2016_02
29
(Mon)09:10

ブラームス ピアノ三重奏曲 第1番 ロ長調 作品8/Brahms Klaviertrio Nr.1 H-Dur Op.8

ブラ―ムス(1833~1897)のピアノ三重奏曲第1番の初稿はブラームスがまだ20歳の1854年に作曲され、ジムロック社から出版されましたが、作品の出版権がブライトコプフ・ウント・ヘルテル社に移った際ブラームスは主題の差し替え等大幅な改訂を施し1891年改訂叛が出版されております。

ブラームスは曲を改訂すると初版はすぐに破棄するのが常であったため2つの版が現存するのはブラームスの作品の中ではこの作品のみです。 今日では改訂版が演奏される事が多く、また多楽章の大規模な作品としては最初のものです。

若きブラームスの情熱と素朴さと真摯さが現れた美しい旋律でブラ―ムスの個性がよく表現された作品です。

初版の初演は1855年11月27日、ニューヨークにおいてウイリアム・メイソンのピアノで、改訂版の初演は1890年1月10日、ブタペストにおいてブラームス自身のピアノによって行われております。

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第1楽章 アレグロ・コン・ブリオ
1

第2楽章 スケルツォ
2

第3楽章 アダージョ
3

第4楽章 アレグロ
4

ブラームス ピアノ三重奏曲 第1番♫~ピリス(ピアノ)
ブラームス ピアノ三重奏曲 第1番♫~ハメリン(ピアノ)、ジョシュア(バイオリン)、イッサ―リス(チェロ)
ブラームス ピアノ三重奏曲 第1番♫~アックス(ピアノ)、ヨーヨーマ(チェロ)
ブラームス ピアノ三重奏曲 第1番♫~アイザックスターン(ヴィオリン)、カザルス(チェロ)
ブラームス ピアノ三重奏曲 第1番♫~オボーリン(ピアノ)
ブラームス ピアノ三重奏曲 第1番♫~カッチェン(ピアノ)、スーク(バイオリン)、シュタルケル(チェロ)

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パウル バドゥーラ=スコダ(ピアノ)


ピアニスト谷真子公式サイト
2016_02
26
(Fri)07:50

リスト タランテラ/Liszt Tarantella

リストの「タランテラ」はリストの「巡礼の年 ヴェネツィアとナポリ(第2年補遺)」の中の第3曲目の曲です。

「巡礼の年」は「第1年スイス」「第2年イタリア」「ヴェネツィアとナポリ(第2年補遺)」「第3年」の4集からなるリストのピアノ独奏曲集ですが、「ヴェネツィアとナポリ(第2年補遺)」は「第2年イタリア」と同時期の1837年から1839年にかけて作曲が開始されたと言われております。

初稿は1840年に作曲された4曲からなる曲集ですが、そのうち2曲を校訂し現在の第2曲のカンツォーネを追加して1859年に現在の形に改訂し、1861年にショット社から出版されております。 その際リストは全3曲を続けて演奏するようにと指示しております。

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「ヴェネツィアとナポリ(第2年補遺)」はリストがヴェネツィアとナポリで聴いた旋律にインスパイアされて作曲したと考えられておりますが、その中の第3曲「タランテラ」のタイトルのタランテラとはイタリア・ナポリの民族舞踊の事で、毒蜘蛛のタランチュラにかまれた時この踊りを踊ると治るという有名な伝説があります。

タランテラは8分の6拍子の躍動的な舞曲で19世紀以降リストやショパンなどの作曲家のピアノ曲に用いられておりますが、リストの「タランテラ」は「ヴェネツィアとナポリ(第2年補遺)」の中の他の2曲に比べると演奏時間も若干長く技巧的なパッセージも目立ち、単独で演奏されることも多い難曲です。

リスト タランテラ♫~キーシン
リスト タランテラ♫~ユンディ・リー


ピアニスト谷真子公式サイト
2016_02
24
(Wed)08:04

グリーグ ピアノ協奏曲 イ短調 作品16/Grieg Piano Konsert a-moll Op.16

ノルウェーの作曲家グリーグ(1843~1907)のピアノ協奏曲イ短調作品16はグリーグが完成させた唯一のピアノ協奏曲で、古今のピアノ協奏曲の中でも重要な位置を占める名曲です。

1868年グリーグが25歳の時デンマークで作曲したグリーグの初期の傑作で、親友のエドムント・ノイぺルトに捧げられており完成の翌年ノイぺルトによって初演されました。

グリーグはその後何度も改訂を行い現在演奏されるのは最晩年の1906年から1907年頃にかけて改訂され1917年に出版されたものです。

グリーグのピアノ協奏曲は同じイ短調という事もありシューマンのピアノ協奏曲とよく比較されますが、実際にグリーグはシューマンのピアノ協奏曲をライプツィッヒ音楽院に留学していた1856年にクララ・シューマンの演奏で聴いておりそれに大きく影響を受けております。

1870年グリーグと面会したリストはグリーグの手稿譜を初見で弾き絶賛したというエピソードが残っております。

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第1楽章
1
ティンパニーのクレッシェンドに導かれて登場するピアノの流れ落ちるような冒頭のフレーズはテレビのBGMなどでもしばしば使われる非常に有名な音楽です。 これは北欧のフィヨルドに注ぐ滝の流れを表現したものと言われております。
グリーグ ピアノ協奏曲 第1楽章♫~キーシン

第2楽章
2
第2部でようやく現れるピアノのパートはそれまでの弱音器を付けた弦楽器の柔らかい和音の旋律を受け継ぎながら発展して行くパッセージであり印象的です。 アタッカで次の楽章へと続きます。
グリーグ ピアノ協奏曲 第2楽章♫~キーシン

第3楽章
3-1
マーチによる導入の後ピアノのカデンツァで開始します。 ノルウェー舞曲を思わせる第1テーマはピアノが提示し中間部ではフルートが叙情性にあふれた牧歌的なメロディを歌い上げます。

