2017_02
08
(Wed)08:57

ショパン チェロ・ソナタ ト短調 作品65/Chopin Sonate fur Violoncello und Klavier g-moll Op.65

ピアノの詩人として有名なショパンですが、1846年に作曲し、翌1847年に出版した曲にチェロ・ソナタ ト短調 作品65という室内楽曲があります。

ショパンはピアノとチェロのための作品を3曲書いていますが、この作品はショパンが生前に発表・出版した全作品の中で最後の大作です。

ショパンと10数年来の親交がありショパンを支え続けた親友のチェリストのフランショームに献呈されており、彼との共演を想定して作曲されたと思われます。

ショパンはピアノの次にチェロと言う楽器を愛しており、この作品によってショパンは室内楽と言う新たな境地を開拓しようとしていたのではないかと考えられます。

ピアニストにとってはあまり有名な曲ではありませんが、チェリストにとってはショパンの作曲した曲という事で大変あこがれの曲でありますが、少し難解な部分もあり決して簡単な曲ではありません。

4楽章から成っていますが、全楽章に亘ってチェロとピアノを対位法的に扱い、協奏的にフレーズを展開しております。 そのためチェロとピアノが常に対等で相補的な関係になっております。

ショパン チェロ・ソナタ ト短調♫~ピリス
ショパン チェロ・ソナタ ト短調♫~アルゲリッチ



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2016_08
22
(Mon)09:26

ショパン ノクターン第8番 変ニ長調 作品27-2/Chopin Nocturne Op.27-2 Des-Dur

ショパンのノクターンは全部で21曲ありますが20歳の時から晩年に至るまでほぼ均等に創作されております。

ノクターンの語源はラテン語で夜をさすNoxから派生し修道院などで行われる晩祷の事を示し、そこから夜の黙想・瞑想などの意味に転化したものと考えられます。

夜想曲第8番変ニ長調作品27-2はショパンが1835年に作曲したピアノのための夜想曲ですが翌1836年に出版され7番と合わせてテレーズ・ダッポ二ィー伯爵夫人に献呈され貴婦人のノクターンと呼ばれております。

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ショパン ノクターン 8番♫~アシュケナ-ジ
ショパン ノクターン 8番♫~ポリーニ
ショパン ノクターン 8番♫~ルービンシュタイン
ショパン ノクターン 8番♫~キーシン
ショパン ノクターン 8番♫~ユンディ・リー
ショパン ノクターン 8番♫~アルゲリッチ


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2016_08
19
(Fri)09:44

ショパン ノクターン第7番 嬰ハ短調 作品27-1/Chopin Nocturne Op.27-1 cis-moll

夜想曲第7番作品27-1はショパンが1835年に作曲したピアノのためのノクターンで、翌1836年に次作の作品27-2と対にしてパリ・ライプツィヒ・ロンドンで出版されました。

オーストリア駐仏公使夫人のダッポニィ伯爵夫人に献呈されていますが、身分の高い彼女に捧げられた事から「貴婦人のための夜想曲」とも呼ばれております。

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ショパン ノクターン7番♫~ルービンシュタイン
ショパン ノクターン7番♫~アヴデーエワ
ショパン ノクターン7番♫~キーシン
ショパン ノクターン7番♫~ホロヴィッツ
ショパン ノクターン7番♫~アラウ
ショパン ノクターン7番♫~コルトー



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2016_05
13
(Fri)09:55

ショパン ピアノ・ソナタ第3番 ロ短調 作品58/Chopin Sonate No.3 h-moll Op.58

ショパン(1810~1849)のピアノ・ソナタ第3番ロ短調作品58は1844年に作曲され翌年出版されたピアノ・ソナタです。

第2番に比べ有機的な形式や壮大な規模を持ち、ショパンの力強く雄大な一面が発揮された傑作です。

E・ドゥ・ペルトゥイ伯爵夫人に献呈されております。

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第1楽章 ロ短調
1
アレグロ・マエストーソのソナタ形式で書かれております。 決然とした第1主題とショパンらしい優美な第2主題からなり、ショパンの資質がうかがえる楽章です。
ショパン ピアノ・ソナタ第3番 第1楽章♫~キーシン

第2楽章 変ホ長調
2
深刻な内容の多いショパンのスケルツォには珍しく、即興的で諧謔味を含んだスケルツォです。
ショパン ピアノ・ソナタ第3番 第2楽章♫~キーシン

第3楽章 ロ長調
3
ノクターン風の甘美な三部形式の楽章です。
ショパン ピアノ・ソナタ第3番 第3楽章♫~キーシン

第4楽章 ロ短調
4
ロンド形式のフィナーレです。 大曲の締めくくりにふさわしい情熱的で力強いヴィルトゥオーソ的技巧を要求される楽章です。 終結はピアノ・ソナタ全3曲の中、唯一長調で締めくくられております。
ショパン ピアノ・ソナタ第3番 第4楽章♫~キーシン

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アルゲリッチ

ショパン ピアノ・ソナタ第3番♫~ツイメルマン
ショパン ピアノ・ソナタ第3番♫~アルゲリッチ
ショパン ピアノ・ソナタ第3番♫~ピリス
ショパン ピアノ・ソナタ第3番♫~リパッティ
ショパン ピアノ・ソナタ第3番♫~ギレリス
ショパン ピアノ・ソナタ第3番♫~トリフォノフ


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2016_05
06
(Fri)07:59

ショパン スケルツォ 第4番 ホ長調 作品54/Chopin Scherzo No.4 E-Dur Op.54

ショパン(1810~1849)のスケルツォ4番はピアノのための4曲のスケルツォのうちの最後の1曲で1842年に作曲され翌年出版されております。

1番、2番、3番と比べると怒り・絶望といった感情は影を潜め喜びにあふれた洗練されたものです。

構成は自由なロンド・ソナタ形式で、冒頭の主題が全曲を通して重要な役割を演じており967小節に及ぶ大作です。

「スケルツォ」はイタリア語で「冗談」を意味し従来は簡明な形式で明るく軽く小規模な曲を指しております。

しかしショパンの「スケルツォ」は一見するとこうした伝統に全く反し暗く深刻なうえに大規模ですが、「バラード」と比べるときわめて急速でレッジェーロな動機が多く登場し、軽妙な音型や滑稽なまでのコントラストでユーモアを内包しております。

ショパン スケルツォ4番♫~キーシン
ショパン スケルツォ4番♫~ユンディ・リー
ショパン スケルツォ4番♫~ブレハッチ
ショパン スケルツォ4番♫~アヴデーエワ
ショパン スケルツォ4番♫~トリフォノフ
ショパン スケルツォ4番♫~ディーナ・ヨッフェ
ショパン スケルツォ4番♫~リヒテル
ショパン スケルツォ4番♫~ルービンシュタイン

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スケルツォ1番ブログ


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2016_04
13
(Wed)07:10

ショパン 変奏曲「パガニーニの思い出」 イ長調/Chopin Souvenir de Paganini A-Dur

ショパン(1810~1849)の「パガニーニの思い出」は1829年5月にワルシャワを訪れたヴァイオリニストのニコロ・パガニーニの演奏会でパガニーニの作曲した「ヴェネツィアの謝肉祭変奏曲作品10」をショパンが聴き感動しこの主題に基づいて1829年に作曲されたと言われております。

パガニーニ ヴェネツィアの謝肉祭変奏曲作品10♫~レーピン(ヴァイオリン)

出版はショパンの死後1881年に出版されました。

この主題は様々な国で様々な作曲家によって手がけられております。

アレグレットのイ長調で8分の6拍子によるこの変奏曲では左手のオスティナート風の伴奏の上に右手が主題と4つの変奏を奏していきそれにコーダが続き曲は終わります。

パガニーニの作品は右手のボウイングでメロディを、左手のピッツィカートでオスティナート風の伴奏を奏しますが、ショパンはピアノでも左右の手の役割を忠実に再現いたしております。

ショパン パガニーニの思い出♫~アシュケナージ(ピアノ)
ショパン パガニーニの思い出♪~マガロフ(ピアノ)


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2016_04
08
(Fri)08:43

ショパン タランテラ 変イ長調 作品43/Chopin Tarantella As-Dur Op.43

ショパンのタランテラは1841年ノアンで作曲され同年出版されました。

タランテラ(tarantella) はイタリア、ナポリの舞曲で、3/8または6/8拍子のテンポの速い曲です。 タランテラという名前は、タラントという町の名前に由来するといわれております。 また同じ町の名前を由来とする毒蜘蛛のタランチュラに噛まれると、その毒を抜くために踊りつづけなければいけないとする話から付けられたとも言われております。 マンドリンやタンバリンの演奏に合わせて踊られる賑やかな舞曲です。

