2016_07
29
(Fri)09:19

グリーグ ノルウェー民謡による変奏曲形式のバラード ト短調 Op.24/Grieg Ballade i form av variasjoner over en norsk folketone g-moll Op.24

「ノルウエー民謡による変奏曲形式のバラード」はグリーグ(1843~1907)が作曲したピアノ曲で単に「バラード」とも呼ばれます。

グリーグの代表作「ペール・ギュント」が完成された1875年から1876年にかけて作曲されたピアノ曲で、主題として使用されているノルウエー民謡は、ノルウエーの作曲家リンデマンが採取したヴァルドレス地方の民謡「北国の農民」で、グリーグはそれを主題とし14の変奏とコーダを作曲しております。

グリーグのピアノ作品の中では初期のもので、ピアノ・ソナタ同様頻繁には演奏されないものですが、作曲当時は両親を亡くし妻とも不仲、また自身の大作への創作能力にも疑問を持っていたため、グリーグのピアノ作品中最も野心的な作品だとも言われており、演奏に際しては構成力が求められます。

グリーグ バラード♫~ボレット
グリーグ バラード♫~チッコリーニ


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2016_07
27
(Wed)11:30

グリーグ ピアノ・ソナタ ホ短調 作品7/Grieg Klaviersonate e-moll Op.7

「ピアノ・ソナタホ短調作品7」はノルウエーの作曲家グリーグ(1843~1907)が作曲した唯一のピアノ・ソナタで創作の最初の頃に作曲されました。

ドイツのライプツィヒ音楽院で学んだグリーグは1862年に卒業すると母国ノルウエーに戻りピアニスト・作曲家として活動を始めます。

1863年にデンマークの作曲家ニルス・ゲーゼを訪問するためコペンハ―ゲンに行きしばらく同地に住みますが、同地でノルウエーの作曲家リカルド・ノルドロークと知り合います。 グリーグはノルドロークの影響を受けて国民主義的な音楽を書くことを決心致します。

このピアノ・ソナタはそれから2年ほど経った1865年に作曲されましたが、このソナタにはさほどノルウエー的なものは強く示されてはおりませんが、旋律の端々にはグリーグの後の作品に聴かれるような彼らしい特徴が見られます。

全4楽章の構成ですがめったに演奏されない作品です。

グリーグ自身が1903年5月2日パリで第3,4楽章を録音しておりアンスネスやグールドも録音しております。

グリーグ ピアノ・ソナタ第3楽章♫~グリーグ
グリーグ ピアノ・ソナタ第4楽章♫~グリーグ
グリーグ ピアノ・ソナタ♫~グールド
グリーグ ピアノ・ソナタ♫~ラローチャ
グリーグ ピアノ・ソナタ♫~ギンズブルク

2016_07
25
(Mon)16:36

先日のワルシャワ・フィルコンサートマスターズとの室内楽コンサートリハーサルから

コンサートを聴いて下さった方からよくリハーサルは何回ぐらいするのですかという質問を頂きます。 先日の7月7日の室内楽コンサートのリハーサルについて書きたいと思います。

今回のコンサートは秋篠音楽堂ホール主催のコンサートですので、一週間ほど前にまず一人でホール練習をさせてもらうことが出来ました。  

3日前の事前リハーサルではポーランド語と英語が使用されました。 (今回は通訳の方もいらっしゃいました。)  7月4日に午後から一時間ほどバイオリニストのピオトル・ツェギエルスキ氏とチェリストのロベルト・プトフスキ氏とリハーサルを行いました。  初めての合わせでは一度全体を合わせ、主にお互いのテンポ確認や、各楽章間の間やヴァイオリン、チェロ、ピアノの響きのバランスを確認しました。 特に大きな解釈の違いはなかったのですが、テンポが合わないところを中心にリハーサル致しました。

ワルシャワフィルコンサートマスターズの音楽は全体にいつもおおらかでゆったりしてかつ威厳に満ちていました。  室内楽は全体で一つの音楽を創り上げます。 ですからいつも弦楽器奏者が言われることは、少しでも拍がぶれた箇所はexzactly正確に(拍を正確に)と言う事です。

