2016_03
30
(Wed)08:45

ショスタコーヴィチ 24のプレリュードとフーガ Op.87/Shostakovich 24 Preludes and Fugues Op.87

「24の前奏曲とフーガ 作品87」はショスタコーヴィッチが作曲した24の前奏曲とフーガからなるピアノ曲集です。

1950年7月、ショスタコーヴィッチはバッハの没後200年を記念してライプツイッヒで開催された第1回国際バッハコンクールの審査員に選ばれソ連代表団長として参加しました。

優勝したソ連のピアニスト、タチアナ・ニコラーエワのバッハ演奏に深く感銘を受けた事と、審査でバッハの作品を多く聴いた事がきっかけとなりショスタコーヴィッチは「24の前奏曲とフーガ」を作曲しました。

ショスタコーヴィッチは1950年10月10日に作曲に着手し、当初は自身のピアノ演奏の技術を完成させるための多声的な練習曲として着想しておりましたが、構想が次第に大きくなり、途中からはバッハの「平均律クラヴィーア曲集」に倣って全ての調性を網羅する連作として作曲する事に決定し、1951年2月25日に全曲を完成させました。

(第16番の前奏曲を除いて)番号通りの順番で作曲され一曲完成する毎にニコラーエワがショスタコーヴィッチのために弾いたと伝えられております。

初演は1951年4月5日ショスタコーヴィッチ自身の抜粋の演奏によって行われ、全曲演奏の初演はニコラーエワによって1952年12月23日と12月28日の2日間で行われました。

発表された当初は党から厳しい批判を受けましたが、ロシアの多くのピアニストからは絶大な支持を受け、やがてロシアのピアニストたちの重要なレパートリーとして定着いたしました。

構成は24組の前奏曲とフーガからなり全曲演奏すれば約3時間を要します。

ショスタコーヴィッチ 24の前奏曲とフーガ♫~タチアナ・ニコラーエワ
ショスタコーヴィッチの人と作品について話す♫~タチアナ・ニコラーエワ


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2016_03
28
(Mon)08:20

ホロヴィッツ ビゼーのカルメンの主題による変奏曲/Horowitz Variations on a Theme from Bize's Carmen

ホロヴィッツ編曲の「ビゼーのカルメンの主題による変奏曲」は、ビゼーのオペラ「カルメン」の第2幕冒頭の酒場でジプシーたちが踊る舞曲とそれに続くカルメンたちの「ジプシーの歌」を主題とした変奏曲です。

ビゼー オペラ「カルメン」 全幕

ホロヴィッツが、活動初期にヴァイオリンのミルシテインとロシアを演奏旅行していた時にレパートリーのひとつであったサラサーテの「カルメン幻想曲」に触発されて作曲したものです。

サラサーテ カルメン幻想曲

ホロヴィッツのヴィルトゥオージティーを発揮するこの曲はホロヴィッツのアンコールピースとしてよく演奏され聴衆を熱狂させました。

ホロヴィッツ ビゼーのカルメンの主題による変奏曲♫~ホロヴィッツ
ホロヴィッツ ビゼーのカルメンの主題による変奏曲♫~キーシン


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2016_03
26
(Sat)08:13

パリ国立高等音楽院イヴ・アンリ教授 ピアノレッスンのお知らせ

ユーロピアノ株式会社(ベヒシュタイン・ジャパン)よりパリ国立高等音楽院イヴ・アンリ教授の赤坂ベヒシュタイン・センター ピアノサロンにおいてのピアノレッスンのお知らせが届いております。

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(↑クリックされると拡大致します。)

アンリ先生は2015年ショパン国際コンクール事前審査員、2016年シューマン国際音楽コンクール審査員に入っていらっしゃいますが、ご自身も1981年ロベルト・シューマン国際コンクール第1位という輝かしい経歴をお持ちの素晴らしいピアニストの方でいらっしゃいます。

私もこれまでに数度レッスンを受講させて頂いた事がありますが、いつも貴重なアドヴァイスを頂いております。

詳細のお問い合わせは070-6913-0744 ユーロピアノ株式会社の白川様までお願い致します。

参考ブログ
イヴ・アンリ教授レクチャー・リサイタル


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2016_03
25
(Fri)18:25

スイス国際音楽コンクール連盟からのお知らせ

スイス ジュネーヴのWORLD FEDERATION OF INTERNATIONAL MUSIC COMPETITIONS(国際音楽コンクール連盟)から2016年度の各種国際音楽コンクールの案内の冊子が届きました。(www.wfimc.org)