ショパンのタランテラはロッシーニの作品に準じてかかれており、ショパンがタランテラをパリの友人フォンタナに浄書させた時、この曲が6/8拍子か12/8拍子かはロッシーニの歌曲のタランテラを見て決めて欲しいと手紙で伝えております。

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ロッシーニ タランテラ♫~歌曲

ショパン タランテラ♫~トリフォノフ
ショパン タランテラ♫~チッコリーニ


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2016_03
04
(Fri)08:03

ショパン 幻想ポロネーズ 変イ長調 作品61/Chopin Polonaise-Fantaisie As-Dur Op.61

幻想ポロネーズは1846年に出版されたショパン(1810~1849)のピアノ独奏曲ですが、舟歌、チェロ・ソナタと並びショパン最晩年の傑作とされております。 弟子のA.ヴェイレ夫人に献呈されております。

1843年頃からショパンはたびたび病床についており、ジョルジュ・サンドとの関係も破局へと向かうという肉体的・精神的に困難な極限状態にあり、この作品はそのような状態の中で作り出されました。

ポロネーズ第7番ではありますが、ショパンは初めこの曲のタイトルを「幻想」としており、ポロネーズとしてではなく幻想曲として作曲していたためポロネーズ的リズムも見られるものの構成は幻想曲に近いものです。

「幻想ポロネーズ」は厳格な形式を持たず即興的に音楽が広がるように聴こえ、主題に回帰しない素材や異質な素材がはさまれる事で音楽の流れが中断されるような感覚に陥る部分や、前の素材と次の素材が入念に結びつく部分があったりと、聴衆は音楽が流れたり途切れたりと言うような感覚を抱かさせられます。

かつてはリストの「芸術の域を超えた芸術だ」と言うような感傷的な評価もありましたが、現在ではホロヴィッツやルービンシュタインの名演によりショパン最後の大曲の傑作とされております。

ショパン 幻想ポロネーズ♫~ホロヴィッツ
ショパン 幻想ポロネーズ♫~ルービンシュタイン
ショパン 幻想ポロネーズ♫~キーシン
ショパン 幻想ポロネーズ♫~アルゲリッチ
ショパン 幻想ポロネーズ♫~アヴデーエワ
ショパン 幻想ポロネーズ♫~ブレハッチ
ショパン 幻想ポロネーズ♫~トリフォノフ
ショパン 幻想ポロネーズ♫~辻井伸行


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2015_12
24
(Thu)07:00

ショパン 「舟歌Op.60」、「子守歌Op.57」

<舟歌Op.60>
ショパン(1810~1849)「舟歌 嬰へ長調 作品60」は、1845年に作曲されたショパン晩年期の作品の中で最高傑作の一つです。 バルカロール(舟歌)というのはヴェネツィアのゴンドラ漕ぎの歌に由来し、通常2拍子系の8分の6拍子で書かれます。 メンデルスゾーンのゴンドラの歌が有名ですが、ショパンはイタリアの旋律を賛歌しながらより優雅な演出をし、4拍子系の8分の12拍子(揺りかごのリズム)を用いてノクターン風に改良しております。
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物語性と抒情性が見事に融合した最高傑作の一つですので大勢のピアニストが弾いております。

舟歌♫~ツイメルマン
舟歌♫~アルゲリッチ
舟歌♫~アシュケナージ
舟歌♫~キーシン
舟歌♫~バレンボイム
舟歌♫~ルービンシュタイン
舟歌♫~ディヌ・リパッティ
舟歌♫~ダン・タイ・ソン
舟歌♫~ダニール・トリフォノフ
舟歌♫~ケンプ


<子守歌Op.57>
ショパン「子守歌 変ニ長調 作品57」は1843年作曲され1845年出版、エリーゼ・ガヴァール嬢に献呈された美しい作品でもとの題は「変奏曲」でした。

この作品はまるで洗練された装飾品のような作品ですが、主音に基ずくベースラインを土台に冒頭部の主題が14回変奏されるだけの単純な構成となっております。 しかしショパンはその短い作品の中で、銀細工のような和音とリズムと歌の美しい作品を作り上げ奇跡としか言いようのないものを書き上げております。
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こちらも大勢のピアニストが演奏致しておりますのでリンクいたします。

子守歌♫~アシュケナージ
子守歌♫~ミケランジェリ
子守歌♫~キーシン
子守歌♫~コルトー
子守歌♫~グルダ
子守歌♫~ポリーニ
子守歌♫~ケンプ

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アシュケナージ

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キーシン

明日はプロコフィエフのピアノ・ソナタについて書きます。


レッスン問い合わせ
2015_12
17
(Thu)07:10

ショパン 24のプレリュード Op.28

ショパン(1810~1849)とジョルジュ・サンドとの結核療養を兼ねての二人の最初の逃避行は1838年秋からのスペイン・マジョルカ島旅行でした。 この旅の中、1839年1月マジョルカ島で完成したのが「24のプレリュード Op.28」でした。

このプレリュードというのは、何かの前奏曲という意味ではなく、バッハの平均律のプレリュードと同じ意味で、バッハへのオマージュと考えられます。 

バッハのプレリュードは自由な転調やドラマティックな展開など革命的な内容で、また24の調を全て使用するというのもその時代では画期的な事でした。 ショパンが24曲を全て異なる調性で書きプレリュードと名付けたのはバッハへの敬意と自分もそういう革新的な内容にチャレンジしたいというショパンの意図があったと思えます。

ショパンは生徒の1人に「バッハのプレリュードとフーガを毎日弾きなさい。 それが一番の授業です。 これ以上のものを弾ける人はいないであろう。 バッハを練習しなければ、指は自由に動かない。 澄んだ美しい音も出せない。 彼の作品は完璧である。 他の形は考えられない。 ほんの少しでも変えたら、すべてが台無しになってしまうであろう。」と書き送っており、バッハのひそかな崇拝者となっていたのでした。

さて秋のマジョルカは雨期にあたり、ショパンの病状は逆に悪化してしまいました。 有名な第15番「雨だれ」など悪天候やショパンの置かれている環境を反映したような暗く、はかない作品が「24のプレリュード」には多く含まれております。

ショパン プレリュードOp.28-15 「雨だれ」
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「24のプレリュード」は5度循環を基本としており、近親する全ての長調と短調を、シャープの数を1つずつ増やしながら、そして次にはフラットを1つずつ減らしながら使用しております。

小品が多いですが、第8番、第12番、第16番、第3番、第19番、そして第24番などは技術的にかなり難しくなっております。 演奏会では単独で演奏される事も多いですが、最近では全曲を1つの曲として考え演奏されることが多くなってきております。 いずれにしてもどの曲も芸術的に素晴らしい作品ばかりで天才ショパンを見ることができます。

ショパン 24のプレリュード No.1♫~キーシン
ショパン 24のプレリュード No.2♫~キーシン
ショパン 24のプレリュード No.3♫~キーシン
ショパン 24のプレリュード No.4♫~キーシン
24のプレリュード♫~ポリーニ
24のプレリュード♫~アルゲリッチ
24のプレリュード♫~ユリアンナ・アヴデーエワ
24のプレリュード♫~ダニール・トリフォノフ
24のプレリュード♫~アシュケナージ
24のプレリュード♫~コルトー
24のプレリュード♫~アラウ

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キーシン

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アレクサンダー・コブリン


明日はラフマニノフのプレリュードについて書きます。


レッスン問い合わせ










2015_12
12
(Sat)07:10

ショパン ポロネーズ 第6番 変イ長調 作品53 英雄

MESSAGE
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ショパン(1810~1849)が初めて作曲したポロネーズは7歳の1817年に書いたト短調のポロネーズですが、その後もショパンは生涯にわたって16曲のポロネーズを生み出しました。

軍隊ポロネーズと幻想ポロネーズと英雄ポロネーズが有名ですが、この英雄ポロネーズは最円熟期の1842年に作曲され翌1843年に出版されました。 タイトルはショパンが付けたものではありません。

ポロネーズとはフランス語で「ポーランド風の」の意味ですが、ポーランド起源のダンス、またはそのための舞曲を指します。 ゆっくりな4分の3拍子でもとはポーランドの民族舞踊でしたが1つの様式となってヨーロッパ中で流行いたしました。 ショパン誕生頃にはすでに全盛期を過ぎていたのですが、ショパンはこれに独自のセンスを加え、踊りの伴奏から独立した立派な芸術にまで高めました。

英雄ポロネーズは彼のポロネーズの中でもひときわスケールの大きな華麗でダイナミックな曲で、その輝かしい雰囲気と力強いリズムや中間部の軍隊行進曲風の旋律はポーランドの栄光をたたえているとされショパンの愛国心の表れとされております。

16小節の堂々とした序奏に続いて、ポロネーズ部のリズムは雄然と雄々しく力強く他のどのポロネーズに比べても最も力強いポロネーズです。 やがて左手オクターヴの上に騎士が馬にのって剣をかざし天空を駆けるようなメロディが登場し、勝利に満ちた終わりは後世の人が英雄と名付けたのが納得いくものとなっております。