3-2
その後クアジ・プレストにテンポを急迫させます。

3-3
最後はアンダンテ・マエストーソとなり堂々とした終曲に至ります。
グリーグ ピアノ協奏曲 第3楽章♫~キーシン

グリーグ ピアノ協奏曲♫~リヒテル
グリーグ ピアノ協奏曲♫~ルービンシュタイン
グリーグ ピアノ協奏曲♫~ルプー


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2016_02
22
(Mon)08:20

グリーグ ペールギュント組曲 作品46, 作品55/Grieg Peer Gynt Suites Op.46, Op.55 

グリーグ(1843~1907)はノルウェーの民族音楽から深い影響を受けた国民楽派の作曲家です。 ピアノのために数多くの小品を残しており「北欧のショパン」と呼ばれる事もあります。

グリーグの「ペール・ギュント」作品23はヘンリック・イプセンの戯曲「ペール・ギュント」のためにグリーグが作曲した劇付随音楽ですが、のち1891年にグリーグは原曲の第13,12,16,8曲の4曲を選び管弦楽のための第1組曲として編曲しております。(作品46) また1892年には原曲の第4,9,21,19.曲の4曲を選び第2組曲として編曲致しましたが、翌1893年第9曲の代わりに第15曲を入れてそれを改訂しております。(作品55)

{イプセンの「ペール・ギュント」は1867年にイプセンが書いた戯曲ですが、これを舞台で上演するにあたり1874年イプセンは同国人のグリーグに劇音楽の作曲を依頼します。 グリーグはそれを翌年1875年に完成させ、初演は1876年2月24日現オスロの王立劇場で行われました。(作品23)}

他にもグリーグ自身の編曲で何曲かがピアノ独奏曲やピアノ伴奏の歌曲に編曲されております。

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ピアノ独奏用楽譜 作品46

ピアノ1


ピアノ2
オーセの死

ピアノ3
アニトラの踊り

ピアノ4
山の魔王の宮殿にて

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ピアノ独奏用楽譜 作品55

1
イングリッドの嘆き

2
アラビアの踊り

3
ペール・ギュントの帰郷

4
ソルヴェイグの歌


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第2組曲作品55 スコア

1
イングリッドの嘆き

2
アラビアの踊り

3
ペール・ギュントの帰郷

4
ソルヴェイグの歌

グリーグ「ペール・ギュント」第1組曲 作品46

オーセの死
アニトラの踊り
山の魔王の宮殿にて

グリーグ「ペール・ギュント」第2組曲 作品55
イングリッドの嘆き
アラビアの踊り
ペール・ギュントの帰郷
ソルヴェイグの歌

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ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、カラヤン指揮


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2016_02
20
(Sat)09:30

ベーゼンドルファー200のピアノのオーバーホール(弦交換)

私は自宅の練習用にウイーンのベーゼンドルファー200というグランドピアノを使用しておりますが、このピアノは私が高校1年の時母方の祖父から買ってもらったピアノです。 導入の時買ってもらったヤマハのG1のグランドピアノから始まり、ヤマハC3,、ヤマハC5、そしてベーゼンドルファーと計4台のグランドピアノを弾いてきたわけですが、ベーゼンドルファーもそろそろオーバーホール(弦交換)の時期が来たようです。

ピアノは車と同じでボディは頑丈で消耗致しませんが、内部の弦やハンマーは日々消耗致しております。 細かい修理をしてもらいながら使用しておりましたが、いよいよB-tech Japanの工房に持ち帰り抜本的に弦の交換をしてもらうことになりました。

全て手仕事ですので修理完成までに2ヶ月かかります。 しばらくの間ベーゼンドルファーのピアノとお別れかと思うと一抹の寂しさがございます。 2か月後新しく生まれ変わって戻ってくる日を楽しみに待つことにいたします。

搬送は奈良のミュージック・サービスさんと言う会社の方が来られます。 ピアノのお勉強はいろんな方々の助けで続けられているのだと改めて感謝するばかりです。

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ベーゼンドルファ―搬出風景
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2ケ月間は代替のカワイのグランドピアノにお世話になります。


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2016_02
18
(Thu)13:00

指揮者の小澤征爾氏 第58回グラミー賞 最優秀オペラ・レコーディング賞受賞

世界を代表する日本人指揮者の小澤征爾氏が第58回グラミー賞で最優秀オペラ・レコーディング賞を受賞されました。
平成25年長野県松本市で開催されたサイトウ・キネンフェスティバル松本でのオペラ公演を収録したCDがノミネートされ小澤征爾さん指揮の作品が最優秀賞を受賞されましたが、当日の発表の様子のビデオにリンクいたします。

第58回グラミー賞発表映像

受賞作品はラヴェルの歌劇「子どもと魔法」ですが、簡単に作品について書いてみます。

*****
ラヴエル オペラ「子どもと魔法」
ラヴェルが作曲をした1幕のオペラです。 オペラとバレエを融合させた幻想的なオペラ作品でラヴェル自身「ファンタジー・リリック」と名付けています。 台本はコレットでおとぎ話を題材にした童話バレエとなっております。 初演は1925年3月11日モンテカルロ歌劇場で行われ大成功を収めます。 パリ初演は1926年2月11日パリのオペラ・コミック座で行われました。

あらすじは、お母さんの言う事を聞かない子供が暴れて家じゅうの物を壊したりペットを傷つけたりします。 壊された物や動物達が魔法の力で子供に仕返しをいたします。 子供は怯えて大騒動になりますが、騒動の中で怪我をした1匹のリスを子供は優しく介抱します。 動物たちは子供の世話はママでないと出来ないとママに子供を返しにいきます。 子供はいい子になるというお話です。
ラヴェル オペラ「子どもと魔法」


小澤征爾氏指揮の演奏会にリンクいたします。

小澤征爾指揮、サイトウキネンオーケストラ♫~ブラームス交響曲第1番
小澤征爾指揮、ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団♫~美しき青きドナウ
小澤征爾指揮、ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団♫~ラデッキー行進曲
小澤征爾指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団♫~チャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」

母から聞いた40年前の若かりし頃のアメリカボストンにおける小澤征爾氏をご紹介するブログを以前に書いたことがありますので合わせてお読み頂けたらと思います。
タングルウッド音楽祭 指揮者小澤征爾さんの記事のブログ