毎年届けられる冊子ですが、連盟に公認されている113の国際音楽コンクール団体が全て網羅されており、ホームページアドレス等の詳細が掲載されております。

申し込めば無料で届けられます。 是非ご活用下さい。

ADRESS
104, rue de Carouge CH-1205 Geneve Suisse

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WORLD FEDERATIONS OF INTERNATIONAL MUSIC COMPETITIONS


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2016_03
25
(Fri)07:25

ハイドン ピアノ・ソナタ Hob.XVI-51二長調(ウイーン原典版/ランドン版第61番)作品93/Haydn Sonate fur Klavier Nr.61 D-Dur Hob.XVI-51 Op.93

ハイドン(1732~1809)は長くエステルハージ家に仕える作曲家でしたが、1790年エステルハージ候が亡くなったのを機にザロモンの要請でロンドンに渡ります。 1791年~1792年と1794年~1795年の二回イギリスを訪問しておりますが、この二度目のイギリス訪問の際、イギリスで作られたHob.16-50,16-51,16-52の3曲のピアノ・ソナタは「イギリス・ソナタ」と呼ばれており、その第2曲目が今日書きますHob.16-51二長調作品93です。

全2楽章から成り立っております。

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第1楽章 アンダンテ
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冒頭の主題は簡素な音型に基づいており、提示部を反復せず展開部へと切れ目なく続き再現部では第1主題に手を加えております。

第2主題 フィナーレ
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ロンド形式で書かれており、ロンド主題は左右のユニゾンで開始しアウフタクトがこの楽章全体の前進する力を醸し出しております。

参考ブログ
ハイドン ピアノ・ソナタ Hob.XVI-50
ハイドン ピアノ・ソナタ Hob.XVI-52

ハイドン ピアノ・ソナタHob.XVI-51♫~ブレンデル


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2016_03
24
(Thu)08:46

ベルギー・ブリュッセルでの同時多発テロ事件で犠牲になられた方々に哀悼の意を表します。

ベルギー・ブリュッセルでの同時多発テロ事件で犠牲になられた方々に哀悼の意を表します。

4月9日に芦屋のサロン・クラシックで、ベルギー・ブリュッセル王立音楽院のニコラ・デルタイユ教授とメンデルスゾーンのピアノ・トリオ第1番を演奏致しますが、その矢先の一昨日のベルギーでの事件に大変強い驚きと深い悲しみを感じております。

ニコラさんは演奏会のためにすでに来日されており被害は免れましたが、ベルギーでは大勢の方が犠牲になっていますので、心を痛めていらっしゃる事と思います。

演奏会では哀悼の意を込めて演奏致したいと思います。

ピアニスト谷真子
2016_03
23
(Wed)08:47

シューマン トッカータ ハ長調 作品7/Schumann Toccata C-Dur Op.7

シューマン(1810~1856)のトッカータは1833年に書かれたピアノ独奏曲ですが、この頃のシューマンはピアニストを目指しておりパガニーニの曲をピアノのために編曲するなどしてピアノ演奏技術の向上を目指しておりました。

そのような時期に書かれたこの曲は、きわめて高い演奏技術を前面に押し出し技巧を追求した曲で、華やかな外面的効果を狙った作品です。

親友のピアニスト・作曲家のルートヴィッヒ・シュンケに献呈され、シュンケは返礼として「大ソナタト短調」作品3を献呈しますが翌1834年肺結核で夭折したため、後シューマンは自作のピアノ協奏曲に「大ソナタ」の一節を引用しております。

1830年に書かれたトッカータの初稿は「練習曲」と題されておりますが、近年自筆譜が発見され2009年にヘンレ社から出版されております。

曲はソナタ形式で書かれておりますが、活気溢れた運動性の強い曲の中に叙情的なメロディや緻密な和声、対位法的書法までもが盛り込まれ、様々な作曲技法が光る名曲です。

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シューマン トッカータ♫~シフラ
シューマン トッカータ♫~ホロヴィッツ
シューマン トッカータ♫~キーシン
シューマン トッカータ♫~アルゲリッチ
シューマン トッカータ♫~リヒテル
シューマン トッカータ♫~フランソワ
シューマン トッカータ♫~ケンプ

