2017_09
08
(Fri)13:15

導入の頃の私のピアノライフ

私は3歳からピアノレッスンを先生について正式に受けておりますが、4つ違いの姉がピアノを習っていたせいか、3歳以前の物心ついた頃からピアノを弾きたがっていたようです。

勝手にバイエルをどんどん弾き進めるので、正式にならった方が良いという事になり、3歳から姉と同じ先生にレッスンを受けるようになりました。

ですからバイエルは2か月くらいであっという間に終わり、ツエルニーの小さな手のための教則本や左手のための教則本などツエル二ー30番に入る前に数冊同じような教則本をしたようです。

その時につちかったテクニックが大きくなってからも随分役立っているような気が致します。

ところで私が導入でお世話になった先生は、私の自宅まで姉と私にピアノを教えに来て下さっていました。 まだお若い先生でしたが、ファイトいっぱいの私をやさしく見守りながら上手に誘導して下さったようです。

自宅へ先生が来て下さると、通学の時間が省略されますし、ピアノもいつも使っているピアノでレッスンを受けますし、お部屋の響きなども先生のご自宅と自分の部屋という相違がなく、レッスンは効率が良かったように思います。

ピアニストとしての基礎のテクニックを教わったのは、その後師事した相愛大学名誉教授片岡みどり先生からだと思いますが、小さい時ピアノに夢中になり打ち込めたのは導入の時お世話になった先生のおかげかなとも思います。

先生はご縁で決定されますが、ピアニストの人たちも各人各様様々なピアノライフを送ってきています。 どの道がベストという選択肢はなく、運命にもかなり影響される世界かなとも思います。

振り返ると遠い道のりでしたが、今元気でピアノに向かえる事に感謝して、これからの道を進んでまいりたいと思います。


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2015_11
17
(Tue)06:02

小学校低学年の時私が描いた油絵と下絵(将来の選択)

私は小さい頃はピアノを弾くのと同じくらい絵を描くのが大好きな子供でした。 小学校低学年の間は油絵も習いに行っておりましたが、母から聞いたところによると、小さい子供には難しい油絵の具の処理をするのが手早いのとその集中力から絵の先生は専門の道に進ませることを母に勧められたようです。

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果物

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花瓶とトイレットペーパー

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スリッパ

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油絵 果物

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油絵 お花

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油絵 自画像

母は私には本来は美大の染色工芸に進んで袱紗や和装小物のデザインなどをする人になってほしかったようですが、子供ながらピアニストになりたいと私が母にはっきり断言したそうです。

絵心は音楽家には必要ですので小さい時絵の基礎を習っておいて良かったと思いますが、私がその時何故ピアニストになりたいと母に明言したのかは今では良く分かりません。 子供心にピアノは仕事、絵は趣味と思っていたような気も致します。

春の進路を考えるシーズンですが、どの道を選択するにしても、やはり本人の意思というのが必要最低条件ではないかと思います。 どの道に進んでも順風満帆というわけにはまいりません。 どこかで壁にぶつかり苦しむ時が来るわけすが、自分で選んだ道ですとどんな困難も乗り越えようとします。

親御さんに大事な事は子供を信頼して見守り、親の助けが必要な時には暖かく応援してやる事ではないかと思います。



ピアニスト谷真子公式サイト
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16
(Mon)07:29

世界を飛び回っていた私の祖父(昭和3年生まれ)

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私は高校1年の時からウイーンのベーゼンドルファーというピアノを使って練習をしておりますが、このピアノを買ってくれたのは私の母方の祖父後藤武孝(昭和3年生まれ)と申す者です。 ですから保証書の名前は祖父の名前になっております。(公式サイトの♪My Historyの項目♪の高1のコーナーに写真を掲載致しております。) 

祖父は海上保安大学校の機関科で機械の事をお勉強したエンジニアです。  

ですから母が物心ついた時に初めて覚えた異国の名前は「南極」と「ケープタウン」だそうです。 「南極」は海上保安庁の人は必ず行きますので最も身近な場所だそうです。 また「ケープタウン」は勤務に出た時給油のため必ず寄港する場所だそうです。 祖父の家には南極の昭和基地の石やケープタウンの大きな松ぼっくりが飾ってありました。  

