルベアが生きた時代の趣味を反映するように優雅で軽快なバロック風の組曲で、現在では翌年グリーグ自身によって編曲された弦楽合奏版の方がもっぱら愛好されております。

副題に「古い様式による組曲」とあるようにホルベアが生まれた時代のバロック音楽の様式を借りて書かれており、グリーグはホルベアの同時代人のフランスのクラブサン奏者達の組曲をモデルにしたとコメントしております。

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第1曲 前奏曲
バロックの組曲のスタイルに倣って前奏曲がおかれていますが、ピアノ版はトッカータや無窮動のように疾走しますが、弦楽版はリズミカルな印象を与える編曲が行われております。
1

第2曲 サラバンド
アンダンテの優雅な舞曲です。 いかにも北欧風の美しい情緒で弦楽版では中間部にチェロのソロが入ります。
2

第3曲 ガヴォットとミュゼット
フランスの2つの舞曲が組み合わされて作られております。
3

第4曲 アリア
この組曲の中で唯一の短調による楽章でバロック時代の先人達に倣ってはいるものの暗い曲調にはグリーグの個性が強く発揮されております。
4

第5曲 リゴードン
南フランスのプロヴァンス地方に起源を持つ宮廷舞曲リゴードンによる軽快な終曲です。
5

グリーグ ホルベアの時代から♫~カラヤン指揮、ベルリンフィルハーモニー
グリーグ ホルベアの時代から♫~マルケヴィッチ指揮、フランス国立管弦楽団

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カラヤン指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団


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2016_01
03
(Sun)09:55

グリーグ ヴァイオリン・ソナタ 第3番 ハ短調 作品45

グリーグ(1843~1907)は北欧のショパンと呼ばれたノルウェーの作曲家ですが、ノルウェーの民族音楽から着想を得て国民学派の作曲家として注目されました。

グリーグは1858年から3年半の間ドイツのライプツィヒ音楽院で作曲とピアノを学んだ後1863年から3年間デンマークのコペンハーゲンに居住しニルス・ゲーゼに作曲を学び、ヴァイオリン・ソナタ第1番などの初期の作品はこの頃作られました。

妻はいとこのソプラノ歌手のニーナ・ハーゲルップで結婚した後の歌曲はほとんどニーナ夫人のために作曲されております。

1867年現オスロのフィルハーモニー協会の指揮者に就任いたします。

1877年からノルウェーの旧首都のベルゲン東方のハダンゲル地方に住み民族音楽・民族楽器に傾倒していきます。

42歳の時ベルゲン近郊のトロールハウゲン(妖精の丘)に住家を建築しベルゲン出身でデンマークで活躍した劇作家ホルベア(1684~1754)の生誕200年のためにピアノ組曲「ホルベアの時代から」を作曲いたします。

グリーグは1867年まだ20歳代前半の若い時に第2番のヴァイオリン・ソナタを作曲して以降、20年近くヴァイオリン・ソナタを作曲しておりませんでした。 若い頃はドイツ流・デンマーク流とノルウェー要素の折衷の手法をとっておりましたが、後半生にはノルウェーの山峡地帯での生活体験から得たノルウェ―気質を作品に反映させるようになっていきました。

彼は1885年42歳の時にベルゲンの東南およそ10キロほどの小規模なフィヨルド状入り江に面したトロウドハウゲンに瀟洒な家を建て生活の本拠としましたが、移住の翌年若いイタリアの女流ヴァイオリニストのテレジーナ・トゥアが訪れます。 そのヴァイオリンを聴いてグリーグはノルウエイの伝説の中に出てくる妖精が民族楽器のフィッドルを演奏する姿を連想し「フィッドルの小妖精」と呼んだくらい感動いたします。

そこで彼女に弾いてもらうべくヴァイオリン・ソナタ第3番を作曲するのですが、実際に初演したヴァイオリニストも献呈された人物も別の人物で、初演はライプツィヒのゲヴァントハウス・コンサートでロシアの高名なヴァイオリニストとグリーグのピアノで初演されました。

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グリーグは堅固に身に付けていたドイツ古典の基盤の上に創造のファンタジーを展開させ急ー緩ー急の3楽章構成のヴァイオリン・ソナタ第3番を作曲致しましたが第1楽章は情熱的で協奏曲風の趣をたたえています。
1

第2楽章はノルウェーの民族色豊かなロマンスです。
2

第3楽章は室内交響曲風の趣を持つ終曲です。
3

グリーグ ヴァイオリン・ソナタ第3番♫~アシュケナージ(ピアノ)、アレクサンダー・ラブコ(ヴァイオリン)
グリーグ ヴァイオリン・ソナタ第3番♫~ギンズブルク(ピアノ)、コーガン(ヴァイオリン)


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2016_01
01
(Fri)10:02

シューマン 花の曲 変二長調 作品19

謹賀新年
本年もよろしくお願い申し上げます。

さて今日は新年に相応しいシューマンの「花の曲」をご紹介しようと思います。

シューマンは1838年10月から3月にかけてクララとの結婚話がうまくいかないためウイーンで一旗揚げようとウイーンに滞在いたします。 そのウイーン滞在中に作曲したピアノ曲の一つがこの「花の曲」です。

花のいろいろな姿をあらわしているような変化にも富み抒情的な美しさを持つ小品です。

毎年新年には恒例の「NEW YEAR CONCERT」が開かれその模様は全世界に中継されますが、 その会場でも毎年お花の美しさには音楽の素晴らしさを一層引き立たせてくれる美しさがございます。

一年のスタートを美しい音楽で飾って頂ければと思います。

シューマン 花の曲♫~アラウ
シューマン 花の曲♫~リヒテル
シューマン 花の曲♫~ホロヴィッツ
シューマン 花の曲♫~デームス

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ホロヴィッツ

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