ヴァイオリンとチェロの楽譜にはピアノ・パートの楽譜は載っていませんので、ピアノ・パートは全部頭に入っておられるようです。
ピアノ・パートはチェロとバイオリンのパートを見ながら合わせていては間に合いませんので、練習の段階で事前にチェロとヴァイオリンのパートもよく読みこんでおきます。 特にお互いの楽器が掛け合いのようになっているところなんかは、楽譜をよく頭にいれておかなければいけません。

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ピアノの右手とチェロの音域が重なっているところは、どちらを優先させるかという音量のバランスなど練習の段階で楽譜を見ながらよく考えておきます。 ピアノの人は左手と右手だけのピアノ・ソロとはまた違った楽譜の読み方が必要かと思います。

ホールでの演奏は普通の部屋で弾くのとは違います。 リハーサルではお客様がおられませんが、本番ではお客様が入ると音がかなり吸音されてしまいますので、そういった事も考慮にいれながらリハーサルでは響きの確認を行うようにしています。

事前リハーサルの後、直前リハーサルを行います。
これは、直前に行いますので、その後の本番へのエネルギーと集中力が途切れないように、一回程度通します。

当日はヨーロッパ本場の音楽家の方の威厳ある音楽に触れ共演することができ、とてもよい勉強になりました。

ブラームス ピアノ三重奏曲第1番 ロ長調 Op.8 (7月7日当日のコンサートから♫~ピアノ 谷真子

ショパン国際ピアノコンクール本選模様(オーケストラ ワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団)へリンク致します。
ショパン ピアノ協奏曲 第1番♫~チョ・ソンジン(ピアノ)、ピオトル・ツェギエルスキ(コンサートマスター)


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2016_07
25
(Mon)09:37

モーツァルト ピアノ・ソナタ第9(8)番 イ短調 K.310/Mozart Sonate fur Klavier Nr.9(8) a-moll K.310

「ピアノ・ソナタ第9(8)番イ短調K.310」はモーツァルト(1756~1791)が作曲した全3楽章からなるピアノ・ソナタです。

モーツァルトが作曲したピアノ・ソナタの中では珍しく短調で書かれており、他に短調で書かれているピアノ・ソナタはK.457があるのみです。

残された自筆譜の上部右端に「1778/パリ」と記されている他はこのソナタの成立経緯は不明のままです。

1777年9月23日ザルツブルクを出たモーツァルトはミュンヘン、アウグスブルク、マンハイムを経て1778年3月23日にパリへ到着致します。 しかしパリで思うような仕事は見つけられずその上1778年7月に母を亡くしてしまいます。

悲劇的な曲調を持つこのピアノ・ソナタはこの頃に書かれた作品で、従来は母を亡くした悲しみが反映されていると言われておりますが、成立時期が母親の死後であるという確証はなく短調が自身の悲しみを反映させたものかどうかは定かではありません。 同様の短調のヴァイオリン・ソナタ第28番もこの頃の作品です。

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第1楽章
1
緊張感のある悲劇的な主題で曲は始まります。

第2楽章
2
ゆったりとしたアルぺッジョで曲が始まり表情豊かに優しく愛らしい音楽が進行します。

第3楽章
3
急速なテンポの中では付点4分音符+8分音符の動機が楽章全体を支配していきます。

モーツアルト ピアノソナタ第9番♫~シフ
モーツアルト ピアノソナタ第9番♫~ヘブラー
モーツアルト ピアノソナタ第9番♫~リパッティ
モーツアルト ピアノソナタ第9番♫~アラウ
モーツアルト ピアノソナタ第9番♫~バレンボイム
モーツアルト ピアノソナタ第9番♫~ギレリス
モーツアルト ピアノソナタ第9番♫~ピリス


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2016_07
22
(Fri)09:31

シューベルト 3つのピアノ曲(即興曲) D.946/Schubert 3 Klavierstucke D.946

「3つのピアノ曲」はシューベルト(1797~1828)の死の半年前の1828年の5月の作品です。 最期の年のシューベルトの創作意欲はむしろ高まっており最後の3つのピアノ・ソナタD.958~960等といった傑作が生み出されております。

この作品は死後忘れられておりましたが、ブラームスがその価値を認め「3つのピアノ曲」と題名を付けて1868年に(匿名で)出版致しました。

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第1曲 三部形式
1
情熱的なタランテラの主題。

第2曲 ロンド形式
2
主題は落ち着いた平易なもの。

第3曲 三部形式
3
シンコぺーションを取り入れた素朴で活発な主題。

シューベルト 3つのピアノ曲♫~ブレンデル
シューベルト 3つのピアノ曲♫~ケンプ
シューベルト 3つのピアノ曲♫~ポリーニ
シューベルト 3つのピアノ曲♫~アヴデーエワ


