プロコフィエフ ピアノ・ソナタ第7番「戦争ソナタ」 変ロ長調 作品83/Prokofiev Sonata for piano No.7 B-Dur Op.83

プロコフィエフ(1891~1953)は生涯で9曲のピアノ・ソナタを残しておりますが、このピアノ・ソナタは、それまで米国、パリで暮らしていたプロコフィエフがソビエトに戻り、彼の創作活動の円熟期ともいえる時期に作曲された作品です。

第6番から第8番までのピアノ・ソナタは第2次世界大戦中に書かれたため「戦争ソナタ」とも呼ばれますが、とりわけこの7番のピアノ・ソナタは演奏される機会も多く、3楽章はアンコール・ピースとしても良く取り上げられます。

初演は1943年1月18日、モスクワでリヒテルによって行われています。

大戦やソビエト体制の深刻な社会状況が当然作品に反映されていると考えられますが、戦争を賛歌したものではなく、反戦歌ではないかと思います。

演奏者に高度な技巧を要求すると同時に、隙のない構成美や美しい抒情性、ダイナミックさ、野性的な活力を兼ね備えており、ピアノ・ソナタ史上でも特筆すべき作品です。

プロコフィエフ ピアノ・ソナタ第7番♫~ホロヴィッツ
プロコフィエフ ピアノ・ソナタ第7番♫~リヒテル
プロコフィエフ ピアノ・ソナタ第7番♫~ガブリリュク
プロコフィエフ ピアノ・ソナタ第7番♫~ポリーニ
プロコフィエフ ピアノ・ソナタ第7番♫~アルゲリッチ
プロコフィエフ ピアノ・ソナタ第7番♫~プレトニョフ


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プロコフィエフ トッカータ ニ短調 作品11/Prokofiev Toccata d-moll Op.11

プロコフィエフのトッカータニ短調はプロコフィエフがシューマンのトッカータにインスパイアされ1912年に作曲したピアノ曲です。

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初演は1916年11月27日ペトログラード音楽院でプロコフィエフ自身によって行われ好評を博しました。

プロコフィエフ(1891~1953)はロシアの作曲家・ピアニスト・指揮者ですが、サンクトペテルブルク音楽院で作曲・ピアノを学んだ自身も優れたピアニストであった俊英の作曲家です。 1918年のアメリカ亡命の途中、日本に立ち寄り日本各地を訪れリサイタルも開催しており、日本の音楽界への影響は少なくないものがあります。

シューマンのトッカータがハ長調である事や、プロコフィエフのトッカータが極めて無機的である事から、プロコフィエフのトッカータは無調性音楽と捉えハ長調と表記される事もありますが、実際には♭が一つ存在するニ短調の曲です。

プロコフィエフ トッカータ♫~ホロヴィッツ
プロコフィエフ トッカータ♫~アルゲリッチ


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プロコフィエフ ピアノ・ソナタ第1番 へ短調 作品1/Prokofiev Sonata for piano No.1 f-moll Op.1

プロコフィエフ(1891~1953)のピアノ・ソナタは戦争ソナタと呼ばれる有名な6、7、8番の他多くありますが、ピアノ・ソナタの1番はプロコフィエフがペテルブルク音楽院時代に発表した最初のピアノ・ソナタです。

この曲は今年の第70回全日本音楽コンクールの高校生の部の本選の課題曲の一つです。

第1番を発表する以前に6曲のピアノ・ソナタを手掛けていましたが、その中の3曲を改作し1,3,4番としております。 1番は1907年に作曲したものを1909年に改作したもので、改作の際に第2、第3楽章を省き単一楽章としております。

プロコフィエフが影響を受けたスクリャービンの初期の作風に近く、ロマン派的な作品です。

初演は1910年モスクワ音楽院でプロコフィエフ自身のピアノで行われております。

プロコフィエフ ピアノ・ソナタ第1番♫~ブロンフマン
プロコフィエフ ピアノ・ソナタ第1番♫~フレディ・ケンプ


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プロコフィエフ ピアノ協奏曲 第1番 変二長調 作品10/Prokofiev Concerto for piano and orchestra Des-Dur Op.10