2016_02
17
(Wed)08:05

シューベルト 楽興の時/Schubert Moments musicaux D.780 Op.94

シューベルトはオーストリアの作曲家ですが、「楽興の時」はシューベルト(1797~1828)が作曲した6曲からなるピアノ曲集です。

1823年から1828年にかけて作曲され1828年に作品94として出版されました。

日本ではコマーシャル等で広く知られており、特に第3番ヘ短調が名高いです。

シューベルト 楽興の時 第3番♫~ホロヴィッツ

「楽興の時」というのは19世紀に主としてピアノ曲のジャンルで広まった性格小品の一種で、シューベルトの「楽興の時」はこれらの初期のものという事ができます。

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第1番 ハ長調 モデラート
1
変化に富む曲調であり装飾音が多く演奏には技術が必要です。 両手三連符によるト長調の穏やかな中間部が落ち着きのない主部と好対照を成しております。

第2番 変イ長調 アンダンティーノ
2
シチリアーノのリズムを基本としたロンド形式になっております。 穏やかな主部にエピソードが二度挿入されますが二度目は突発的な激情の爆発で始まります。 シューベルトは穏やかな曲にこうした激情的な部分を挿入する事が多くあります。

第3番 ヘ短調 アレグロ・モデラート
3
この曲は1823年に出版されたシューベルトの他の作品集に「ロシア風歌曲」というタイトルですでに収録されており、シューベルトの存命中から「ロシア風歌曲」として有名で愛されていた曲です。

第4番 嬰ハ短調 モデラート
4
右手の無窮動風の旋律を左手の単調な伴奏が支える構図の曲です。

第5番 ヘ短調 アレグロ・ヴィヴァーチェ
5
行進曲風の進撃的な主題です。

第6番 変イ長調 アレグレット
6
落ち着いた間奏曲です。

シューベルト 楽興の時♫~ブレンデル
シューベルト 楽興の時♫~グルダ
シューベルト 楽興の時♫~ギレリス


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2016_02
16
(Tue)08:28

ラフマニノフ 6つの楽興の時/Rachmaninoff Six Moments Musicaux Op.16

ラフマニノフ(1873~1943)はロシアの作曲家・ピアニストですが、「6つの楽興の時 作品16」は1896年に作曲されたラフマニノフ初期の6曲から成るピアノ曲集です。

題名はシューベルトを連想させますが、超絶技巧やピアノ書法にはショパンやリストの影響が見受けられます。

各曲は組曲を構成しながらも個別の主題や気分を備えた独立した楽曲として成立しており、ピアニストとしても活躍したラフマニノフらしく演奏には極めて高度な技巧を必要とされます。

「6つの楽興の時」はラフマニノフのそれ以前のピアノ作品に比べると長めでテクスチュアは重厚で超絶技巧の要求もより高度であり作品の細部は装飾的というより機能的になっております。 ラフマニノフのそれまでのピアノ曲の作曲の知識を総括する作品であり、ラフマニノフが「自分の心の内にあるもの」を完全に描き出した作品です。

奇数番目の曲は比較的ゆっくりと、偶数番目の曲は極めて速く劇的な雰囲気を持ち、全体がロシアの荒涼とした大地を覆う美しい情景に彩られております。

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第1曲 アンダンティーノ
1
息の長い内省的な旋律によって曲集は始まり急激なクライマックスへと畳み掛けます。

第2曲 アレグレット
2
ラフマニノフの演奏技巧の熟達を告げる小品です。

第3曲 アンダンテ・カンタービレ
3
葬送行進曲とか哀歌と呼ぶのに相応しく、ゆっくりとした叙情的な美しい旋律が綿々とした情緒を感じさせます。

第4曲 プレスト
4
ショパンの前奏曲などにインスパイアされており濃密な旋律が奏されております。

第5曲 アダージョ・ソステヌート
5
曲集に淡い光が差し込むような優しさに満ちた長調の作品です。

第6曲 マエストーソ
6
3声体の重厚なテクスチュアによる堂々とした終曲です。

ラフマニノフ 楽興の時♫~アシュケナージ
ラフマニノフ 楽興の時♫~ベルマン
ラフマニノフ 楽興の時♫~ルガンスキー
ラフマニノフ 楽興の時♫~ポゴレリッチ


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2016_02
15
(Mon)10:00

リスト 詩的で宗教的な調べ/Liszt Harmonies poetiques et religieuses S.173

「詩的で宗教的な調べS.173」はリスト(1811~1886)が1853年に完成させた10曲からなるピアノ曲集です。

アルフォンス・ド・ラマルティーヌの同名の詩集にインスパイアされて作曲したもので、献呈はカロリーヌ・ヴィットゲン伯爵夫人に献呈されております。 第3曲(孤独の中の神の祝福)と第7曲(葬送)が有名でしばしば単独で取り上げられます。

*****
ラマルティーヌ(1790~1869)
フランスの詩人。 ロマン派の代表的詩人でフランスにおける近代抒情詩の祖と言われヴェルレーヌや象徴派に大きな影響を与えた。


13歳でリストはパリを訪れ演奏家として華やかな生活を送り、多くの作曲家や詩人と交流を持ちますが、ラマルティーヌともベルギョジョーソ公夫人のサロンで出会い深い交友関係を持ちます。 ラマルティーヌの同名の詩集は1830年に出版され当時20歳前後だったリストはこれに深い感銘を受けます。  

1834年若きリストはラマルティーヌの詩集にインスパイアされ現在の曲集第4曲「死者の追憶」の原型となる単一の楽曲の「詩的で宗教的な調べ」を作曲します。

晩年にはローマで聖職者の地位を得て宗教的な生活に入ったリストですが、この頃から若くから内在していた彼の宗教的な側面が表現され、1845年に曲集としての「詩的で宗教的な調べ」の初稿を書き、1847年・1853年と2度の校訂を得て現在の「詩的で宗教的な調べ」の形といたします。