ポロネーズ第6番「英雄」♫~アルゲリッチ
ポロネーズ第6番「英雄」♫~キーシン
ポロネーズ第6番「英雄」♫~ランラン
ポロネーズ第6番「英雄」♫~ユンデイ・リー
ポロネーズ第6番「英雄」♫~ルービンシュタイン
ポロネーズ第6番「英雄」♫~ブレハッチ
ポロネーズ第6番「英雄」♫~ブーニン

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ホロヴィッツ

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ポリー二

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ピオトル・パレチ二

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Takeshi Kakehashi

*******
ショパンの英雄ポロネーズの中に左手の連続する難しいパッセージが出て参ります。
力を入れたまま弾き続けると手が痛くなってきますので、脱力するのがとても大切なポイントです。

あと、黒鍵と白鍵を交互に弾きますので、鍵盤の打鍵の位置も大切なポイントかと思います。
黒鍵を弾く時は、白鍵にできる限り近い場所で、逆に白鍵を弾く時は、出来るだけ黒鍵に近い場所を弾くと、黒鍵と白鍵の間を最短距離で弾くことが出来ます。

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左手の連続する難しいパッセージ

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明日はリストのConsolations(慰め)について書きます。







2015_12
05
(Sat)07:03

ショパン 即興曲 4曲

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

19世紀のロマン派時代には、自由な形式で気の赴くままに心の変化を捉えた性格小品が多数書かれました。 即興曲もその内の一つでソナタ形式やロンド形式にはまらない作品ですが、即興に作ったというよりは作曲者が謙遜の意味を込めてそう銘打ったと言うところもあります。

ショパンは即興曲を4曲残しておりますが、どれもその名の通り自由に心の変化を歌い上げた作品ですが、その構成はいずれも三部形式に近く論理的でショパンの天才性を発揮した佳品となっております。 この命名はショパン一流の皮肉とも言えます。

第1番変イ長調作品29は1837年に作曲されております。 マリア・ヴォジ二スカとの婚約が破棄された年の作品ですが、失意の感情ではなく穏やかさと明るさに溢れた美しい曲で、ショパンの繊細な指から即興的に紡ぎ出されたような短い曲です。

第2番嬰へ長調作品36は1839年に作曲されたものです。 マヨルカ島で健康を害したショパンがノアンのサンド邸で健康を取り戻した時期で心気一転した気持ちを表し詩的な深い内容のものです。 構成も自由に変奏していくスタイルで最後はフォルティシモの和音で締めくくっております。

第3番変ト長調作品51は1842年に書かれた作品です。 第1番とモティーフも形式もよく似ておりますが、後期の円熟した書法から醸し出される音楽は優雅で美しく内省的な作品です。

第4番嬰ハ短調作品66「幻想即興曲」は出版されたのは4番目ですが、作曲されたのは最も若い時期の1834年から翌年にかけてです。 生前は出版されずショパンの死後6年経った1855年に友人のフォンタナによって手を加えられ出版され「幻想即興曲」というタイトルもフォンタナによって付けられました。

1962年ピアニストのルービンシュタインがショパンの自筆譜を発見し、ショパンによる1834年の初稿、フォンタナ版、1835年の日付のある改訂稿の3つの楽譜が存在するという複雑な事情になっております。

ショパン 即興曲全曲♫~二キタ・マガロフ
ショパン 即興曲全曲♫~アルフレッド・コルトー
ショパン 幻想即興曲♫~ユンディ・リー
ショパン 幻想即興曲♫~ルービンシュタイン
ショパン 幻想即興曲♫~エフゲニー・キーシン

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ウイーン原典版(ショパンの自筆譜に基づいています。)

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即興曲第1番

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即興曲第2番

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即興曲第3番

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即興曲第4番


明日はラヴェルの「マ・メール・ロア」について書きます。








2015_11
22
(Sun)06:06

ショパン ピアノ協奏曲 第1番ホ短調 第2番ヘ短調

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

ショパン(1810~1849)にはオーケストラ曲は1曲もありませんが、ピアノとオーケストラのための作品は6曲書いております。 この中で「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ 作品22」以外は20歳までつまりポーランド時代に書いております。

ワルシャワ近郊の村に生まれたショパンは7歳の時にジブ二ーについてピアノを習い始め、8歳でワルシャワの慈善演奏会に出演致しました。 また12歳でワルシャワ音楽院院長に作曲を学び始め、ロシア皇帝の前で演奏した翌年に16歳でワルシャワ音楽院に入学致します。 1827年17歳で初めて管弦楽とピアノのための作品として作曲した「ラ・チ・ダレム・ラ・マーノの主題による変奏曲」作品2はシューマンに「諸君、帽子をとりたまえ、天才だ!」と絶賛されます。

モーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」の「お手をどうぞ」による変奏曲 作品.2

1829年7月ワルシャワ音楽院を卒業したショパンはウイーンに行きそこで演奏会を開き絶賛を博します。 プラハ等に立ち寄った後9月に帰国し1829年第2番のピアノ協奏曲を書き上げます。 翌年1830年3月ワルシャワでショパン自身が初演をし大成功を収めます。 

第2番の大成功に気を良くし勇気づけられたショパンは早速次のピアノ協奏曲に取り掛かります。 1830年11月にはショパンはワルシャワを後にしてウイーンに向かいますが、母国との永遠の別れとなる旅立ちの前の10月にワルシャワでの告別演奏会でショパン自身の初演で第2作のピアノ協奏曲の第1番を初演致します。 ちなみにこの頃はピアノ協奏曲が一気に全楽章演奏される事はなく楽章の間にショパンの初恋の人のコンスタンツィア・グラドコフスカのソプラノ独唱などもあったようです。

番号が作曲順と逆なのは楽譜の出版順に番号がつけられたからです。 第1番がパリで初演されたのは1832年2月で初版は1833年となっております。

まずキーシンのショパンピアノ協奏曲第1番にリンク致します。

ショパン ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調 作品11♫~エフゲニー・キーシン(ピアノ)、ズービン・メータ指揮、イスラエルフィルハーモニー

第2作なので第2番と比べると構成が重視され規模が大きくなっておりますが、オーケストレーションに弱点があり何人かの手によって手直しがされておりますが、現在ではオリジナル版で演奏される事が多いです。 第1楽章はワルシャワへの告別を力強く語っており、第2楽章はショパン自身が「美しい春の月明かりの夜のような」と書いておりますが、ショパンらしい哀愁をたたえた美しい楽章です。 第3楽章は飛翔の意の感じられる生気に溢れた溌剌とした雰囲気です。

次はルービンシュタインのショパンピアノ協奏曲第2番にリンク致します。

ショパン ピアノ協奏曲 第2番 ヘ短調 作品21♫~アルトゥール・ルービンシュタイン(ピアノ)、アンドレ・プレヴィン指揮、ロンドン交響楽団

この第2番は一度も話をした事がなかったショパンの初恋の人のコンスタンツィアへの青年ショパンの心情から書かれた作品です。 コンスタンツィア・グラドコフスカはワルシャワ音楽院で声楽を学んでいたソプラノ歌手ですが、ショパンは友人に彼女への愛を告白し彼女を想いながら作曲したと手紙で認めております。

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クリスティアン・ツイメルマン(ピアノ)、ポーランド祝祭管弦楽団

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マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)、ロンドン交響楽団、ワシントン・ナショナル交響楽団

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音の詩人ショパン 田村進著 音楽之友社

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ショパンパリコレクション (株)ショパン

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ナショナル・エディション版

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パデレフスキー版

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続いてショパンのワルツについて書きます。














2015_11
22
(Sun)06:00

ショパン ワルツ

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

ショパンは生涯に全部で19曲のワルツを書き残しておりますが、本来は踊りの為の実用音楽にしか過ぎなかったワルツに演奏会用としての魅力と芸術的価値を付加した点でショパンのワルツは舞踏詩とも呼ばれるべきで音楽史的にも特筆すべき作品が多くあります。

ショパンのワルツはただ楽譜通りに正確に音にしても音楽にはなりません。 別にむずかしい技巧を要する大曲ではありませんが、一曲一曲に情緒があり自由なピアノの遊びという感じで大曲とは違う難しさがございます。

第1番作品18は1831年2度目のウイーン訪問時に作曲された作品で「華麗なる大円舞曲」と呼ばれております。 第2番作品34-1は1838年作曲され「華麗なる円舞曲」と呼ばれており前作と同様実際の舞踏曲の要素がかなり大きいです。 第3番作品34-2は1831年の作曲ですが、テンポはワルツには珍しくレントとなっております。