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ホロヴィッツ(ピアノ)


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2016_03
21
(Mon)08:10

デュティユ- ピアノ・ソナタ/Dutilleux Sonate pour piano

デュティユー(1916~2013)は20世紀後半から現代にかけてのフランスを代表する作曲家の一人ですが、1933年から1938年までパリ音楽院で学び、1938年カンタータ「王の指輪」でローマ賞を受賞しております。

1946年にピアニストのジュヌヴィエーヴ・ジョワと結婚しておりますが、作風はラヴェル、ドビュッシーら近代フランス音楽の伝統を受け継ぎながらもメシアン、ブーレーズといった大家とは異なる路線を歩みながら独自の世界を切り拓き色彩感と抒情性にあふれております。

ピアノ・ソナタはデュティユーのピアノ曲のうち最も規模が大きく演奏頻度の多い作品です。 音楽大学の試験やコンクールといった教育の場においても20世紀ピアノ作品の重要なレパートリーとして位置づけられてきました。

3楽章からなり伝統的なソナタ形式に基づいております。 また3楽章の「コラールと変奏」は単独で演奏されることも多いです。

デュティユー夫人のピアニスト ジュヌヴィエーヴ・ジョワ(1919~2009)に献呈され、1948年4月30日国民音楽協会の演奏会(パリ)でジョワによって初演、1949年にデュラン社から出版されました。

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第1楽章 Allegro con moto
1

第2楽章 Lied
2

第3楽章 Choral et variations
3

デュティユー ピアノ・ソナタ


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2016_03
18
(Fri)08:18

リスト 「リゴレット」による演奏会用パラフレーズ S.434/Liszt Paraphrase de concert sur Rigoletto S.434

「”リゴレット”による演奏会用パラフレーズ」はリスト(1811~1886)の作曲(編曲)したピアノ曲ですが、題名は「リゴレット・パラフレーズ」とも呼ばれます。

*****
パラフレーズ
Paraphraseは他の言葉で元々の文や一節を言い換える事。 対義語はmetaphrase(直訳)。 クラシック音楽におけるパラフレーズとは元の作品を別のスタイルの文脈の中で改訂・変換する事。 19世紀にはリートやオペラのメロディに基づいた幻想曲と考えられ、一般的には演奏会用にかかれたピアノのためのサロン音楽だった。


「リゴレット・パラフレーズ」は1851年ローマで初演されたヴェルディの歌劇「リゴレット」の音楽をリストが編曲したもので1859年に弟子のハンス・フォン・ビューローのために書かれました。

ヴェルディ オペラ「リゴレット」 全幕

リストの「リゴレット・パラフレーズ」の初演は1859年11月25日ベルリンで弟子のビューローによって行われ好評を博し、翌1860年春には出版されてすぐヨーロッパ中で重版された事が確認されております。

リストのオペラ・パラフレーズの中でも明朗で親しみやすい曲想を持ち規模もさほど大きくない事から特に演奏機会の多い作品です。

演奏時間は約7分でヴェルディのオペラ「リゴレット」の第3幕の四重奏「美しい恋の乙女よ」(Bella figlia dell'amore)を扱っており、ほぼ原曲の構成に忠実に編曲されております。

ヴェルディ オペラ「リゴレット」 第3幕四重奏「美しい恋の乙女よ」♪

(浮気なマントヴァ公爵、リゴレットとその娘のジルダ、そして殺し屋スパラフチーレの妹で浮かれ女のマッダレーナがそれぞれに自分の気持ちを語る聴かせ所です。 公爵はマッダレーナを口説き、その様子を覗き見たジルダは自分が欺かれていた事を知って悲しみ、リゴレットは公爵への殺意を固める劇的なクライマックスです。)

リストのピアノ曲の方は、大きな音量よりも原曲の多声部の絡みを生かす音色、スケール、アルペジオ、重音などのパッセージやオクターヴを処理する技巧が必要とされる曲です。

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ボレット(ピアノ)


リスト リゴレット・パラフレーズ♫~チョ・ソンジン(13歳)
リスト リゴレット・パラフレーズ♫~シフラ
リスト リゴレット・パラフレーズ♫~ユンディ・リー
リスト リゴレット・パラフレーズ♫~ボレット
リスト リゴレット・パラフレーズ♫~アラウ
リスト リゴレット・パラフレーズ♫~チェルカスキー
リスト リゴレット・パラフレーズ♫~コルトー
リスト リゴレット・パラフレーズ♫~ギンズブルク
リスト リゴレット・パラフレーズ♫~バレンボイム