曲集には序文としてラマルティーヌの詩が掲げられており更に第1・3・9曲にもそれぞれラマルティーヌの詩が付されております。

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序文

1
第1曲に付された詩

3
第3曲に付された詩

9
第9曲に付された詩

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第1曲 祈り

第2曲 アヴェ・マリア

第3曲 孤独の中の神の祝福
第3曲
曲集の中で最もスケールが大きくリストの宗教的・内省的な側面を象徴する傑作です。 信仰によって心の平和を得たという内容のラマルティーヌの同名の詩が掲げられております。

第4曲 死者の追憶

第5曲 パーテル・ノステル

第6曲 眠りから覚めた御子への賛歌

第7曲 葬送
第7曲
曲集の中では最もよく知られた作品で弔いの鐘を模したと言われる序奏や中間部の連続オクターヴが有名です。 「1849年10月」との副題が掲げられておりますが、これはハプスブルク朝の下にあるオーストリア帝国からハンガリー王国が独立しようとした1848年のハンガリー革命の失敗により1849年10月にリストの知人も多く処刑された出来事から付けられ、祖国のために命を散らした者たちへの哀歌ではないかと現在では見なされております。 またかつては1849年10月に死去したショパンへの追悼曲ではないかと見られた事もありました。

第8曲 パレストリーナによるミゼレーレ

第9曲 アンダンテ・ラクリモーソ

第10曲 愛の賛歌

孤独の中の神の祝福♫~アラウ
葬送♫~キーシン

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アラウ


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2016_02
14
(Sun)09:26

ベートーヴェン ピアノ協奏曲 第5番 変ホ長調 作品73 「皇帝」/Beethoven Konzert fur Klavier und Orchester Nr.5 Es-Dur Op.73

ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」が作曲された1809年頃は、ヨーロッパ制覇を目指すフランスのナポレオン軍がオーストリアに迫りウイーンを占領しウイーン中が混乱に陥った時期でしたが、その騒然とした戦禍の中でベートーヴェンは「皇帝」の構想を練り郊外のバーデンに移って完成させます。

ベートーヴェンの保護者だった王侯貴族たちも街から逃げ出してしまい、彼は財政的に困窮した状態にありましたが、作曲当時の厳しい社会背景や自身の健康状態から来る精神的不安を感じさせる所は全くなく、明るい曲想をしており、ベートーヴェンの中期を飾る傑作です。

初演は1811年11月28日ライプツィヒのゲヴァントハウスにてヨハン・フリードリヒ・シュナイダーの独奏、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団で行われました。 半年後の1812年2月15日にはウイーンでベートーヴェンの弟子でピアノの教則本でも有名なツエルニーの独奏でウイーン初演されましたが、その後はベートーヴェンが没するまで演奏される事はありませんでした。

「皇帝」というタイトルはベートーヴェンが付けたものではなく、出版人のJ.B.クラマーが名付けたものですが、混乱期にかかれたこの協奏曲には強い民族意識が根付いております。

献呈は第4番と同じくベートーヴェンの後援者・弟子・友人であったルドルフ大公に献呈されております。

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第1楽章
1
協奏風のソナタ形式。 オーケストラの力強い和音の後すぐにピアノのカデンツァ風のパッセージを華々しく登場させていますが、これは単なる序奏でその後風格のある第1主題と初め短調で奏でられる第2主題とが続きます。

第2楽章
2
自由な変奏曲形式。 優しく落ち着いた緩徐楽章がしっとりと奏でられて行きます。 最後は第3楽章の主題がゆっくり示され切れ目なく第3楽章に入ります。

第3楽章
3
ロンド・ソナタ形式。 第2楽章で現れた主題がフォルテで開始されていき、フィナーレは豪快で力感に溢れて華やかです。

ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番「皇帝」♫~ツイメルマン
べートーヴェン ピアノ協奏曲第5番「皇帝」♫~キーシン
ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番「皇帝」♫~ミケランジェリ
ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番「皇帝」♫~ポリー二
ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番「皇帝」♫~ホロヴィッツ
ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番「皇帝」♫~バックハウス
ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番「皇帝」♫~バレンボイム
ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番「皇帝」♫~ルービンシュタイン
ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番「皇帝」♫~ランラン

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ブレンデル

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バックハウス

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ユンディー・リー

参考ブログ
ベートーヴェン ピアノ協奏曲第3番


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2016_02
12
(Fri)09:48

プロコフィエフ 4つの小品 作品4 「4.悪魔的暗示」、バレエ「ロメオとジュリエット」からの10の小品 作品75 「6.モンターギュー家とキャピュレット家」/Prokof'ev Suggestion diaboligue, Montagues and Capulets

プロコフィエフ(1891~1953)はロシアの作曲家ですが、サンクトペテルブルク音楽院で作曲・ピアノを学び、自身が優れたピアニストであった事から多くのピアノ作品を作っております。 今日はその中から、良くアンコールで演奏される小品2曲について書きます。

まず第1曲目は「悪魔的暗示」ですが、これはプロコフィエフの「4つの小品 Op.4」の中の第4曲にあたる作品です。 1908年17歳音楽院在学中の時に「現代音楽の夕べ」でプロコフィエフは初の公開演奏を行い「悪魔的暗示」他自作曲7曲を演奏しております。

プロコフィエフ 悪魔的暗示♫~キーシン
プロコフィエフ 悪魔的暗示♫~リヒテル
プロコフィエフ 悪魔的暗示♫~ルービンシュタイン

次は「モンタ―ギュー家とキャピュレット家」ですが、これはプロコフィエフのバレエ音楽「ロメオとジュリエット」に基ずいて作曲された「10の小品 Op.75」の中の第6曲です。

バレエ「ロメオとジュリエット」(1936)はシェイクスピアの悲劇「ロメオとジュリエット」に基ずいて作曲されたプロコフィエフの最も多く愛される傑作の一つですが、このバレエ曲を基にプロコフィエフは管弦楽用の3つの組曲とピアノ独奏用の「10の小品」を作曲しました。 「10の小品」(1937)は同年にプロコフィエフ自身が初演しております。 「10の小品」はバレエの原曲から再構成したもので、バレエの筋に沿った順序で配列されたものではありません。