第4番作品34-3は1838年の作曲ですがこれも「華麗なる円舞曲」と呼ばれ「子猫のワルツ」の愛称で親しまれています。 第5番作品42は1840年作曲された「大ワルツ」で伴奏が3拍子で旋律が2拍子となっております。 第6番作品64-1は「子犬のワルツ」で知られる曲ですが1846年から翌年にかけての晩年の作曲です。

第7番作品64-2は第6番と同じ時期に作られた晩年の作品ですが傑作の誉れ高い作品です。 第8番作品64-3も第6番、第7番と同じ晩年の作品ですが大変明るい曲です。 ここまでの8曲が生前出版されたものです。

第9番作品69-1は1835年恋人ヴォジンスカに与えたワルツですが恋は実らなかったため彼女は「別れのワルツ」と呼んで愛奏したそうです。 第10番作品69-2は1829年ポーランド時代の作品です。 若々しい作品でマズルカの雰囲気が濃く出ております。 第11番作品70-1は1835年に書かれた作品で難曲です。

第12番作品70-2は1841年の作品です。  甘美なメロディです。 第13番作品70-3は1829年ポーランド時代の作品で初恋のコンスタンティアを想って作られた優れたワルツです。 第14番遺作は1829年作曲されたものですが出版は死後の1855年です。 初期の一連の「華麗なる」ワルツの先駆けのような作品です。

第15番遺作はポーランド時代末期の作品です。 第16番遺作は1827年の作品でショパンの最も若い時代に属する作品です。 第17番遺作は1840年に作曲されたものです。 第18番遺作は1829年頃の作曲ですが愛らしい作品です。 第19番遺作は1843年頃に書かれたと考えられております。 素朴なワルツです。

その中で傑作として名高いショパン晩年の1846年から翌年にかけて作曲されたワルツ第7番Op.64-2嬰ハ短調にリンク致します。

ショパン ワルツOp.64-2♫~エフゲニー・キーシン
ショパン ワルツOp.64-2♫~ホロヴィッツ
/ショパン ワルツOp.64-2♫~ルービンシュタイン
ショパン ワルツOp.64-2♫~ヤン・リシエツキー
ショパン ワルツ全集♫~アシュケナージ

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コルトー

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ルービンシュタイン

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アシュケナージ

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明日はシューマンのアベッグ変奏曲について書きます。





2015_11
21
(Sat)06:06

ショパン ピアノ・ソナタ 第2番 変ロ長調 作品35

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

ショパンの「葬送行進曲」は私が15歳からお習いしておりました♪関孝弘先生♪が演奏会のレパートリーとなさっていた曲ですが、ピアニストには必修のピアノ・ソナタと言えるかもしれません。

さてショパン(1810~1849)は「葬送」と呼ばれる曲を3曲作っております。 初めは1827年17歳の時書いた「葬送行進曲Op.72-2」です。 次が1837年に作られた「ピアノ・ソナタ第2番葬送行進曲」、そして最後が1838年から1839年にかけて作られた「プレリュードOp.28の第20曲」です(コルトーがそう呼んだのですが)。 

葬送行進曲Op.72-2♫~イデイル・ビレット
プレリュードOp.28-20♫~イーヴォ・ポゴレリッチ

「葬送」という愛称で親しまれているピアノ・ソナタ第2番は「暴れん坊の子どもたちを一つにしたよう」とシューマンが評したように、ショパンの独創性が自由に発揮されたそれ以前のピアノ・ソナタの概念からは遠くかけ離れたものでした。 1837年に第3楽章の「葬送行進曲」を先に作曲し2年後の1839年の夏にノアンで残りの3つの楽章を完成させました。

同時期に作曲されたプレリュードの第2番はピアノ・ソナタ2番の原型と考えられ、プレリュードの第14番はピアノ・ソナタ2番のフィナーレのスケッチであると考えられます。

ショパン プレリュードOp.28

ショパン ピアノ・ソナタ第2番♫~エフゲニー・キーシン
ショパン ピアノ・ソナタ第2番♫~クリスティアン・ツイメルマン
ショパン ピアノ・ソナタ第2番♫~マルタ・アルゲリッチ
ショパン ピアノ・ソナタ第2番♫~内田光子
ショパン ピアノ・ソナタ第2番♫~ユンディ・リー
ショパン ピアノ・ソナタ第2番「葬送行進曲」♫~ミケランジェリ
ショパン ピアノ・ソナタ第2番♫~コルトー

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ショパン楽譜 ナショナル・エディション(ヤン・エキエル版)

1
第1楽章

2
第2楽章

3
第3楽章 葬送行進曲

4
第4楽章

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エフゲニー・キーシン

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マルタ・アルゲリッチ

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アレクサンダー・コブリン


続いてショパンと同国人ポーランドの作曲家のシマノフスキー「主題と変奏曲作品3」について書きます。




















 







2015_10
27
(Tue)07:40

ショパン 「エチュ―ド Op.10, Op.25, 3つの新しい練習曲」 No.1

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

生徒さんの中で新しくショパンのエチュードを始められる方がいらっしゃいますので、今日はショパンのエチュードについて書いて見ようと思います。  ショパンの練習曲(エチュード)は全部で27曲ありますが、作品10と作品25と3つの新しい練習曲に分かれております。 作品10と作品25はそれぞれ12曲からできております。

ショパンの練習曲はツエルニーやクレメンティなどのように後進の指導を目的として書かれた、単にピアノの高度な演奏技巧を習得するための練習曲とは全く違います。

技巧の面ももちろん、たとえば鍵盤上の広い音域にわたって分散したアルぺジオ、3度、6度、8度の進行、半音階的移行の演奏法、リズムの対照、レガートやスタッカートの弾き分けなどの現代でも至難の難しさを持つ練習曲ではあります。 ショパンの練習曲が弾ければショパンの全てのピアノ曲は弾けると言われているくらい、そこにはショパンのあらゆる作品を征服する鍵が隠れております。

しかしその中に詩的情緒やロマン的な香りの究極の美の世界が表現されており、「その練習曲の中からいかに芸術性を引き出すか」と言う高い音楽性を演奏者に要求する第一級の芸術作品であると言えます。

1829年ショパンが友人に宛てた手紙の中で、この練習曲は自分独特の方法で書いたという自負を述べており、「卓越した技巧の練磨を目的とする練習曲の分野に溢れるばかりの詩情で彩りを添えたのだ」と自負する天才の自信を垣間みる事ができます。

ですからショパンのエチュードを演奏する場合には技巧はもちろんの事ですが、それだけではなく高度に洗練された感覚や音楽性が要求され、たとえ技巧が完璧に弾けてもこの練習曲の持っている音楽の独自の世界を表現するのは大変難しく、弾きこめば弾きこむ程味わいが深まるピアニストには必携の練習曲です。

私もショパンのエチュードは高校生の時に全曲お勉強は終わっておりますが、今でも毎日のように練習の前にはそれを取り出して何曲かずつ必ずさらいます。 

Op.10はショパンがまだポーランドにいた19歳の1829年からパリ初期の1832年にかけて作曲されており出版は翌1833年です。 フランツ・リストに献呈されております。 Op.25は1832年から1836年にかけて作曲され1837年に出版されておりダグー伯爵夫人に献呈されております。 3つの新しい練習曲は1839年に作られ翌年出版された「モシェレスとフェティス編集の練習曲集」の中に組み入れられております。 この3つの練習曲はOp.10やOp.25ほど大きくなく難しさも作品10や作品25に比べるとそれほどではありませんが叙情的な面が表れております。

親しまれている有名な愛称を書いてみます。
作品10-3(別れの曲)、作品10-5(黒鍵)、作品10-12(革命)、作品25-1(エオリアン・ハープ)、作品25-9(パピヨン)、作品25-11(木枯らし)~これらの愛称は全てショパンが付けたものではありません。

詳しいアドヴァイスはピアノを通してのレッスンでないと伝えきれないところがございますが、まずOp.10の方の楽譜の冒頭を掲載致します。(↓写真は全てクリックされると拡大致します。)
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Op.10-1
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Op10-2
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Op.10-3
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Op.10-4
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Op.10-10
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Op.10-11
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Op.10-12
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黒鍵のエチュードOp.10-5♫~辻井伸行さん
革命のエチュードOp.10-12♫~辻井伸行さん
辻井伸行さん公式サイト
(東京音楽大学付属高等学校出身の全盲のピアニストの方です。)

ショパン エチュード Op.10-1,10-2,10-3,10-4,10-12 Op.25-5,25-6,25-11♫~キーシン

ショパン エチュード Op.10より10曲♫~トリフォノフ



Op.25と3つの新しい練習曲の楽譜は続けて下↓のブログに掲載いたします。























2015_10
27
(Tue)07:35

ショパン 「エチュ―ド Op.10, Op.25, 3つの新しい練習曲」 No.2

ショパン 「エチュード」 第2稿目(第1稿目続き)