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2016_07
20
(Wed)11:18

ショパンコンクール覇者 チョ・ソンジン ピアノ演奏

2016_07
20
(Wed)08:33

ドビュッシー 版画/Debussy Estampes

「版画」は1903年に完成されたドビュッシー(1862~1918)のピアノ曲で「映像」とともに印象主義音楽のピアノ曲の書法を確立した作品です。

3曲の独立した曲から成り、オリエント・スペイン・フランスから題材を採っております。

作曲の完成直後に書いた手紙の中で「曲名がとても気に入っています。 東洋にもスペインにも行った事がないため想像で埋め合わせをするしかありません。」と書いています。

1890年代半ば頃から作曲に着手し1903年に完成、翌1904年1月9日にリカルド・ビニェスによって初演されました。

大作オペラ「ペレアスとメリザンド」を完成し初演を終えた時期で本格的ピアノ作品としてはしばらくぶりとなっております。

献呈は第1曲と第3曲はジャック・エミール・ブランシュに、第2曲はピエール・ルイスに献呈されています。

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1 塔 / "Pagodes"
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1889年パリで開催された万国博覧会でバリ島民の演奏するガムラン音楽を聴きドビュッシーは深く興味を持ちます。 この曲はインドシナ民族音楽を模倣したものでアジアを暗示しております。 五音音階を用いた東洋風の主題が独特の雰囲気を作り上げております。
ドビュッシー 版画第1曲”塔♫~チッコリーニ

2 グラナダの夕べ / "La soiree dans Grenade"
2
ハバネラのリズム、ムーア人の歌調、ギターの響き、アラビア音階の利用がスペイン情緒を掻き立て、スペインのアンダルシア地方の古都グラナダを彷彿とさせる音楽になっております。 ドビュッシーはスペイン体験がほとんどないにもかかわらず、スペインの作曲家ファリャは「スペインを見事に描き切っている」とドビュッシーの天性の想像力と才能を賞賛致しました。
ドビュッシー 版画第2曲”グラナダの夕べ♫~チッコリーニ

3 雨の庭 / "Jardins sous la pluie"
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フランスの童謡「もう森になんか行かない Nous n'irons plus au bois」や「眠れ坊や眠れ Dodo l'engant do」が引用されており、繊細なアルペジオによってドビュッシーの母国フランスの庭園の木立に降りかかる雨が描写されております。
ドビュッシー 版画第3曲”雨の庭♫~アルゲリッチ
ドビュッシー 版画第3曲”雨の庭♫~ミッシェル・ベロフ

ドビュッシー 版画♫~モニク・アース
ドビュッシー 版画♫~リヒテル
ドビュッシー 版画♫~アルゲリッチ


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2016_07
18
(Mon)08:50

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第29番 変ロ長調 「ハンマー・クラヴィーア」 Op.109/Beethoven Sonate fur klavier Nr.29

ピアノ・ソナタ第29番作品106はベートーヴェンが作曲したピアノ・ソナタですが、全10曲ある4楽章制のピアノ・ソナタの最後を飾る大曲です。 「ハンマークラヴィーア」という通称で親しまれております。

作曲に取り掛かったのは1817年11月で翌1818年初めまでに第2楽章までが仕上がっており夏季を過ごしたメートリンクで後半楽章もおおよそ形になっていたものと思われます。 1819年3月までには浄書も含めて完成しており9月に出版されてルドルフ大公に献呈されました。

ベートーヴェンはシュタイナー社へ宛てた手紙の中で作品101以降のピアノ・ソナタに「ピアノフォルテ」に代わり「ハンマークラヴィーアのための大ソナタ」と記すように指定しております。 この事からその後この曲だけが「ハンマークラヴィーア」と呼びならわされるようになりました。

この作品の第1楽章から第3楽章まではウイーンのシュトライヒャー製の楽器で作曲され第4楽章は独特の音色を持つロンドン製のピアノで作曲したと言われています。 このロンドン製の楽器が後期の創作に決定的な影響を与えました。