祖父は若い頃は海上保安庁に勤務しておりましたが、母が小学3年の時からは造船会社のタンカーのエンジニアとして国内外でお仕事をしておりました。新しくタンカーを造るときのエンジンの部分の設計・製造を担当しておりましたので、(日本にいるときもほとんど四国の造船所に行っており留守でしたが)、自分の造ったタンカーが故障をすると世界各国の港に修理のために行きますから、1年のほとんどは外国にいるという生活をしておりました。

旅の先々から絵葉書を送ってくれておりましたが、姉と私と連名ではなく必ず別々に絵葉書を送ってくれておりました。 非常に厳格で恐い祖父でしたが、祖母の話によりますと孫には優しかったそうです。 アメリカから送ってくれた絵葉書でディズ二ーワールドの絵葉書がありますので掲載いたします。 

↓写真はクリックされると拡大致します。
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2015_10
29
(Thu)06:05

湿度とピアノ

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私は練習にウイ―ン製のピアノのベーゼンドルファー200を使用しておりますが、ここのところ気候の温暖差や湿度の変化により、
ピアノのハンマー部分に水蒸気が付き、ハンマーの動きが鈍くなっているようです。

ベーゼンドルファーはヨーロッパの気候に合わせて作られているため、湿度の高い時期にはピアノが湿気で音がこもったようになります。

ピアノの環境のためには、温度と湿度を年中一定に保つのがベストなため私もそう心がけてはおりますが、気候が不安定だとピアノの音色も天候によって日々変わってまいります。

部屋の湿度は60%を目安にしており、今は除湿器もフル稼働しております。
除湿器は普通の家庭用のものを使用しております。

私の所有するベーゼンドルァーは、ピアノのフレームの木の部分はイタリアの木が使用されており、ピアノのアクションの部分はオーストリア製です。 購入時に(元)日本ベーゼドルファー社の方が調べて下さいました。 ピアノの音が共鳴する木の部分をイタリアの木を使用しているため、割と音量が出て、カラッとして明るい音が致します。

私が幼少の頃より使っているグランドピアノはベーゼンドルファーのピアノで3台目です。 一台目は導入の時期にヤマハのG1を両親に買ってもらいました。 次は、小学生の頃ヤマハのC5のピアノに買い換えました。 このピアノも普段の練習量が多かったため、調律師さんに「これは弾きつぶしてしまうでしょうね。」と言われ、弦が頻繁に切れるようになりました。

高校1年生の頃に母方の祖父にベーゼンドルファーを買ってもらいそれで練習するようになりました。 良い楽器から直接学ぶことは多いと思います。

現在レッスン用に使用しているピアノはヤマハのC3のピアノで、大学生の時に東京のマンションで練習用に買ってもらったものです。 こちらが4台目のピアノになります。 ヤマハ池袋店の方が、ピアノを5台用意して下さり、その中から自分の好きな音色のピアノを選びました。 室内楽に向いているような、ベーゼンドルファーに近い弦楽器のような音が致しますので手放すのが惜しく、東京から実家に持って帰ってきた私のお気に入りの一台です。

ピアノは生き物だと感じます。

ベーゼンドルファーは丈夫に出来ているため、ピアノの弦が切れにくいと言われておりますが、最近は消耗が激しく、よく弦が切れるようになってまいりました。

そろそろベーゼンドルファーを弾き始めて、20年ほど経ちますので、オーバーホール(ピアノの弦やアクション部分を新しいものに取りかえる)の時期が近づいているようです。


<参考ブログ>
B-tech Japan(ベーゼンドルファー技術会社)に関するブログ





2015_08
13
(Thu)08:23

バッハの「イタリア協奏曲」の思い出

今日は私が小さかった時のバッハのお勉強の仕方について書いてみようと思います。趣味でピアノを習ってらっしゃる方にお聞きするとバッハはやっていないとおっしゃる方が多いように思いますが、バッハは西洋音楽の基本になりますのでたとえ趣味でされるにしてもバッハのお勉強はされた方が良いと私は思います。バッハのお勉強を致しますと楽譜の読み方が変わってまいります。

さて専門に進もうと考えているお子さんにとってはバッハは必修の作曲家ですが、難しいとか面白くないとか眠くなるなどの苦手意識を持っているお子さんが多いような気が致します。

私の場合は「子供のバッハ」、「インヴェンション」、「シンフォ二ア」、「フランス組曲」、「平均律」、「イギリス組曲」、他様々なバッハの作品を子供の時から弾いてまいりましたが、あまり苦手意識は初めからなかったように思います。