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2016_03
16
(Wed)08:18

プロコフィエフ ピアノ協奏曲 第1番 変二長調 作品10/Prokofiev Concerto for piano and orchestra Des-Dur Op.10

ピアノ協奏曲第1番はプロコフィエフ(1891~1953)がペテルブルク音楽院在学中の1911年に構想し1912年に完成した初期作品です。 しかし初期作品でありながら反民族主義的・反ロマン主義的性格が濃厚なすでに成熟期のプロコフィエフの作風を予告するものであり、続くバルトークらの20世紀のピアノ協奏曲の先取りとなる作品となっております。

初演は1912年夏モスクワにおいてプロコフィエフのピアノで行われ作品は師の一人のチェレプニンに献呈されました。

またプロコフィエフは1914年5月18日にペテルブルク音楽院の卒業試験で本作を演奏しアントン・ルビンシテイン賞を受賞致しております。

ピアノ協奏曲第1番はプロコフィエフのピアノ協奏曲中では最も短く全曲を通して15分ほどしかかからず、一部に小休止があるのを除いてすべての楽章が連続して演奏されるためほとんど単一楽章のように聴こえますが、実際には3楽章に分けられております。

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第1楽章
1
プロコフィエフ ピアノ協奏曲第1番 第1楽章♫~キーシン

第2楽章
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プロコフィエフ ピアノ協奏曲第1番 第2楽章♫~キーシン

第3楽章
3
プロコフィエフ ピアノ協奏曲第1番 第3楽章♫~キーシン

プロコフィエフ ピアノ協奏曲第1番♫~トリフォノフ
プロコフィエフ ピアノ協奏曲第1番♫~マツーエフ
プロコフィエフ ピアノ協奏曲第1番♫~アルゲリッチ
プロコフィエフ ピアノ協奏曲第1番♫~リヒテル


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2016_03
14
(Mon)07:34

プロコフィエフ ピアノ協奏曲 第3番 ハ長調 作品26/Prokofiev Concerto for piano and orchestra C-Dur Op.26

プロコフィエフ(1891~1953)のピアノ協奏曲第3番は1921年の作品ですが、プロコフィエフのピアノ協奏曲中では最も有名な作品の一つとなっております。

1913年に第2楽章の原型となる変奏曲の作曲を始めていましたがこれをその後放置し、1916年から1917年にそのスケッチに手を入れましたが、プロコフィエフが1918年にアメリカへと亡命しニューヨークやシカゴを中心に音楽活動の様々な可能性を探っていた事もあって、のち1921年にフランスのブルターニュで夏を過ごした時協奏曲の作曲に全面的に取り掛かりました。

世界初演は1921年12月シカゴにてプロコフィエフ自身のピアノとシカゴ交響楽団との共演で行われました。

初演当初は特に人気は出ませんでしたが、翌1922年パリでクーセヴィッキーの指揮で大成功を収め20世紀を代表する楽曲となりました。

第1楽章が序奏付きのソナタ形式、第2楽章が変奏曲、第3楽章がロンド形式と古典的な器楽の典型をとっております。 またピアノとオーケストラがバランスよく掛け合っているのも3番の大きな特徴だといえます。

プロコフィエフ ピアノ協奏曲 第3番♫~キーシン
プロコフィエフ ピアノ協奏曲 第3番♫~アルゲリッチ
プロコフィエフ ピアノ協奏曲 第3番♫~ワイセンベルク


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2016_03
11
(Fri)07:08

ショスタコーヴィチ 24のプレリュード 作品34/Shostakovich 24 Preludes Op.34

「24の前奏曲 作品34」はショスタコーヴィチ(1906~1975)が作曲したピアノ曲集ですがショパンの同名の作品を参考にして作られております。

1932年12月30日から1933年3月2日にかけて作曲され、およそ1日に1曲の割合で作曲されたと言われておりますが、後年の「24の前奏曲とフーガ」に比べると全ての調性を用いているものの自由な性格の小品が集められております。