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第1楽章
1
ベートーヴェンはこのピアノ・ソナタにのみメトロノーム記号を書き入れています。 曲は序奏を置かず第1主題の提示に始まりその前段はかつてない壮大さを備えており、後段は対照的に穏やかな性格を有しています。

第2楽章
2
作曲者がピアノ・ソナタのために書いた最後のスケルツォです。

第3楽章
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深い内容を湛えた大規模な緩徐楽章です。

第4楽章
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ベートーヴェン ピアノソナタ第29番♫~ポリーニ
ベートーヴェン ピアノソナタ第29番♫~ケンプ
ベートーヴェン ピアノソナタ第29番♫~ギレリス
ベートーヴェン ピアノソナタ第29番♫~バレンボイム
ベートーヴェン ピアノソナタ第29番♫~リヒテル
ベートーヴェン ピアノソナタ第29番♫~バックハウス
ベートーヴェン ピアノソナタ第29番♫~グルダ


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2016_07
15
(Fri)08:15

バッハ 3声のインヴェンション(シンフォニア) 第3番 二長調 BWV789/Bach Sinfonia D-Dur BWV789

インヴェンションとシンフォニア BWV 772-801(Inventionen und Sinfonien BWV 772-801)は、ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685~1750)が作曲したクラヴィーアのための曲集でケーテン時代の1723年頃の作品です。 同年、バッハは聖トーマス教会音楽監督(トーマスカントル)に就任しておりライプツィヒ時代には教育目的のクラヴィーア曲が多数作曲されました。

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長男のために編まれた「ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハのためのクラヴィーア小曲集(Klavierbüchlein für Wilhelm Friedemann Bach)」(1720年頃)の後半部に初稿があり、同書の前半部には「平均律クラヴィーア曲集第1巻」(1722年)の初稿が含まれております。 初稿の曲名は「プレアンブルム」(Praeambulum, 32-46曲, 36-51頁)と「ファンタジア」(Fantasia, 49-62曲, 58-73頁, 72-73頁散逸)でした。

インヴェンションは2声部の、シンフォニアは3声部の、対位法的な書法による様々な性格の小曲です。 シンフォニアは「3声のインヴェンション」と呼ばれることもあります。

演奏だけでなく、作曲も視野に入れた優れた教育作品として、現在も高く評価されており、現代のピアノ学習者のための教材としても広く用いられております。 

シンフォニアはほとんどがフーガ書法で書かれておりますがフーガに独特の累加的な始まり方をするものが全くなく、これは学習用の小品という意図に見合った短い主題を、やはり短い1曲の中でできるだけ多様に展開するためと、響きが硬くなるのを避けるためと考えられます。

部分的には三重対位法が用いられており主題の反行や転回によって多様な組み合わせが現れます。

15曲の調は2声インベンションと同じ配列で並べられておりおそらく実践で用いられる頻度に応じて選ばれたものと思われます。

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第3番 ニ長調 BWV 789は4分の4拍子で、冒頭で下属調の第4音であるCが出てくるため、あたかもト長調であるかのような印象を受けます。 平行3度の音階、複雑な左右の受け渡しが発生するストレッタなど、高度な技巧が要求されます。

バッハ シンフォニア 第3番♫~シフ
バッハ シンフォニア 第3番♫~ギーゼキング
バッハ シンフォニア 第3番♫~グ―ルド
バッハ シンフォニア 第3番♫~ハープシコード


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2016_07
13
(Wed)08:44

スカルラッティ ソナタ ヘ長調 K.17 L384/Scarlatti Sonate F-Dur K.17 L.384

スカルラッティ(1685~1757)の鍵盤のためのソナタのうちカークパトリック番号のK.1からK.30までは「Essercizi per Gravicembalo」として出版されポルトガル王ジョアン5世に献呈されました。

これは生前に唯一、作曲家自身が出版した曲集で、その序文はスカルラッティの文書資料として貴重なものです。

その序文によると「チェンバロのための練習曲集」は演奏技法の修練を目的としている事が示唆されており、音楽教師として仕えたポリトガル王女マリア・バルバラの日々の練習用という実用的な目的で書かれたと思えます。