(↓写真は全てクリックされると拡大致します。)
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1
Op.25-1
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Op.25-2
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Op.25-3
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Op.25-4
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Op.25-5
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Op.25-6
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Op.25-7
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Op.25-8
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Op.25-9
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Op.25-10
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Op.25-11
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Op.25-12
1
3つの新しいエチュードNo.1
2
3つの新しいエチュードNo2
3
3つの新しいエチュードNo3


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木枯らしのエチュードOp.25-11♫~ポリーニ(スコア付き)

ショパン エチュード Op.25 全曲♫~トリフォノフ



明日は2015年6月9日、大阪倶楽部で阿部裕之先生がヴァイオりニストの豊嶋泰嗣さんと共演なさったフランクの「ピアノとヴァイオリンのためのソナタ イ長調」とラヴエルの「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ}について書きます。










2015_10
04
(Sun)06:40

ショパン アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ 変ホ長調 作品22

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

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今日はショパン(1810~1849)の「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ 変ホ長調 作品22」について書きます。 この曲は私が高校1年生の時、関孝弘先生のもとでお勉強した曲なのですが、2012年5月31日の阿部裕之先生の大阪倶楽部での演奏会で阿部先生が弾かれた曲でもあります。

ピアノをお勉強している多くの人はみなこの曲を弾きたいと思う美しい曲ですが、実際に弾いてみるとなかなか様にならず、只々冗長になってしまうのですが、阿部裕之先生の「アンダンテ・スピアナート」と「グランド・ポロネーズ・ブリランテ」はどちらの部分も大変素晴らしい演奏で大変お勉強になりました。

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さてこの曲の原題はGrande Polonaise Brillante precedee d'un Andante spianatoです。 この作品はもともとは管弦楽とピアノのための曲でした。 1831年まず「グランド・ポロネーズ・ブリランテ」の部分がオーケストラ伴奏付きのピアノ曲として作曲され、1834年にピアノ独奏の「アンダンテ・スピアナート」の前奏部分が付け加えられました。 そして1836年にピアノ独奏版と共に出版されます。 初演は1835年でショパン自身の独奏によってパリで行われました。



<華麗なる大ポロネーズ>
「polonaise」はフランス語ですがPolish(ポーランドの)という意味です。 ポロネーズは17世紀に流行したポーランド起源の舞曲で、ポーランドの舞踏会では開幕を飾る踊りでした。 ショパンの時代にはもう流行遅れとなっていたようですが、ショパンはこの古い舞曲に光を与え16曲のポロネーズを作曲しています。 

プーシキン舞踏会でのポロネーズ
チャイコフスキー「エフゲニー・オネーギン」第3幕冒頭のポロネーズ

原曲ではオーケストラによる序奏の後、ピアノの華麗なポロネーズが繰り広げられます。 オーケストラの役割がさほど大きくないため、現代ではほとんどピアノ独奏で演奏されます。 (ピアノ独奏版はショパンの自作ですが、オーケストラ版のオーケストラパートはショパンの作かどうか疑わしいという説もあります。)



<アンダンテ・スピアナート>
次に「spianato」はイタリア語ですが、level(平らに、水平に)というような意味があります。 スピアナートなアンダンテですから、水平線のかなたまで海が広がるような、また地平線のかなたまで続く平原の情景が求められているのではないかと思います。



ミケランジェリとキーシンの映像付き演奏にリンク致します。
ショパン 「アンダンテ・スピアナートと華麗なポロネーズ」~ミケランジェリ
ショパン 「アンダンテ・スピアナートと華麗なポロネーズ」~キーシン


ちなみにイタリアではポロネーズとは言わず、polaccaと言われます。 関孝弘先生が出されているCDに「知られざるショパン(遺作集)」というCDがありますが、その中の21番に♫「ポロネーズ ト短調」♫という曲が入っています。 良くお子さんが発表会で弾く曲ですが、この曲はショパンが7歳の時初めて作った曲です。 初めて作ったポロネーズとも言えます。
関孝弘先生CD
(CDは発売日までは公開したらいけませんので、)いつも市場への発売と同時にサインと日付と私の名前を入れてご自宅で分けて下さっておりました。



明日はベートーヴェンの♫ピアノとヴァイオリンのためのソナタ 第5番「春♫について書きます。 





2015_09
25
(Fri)10:07

ショパン 「幻想曲 ヘ短調 作品49」

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

ショパン「幻想曲 作品49」は、1841年ショパンの創作の泉の湧き溢れる時期に作曲されたショパンの最高傑作の作品の一つです。 

ショパンがリストからジョルジュ・サンドを紹介されたのは、1836年の秋の事です。 リストの恋人のマリー・ダグー伯爵夫人と親しかったサンドはリストとダグー夫人が開いた夜会でショパンを紹介されます。 その後二人はパリを離れ旅に出ますが、1839年の6月からしばらくはサンドの別荘があるノア―ンで過ごします。 この時「バラード2番」などの名曲をたくさん創作しております。
サンドとダグー伯爵夫人
サンドとダグー伯爵夫人
ノアーンの景色
ノアーンの景色
ノアーンの館の中
ノアーンの館の中

その後1841年から1846年の間は夏の数か月間はサンドのノアーンの別荘で過ごし、「幻想曲 作品49」や「バラード4番」を初め多くの円熟した傑作作品を生み出しています。 サンドは自身もフランス・ロマン派の代表的な女流作家であり、婦人解放論の先駆者でもありましたが、ショパンが後期の傑作を生みだしたのはサンドの献身的な看護とショパンの才能を信じるサンドの愛情のおかげだと思います。

「幻想曲 作品49」は自由なソナタ形式という点では「バラード」と同じですが、バラードが3拍子系であるのに対して幻想曲は4拍子ですので「バラード」ではなくこの「幻想曲」という名前が付けられたのではないかと思われます。

リストの証言によると、「幻想曲」はサンドとショパンの喧嘩と仲直りを描写したものだとショパンが言っていたとの事らしいですが、構想は自由なソナタ形式で技巧もピアノの最高技術と言えるようなテクニックを駆使しなくては弾けない箇所が多くあり、奏者と聴衆の双方にとって名作と言えるのではないかと思います。

ツイメルマンのショパン「幻想曲 作品49」の演奏♫にリンク致します。 ツイメルマンはショパンコンクールの覇者ですが、ポーランドが生んだ素晴らしい超一流の芸術家です。 ( Part 1とPart 2に分かれています。) 

ちなみにファンタジーという作品は16世紀ルネッサンスから多くの作曲家によって書かれています。 しかし時代によってそのイメージは様変わりしているようです。 ロマン派の代名詞のように言われる「幻想曲」は作曲家が形式にとらわれず楽想の赴くままに作曲したというようなイメージだと思いますが、♬シューマンの「ファンタジー」♬、シューベルトの「さすらい人幻想曲」、♬リストの「ダンテを読んでーソナタ風幻想曲♬などが有名です。

ショパンの「幻想曲 作品49」は高校生の時、関孝弘先生のもとでお勉強した作品ですが、夏休み関先生がご家族でイタリアへ帰省される間は、関先生の先生でいらっしゃる♪米谷治郎先生(東京芸術大学名誉教授)♪にレッスンをして頂いておりました。 米谷先生はエーゲルディンゲル著の「弟子から見たショパン」の訳をされ音楽之友社から出版をなさっていらっしゃいます。
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ファンタジー楽譜
ファンタジー楽譜

序奏
67小節もの長い序奏(このメロディが”雪の降る街を”に使われています。)

agitato(主題提示部P.64)
agitatoの主題提示部

Lent, sostenuto(P.72)
Lent,sostenuto展開部

tempo primo(P.73)
tempo primo

piu mosso(P.77)
piu mosso

コーダから変格終止和音
コーダから変格終止和音

一見綺麗な弾いてみたいと思わせられる名曲ですが、その構想は雄大で非常に丁寧に堂々とまとまられた曲ですので、イメージ通りに表現するのはかなり難しい曲です。 ショパンの天才ぶりが良く発揮されている曲だと思いますが、その緻密な構成はショパンらしくないともいえるのではないかと思います。

いつも申しますが、ピアノはピアノを使ったレッスンでないとなかなかお伝えできない事が多くありますので、もしご興味のおありの方は(単発のレッスンもしておりますので)、♪どうぞ一度お問い合わせ下さいませ♪。




















2015_09
24
(Thu)16:36

ショパン「華麗な変奏曲 Op.12」(全日本学生音楽コンクール大阪大会入賞者発表演奏会 中1)

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

今日はショパンの「華麗な変奏曲 Op.12」について書きます。 この曲は♪中学1年の時第48回全日本学生音楽コンクール♪入賞者発表演奏会で弾いた曲です。

本選が1994年10月30日(日)に終了し、入賞者発表演奏会が12月23日(金・祝)でしたので、本選の終了したその日からすぐ読譜を始めたとしても2ケ月ありませんから、新曲を「完成度高く」披露するのは中学生には少しハードルの高い課題でした。