専門的なお話は難しくなりますが、バッハはポリフォ二ー音楽と言われ、簡単に言えば二人以上の人が歌を歌っている曲だと思えば良いと思います。 右手がメロディー、左手が伴奏という音楽ではなく、二声の場合は右手が女性の声、左手が男性の声だと考えれば分かりやすいと思います。 三声、四声とありますがどれも三人の人、四人の人が歌を歌っている曲だと考えられると楽しくお勉強ができるのではないかと思います。 

良く先生から右手と左手に分けて練習するのではなく、各声部に分けて練習しなさいと言われるのではないかと思いますが、楽譜の各声部をソプラノ、メゾソプラノ、アルト、テノール、バリトン、バスの歌手と考えて練習をすると楽譜が立体的に見えてきて構成も良く分かるのではないかと思います。(まず音を出す前に声部を分析する事が大事ですが。)

バッハは小学生の時から必ず先に分析をするという習慣を付けた方が良く、小さいお子さんでも同じテーマが繰り返し出てきているのは耳で聴いて分かりますからその部分に印を付けるというくらいの習慣は付けておいた方が良いと思います。

私は分析書としては小学生の時は音楽之友社の市田儀一郎著「バッハ インヴェンションとシンフォ二ーア 解釈と演奏法」を読んで自分で楽譜に分析をし、 また楽譜はその頃からヘンレ版とウイーン原典版を使っておりました。 二声の簡単な練習方法としては①上fスタッカート、下pレガート②上fレガート、下pスタッカート③上pスタッカート、下fレガート④上pレガート、下fスタッカートのような組み合わせで練習する方法がありますが、他にも練習方法を自分で工夫していろいろ編み出しては練習をしていたように思います。

中1の時、全日本学生音楽コンクールの予選の課題曲としてバッハの「イタリア協奏曲」が出されました。 全日本学生音楽コンクールのお話やその時の恩師のレッスンの思い出等は7月24日のブログや8月2日のブログに書いておりますが、今でも私のレパートリーになるほどお勉強を致し予選を通過し入選証を頂いた曲です。 楽譜を掲載するのが一番分かりやすいと思いますので記事の最後に楽譜を掲載致します。

バッハの時代は今と違う古い鍵盤楽器ですので現代のピアノで弾く場合いろんな考え方がありますが、古楽器で弾いてみるとバッハが良く分かります。 B-tech Japan(ベーゼンドルファーピアノの技術会社)のスタジオには小さな可愛いチェンバロが置いてあり私も先日それを弾いてみましたが現代のピアノで気付かない音色のバランスなど良く分かりお勉強になります。 B-tech Japanのお話は8月3日のブログに書いております。

バッハは旧約聖書と言われますが、誰が聴いても敬虔な気持ちになります。 趣味で習われる方も是非バッハの曲に挑戦してみて下さい。
バッハイタリア協奏曲1楽章楽譜
バッハイタリア協奏曲2楽章楽譜
B-tech Japan Osaka studio チェンバロ
you tube バッハ イタリア協奏曲 2・3楽章(中1)~谷真子
https://www.youtube.com/watch?v=bU2l707In5k
第48回全日本学生音楽コンクール大阪大会の記事
http://masakotani.blog.fc2.com/blog-entry-21.html
故片岡みどり先生(相愛大学名誉教授)の記事
http://masakotani.blog.fc2.com/blog-entry-28.html
B-tech Japan Osaka studioについての記事
http://masakotani.blog.fc2.com/blog-entry-30.html
 
2015_08
12
(Wed)07:56

小学生時代のベートーヴェンの思い出

将来専門に進むお子さんの場合は小学3年くらいででモーツァルトのピアノ・ソナタ、小4でハイドン、小5になるとベートーヴェンのソナタをする場合が多いですが、私も5年、6年はベートーヴェンのお勉強をしておりました。

 ウイーン古典派の作曲家達は近、現代の作曲家達に比べると楽譜が形式にのっとって作曲されていますので一見簡単そうに見えたり和声も古典的ですので読譜もしやすいですが、その様式感とそれぞれの作曲家の精神を表現するのはピアニストにとってもライフワークとなる大きな命題です。

良くバッハは旧約聖書にたとえられベートーヴェンは新約聖書にたとえられますが、音符一つ一つの持つ深遠さを思いますとやはりクラシック音楽はキリスト教の国で生まれた音楽だと感じます。 