ピアノ協奏曲第1番はプロコフィエフ(1891~1953)がペテルブルク音楽院在学中の1911年に構想し1912年に完成した初期作品です。 しかし初期作品でありながら反民族主義的・反ロマン主義的性格が濃厚なすでに成熟期のプロコフィエフの作風を予告するものであり、続くバルトークらの20世紀のピアノ協奏曲の先取りとなる作品となっております。

初演は1912年夏モスクワにおいてプロコフィエフのピアノで行われ作品は師の一人のチェレプニンに献呈されました。

またプロコフィエフは1914年5月18日にペテルブルク音楽院の卒業試験で本作を演奏しアントン・ルビンシテイン賞を受賞致しております。

ピアノ協奏曲第1番はプロコフィエフのピアノ協奏曲中では最も短く全曲を通して15分ほどしかかからず、一部に小休止があるのを除いてすべての楽章が連続して演奏されるためほとんど単一楽章のように聴こえますが、実際には3楽章に分けられております。

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第1楽章
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プロコフィエフ ピアノ協奏曲第1番 第1楽章♫~キーシン

第2楽章
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プロコフィエフ ピアノ協奏曲第1番 第2楽章♫~キーシン

第3楽章
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プロコフィエフ ピアノ協奏曲第1番 第3楽章♫~キーシン

プロコフィエフ ピアノ協奏曲第1番♫~トリフォノフ
プロコフィエフ ピアノ協奏曲第1番♫~マツーエフ
プロコフィエフ ピアノ協奏曲第1番♫~アルゲリッチ
プロコフィエフ ピアノ協奏曲第1番♫~リヒテル


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プロコフィエフ ピアノ協奏曲 第3番 ハ長調 作品26/Prokofiev Concerto for piano and orchestra C-Dur Op.26

プロコフィエフ(1891~1953)のピアノ協奏曲第3番は1921年の作品ですが、プロコフィエフのピアノ協奏曲中では最も有名な作品の一つとなっております。

1913年に第2楽章の原型となる変奏曲の作曲を始めていましたがこれをその後放置し、1916年から1917年にそのスケッチに手を入れましたが、プロコフィエフが1918年にアメリカへと亡命しニューヨークやシカゴを中心に音楽活動の様々な可能性を探っていた事もあって、のち1921年にフランスのブルターニュで夏を過ごした時協奏曲の作曲に全面的に取り掛かりました。

世界初演は1921年12月シカゴにてプロコフィエフ自身のピアノとシカゴ交響楽団との共演で行われました。

初演当初は特に人気は出ませんでしたが、翌1922年パリでクーセヴィッキーの指揮で大成功を収め20世紀を代表する楽曲となりました。

第1楽章が序奏付きのソナタ形式、第2楽章が変奏曲、第3楽章がロンド形式と古典的な器楽の典型をとっております。 またピアノとオーケストラがバランスよく掛け合っているのも3番の大きな特徴だといえます。

プロコフィエフ ピアノ協奏曲 第3番♫~キーシン
プロコフィエフ ピアノ協奏曲 第3番♫~アルゲリッチ
プロコフィエフ ピアノ協奏曲 第3番♫~ワイセンベルク


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プロコフィエフ 4つの小品 作品4 「4.悪魔的暗示」、バレエ「ロメオとジュリエット」からの10の小品 作品75 「6.モンターギュー家とキャピュレット家」/Prokof'ev Suggestion diaboligue, Montagues and Capulets

プロコフィエフ(1891~1953)はロシアの作曲家ですが、サンクトペテルブルク音楽院で作曲・ピアノを学び、自身が優れたピアニストであった事から多くのピアノ作品を作っております。 今日はその中から、良くアンコールで演奏される小品2曲について書きます。

まず第1曲目は「悪魔的暗示」ですが、これはプロコフィエフの「4つの小品 Op.4」の中の第4曲にあたる作品です。 1908年17歳音楽院在学中の時に「現代音楽の夕べ」でプロコフィエフは初の公開演奏を行い「悪魔的暗示」他自作曲7曲を演奏しております。