全30曲の配列は後の作品になるほど長く難しくなるように並べられております。

K.17は上声と、低声または内声の3度と6度の平行が全体を特徴づけております。 形式に関しては後半が作品冒頭の動機で始まらないことが注目されます。 これは前半が冒頭の分散和音で終わるためだと思えますが、K. 16までこうした例はほとんどありませんでした。 なお前打音が加わったり、連続して長い下行となる刺繍音型のような動機の変形が楽曲構成の要となっております。

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スカルラッティ ソナタ 参考ブログ

スカルラッティ ソナタ K.17♫~セルゲイ・ババヤン
スカルラッティ ソナタ K.17♫~プレトニョフ
スカルラッティ ソナタ K.17♫~シェルバコフ
スカルラッティ ソナタ K.17♫~ハープシコード


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2016_07
11
(Mon)10:35

ハイドン アンダンテと変奏曲 へ短調 Hob.XVII-6/Haydn Andante con variazioni f-moll Hob.XVII-6 Op.83

「アンダンテと変奏曲 へ短調」はハイドン(1732~1809)が1793年に作曲したピアノ曲です。

1789年ハイドンはウイーンの貴族マリアンネ・フォン・ゲンツィンガー夫人の知己を得ます。 ゲンツィンガー夫人はハイドンの音楽の信奉者で二人は手紙を通じて友情を育んでいきます。

1790年ハイドンは主の死によってエステルハージ家の宮廷音楽家の職から解放されます。

ウイーンに出たハイドンはウイーンの社交界に迎え入れられゲンツィンガー夫人との友情はより深いものとなります。

しかしハイドンが第1回目のロンドン旅行からウイーンに戻った翌年の1793年にゲンツィンガー夫人は36歳という若さでこの世を去ってしまいます。

アンダンテと変奏曲はこの夫人の死をきっかけに書かれたというのがこの作品についての最も有名な説です。

哀愁漂うへ短調の第1主題と愛らしいヘ長調の第2主題からなる二重変奏曲で最後のコーダの部分の激しさからは愛する人を失った悲しみが感じられます。

またもう一つのエピソードとしてモーツァルトの死を悲しんで書かれたのではという説もあります。

ハイドンは1781年モーツァルトがウイーンに居を定めて以来親密な交際を続けておりましたが、ハイドンが第1回目のロンドン旅行に発ったその日にモーツァルトは亡くなります。 筆写譜にはモーツァルトの高弟の一人のプロイアー夫人に捧ぐと記されておりモーツァルトの死を悼んでこの作品をモーツァルトの愛弟子に捧げたというのもうなずけるエピソードです。

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ハイドン アンダンテと変奏曲♫~ブレンデル
ハイドン アンダンテと変奏曲♫~パウル・バトゥーラ・スコダ
ハイドン アンダンテと変奏曲♫~シフ
ハイドン アンダンテと変奏曲♫~ラ・ローチャ
ハイドン アンダンテと変奏曲♫~プレトニョフ
ハイドン アンダンテと変奏曲♪~ハスキル
ハイドン アンダンテと変奏曲♪~パデレフスキー
ハイドン アンダンテと変奏曲♪~バックハウス
ハイドン アンダンテと変奏曲♪~エゴン・ペトリ



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2016_07
07
(Thu)22:30

ブラームスのピアノ三重奏曲第1番のコンサートが無事に終了致しました。

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秋篠音楽堂でのブラームスのピアノ三重奏曲第1番の室内楽コンサートが無事に終了致しました。 大勢のお客様にご来場いただき盛会の内に終了でき大変嬉しく思っております。 ブラームスを40分演奏するのは精神的にきつい所がございますが、良いお勉強になりました。 次は11月7日(月)の演奏会のモーツァルトピアノ四重奏曲に向けて気持ちを切り替えて頑張りたいと思います。 帰りに記念にポスターの前で写真を撮りました。
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2016_07
07
(Thu)10:00

ブラームスピアノ三重奏曲第1番 室内楽演奏会へのご案内(奈良秋篠音楽堂)

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7月7日(木)午後7時より奈良の秋篠音楽堂で室内楽の演奏会を行います。

日時:2016年7月7日(木) 開演19:00(開場18:30)
会場:秋篠音楽堂(近鉄大和西大寺駅下車徒歩3分 ならファミリー6階)
入場料:前売3,000円 当日3,500円(全自由席)
主催:秋篠音楽堂運営協議会