小学生の思い出に残るベートーヴェンの曲といえばやはり「6 Variations on an Original Theme in F major Op.34」です。 師事しておりました相愛大学名誉教授故片岡みどり先生のおさらい会で演奏した曲ですが、ベートーヴェンの骨格をこの曲で勉強したような気が致します。故片岡みどり先生の思い出は8月2日のブログで書いておりますので合わせてお読み頂けたらと思います。

ベートーヴェンと言えば交響曲第5番や第9番など非常に壮大な曲が多いですが、発表会で良く弾かれる「エリーゼのために」や、イギリス国歌「ゴッド・セイヴ・ザ・キング」をテーマに変奏していく「イギリス国歌”ゴッド・セイヴ・ザ・キング”による7つの変奏曲 ハ長調、WoO.78」や、他にも美しい曲がたくさんあります。 有名なピアノ・ソナタしか聴いた事がないという方には是非変奏曲や小品も聴いてみられる事をお勧め致します。

ベートーヴェンは試験やコンクールでは必ず弾かされますが、演奏会でピアノ・ソナタを全曲演奏するのは至難の技です。女性でもドイツ育ちのピアニストの小菅優さんが全曲演奏に挑戦されていましたが、そのテクニックの素晴らしさは当然の事ながら精神力の強さが大変な事だと思います。 二度大阪のいづみホールまで聴きにまいりましたがその演奏に感激致しました。

you tubeに6年の時のベートーヴェンの「6つの変奏曲」と最近の演奏の「熱情」をアップしております。 またお聴き頂けましたら嬉しく思います。

私は高1からウイーンのベーゼンドルファーというピアノを愛用しておりますが、ベートーヴェンはこのウイーンの老舗ピアノメーカー「ベーゼンドルファー社」の創業に大きく関わった作曲家です。

ウイーンベーゼンドルファー社公式サイト
http://www.boesendorfer.com/de/

昔のベーゼンドルファー
昔のベーゼンドルファー
高1からの私の愛用のベーゼンドルファー200
ベーゼンドルファー200


you tube ベートーヴェン「熱情」~谷真子
https://www.youtube.com/watch?v=RIXFRW8oczg
https://www.youtube.com/watch?v=mIMbjQYMaI8
you tube ベートーヴェン「創作主題による6つの変奏曲」(6年)~谷真子
https://www.youtube.com/watch?v=qqWtjWKPY80
故片岡みどり先生(相愛大学名誉教授)の記事
http://masakotani.blog.fc2.com/blog-entry-28.html

2015_08
11
(Tue)08:33

モーツァルト ピアノ・ソナタの思い出

私が本格的にモーツァルのトピアノ・ソナタ集に入ったのは小学3年生でした。それまでにもソナチネ集の中にモーツァルトやハイドンやベートヴェンの簡単なソナタは出てまいりますので読譜程度の事はしておりましたが、ソナタ形式をお勉強しているという意識はなかったと思います。

ソナチネ第1巻にも入っているモーツァルトのピアノ・ソナタに有名なソナタ第16番(旧モーツァルト全集では第15番)ハ長調K.545というのがあります。小学5年の時、第9回日本ピアノ教育連盟ピアノ・オーディションの全国大会の課題曲でしたが、小学5年生ですから当然幼少の時のような演奏というわけにはまいりません。一音一音、熟考し研究しながら全国大会に向けて毎日無心に練習を積み重ねた思い出があります。

今は一曲を弾くのに最低5人のピアニストのCDは聴いて楽譜を綿密に研究いたしますが、子供の時はCDを聴いてお勉強するという事はほとんどしなかったように思います。まず先入観なしに楽譜を正確に読譜し、読譜しながら楽譜から感じる音楽を自分の言葉で伝えるというお勉強の仕方をしていたように思います。母はイングリッド・ヘブラー、クララ・ハスキル、マレイ・ぺライア、アンドラーシュ・シフ、内田光子さんなどのモーツァルトのCDを良くかけて聴いていましたが、私がコンクールに向けて誰かのCDの真似をして仕上げるという事はしなかったと思います。

全国大会の当日は大きなプレッシャーもなく練習した通りに演奏する事ができ翌日の入選者演奏会(現在全国優秀者演奏会と改称)に出場できる事となり上野学園石橋メモリアールホールで再度モーツァルトのピアノ・ソナタ第16番ハ長調の2・3楽章を演奏いたしました。その時の詳しい様子は7月28日のブログに書いておりますので合わせて読んで頂けたらと思います。