プロコフィエフ 悪魔的暗示♫~キーシン
プロコフィエフ 悪魔的暗示♫~リヒテル
プロコフィエフ 悪魔的暗示♫~ルービンシュタイン

次は「モンタ―ギュー家とキャピュレット家」ですが、これはプロコフィエフのバレエ音楽「ロメオとジュリエット」に基ずいて作曲された「10の小品 Op.75」の中の第6曲です。

バレエ「ロメオとジュリエット」(1936)はシェイクスピアの悲劇「ロメオとジュリエット」に基ずいて作曲されたプロコフィエフの最も多く愛される傑作の一つですが、このバレエ曲を基にプロコフィエフは管弦楽用の3つの組曲とピアノ独奏用の「10の小品」を作曲しました。 「10の小品」(1937)は同年にプロコフィエフ自身が初演しております。 「10の小品」はバレエの原曲から再構成したもので、バレエの筋に沿った順序で配列されたものではありません。

よく弾かれる「6.モンターギュー家とキャピュレット家」にリンクいたします。 これはバレエの第1幕 第2場 13曲「騎士たちの踊り」からで、重厚で威圧的な旋律は騎士と貴婦人たちの舞踏の音楽です。 中間部ではジュリエットが両親の結婚を勧める青年パリスと踊る美しく感傷的な旋律が流れます。

プロコフィエフ ロメオとジュリエットから「6.モンターギュー家とキャピュレット家」♫~キーシン


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プロコフィエフ ピアノ・ソナタ第7番 変ロ長調 作品83

セルゲイ・プロコフィエフ(1891~1953)は生涯に9曲のピアノ・ソナタを書きましたがその6番から8番は「戦争ソナタ」と呼べれております。 その中で第7番Op.83は1939年から1942年にかけて作曲され1943年1月18日にリヒテルによって初演されました。

プロコフィエフ ピアノ・ソナタ第7番♪~リヒテル

3楽章は演奏時間が短く演奏効果も高いためアンコール・ピースとしてもよく使われます。

第1楽章
殆んど無調志向であり強烈な不協和音が曲全体にちりばめられております。 鋼鉄のように躍動しながら、神経質な一面を発散させるテンポの速い第1主題と、アンダンティーノの温かい簡明な第2主題が対比され一切の無駄を排した楽想で曲は支配されております。

第2楽章
美しい緩徐楽章で激しい両端楽章の間で一瞬の静穏を作っております。 しかし甘美な抒情が入る隙はありません。 鐘をイメージする部分が多くあります。

第3楽章
力強いトッカータの終楽章はスケールの大きな悪魔的確認にあふれた曲です。 凄まじく動力的なリズムの疾駆にも猛然と立ち向かっており崩れを知らないため、演奏者に正確なリズム感が要求され演奏至難な難曲です。 8分の7拍子のリズムは瞬時の弛みさえ許さず、芸術家の強靭な精神力を描写しております。 

プロコフィエフ ピアノ・ソナタ第7番♪~ホロヴィッツ
プロコフィエフ ピアノ・ソナタ第7番♪~ユリアンナ・アヴデーエワ
プロコフィエフ ピアノ・ソナタ第7番♪~マルタ・アルゲリッチ
プロコフィエフ ピアノ・ソナタ第7番♪~グルダ
プロコフィエフ ピアノ・ソナタ第7番♪~カペル
プロコフィエフ ピアノ・ソナタ第7番♪~ガヴュリリュク
プロコフィエフ ピアノ・ソナタ第7番第3楽章♪~ランラン
プロコフィエフ ピアノ・ソナタ第7番第3楽章♪~ブロンフマン

戦意発揚を意図した作品だったのか、なにがしか体制に対する批判が込められているのかについては、ショスタコーヴィッチに通じる問題があり、華やかな技巧の陰に、さまざまなメッセージが隠されている作品です。

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プレトニュフ

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トゥルーリ


明後日日曜日ラヴェルのピアノ協奏曲について書きます。

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プロフィール

谷真子 masakotani

Author:谷真子 masakotani
東京音楽大学卒業

ADRESS
奈良市学園前

ピアニスト谷真子公式サイト
http://masakotani.co
奈良市学園前 谷真子ピアノ教室 教室ブログ「musica」
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