よく弾かれる「6.モンターギュー家とキャピュレット家」にリンクいたします。 これはバレエの第1幕 第2場 13曲「騎士たちの踊り」からで、重厚で威圧的な旋律は騎士と貴婦人たちの舞踏の音楽です。 中間部ではジュリエットが両親の結婚を勧める青年パリスと踊る美しく感傷的な旋律が流れます。

プロコフィエフ ロメオとジュリエットから「6.モンターギュー家とキャピュレット家」♫~キーシン


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2016_02
11
(Thu)09:25

ヒナステラ アルゼンチン舞曲集 作品2/Ginastera Danzas arugentinas Op.2

ヒナステラ(1916~1983)はアルゼンチンのクラシックの作曲家ですが、ブラジルのヴィラ=ロボスと並びラテンアメリカで最も重要な作曲家の一人です。

1938年ブエノスアイレス音楽院を卒業しますが、「アルゼンチン舞曲集」は在学中の1937年に書かれた作品です。 後期作品に見られるような前衛的な表現はまだあまり見られず、民族色を前面に押し出した親しみやすい楽曲でヒナステラのピアノ作品を代表する曲の一つです。

この曲は同じアルゼンチンのブエノスアイレス出身のマルタ・アルゲリッチがアンコール曲として好んで演奏したことでよく知られる曲でもあります。

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第1曲 Danza del viejo boyero(年老いた牛飼いの踊り)
1
右手は調号がなく左手には♭5つがつく複調の手法。 民族的な題材によりながらもすでに前衛的な姿勢が見受けられます。 曲の終わりにはヒナステラが好んで用いたギターの開放弦(E-A-D-G-H-E)が出てきます。
ヒナステラ 年老いた牛飼いの踊り♫~アルゲリッチ

第2曲 Danza de la moza donosa(優雅な乙女の踊り)
2
中南米の舞曲の中にはヨーロッパの宮廷舞曲をルーツに持つものが多くありますが、この曲も原題の「donosa」(上品で粋な女性を表す言葉)の名の通り優雅で気品に満ちた曲です。
ヒナステラ 優雅な乙女の踊り♫~アルゲリッチ

第3曲 Danza del gaucho matrero(ガウチョの踊り)
3
「ガウチョ」とはパンパと呼ばれる草原地帯で牧畜を営むいわば南米のカウボーイの事です。 職業としてのガウチョは19世紀に消滅いたしましたが、今でもガウチョはアルゼンチンの勇敢な男の象徴です。 楽曲中にはアルゼンチン北西部発祥のチャカレーラやサンバ(ブラジルのサンバとは別のもの)、マランボといった民族舞曲が使われていますが、これらの民族舞曲はいずれもガウチョたちが草原で踊っていたものです。
ヒナステラ ガウチョの踊り♫~アルゲリッチ


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2016_02
10
(Wed)09:45

スクリャービン 12のエチュード 作品8/Scriabin 12 Etudes Op.8

スクリャービン(1872~1915)が22歳の時書き始めて翌年1894年に完成したこの「12の練習曲Op.8」は出版業者M.ベリャーエフがスクリャービンに出版を勧めたもので、ショパンの練習曲集を意識して12曲で1つのまとまりをなすように構成したことがベリャーエフにあてた手紙から分かっております。

ベリャーエフは出版の後スクリャービンのヨーロッパ各地への演奏旅行も企画しております。

特に右手のオクターヴの壮絶な旋律に始まる第12曲目は「悲愴」と称されスクリャービンが大変好んで演奏しておりました。

ショパンの作品10-12(革命)の練習曲との類似が指摘され、のち20世紀初頭のロシアが体験するあまたの出来事と結びつく反乱の精神が凝縮されております。

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Op.8-12

スクリャービン エチュード 作品8 全曲♫~ソフロ二ツキー
スクリャービン エチュード 作品8-12♫~ホロヴィッツ
スクリャービン エチュード 作品8-12♫~キーシン
スクリャービン エチュード 作品8-12♫~ベレゾフスキー
スクリャービン エチュード 作品8-12♫~スクリャービン

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ホロヴィッツ

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イーゴリ・ニコノーヴィチ


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2016_02
09
(Tue)07:25

ドヴォルザーク スラヴ舞曲集 Op.46, Op.72/Dvorak Slawische Tanze

ドヴォルザーク(1841~1904)はチェコの作曲家ですが、そのドヴォルザークがピアノ連弾のために書いたのが「スラヴ舞曲集」です。

各8曲からなる第1集作品46と第2集作品72があります。 作曲家自身によって全曲が管弦楽編曲されております。

ドヴォルザークは1875年にオーストリア=ハンガリー帝国政府の奨学金の審査で提出作品が認められますが、その審査員の中にはブラームスがおりました。

*****
19世紀欧州は1804年から1867年まではオーストリア帝国が、1867年から1918年まではオーストリア=ハンガリー帝国が中東欧を支配しており、ハプスブルク家の君臨していた時代でした。


特にブラームスはドヴォルザークの才能を高く評価しベルリンの出版社のジムロック社にドヴォルザークを紹介します。 ジムロック社はブラームスの「ハンガリー舞曲集」の成功を受け、ドヴォルザークにもボヘミアの民謡を基にした連弾曲集の作曲を要望いたします。 

それに応えて1878年3月から5月にかけて作曲されたのが、8曲からなる「スラヴ舞曲集」作品46です。 「ハンガリー舞曲集」と同様にピアノ連弾曲集として出版され大人気となりました。

ドヴォルザークは同年4月には管弦楽編曲に着手し8月には全8曲の編曲を完成いたしました。 こちらも同年出版されたちまち世界中のオーケストラのレパートリーとなりました。

ドヴォルザークは民族舞曲のリズムや特徴は生かしておりますが、旋律は独自に作曲しております。

第1集の成功後、ジムロック社は次の舞曲集の作曲をドヴォルザークに要望します。 そして1886年6月にピアノ連弾版の全8曲を完成いたします。 これがスラヴ舞曲集第2集作品72です。 管弦楽編曲も同年11月から1887年1月にかけて行われどちらも完成の年にそれぞれ出版されました。