子供の時はモーツァルトを何の屈託もなく弾いておりましたが、今では一番難しい作曲家はモーツァルトではないかと考えております。 音符が少ない分、一つの音に要求される質量は大変高く、モーツァルトを淡々と弾いてもし人に感動を与える事ができたらそれは何よりも素晴らしい事ではないかと思っております。

you tubeに5年の時のモーツァルトピアノ・ソナタ第16番ハ長調2・3楽章の演奏をアップしておりますのでもしよろしければお聴き下さい。

モーツァルトはプラハで熱狂的に受け入れられましたが、下の写真は私が中3の時にピアノのコンクールのため行ったプラハで写したヴォルタヴァ川(モルダウ)の写真です。
プラハ
モーツァルト ピアノ・ソナタ16番ハ長調(6年)~谷真子
https://www.youtube.com/watch?v=MRUJ6BASABw&feature=youtu.be
第9回日本ピアノ教育連盟ピアノオーディションの記事
http://masakotani.blog.fc2.com/blog-entry-25.html

2015_08
10
(Mon)10:03

子供の頃のコンチェルトの思い出

私は子供の頃二度コンチェルトをi致しました。

一度目は小学3年の時ですが、ラヴェルの「マ・メール・ロア」を姉と連弾をしそれにオーケストラを合わせるという珍しいコンサートでした。まず先に姉との連弾を仕上げます。それからオーケストラと合わせますが二度リハーサル、ゲネプロ(本番前の合わせ)が一度です。独奏でもオーケストラと音楽を合わせるのは大変ですが、連弾でオーケストラと合わせるとなると見た目以上に大変なものがあります。ドレスはルノアールの名画からヒントを得、母の知り合いの方に手作りで素敵なドレスを作って頂きました。you tubeにアップしておりますのでドレスも合わせてお楽しみ頂ければと思います。
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二度目は小学4年の時です。ハイドンのピアノ協奏曲二長調を時間の都合で1楽章だけ演奏致しました。ハイドンの協奏曲の中でもこの曲は良く子供が演奏するポピュラーな名曲ですが、ハイドンの生きた時代のピアノは現代のピアノとは違います。あまり歌い上げないで淡々と音を奏でながら端正な音楽を作り上げていくのは聴いている以上に高いテクニックを要求され難しいものがあります。こちらの方もyou tubeにアップしておりますので近代のラヴェルとは全く違うウイーン古典派の音楽の世界をお楽しみ頂ければと思います。

子供の頃いわゆる「合わせもの」の経験をしておきますと、大人になって室内楽などをする時にその経験が生きてくるような気が致します。もし機会に恵まれることがあれば子供の時に是非コンチェルトや室内楽などを体験されてみられたら良いのではないかと思います。

ピアノは一台でオーケストラの代わりをすることができる楽器ですので、オーケストラで使われる打楽器、管楽器、弦楽器などのいろいろな楽器の音色を要求されます。間近でこういう楽器の音を聴いた事がないと、表現するテクニックの有無以前に要求されている音がどんな音なのかイメージする事すらできません。

コンクールで賞を頂く事や発表会で上手に弾ける事ももちろん重要な事ですが、メディアを通してでもいろんな音楽に耳を傾けるとか、ご両親や兄弟姉妹の人と家で連弾をしてみるとか、お友達で別の楽器を習っている人がいれば一緒に合わせてみるとか、音楽に関わるのはレッスンの時だけというのではなく、日常の生活の中で音楽と常に関わっている事がピアノのお勉強には大切な事なのではないかと思います。

ラヴェル「マ・メール・ロア」~谷真子
 https://www.youtube.com/watch?v=A9Psi0jCCeM
ハイドン「ピアノ協奏曲二長調」~谷真子
 https://www.youtube.com/watch?v=5vhDV2SmBfs
ハイドンの生家

2015_07
29
(Wed)09:19

1991年京都ピアノコンクール 3位受賞の思い出(小4)

"a memory of '91 KYOTO PIANO CONCOURS, the third prize (10 years old)"
古都京都で毎年開催されるコンクールに「京都ピアノコンクール」というのがあります。昔の要項を見ていますと私が師事する阿部裕之先生は当初からこのコンクールの審査員に入ってらしたようです。

