室内楽を聴く楽しさ(ハイドン弦楽四重奏曲)
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日本ではクラシックコンサートというと大ホールで大きなピアノを外国の有名なピアニストがソロで弾くのをかしこまって聴いたり、有名なオーケストラの演奏会を聴きに行く事ではという風潮が最近までありましたが、その感動は素晴らしいものですが今日は室内楽を聴く楽しさを書きたいと思います。
室内楽にはヴァイオリン・ソナタ、チェロ・ソナタ、ピアノトリオなどピアノが使われている作品も多くありますが、弦楽器だけの作品というのがあります。 その中で第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの4つの弦楽器で演奏される音楽を弦楽四重奏といいます。
発音の原理が同じ楽器ばかりで演奏するわけですから弦楽四重奏の響きは純度がとても高く、またもともとが貴族のサロンで貴族のために演奏されていたという歴史からかその貴族趣味がヨーロッパを感じさせてくれ、私のようにピアノを仕事とし日々ピアノの音に集中している者には弦楽四重奏の音楽はリラックスして楽しむ事ができます。
さて弦楽四重奏を芸術性の高いものにしようと試みたのがハイドン(1732~1809)だと思いますが、そのハイドンを生んだウイーンは弦楽四重奏とともに生きてきた街だといえるのではないかと思います。
私が初めて生で聴いた弦楽四重奏団は、ウイーンフィルのコンサートマスターのライナー・キュッヒルを中心に結成されたキュッヒル弦楽四重奏団(ウイーン・ムジークフェライン弦楽四重奏団)です。 日本の大きなかつスピーデイな音量の音楽に慣れていた私にとって、ヨーロッパ発祥の弦楽四重奏を生で聴いた時は一種のカルチャー・ショックを受けたように思います。 ゆったりと時が流れまるでささやくような音で音楽が奏でられます。 門下の方は良く受付でかかっておりますので聴き覚えがおありになるのではないかと思います。

まず初めにご紹介するのがハイドンの「弦楽四重奏曲第77番ハ長調作品76の3<皇帝>」です。
この曲は、私が高1から愛用するピアノ・ベーゼンドルファー(1828年創業)の生まれた国オーストリア帝国そしてオーストリー=ハンガリー帝国の国歌<皇帝讃歌>(ハイドン作曲)が2楽章で使われており、晩年のハイドンの傑作と言われている作品76(6曲でできています。)の3番目の曲です。 ウイーンフィルを抱えるウイーンの弦は大変厳格で緻密なのが特色ではと思います。 本当なら私の所有するラィナー・キュッヒルの名演のCDをおかけしたいところなのですが、you tubeからのリンクになります。 2楽章だけリンク致します。
ハイドン「弦楽四重奏曲第77番作品76の3<皇帝>第2楽章」(1797)
https://www.youtube.com/watch?v=4t3Vmo_EM8Y


次はハイドンの名弦楽四重奏曲と言われる「第67番ひばり作品64の5」をご紹介致します。
上の「皇帝」も次の「ひばり」も、ハイドンの弦楽四重奏曲「ロシア四重奏曲」(1781)に刺激されてモーツァルトが作りハイドンに捧げた「ハイドン四重奏曲」(1782~1785)をハイドンが聴き、またそれに刺激されてハイドンが作った弦楽四重奏曲です。
ハイドン「弦楽四重奏曲第67番ひばり作品64の5」(1790)
https://www.youtube.com/watch?v=4uYxn1M_O-4
次にご紹介するのはハイドンの「十字架上の7つの言葉作品51」です。 これは8月6日のブログに書いた元ミュンヘン音楽大学学長のシルデ先生に教えて頂いた曲ですが、タイトル通り十字架上のイエスが発した7つの言葉にハイドンが音楽を付けたものです。

この曲もゲヴァントハウス弦楽四重奏団の演奏をおかけしたいのですが、you tubeからのリンクになります。
ハイドン「十字架上の7つの言葉作品51」(1787)
https://www.youtube.com/watch?v=pcmF2z_Z3_c
この曲は「序奏」と「7つのソナタ」と終曲の「地震」の9曲からできています。 終曲は磔にあってイエスが死んだあと天変地異が起こりイエスが復活する場面を記述した"マタイによる福音書"の第28章を音楽で描写したものです。 第28章2節に「すると、大きな地震が起こった。 それは主の使が天から下って、そこにきて石をわきへころがし、その上にすわったからである。」(母の学生時代の聖書より)と、記述があります。
終曲の「地震」の音楽は「序奏」以上に劇的な筆遣いで書かれており、昨日の「マタイ受難曲」とともにクラシック音楽の源流の精神を考えさせられる精神性の深い曲です。
ちなみにオーストリア帝国そしてオーストリア=ハンガリー帝国国歌の「皇帝讃歌~神よ、皇帝フランツを守り給え」(ハイドン作曲1797年)は今はドイツ連邦共和国国歌として歌われています。 現在のオーストリア国歌はモーツァルト作曲(?)と言われる別の曲です。 (紋章にはハプスブルクの紋章が使われています。) 島国日本では考えられない事ですが、ヨーロッパの複雑な歴史がうかがえます。
<ハプスブルク帝国の変遷>
神聖ローマ帝国(~1804)

オーストリア帝国(1804~1867)

オーストリア=ハンガリー帝国(1867~1918)

現在のオーストリア共和国は1955年に永世中立国宣言をして以来その体制が続いています。
明日は続いてシューベルト、ドヴォジャーク、スメタナの弦楽四重奏曲について書きます。