全曲の初演は1933年5月24日、モスクワでショスタコーヴィチ自身のピアノによって行われました。

ショスタコーヴィチはショパン・コンクールで落選したショックで一時演奏活動をあまり行っておりませんでしたが、「24の前奏曲」や「ピアノ協奏曲第1番」を作曲したことによって次第に自作を中心とした演奏活動に復帰致しております。

なお別の作曲家によってヴァイオリンとピアノ用編曲版の「24の前奏曲」も出ておりますが、これはショスタコーヴィチが編曲したものではありません。

ショスタコーヴィチ 24の前奏曲から♫~ベルマン


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2016_03
09
(Wed)07:47

ショスタコーヴィチ ピアノ協奏曲 第1番 ハ短調 作品35,第2番 へ長調 作品102/Shostakovich Piano Concerto No.1 c-moll Op.35,No.2 F-Dur Op.102

<ピアノ協奏曲 第1番 ハ短調 作品35>
ピアノ協奏曲第1番はショスタコーヴィチが1933年に作曲した1番目のピアノ協奏曲です。 正式のタイトルは「ピアノとトランペット・弦楽合奏のための協奏曲ハ短調」で、独奏ピアノと独奏トランペット、弦5部という楽器編成となっております。

1927年の1月、ショスタコーヴィチはワルシャワで開催されていたショパン・コンクールのソヴィエト代表に選ばれますが優勝を逃してしまい、ピアニストとしても活動は続けたもののそのエネルギーを作曲に集中させました。 しかし2つのキャリアを充実した形で両立することは困難であると痛感し、2年間公開での演奏活動を休止いたします。

1933年、演奏活動に復帰するにあたり自身の作品の演奏のみでピアニストとしてステージに立つことにより両立を実現させます。

ピアノ協奏曲第1番は1933年3月6日から7月20日にかけて作曲されましたが、トランペットの独奏パートは当時のレ二ングラード・フィルハーモニー交響楽団の首席トランペット奏者の手腕を想定して作曲されたと言われております。

初演は1933年10月15日、ショスタコーヴィチ自身のピアノで行われ大成功を収めました。

ピアノ協奏曲第1番は自作や他人の作品からの引用が全曲に散りばめられており、また作品全体もシニカルな性格が貫いております。 トランペットは題名にもかかわらずピアノと対等な独奏楽器であるとは言えず伝統的なピアノ協奏曲に近いものです。

ショスタコ―ヴィチ ピアノ協奏曲第1♫~キーシン


<ピアノ協奏曲 第2番 へ長調 作品102>
ピアノ協奏曲第2番は1957年作曲され、当時モスクワ音楽院在学中だった息子のために書かれ彼に献呈されました。

初演は1957年5月10日、息子マクシムのピアノで行われましたが、作曲者自身もしばしば演奏しておりました。

第3楽章に有名なハノン練習曲が借用されている他、全曲にパロディを思わせる節が随所に見られます。

ショスタコーヴィチ ピアノ協奏曲第2番♫~ショスタコーヴィチ

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ショスタコーヴィチ(ピアノ)


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2016_03
07
(Mon)08:25

ハイドン ピアノ・ソナタ Hob.XVI:52変ホ長調(ウイーン原典版/ランドン版第62番) 作品82

1794年作曲、1798年出版されたハイドンのピアノ・ソナタ変ホ長調Hob.XVI:52はハイドンのピアノ・ソナタの中で最後期に書かれた華やかな充実した作品となっております。

ハイドンは長くエステルハージ候に仕える作曲家でしたが、1790年エステルハージ候が亡くなったのを機にザロモンの要請でロンドンに渡ります。 1791年~1792年と1794年~1795年の二回イギリスを訪問しておりますが、この二度目の訪問の際イギリスで作られたHob.XVI-50,51,52の3曲のピアノ・ソナタは「イギリス・ソナタ」と呼ばれておりその第3曲目が今日のピアノ・ソナタHob.XVI-52変ホ長調作品82です。

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第1楽章 アレグロ
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ディナーミクが楽章全体を通して目まぐるしく変化する事が特徴的です。 展開部の開始2小節のフェルマータの扱いはハイドンの弟子のベートーヴェンのピアノ・ソナタに引き継がれていきます。
ハイドン ピアノ・ソナタHob.XVI-52 第1楽♫~キーシン

第2楽章 アダージョ
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ハイドン ピアノ・ソナタ HOb.XVI-52 第2楽章♫~キーシン
 