実は私は小学4年の時先生に勧められ'91京都ピアノコンクールに参加して総合で3位という素晴らしい賞を頂いた事があります。その当時と今は少しコンクールの形式が変わっているようですので詳細は下のアドレスからご確認下さい。
2016年京都ピアノコンクール詳細はこちら

私がエントリーしたのは小学4年で第9回京都ピアノコンク―ルでした。中田喜直さんの変奏的練習曲を演奏しましたが、特別な気負いもなかったせいか気持ちよく楽しく弾け結果は総合第3位という素晴らしい賞を頂く事になりました。本選の京都会館第2ホールの大きな舞台で当時出たばかりのヤマハのCF-3という立派なピアノを弾けるだけでも子供心に誇らしく感じましたが、賞まで頂けて大変嬉しくまた大きな励みになったのを覚えています。

1位と2位は京都の堀川高校の方でしたので表彰式の時は私は一人小さく、京都新聞社の方から頂いたトロフィーを大きく感じました。

翌日の京都新聞の記事にコンクールの結果が掲載されまた協賛の(株)JEUGIAさんから素敵なパネル写真を頂き今でもそれは大切に飾って励みとしております。新ホームページのMy Historyの項目に当時の写真や資料を掲載致します。

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話は変わりますが、同じ小学4年生の時にオーストリアの作曲家ハイドンのピアノ協奏曲二長調1楽章を演奏し初めてコンチェルトを体験致しました。小さい時にコンチェルトを経験した方が良いという先生のお勧めもあったのですが、その時の演奏のビデオを主催者の方が制作して下さり記念に頂きましたのでその時の演奏をyou tubeにアップしております。

モーツァルトやハイドンというウイーン古典派の作曲家は楽譜は一見簡単ですが、音符の少ない分演奏者には究極の難しい作曲家だと私は考えております。モーツァルトやハイドンを淡々と弾き人に感銘をもし与えられたらそれは素晴らしい事ですが、遠い目標のようです。

     Haydon Piano Concerto D-dur 1st mov.
             ハイドンピアノ協奏曲Hob.18-2二長調第1楽章
           https://www.youtube.com/watch?v=5vhDV2SmBfs
2015_07
28
(Tue)09:06

第9回日本ピアノ教育連盟ピアノ・オーディシヨン全国優秀者演奏会(小5)

今日は私が小学5年の時、第9回日本ピアノ教育連盟ピアノ・オーディションで全国優秀者演奏会(当時は入選者演奏会と呼ばれていました)に出場した時の思い出とこのコンクールの詳細について書こうと思います。
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上野学園 石橋メモリアルホール全国優秀者演奏会にて 
W.A.Mozart Piano Sonata No.16 C dur K.545 2Satz,3Satz♫       


毎年7月になると「JPTA 公益財団法人 日本ピアノ教育連盟 ピアノ・オーディション」というコンクールの要項が発表され今年は第32回になります。通称[教育連盟」といったり「ピアノ・オーディション」と簡略に言われますが,年齢別に8つの部門に分かれておりまず地区予選が行われます。そこで優秀賞と奨励賞が出され優秀賞をもらった人は全国大会に進みます。

課題曲は全日本学生音楽コンクールほど難しいものではありませんのでピアノを真面目にお勉強している人にとって挑戦はしやすいですが、優秀賞を頂いて全国大会に進むのは相当に厳しい関門だと言えると思います。その当時は優秀賞を頂くと「本選出場之証」という賞状を当時の審査委員長の故安川加壽子さんのお名前で頂きました。


次は東京で行われる全国大会ですが課題曲は地区予選とは別のものになります。全国から選抜された人が集まってきますのでこの全国大会で弾けるだけでも素晴らしい事です。私もそれしか考えておらず課題曲の中から自分で選んだモーツァルトのピアノ・ソナタ16番K.545ハ長調を無心に練習した思い出があります。

全国大会は家族旅行を兼ねて家族全員で東京には行きましたが、父と姉が東京見物をするのを横目で見ながら私はスタジオを借りて練習をしました。全国大会は銀座のヤマハホールで行われましたが、緊張する事なくいつも通りに弾けたように思います。

結果発表で私の番号が呼ばれ翌日の入選者演奏会で演奏させて頂ける事になりました。母は慌ててピアノスタジオの予約を取りに電話まで走って行ったそうです。

翌日の入選者演奏会はトップバッターの奏者でしたので、翌朝6時ごろから渋谷の宮益坂にある三浦楽器の方にお願いしてピアノの練習室を貸して頂き早朝練習をして演奏会に出ました。