曲目はブラームスのピアノ三重奏曲第1番ロ長調作品8です。

共演はワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団・コンサートマスターズのメンバーです。
チェロ ロベルト・プトフスキ氏
ヴァイオリン ピオトル・ツェギエルスキ氏

チケットのお求めはチケットお申込みフォームからお願い致します。
チケットお申し込みフォームはこちら

門下の方は受付でお求めください。

多くの方々のご来場をお待ち申し上げております。

ブログ ブラームスピアノ三重奏曲第1番

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秋篠音楽堂入口~全国有数の室内楽専用ホールです。

近隣の秋篠寺お庭
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2016_07
05
(Tue)17:20

第33回JPTAピアノ・オーディションお知らせ

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第33回日本ピアノ教育連盟(JPTA)ピアノ・オーディションの要項が届きましたのでお知らせ致します。
コンクールの詳しい様子はブログ第9回日本ピアノ教育連盟全国優秀者演奏会の思い出をご覧頂けたらと思います。
地区予選は11月から始まりますが、申込期間は2016年9月1日~16日です。
日本ピアノ教育連盟公式サイト


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2016_07
04
(Mon)15:22

7/7の演奏会のリハーサルに行って来ました。

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秋篠音楽堂で7/7の演奏会のリハーサルを行ってまいりました。
ワルシャワ・フィルのコンサート・マスターズの音楽はゆったりとしていてヨーロッパの音楽でした。
7/7の演奏会には大勢の方のご来場をお待ち申し上げております。

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2016_07
04
(Mon)09:02

プーランク ヴァイオリンとピアノのためのソナタ/Poulenc Sonate pour Violin et Piano

プーランク(1899~1963)のヴァイオリン・ソナタは1942年の夏から翌43年の春にかけて作曲されたプーランクの最後のヴァイオリン・ソナタです。

プーランクは音楽学者クロード・ロスタンとの対話の中で「ソロ・ヴァイオリンは嫌いです。 この作品を書いたのは作曲を依頼したヴァイオリニストのジネット・ヌヴーのおかげです。」と告白しています。

この頃プーランクは1936年に銃殺されたスペインの作家フェデリーコ・ガルシア・ロルカの思い出を捧げた作品を書きたいと思っていたため作品はガルシア・ロルカに献呈されております。

+++ガルシア・ロルカ+++
ガルシア・ロルカ(1898~1936)はスペインの詩人・劇作家。 音楽・絵画においても多彩な才能を示したがそのリベラルな作品と言動のためスペイン内戦の際にファランヘ党員によって銃殺された。


初演は1943年6月21日にパリのサル・ガヴォーにて行われヌヴーがヴァイオリンをプーランクがピアノを担当いたしました。 1949年に改訂されており現在では改訂版が多く演奏されております。

第2楽章がプーランクが最初に完成させた楽章で楽譜冒頭にはガルシア・ロルカの詩作品「六弦」の冒頭の「La Guitare fait pleurer les songs」が引用されております。

プーランク ヴァイオリン・ソナタ♫~メニューイン
プーランク ヴァイオリン・ソナタ♫~スーク


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2016_07
01
(Fri)08:45

サン=サーンス 序奏とロンド・カプリチオーソ イ短調 作品28/Saint Saens Introduction et Rondo capriccioso Op.28

サン=サーンス(1835~1921)の「序奏とロンド・カプリチオーソ」はサン=サーンスが作曲したヴァイオリンと管弦楽のための協奏的作品です。 ピアノ伴奏版でも演奏されます。

スペイン出身で名ヴァイオリニストのサラサーテのために書かれスペイン風の要素が取り入れられております。 初演当時から人気のある作品です。

初めはヴァイオリン協奏曲第1番のフィナーレとして構想され1863年に作曲されております。 初演はヴァイオリン協奏曲第1番と同時に1864年4月4日にサラサーテの独奏、サン=サーンスの指揮で行われました。

ピアノ伴奏版はビゼーによって編曲され1870年に出版されております。 またドビュッシーが2台ピアノのための編曲を行い1889年に出版しております。

サン=サーンス 序奏とロンド・カプリチオーソ♫~パールマン
サン=サーンス 序奏とロンド・カプリチオーソ♫~オイストラフ
サン=サーンス 序奏とロンド・カプリチオーソ♫~ハイフェッツ
サン=サーンス 序奏とロンド・カプリチオーソ♫~アイザック・スターン


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