第1集がボヘミアの代表的な舞曲を取り上げているのに比べ、第2集では他のスラヴ地域の舞曲を取り入れているのが特色です。
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Op.46-1 SECOND

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Op.46-1 PRIMO

1
Op.72-1 SECOND

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Op.72-1 PRIMO

ドヴォルザーク スラヴ舞曲集 Op.46♫~ブレンデル、クリーン
ドヴォルザーク スラヴ舞曲集 Op.72♫~ブレンデル、クリーン
ドヴォルザーク スラヴ舞曲集全曲♫~管弦楽

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クーベリック指揮、バイエルン放送交響楽団


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2016_02
08
(Mon)15:48

第32回日本ピアノ教育連盟ピアノ・オーディション全国大会のお知らせ

第32回日本ピアノ教育連盟ピアノ・オーディション全国大会の課題曲と日程のチラシを掲載致します。

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(↑クリックされますと拡大いたします。)

全国大会入賞者は続けて行われる全国優秀者演奏会に出場いたします。 私も小学5年生の時の第9回日本ピアノ教育連盟ピアノ・オーディションで全国優秀者演奏会に選ばれて出場したことがあります。

その時の思い出はブログの♪第9回全国優秀者演奏会の思い出♪に詳しく書いておりますので、合わせてお読み頂けたらと思います。


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2016_02
08
(Mon)09:27

バルトーク ピアノ・ソナタ Sz.80/Bartok Sonate fur Klavier(1926) 

ハンガリーの作曲家バルトーク(1881~1945)は初期の作曲では民謡素材に基づくピアノ曲を多く作曲していますが、1923年のオーケストラ作品「舞踏組曲」の作曲を最後に3年間創作活動を中断しております。

この「ピアノ・ソナタ」は1926年6月作曲されましたが、彼の書いた唯一のピアノ・ソナタで、ピアノ独奏曲の中では最も重要な作品です。 初演は1926年12月8日ブタペストでバルトーク自身の演奏で行われております。 初期の作品とは全く異なる作風であり自ら後期への意志を示しております。

1926年の夏、バルトークは家族を避暑地に送りだし自らはブタペストに残り翌年の演奏会に向けてピアノ協奏曲1番を書くため作曲に取り組みました。 こういう中からこのソナタや「戸外にて」「9つのピアノ小品」などが書きあげられお互いの作品は影響し合っております。

「ピアノ・ソナタ」はリストの系譜に繋がる優れたピアニストであったバルトークが自らのレパートリーの一つとして作曲した作品であると同時に、小品の方が多い彼のピアノ作品の中では大規模な構造を持っている数少ない作品の一つです。

この曲ではもう初期の作品のように民謡や民俗音楽を生で扱う事はなく、その要素は完全に抽象化されてより高度な創造、絶対音楽の世界が指向されております。

形式的にはソナタ形式を踏まえウイーン古典派が確立したオーソドックスな3楽章で構成されていますが、様々な音階の使用や、調性感の不明確な響き、バロック音楽的な構造の明確さ、ピアノの打楽器的な使用、重厚な和音塊など非情なまでに純粋な音楽的書法の追及に終始しております。

第1楽章
ソナタ形式で軽快な第1主題、静かな第2主題の2つの主題とそれから派生する多様なリズムの組み合わせによる精密な楽章です。
バルトーク ピアノ・ソナタ 第1楽章♫~ランラン

第2楽章
鐘の音のような連打に始まる緩徐楽章です。 単純ですが緊張感に満ちた和音の列が悲痛に聴こえます。
バルトーク ピアノ・ソナタ 第2楽章♫~ランラン

第3楽章
ロンド形式ですがその主題は素朴で明快です。 小刻みな動きと民俗舞曲風のカラーが生き生きとした生命感を表しています。
バルトーク ピアノ・ソナタ 第3楽章♫~ランラン

参考ブログ
バルトーク ルーマニア民俗舞曲

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ゾルタン・コチシュ

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アンドール・フォルデス

バルトーク ピアノ・ソナ♫~アルゲリッチ(スコア付き)


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2016_02
07
(Sun)08:42

スクリャービン 幻想曲 ロ短調 作品28/Scriabin Fantasie h-moll Op.28

スクリャービンの作品はショパン風のピアノ小品を数多く作った初期(~1981)、リスト・ワーグナーの影響を受け調性にとどまりながらも神秘和音を使い始め独自の作風を試みた中期(~1908)、そして自分の芸術を神秘主義的思想と結び付けさらに音と色彩の融合を目指した後期(~1915)の3つに分類されますが、「幻想曲」は1900年のピアノ曲でソナタ3番とソナタ4番の間に完成されたソナタ形式による単一楽章の作品であり、初期の集大成ともいえる壮大な曲想を持つ曲です。

ショパンや後期ロマン派的な濃厚な感情表現も多く見られますが、中期・後期作品で見られる深い神秘性も随所に見られます。

ロシアのピアニストには人気のある楽曲ですが、スクリャービン自身はこの曲を顧みることがなく、サバネーエフがスクリャービンの自宅のピアノで幻想曲の主題を弾いたところスクリャービンは「誰の曲だい?覚えがあるな。」と叫んだという逸話も残っております。

スクリャービン自身が20代前半で右手を壊したため左手に連続するオクターブの跳躍や広いアルペジオのパッセージが現れ技術的に困難な曲ですが、美しく流れるメロディなど魅力的な要素がちりばめられており、さらにリストやワーグナーの交響楽的な重厚さも合わせ持つ素晴らしい作品です。

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スクリャービン 幻想曲 作品28♫~ソフロ二ツキー
スクリャービン 幻想曲 作品28♫~リヒテル

参考ブログ
芸術とは何でしょうか?