しかし♪故片岡みどり先生♪(当時すでに相愛大学名誉教授)が中学1年生の私に出されたタスクは、「新曲を2ケ月足らずで完成度高く仕上げ演奏会として成功させる事」でした。

毎日コンクールは他のコンクールと違い壮絶な戦いですので、終了した後の脱力感は大きいものがあります。 その2ケ月後に全くの新曲を、それも読譜レベルではなく、演奏会として成立するものに仕上げて披露するという事はプロのピアニストにとっても大変な事なのです。

でも片岡先生は「それができないなら、いくら入賞しても意味がない」というお考えでしたので、私はまたハードな練習に取り組みました。 入賞者演奏会の当日は聴きに来て下さった片岡先生にも誉めて頂き(非常に珍しい事です)、お写真を一緒に撮って下さいました。 そのお写真は今も大切にレッスンルームに飾っています。

今から思えばまだ子どもでしたので何かの現実的な目標のためにピアノを頑張っていたわけではないように思います。 そういうものだと思ってピアノと向き合っていたように思います。
第48回全日本学生音楽コンクール大阪大会入賞者発表演奏会
ピアノ部門 中学校の部 プログラム

片岡みどり先生と



さてこのショパンの「華麗な変奏曲 Op.12」は、1833年ショパンがパリに来て2年目に作曲された曲ですが、昨日ご紹介した「ロンド Op.16」と同じように、当時のパリの人の好みを反映した華やかな演奏効果の高い作品です。

中1の入賞者演奏会で弾いたあと、中学3年生の春に片岡先生のお宅で、(以前ブログで書きました)♪ゲルジョード先生♪に「華麗な変奏曲」をもう一度取り出して新しく見て頂いた事もあります。 

簡単に曲のご紹介をしたあと私の楽譜の一部を掲載いたしますのでどうぞご覧下さい。 

タイトルのVARIATIONS BRILLANTESはフランス語ですが、その下に「uber das Rondeau "Je vends des scapulaires” aus der Oper 「Ludovic」 von Herold und Halevy」(エロールとアレヴィのオペラ「リュドヴィク」のロンド「私は僧衣を売る」による)と書き添えてあります。

エロールというのはオペラ「リュドヴィク」を作った作曲家の名前です。 そのオペラの中のアリア「私は僧衣を売る」の旋律を使ってショパンは変奏曲を作りましたが、その変奏曲がこの「華麗な変奏曲」です。 エロールは未完のまま亡くなりましたのでアレヴィが補筆して上演したようです。 多分ショパンもこのオペラを見たのではないかと思われます。 当時のパリのサロンでは、流行しているオペラの旋律を使って作曲される「オペラ・パラフレーズ」のような作品が人気があったので、多分ショパンもそれに合わせてその種の作品を書いたのではないかと思われます。

初めに華やかな序奏があり、次にテーマが示され4つの変奏が続き、華やかなコーダで終わります。

内容的にはあまり意味はなく技巧を誇示する演奏効果を狙う華やかな曲です。 記事の最後に二キタ・マガロフのピアノ演奏にリンク致しております。 

序奏
Introduzione 1
Introduzine 2

Theme
Theme
Theme 2
Theme 3

Scherzo
Scherzo 1
Scherzo 2

Lento
Lent
Lent 2

Scherzo vivace
Scherzo vivace

終曲
コーダ
コーダ
コーダ

ショパン♫ 「華麗な変奏曲 Op.12♫~二キタ・マガロフ

明日はショパンの「ファンタジー」について書きます。 この曲は高校生の時、♪関孝弘先生♪のもとでお勉強した曲です。 関先生は夏休みはご家族でイタリアへ帰省されるのでその間は関先生の先生の東京芸術大学名誉教授の♪米谷治郎先生♪に自由が丘のご自宅でレッスンをして頂いていておりました。 その時に見て頂いた事がある曲です。

ショパンの「ファンタジー♫は綺麗な有名な曲ですが、先にツイメルマンの演奏にリンクしておきます。(Part1とPart2に分かれております。)

















2015_09
23
(Wed)07:40

ショパン 「ロンド 変ホ長調 Op.16」(序奏とロンド)

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

今日はショパンの「ロンド 変ホ長調 Op.16」について書きます。 ショパンと言えば「バラード」や「スケルツォ」が有名ですが、ショパン・コンクールの課題曲として使われる「ロンド Op.16」をご紹介致します。

まずは第16回ショパンコンクールのセミ・ファイナルの時のJayson Gillhamの演奏にリンク致します。 「ロンド 変ホ長調 Op.16」は華やかな技巧を見せつけるどちらかと言えば外面的な曲ですが、テクニックを審査するにはごまかしのきかない良い曲かもしれません。

この曲は私が中学2年生(13歳)の時、恩師故片岡みどり先生(当時すでに相愛大学名誉教授)に伴われて、元日本ベーゼンドルファー大阪ショールームでProf. Aquiles Delle Vigne(元ロッテルダム音楽院教授)にレッスンをして頂いた曲です。

演奏を聴かれたデッレ=ヴィーネ先生は「How old are you ? You are a very very good pianist. Remarkable talent !」と言って驚かれ素晴らしいレッスンをして下さいました。 

その時のデッレ=ヴィーネ先生の思い出は8月4日のブログに書いておりますので、お読み頂けたらと思います。 私が日本でピアノのお勉強を続けるか、13歳で単身ヨーロッパに行くかの「分岐点」になった出来事でした。

デッレ=ヴィーネ先生の楽譜へのサイン
1995,7,5 デッレ=ヴィーネ先生の楽譜へのサイン
アキーレ・デッレ=ヴィーネ先生と(中2)





さてショパンのRONDOSについて書きます。 複数形になっておりますが、パデレフスキー版には5つのロンドが入っております。
ショパン ロンド パデレフスキー版楽譜
RONDEAUX

まずはショパンが15歳の1825年に作曲したロンド ハ短調 Op.1です。
ロンド Op.1

この曲はショパンが初めて出版を想定して書いた作品です。 当時在籍していたワルシャワ中等学校の校長先生の妻のルトヴィカ夫人へ献呈された曲です。



次はショパンが16歳の1826年に作曲した「マズルカ風ロンド ヘ長調 Op.5」です。
マズルカ風ロンド OP.5
この年ショパンはワルシャワ音楽院に入学しますが、Op.1に比べるとわずか1年の時の経過で作曲技法に目を見張るばかりの成長が見られます。



次はショパンが18歳の1828年に作曲した「ロンド ハ長調 Op.73」です。 これは独奏用2台ピアノ用と2つ作曲しております。 生前はどちらも出版されず遺作Op.73として1855年に2台ピアノの楽譜が出版され、1954年にパデレフスキー版からピアノ独奏版が出版されました。
2台ピアノ用楽譜
ロンド Op.73 2台ピアノ

独奏用楽譜
ロンド Op.73 独奏用
ショパン自筆譜
ロンド Op.73 独奏 自筆譜




最後がショパン「ロンド 変ホ長調 Op.16」です。 これは1832年パリで作曲された曲です。 内面的な内容よりも、外面的な演奏効果をねらった華やかなどちらかというと技巧を誇示する曲です。
ロンド Op.16
ロンド Op.16

冒頭で第16回ショパンコンクールのセミ・ファイナルの演奏にリンク致しましたが、次はホロビッツの演奏にリンク致します。

ショパン 「ロンド 変ホ短調 Op.16 (序奏とロンド)」~ホロビッツ(ピアノ)

この曲は1834年パリで出版されましたが弟子のカロリーヌ・ハルトマンに献呈されています。 カロリーヌはこの年26歳の若さで亡くなっておりますので、余命のない弟子に捧げられたか亡くなった弟子の才能を惜しんで献呈されたかのどちらかだろうと言われています。




次は1828年に作曲された「演奏会用大ロンド クラコヴィアク ヘ長調 Op.14」という曲があります。 これはピアノと管弦楽のための作品で初演は1829年 ショパンのピアノ独奏でウイーンで行われました。 

クラコヴィアクというのはポーランドの古都クラクフの伝統的な民族舞踊で2拍子の曲です。 
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クラコヴィアク(フォークダンスの映像

→ショパン ロンド・クラコヴィアク ヘ長調 Op.14」~アラウ(ピアノ)、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団(1)
→ショパン ロンド・クラコヴィアク ヘ長調 Op.14」~アラウ(ピアノ)、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団(2)