日本ではクラシックコンサートというと大ホールで大きなピアノを外国の有名なピアニストがソロで弾くのをかしこまって聴いたり、有名なオーケストラの演奏会を聴きに行く事ではという風潮が最近までありましたが、その感動は素晴らしいものですが今日は室内楽を聴く楽しさを書きたいと思います。
室内楽にはヴァイオリン・ソナタ、チェロ・ソナタ、ピアノトリオなどピアノが使われている作品も多くありますが、弦楽器だけの作品というのがあります。 その中で第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの4つの弦楽器で演奏される音楽を弦楽四重奏といいます。
発音の原理が同じ楽器ばかりで演奏するわけですから弦楽四重奏の響きは純度がとても高く、またもともとが貴族のサロンで貴族のために演奏されていたという歴史からかその貴族趣味がヨーロッパを感じさせてくれ、私のようにピアノを仕事とし日々ピアノの音に集中している者には弦楽四重奏の音楽はリラックスして楽しむ事ができます。
さて弦楽四重奏を芸術性の高いものにしようと試みたのがハイドン(1732~1809)だと思いますが、そのハイドンを生んだウイーンは弦楽四重奏とともに生きてきた街だといえるのではないかと思います。
私が初めて生で聴いた弦楽四重奏団は、ウイーンフィルのコンサートマスターのライナー・キュッヒルを中心に結成されたキュッヒル弦楽四重奏団(ウイーン・ムジークフェライン弦楽四重奏団)です。 日本の大きなかつスピーデイな音量の音楽に慣れていた私にとって、ヨーロッパ発祥の弦楽四重奏を生で聴いた時は一種のカルチャー・ショックを受けたように思います。 ゆったりと時が流れまるでささやくような音で音楽が奏でられます。 門下の方は良く受付でかかっておりますので聴き覚えがおありになるのではないかと思います。

まず初めにご紹介するのがハイドンの「弦楽四重奏曲第77番ハ長調作品76の3<皇帝>」です。
この曲は、私が高1から愛用するピアノ・ベーゼンドルファー(1828年創業)の生まれた国オーストリア帝国そしてオーストリー=ハンガリー帝国の国歌<皇帝讃歌>(ハイドン作曲)が2楽章で使われており、晩年のハイドンの傑作と言われている作品76(6曲でできています。)の3番目の曲です。 ウイーンフィルを抱えるウイーンの弦は大変厳格で緻密なのが特色ではと思います。 本当なら私の所有するラィナー・キュッヒルの名演のCDをおかけしたいところなのですが、you tubeからのリンクになります。 2楽章だけリンク致します。
ハイドン「弦楽四重奏曲第77番作品76の3<皇帝>第2楽章」(1797)
https://www.youtube.com/watch?v=4t3Vmo_EM8Y


次はハイドンの名弦楽四重奏曲と言われる「第67番ひばり作品64の5」をご紹介致します。
上の「皇帝」も次の「ひばり」も、ハイドンの弦楽四重奏曲「ロシア四重奏曲」(1781)に刺激されてモーツァルトが作りハイドンに捧げた「ハイドン四重奏曲」(1782~1785)をハイドンが聴き、またそれに刺激されてハイドンが作った弦楽四重奏曲です。
ハイドン「弦楽四重奏曲第67番ひばり作品64の5」(1790)
https://www.youtube.com/watch?v=4uYxn1M_O-4
次にご紹介するのはハイドンの「十字架上の7つの言葉作品51」です。 これは8月6日のブログに書いた元ミュンヘン音楽大学学長のシルデ先生に教えて頂いた曲ですが、タイトル通り十字架上のイエスが発した7つの言葉にハイドンが音楽を付けたものです。

この曲もゲヴァントハウス弦楽四重奏団の演奏をおかけしたいのですが、you tubeからのリンクになります。
ハイドン「十字架上の7つの言葉作品51」(1787)
https://www.youtube.com/watch?v=pcmF2z_Z3_c
この曲は「序奏」と「7つのソナタ」と終曲の「地震」の9曲からできています。 終曲は磔にあってイエスが死んだあと天変地異が起こりイエスが復活する場面を記述した"マタイによる福音書"の第28章を音楽で描写したものです。 第28章2節に「すると、大きな地震が起こった。 それは主の使が天から下って、そこにきて石をわきへころがし、その上にすわったからである。」(母の学生時代の聖書より)と、記述があります。
終曲の「地震」の音楽は「序奏」以上に劇的な筆遣いで書かれており、昨日の「マタイ受難曲」とともにクラシック音楽の源流の精神を考えさせられる精神性の深い曲です。
ちなみにオーストリア帝国そしてオーストリア=ハンガリー帝国国歌の「皇帝讃歌~神よ、皇帝フランツを守り給え」(ハイドン作曲1797年)は今はドイツ連邦共和国国歌として歌われています。 現在のオーストリア国歌はモーツァルト作曲(?)と言われる別の曲です。 (紋章にはハプスブルクの紋章が使われています。) 島国日本では考えられない事ですが、ヨーロッパの複雑な歴史がうかがえます。
<ハプスブルク帝国の変遷>
神聖ローマ帝国(~1804)

オーストリア帝国(1804~1867)

オーストリア=ハンガリー帝国(1867~1918)

現在のオーストリア共和国は1955年に永世中立国宣言をして以来その体制が続いています。
明日は続いてシューベルト、ドヴォジャーク、スメタナの弦楽四重奏曲について書きます。