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2016_02
05
(Fri)10:52

ブラームス ハンガリー舞曲集/Brahms Ungariche Tanze WoO.1

ブラ―ムス(1833~1897)のハンガリー舞曲集はブラームスがハンガリーのジプシー(ロマ)音楽に基づいて編曲した舞曲集で、もともとは四手用(連弾)のピアノ曲として書かれました。 全部で21曲あります。

ブラームス ハンガリー舞曲 第5番♫~連弾(ランラン)

ブラームスは1850年代前半、エドゥアルド・レメーニの伴奏者としてドイツ各地で演奏旅行を行い、その時レメーニからジプシー音楽(ロマの民族音楽)を教えられ魅了されます。

それ以来ブラームスはそれをハンガリーの民族音楽と信じて採譜を続け、1869年に第1・2集(1~10番)、1880年に第3・4集(11~21番)を刊行いたします。

1869年の発表直後から当時のヨーロッパを席巻した「チャ―ルダーシュ人気」とヨーロッパの家庭にピアノが普及した19世紀半ば当時の「連弾ブーム」に乗って連弾のブラームス編曲「ハンガリー舞曲集」は大ヒットいたします。

後にレメーニは、ハンガリー舞曲集の大成功を知るとこれは他のチャ―ルダーシュの作曲家達の曲でブラ―ムスの盗作であるとしてブラームスを相手に訴訟に持ち込みますが、ブラームスが「作曲」ではなく「編曲」としておいた事が幸いしてブラームスが勝利いたします。

1872年には第1・2集(1~10番)はピアノ独奏曲としてブラームス自身によって編曲されております。

ブラームス ハンガリー舞曲 第1番♫~キーシン(ピアノ)
ブラームス ハンガリー舞曲 第2番♫~キーシン(ピアノ)
ブラームス ハンガリー舞曲 第3番♫~キーシン(ピアノ)

また1873年にはブラームス自身の指揮で演奏会で取り上げるためブラ―ムスが第1・3・10曲を管弦楽用に編曲しております。

残りの18曲は様々な音楽家が管弦楽用の編曲を手がけており第4集(17~21番)はドヴォルザークが管弦楽用の編曲をしております。 ドヴォルザークはまた、ブラームスの助言でロマの民族音楽の性格と特徴を取り入れ自作の主題によって連弾と管弦楽「スラヴ舞曲集」も作曲しております。

ブラ―ムス ハンガリー舞曲集 全曲♫~ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団、アバド指揮

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ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団、アバド指揮


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2016_02
04
(Thu)09:18

ベートーヴェン=アントン・ルビンシュタイン トルコ行進曲 (アテネの廃墟から)/Beethoven Turkish March

「トルコ行進曲」と言えば、モーツァルトのピアノ・ソナタ11番第3楽章とベートーヴェンが作曲した劇付随音楽「アテナの廃墟」第5曲のトルコ行進曲が有名ですが、これらトルコ行進曲は西欧の作曲家がオスマン帝国の軍楽隊の音楽に刺激を受けて作曲したものです。

オスマン帝国による2度のウイーン包囲に随行したトルコの軍楽隊メフネルによる影響で、18世紀頃西欧にはトルコ趣味が流行しておりました。

劇付随音楽「アテネの廃墟」(The Ruins of Athens)(1811)作品113は、トルコに征服されて廃墟となったアテネを王が救うという物語で最後はハンガリー王であるフランツ1世が称えられます。

元々1811年10月21日に皇帝フランツ・ヨーゼフの誕生日と同じ日にハンガリーのペスト市(現ブタペスト)に新設されたドイツ劇場のこけら落としが行われる予定でしたが、開場が遅延したため翌2月9日に改めて初演されました。

*****
付随音楽
演劇で使用するために作られた音楽。 多くのクラシック音楽の作曲家が様々な演劇のために付随音楽を作曲している。 ベートーヴェンの「エグモント」、メンデルスゾーンの「夏の夜の夢」、グリーグの「ペール・ギュント」などがある。


その後、付随音楽はあまり演奏される機会が少なくなりベートーヴェン自身この作品を「気晴らしの小品」と呼んでおりました。

現在は序曲とトルコ行進曲以外ほとんど演奏されませんが、この音楽の主題はピアノのための「創作主題による6つの変奏曲」(作品76)からとられております。

ベートーヴェン 創作主題による6つの変奏曲 作品76♫~リヒテル

劇付随音楽「アテネの廃墟」第5曲の「トルコ行進曲」はアントン・ルビンシュタインの編曲でピアノ曲に編曲されており現在では世界中で幅広く親しまれております。

ベートーヴェン トルコ行進曲♫~劇付随音楽「アテネの廃墟」より
ベートーヴェン=アントン・ルビンシュタイン トルコ行進曲♫~キーシン
ベートーヴェン=アントン・ルビンシュタイン トルコ行進曲楽譜♪~アカデミア・ミュージック


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2016_02
03
(Wed)08:28

ラヴェル 亡き王女のためのパヴァーヌ ト長調/Ravel Pavane pour une Infante Defunte G-Dur

「亡き王女のためのパヴァーヌ」はフランスの作曲家M.ラヴェル(1875~1937)が1899年パリ音楽院在学中に作曲したラヴェルの初期を代表する傑作のピアノ曲です。

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1902年サル・プレイエルでの国民音楽協会主催のリサイタルでリカルド・ビニェスによって「水の戯れ」とともに初演され、パトロンであったポリニャック公爵夫人に献呈されております。

1910年にはラヴェル自身が管弦楽曲に編曲いたしております。
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ラヴェル 亡き王女のためのパヴァーヌ♫~管弦楽版


ルーブル美術館所蔵の17世紀スペインの宮廷画家ベラスケスが描いたマルガリータ王女の肖像画からインスパイアされて作曲したとされております。

ラヴェルによると、「亡き王女」というタイトルはフランス語ではinfante defunteとなり言葉の韻を踏むフランス語の響きの美しさから命名したもので、「亡くなった王女の葬送の哀歌」ではなく「スペインの宮廷で小さな王女が踊ったパヴァーヌ」だとしております。

*****
パヴァーヌ
スペインに起源を持つ16世紀初頭の宮廷舞曲。 16世紀から17世紀にかけてヨーロッパの宮廷で普及していた。
パヴァーヌ 舞踊映像


この古風な曲は歴史上の特定の王女に捧げて作られたものではなく、スペインへのノスタルジアを表現したものと考えられ、この表現はラヴェルの他の作品や、同年代の作曲家の作品にも見られます。