Prof. Aquiles Delle Vigne公式サイト~デッレ=ヴィーネ先生はアラウの弟子でいらっしゃいます。


小さい時のデッレ=ヴィーネ先生や元ワルシャワ音楽院のゲルジョード先生のレッスンのお声がカセットテープですがきれいに残っております。 門下の方でもし再生可能なようでしたらカセットテープお貸しいたします。 お勉強になるかと思います。 受付まで申し出て下さい。

明日はショパンの「華麗なる変奏曲」について書きます。 この曲は中1の全日本学生音楽コンクール大阪大会の受賞者演奏会で弾いた曲ですが、1ケ月強で仕上げさせられた曲です。

故片岡みどり先生のご方針で、「学音の入賞者は受賞者演奏会では新曲を完成度高く披露できる実力があるべき」というお考えでしたので、全日本学生音楽コンクール大阪大会本選の終わった後1ケ月強で仕上げて舞台に立った曲です。 



 













2015_09
09
(Wed)08:50

ショパン バラード1番を中心にバラード4曲

MESSAGE
モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

以前ショパン(1810~1849)のスケルツォについては書きましたが今日はバラードについて書いて見ようと思います。 

まず最初にご紹介したいのが東京芸術大学名誉教授でいらっしゃる♪米谷冶郎先生♪の訳された「弟子から見たショパン」というご本です(音楽之友社)。 ショパンには多くの弟子がいましたが、この本はそのタイトルのように弟子達がショパンのレッスンを伝えたものを集めて出版された本です。
弟子から見たショパン 米谷冶郎訳
米谷冶郎先生は私が15歳からお世話になっていた関孝弘先生の先生ですが、私も関先生が夏休みにイタリアへ帰省されお留守の時はいつも米谷先生に東京の自由が丘のご自宅でレッスンをして頂いておりました。 ショパンのご専門の方で研究された楽譜など良く見せて頂きました。 大変お勉強になるご本ですので皆様にご紹介させて頂きます。

ショパンはピアニストとしても有名でしたが、ピアノの演奏法を研究することにも熱心でした。 ショパンの練習曲集はピアノで習得すべきテクニックのエッセンスが全て詰まっており、ピアノのテクニックの集大成の曲集だと言われています。

この本の中にはショパンが弟子たちへのレッスンの中でいつも言っていた事が書かれています。 例えばショパンは「ピアノを演奏する時にはピアノをオペラ歌手のようによく歌わせて決して鍵盤をたたかない」などと良く注意をしていたというような事などです。  録音技術もなかった頃ですので、ショパンの演奏を実際に聴くことは叶いませんが、当時のショパンが理想としていたピアノ演奏を知ることができる貴重な本だと言われています。

ショパン エチュード「革命」♫~エフゲ二ー・キーシン


もう一冊ショパンを歴史的な見地から検証されて書かれた本があります。 「ショパン パリコレクション」という本ですがこれは東京の府中の森でショパン展が開催された時に求めたものですが、書店でも売られているようです。以前この催しものがTVでも紹介されておりました。
ショパン パリコレクション
東京 ショパン展
パリ・ポーランド歴史文芸協会から提供された写真がたくさん載っている本です。

さてバラードですがバラードは良くそれぞれ単独で演奏されますが、ケヴィン・ケナーというショパンコンクール2位のピアニストの講座を東京池袋のヤマハで聴いた時、ケナーはスケルツォやバラードは4曲一緒に弾くべきだというお話をされていました。 時間的にもそれ以外の面からも大変な事ですが、確かにそうかも知れないと思います。
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バラード1番
バラード2番
バラード3番
バラード4番

私がバラードを初めて弾いたのは高校生の時で初めは1番を勉強致しました。 1番を聴いてシューマンが大変その曲を気に入ったので次の2番はショパンはシューマンに献呈したそうですが、シューマンは1番の方を気に入っていたようです。 1番は昨シーズンのフィギュアスケートのプログラムでも使われていましたので皆さん良くご存じだとは思いますが、you tubeにリンク致します。

ショパン バラード第1番 ト短調 作品23(1831~1835)~ツイメルマン

これはポーランドの国民的古典である「パン・タデウシュ」という愛国詩(1823)の中の「コンラート・ヴァレンロッド」という詩をショパンが読み霊感を受け作曲したと言われています。 コンラート・ヴァレンロッドというのはポーランドの英雄の戦士の名前です。 詩を書いたのはアダム・ミツキエヴィッチというポーランド文学を代表する国民的詩人ですが、ショパンはパリでミツキエヴィッチと面識があったようです。 作曲を手掛けた1831年という時代からしてもワルシャワ蜂起という歴史的背景が曲の中にあり、祖国のために戦う勇士の姿が想像されますが、ショパンは他のロマン派の音楽家達と違い音楽と文学や絵画を結び付けて表現する事を嫌がっていた作曲家ですので、あくまでもインスパイアされたというだけで標題音楽のように詩を描写しているわけではないのではないかと思います。

ショパンのバラードはみなポーランドの愛国詩人アダム・ミツキエヴィッチ(1798~1855)の詩をショパンが読んで霊感を受け作られたと言われており、コルトー版からの解説を書いておきます。

(次のミツキエヴィッチの詩を読んで書いたと言われています。)
1番~「コンラート・ヴァレンロッド」・・・ポーランドの英雄の名前
2番~「シフィテジ湖」・・・ミツキエヴィツチの故郷のリトアニアの摩の湖ヴィリ湖
3番~「シフィテジャンカ」・・・シフィテジ湖に住む水の精オンデイーヌ
4番~「ブドゥリ家の3人」・・・ブドゥリ家の3人の息子の話

ショパン バラード第2番 ヘ長調 作品38(1839)~ツイメルマン

この曲はシューマンへの試演ではヘ長調で終わっていたようですが、最終稿はイ短調で終わっています。 霊感を受けたといわれるミツキエヴィッチの詩は「夜な夜な音がするので湖を網ですくうと一人の美女がかかり、その美女の話によると昔湖のあたりはお城でロシア兵に囲まれ城中で包囲された領主の娘が祈ると町は沈み湖になり女子どもは花になりその花を摘むと死んでしまうと話しまた湖に帰って行った」というポーランドの伝説の物語です。

ショパン バラード第3番 変イ長調 作品47(1840~1841)~ツイメルマン

この曲の源流となったミツキエヴィッチの詩は「恋人の愛情を疑った乙女が水の精に化けて若者を誘惑しその誘惑に負けた若者は水の精に湖の中に引きずりこまれる」というファンタジックなお話です。 4つの中で唯一長調の作品です。 明るい優美な曲想はこの頃のショパンの生活の充実ぶりが表れているのではないかと思います。

ショパン バラード第4番 ヘ短調 作品52(1842)~ルービンシュタイン(楽譜付き)

この曲は4つの中で一番傑作と言われており技巧的にも演奏をするのに一番難しいと言われています。

ショパンのバラードはどれも3拍子系の非常にドラマチックな曲ばかりです。 バラードは物語という意味で、ドラマテイックな曲ですので、音楽からのアプローチだけでも充分そのドラマ性を感じ取ることができますが、上にご紹介したような詩を読むことで音楽を一聴衆として聴く場合にも、自分で演奏する場合にも、より具体的なイメージが湧くのではないかと思います。

ショパン バラード全曲♫~キーシン


細かい事はピアノを通したレッスンでないと文字だけでは限界がありますが、バラードのCDは数多く持っていますので一部ご紹介いたします。

門下のご家族の方でお聴きになりたい方は生徒さんを通して受付までお尋ね下さい。

キーシン 全曲
キーシン バラード4曲
ルービンシュタイン 全曲
ルービンシュタイン バラード4曲
コルトー 全曲
コルトー バラード4曲
ポリー二 全曲
ポリー二 バラード4曲
ミケランジェリ 第1番
ミケランジェリ バラード1番

明日は試験やコンク―ルで必ず弾かされるバッハの「平均律」について書いてみます。











2015_08
16
(Sun)07:27

ショパンスケルツォ第2、3番とツイメルマン、アヴデーエワのピアノ

今日はショパンのスケルツォ第2番、第3番とポーランドのピアニストのクリスティアン・ツイメルマンとロシアのピアニストのユリアンナ・アヴデーエワそしてドイツの巨匠ヴィルヘルム・ケンプについて徒然に書こうと思います。

ショパンのスケルツォ第3番嬰ハ短調(1839)は私が中学3年になったばかりの時、恩師の勧めでプラハ音楽院で開催されるコンクールを受けに行った時弾いた曲で3位を頂いた思い出の曲です。 華やかで技巧的にもかなり難しいドラマチックな曲ですので一生懸命お勉強をした思い出があります。(プラハ音楽院の記事は7月26日に書いております。)
プラハコンクール