第3楽章 プレスト
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この楽章にはクレッシェンドおよびディミヌエンドが1度も記されておらずその過程を経ないディナーミクの変化・対比が特徴的です。
ハイドン ピアノ・ソナタ Hob,XVI-52 第3楽章♫~キーシン

参考ブログ
ハイドン ピアノ・ソナタHob.XVI-50


ハイドン ピアノ・ソナタ Hob.XVI-52♫~ホロヴィッツ
ハイドン ピアノ・ソナタ Hob.XVI-52♫~ブレハッチ


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2016_03
04
(Fri)08:03

ショパン 幻想ポロネーズ 変イ長調 作品61/Chopin Polonaise-Fantaisie As-Dur Op.61

幻想ポロネーズは1846年に出版されたショパン(1810~1849)のピアノ独奏曲ですが、舟歌、チェロ・ソナタと並びショパン最晩年の傑作とされております。 弟子のA.ヴェイレ夫人に献呈されております。

1843年頃からショパンはたびたび病床についており、ジョルジュ・サンドとの関係も破局へと向かうという肉体的・精神的に困難な極限状態にあり、この作品はそのような状態の中で作り出されました。

ポロネーズ第7番ではありますが、ショパンは初めこの曲のタイトルを「幻想」としており、ポロネーズとしてではなく幻想曲として作曲していたためポロネーズ的リズムも見られるものの構成は幻想曲に近いものです。

「幻想ポロネーズ」は厳格な形式を持たず即興的に音楽が広がるように聴こえ、主題に回帰しない素材や異質な素材がはさまれる事で音楽の流れが中断されるような感覚に陥る部分や、前の素材と次の素材が入念に結びつく部分があったりと、聴衆は音楽が流れたり途切れたりと言うような感覚を抱かさせられます。

かつてはリストの「芸術の域を超えた芸術だ」と言うような感傷的な評価もありましたが、現在ではホロヴィッツやルービンシュタインの名演によりショパン最後の大曲の傑作とされております。

ショパン 幻想ポロネーズ♫~ホロヴィッツ
ショパン 幻想ポロネーズ♫~ルービンシュタイン
ショパン 幻想ポロネーズ♫~キーシン
ショパン 幻想ポロネーズ♫~アルゲリッチ
ショパン 幻想ポロネーズ♫~アヴデーエワ
ショパン 幻想ポロネーズ♫~ブレハッチ
ショパン 幻想ポロネーズ♫~トリフォノフ
ショパン 幻想ポロネーズ♫~辻井伸行


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2016_03
02
(Wed)09:25

ラヴェル ラ・ヴァルス 二長調/Ravel La Valse D-Dur

管弦楽のための舞踏詩「ラ・ヴァルス」はラヴェルが1919年12月から1920年3月にかけて作曲した管弦楽曲で、ラヴェル自身によってピアノ2台用やピアノ独奏用の作品に編曲されております。

ラヴェル ラ・ヴァルス♫~管弦楽版

タイトルの「ラ・ヴァルス」とはフランス語で、「ワルツ」のことであり、19世紀末のウインナ・ワルツへの礼賛として着想されました。
ラヴェルは初版の標題に1855年頃のオーストリア宮廷が舞台であると記しております。
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ラヴェルは1906年2月批評家マルノルドへの手紙の中で、ヨハン・シュトラウス2世へのオマージュとしてオーケストラのために交響詩風のウインナ・ワルツを書くという構想を披露致しております。

1914年頃には交響詩「ウイーン」というタイトルも出ておりましたが第1次世界大戦のために未完に終わりました。

1912年の作品「高雅で感傷的なワルツ」はオーケストラによるワルツを実現しているものの、これはシューベルトに倣った連作ワルツのピアノ曲をバレエ曲として管弦楽曲に編曲したものです。

ラ・ヴァルスは原曲に先立ち2台ピアノ版が1920年10月23日ウイーンにおいてカゼッラとラヴェルによって初演され、2ヶ月後の1920年12月12日パリで原曲の管弦楽版が初演されました。

ラ・ヴァルス 2台ピアノ版楽譜
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ラヴェル ラ・ヴァルス♫~アルゲリッチ・フレイレ(2台ピアノ)

ラ・ヴァルス ピアノ独奏用楽譜
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ラヴェル ラ・ヴァルス♫~チョ・ソンジン

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阿部裕之先生


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