世間からはこの曲は大きな評価を受けましたが、周りの音楽家からはあまり評価されず、またラヴェル自身も「私はこの曲には多くの欠陥のあることを強く感じている。 余りにもシャブリエの影響が明らかだし形式もかなり貧弱だ。」と言っておりますが、のちに自身で管弦楽に編曲している所からラヴェル一流のシニスムとも思えます。

優雅でラヴェルらしい繊細さを持つ美しい小品であり、多くの編曲者によりピアノと独奏楽器のデュオ、弦楽合奏など様々に編曲されアンコールとしてもしばしばとりあげられます。

ラヴェル 亡き王女のためのパヴァーヌ♫~ラヴェル
ラヴェル 亡き王女のためのパヴァーヌ♫~チェルカスキー
ラヴェル 亡き王女のためのパヴァーヌ♫~リヒテル
ラヴェル 亡き王女のためのパヴァーヌ♫~フランソワ

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ペルルミュテール

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阿部裕之先生

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ギーゼキング

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パスカル・ロジェ

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モニク・アース

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ポール・クロスリー


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2016_02
02
(Tue)09:04

ラヴェル 水の戯れ ホ長調/Ravel Jeux d'eau E-Dur

「水の戯れ」はラヴェル(1875~1937)がパリ音楽院在学中の1901年に作曲したピアノ曲で、当時の作曲の師のフォーレに献呈されました。

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1902年4月5日サル・プレイエルで行われた国民音楽協会主催のリカルド・ビニェスのピアノ・リサイタルで、「亡き王女のためのパヴァーヌ」とともに初演されました。

ラヴェル自身はこの曲について「テンポ・リズムも一定なのが望ましい。 水の音、噴水、滝の音楽からインスパイアされたこの曲は2つのモティーフによって構成されている。 ソナタ形式の第1楽章にならっているが、古典的な形式をそのまま踏襲しているわけではない。」と言っております。

初演当時としては極めて斬新な響きのする作品だったと思えサン=サーンスの酷評を招きましたが、今日ではリスト・シャブリエからの影響から抜け出てピアニスティックで精巧なラヴェル独自の書法が本格的に開花した作品として高い評価を得ています。

またドビュッシーに先んじてフランス印象主義の幕開けを告げた作品でもあります。

タイトルはリストの「エステ荘の噴水」(Les Jeux d'Eaux a la Villa d'Este)から影響を受けておりますが、楽譜の冒頭にはアンリ・ド・レニエの詩「水の祭典」の一節「水にくすぐられて笑う河の神」を題辞として掲げております。

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レニエの詩句はこの曲の実在を良く表現しており、「古い整然としたフランス式庭園の中央に噴水が設けてあります。 噴水の中にある古代の河の神の像は空高く噴き上げる水のしぶきを浴びて幸せそうです。 噴き上げられた水は七色の虹となって空中に霧散します。」という詩的楽想を象徴しております。

ラヴェルはJeau d'eauという言葉で噴水そのものを描写するのではなく、光の加減とともに変化する水の色彩と音響を表現していたようです。

ところでドビュッシーの「水の反映」(1905)と良く比較されますが、ラヴェルの「水の戯れ」(1901)は制御された噴水の美しい水の動きを古典的なソナタ形式で描いておりますが、ドビュッシーの「水の反映」は水に映った風物の輝き・揺らめきをより自由な形式で描いております。

ラヴェル 水の戯れ♫~阿部裕之先生
ラヴェル 水の戯れ♫~アルゲリッチ

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ペルルミュテール

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阿部裕之先生

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ギーゼキング

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パスカル・ロジェ

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モニク・アース

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ポール・クロスリー


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2016_02
01
(Mon)09:02

ラヴェル ソナチネ 嬰ハ短調/Ravel Sonatine fis-moll

ラヴェル(1875~1937)の「ソナチネ」は、「水の戯れ」の少し後「鏡」と並行して1903年から1905年にかけて作曲されたピアノ曲で、1906年3月10日リヨンでポール・ドゥ・レスタン夫人によって初演されました。 

ラヴェルの友人のゴデブスキ夫妻(イーダとシーパ)に献呈されましたが、ゴデブスキ夫妻の子供のジャンとミミには後に連弾曲「マ・メール・ロア」も献呈されております。

この曲はラヴェルがある音楽雑誌主催の作曲コンクールのために書き上げた曲で、小節数の規定のため小規模な作品となっておりますが、入選したのはラヴェル1人だけだったそうです。

ソナチネというタイトルは作品の難度ではなくラヴェルの古典様式への傾斜を映し出しているに過ぎません。 きりりと引き締まった古典的な佇まいの中に美しく多彩なそしていかにもラヴェルらしい素晴らしく洗練された楽想を配した名作です。 その完成度の高さは名匠の手で磨き上げられた宝石を思わせます。

第1楽章 モデレ
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ソナタ形式の優しいメランコリーをたたえた曲です。 コンパクトにまとめあげられた中で新鮮な響きや流麗な美しさが印象深い楽章です。

第2楽章 メヌエット
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繊細で高貴な旋律を持ったメヌエットで中間部を経てやや変形されて再び現れますが古典的なフォルムは失っておりません。

第3楽章 アニメ
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循環形式のソナタを形作っております。 わきたつばかりの喜びに溢れる終曲は「青春と練達の妙技が混然一体となった名作」とのロマン=マニュエル(1891~1966)の讃辞にふさわしい終曲です。

ラヴェル ソナチネ♫~コルトー
ラヴェル ソナチネ♫~ギーゼキング
ラヴェル ソナチネ♫~クララ・ハスキル
ラヴェル ソナチネ♫~ラローチャ
ラヴェル ソナチネ♫~アヴデーエワ
ラヴェル ソナチネ 第1楽章♫~アルゲリッチ
ラヴェル ソナチネ 第1・2楽章♫~ラヴェル

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ペルルミュテール

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ギーゼキング

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パスカル・ロジェ

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モニク・アース

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ポール・クロスリー


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