ショパンのスケルツォ第2番変ロ短調(1837)は全日本学生音楽コンクールの中学生部門や高校生部門でも時々課題曲になりますが、大変感動的な美しい名曲です。 しかし音符で書かれたショパンの言葉をピアノで再現し美しい一冊の詩集にしようと試みると、辿り着けない奥の深いものがございます。
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ショパンスケルツォ第1番については昨日の8月15日のブログに詳しく書いております。 スケルツォ第1番は世界史的には七月革命が起きた頃、また祖国ポーランドではロシア領からの独立を願う若者のワルシャワ蜂起の事件が起きた頃作曲されたものです。 ショパンはその時にはすでにポーランドを離れていたわけですが、駆けつける事のできない焦燥がスケルツォ第1番には込められているのではないかと言われています。 中間部のクリスマスキャロルの部分はポーランドの人なら誰でもが知っている民謡が元になっていると、ワルシャワ音楽院(現ショパン音楽大学)の元院長ゲルジョード先生がお話されていました。 元の民謡「眠れ幼きイエス」の楽譜を下に掲載致します。 メロディーだけでも音を出されてみられたらと思います。 とてもきれいな心に染みる歌です。 私が中学生の頃の思い出ですが、ゲルジョード先生の思い出は7月27日のブログに詳しく書いております。 ゲルジョード先生の最近のyou tubeでのショパン演奏にもその記事の中でリンクしておりますのでお聴きき下さい。 ショパンは怒涛のような短い人生を生きた作曲家ですが常に祖国ポーランドへの郷愁を胸に抱いていたのではないかと思います。 ですが上の2曲はスケルツォ第1番とは少しショパンの込める心情はまた違うのではないかと思います。
ショパンスケルツォ第1番中間部クリスマスキャロル原曲「眠れ幼きイエス」
クリスマスキャロル原曲
クリスマスキャロル原曲

7月27日のゲルジョード先生の思い出の記事(中学生)♪


EUROPE AFTER THE CONGRESS OF VIENNA(1815)
EUROPE AFTER THE CONGRESS OF VIENNA(1815)
EUROPEAN POSSESSIONS AT THE END OF THE 19TH CENTURY
19世紀終わりのヨーロッパ

それぞれの曲についての専門的なお話はピアノを通してのレッスンでないとお伝えしきれない所がございますが、今日は聴衆としてショパンを楽しむ事ができた良質のコンサートやお勧めのCDについて書いてみようと思います。

ショパンというとルービンシュタインやコルトーのCDを擦り切れるほど聴いたという方が多いのではないかと思いますが、私が推薦したいもう1枚のCDにクリスティアン・ツイメルマン(ピアノ&指揮)、ポーランド祝祭管弦楽団演奏のショパン/ピアノ協奏曲第1・2番というCDがあります。
クリスティアン・ツィメルマンCDジャケット

ツイメルマンはショパンコンクールの覇者ですが録音スタジオも自分で作りオーケストラも自分で結成するという程の音楽へのこだわりの強いピアニストです。 ドイツの巨匠のアルフレッド・ブレンデルに負けないくらいの楽譜に忠実な真摯な演奏にピアニストとして誠実なものを感じます。

生の演奏は東京にいた時に東京芸術劇場へ聴きに行った事があります。 東欧のガラス工芸のような透き通る繊細な美音には息をのむばかりです。 ショパンに限らずベートーヴェン、モーツァルト、シューベルト、ブラームスとドイツ音楽にも高い実力の持ち主で私が新曲をさらう時は必ずチェックをするピアニストの一人です。
クリスティアン・ツイメルマン演奏会チラシ
プラハ国立美術工芸博物館ファイル
プラハ国立美術工芸博物館
ウイーンのロブマイヤー
ウイーンロブマイヤー

もう1枚珍しいCDにドイツの巨匠のヴィルヘルム・ケンプが演奏するショパンのノクターン第3番が入っているCDがあります。これは広島世界平和記念聖堂のパイプオルガン除幕式でのケンプの言葉やピアノ演奏、ベートーヴェンについてケンプ自身が語っている声の入った非売品の「多才な音楽家の肖像」というCDですが(ケンプのベートーヴェンピアノ・ソナタ全集のCDに付いています。)、ショパンの演奏にも心打たれるものがあります。
ケンプCDジャケット

さて女性ピアニストですがやはりショパンコンクールの覇者でロシアのピアニストにユリアンナ・アヴデーエワというピアニストがいます。 テレビでモーツァルトのコンチェルトが放映されていたのを生の演奏会を聴いた後聴きましたが、録音機械では集録できなかったのか生の音の千変万化とは程遠いものがありました。 まだ若手の方ですが次回の来日でまた生の演奏が聴けるのを楽しみに待っております。
ユリアンナ・ァヴデーエワ演奏会チラシ

you tubeの方に私の中3の時のショパンのスケルツォ第3番と最近の演奏の第2番をアップ致しております。
お聴き頂けましたら嬉しく思います。
ショパン スケルツォ第3番(中3)~谷 真子

ショパン スケルツォ第2番~谷 真子

8月15日ショパンスケルツォ第1番の記事

7月26日プラハ音楽院の記事














2015_08
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(Sat)07:10

ショパン スケルツォ第1番とショパンについて徒然に

ショパンはピアノの詩人と呼ばれている作曲家ですが、日本人だけではなくどこの国の方にも人気のある作曲家のようです。私が中学3年から帰阪するまでプライベートレッスンでお世話になっていた東京在住のピアニスト関孝弘先生も(7月30日の記事に関先生の思い出を書いております。)、イタリアでもプログラムにショパンを入れると聴衆の数がアップするとお話されていました。

詳しい伝記や評伝については数多くの書籍が出版されておりますが、写真入りでとても分かりやすい本に、小さい時の恩師故片岡みどり先生(相愛大学名誉教授)から頂いた音楽之友社出版の田村進著「音の詩人 ショパン」という本があります。
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ショパンというと素人の特に女性の方の場合は「素敵」とか「綺麗」とか「繊細」などのイメージを抱く方も多いのではないかと思いますが、私にとってのショパンは音楽で祖国ポーランドの独立のために戦った音楽家というイメージがあります。
EUROPE AFTER THE CONGRESS OF VIENNA
EUROPE AFTER THE CONGRESS OF VIENNA(1815)
THE MOST PERFECT ORDER PREVAILS IN WARSAW
1830年頃のヨーロッパ
 
中1の時から数度、ショパンの祖国ポーランドのワルシャワ音楽院(現ショパン音楽大学)の元院長のProf. Kazimierz Gierzodにレッスンをして頂いた事があるのですが(7月27日の記事にゲルジョード先生のお話を書いております。合わせて是非お読み下さい。)、ショパンのスケルツォ第1番ロ短調(1831~1832)の真ん中のクリスマスキャロルの部分はポーランドの人なら誰でもが知っている有名なポーランドの民謡のメロディが元になっているそうです。 祖国ポーランドの独立のために駆けつける事が出来なかったショパンの思いがこのスケルツォ1番に良く表れており、今でもこの曲を弾いたり聴いたりする度にスケルツォ1番を作曲した時のショパンの祖国を思う気持ちの強さを感じます。
スケルツォ第1番中間部原曲「眠れ幼きイエス」楽譜
クリスマスキャロル原曲
クリスマスキャロル原曲
ゲルジョード先生と(中1)
ショパン スケルツォ1番楽譜

 フランス時代のショパンはプレイエルというフランスのピアノを好んだそうですが、下のショパンの言葉からプレイエルのピアノに寄せるショパンの思いが良く伝わってくると思います。
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プレイエルピアノパンフレット

音で綴られたショパンの詩集であるショパンの音楽をピアノで再現する時、その世界を表現するためには相当に難易度の高いテクニックが必要になってきます。コンクールや試験では必ずショパンのエチュードが課題に出されますが、ショパンのエチュードは単なる指の練習曲と考えてもそれを完璧に弾くのはかなり難しいですが、ましてや1冊の芸術作品の詩集のように全曲を演奏会で弾くなどという事はピアニストには大変高いハードルです。 先日、ピアニストで東京音楽大学専任講師の菊地裕介さんが大阪シンフォ二ーホールで全曲演奏会をされていたので聴きに行ってまいりましたが素晴らしい演奏でした。

明日はショパン スケルツォ2番、3番の曲や私の好きなピアニストでショパンコンクールで1位になったクリスティアン・ツイマーマン、ユリアンナ・アヴデーエワのCDやコンサートの話など徒然に書こうと思います。

you tubeに中1の時、全日本学生音楽コンクール大阪大会本選で入賞したショパンのスケルツォ1番をクリスマスキャロルからアップしております。 またお聴き頂ければ嬉しく思います。(学音のお話は7月24日の記事に書いております。)
全日本学生音楽コンクール大阪大会歴代入賞者一覧より
you tubeスケルツォ1番クリスマスキャロルより(中1)~谷真子

関孝弘先生の記事

ゲルジョード先生の記事

第48回全日本学生音楽コンクール大阪大会の記事