その時一緒に出演した方々も皆さん今も音楽活動を精力的に続けていらっしゃいます。

後日教育連盟の方から会報と石橋メモリアルホールでのパネル写真を送って頂きましたが、その会報の中にお亡くなりになられた藤田晴子さんが入選者演奏会での奏者へのコメントを書いて下さっていました。私のモーツァルトを大変褒めて頂けたので一生懸命頑張って良かったと子供心に思った思い出があります。

小さい時の大変さは大人が思う程には子供は覚えていません。中学、高校となるとやらなくてはいけない事も増えてまいりますので、時間のある小さい時にピアノの基礎を身に付けておくのは良い事なのではないかと思います。

JPTA公益財団法人 日本ピアノ教育連盟ピアノ・オーディション公式サイト♪             
2015_07
24
(Fri)12:10

第46,47,48回全日本学生音楽コンクール大阪大会の思い出(中1)

通称「毎コン」と呼ばれる全日本学生音楽コンクール大阪大会の思い出について今日は書きます。

このコンクールは日本で一番歴史の古いコンクールですがそのレヴェルの高さと厳しさでは定評があります。
     http://www.mainichi-classic.jp/

毎年、春になると毎日新聞社からその要項が発表されますがピアノ部門は小学校部門、中学校部門、高校部門と分かれています。

課題曲が大変難しく要求される音楽的レヴェルも高いものがありますのでエントリーするだけでも難しく参加者はそんなに多くありませんが、予選からハイ・レヴェルでの競争になります。

予選通過者は毎年10名弱ですがその人達には入選証という賞状が渡され翌日の毎日新聞の朝刊に氏名と学校名が発表されます。

その入選者達で次本選が開催されますが、本選はもっと厳しい戦いになります。基本的にはミスは許されないと思わないといけないのではないかと思います。

予選が9月本選が10月ですので皆、夏休みは朝から晩まで練習に明け暮れます。

私も小学校部門(小5、小6で)と中学校部門(中1で)にエントリーし小学校部門は6年の時入選、中学校部門は中1の時入選の後本選に進み本選で奨励賞を頂き大阪大会入賞者演奏会に出演しました。

師事していた片岡先生には直前のレッスンでは「あなた、1位になれるわよ。」とおっしゃって頂いていたのですが、本番では冒頭の部分で1ケ所ミスをしてしまいました。練習に練習を重ねたつもりでしたが、今思えばやはりまだ中1だったのであの極限まで緊張する毎コンの本番でパーフェクトに弾くには体格的に少し無理があったのかなと思います。大阪大会は3位と一点差の人にしか奨励賞は出ないからと審査に入ってらした片岡先生から後日お聞きしましたが、中1と中3では体格が全然違う中学校部門でまだ中1だったのと冒頭でミスが1ケ所あったのとで第48回学音は自分では納得のいく結果かなと思っています。

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全日本学生音楽コンクール大阪大会歴代入賞者一覧より


その後私は中3から東京に毎週レッスンに通うようになり、大学を卒業して関西に戻るまでは関西は疎遠にしておりましたが、またこうして奈良市の学園前を拠点に音楽活動をするようになり今は多くの関西在住の音楽家の方にお世話になっております。


さて恩師の相愛大学名誉教授の故片岡みどり先生は学音の審査員でもおられその厳しいレッスンでは定評のある方でしたが、レッスンの帰途は私はいつもi電車の中で涙を流しながら片岡先生のご注意を楽譜に書き込んでいました。その楽譜の一部は新ホームページのMy Historyの項に掲載します。 

しかし今の私のピアノの基本はすべて故片岡みどり先生のご指導によるものと思います。月日が経ち今私がレッスンをする立場になって故片岡みどり先生のご指導力のすごさがよく分かりあらためて感謝しております。

コンクールには賛否いろんな考え方がありますが、成長期に何かの目標に向かって努力する事は生きる力をつけてくれますので無駄な事ではないと思います。

第48回全日本学生音楽コンクール大阪大会入選曲
↓Italienisches Konzert BWV 971 2.Satz 3.Satz     
https://www.youtube.com/watch?v=bU2l707In5k

第48回全日本学生音楽コンクール大阪大会入賞曲(途中より)
↓F.Chopin Scherzo No.1 h-moll Op.20
https://www.youtube.com/watch?v=f5U1VgR5up4